書きたいもの詰め合わせた闇鍋話 作:オニヤンマンマ
あとがきにずらっと入れておくと、次の話にいくまでだいぶスクロールしなければならないので独立させました。
パラレルワールドifルート
人間種アバターウルベルトさん。所持アイテムは常にログインして真面目にプレイしていたことと、イベントボス参加直後と最終売り出しの大量買い込みのため、くっそ大量に所持しています。ただしレベル1。装備できない最終装備を持っている。装備できたとしても人間種アバターには全く似合わないため、二度と装備はしないだろうな、と思っている。
ウルベルトさんのリアルでの名前を藤和練という捏造をしております。
たっち・みーさんのリアルでの名前を橘巽という捏造をしております。
なんの因果か人間種アバターウルベルトさんは、デスルーラで異世界に飛ばされた並行世界のたっちさんと自分に遭遇し、悪魔そのものになり、同位体でありながら異形化により考え方を変えてしまった自分にげっそりしつつ、彼が暴走しないようにたっちさんを巻き込んでえっちらおっちらする話。どうやら、この世界にあるのは並行世界の彼らのナザリックのようです。
どこかの世界線で、全盛期に比べるとはるかに少ない数とはいえ、仲間と最高の最後の瞬間を迎えているとき、どこかの並行世界のモモンガは、ぽつんと栄光の残骸に立つ寂寥を抱えながらその終わりの瞬間を迎えていた。
どんどんとやめていってしまった仲間たち。
かろうじてギルドに在籍していたけれど、顔を少し見せただけで慌ただしくログアウトしていなくなってしまった、ギルドメンバー。
仕方ない、仕方ない、そう言い聞かせるモモンガの胸の内には、決して言葉にはしないけれど、
(裏切られた)
そんな憎しみと怒りの黒い染みが、ほんのわずかに広がっていた。
責める感情よりも、仲間を好きな気持ちが強すぎてすぐに寂しさと虚しさにかき消されるが、それは確かにモモンガの中に生まれてしまった感情だった。
◆◆◆◆
玉座の間で、たっち・みーに負けてなるものかとむきになって声を張り上げた。
たっち・みーはウルベルトの負けん気に気づいたのだろう。向こうも張り合って、大声を出していた。
三十を目前に控えたいい歳した男が、何をやっているんだと思わないでもないが……
いいだろう、どうせ最後なのだ。
ゲームの最後という意味ではなく、こうやって馬鹿をやることが、ウルベルトの人生において最後となる。
だから、いいのだ。
心残りだった、イリニも消えてしまう。
いや、親である自分の手を離れ、別の世界に旅立つのだ。
モモンガもサプライズで粋な計らいをしてくれる。
ウルベルトは感謝でいっぱいだった。
我が子がナザリックの主人とは……光栄ですよ、ギルド長。
時間が来て、周囲の音が途切れた。
ああ、終わったのだ。そう思って目を瞑る。
この目を開けば、がらんどうの部屋に帰るのだろう。
余韻にひたりたいがために、現実を目の当たりするのは少しあと回しにした。
ウルベルトは目をつぶったまま深呼吸をする。
まぶたを閉じた頬や額に感じるやわらかな風。そして、思い切り吸い込んだ鉄臭いにおい。
(いくら安普請つっても隙間風はだめだろ! それになんだよこのにおいは!)
