書きたいもの詰め合わせた闇鍋話 作:オニヤンマンマ
小さく小さく零した、己が創造主の言葉をパンドラズ・アクターは忘れられない。
『あのひとだけがずっと俺と共にいてくれた、支えてくれた、俺を必要としてくれたとてもとても大切なひとの……』
切なる思慕とも、執念じみているとも言えるような、モモンガのウルベルトへの想い。
その時は尊い身を犠牲にして大秘術を行い自分たちを助けるということばかりに思索をふけらせ打開策を必死に巡らせていたが、至高の存在が健在である今、憂慮すべき事柄がパンドラズ・アクターの中で移り変わった。
(モモンガ様の苦悩をいかにすれば軽くしてさしあげれるのだろうか)
ナザリックに君臨するアインズ・ウール・ゴウンの偉大な方々ーーそれら全てに仕える存在であるが、創造主であるモモンガの存在はパンドラの中では別格であった。
それこそ、ウルベルトの意思をある程度無視してモモンガにとって最高の結末を迎えられるように画策する程度には、その捧げる忠誠にははっきりとした序列がある。
モモンガを頂点とし、その次にずっと彼と共にあり続けたウルベルト、長い不在の期間を経て家族を連れて戻ってきたたっち・みー、それに呼応して戻ってきた方々、終焉の日にわずかにでもその気配を感じさせた者。そして最後にそれ以外の者たちだ。
こういった忠義の順位づけを嫌う同胞が多くいるのは知っているが、はっきりと表に出さないだけで、その内心はパンドラと似たようなものだと推測していた。創造主を頂点とし、それ以外の至高の存在が次なのだ。
しかしながら、ここまではっきりと格付けをするのが、とても珍しいという自覚はある。
パンドラがこうなってしまったのは、霊廟を行き来して仲間のアヴァターラを作るモモンガの悲哀と寂寥を見てきたからだ。
創造主を悲しませ、辛く苦い感情を深く深く刻ませた、アインズ・ウール・ゴウンのメンバー。
モモンガの幸せは、パンドラズ・アクターでは与えることができず、彼は励ますこともできずそれを見守ることしかできなかった。
彼が仲間と信じる者たちは、無慈悲にモモンガから笑みを奪っていった。
いつか帰ってきてくれる、会いにきてくれると信じて、いや信じたいという感傷にしがみついて、何一つ残されたものを手放すことなく大事にし続けるモモンガの姿はあまりにも痛ましかった。
許しがたいとまで責めるほど、身の程を忘れるつもりはないが、苦虫を噛み潰すような思うところがあるのは事実だった。
幸せそうに、霊廟に通い仲間たちの最強装備を持っていくモモンガを見るのはパンドラにとってもなによりも幸せで、主の満ち足りた様子を見ると帰ってきてくださった方々には自然と頭が下がった。
そして、唯一片時も離れず、このナザリックに残って守ってくださっていたウルベルトにも、一層の感謝があった。
やがてモモンガがパンドラと会うことはなくなったが、悲しげに霊廟に通うことはなくなった。自身の無力に打ちひしがれる哀切は程遠いところとなり、これからもそれがずっと続くことをモモンガのために願っていた。
パンドラズ・アクターが最も希求するもの。
それはナザリックをずっと守り続けてきてくれた主人の、幸せ。
共にあり、寂しさを癒し続け、支えてくれたウルベルト・アレイン・オードルという男に心を傾倒させ、欲し望むというのならば、その手段を整えねばと使命感を抱くのは、創られた者として当然だ。
宝玉のようなそれを誰にはばかることもなく得たときの主の気持ちを夢想する。
いなくなってしまった仲間のことなど忘れるほどに、寂寥すら粉々に打ち砕くほどに、なにもかもがモモンガの中で圧倒的な幸福となって満ちるのであろうか。そうであってほしい。あれほどの苦しげな日々を送ったのだ。それを覆すほどのものを得て然るべきだ。
そのためであれば。
例え不忠と謗られ、その真意を誰にも理解されなくても、結果的に創造主のよしとなるのならばこのドッベルゲンガーは躊躇わない。
不名誉な死と主人の晴れやかな恒久の幸せならばどちらを取る? 秤にかけなくともあっけなく答えが出る簡単な問いだ。
(モモンガ様はあれほど強く想われているが、告げることのできない秘めたる感情なのでしょう)
パンドラは知らない。ギルドメンバーには秘めるどころか小さな子供にも、本人にもバレバレであったことを。
(だから、あのように苦しげにそして誰にも聞こえないような声で漏らされた。ま、私は聞こえましたけどね! この私が、モモンガ様の小さな一言であれ聞き逃したり、一挙手一投足見逃すはずがありませんとも!)
