書きたいもの詰め合わせた闇鍋話 作:オニヤンマンマ
モモンガは、今の段階ではNPCたちが見せる忠誠心を心の底から信じきれていない。
現在、忠誠心があったとしてもそれは永遠に継続されるものなのか?
自身の行動、言動によって増減するものだとしたら、それは恐ろしいものでしかない。なぜなら何をやっても、ジェットコースターのように急降下する右肩下がりの結果しか出せないことが容易に想像できるからだ。
しかし、ここにはいかにも完璧な男たっち・みーがいる。メイド愛に置いて右に出る者はいないヘロヘロがいる。自分が多少失態を見せても、カバーしてもらえるのではないか? いや、自分の評価が仲間の評価に響き、足を引っ張ってしまって、それが取り返しのつかない亀裂を生んでしまったら……最悪の可能性を想定にいれると下手なことは言えない。
モモンガがその場を乗り切るために半ば思いつきで下した命令を真面目に遂行しようとして、謂わば上司であるモモンガへお伺いを立てているのである。献身に応えるよい上司であるのならば、ここは鷹揚に頷いてやるべきだ。だが、
(俺は、俺はあいつを外に解き放ちたくない!)
忠誠心を維持しなければという理性と、あれを人目につくところに出したくないという感情がせめぎ合う。静止しているNPCの状態でも、恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかったのだ。それが動き出して喋るのだ。それはどれほどの心理的なダメージになるだろう。
ああ、と身悶えそうになって感情が抑制された。さきほどまでは恐ろしさすらあったものだが、今はとてつもなくありがたい。
「そうか、パンドラか……あれを使うのは確かに悪くない」
心の中の天秤に悩み続けて結論を出せないままだんまりにするわけもいかず、適当に茶を濁す発言をしたが、これは失言だった。「どうしてパンドラが必要なんだ?」と偉そうに聞けばよかった。
正直なところ、なぜパンドラを探索に加えたいとアルベドが結論を出したのか、さっぱり理解できない。
自分の発言だというのに、え、なにが悪くないの? 教えろよ! と詰め寄って詰りたくなった。
数年前に忘れてなかったものにするためにしまい込み、仲間たちが戻ってきて霊廟通いをするようになっても見ないふりをして通り過ぎ、だがそんなモモンガをあざ笑うかのようにロールプレイのために最近になって掘り起こされてしまったあの黒歴史の設定の塊を何故……全ギルドメンバーの実力八割を使えるとかナザリックの智者とか設定した気はするが、それはわざわざ引っ張り出すほどのものだろうか。
よく考えればすごいのだろうが、諸々のアレな設定さえなければ胸をはって自慢して回りたくなるくらいすごいかもしれないが……いや、あれを自慢して回るのはないな。ないわ。
モモンガは思考の袋小路に陥った。
仲間たちが設定したものがNPCたちの細かな人格や能力にどう反映されているのかわからない今、守護者統括としておそらくそれを把握しているだろうアルベドの提案に乗るのは最も得策なのだろう。だが、
(俺は、俺はあいつを外に解き放ちたくない!)
ここは早急にパンドラを外に出さなくてもいいという方向に守護者筆頭を上手く言いくるめなければ。
そのためにはアルベドが彼を必要とする理由を知り、その理由を覆すような方便を考えるのだ。
訳知り顔で頷いてしまった以上、ここからどうしてパンドラがいるのだと問うのは悪手。
涙をやっと止めているイリニに、モモンガは視線を向ける。
自分の無能に幼い少年を巻き込むのはとてつもなく申し訳ないのだが、今後の自分たちの威厳の維持のために彼を巻き込んだ。
心の中では絶えぬ土下座で床に頭を打ち付けている。
(すみません、ウルベルトさん! イリニをこんなふうに使ってごめんなさい! ごめんイリニ! この借りは必ず返すから!)
「イリニ、今は辛いかもしれないが、お前は私たちになにかあったときのナザリックの後継者だ。いずれ部下となる者たちのことを把握していなければならない。今回の件、何故パンドラが探索の部隊に必要か、わかるか?」
イリニはふるふると首を振った。
「申し訳、ありません。僕にはまだ分からないです」
(いいんだよ、いいんだよ。俺も分からないから。ありがとうイリニ!)