ウルベルトはヘルメットを外そうとした手を無意味に素振りさせながら、ぎょっとして目を見開いた。
はっきりと開いた目には、どこまでもなだらかに続く丘があり、その遠くには美しい夜空を背景にした山岳があった。星の瞬き、やわらかな月の明かり。うっすらとかかる雲が風に流れる。ゲームの規則的な動きにはない無秩序な動きに、強烈な違和感を覚えた。ウルベルトの背筋は知らずうちに寒気が走っていた。
「はあ? そ、と?」
自分の目を疑い、ごしごしと手の甲で拭く。そんなことをしたところで、この光景は変わらない。
「は、死んでない? いや、なんで。たっち、さんに……お前」
背後で狼狽する声が聞こえてウルベルトは振り返る。
現実に帰っていたはずなのに、見慣れぬ場所に放り出されて驚いた以上の、驚愕。ウルベルトは息を飲んだ。
山羊頭の悪魔が胸から下を真っ赤に染めて、山羊の顔を困惑に歪め突っ立っている。装備の違いはいろいろとあるが、どう見てもログイン時やゲームの鏡に映った時に見る体だ。チート誤認によって失ってしまった十数年慣れ親しんだアバターである。
その隣には、さきほどまで玉座の間に一緒にいたはずのたっち・みーが頭蓋から滴る血液で鎧を真っ赤にしていた。正面のウルベルトの顔を見て、そして隣の山羊頭の悪魔を見て、自分の体を見て、うろうろと視線を動かし相当混乱していた。彼もまた装いが記憶のものと違う。ワールド・チャンピオンのみ装備できる最強装備ではなく、よくて遺産級程度の何処にでもありそうな銀色の鎧を纏っていた。
「走馬灯……にしてはおかしくないかな」
呆然と呟く、たっち・みー。
唐突に、わけのわからぬ状況で、見知らぬ場所に放り出された三人は、言葉を失い固まっていた。
少しして、真っ先に我を取り戻したのは聖騎士だった。
「とりあえず、落ち着いて話をしませんか」
そう、切り出した声はよく知ったたっち・みーのもの。
けれどもこの言葉をを聞いて、このたっち・みーは自分の知る彼ではないのだとウルベルトは察した。
つい先ほどまで一緒にいた大切な妻と娘が不在の状況で、こんなにもすぐに冷静さを取り戻せるはずがない。
では、目の前にいる彼は一体誰なのか。
そんな疑問を置き去りに、物騒な姿をしたまま、物騒な話を始めた。
それは、ウルベルトにもありえたもしもの話ーー
ウルベルトこと藤和練はリアルの世界で死んだ。
世界を支配をする体制を破壊するために動く『悪』として。
たっち・みーこと橘巽もまたリアルの世界で死んだ。
間違っていると知りながらその体制を守る側として動く『悪』として。
ーー彼らは、互いに悪として対峙し、己の所属する側のために殺しあった。
何が正しくて、何が正しくないのか、もはや互いにわからないまま。
藤和練の死因は橘巽が正確に放った銃弾で心臓を撃ち抜かれたためだ。
橘巽の死因は、藤和練にはわからない。大して手傷を負わせた気がしないのに、いかにも致命傷といえる位置に血痕がある。
ウルベルト・アレイン・オードルの体に残る血の跡は、藤和練の死因となった傷と一致している。
橘巽は、藤和練を殺した後に、誰かに殺された? 自分の所属する組織の仲間に一矢報いられたのかと、そう思ったのだが。
「私が死んだ原因ですか。あの後、そうですね。ウルベルトさんの組織の仲間たちを全て処分した後、自殺しました」
仲間思いで、人一倍優しく正義に拘る熱い男が、何処か他人事のように淡々と言った。
「は?」
