書きたいもの詰め合わせた闇鍋話 作:オニヤンマンマ
生者のことごとくを憎悪し無限に続く死の螺旋へと引き摺り込むような、たちまちのうちに命を奪っていく病魔を凝縮したかのような、息苦しくも悍ましい威圧がモモンガの体を震源地として津波のように広がった。
呼吸などいらないはずの体が、う、と息を詰めた。俄かに体が重くなる。
わざわざ地雷を踏みに来てるなぁ、彼。
ヘロヘロは異質な空気を孕む隣席の骸骨に閉口しながら、パンドラズ・アクターの思惑を読みあぐねいていた。
モモンガが作ったドッペルゲンガーは感情を読み取りようがない外装をしている。種族そのものといった姿だ。それでも、大振りな身振り手振りや声色から、細く扉を開いた先を覗き込むような僅かな情報を得られる。
パンドラズ・アクターは自分の中の考えを吟味して返答したというよりも、周囲の顔色をうかがっていた。ここにいるものたちに聞かせるべきことを考えているような。そんな一瞬の思考。
それから告げた言葉に、ひっかかりを覚えるわざとらしさがあった。
本心は別のところにあり、彼は理由があってあえてモモンガを逆上させる返答をしたーーヘロヘロが出した結論だった。
モモンガは、と言うか大部分がそれを気取った様子はない。
前後左右などない姿をいかして、ほとんど身体を動かすことなくこの場全体を確認する。
特にウルベルトの子供NPCとデミウルゴスは、激昂で親の仇でも見るような目をしているし、アルベドなど許しを得たら今にでもパンドラズ・アクターを誅殺しそうだ。各々怒りは強く、冷静さを保っている者は皆無。
リーザはこの場に溢れる怒りの気配に身を竦ませながらもミーシャを守ろうとしているし、たっちは何があってもいいように警戒している。もしかしたら彼のワールドチャンピオンの力は、この仲間割れのようなことが原因で久しぶりに見ることになるかもしれない。
ミーシャがモモンガの放つ威圧に恐れる様子もせず、きょとんとした顔でこの場のなりゆきを見守っている風なのが印象的だった。
椅子に座っている少女は……
(あー、なんというか。ごめんねぇ。後で蘇生させてあげるから)
ヘロヘロはいろんな意味を込めて心の中で合掌した。
不穏な気配を纏っているというのでは到底たりない、むしろ周囲を押しつぶしてくるような存在感を放ち罪のない少女を知らずのうちに圧殺した男は、嚇怒を堪えたようだった。
重く息をはき、なんとか平静を取り戻そうとしてる。
「ウルベルトさんが人間となってしまったのは、彼の過失ではないーー」
それでも漏れ落ちたのは、声や言葉というよりも、怨毒が音となって空気を震わせて聴覚に届いているような刺激。
NPCたちにさきほど説明した経緯を朗々と説明しているようで、モモンガの感情を極めて押し殺した声からは滲みでているのは殺気、いやむしろ死そのものの気配であろうか。
なんというか、先ほども思ったことだがウルベルトのこととなるとモモンガの様子がずいぶんとおかしくなる。
仲間想いなのは知っているが、それだけではすまないものを抱いている気がするのは、自分の勘違いだろうか。
あらかた同じことを話し終えると、それでも尚受け入れないというのなら、という言外の最後の通告を含めて「その上でもう一度お前の答えを訊く」そうモモンガが言い切った。
モモンガは空中に手をさまよわせると、砂時計を取り出し骨の指で弄ぶ。確かあれは、超位魔法の長い詠唱時間をキャンセルするための課金アイテムのはずだ。
(え、モモンガさん。超位魔法? まさか超位魔法を使う気ですか? モモンガさんだけが使えるアレならそこまで威力は強くないんだろうけど、ナザリックの中で使っちゃうつもりですか?)
ずいぶんと昔のことなので詳しい名前を忘れた魔法のことを思い出す。
ヘロヘロはモモンガの怒りに慌てふためいた。漆黒の粘液が漣のように揺れる速度が、焦りで早くなるのも仕方ない。
「確かに、ウルベルト様は被害者。しかし、私はそれとこれとは別の問題だと愚考いたします。
モモンガ様に忠誠を誓う臣下の役目として、過ちと知りながら見過ごすわけにはいきません。
アインズ・ウール・ゴウンは人間は受け入れないはずではなかったのですか?」
ヘロヘロの焦りはよそに、パンドラは怒りなど全く意に介していない様子で、返さなければならない答えの代わりに質問で返した。
「確かにそうだ。アインズ・ウール・ゴウンは異形のみが所属できるギルド。
だが、このような場合の例外は認める。これは仲間の皆で決めたこと。ウルベルトさんは誰がなんと言おうとアインズ・ウール・ゴウンの仲間だ。
お前一人の意見で覆せる類のものではない」
「皆で決めたとおっしゃりますが、それは四十一の方全てではないのでしょう? 果たしてそれは正しい採決の結果と言えるのですか?
