書きたいもの詰め合わせた闇鍋話   作:オニヤンマンマ

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理由2

「モモンガさん、今までありがとうございました。一度はギルドを辞めた身なのに、家族共々このギルドに受け入れてもらって、本当に感謝しています。この二年間で娘の笑顔を取り戻すことができたのは、このナザリックのおかげです」

 

 繊細かつ豪奢な作りの椅子の脇に立った白銀の鎧を纏った騎士は、丁寧に頭を下げた。

 

「いえ、私は何もしていません。ギルド長として当然の仕事をしていただけですし、それに私のほうがみなさんに助けてもらっていたんですよ? 維持費を稼ぐのを手伝ってもらったし、イベントに一緒に参加して貴重なアイテムをゲットもできましたし。なによりリーザさんには単身でナザリックの襲撃者を撃退してもらったことだってあるんですよ? むしろ、ギルド長としてより感謝しなければならないのは私です」

 

 恐ろしげな威圧を纏う骸骨の魔法詠唱者は、しきりに恐縮した。

 言葉だけの謝意なのではなく、本当に感謝したいのは自分なのだと心の底から思っている。

 

 また一人、また一人と、どんどんと仲間たちが欠けていく恐怖に怯えている日々があった。

 頻繁にログインしてギルド維持に携わっていたのはギルドマスターである自分と、悪に拘る悪魔のたった二人。

 彼までいなくなってしまったら、と常に怯えていたと思う。

 

 ウルベルトにまで見捨てられてしまったら、そしてこの醜い内心の執着を見せて彼に引かれてしまったら、そう考えただけで落ち着かない毎日を送っていた。

 

 彼とログインのタイミングが合わず、かつての栄光の思い出だけを糧に、一人寂しくギルド維持に奔走しているだけの時も多々あった。

 たまに唯一残ってくれたウルベルトと顔を合わせることができでも、たった二人。しかも後衛の魔法職だけではできることは高が知れている。

 

 稼いできたものを宝物殿に放り投げるだけのルーチンワークをこなすだけの無味乾燥の時間が流れた。

 お互いに、何があったわけでもないのに気まずくぎくしゃくするような居心地の悪さすら生まれるようになってしまっていた。

 

 置いて行かれた寂寥と、裏切られたと身勝手な憎しみに身が焦がされる、絶望と言うには生ぬるい日々。自分自身でもこれはおかしいと自覚できるくらいのウルベルトへの依存。生活を維持するため以外のリアルをすべて捨てても見返りなんて何一つない、満たされない毎日。

 

『モモンガさんは、辞めませんよね? 流石に、俺ひとりではここの維持は無理なので、モモンガさんまでいなくなったら……なんて言うか、いえ、貴方を止める権利は俺にはないんですけど、辞めて欲しくないって言うのが本音で、あの、すみません、忘れてください』

『辞めません。私は、ここのギルドマスターですから』

 

 モモンガはためらいがちなウルベルトの問いかけと、願いにきっぱりと答えた。

 ギルドに在籍だけしていた仲間の一人が、何も言わずにアカウントを消して名簿から名前を消してしまった日の会話。

 その会話がモモンガのよすがであり、暗雲としたモモンガを唯一安堵させ癒してくれるもの。

 

 辞めて欲しくないと請い願うのはいつもモモンガの側で、自分が言われるとは思いもしなかった。

 

 あの頃は、大分病んでいた。モモンガはその自覚がある。リアルをかなぐり捨ててゲームにのめり込んでいるのは今も変わらないが、昔はその比ではなく、思考回路がマイナスで相当おかしかった。

 

 あの愉しかった時間はもう戻らないのだと、理解したくない現実から目をそらし続けていた。

 皆、二度と帰ってこないかもしれない。頭の中の冷静な部分が理路整然と理解している傍らで、もしかしたら誰か帰ってきてくれるかもしれない、とわずかな希望にすがってギルドのために奔走していた。

 

 ギルド一位の実力者、ワールドチャンピオンのクラスを持つたっち・みーが、ひどく申し訳なさそうな態度で戻ってきたのは、そんな時だ。

 ウルベルトは、たっち・みーの姿に嫌そうな態度を見せながらも、内心喜んでいたのではないだろうか。

 

 時間が解決してくれたのか、戻って来た仲間がいなくなることを恐れたのかウルベルトの悪態はかつてに比べるとやわらかかった。

 

 ゲームをやり始めたとき、異業種狩りに心が折れてもう続けることを諦めていたモモンガを照らしてくれた光。彼がユグドラシルから消えて沈んだはずの光が、再び登り孤独に染まり始めていたモモンガを再び照らしてくれたのだ。決してたっち本人には言わないけれど、その瞬間は奇跡のようだったと心に深く刻まれている。

 

 モモンガは二度、たっちに救われたのだ。彼はまさしくモモンガにとって希望の光だった。

 

