書きたいもの詰め合わせた闇鍋話   作:オニヤンマンマ

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どうしようもない話2

 ヘロヘロは後継者として九階層に住居を移すかどうか提案していたが、父親であるウルベルトが手ずから作ってくれた部屋があるからと、イリニは丁寧にそれを断っていた。

 ウルベルトの持つ気配を丁度半分に割ったような威圧を持つイリニとネイアの遺体を抱き上げたセバスを、ヘロヘロが七階層と九階層に先に連れて帰った。

 至高の方々の気配がこの場から完全に消えた。

 

 重いものが地面に落ちる音がした。緊張の糸が切れた者が、重圧から解放された反動で気絶したのだ。

 

「あースワン、スワロー。こいつらレベル低いもんなあ」

 

 死の支配者に相応しいあの絶対的オーラに触れて死ななかっただけ御の字とでもいうように、イーグルは呑気に倒れた兄弟の介抱をする。

 空気を読まない態度の彼に、張り詰めていたものが一気に緩んだ。

 それぞれ20代、30代のレベルでしかない竜人兄弟の上二人は、脂汗を流しながら地に伏していた。

 モモンガの赫怒が入り混じった死と恐怖の威圧は、レベル40代になってようやく意識を保っていられるものだった。

 シズは機械仕掛けの体を、酷く重たげにしていた。

 ホークは地に手をつき、立ち上がることも不可能な様子で乱れた苦しげな呼吸を繰り返している。

 

 そんな中、アルベドが悠然と立ち上がり、優雅に翼がはためかせた。

 立ち上がることができる者達は、それに続く。

 座り込む者もおり、プレアデスの中でもナーベラルだけがやっと足腰に力をいれることができた。

 竜人の兄弟も平然としているのは末弟のイーグルだけで、やっと立てているのは真ん中のピジョン・ブラッドだ。

  

「モ、モモンガ様、すごく怖かったね、お姉ちゃん」

「ほんと、そうね。あたし、押しつぶされそうだった」

 

 双子はどこか惚けたようにしていた。

 幼い子供には刺激が強すぎる狂おしい愛情を見せつけられ、それを脳内で上手く咀嚼できていないようだった。

 

「あれが支配者としてのモモンガ様。そして男としてのモモンガ様なのね……!」

 

 そんなお子様達を尻目に、アルベドは陶然とした表情で虚空を見つめる。

 やがて天使のように清純で美しい横顔の淫美な唇が、奇妙なくらいに深く深く裂け笑みに歪んだ。

 その笑みをすぐにあらためたアルベドだが、興奮のあまり情欲に濡れた瞳の色を変えられないまま、守護者統括としての言葉を告げる。

 

「ウルベルト様の話題に触れるまではモモンガ様はお持ちの力を行使されなかった。

 拒絶することを選べばどうなるか……それをわかりやすく示してくださったのね。

 あれは愛する者が傷つく万が一の可能性でも許さないという決意の表れ。それは一方で、私たちがウルベルト様を拒み、傷つけるかもしれないという可能性をモモンガ様に抱かせてしまったということ。ナザリックの下僕としてそんな不信を持たれるなど許されることではないわ。

 至高のお方が例え人間であろうと、その忠誠は変わらない。

 あえてあのように演じたパンドラズ・アクターはともかくとして、それが伝わっておられなかったのは、私たちの示す忠誠がまだまだ足りないということ。

 たっち様に抱かせてしまった懸念と同様にそれを払拭するために、私たちは今以上に励まなければならないわ」

 

 アルベドの宣言に皆の顔が引き締まる。苦しげにしていた者も、気力で息を整えて決然とする。

 

「下僕トシテ、至高ノ方々二我々ハ完全二信頼サレテイル訳デハナイトイウコトカ」

 

 不甲斐なさにコキュートスは打ちひしがれているようであった。

 

「そういうことでしょうね」

 

「ちぃと待ちなんし。あのナザリックの下僕としてありえない欠陥品のパンドラズ・アクターが、演じていたとはどういうことえ?」

 

