書きたいもの詰め合わせた闇鍋話 作:オニヤンマンマ
思考が停止していた。
何が起こっているのか分からなかった。
いわばゲーム内のマネキン人形のようなNPCが感情を表わし、声をあげている。
ヘロヘロほどコンピュータ技術に詳しくは無いが、これほど豊かな表現が今の科学技術を持ってしても非常に難しいことくらい知っている。
「モモンガおじさま、父様がいない、いないんです! どこに行ってしまわれたのですか!? 皆、僕たちを置いてどこに行かれてしまうというのですか!? 嫌です、置いて行かないで!」
希求する小さな子供。懸命に訴える寂しさに染まった瞳に、モモンガは息を飲む。こんな”目”をコンピュータが作り出せるはずがない。
この事態を一発で説明できる理由があるとすれば、ゲーム終了間際に寝落ちしてしまって、寝る寸前までの妄想を夢に見てしまっているかもしれない、という状況。
だが、明瞭すぎる意識がこれは夢ではないとはっきりと告げてくる。
では、今この状況は一体どういうことなのか?
モモンガはさして良くない頭を忙しなくフル回転させる。
子供NPCが父と呼ぶのは、おそらくウルベルトのことだ。モモンガは骸骨の中に闇が灯ったような眼球のない眼窩であたりを見やる。
いない。
ウルベルトだけがいない。
ギルドメンバーがいる。NPCもいる。だが、瞬きの間にウルベルトだけが姿を消してしまった。
それを頭の中で明確に意識した瞬間、途方もない喪失感に訳もなく叫び出したくなった。
「ぅあ……」
絶叫となり迸りそうになった悲痛を、己の中の何かが咬み殺す。はし切れのようにモモンガの中に残ったものは苦痛の吐息となった。
なぜ、ずっとずっと彼だけがモモンガと一緒にいてくれた人なのに、彼だけがいない。
どうして、どうして、どうして?
(どうして、あの人がいないんだ?)
そして、どうしてともう一つの疑念が浮かぶ。
(どうして、こんなにあの人がいないことがおかしいと感じるんだ?)
執着は確かに前々からあった。彼だけはナザリックから去らないでくれと願い続けていた。ずっとナザリックに残り続けた同胞。しばらくしてから戻ってきた仲間たちに抱くものとは隔絶した捻れた仲間意識。でも、これは何かが違う。
仲間が去っても諦めることができていた今までの自分と違う。
いついなくなってもおかしくないと、直視したくない認めたくない現実をまだ受け止められていた過去と違う。
(ウルベルトさんは俺の仲間なんだからいて当たり前、いないのが、おかしい。だから、俺がこんなにも取り乱してしまうのは当然で。……取り戻さなきゃ、あの人は”俺の”ギルドメンバーなんだから)
そう、傲慢に言い切れる自分がいる。
ゾッとする。
まるで他人を顧みない化け物のように自分勝手だ。
己への疑心と仲間の喪失に感情がゆり動く。その度に、抑制がかかる。
咄嗟に
もし違う場所にいるのならばすぐにでも迎えに行く。
だが、彼からの応答はなかった。
心の温度が一気に下がって、生きた心地がしない。
「伝説でも、なんでも作ります。アインズ・ウール・ゴウンの名を何処ででも何処までも知らしめます、永遠に名を残す偉業を成し遂げます! だから父様も、モモンガおじさまもいなくならないでよお!」
幼子の必死の懇願に、は、と遠くに飛ばしていた正常な意識が戻ってくる。
戸惑っている場合ではない。現状を把握しないといけないのだ。
鎧や表情の出ない種族のスライムだから分からないが、おそらくたっちもヘロヘロも相当戸惑い、現状を理解しきれていないはずだ。リーザは何が起こったかは分からなくても何か致命的にありえないはずのことが起こってしまったことを無意識に察しているのか、怯えた顔で我が子を覆うように抱きしめている。たっちはそんな妻子を片腕で腕を回し全てから守るように力強く抱きしめていた。片手はいつでも武器を取れるよう、最大限の警戒を払っている。
(例え、夫婦だろうと垢バンは免れないじゃないか……でも、何も起きてない)
ここが仮想現実であると無理に思い込むのがいかに難しいかという状況証拠が着々と積立られていることに、モモンガは崖の端に追い詰められているような切迫感を強くした。
目が、幾つもの目がモモンガを見つめてくる。
意思の無い人形の目では無い。
感情あり、人格を持つ”生きている目”が何かを待つかのように、自分たちよりもよほど恐ろしげな形相をしたシモベたちも皆一様に不安げに恐ろしげに、モモンガを、仲間たちを見つめている。
イリニは子供NPC、こうやって話すのは彼だけが特別だからか? 他のNPCも同じように心を持ったかのように振る舞うのか?
