書きたいもの詰め合わせた闇鍋話   作:オニヤンマンマ

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それぞれ

 ドイツ語ドイツ語と念じていたせいか、パンドラズ・アクターの記憶から跡形もなく消え去ったのは本当にそこだけだったらしい。

 モモンガは結局彼にゲーム(ユグドラシル)サービス終了(おわり)は迎えていることを説明し、ぶくぶく茶釜の作った設定を借りて誤解を解くはめとなった。

 ヘロヘロたちが待っている通路を早足で目指す。

 

「いいか、私が誤解を与える言動をしたのは認めるが皆が大秘術に使ったのはこちらでの体であって、同胞たちはリアルの肉体に避難している。半身が欠けてナザリックに戻れなくなってしまっただろうが、無事だ。そして本来であれば同じようにナザリックの礎となるはずだった私達が、終焉の後になぜこちら側に残ってしまったのかは、正直なところ分からん。私たちが帰る方法も分からない。あるいは、術の失敗で我々はあちら側の肉体を犠牲にしてしまったのかもな。果たして帰れるのか……」

 

 適当に思いついたそれらしい推測を乱暴に言ってから、モモンガは少し考える。

 

 むしろ帰る必要なんてあるのか?

 あの現実に価値があるのか?

 今、自分の側には大切な仲間がいる。この、大切なナザリックから帰れずにいる。

 もし、現実世界に帰れなくなれば。

 

 彼らの居場所はこの愛しいナザリックとなるのだ。

 

 いなくなることに怯えずに、ずっと一緒にいられるのだ。

 それはとても、とても幸せに満ちたことだ。

 手放しによろこべる素晴らしいことではないか!

 

 モモンガはごくごく自然に湧いてくる欲望に、ブレーキをかけた。あるいは勝手に抑制がかかったのか、モモンガには正直判断がつかない。 

 

(俺は、おかしい)

 

 ないつばを飲み込む。

 

 じわじわと内側から変わっていく、もしくは変わってしまったことにゆっくりと気づいているだけなのか? どちらにせよ精神の変貌を自覚したモモンガは、じっと押し黙った。ゆるやかに恐怖が湧く、この恐怖の根源は……

 

(変わることが怖いんじゃない、変わってしまったことでみんなに見放されてしまうのが、恐ろしい)

 

「モモンガ様、どうなされたのです?」

 

 ギルドサインの帽章がついた制帽に手をかけ、舞台役者じみた大仰さのみぶりてぶりを交えてこちらを案じてくる。

 

「うん、いや、なんでもない」

 

 モモンガは短時間でこれだけ精神的に疲労させてくるパンドラに頭痛を覚えながら、ふと気づく。

 

 そういえば、モモンガはパンドラの忠義に対してなんら報いることを言ってやれていないということに気づいた。

 あれほど我が身を省みぬほど心配してくれたのに、感謝の言葉のひとつもないのはおかしいだろう。

 自分の作った存在であるからといって、おざなりにしていい道理もない。それが手痛いしっぺ返しになっても困りものだ。いろいろと。

 

 いかに自分にとって目を逸らしたい存在であっても、それとこれとは別だ。何か一言くらい言ってやってもいいだろう、と。

 

「ひとつ、言い忘れたことがあったのを思い出してな。……お前にあのように心配されて嬉しかったぞ、ありがとう」

 

 パンドラ相手にそれらしく装飾したセリフを考えるのは面倒で、ただ感じたままを述べた。

 

「んモモンガさまあ! あれだけのことで、そのような過分なお言葉をいただけるとは! 生きてナザリックに居られることを貴方様に感謝しなければならないのは私です! 私は、シモベとして当然のことを言ったまでであります!」

 

 後ろからついて歩いてくるパンドラズ・アクターの方は見ない。

 それでも視線をやらなくても、言葉一つ一つにうるさいくらいの身振り手振りをつけていることはきぬ擦れの音や、激しく打ち鳴らされる軍靴の音で簡単にわかる。

 

「ええい、うるさいわ! 素直に俺からの感謝を受け取っておけ! いいか、パンドラ。探索の任務に就くさいはその大げささを極力抑えろよ。頼むから!」

 

 どうにも、自分が作ったものという気持ちがあるせいか、このドッペルゲンガーに対しては口調が砕ける。

 支配者のような振る舞いを心がけねばという意識が幾分か薄れ、素の鈴木悟が混ざる。まあ、これはおいおい直していくとしよう。

 

 パンドラを連れて戻ると、ヘロヘロ達はのんきな会話をしていた。

 

「体がボロボロだったのに、今はすごく調子がよく感じるんです。こんなにすっきりした感覚いつ以来だろう。私は会社に行きたくないですよ、会社から逃げられるなら逃げたい。もう、眠っていいでしょうか、もう寝て覚めたらエルダーブラックウーズのままでメイドさんたちに囲まれていたいですよー。はは……」

 

「仕事に行けないのは困るなあ。いろいろと相談窓口が立て込んでいるのに、みんな仕事が雑でまともにすすまなくて。真面目に警察官の職務を全うしないひとが多すぎて、あの状況を放っておくのは心配です」

 

「ミーシャもね、学校行かないでアウラお姉ちゃんたちとお勉強したい!」

 