「いや、謝ることではない。これから覚えていけばいいだけなのだから。いや、違うな。私たちが教えていかなければならないことなのだ。お前がそれを気に病むことなど、一切ない。アルベド、この子にわかりやすいように今回の件にパンドラが必要な理由を説明してやれ」
「畏まりました。モモンガ様。僭越ながら、私が説明させていただきます。イリニ様、ご存知の通り我々はナザリックの外の者に対する評価は地に這うように低く、特に人間に対しては価値のない虫けらと同等です」
美しい唇から放たれる虫けらという単語は、かなりの威力があった。
優しくたおやかな美女の微笑に、酷薄な影が忍び見える。
モモンガは絶句した。
(ご存知ないのですが、ご存知ないのですが)
モモンガは冷や冷やしながら聞いた。
この会話が聞こえていたのだろう、たっちは天を仰ぎ、リーザは冷ややかな目で夫を見つめ、ヘロヘロは困ったように粘体をひねらせて視線をそらしている。
そうなってしまった理由が、分からないでもないのだ。
悪役ギルドのNPCに相応しい設定であったり、あるいはNPCの前で調子に乗った残忍な悪役ロールプレイの影響もあるのかもしれない。カルマ値の影響も大きそうだ。これは後ほどの意識調査は必須だろう。
「……うん。でも、嫌いでもよそのひとにあんまり酷いことはして欲しくない。食料や道具の材料に使うために必要な場合は罪のないひとたちではなく、処分されて然るべきものを用いてほしい」
(ご存知だったのかイリニ! それに食料や道具の材料って!?)
新たなる新情報にモモンガは息継ぎもできない。
成る程、これだけ異形が数多くいれば人間を食料とする種族もいるだろう。
人間を食料に、という話に一瞬驚きはしてもそういうものか、と腑に落ちて不思議と嫌悪感がない。
(この感覚はなんなのだろう。見た目だけではなく、心までアンデットになってしまった?)
いや、今考えるべきは自分の変化ではない。
ただ心配なのは、こういった残忍な話に最も耐性がなさそうなリーザたち母子だ。モモンガは様子をうかがう。
彼女は視線を落とし、すこし考え込んでいるようだ。
「はい、イリニ様。それが貴方の御意志であれば、我々は喜んでそれに従いましょう。貴方の望みに従わず、己の欲望のままに罪のない者を殺す者がいたならば、それはもうナザリックの同胞ではありません。守護者筆頭として私が責任を持って処断いたします。……ですが、イリニ様。今この場にいる最も尊き者であるモモンガ様やそれに次ぐたっち・みー様、ヘロヘロ様、リーザ様、ミーシャ様のご命令であればその限りではございません、どうぞご了承を」
「案ずるな、イリニ。ウルベルトさんの大事な息子であるお前を悲しませるような命令は下さないと誓おう。そうだろう、たっちさん、ヘロヘロさん」
「……もちろんです。私の掲げるものは弱きを助け悪を挫く、正義。悪逆非道な振る舞いなど決してしないと愛する妻と娘の名にかけて誓うから、安心して欲しい」
「はい。そんな命令はしないから大丈夫だよ」
「そういうことだ。アルベド、この件について皆に漏れなく周知させるように。父親の不在で心労も多いだろうイリニをこれ以上悲しませないためにも、頼んだぞ」
イリニを利用してのナザリック全体の釘さしをした。
あらかじめ知っておけてよかった。
手の打ちようがない段階になってから初めて知りましたでは、遅すぎた。
内心胸を撫で下ろしながら了承の返事を丁寧に返そうとするアルベドを静止させ、モモンガは話の続きを促す。
「それてしまったが、そう、大事なのはパンドラが探索部隊に必要な理由だ。ヒントはパンドラは悪性に傾く者が多いナザリックにあって、悪性に傾いてはいるものの中立であること。さあ、何故だと思う?」
モモンガは訳知り顔を続けるために、自分の推測をまじえながらイリニに問う。詳しくはわからないが、アルベドの中ではパンドラはナザリックの外の者を侮る悪性の者よりも中立寄りで交渉に向いていると考えたのだろう。善性の者がイリニのように外の者に対して嫌悪感をもたずに好意的に接することが可能ならば、セバスでもいいのではと単純に考えてしまうのだが。
「そうです、イリニ様。重要なのは
(あれ、今俺が言ってもいなかったことが付け加えられてなかった?)