パンドラは知らない。マイクを担当していたペロロンチーノがうっかり音を拾ってしまい、顔が動かないアバターに感謝するくらいに言葉にし難い微妙な気持ちになっていたことを。
(ウルベルト様にその愛を告げられない理由は……種族もそうですが、きっと性別のこともあるのでしょう。なんと、悲しいことでしょう。
一個の人格が一個の人格を想うときに、同性という些細な問題が壁になってしまうとは。例え次代という実りがなくとも、愛し合うことにはきっと意味があるはずです!
ナザリックの支配者としての責務がそれを押し隠させてしまうというのであれば、不肖パンドラズ・アクターがこの命をかけて一助といたします)
パンドラは知らない。果てのない執着は、恋愛感情ではなく一応友愛に収まる範囲だと。
(なにやってるんだろう。パンドラズ・アクターさん)
ネイアに胡乱な目で見られていることには気づいてたが、パンドラはモモンガに呼ばれるまでの待ち時間、無言のまま盛大に動き回っていた。
◆◆◆◆
瀟洒な造りの木製のテーブル一卓とそれにあわせたデザインの椅子を二脚。
テーブルには精緻なレース製のクロスがかかり、その上には大きな白紙が一枚とペン。
その後ろにギルドメンバーが座る椅子を用意させ、背後にはNPCたちが控えている。
伝言で呼び出すと、そう時間をおかずに少女を伴ってパンドラズ・アクターが円形劇場に現れた。
(少女、年頃的にはそうなんだろうけど……目つき悪っ)
騎士の従者の道を目指す少女というのだから、真面目そうというか一本筋の通った厳しい印象を持つ少女というのならばモモンガの予想の範囲内になるのだが、斜め上の見た目の女の子が出てきて驚いた。
人の二、三人くらいなら殺していそうな人相だ。
パンドラに伴われた少女が近くまで来る。
近くで見ると、ますます目つきの悪さが際立って見えた。
「さて、わざわざご足労願ってすまないな。ローブル聖王国の従者殿。どうやら私の……」
(この場合NPCって言っても通じないような。通じないよな、絶対。
創造物でわかるか?
さっきの世界の管理者と同じで聞いた時ぱっと分からないよなあ。
……うん、仕方ない。こう、言いたくはないけど、言ってみればそうだし、背に腹は代えられないというやつか)
「どうやら私の息子が、君にお節介を申し出て、ここまで足を運ばせてしまったようですまないな。
私の名はモモンガ。この地下墳墓の代表者を務めている」
息子と言った瞬間に、びびびと電撃でも走ったかのようにパンドラズ・アクターが震えた。
(え、なに。もしかして何かしでかす前兆? やめろよ、ほんっきでやめてくれよ)
モモンガは祈るかのように懇願した。
幸いなことに、感極まっているとでも言いたげに天を仰ぎ見る動作で踏みとどまっていた。しかし、一拍おいて全然幸いではないことに気づいたモモンガは、断頭台に登る絶望にも似た感情のうねりと即座に発生する抑制に素直に己が心を任せた後、パンドラからそっと視線を外した。
『ナザリックの主じゃないんですか?』
パンドラを見ないようにしているモモンガに、たっちは小声でからかうように問うてくる。
『え、いやですよ、たっちさん、なんか俺だけ偉そうじゃないですか』
「はじめましてー。私ミーシャ!」
ミーシャはネイアの容姿にたじろぐことなく挨拶した。
「はは。怖がらせているようですまないね。この状況でゆっくりしていってほしいというのは難しいかもしれないけれど、あまり緊張しなくても大丈夫だからね。私は名はたっち・みーという」
申し訳なさそうにする言葉に嘘なくたっちの言を信じるのならば、どうやら少女は怖がっているらしい。
モモンガの目には、あまたの異形にも怯まず堂に入った態度で立っている強心臓に見えるのだが。
たっちの名乗りに、ネイアは三白眼をやや見開く。
「至高のお方の御名前に、何かおかしな点でも?」
静かな問いかけでありながら、やや険を含んでいるような気がする。
人間に優しいらしいのに、セバスが怖い。
「え、ええと。『斬れるものなら斬ってみろ』とは凄い挑発的なお名前だと思いまして、すみません!」
少女は慌てて謝った。
(え。たっちさんの名前がそんな風に聞こえたのか。
会話が通じるのを当たり前のように受け止めてたけど、日本語をしゃべってる訳じゃないもんな。こんないかにも西洋人みたいな容姿で、日本語ペラペラって言うのはおかしいし。
魔法みたいな力で勝手に翻訳されているとか?