藤和練の残滓を持つ悪魔は、一瞬自分の聞き間違いかと思った。
隣で聞いているウルベルトも、自身の知るたっち・みーとは全く違う凄みを持つ男に、気圧されて息を飲む。
「自殺しましたよ。貴方が私を殺してくれなかったから」
虫の顔が、おそらく、笑ったように見えた。そしてその笑みは何処か、壊れていた。
穏やかなように聞こえる声なのに、その内に内包しているものは全くの真逆。全身が総毛立つ。ウルベルトは、無意識のうちにたっち・みーから距離を取っていた。
「チッ。人をぶっ殺しといて、俺のせいにすんなよな」
忌々しそうに舌打ちし、山羊頭の悪魔はふわふわとした山羊の毛をむしり取るように乱暴に掻いた。
「まあ、俺も人のことは言えませんけど。あんたを殺して、然るべき手段をもって情報を公開したら……死んでたでしょうね。たっちさんが相手じゃ、万に一つもその可能性はなかったでしょうけど」
ゲームの中ではいかに肉薄した僅差の実力の持ち主でも、リアルではまったく違っていた。
恵まれた体格、天性の身体能力、装備の差、諸々のせいで藤和練が勝つ可能性は全くなかった。
それでも、藤和練は本気で殺すつもりで橘巽に挑み、橘巽は一切の容赦なくそれを迎え撃った。
最期の会話ーーあのときも橘巽は己の抱える正義というものの矛盾に疲れ果てていた様子だった。それでも自分が所属し、守り続けてしまったものをなんとか信じようと足掻いていた。「あんたは、間違っていないさ」藤和練がそう告げた瞬間に撃ち殺されたから、彼からしてみれば、本当は「間違っている」と言って欲しかったのかもしれない。
誰が言ってやるものか、と本心から思う。
藤和練からしてみれば、この男は正義でなければならなかったのだ。正しく、真っ当で自分が信ずることを貫く我儘な男であって欲しかったのだ。今だって大嫌いだし、顔をあわせていると腹が立つ。けれど、自分と全く真逆の道を行く男が、眩しくなかったか、と言えば嘘になる。誰かを助け、救うことができると信じる愚直さを、表向きせせら笑っていても、綺麗事をてらいなく話せるその姿勢にわずかに憧れる部分はあった。
ほんとうに、ほんとうにすこしだけれど、自身がこうありたかったという姿でもあるのだ。恵まれた環境の羨ましさや妬ましさだけではなく、その人格が、心が、こんなふうに素直になれたら、少しは人生が変わったのだろうか、そんな絵空事を浮かべることもあった。
だからこそ、自分の持つ怒りと憤りをぶつける相手でいて欲しかった。
決して、自分と同じような場所に落ちてきてほしい男ではなかった。
迷いを抱え、ゆるやかに壊れていくような、そんな目にあっていい人物ではなかった。
本当に、どんな手段をもってしてでも殺してやればよかったのかもしれない。
どれだけ仲が悪かったといっても、長年ゲームで肩を並べて遊んだ知り合いを殺したことは、あまりにも正反対で嫌いあいすぎて逆に忘れられないくらいに互いに心の中に刻まれていた相手を殺したことは、橘巽の中でかろうじて正気を保たせていたものを、致命的に打ち壊してしまったのだろう。
悪魔は諦観と、わずかな後悔があった。
それと同時に、ぞくぞくと全身を満たしていく快感があった。
背徳的な喜びだ、今までの藤和練であったならありえないものだ。
諦観と後悔が、わずかに残る藤和練としての感覚のものならば、快感は悪魔としてのものだろう。
瑕一つなく完璧であったものが、ひび割れてボロボロと壊れていく様はなんと美しいことか!