いない方々のご意見をないがしろにしてもよろしいのでしょうか。
それともお隠れになってお姿を見せてくださらない方々は、仲間ではないとでも言われるのですか? モモンガ様がそうおっしゃいますのならば、私は自身の意見の否を認めます。
ウルベルト様の至高の座への存続は、一部の方々による偏った意見ではなく、ギルドの総意であると。何故ならば、その一部の方々のみがアインズ・ウール・ゴウンの至高であらせられるから。
そうであるならば、私は至高の方全ての決定と受け入れ、ウルベルト様のご帰還を歓迎いたします」
(うわ、痛いところついてくるぅ。なかなか煽るねー。パンドラズ・アクター)
聞いているこちらの肝が冷える。
あの仲間が大好きなモモンガさんが、辞めていってしまった者たちを仲間ではないなんて言える訳がないのだ。
少なくとも、ヘロヘロの知るモモンガとはそういう男だ。
「俺は」
モモンガの一人称が変わる。
「皆を仲間じゃないなんて思ったことは一度もない。言うつもりもない。
アインズ・ウール・ゴウンの四十一人、いや今は四十三人だな、その四十三人は俺の大切な仲間だ」
(迫力あるなぁ。でも、これ質問の答えになってないや。胆力がないやつなら、それで怯んでごまかせたんだろうけど)
「おや、堂々巡りになってしまいますね。
では、もう一度言わせていただきます。
ウルベルト様を受け入れることが四十一人の皆様の総意でないのであれば、私は異を唱えます。
貴方に創られたものとして、誤った結論は看過することはできません。
この栄えあるアインズ・ウール・ゴウンは、いつからモモンガ様の一存で動かせるものとなってしまったのでしょうか。
人間となったウルベルト様を受け入れること。私にはその言い分は取り分けモモンガ様の私情を多分に含んでいるものにしか聞こえません」
パンドラはもちろん怯むことはない。よってごまかされることはない。
(お、さっきは『一部の方々』で複数形を指していたのに、今度はモモンガさんひとりを名指ししてきたね。
モモンガさんの私情、か。パンドラズ・アクターの目的はそこかな)
ヘロヘロは次々とメンバーが辞めていくギルドの中で、それでも長く残っていたほうだった。
だからパンドラの能力も、そうなった経緯である悲しい真意も知っている。
もしかしたら、パンドラズ・アクターは何かしらの理由でモモンガの内情を知っており、逆上した彼からそれを曝け出させるつもりなのかもしれない。
モモンガは昔と変わらずにこやかに歓迎してくれたが、いかに彼が純真であろうと、ギルドや仲間が好きだからこそ恨み言のひとつやふたつくらい言っていただろう。
表面上は何事もなかったように取りつくろっていることが、モモンガを敬愛するが故に許せないのかもしれない。
理性という殻を剥がすことで、むき出しになる感情にどんなものがあろうと受け入れよう。
もし、パンドラによって引き出される本音に、仲間を責める言葉があったなら。
いや、それがなくても、モモンガに謝り、もう一度感謝して、この異世界に転移してしまった同胞として、改めて仲間として歩んでいこう。
そんな胸に染みる誓いを浮かべる。
それも、モモンガの豹変……今までだってだいぶおかしかった訳だがそれを凌ぐものに、遠くかなたに吹き飛ばされる。
「私情か……はは。
そうだな、私情かもしれないな……
だがなあ、パンドラズ・アクター。私情を挟んで何が悪い。
なんで、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、俺と、一緒にいてくれたウルベルトさんをこのナザリックから追い出さなきゃいけないんだ。
皆の心が、ここから離れていってしまったときに、あの人だけが、俺にここに一緒に残っていて欲しいって言ってくれてたのに。
去っていくのを止めるのはいつも俺だった。置いていかれるのはいつも俺だった。そんな俺に、置いていってほしくないと言ってくれたのはウルベルトさんだけだった。ギルドからどんどん人が減っていって、寂しかったし、怖かった。でも、ウルベルトさんはいてくれたんだ。ナザリックを同じように大切にしていた。ずっとここを守ってきた。俺が、あの人に依存して、執着するのも当然だよなあ? 俺にはあの時、あの人しかいなかったんだから。
そのウルベルトさんを、俺のとても大切な人を、俺 の ウ ル ベ ル ト をどうして、たかだか人間種になったくらいで、このナザリックから、俺の元から、わざわざ手放さなきゃならないんだ? 俺にはちっとも理解できない」
あれ、流れがおかしいぞ。
予想していなかった流れに、ヘロヘロは絶句する。先ほど確かにウルベルトが関わると怖いなあ、なんて考えていたがまさかのモモンガの吐露に頭の中がパンクした。
(ええー! まさか、モモンガさんとウルベルトさんってそういう仲なの!?