 パンドラズ・アクターに不快感を抱いた者はあの場では二種類いた。目的を察しながらも、不敬を口に登らせる下僕としてあるまじき行為を許しがたいと憤ったもの。そして言葉通りに受け取ったものだ。

 シャルティアは勿論後者である。

 

「あらシャルティア。それは酷い誤解というものよ。

 全てを察したうえで彼のことを嫌悪するのは個人の感覚の相違でとやかく言えるものではないけれど、その真意は理解し忠義の姿勢は我々も見習うべきよ」

 

「見習う……? アルベド、ぬしは何を言っているでありんすか? あのようにモモンガ様をお怒りにさせる発言をしたパンドラズ・アクターの何処に忠義があると言うでのありんすの?」

 

「アルベド様……理由があれど至高の存在を拒むような嘘をつくことを見習えというのは、下僕としてあってはならないことではないでしょうか」

 

 縦ロールを乱した様子のソリュシャンが、いささか咎めるような口ぶりで言った。

 

 守護者統括という至高の方が決めた地位に膝をつき敬意を払っても、創られた者達の立場は本来であれば対等。

 アルベドという個人の意見に賛成できなければ、不満を募らせるのも当然だ。

 女はそんな者達に余裕のある笑みを見せた。

 

「パンドラズ・アクターの忠誠の凄絶さが本当に分からないのかしら。

 私はモモンガ様のためならばなんでもできると思っていたわ。

 主人のために死ぬのは恐ろしさなどなく、忠義に僅かでも疑いがあり不要だと判断されたなら躊躇いなく自害するわ。これは、ここにいる皆も一緒でしょう。

 でもね、その死は主人にとって誉れ高き死でありたいという愚かな願いが少なからずあるのよ。

 それは絶対の御方の真の忠誠のためではなく、自己満足のための唾棄すべき蒙昧な願いなの。

 至高の存在のためならば、いかなることをも遂行すると言葉だけは過剰に装飾していながら、それには真実が伴っていなかった。

 私は、モモンガ様のために自ら嫌われるような策は取れなかったわ。それが、モモンガ様のためになるというのに、考えつきもしなかった。嫌悪されるのを恐るがゆえに、取れるはずの手段から目をそらしていたのよ。これが怠慢と言わずになんと言うのでしょう」

 

 その事実は、アルベドを打ち拉がせる。

 ナザリックの同胞達の忠誠心は優劣をつけるものではなくても、内心では自分のそれがなんびとに劣るものではないという絶対の矜持がかつてないほど失われた。

 創造主のためであるならば我が身を投げ打ち、主人にあえて憎まれ忠誠を疑われたまま殺されようとも構わないという強靭なパンドラズ・アクターの意志に、下僕としての完全な敗北を刻まれた。

 下僕にとっての喜びは、至高の四十一人の役に立つこと。続いて相手にしてもらえること。嫌われ、憎悪されるなど考えたくもないことであった。

 アルベドは一番大事な存在意義と、愚かしい欲求が混在したせいで、最も大切な役に立つことができていなかったのだ。

 

「私はつい最近、モモンガ様の命により新たなる『在るべき姿』を定められたわ。あなた達ならば分かるでしょう? 私たち被造物は形を定められるときに、創造主の持つ『何か』を受け取る。

 『イリニ様の母代わりたれ』とその形を下さるときにモモンガ様の中にあったのは、ウルベルト様への秘めた執着と愛情。

 一途な、そして決して知られてはならないという決意を秘めた片思いであらせられた。

 皆もどれだけの想いをモモンガ様も抱えていられるか、その一端を理解できたでしょう?

 モモンガ様は、あれほどまでにウルベルト様を愛しておられながら、それをずっと隠し通すつもりでおられた。

 それは同性同士であることが理由なのでしょう。モモンガ様に想われることでほんのわずかでもウルベルト様が奇異の目を向けられないように、感情をあらわにすることを耐えられていたの」

 

 アルベドの玲瓏たる声が興奮で上ずる。

 熱を込めてモモンガは秘密にしようとしていたと強調するが、本人が隠しているつもりでも、隠しきれていたかは別問題である。それは幸いにも彼女達が知る由もないことだが。生温い応援のような同情のような変な気の使われ方をして、針のむしろの上にいる痛みにウルベルトが耐えていたことを知らない。

 

「パンドラズ・アクターはその忠誠心の高さからモモンガ様が本心をひた隠しする辛い恋をしないよう、自らが憎まれ役になることで、ナザリックの皆に知らしめた!