「友好的に、ならばセバスやイーグルたちでも可能だけれど、かれらは性格がまっすぐすぎて相手の性質が悪い者であった場合、搦め手でも使われたら交渉に不安が残る、ということだね。デミウルゴス兄様なら相手がどのような者であれ手玉にとれそうだけれど、兄様には守護者として下された命令があるから、そちらが優先される。確かにパンドラならどんな相手でも自分のペースに持っていけそうだ。どうアルベド、これで正解かな?」
「はい。イリニさま、その通りでございます」
子供の成長を見守る母親のような微笑で、アルベドはイリニの出した答えに丸をつけた。
「よくぞ答えにたどり着いた。流石はウルベルトさんの息子だ。これからもお前にはこうやって問題を出す場合があるから、心しておくように」
モモンガは相好を崩した。
それに反して心の中では絶望していた。
なにをどう考えてもアルベドに対する反論は思いつかなかった。
モモンガはパンドラズ・アクターをしまいっぱなしにしておくことを諦めた。
◆◆◆◆
後ほどすぐに宝物殿に向かうということを告げてアルベドたちも玉座の間から下がらせた。
「う、うう。たっちさんもヘロヘロさんも酷いです。私しか話してないじゃないですか」
張り詰めていたものが切れた脱力感に任せて、玉座にだらしない格好で座りたかったが時間がなかった。
「すみません、何がどうなっているのか混乱していて。とにかく理沙と美沙を守らないといけないということで頭の中がいっぱいになっていました」
「一時は一体どうなることかと……いやー、今も何ひとつ解決していないんですけどね」
頭でもかいているつもりなのか、ヘロヘロと粘体の一部が触手のように伸びて体の上部にグニャグニャと押し付けている。
「イリニくんあんなに泣いているのに、パパのウルベルトおじさんはどこに行っちゃったのかなあ」
ミーシャは自分の進退ではなく、子供らしい純粋さで年の近い男の子のことを心配そうにしていた。
「ここは、本当にどこなのかしら。私たち、帰れるの?」
娘を抱きしめ、たっちに寄り添うリーザは不安を口にする。
その疑問に答えられる声はない。
ログアウトできない。GMにも助けを求められない。
まるで、リアルから切り離されてしまったようだ。
いや、仮想現実がまるで現実になってしまったようなのだ。
「まさか、とは思うんですが……」
ヘロヘロは恐る恐る言い出す。
「これは
気弱な性格の持ち主のせいか自信なさげに声がどんどん尻窄みになっていく。
そんなわけがないと笑い飛ばす者はいなかった。
むしろそう思っているからこそ、空気はずんと重くなる。
薄々気づいていたが、改めて声に出されて突きつけられ、かろうじて見えていた気がした最後の思考の逃げ道が塞がれてしまったのだ。
もう、覚悟を決めるしかなかった。
「みなさん、宝物殿に行きましょう。あそこなら身を守るためのアイテムがたくさんあります。それに、あそこはこの指輪がないと行けない場所ですから、いざというときの避難場所にもなります」
宝物殿、そこは四十一人の歴史と、そして終わりから遡ること二年の期間によって、気が遠くなる量の様々なアイテムにあふれている。
前者が稼いだ宝物の総量と、後者が置く場所のない宝物殿にむりくりぶち込んだ宝物の総量は、七対三の比率である。
大量に放出された解散するギルドのアイテムを安く買い込んだり、ゲームを引退する知人からただで譲ってもらったりと、労力の割に手に入るものの量は多かった。
そのうえゲーム終了決定によって、まだ辛抱強くユグドラシルに残っていたプレイヤーのやけっぱちの大売り出しで、かつてない物量が市場に流れた。
NPCたちに未来を託すロールプレイングが決まってから、「自分たちの手を離れるNPCの役に立つものを、喜ばれるものを」というのをコンセプトに買い物をしてはNPCたちに設定された私室に飾り、いらなかったものはここに放り込むことを繰り返したので、中はものすごいことになっている。
ゲーム最終日ともなると、ウルベルト念願の「イリニにワールドアイテムを持たせる!」を叶えられる買い物ができてしまうくらいには、捨て値でさまざまな物が売られていた。
そういうわけで、役に立つ物はたくさんあるのだ。これを使わなければ、本当に宝の持ち腐れである。