ハニワ顔で「やってやったぜ」みないなしたり顔するなよパンドラズ・アクター! めっちゃ器用だな! どうやってその穴だけの顔を動かしてるの!?)
帽子の下に隠された顔。その影から見えてしまった表情に、ヘロヘロはつっこんだ。
モモンガの横でいつでも動けるようにしていた緊張も解いて、あんまりな出来事にたっちが頭を抱えていた。
誰にも決して聞こえることはない心の声で「友情じゃないですよ、これ。やっぱり、モモンガさんはウルベルトさんのこと絶対恋愛的な意味で好きですって。やばいくらいに好きですよ」と今はこの場にいない友人に語りかけていた。
ウルベルトがしっかりと向き合うことを避けている間に、モモンガは情念を肥大化させて取り返しがつかないくらい狂気的に愛してしまっていたらしい。
過去にその疑問をおそるおそるぶつけたときはウルベルトに必死になって否定されたので、その時はかろうじて納得できたが、もはやたっちの中では疑いようのないものになっていた。
手遅れだな。
何がどうとは言葉にしたくないものを、たっちはひとりごちた。
どちらにとっても、手遅れだ。
ウルベルトは多分、見つかったら最後、モモンガからはもう逃げられないだろう。あそこまでの感情を周囲にここまでさらけ出したら、モモンガは開き直ってさらに彼に対する愛情表現が過激になるのではなかろうか。
ウルベルトの必死の否定というバケツに水を汲んだような消火では、決して消せない猛火のような感情だ。
男同士だろうとあれだけ好きな相手がいて、体面もあるから一応隠してはいたけれど、ここまで周囲に言ってしまったら隠す必要性もないと、そう思ってもおかしくはない。
「そのように、何にも代え難く離れられないと大事に思われているのであれば、手に手をとって出奔されるのも一つの手ではありませんか」
「残念ながらそれはできない相談だ。身勝手な私では相応しくないからギルドマスターを誰かに譲れという話ならば俺は快く譲れるが、ここを出て行く気はない。
ナザリックは俺にとっても、あの人にとっても大事な場所だからな。
私にとっては、大切な仲間との思い出が詰まる場所。
ウルベルトさんにとっては、デミウルゴスとイリニがいるから守らなければならない場所。
こうは言いたくはなかったのだが、ナザリックを去っていくという形でこちらを蔑ろにされたんだから、少しくらいこっちの勝手をしたっていいだろう、と私はそう思っている。それくらいのことを言う権利はある、そう思う。
ナザリックに来てくれた者には了承は取った。今はそれで十分だ。
帰ってこない他の皆の意見に関しては、もしも会えるときがあればそのときにもう一度話し合えばいい。
はあ……言うつもりもなかったものをここまで言わせて、まだ分からないのかパンドラズ・アクター。
今の俺は、アンデットなのに恥ずかしさで軽く百回くらい死ねるぞ」
落ち着いたかのように聞こえる感情を排除した声音がいっそ空恐ろしい。冗談を言う余裕があるように見えるが、その視線は砂時計に固定されていた。ゆらめく赤い光にはモモンガの中にある怒りが隠れている。
「それは恐ろしい。モモンガ様が本当の意味でお隠れになってしまうのは決して本意ではありません。
ですが意見をかえるつもりはありません。
最期にもうひとつ質問があるのですが、仮にウルベルト様の奥方であらせられる明美様が居られた場合はどうなされるつもりでしたか?」
「ん、なんだ。明美さんが居たら? もちろん歓迎するぞ。
というか俺は、あの人に恋人ができようが結婚しようが、正直関係ないと思っている。
ウルベルトさんがちゃんと俺のそばにいることを一番に選んでくれていて、あの人は俺のモノだと相手がしっかりと理解するならば、という前提条件がつくけどな」
(ひえええええええ、何その言い分、訳がわかんなくて怖いよモモンガさん! 執着強いのに、独占欲はそんなにないの?