 そうでもしなければ、モモンガ様はずっと苦しい片想いをすることになってしまうから……

 殺される覚悟でもって、モモンガ様に憎まれて本心を吐露させることで秘密を暴いたの。

 その結果が今よ。

 私たちは知ってしまった。知ってしまったからには、モモンガ様はもう、何一つその気持ちを偽られる必要性はなくなるの。

 それが、パンドラズ・アクターの忠誠。

 ……シャルティア、これでもまだ貴方はパンドラズ・アクターを不忠であると詰るのかしら」

 

 シャルティアは押し黙った。

 パンドラズ・アクターの真意を見抜けなかった数人も口を噤み、今までの自分たちの忠誠のありようを振り返り、深く反省した。真意を察していた者さえ、その忠誠のあり方に深く考えさせられた。

 

 敵わない。

 

 そんな敗北感が刻まれる。

 創造主のために、創造主に憎悪される選択肢をあそこまで堂々と選びとれるだろうか。

 己の心に問い、首を振ったのだ。

 

「モモンガ様はウルベルト様をあのように深く激しく愛されているのでありんすね」

 

 シャルティアは、ペロロンチーノへの愛を隠そうなどと思ったことはない。隠す必要などないものだからだ。 

 けれども、もし秘密にしなければならないようなことがあったときの悲痛を想像する。それは、なんて辛いものだろう。 

 想像を絶する辛苦からモモンガは解放された。

 アルベドが語る通り、その解放はパンドラズ・アクターの一心の忠誠によってもたらされたものだ。

 不忠などと謗れるものではない。

 

 己の浅い考えを恥じると共に、シャルティアはモモンガの孤独に心を馳せた。

 

 愛する者と引き裂かれる悲しみ。それをよく知るシャルティアは、ナザリックの至高の主人のために必ずやウルベルト・アレイン・オードル様を見つけ出さなければと鎧姿で毅然と決意する。

 今にも手折れそうな華奢な体つきが目に焼き付いている。

 他者を圧倒する力の気配を失い、力を奪われたか弱きお姿。その方がどことも知れぬ場所で彷徨っていることを放置するなど、守護者としてあってはならない。

 その御身になにかあったらと想像すると、不甲斐なさに狂おしくなり胸が締め付けられるようであった。別に矯正下着をつけているからではない。

 

「ウルベルト様ハ明美様ト御結婚サレテイル。醜聞ヲ避ケル為二、ソノ感情ヲ必死デ押シ堪エテアラレタノダロウ」

 

 ウルベルトの妻でありナザリックの後継のイリニの母親を悪く言える度胸がある者など誰ひとりいなかったが、皆大なり小なり明美へあまりよくない感情を抱いた。ナザリックの至高の身内である女性に向けるべき悪意ではないと自制するが、モモンガの幸せを阻害する存在でもある事実は、彼らに苦く突き刺さる。二律背反する感情。

 ナザリックの者たちにとって、目の上のたんこぶになってしまったのだ。

 やまいことは違い、彼女はナザリックに再び訪れることはなく、その存在は遠いものとなっていたのに、肝心なときになってその存在を嫌に思い出させる。

 彼らが向かいたい幸せを、阻んでくる。

 

 そのうえリーザやミーシャと違い、彼女はナザリックの至高の一員となったわけではない。

 ウルベルトややまいこを介して向けられていた敬意の質が、格段に下がる。

 彼らの中には快く明美の存在を受け入れられない理由ができてしまった。

 やまいこの妹であるが、ただの人間種だ。それが余計に拍車をかけた。

 

「あたしたちって本当にダメな下僕ね」

「お姉ちゃん……」

 

「大秘術の後に至高の方達がナザリックに残ってくださったのは、きっと幸運と偶然の賜物で、私たちはそのために努力なんて何一つしていなかった。無能の誹りをうけてもおかしくないのに、御方々はとてつもなく御優しいから何もおっしゃられない。