異世界転移だってありなら、そういうこともありなのかもな)
ふむ、とたっちは何か考えの決着がついたのか、何かに納得したようにしてから、話始める。
「いや、謝ることはないよ。そうか、そのように聞こえたんだね。それはある意味間違っていない。もうひとつの名前である橘巽という名前をもじってはいるが、『触れるものなら、触ってみろ』と対峙する相手を挑発するつもりで名乗った名でもあるからね。私はたっちという。
今度はちゃんと名前が伝わったかな?」
「は、はい。たっち様ですね」
こくこくと懸命に頷いている。
その視線は背後のNPCたちをずっと気にしていた。
(背後のあいつらがどんな顔をしているのか分からないからなー。人間嫌いって設定されているNPCたちに睨まれてるのかな)
ヘロヘロ、リーザと簡単に名乗り、NPCは代表してアルベドとマーレだけ名乗らせた。
「ネイアお姉ちゃん? それともバラハお姉ちゃん? どっちがお名前?」
「ええと、ネイアがファーストネームだよ……ファーストネームです!」
ネイアがたじろぎながら答えると、途端に仰け反るように背筋を引き締めて言い直した。
「まってー、みんな威嚇しない威嚇しない。落ち着いて」
ヘロヘロが振り返ってなだめる。
彼の様子はできる上司というよりは、手のかかる子供たちの見守る面倒見のいい保父さんといった感じだ。
NPCに命令することなく、とてもやわらかく喋る。
(思ったんだけど、やたらと張り切って偉そうな支配者ロールしてるのって俺だけじゃね? ヘロヘロさんとたっちさんはいつも通りだよな。リーザさんとミーシャちゃんなんて言わずもがなだし。
もしかして、無理して気取ったふりしなくてもいいのか?
いや、でもなんか今更このタイミングで切り替えるのもおかしいし、この女の子に話しを聞いてから考えるか)
「今日はここに招待されてくれてありがとうね。ネイアお姉ちゃん!」
ミーシャは椅子から降りて小走りに移動し、NPCたちが並んで立っていたマーレを前方に引っ張り出した。
「それでねお願いがあるんだけど、ここにいるマーレお兄ちゃんとお話ししてもらってもいいかな? お外のお話を聞かせてあげて欲しいの!」
「え……お兄ちゃ? え、ええ? あ、は、はい」
鋭い目つきで、いわゆる二度見をする。
少女の格好をしたマーレが男をしめす名詞で呼ばれてびっくりしていた。
賢明なのか、驚きで言葉も出ないのか、なぜ少年が女の子の格好をしているのか深く突っ込んで来ることはなかった。
ミーシャがさくさく話を進めて言ってくれてありがたい。
モモンガが主導を取るとなると、為政者にふさわしい言葉遣いが求められて、正直荷が重すぎる。
「すまないな。パンドラによると君はこちらとそちらの情報のすり合わせのために来てもらったようなのだが、少しばかりそのマーレと話をしてほしくてな。
いささか人見知りの気があるせいで、あまり外を知らない子だから君の話を聞かせてやって欲しい。
さあ、そこに座ってくれ」
呆気にとられているうちに考える隙間を与えずことを運ぶ。
まるで詐欺師にでもなっている気分だ。
しかしながら、
(はっはっは。どう見ても尋問だな)
表面上はできるだけにこやかに促しながら、胸中では乾いた笑いを漏らしてた。
(よくよく考えてみれば、ただの人間には相当な重圧になっているんじゃないか?)
この奇妙で威圧的な絵面にようやっと思い至ったモモンガである。
大昔体験した圧迫面接を思い出し、反省する。その上、同じ場所にいるのは異形ばかり。どれほど心身の負担になっているのだろうか。
自分の容姿の恐ろしさに頭はいったのに、それらに囲まれることに対しての恐怖に頭が働かなかった。
せっかくマーレを会話役にした意味がないような光景だ。
体の感覚どころか美意識もアンデットになっているせいなのか、人間から程遠い容姿の者を見ても直感的に恐ろしいと感じない。そのせいで、そのことがすっかり抜けていた。
感情もそうなのだろう。どうにも人間に対する配慮というものが万全に至らない。
(まあ、しょうがないか。騎士の従者というんだし、普通の村娘よりは恐怖耐性があるだろう)
モモンガは昔を思い出したせいで浮かんで来た少々の罪悪感を、なんのためらいもなく流し捨てた。
「座って座ってー」
ぐいぐいとマーレとネイアを真向かいに座らせ、一仕事終えたミーシャは満足げに席に戻る。
ぎくしゃくと椅子に座らせられた二人。
そのすぐ先に。
視界に否応なしに飛び込んでくるものがある。
なるべく目線をやらないようにしていた黒歴史を、そろそろどかさないと。
彫像のように微動だにしないパンドラズ・アクターがとてもつもなく視界の邪魔だ。
自分が見ないことで平静を保てても、それは其の場凌ぎの一時的なもの。モモンガが見ないようにしたって、アレが皆の目に入っているという事実は、途方もなくモモンガの精神をえぐってくる。
「何をしている、パンドラズ・アクター。お前も控えよ」
「はい! 失礼いたしました、モモンガ様! あまりの感動に我を失っていました!」
(ひえぇぇぇ!)