自身の中に生まれた感情に吐き気がするほどに、己の中の悪魔は喝采を挙げている。
(確かに、愉しい、愉しいかもしれないけど、俺はな)
黙ったまま自らの腕に爪をたてる。
嫌いとはいえかつての仲間の不幸を嗤うほどの存在にまで、堕ちる気はないのだ。
「自殺したって、たっちさん、あんたには理沙さんや美沙ちゃんがいるだろ!」
声を張り上げたのは、リアルの自分の若い頃にによく似た姿のもう一人のウルベルト。
死んだはずなのに、ゲームでのアバターでの姿となって生きていることから、もうなにがあってもおかしくないような気がして、もう一人の自分という存在を、あまり違和感なく受け入れていた。
現実の過去の世界から来たとは思えないのは、顔の作りが不自然に左右が整いすぎていることと、普通にゲームのアイテムを身につけていることから。
リングオブアインズウールゴウン。
悪魔が引退とともに手放したギルドの証を、この男は指にしっかりとはめていた。
「死にました」
感情の抜け落ちた声でいう。
ウルベルトは目を見開き、唇をわななかせたまま何も言えず固まった。
「二年前の話です。私は家族を守れなかった。その、死後の眠りすら」
そうなのだろうな、と悪魔はすぐに納得した。
あれだけ家族が好きな男が、あんなにも自暴自棄になるなんて、よほどのことがない限り無理だろう、と。
その、よほどのことが降りかかっていたのだ。
なにを告げればいいのか迷ったままウルベルトは視線を逸らした。
「……あんたらみたいな、アーコロジーの人間でも、人肉工場の餌食になるのかよ」
やっとの思いで絞り出したものは、悼む言葉でも同情の言葉でもなく、支配体制への怒りを滲ませたもの。
しかし吐いた言葉をは反対に俯いた視線には、死者を悼むやるせなさを見た。
「資源がないから、よほどの上流階級の人間でもない限り、もうなんでも活用するようです」
火葬場という名の、生産場。
大企業の息がかかった火葬場に持ち運ばれた遺体の末路。
藤和練が、ゲームで知り合った仲間から得た情報……昔からまことしやかにささやかれていた、貧困層の、今や中流階級も食することも珍しくない基本食の原材料、それを捉えた見るも悍ましい写真の数々。
死んだ人間が『加工』されて見慣れたチューブ式の食料や、骨がブロック式の食料に変わっていく過程。
人間の所業ではなかった。
老若男女の死体が選り分けられ、切り分けられ、ベルトコンベアに流れていく。徐々に見慣れたものに変わっていく。味付けられ、詰め込まれて、人としての最後の尊厳も奪われて、最下層の者たちを生かす餌となる。
噂は前々からあった。
だが、その噂を聞いたものは都市伝説のように信憑性のないものとしか受け止めていなかった。
どれだけ社会が狂っていても、そこまでおかしくなるはずがないとたかをくくっていた。
現実は、目を背けたくなるくらいに醜悪に染まっている。
その写真を見た時、今まで自分が食わされていたものが、同じ人間であった真実を突きつけられ、胃の奥からこみ上げてくるものを堪えることができなかった。
全身の血の気が引き、思考が止まった。
世界は変えなければならない。絶対に変えてやる。
もはや取り替えしのつかない世界であっても、たった一瞬でもいいから誤って踏み間違えてしまった世界を変えてみせたかった。
それが、死してしまった両親の手向けになるのならばーーそして、大事な悪魔の誇りとなれるように。
今や、その義憤はウルベルトの中では、どういうわけか遠い。
仲間が命をかけて届けてくれた陰惨な光景を、愉快だ、とすら感じるのだ。
「妻と、娘が知らない誰かに食べられることがどうしても嫌で、財産をはたいて彼女たちが使用されているであろうロットを全て買いました」
腹がたつくらいにまっすぐだった男の狂気。
「毎日、食べました。妻でも娘でもない、でも、妻と娘を使って作られたもの。肉のペーストのチューブ、骨をつかったブロック。血液で作られた栄養補助飲料」