 たかがゲームで大げさなことを、そう他人に思われるのは理解しているが、モモンガにはそのたかがゲームだけが大事な場所で生きる場所だった。それ極限の乾きに苦しむ中で差し出されたコップ一杯の水のように、命をつなぐに等しいものであったのだ。

 

 一度離れたギルドに戻ってきた理由は、もちろんモモンガを救うためであろうはずがない。たっちがいるだけで勝手に彼が救われただけである。家族思いで真面目な彼が姿を現したのは、ナザリックが名残惜しくなっただとか、もう一度ゲームを楽しみたくなっただとか、そういう理由ではなく、やはり家族のためであった。

 

 今まで不義理にしていたのに、今になってナザリックを利用したいという身勝手な主張をすることを、聞いているモモンガが申し訳なくなるくらいに丁寧に詫び、顔を見せ合えば口論に発展していたのが嘘のようにウルベルトにも腰を低く弁明し、たっちは切り出した。曰く、幼稚園に上手になじめず沈みがちな娘に第六層を見せてあげたい。つれてきても良いだろうか、というのが彼の要望だった。

 

 第六層は、ぶくぶく茶釜の渾身の作であるダークエルフの双子が守護者を務める階層だ。そこには双子のために作られたペットたちがたくさんいる。凶暴な見た目のモンスターが多いが、見ているだけで癒やされる見た目のモンスターもいるのだ。

 

 そして、使い切りワールドアイテムによって第六層に後発的に付け加えられた【生産場】牧場領域には、猫そのものの見た目のケットシーの領域守護者がいる。牧場領域にはファーマーのクラスをもつ見た目が可愛らしいガチャモンスターを多数配置しているので、足を踏み入れて眺めているだけで非常に癒やされる場所となっている。

 

 たっちはそれらと娘にふれ合いをさせたいらしかった。友達ができず、塞いでいる娘に少しでも笑顔になってもらいたい、と。今までも手を尽くしたが空振りに終わっているらしい。

 現実世界では生きている動物に接するのは非常に難しい。しかし、仮想世界なら話は別だ。

 そして、第六階層は動物たちとふれあえるだけではない。

 ふたりの住居たる巨大樹も、子供心をくすぐる見た目をしているだろう。

 入り組んだジャングルは、現実では絶対に体験できないアスレチックにもなるだろう。

 

 そして天井にはリアルからはとうに失われた美しい夜空が広がる。とてつもなく感動する最高のロケーションなのだ。

 たっちの願いを聞いたモモンガは、すぐに結論を出した。

 彼の娘を受け入れることで大切な仲間がここに訪れてくれるならば、モモンガはなんでも利用する、と。

 

「もちろん、歓迎します。ここはたっちさんが作ったギルドでもあるんですから、そんなに気を遣わなくてもいいんですからね」

「まあ、いいんじゃないですか。俺は反対しません。それに人が誰もいないより、たっちさんの娘さんが来たいって言うんなら、その方がいい」

 

 まるで客人のように一歩ひいたところで振る舞う彼にさみしさを感じながらモモンガは了承をしめし、ウルベルトはたっちと顔を合わせようとしないながらも彼の願いに了承を示した。

 

 かといってここは仲間とともに作った場所で、モモンガひとりの決断でなんでもしていい訳ではない。利用しようと決めても、彼の良心がやっぱり邪魔をする。好き勝手したところでギルドをただの過去として既に去った仲間たちは気にはしないだろうが、モモンガは気にした。

 

 やまいこの妹という前例もあるので、ギルメン以外の者をナザリックにいれるのは反発などないだろうが、そこはギルドマスターを任されるほどに真面目で周囲の意見を重視しるモモンガである。たっちの娘の事情をギルメンに説明してもいいか確認してから、モモンガはみんなにメールを送ることを決めた。

 

 日を改めて娘を連れてくると言って立ち去ったたっちを見送った後のモモンガの行動は早かった。

 

 ナザリックを去ってしまったギルメン・・・・・・第六階層を作るときに特に中心となった者たちには非常に丁寧な『ギルメンの身内であるが部外者をナザリックに招いてもいいか』を懇切丁寧にお願いした。たっちの娘のためであり、そしてこれをきっかけにナザリックを思い出して戻ってきてくれる者がいないか、叶うかどうかも分からない小さな願いもこめていた。

 

 半数以上、メールの返答が返ってこなかったが、メールを返してくれた者全員が「もちろん」とたっちの娘を歓迎すると言ってくれた。それらをたっちに伝え、来てくれるのを楽しみに待っているとモモンガは付け加え・・・・・・それからは、モモンガにとって至福の時であった。

 