はっと我に返ったドッベルゲンガーは、派手な動きで返事をする。止めろと命令した心胆を冷やす敬礼をとり、埴輪顔でありながみょうに
襲いかかってくる羞恥の波に、モモンガは声を殺して悲鳴をあげた。
格好わるいのに、格好いいような仕草を無理にしようとすんなよ! やめろよぉ!
顔面を両手で覆って、叫ぶ鈴木悟を幻視した。
穴があったら入りたい。逃げ場があったなら逃げたい。
これが異形へと変容したモモンガでなく、人間の鈴木悟であったならば、速攻にログアウトしてベッドにダイブしてジタバタしていたに違いない。ああ、出来ればベッドでジタバタしたい。
異世界に来た僥倖に胸躍らせ、希望に満ちた仲間との未来絵図を描くモモンガを、本気でリアルに帰りたいと思わせる男。
それがパンドラズ・アクターである。
すぐにかき消される強い感情。だが、目の前に敬礼するパンドラズ・アクターが存在する限り根本的な解決策になっていない。
モモンガは生きていたときの名残のような深呼吸をし、命令通り背後に控える列に加わろうとするパンドラズ・アクターをやや恨みがましい目で見送った。
(もう、なんのためにあのとき宝物殿にみんなを連れていかないでおいたと……!
あれを、見られないために。見られ、見られたよ! もう、もう! うわあああああ!)
再び起こる、抑制。
「ああ!」
抑制が間に合わず、内心の嘆きが漏れていた。
「どうなされましたか、モモンガ様」
皆に注目されてしまう。
「あ、いや。うん、そういえばパンドラズ・アクターには質問をしていないことを今この瞬間思いだしてな。それだけだ、気にするな。よし、マーレとバラハ殿は構わず話しているといい」
モモンガは無理矢理ごまかした。本人がそう言っても、それでおさまらないのがこの忠臣たちだった。
「質問ですか? モモンガ様がお聞きになりたいことがあるのであれば、なんでもお答えいたします!」
主人であるモモンガが気にすることならば、と本人も周囲もその時間を設ける気満々である。
マーレはネイアではなくパンドラズ・アクターを見つめ、後ろの臣下たちも黒歴史に注目している気配がある。
(頼む、みんな。見ないで、見ないでくれ!
昔の俺の畜生! 鬼畜! 未来の俺を殺しにこないでくれよ!
いや、落ち込んでいてもなにも始まらないぞ。このままだとパンドラズ・アクターが衆目に晒され続けるだけだ。
へこたれるな、俺。頑張れ、俺。
この、質問イベントを終わらせないと、多分延々とあいつから注目が外れないぞ)
かつての己を口汚く罵り、今の自分を鼓舞した。
「いや、うん。はぁ……みんなはどうですか、パンドラズ・アクターに聞いておきますか?」
どんよりとした様子で問うと、いえと大人たちは三人首を振った。
モモンガの作ったNPCだから、皆と同じ答えを返してくれるのは聞かなくてもわかる、という返事を三者三様にもらった。
ミーシャは「お友達になれる?」と尋ねて、オーバーアクションで畏れ多いと断られ、「友達になれたら面白そうだったのにー」とむくれていた。正直ほっとした。素直な子供で周囲に影響されやすい年頃である。うっかりパンドラズ・アクターの真似をはじめて敬礼でもされたら目も当てられなくなる。
「まあ、私も答えは想像つくがな。念のため聞いておきたくてな
パンドラズ・アクター、お前は人間となったウルベルトさんをこのナザリックに快く迎え入れられるか?」
返ってきたのは沈黙だった。
モモンガは最初、パンドラズ・アクターは勿体ぶっているのだと思った。
妙なためを作って、歓迎の意を表する。そう、予想していた。
しかし、彼の答えはそれを覆すものであった。
ぐるりと、NPCたちを見渡したパンドラズ・アクターは顔を俯き加減にして帽子の鍔をつまむ。
「申し訳ありません、モモンガ様」
謝罪した彼は丁寧なお辞儀をし、
「私はウルベルト様をこのナザリックに迎え入れることを拒否いたします」
はっきりと拒絶の意を示したのだ。
たっちさんの名前の云々はwikiでのキャラクター観を語るところを読んでついつい設定を拝借してしまいました。
名前では触って、ていいながら触らせることなく敵対者をぶっ倒す強者ってかっこういいですよね。