コンソールがない代わりとなる操作方法を、なんとか理解したアイテムボックスからアイテムを取り出した。ギルドメンバーの証となる指輪とブラッド・オブ・ヨルムンガンド対策のアクセサリーを二人に渡す。これが期待通りの効果を発揮できなかったら、笑い話では済まされない。
転移のイメージをつかめるか定かではない女性二人の手をたっちに握ってもらい、「では、宝物殿へ」はっきりと口に出すことでそこに行くという意思を固める。
指輪の力を使用しての玉座の間への移動は阻害されるが、玉座の間からの移動は確か可能だったはず。
指輪の力はあっけなく瞬時に解放された。
視界が一瞬黒く染まると、またたきの間に荘厳な玉座の間から、壁のように宝物がうず高く積まれた宝物殿へ。
宝物殿の光景にびっくりする女性陣に、ついついナザリック自慢の蘊蓄を語りそうになるのをぐっと堪え、先を急ぐ。
様々な貴金属や希少品を横目に、一行は進んで行く。
そしてモモンガは、NPCが居る時には切り出せなかったことをやっと皆に提案したのだ。
「みなさん、身の安全の確保をしましょう。NPCたちは俺たちに今のところ従順なようですが、これから何が起こるのかもわからない。NPCが完全に味方だとしても、ナザリックの外は全員敵だらけという危険もあります。今、私たちはゲームの姿のままですが、それに従ってゲームの能力も使えるのか、アイテムも使えるのかなど確認しておくべきだと思います」
モモンガの提案にヘロヘロはおお、と感嘆する。
「さすがモモンガさん。先のことをしっかり考えていますねー」
「確かに、それは重要ですね。これがゲームの見た目だけで中身の能力は現実のままでは、ナザリックの一番弱いPOPモンスターにもやられてしまいそうですから」
「ゲームのままなら、娘を守るのは簡単なんでしょうけど……いえ、それでもやっぱり大変なのかしら。みなさんが作ったNPCは強い子達が多いんですものね。それに、外……ゲームの沼地がそのまま現実にでもなっていたら、それも怖いわ」
「仲間の作った愛すべきNPCたちを疑うのは心が痛みますけどね、絶対に大丈夫だと確認できるまでは対抗策はしっかりとっておいたほうがいい」
なにせ、悪性が高くてナザリックの外部の者は、とくに人間は虫けらときた。これで実は自分たちが人間だったと知れたらどうなるのだろうか。
アルベドのあの発言には肝が冷えた。
「何かあったらママもパパもミーシャが守ってあげるよ! それにね、大丈夫だよ。じぃじぃもアウラお姉ちゃんもマーレお兄ちゃんもやさしいから、ミーシャをいじめたりなんかしないもん。こういうのをね、きゆう、って言うんだよ」
ミーシャは幼さゆえか完全に状況をわかっておらず、一人底抜けに明るい。
「はは、美沙は難しい言葉を知っているなあ。そうだね、セバスを疑うのは親として恥ずべきことだな。彼は私が作った正義のNPCだ。いきなり敵意を向けてくるなんてしない」
「それなら、私のソリュシャンも、ソリュシャンも……ソリュ、ああ、カルマ値マイナスだぁ。いえ、う、うん。たぶん、玉座の間にいたときの彼女ならきっと、おそらく……」
ヘロヘロはスライムの体を悩ましげに捻っている。どうにも自信がなさそうだ。
(俺のパンドラズ・アクターはなあ、悪性とか善性とかそれ以前の問題なんだよなあ)
モモンガは気が遠くなる絶望を、強制的な抑制を利用してぱっとスイッチでも入ったかのように切り替えた。とにかく今後のためにもいろいろ実験は必要で、パンドラをここから出したらみんなで六階層の円形闘技場に向かい、いろいろと試すことにしようと決めた。
「かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろうーー」
『自分のNPCに、自分たちがいなくなっても頑張れエールを送り、イリニをよろしくねってするロールプレイ』をしたのは記憶に新しく、扉のパスワードをさくさくと口にして先へと急ぐ。
(あ、やばい。もしかしてあの時のことって覚えてるのか? まさか覚えてないよな、忘れてるよな。最後だからもういっそ投げやりになってはっちゃけちゃったあれを覚えてないよな?)