 全盛期のようにはいかないが、見知った顔がぽつりぽつりと顔を出すようになったのだ。たっちの娘を思う気持ちにかこつけたゲスな下心であったがために、それを利用したことに申し訳ない気持ちがあったが、現金なことにそれよりも喜びのほうが大きかった。そんな自身に失望もしたが、【モモンガの世界】は失望を塗りつぶすほどに輝かしい光にあふれていたのである。

 

 竜人種族でキャラメイクし、ほとんど人間と変わらない見た目のたっちの娘はミーシャというキャラ名でログインした。

 ミーシャは最初の訪問でナザリックをとても気に入り、たびたび訪れるようになった。それこそがモモンガの望むことだった。

 

 第六層の生き物たちに虜になったのもさることながら、ダークエルフの双子をことのほか気に入った。見た目が上の年齢に見えるものが多い中で、年が近しいと二人には親近感を感じさせるらしくアウラお姉ちゃんマーレお兄ちゃんと呼びかけ、よく一方的に語りかけていた。そしてたっちの作ったセバスにも、親しげに「じぃじぃ」とよく話しかける。

たっちはそれをほほえましげに、しかしどこか悲しげに見守っていた。

 

 本当は、リアルで友達を作って居場所を作って欲しい。

 それが、父親としての彼の願いなのだろう。

 モモンガはそんなたっちを案じるふりをしながら、ずっとナザリックに興味を持っていて欲しいと言う本音を隠し続けた。

 

 娘のみをナザリックに送り出す訳がないので、それにたっちが付き添い空白の期間が嘘のように頻繁に顔をあわせるようになった。

 毎度訪れているのに、その維持をモモンガだけには任せる訳にはいかないと娘をひとりリアルに帰した後は、ナザリック維持をともに担ってくれるようになった。共に戦うことはモモンガがずっと望んでいたもので、ウルベルトとたっちと共に狩りに行った日、モモンガは心の中で思い切りガッツポーズをしていた。

 ウルベルトにブランクをからかわれ、それにたっちが反論し、モモンガが二人を懸命に宥めて。そんな、ありふれたやりとりがとても愛おしかった。

 

 時間がたつと、そこに小さな少女も加わることになるとは、モモンガは思いもしなかったが。

 

 たっちの娘も、最初のうちは第六層を眺めるだけだったが、次第にナザリックを探検してまわるようになり、外の世界に興味を持つようになる。ユグドラシルを遊び尽くしたプレイヤーにとっては色褪せた場所も、VRゲームを始めて遊ぶたっちの娘にとってはとても新鮮なことで、モモンガやウルベルト、そして彼の子供NPCを巻き込み四人とひとりではしゃぎまわって一緒になって遊ぶようになった。

 

 無邪気で好奇心いっぱいな小さな子供がいるだけで、飽きるほど繰り返した作業がまったく別物に感じた。

 子供の前では喧嘩をなるべく控えてくれるので、ハラハラすることがないのもありがたい。

 楽しい、とにかく楽しかった。

 

 たっちとしてはモンスター相手とはいえあまり乱暴な真似をしてほしくないようだが、そこは蛙の子は蛙というべきか、年齢の割に優れた反射神経でばっさばっさとモンスターを倒してガンガンレベルを上げていくことになる。

 

 そこに、娘が世話になっているし、そして自分ひとりが蚊帳の外が寂しいからとたっちの妻が加わる。彼女もやはりたっちの嫁であった。女性らしい柔らかな物腰がゲームのキャラ越しに伝わってくるというのに、モンク系のガチビルドをした彼女は時にはギルド内最強のたっちを驚かせるほどのダメージソースを叩き出す。さすがにワールドチャンピオンの夫に勝てないが、たっちの腰が引けるくらいの戦いぶりを見せつけてくれる。

 

 人数が増えることで単調な狩りだけではなく、運営が用意するイベントにも参加する余裕ができた。

 

 時折、タイミングがあえば子供好きのペロロンチーノや弟を単独行動させることに不安を覚えるぶくぶく茶釜、同い年の子供たちとなかなか友達になれない少女を心配する現役教師のやまいこ、たっちが戻ってきたと聞いて再び勝負を挑むために体の勘をもどすために奮闘する武人建御雷、武人建御雷と仲が良かった二式炎雷たちともともに行動した。

 

 

 小さな女の子の笑い声が、ギルドに活気を取り戻させてくれていった。

 

 

 かつての陰りが嘘のように、幸せな時間だった。

 

 たっちが戻って来てくれなければ、もしかしたらウルベルトもゲームを離れて、今自分はひとりだけだったかもしれない。

 たっちが戻って来てくれなければ、もしかしたらたったひとり残ってくれたウルベルトへ狂っているくらいに執着して、最後の仲間すら失うくらいの醜態を見せていたかもしれない。

 

 恐縮しながら感謝を重ねるたっちを見て、思う。

 

 たっちが戻って来てくれて、本当によかった。

 心の底から、感謝しているのは、自分だ。 

 

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