ねたましくなるくらい幸せだった男の悲哀。
「吐きそうになって、それでも無理矢理飲み込んで。毎日、毎日、妻かもしれないものを、娘かもしれないもの、毎日、毎日、食べました。そうじゃないかもしれないけれど、そうでもして、彼女たちに生かされているのだと思わなければ、やっていけなかった」
怖気が立つほどに壊れた男の、愛。
「きちんと、弔うこともできないのならば、せめて……自分の血肉となって生きているんだと、そして私は生かされているんだと思って……」
嗚呼、それはなんて、なんて尊く美しく、愉しいんだろうか。
「ああっ! バッカじゃねえか、あんた! そんなの間違ってるだろうが!」
歓喜にひたる悪魔をよそに、一方的にキレたウルベルトがたっちに殴りかかった。
殴った瞬間に、ウルベルトの拳が潰れた。
「……っう」
「……コントかよ」
怒鳴り声にはっとし、悪魔は悦楽に染まりそうになる自身を押しとどめる。これがなんら関係のない他人の不幸であれば素直に楽しめるのだが、同じ世界の地獄を知る者を嗤う非道に落ちたくない。体がユグドラシルの悪魔となったことで精神が死ぬ前と随分と変容しているが、守りたい一線というものがある。
拳を片方の手でぎゅっと押さえて苦痛を噛み殺しているもう一人の自分を見下す。
たっちを激昂してなぐった男をしげしげと見つめた。
人間であった自分は、こういう行動を取ったのか。
鏡に写る過去の自分を見ている気分で、わずかに息を吐いた。
これに会えたことは、ある意味悪魔にとって幸いであったのかもしれない。
ウルベルトはゲームで悪の美学を貫いたが、その根本にあったのは他人の不幸を笑うような程度の低いものではないはずだ。
だって、格好悪いだろう、他人の苦しみを笑うって、単なる小悪党だ。
悪魔が嫌いな大企業の連中がそういう感じのことをしていそうだ。貧民を見下して、苦しんでいるのを楽しんでいる。悪魔の勝手な印象でしかないが、すくなからずそういうところは絶対あるはずだ。
それと同じものには、なりたくない。
今の、ウルベルトが振り回されている悪魔の性根というのは、悪魔が描こうとしたウルベルト・アレイン・オードルの像とはかけ離れている。
短絡的に、動物的に、本能のおもむくまま行動して、死を選ぶほど理想を塗り固めて作った像を破壊するのは、悪魔として絶対に許しがたい。
「え、大丈夫ですか、ウルベルトさん!?」
狂気を見せていたたっちだが、それが嘘のようにまともに人間を心配していた。
「だいじょうぶです。というか、俺はたっちさんを殴ったんですけど、なんで俺が怪我してあなたは痛がるそぶりひとつないんですか」
固い声で理不尽な批難をあげるか、たっちは気を悪くした様子もなく、怪我を気にしていた。
「殴られた感じはありませんでしたよ。撫でられたかな、くらいの感覚でした。この姿がゲーム通りなら回復魔法が使えるはずですが、試してみますか」
「あなたに回復してもらうのはなにか癪ですが、ゲームと同じ力が使えるかどうかは気になりますね。お願いします」
骨が潰れて真っ赤になっている手の甲をたっちに向けた。
「コンソールは……出ない。コマンドが使えないとなると……でも、ああ使えそうだ」
ぶつぶつと言いながら指をさまよわせたのち、たっちは傷に向かって手をかざした。青白い光がゲームのエフェクトと変わらずにあらわれ、赤く染まった手が治っていく。
「本当に治った。痛くない」
傷一つなくなった手を、訝しげに眺めるウルベルト。
悪魔はコンソールが出ないという聖騎士の言葉を聞いて、自分もコンソールが浮かび上がらないことを確認した。
しかし、たっちが魔法を使えたのだ。自分だって使えるだろう。魔法のことを考えると、不意に体の奥からふわりとした力の源が湧き上がるのを感じとった。天啓のように閃くように悪魔に感じさせたそれは、魔法の力。
意識することで、自在に魔法を使えるであろうという自覚がなんの妨げもなくすとんと落ちてくる。