何を、何かを言った方がいいのか。
モモンガは混乱しつつ、この場をなんとか乗り切るための方便を考える。
「落ち着い……落ち着くのだイリニよ」
「モモンガおじさま……でも、でも。いえ、ごめんなさい、モモンガおじさま。醜態をお見せしてしまいました」
ぽろぽろと涙をこぼしながらも、気丈に涙を服の袖で拭くとモモンガに謝罪し唇をキュッと引き結んだ。
その様子に、作られただけの存在だというのに、そうさせてしまったことに罪悪感が湧き上がる。モモンガは幼い子供に無理をさせてしまったのだ。
今、モモンガはNPCと会話した。簡単なコマンドに従うAIはあるが、こんなにも滑らかな会話など可能なのだろうか。
混乱、焦燥、絶えず感情が渦巻くがどこかでブレーキをかけられるように一定のラインから内心の昂ぶりが抑制される。それが恐ろしくもあるが、そのおかげだろうか、モモンガは今、最も大事な現状把握の推測をなんとか可能としていた。
「終わるはずのユグドラシルが終わっていない。何があった……? 」
モモンガひとり言のように漏らした言葉に、一瞬、熱が灯るかのような静寂なる歓喜の嵐が巻き起こった。
無言の熱狂を骸骨の体で感じ取り、十分とたっていない今日という間に、何度目になるのか分からない絶句をする。
時間が来て、強制排出されるはずのゲームが終わらない。
システムエラーによるゲーム延長?
だが、ゲーム延長により作られた存在がこのように話すようになるのか? サービス終了と見せかけた超大型アップデート? アップデートであのような会話が可能になるのか。機械とは到底思えない滑らかな発生は果たして可能なのか? モモンガの中で疑問は尽きない。
そして、どうしてウルベルトだけがいないのか。彼と、自分たちの違いといえば正式なプレイヤーキャラでログインしているか、運営が用意したNPCを使用した変則的なログインしているか、という一点。その違いにより、彼だけが時間経過により、強制排出によるログアウトになった? 取り残されてしまった自分たちは、この訳の分からない現象に巻き込まれてしまった?
モモンガはコンソールを出し最後にして唯一絶対の手段であるGMコールをしようとする、だがコンソールが浮かび上がらない。
頭の片隅で既に予想していたからだろうか? 戸惑うくらいに冷静な自分がいた。それにまた一層、モモンガは自分自身に違和感を覚えるのだ。
「たっちさん、ヘロヘロさん、リーザさん、ミーシャちゃん、GMコールはできますか?」
モモンガの問いかけにはっと硬直が溶けたように、大人三人は空中を叩く。一様に答えは『NO』。モモンガは胸中で苦虫を噛み潰した。一体、どうなっている。
瞬時に下した判断は、ギルド武器をイリニに渡したままにしておくのは危険、ということ。
ウルベルトの子供を疑うのは胸が痛むが、ギルドを維持する上で必要不可欠のものを無防備にNPCに持たせておくわけにはいかない。
モモンガは穏便に、そして違和感なくスタッフを返してもらうための言葉を考える。イリニは信仰系魔法の使い手だ。なんらかの異常で発生した人格により、逆上でもして十階位魔法を放たれたくはない。明美が自分のプレイに合わせて育てたクラス構成は、とにかくモモンガとは相性が悪いのだ。
「イリニよ。どうやら、まだお前にこの杖を渡しておくわけにはいかないようだ。世界は終焉を迎えず、異変が起こった。私にも、何が起こっているのか観測できていない。このナザリックのために、今一度私に杖を持たせてはくれないか?」
「はい、もちろんです、モモンガおじさま。このスタッフは僕にはあまりにも重いです。これは、貴方にこそ相応しいもの。僕ごときではこのナザリックの主人は務まりません」
イリニは全くの反抗を見せず素直にモモンガに杖を返した。
ギルドの証を受け取り、モモンガは次の一手をとる。
玉座の傍に立つ守護者筆頭に視線をやる。泣きそうな幼子を抱きしめたくて仕方ないのだと案じる目で、じっとイリニを見つめていた。
「アルベド」
「はい、モモンガ様」
アルベドは名を呼ばれると子を心配する母親の顔から、瞬時に臣下としての凛々しい表情へと切り替わる。美しい女の澄んだ声は上に立つものの気品があり毅然としていた。
それだけで忠誠心、というものをひしひしと感じる。
ふわり、とわずかに動いた空気の流れにのってわずかな匂いを感じる。
心地よい、良い香りだった。気のせいではない、電脳法によって禁止されているはずの嗅覚が刺激された。
(アルベドも、話せるのか。子供NPCだけじゃない、拠点NPCもイリニと同じように意思をもって話せるのか。それに、この匂い)
改めてそれを確認すると、既に超えている異常事態への許容範囲がさらに溢れて決壊した。もう、どうすればいいのだ。
とにかく、ギルドメンバーだけで話し合うためにNPCたちをこの場からそれらしい理由で追い出さなければならない。たっちなど、守らなければならないものがある分、精神の疲弊が激しいだろう。そして、NPCたちの前で明らかな警戒を取ることにどんな心象を植え付けるのか、と考えるとこのままにしておくわけにはいかない。レベル100のNPCをざっと見下ろす。気分は爆弾処理班だ。
「大墳墓を出て周囲、半径1キロ以内を確認するための部隊を編成せよ。仮に知的生物がいた場合は交渉し、できる限り友好的にここまで連れてこい。交渉の際は相手の条件を可能な限り聞き入れても構わん。戦闘は極力避けることができ、戦闘が発生したとしても即座に離脱もしくは勝利し、必ずナザリックに戻ることができる者を、これを完遂できるものを選べ。できるな? アルベド」
「了解致しました、モモンガ様。直ちに編成致します」
拠点を出ることができない設定になっている拠点NPCだが、外に出るということに違和感を感じている様子はない。
だが、本当に外に出ることは可能なのか?