ここから先はモモンガひとりだけだ。
みんなには扉の前で待っていてもらう。
あの設定によりどんな性格が表れてしまったのかわからない今、おいそれと仲間に会わせるわけにはいかない。
いろいろと言い聞かせ、必要であれば恫喝し、おとなしくさせなければならない。これはモモンガにしかできない急務であった。
急ぐ足が重い。急ぎたくもないのに、自分が決めた二時間というタイムリミットが首をしめる。部下がそれに間に合うように行動をしているのに、上司のせいでその時間制限を守れないとなるととてつもない失点となりかねない。だいたい、時間を決めたのは自分なのだ。仕事の締め切りを決めた本人がそれに間に合わせられないのは噴飯ものであろう。
内心で、見限られてもおかしくない。
だが、今モモンガをもっとも苛ませるのは、いつ訪れるかわからない不穏な結末へ至る失点についてではなく、もっと生々しく痛々しいもの。絶望が、羞恥が、昏い感情となって骸骨の体の中で渦巻く。
博物館のような通路を黙々と通り過ぎ、奥を目指す。
雰囲気が切り替わる。あかりが落とされた全体的に薄暗い古墳じみた通路に出る。
かつては寂しい気持ちで通った、この場所。自分の女々しさを知られたくないがために、ウルベルトにも内緒で作っていた仲間たちのアヴァターラ。
二年前は弾んだ足取りで何度もここに来た。
たっちさんが帰ってきた。茶釜さんも、ペロロンチーノさんも、またひとりまたひとり、と。
全員帰ってきてくれたらいいのに、という無茶な願いは、無論叶わなかった。だが、仲間たちの最強装備を取りに行くあの瞬間の感情はとても満ち足りて幸せだった。思い出しただけで盛り上がる感情、それは抑制がかかる強いものであった。しかし無理やり心を冷却するような効果があらわれるよりも早く、モモンガの喜びは勝手に萎む。
(だって、あのときのパンドラは喋らなかったしな)
おそらく、この先にいるバンドラズ・アクターはアルベドやイリニのように喋り、玉座の間にいたNPCたちのように感情をむき出しにするのだ。一心に、ひたむきに。
(アクターだから大げさでって設定して、それにドイツ語も喋っちゃうのかよ。まじかよ、勘弁してくれよ)
かつかつと音を立てて歩き霊廟を目指していると、自らがたてる足音よりも大きなーーかなり急足だーー足音が近づいて来た。
「んんももンガさぁまああああああ! Mein Gott! 我が創造主ぅう!」
通路の先から、おお振りで両手を開き、再会の感激をあらわにするネオナチ軍服をまとったはにわ顔の異形が突撃してきた。
「私の創造主たるモモンガ様! 世界の終わりに貴方様が巻き込まれる必要などありません! 私たちのことなど捨て置き、リアルにお帰り下さい、貴方の命に勝るものなどこの世の何処にも存在しないのです!
「お、おう」
息急き切って走ってきた創造物に、モモンガは情報の行き違いに謝ればいいのか、発言に燦然とぶちこまれるドイツ語に奇声をあげればいいのか、自分が想像していた以上にパンドラズ・アクターに慕われていたことを喜べばいいのか、短時間の中で咀嚼しなければならないことが多すぎてついおざなりな返事になってしまった。配下に取ろうとしていた威厳ある態度もすっぽりと抜け落ちて、間抜けに棒立ちする。
(いや、待て、まてまてまてまてまて!)
精神の抑制が止まらない。
(世界の終わり云々かんぬんを言うっていうことは、アレを覚えてるってことかよ!)