「傷を治したもらった礼はいっておきますが、あなたを殴ったことを詫びるつもりはありませんから。
たっちさんの今の状態を見たら、理沙さんも美沙ちゃんも絶対怒りますよ。
……間違ってると、おかしいと、許せないと思うなら、自殺を選ぶよりも、そこの俺みたいにたとえ無茶でも世界に楯突いてから死ねば良かったんです」
発破をかけるというには、あまりにも辛辣な物言いだった。
「そうかもしれませんね」
それに反発を見せることなく静けさをたたえた声で、たっちは同意する。
悪魔にはそれが、どこかほっとしているように見えた。
「私のしたことは、間違っていた……天国の理沙にも美沙にも叱られてしまいそうです」
噛みしめるようにこぼし、静かに泣き出したたっちを、二人の男は見ないふりをした。
「そういえば、お前の怪我はどうなってるんだ。平気そうにしているけど血痕だけなのか?」
たっちにわずかに背を見せて、二人のウルベルトは向き合った。
(あ、なんだろ。録音した自分の声を聞いた時のムカつきおもいだした)
あらためて目の前の自分の声を聞いていると、言いようのない不快感が湧き上がる。
骨伝導で聞こえる自分の声ではなく、実際の自分の声を聞いていると、どうにも気に触る。
「そうだよ。怪我はしたが……怪我をしたのはこの体じゃなくて、リアルの体だ。怪我の痕跡だけが残ったまま、ゲーム引退した当時のアバターの姿になってるみたいだな」
「終わるはずのゲームが終わっていない俺も不思議だが、お前らの体験してることはもっと不可解だな」
頭の中に聞こえて来る自分の声は、もう少し低く渋いはずなのに、隣から聞こえて来る声はやや甘くキーが高い。
「つーか、よく恥ずかしげもなく最終日まで遊んでられたな。そっちの俺は平和ボケでもしてるのか?」
もう一人の自分の事情は知らない。もしかしたら、悪魔のような環境下ではなく戦いに行くことの決意などとは程遠い平穏な世界なのかもしれない。そう、好意的に解釈しようとしていたのだ、相手の異変に気付くまでは。
気にくわない実際の声の腹立ちをまぎれさせるために冗談めいて譏ると、鏡の中の自分のような目つきが俄然鋭くなった。
都合の悪い図星を指された顔だ。
それを理解した瞬間、ジリ、と不甲斐ない自身に対して苛立ちが芽生えた。
「お前、逃げたのかよ。お前も、あの最悪な世界に生きてたのに、戦わないでゲームで遊ぶことを選んでいたのかよ! ふざけんじゃねえよ! 死ぬのが怖くて日和ったか!? この臆病者!」
悪魔は男の襟ぐりを掴み怒鳴った。
「うるせーな、こっちだって事情があるんだよ! 捨てたくないものも、消えてほしいものもあった! 俺には大切なものがユグドラシルにしかなかったんだよ! あの場所が好きで、放り出したくなかったんだ、俺だって、この日が終わったらベルリバーさんの意思を継ぐ気だった!」
苦しげに顔を青くしながら、ウルベルトは気丈に言い返した。
「二人とも、落ち着いてください。ええと、どちらもウルベルトさんでいいんですか?」
そんな二人の間に、涙を拭いたたっちが慌てて割ってはいる。
「そうですよ」
「そうなんでしょうね。あまり認めたくもない状況ですが」
「……分裂でもしたんですか?」
「どっからそんな発想が出て来るんですか、あんたは」
ウルベルトは苦しげにしながら呆れる。
「そんな訳ないでしょう。この悪魔の体でもそんなことはできませんよ。だいたい仮に分裂するにしても、こんな貧相な体つきの分裂体は、絶っ対に出しません」
山羊頭は見苦しそうにウルベルトをしげしげと見る。小馬鹿にするような嫌な目つきである。
「ああ? 喧嘩売ってるのかよ。こっちだって好きでこんなひょろい体になってる訳じゃないんだからな」
「えー、大分若いですけど、そんなにリアルと変わらないように見えますが……」
違いがわからないと言いたげにするたっちに、今度は二人が同じタイミング、同じ声量、同じ言葉を発した。
「何処をどう見て言ってるんですか! 全然違う!」