 そしてこんな無能な下僕しかいないナザリックにいてくださるのは、あたしたちが必要だからではなくて、あたしたちの無能を許せてしまう深い愛情があるから……でも、それに甘えるわけにはいかないわ」

 

「そ、そうだね。お姉ちゃん残ってくださった方々(・・・・・・・・・・)のためにも、ボクたちは今まで以上にもっともっとたくさん頑張らないと」

 

 マーレの中には形容しがたい、いや形にしてはならない疑念があった。いや、疑念を形にすることは問題ではない。形となったものに対して、負の感情を抱いてしまってはならないと必死に見ないふりしていたのだ。

 

 最高の支配者は言った。

 

『帰ってこない他の皆の意見に関しては、もしも会えるときがあればそのときにもう一度話し合えばいい』

 

 それ即ち、帰ってきてくださらなかった方がいたということ。

 マーレは無意識のうちに、姿を見せなかった方達も大秘術の贄となられていたのだと思っていた。

 だが、そうではないのだ。

 もやもやとしていて飲み込みがたい思いが胸の内に巣食っている。

 自分たちを、必要がないと捨て置くのは構わない。アルベドの語る通りそれだけの忠義を捧げられず、価値を見せられなかったこちらの怠慢で、こちらの非なのだから。

 けれども……

 

(も、もしも至高の方がそろっていたら、大秘術でぶくぶく茶釜様たちが半身を贄とする必要なんて、なかったのかな)

 

 アインズ・ウール・ゴウンに名を連ねていた(・・)方々は、それだけの大いなる力をお持ちだったのだから。

 全員が揃わず、数少ない至高の存在で大秘術を完成させるために、命の半分が使われたのならば……

 マーレは目の前が暗くなったような気がした。

 これ以上考えることに対して警鐘を鳴らすのに、考えは止まらない。

 

(な、蔑ろにされたってモモンガ様がおっしゃっていた。あのひとたちは、去っていって、帰ってこなかった)

 

 ナザリックに残り続けたモモンガとウルベルトというとてもお優しい方たちを。

 家族を連れて、真っ先にナザリックに帰ってきてくださったたっち・みーという誠意ある騎士を。

 小さな子供が好きで、自分たち双子を家族のように可愛がってくれた陽気なペロロンチーノを。

 戻ってきてくださるようになってから、六階層に来てよく構ってくださったやまいこに武人建御雷、そして二式炎雷という方達を。

 そして、何にも代えがたい愛すべきマーレの創造主たるぶくぶく茶釜を、蔑ろにして、見捨てたのだ。

 

 

 裏切ったのだ。

 

 

 不敬な想像にすぎないものなのに、マーレの深い場所に黒いシミのような感情が落ちた。

 拭いたくても、拭えないものだった。

 そのシミはじわりじわりとマーレの中で広がっていく。

 憧憬と尊敬を、真逆のものへと染め上げていく。

 

 ぶくぶく茶釜様、ペロロンチーノ様、やまいこ様、武人建御雷様、二式炎雷様。この五人のお方々は、大秘術のはじまりのために十日ほど前に既に身をくべられていた。

 今日は、気配をほんの短い間に数年ぶりに感じた方々もいた。きっと、モモンガ様の呼びかけに応えて、大秘術の完成のためだけに帰ってこられたのだろう。

 

 仲間を、裏切らなかったのはたったそれだけの方々しかいない。

 おおよそ四分の三の者たちは、絆などなかったように至高の方々が半身が喪おうと素知らぬふりをしているのかもしれない。

 

 その可能性に思考が至ってしまった瞬間、マーレの中で掛け替えのない大事であったはずのものが、いとも簡単にガリガリと削れ落ちた。

 

「が、頑張るんだ……」

 

 失態の挽回のために、仕事を与えてくださった。

 今のマーレにとって一番大事なのはそれだった。

 お優しい方々のために、ナザリックを家としてくださる方々のために、最後に裏切らずに帰ってきてくださった方のために、自分たちを生かすために犠牲になられてしまった方々のために、マーレは寄せられる信頼にふさわしい成果をあげなければならない。