未来を託すお遊びロールにはそれぞれの性格が色濃く表れ、なかなか面白いものがあった。
ペロロンチーノの別離を前提とした最初で最期の悲しきプロポーズ。
ぶくぶく茶釜は『大秘術には、ギルドメンバーのユグドラシル側の肉体が礎になっている』という設定を勝手に生やした。迫真の演技力により悲劇と希望を感じさせるすばらしい出来栄えになっている。ちなみに大秘術に関してそのような設定をNPCに語ったのはぶくぶく茶釜と、その設定をその場のノリで少し拝借したモモンガだけである。
やまいこは女性らしい優しい感じにしあがった。貴重なアイテムであるシューティングスターを渡して、この指輪が自分の代わりにユリを助けるという言葉が実に彼女らしい。ボーナスが吹き飛んだ指輪をさらりと手放すやまいこに、目の前が暗くなったとか気が遠くなったとか、そんなことは決してない。
武人武御雷は武人としての生き方をコキュートスに託す男らしい渋さがあるもの。
弐式炎雷は年頃の娘や妹を心配する男身内という不器用な感じで、しどろもどろ終始言葉に困っている感じに妙にリアリティがあった。何も考えずにぶっつけ本番で来た、という忍者にみんな「だからか!」と笑ったものだ。
たっち・みーはセバスの簡潔な設定に通じる実にあっさりしたもの、だがその短さにはあたかも信頼があるかのように感じらて妙に格好良かった。
そしてモモンガは、というと。変にはずかしがると、逆に滑稽になると考え、いっそ吹っ切れることにしたのだ。
『パンドラズ・アクターよ』
長いローブをわざとらしく捌く動作。
『今日は大事な話があって来た。心して聞け。いずれこの世界は終わりを迎えることとなった。私の全ての結晶たるこのナザリックも例外ではない』
モモンガはここでおお振りに腕をふって拳を握る。
『だが、私は、私たちは! みすみすお前たちを終わりに巻き込ませるつもりはない!』
低く抑えた声から、大きく張り上げた声に変化させる。
『私達のこの命を使い、大秘術を行う。それによってナザリックを他の世界に転移させる』
手を胸の前に置き、ない心臓を握る動作をする。つかめるとしたらワールドアイテムのモモンガ玉くらいだ。
『終わりを乗り越えた先、ナザリックがどのような地に辿りつくかは私でも分からない、だがパンドラよ。ナザリックの中でも抜きん出た智謀を持つお前ならどのような地でも賢く生きていけると信じているぞ』
リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを渡す。
『この指輪があれば、宝物殿から出られる。このユグドラシルから転移したら、宝物殿を出てナザリックの新たなる主人であるイリニを助けてやってくれ。彼はウルベルトさんの大事な息子だ……』
モモンガはちいさくちいさく、声をひそめた。
『あのひとだけがずっと俺と共にいてくれた、支えてくれた、俺を必要としてくれたとてもとても大切なひとの……』
つい漏れたつぶやきをのみこみ、大仰な動作でごまかす。
『あの子を支えてやれ、その身を一切惜しまず仕えてやってくれ』
そしてモモンガはふふ、といたずらっぽく笑う。
『だがなパンドラ、たとえ終焉を乗り越えようと、すぐに出ていってやる必要はない。役者は遅れてやってくるものだからな』
ちなみに正しくはヒーローは遅れてやってくる、である。
『
誤用も含めて、大変恥ずかしい仕上がりとなったあのシーンを、あの言葉を、あの動作を、あのなんとか発音をしたドイツ語を、覚えているというのか!
(ど、ドイツ語は、せめて他の諸々は我慢できても、ドイツ語だけは、ダメ! ああっ!)
「あ、あいうぃっしゅー!」
モモンガは勝った。精神の抑制という楔が発動する寸前に、奇跡のような速さで感情のまま行動を起こした。
モモンガは負けた。己の精神の恒常的な安定のために感情に任せて貴重な指輪の願いを発動させてしまった。
だが、モモンガは後悔しないだろう。
「仕事だ、パンドラ。来い!」
「
「ドイツ語はやめろ! 敬礼もやめろ!」