明美さんとは仮想現実内結婚で、現実で結婚したっていうのとはまた違うし、やまいこさんの妹だから歓迎できるんだろうけど……)
ヘロヘロは困惑し、
(あーウルベルトさんがそんなこと言っていたような気がする。親友になりたいだけで、恋人になりたいわけじゃない、だから友情の範囲だって言い訳していたな。
付き合ってるわけじゃあないのに、自分のモノ宣言ってもう……本当にもう……片想い拗らせすぎですよ、モモンガさん。絶対に逃すつもりはないって決意というか執着というか……重いなあ。
それに、恋人よりも親友を選ばせて、そのうえ当たり前のように恋人を牽制してマウントを取るのは、友情に収まらないと私は思うんだ。百歩譲って友情だとしても、恋愛感情よりもかえって性質が悪い気がするね)
たっちは目頭をおさえた。
余人には到底理解不能な執着を語り、男性ギルドメンバーを混乱の坩堝に叩き込んだモモンガは、手の中にある砂時計をなんら前振りなく割った。
「言いたいことはそれだけのようだな、では、死ね」
(あー。モモンガさん、やっと落ち着いていたように見えるけど、やっぱり相当キレてるね。それとも、本当はこの魔法を向けることにためらいがあるのかな?)
たっちは砂時計が割れる音に我を取り戻す。
そんなことを思う余裕がある程度には、決定的な瞬間に余裕がある。PvPの時のモモンガには、絶対にない隙だ。
発動した魔法とパンドラとの間に、瞬足の動きで白銀の鎧の騎士が割って入る。
威力はさほど。だが、まともに喰らえばたっち・みーでもただではすまない禍々しい魔法を目前に、それを恐ることもなくたっちは己の中にある力を解放させる。
次元断層。
ワールドチャンピオンの持つ、最大の防御スキル。
タイミングがシビアな技だが、呼吸するように体に馴染んでいるこのスキルを一コンマのミスもなく発動する。
たっちの構えた剣に添うように音もなく空間が撓んだ。
ギルドマスターモモンガの容赦を切り捨てた超位魔法をまるでこの世界から切り取ったかのように、たっちは易々と受け止めた。
(あー、やっぱりたっちさんが守ったか)
抜き放った剣をおさめ、たっちはパンドラを諌めている。
目的は察したが、あまり第三者が引っ掻き回さないように、それに嘘でもウルベルトの存在を拒否すると言われるのはこちらとしてもいい気分じゃない、とたっちが言っている内容はそんなところだった。
モモンガは追撃をすることも、魔法を止めたたっちに怒りも見せず、ただ黙っている。
ウルベルトのことでとやかく言うのならば、殺すことも辞さないという本気を見せたことで一応満足したのだろうか。
パンドラズ・アクター主演のこの三文芝居もそろそろ終焉に近づいている。
ヘロヘロはやっと落ち着いて考える時間ができそうだと、これから先のことを思った。
やるべきことはまだまだ残っているけれど、正直なところ何も考えずにもう寝てしまいたかった。
男同士の痴情のあれこれを見せつけられた疲れもあいまって、現実逃避じみたことを考えているヘロヘロの視界に、ふわりと透明なメールアイコンが浮かんだ。
一瞬、なんだろうと思ったが内密理にメッセージをやりとりする課金アイテムのメールのことに思い至り、ヘロヘロは指先で透明な手紙を叩きそれを開く。
差出人は、すぐ隣にいるモモンガからのものだった。
すぐ隣にいるのに、一体何事であろう。
モモンガは先程までの邪悪な死の威圧をかき消し、一目でわかるくらいにどんよりと落ち込んで居た。
仲間の自己主張の強いアグレッシブさに振り回されて胃を痛めている、ヘロヘロのよく知るいつものモモンガさんだった。
『言い訳をさせてください。違うんです、とりあえずいろいろ違うんです。いや、あの本当、誤解しないでください。とりあえず、後で円卓の間に集合で!』