 心の中で削れ落ちたものを容赦なく踏みにじり、マーレは大事にしなければならないものに対してきっぱりと線引きをした。 

 

 整理がついたせいだろうか。マーレはすっきりした気分になっていた。

 一瞬前まで、どうしてそれが大事だったのか理解できないほど、打ち捨てた至高であった存在の影はマーレの中で剥離していた。

 

「ほんと、頑張らなきゃいけませんねマーレ様。

 モモンガ様の恋愛成就のためにも、オレも一生懸命働かないと! 明美様はさ、めっきりナザリックに来られなくなったし、イリニ様にお会いになっているご様子もないし……円満になんとかなると思うんですよね。ほら、離婚とかね。

 いざとなったら重婚だっていいんじゃないですかね?」

 

 イーグルはマーレの決別の覚悟を気取ることなく、単純に言葉通りに受け取り呑気に笑った。

 

 作成時、ギルメン内で通称『るし★ふぁーの悪意』と呼ばれていたイーグルは、カルマ500とナザリック内でトップの善性を誇る。「カルマ悪のやつらばっかりの中にいるカルマ善って、善意で物事をひっかきまわしてトラブルばっかり起こしそう」というるし★ふぁーの思いつきの設定を徹底的に与えられている。同時期に作られたNPCの中では唯一のレベル100だ。

 ナザリックの防衛機構が完成しきった後に創られたことと制作者のこだわりで、最高レベルでありながらギルド内の演出のためだけの場所に配置されていた。

 

「イーグル。ウルベルト・アレイン・オードル様の奥方で、やまいこ様の妹でもあらせられる明美様との仲を、私達が勝手に憶測と願望で決めるべきではないわ」

 

 ぴりっとした空気のユリが軽率な発言を窘めた。

 厳しい教師に叱られた子供のように、はぁい、と恐々と返事をし、イーグルは身を小さくした。

 

「ああ、でも。やまいこ様のご家族を想うお気持ちを蔑ろにせず、どうすればモモンガ様をお幸せにできるのでありんすか? アルベド、何か考えはないのでありんすか?」

 

「今はまだなんとも言えないわ。難しいことだけれど、モモンガ様のためにも必ず思いつかなければならないことね」

 

 その脳内で、障害となる女が現れたならば必ず殺す謀略をしていることなど欠片も見せず、アルベドは真面目な顔で考えていた。

 

 とんでもない三角関係の解決にいかに貢献できるか。

 口々にモモンガの片思いの成就をいかにお手伝いできるかを言い合っている。

 絶対の智者たるモモンガのことなので、自分たちが手を回さなくても結ばれそうであるが、それとこれとは別に創られた者として少しでもお役に立ちたいのだ。

 恋愛事情が絡まっているせいだろうか、積極的な発言は女性陣たちが多い。

 

「君たちは勝手なことを言いすぎじゃないか? モモンガ様の望みを主眼に起きすぎて、ウルベルト様の御意志を蔑ろにしているようにしか見えないね。」

 

 今まで一度も口を開かず、黙って聞き役に徹していたデミウルゴスが手厳しい指摘をした。

 モモンガの毒気のように侵食する激しい愛情に触れてしまったせいか、そればかりに気を取られていた者たちが気まずそうにはっとする。

 

「モモンガ様の幸せは私も望むところであるが、そこにウルベルト様のお気持ちがないのであれば、ウルベルト様の被造物として私は看過できない」

 

「何を言っているのかしらデミウルゴス」

 

 熱に濡れた女の瞳が、急激に冷えたものへと豹変する。

 

「モモンガ様に、あのように深く愛されているのよ? すぐにウルベルト・アレイン・オードル様もそのお気持ちを受け入れ心を開かれると思うのだけれど。

 まるで『ウルベルト様がモモンガ様を拒む』という愚鈍な仮定を前提に考えるなんて、邪推ではないかしら。あなたにしては珍しい愚考ね。

 あれだけの感情を前に、男同士や既に結婚されているということは瑣末だわ。最大の障害は、ウルベルト・アレイン・オードル様がここにおられないことであり、再会さえしてしまえれば両者にとって最高の結末が控えている。私はそう、信じているわ」

 

「一つの物事を考えるに至り、あらゆる可能性を元に推論するのが当然でしょう?