もし不可能であれば、NPCとの戦いになったら外に脱出すればいいだけのことになり、不測の事態で戦闘となった場合こちらの生存率は格段に上がる。
「もうひとつ、全軍はナザリックの八階層を除く全域を総点検せよ。異常が見つかり次第、私かたっちさんかヘロヘロさんに報告するのだ。もし、何も見つからない場合でも、各階層守護者たちは私とアルベドにその結果を報告するように」
二度手間になるが、アルベドには上がってきた報告も聞くつもりだ。
違う報告結果をあげて情報を隠匿しないかという確認のためだ。これでアルベドにまで情報を隠されたら手間をかけた意味はないが、保険はかけられるだけかけておくべきである。
「九階層の確認が終了次第、メイドたちは定期的に九階層にウルベルトさんが帰還していないか徹底的に調べ、また、彼がいつ帰還しても迎え入れられるよう準備をしておけ。ニグレドには消えてしまったウルベルトさんが周囲にいないか隈なく捜索させ、発見できた場合に備え外の探索部隊と連絡を密に取れるように連絡網を構築しておくように。これらを二時間以内に完遂させよ。そして、この最初の周囲確認が終わったあとも、ウルベルトさんの捜索部隊は改めて新たに編成する。アルベド、これらに関する手配は任せた」
ニグレドの取得している魔法ならば、探し物や人の探索を容易に可能とする。
だが、それをもってしても、モモンガは魔法による発見が困難であることを理解していた。
まず、この異常に彼が巻き込まれておらず、無事現実に帰っていた場合はそもそもないものを探し出せない。
次に、この異常に共に巻き込まれたが、ひとりだけ別の場所に飛ばされた場合も、彼の所有するワールドアイテムが魔法での探索を阻害するので探し出せない。
本来であれば、最終日で情報探索警戒をしていないレベル1のウルベルトを見つけ出すのは簡単なはず。だが、ありとあらゆる優れた魔法を超越する壊れ性能のワールドアイテムの一つである黄金豊穣の宝鍵はそれを覆してしまう。あのアイテムには、敵性があるかもしれないある一定の魔法に干渉されると、完全無効化する効果がある。
二グレドによる監視魔法、探索魔法などまるでそこになにもいないかのように透過するのだ。逆に、攻性防壁でも発動すれば所在地はわからなくてもどこかに存在していることがわかるのだが、あのアイテムのせいでウルベルトがこの仮想現実を超越した場所にいるのかいないのかすら判別をつけなくさせる。
それに加え、例えば、ウルベルトがこの世界に来ているとして、シューティングスターで居場所の分からない彼の元に行きたいと願っても、ワールドアイテムを持つ彼を基点にすることは不可能。シューティングスターで彼をこの場所に呼ぶことも不可能なのだ。
(あの人がもし同じように巻き込まれていたら……指輪のことに気づいてくれるといいんだけど)
彼が自分の意思で戻って来てくれるのが一番早い。
「はい。謹んでご命令拝領いたします」
アルベドは優雅に頷く。
「そしてユリ、君はイリニについて彼を休ませてあげてくれ」
「はい。承知致しました。モモンガ様」
嗚咽をこらえようとして、まだひくひくとしゃくりあげているイリニに、縁者でもあるユリをつける。
他の保護者代りは仕事を振った責任ある役職についているので、イリニの側にいてやれる時間と余裕はないだろう。
「直ちに行動を開始せよ」
「承知いたしました、我らが主人よ!」
一部のズレもなく唱和し、NPCたちはモモンガたちに跪拝すると大きな扉に向かっていく。
続々と玉座の間から退出する彼らを見送る。
動きも機敏で、まるで映像で見たことのある軍隊の団体行動のように統制がとれていて美しい。
傍に控えるアルベドが、忘れていた黒歴史を克明に浮き彫りにされる名前を口にしなかったら、のんきに見とれていたかもしれない。
「モモンガ様、自身の力量不足を露呈させることとなり大変心苦しいのですが、ご命令を遂行するためにお願いがございます」
突然の想定外の申し入れ。
(え? 難しいことは言ってくれるなよ? 俺のできることで頼むぞー)
威厳を繕わなければならないから、下手な対応はできない。
「うむ、なんだ言ってみよ」
「周囲の探索をする最上の編成のために、パンドラズ・アクターを宝物庫から出していただけないしょうか?」