 何事においても最高の結末を迎えるためには、綿密な計算と場合に応じた細やかな軌道修正が必要なことが分かっていませんね。

 盲目的な手前勝手な願望しか見据えず、まるで思考回路を放り投げるような愚言をしているのは貴女ではないかな?」

 

「それがナザリック外の者が関わっているのならば愚言となるのでしょうけれど、ことモモンガ様の成されることなのよ? 世界の管理者という私たちが及びもつかない存在と渡りあえる存在だと、下僕のとるべき礼も忘れて感極まっていたのは何処の誰だったかしら。

 あの方のされることに、間違いなど、なにひとつありはしないの。

 それは、ウルベルト・アレイン・オードル様にとってもそうなるはずよ。

 モモンガ様は、ウルベルト様をお言葉の通りご自分のモノにされて、そしてこの世のどんな者よりも幸せにするのでしょう。掌中の玉のように大切にされるわ。

 だって、今のあの方は力のほとんどを失われてしまったのだから。このナザリックの中で、そして最も安全な腕の中で誰にも奪われないように守られること、それがあの方の安寧には必要よ」

 

「そのような事態が続けば、いずれ歪みが生まれるでしょう。守られることが安寧などと、よくそのようなことを言えますね。ウルベルト様は誇り高い方だ。守られるだけの状況をよしとするはずがありません。

 ウルベルト様の高潔な性格を度外視して、都合のいい上部だけ見ようとしていませんか?

 お二人の関係を楽観的にしか捉えられないのはいかがなものかと。私たちが思考停止の怠慢をしいていた気づかぬ間に、決定的な亀裂が生まれ修復不可能なものになってしまう恐れすらあるのですよ」

 

 絶対零度の笑みを浮かべるアルベドは、デミウルゴスの言い分をゆったりと飲み込んだ。

 

 デミウルゴスの言葉は、下僕としてのものではない。

 アルベドへの反論は、この男にしては酷く陳腐だ。私情なく、創造主の御身を慮るだけの下僕としての感情が言わせているのではないからそうなる。

 狂おしい嫉妬と情欲を含めた、『男』の本音が漏れ出ている。

 

「そう……そうなのね、デミウルゴス。

 もしかしたら、貴方の懸念する可能性もあるかもしれないわ。

 もし、もしもの話よ?

 私からしてみれば、口に登らせるのも馬鹿げている話なのだけれど、もし、ウルベルト様がモモンガ様を完全に拒んだ場合……

 貴方はその結果、どうなると思っているの?

 私は、それでもモモンガ様は強引に自分のモノになされると思うわ。あれだけの強い執愛を抱いておられるのですもの。

 何もかもウルベルト様の御意志など無視されて、我が物にするの。

 悪魔であったウルベルト様ならば対等に渡り合えたかもしれないけれど、今のウルベルト様は無力だわ。簡単に力でねじ伏せられるから、容易でしょうね。

 何処にも逃げられないように、誰にも奪われないように、大切に大切にナザリックの中にしまいこむ。

 執着と独占欲で誰にも見せたくないからと、会えるのはモモンガ様たった一人の場所に隠されてしまうかもしれないわ。

 ウルベルト様の特別が他の誰かに奪われないようにするためには、あの方を自分一人だけしか会えない場所に閉じ込めてしまうのが一番簡単な手段だもの。

 そうなったら、モモンガ様にとっては幸せでも、ウルベルト様にとっては幸せではないかもしれないわね。プライドの高い方が、世界の管理者をも恐れさせる力を持っていた方が、その力を失ってしまったばっかりに、仲間であらせられるモモンガ様のいいようにされてしまうのですもの。

 悪魔であった矜持も……あるいは男性としての矜持も、二人だけの箱庭のような場所で粉々に踏みにじられているかもしれない。

 デミウルゴス、もしそうなったら貴方はどうするのかしら」

 

 上部だけはたおやかな微笑を浮かべながら、アルベドは問うた。




偵察編の冒頭にNPC視点の話くっつけると言ったな。

あれは嘘だ。

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