「こら、美沙。そういう理由で帰りたくないなんていうのはダーメ」

 

 聞こえてくる会話は、現実逃避なのかとても気楽な会話だ。日常となんら変わらない。とてもではないが、異常な事態に陥っているようには到底思えない。

 

(みんな、俺のように受け入れてしまってるのかな? 仕事がしんどくて体を壊してるっていうヘロヘロさんやまだ子供のミーシャちゃんはともかく、リーザさんは意外だな。もっと取り乱すのかと思ってた)

 

 それとも、いまだにこの状況を夢とでも思っているのか。

 モモンガは首を捻った。

 

「みなさん、もどりました。円形闘技場に行きましょう」

 

◆◆◆◆ 

 

 玉座の間から退出したアルベドは一階層でパンドラを待っていた。

 

「お久しぶりですね、Fraulein」

 

 「そうあれ」と創造主に定められた大仰な身振り手振りを封じることにはいささかの躊躇いと違和感があるが、無駄が多いあの動きが不必要に時間を取ることはわかっている。モモンガに予め命令されていたこともあり、パンドラズ・アクターは彼にしては非常に珍しく大人しく知的な佇まいで守護者統括のアルベドに再会の挨拶をした。

 

「久しぶりね、パンドラズ・アクター。以前会ったときにその軽々しい呼び方は慎むよう言ったはずだけど」

 

 美しい女の、完璧な微笑はどこか硬い。それは発言に不快を示した、などという単純なものではなくもっと根が深い苦悩がにじみ出ていた。

 

「おお、これは失礼しました。守護者統括殿」

 

 ギルドメンバーのみしか立ち入れない宝物殿を守護領域とするパンドラズ・アクター。彼が初めて他のシモベたちと顔を会わせたのは、ウルベルトの結婚式。その時も彼はこうやって女性陣の不興をかっていた。

 面識はその一度きり。

 だが、その一度の短い間に彼の深い知性と、名前の通り舞台役者じみた滑稽な振る舞いの奥にある侮れなさ、というのをアルベドはしっかりと見抜いていた。

 

「モモンガ様から聞いているわね? 

 現在、ナザリックは想定不能の事態に陥っているわ。至高の存在であられる方々が困惑するほど、火急の情報収集を必要としている。

 私たちではかの方たちの手足となるには到底足りないけれど、粉骨砕身し働き、情報の少なさから混迷している方々のその憂いを少しでも取り払わらなければならないの。

 ……ねえ、パンドラ、貴方はナザリックを世界の終焉から救うための転移の大秘術に関して、どこまで知っているのかしら。大秘術の代償が何であったかはご存知?」

 

 微笑に宿る憂いの原因を、パンドラは理解する。彼女は己が非才を嘆いているのだ。

 

「モモンガ様から全てを聞きました。御方々の半身が秘術の礎として行使されている、と……」

 

 自分たちが生きるために、尊い方が犠牲になった。そのあれと設定され、常にオーバーリアクションでテンションが振り切れている状態で話すパンドラズ・アクターでもその事実を口にすることは、あまりにも苦々しく、悔しかった。

 

「そう、貴方も教えられていたのね。

 この事実は現状、ナザリックのほとんどのシモベが知らないの。

 アウラから聞かされた私とモモンガ様から教えられた貴方を除けば、ぶくぶく茶釜様から話を聞かされたアウラとマーレしか知らないわ。折を見て周知させるから、そのことは黙っていてちょうだい。

 今、御方たちのなにものにも代えがたい、それこそ私たちの命などとは到底釣り合わない大事な半身を用いての大秘術の行使の直後なの。一見するとお変わりなどないように見えるけれど、どこにその反動がきているのかも分からないわ。至高の方々の犠牲を知ったシモベの混乱や悲嘆で、残ってくださった方々のお心を乱すわけにはいかない。いいわね、パンドラズ・アクター、このことはまだ他言無用よ」

 

「ええ、承知しております。守護者統括殿」

 

 半身を失い、二度とナザリックに帰ってこれなくなった者の中には、彼女の創造主であるタブラ・スマラグティナがいる。その悲嘆を飲み込み、気丈に振る舞う守護者統括にパンドラは軍帽をとって深々とお辞儀をし敬意を示す。

 

「では、貴方はアウラが率いるシモベたちの一団とソリュシャンと共にナザリック周辺の探索に加わってもらうわ。

 周囲の探索と情報収集がメインなのだけれど、それを上回る最重要任務があるの。それはーーウルベルト様の捜索」

 

 パンドラはやはりそうなのか、と内心ひとりごちる。

 モモンガが至高の方々と合流するとき、ずっとナザリックを守っていてくださっていたウルベルトの姿がなかったのだ。

 多数の至高の気配を感じながら宝物殿で待機しているとき、急に気配がひとつ消えた。それは、ウルベルトのものであったのだ。

 モモンガに事情を尋ねる前に探索の任務につけと追い払われたので子細は知らないが、彼だけがナザリックの外に放り出された事情があるらしい。

 

「周辺にウルベルト様を見つけ次第、姉さんからアウラに連絡がはいる手はずになっているわ。その時は、何をおいてもウルベルト様を優先なさい。言わずとも分かっているでしょうけども」

 

 アルベドは先程までの憂いを取り払い、婉然とした笑みを深める。

 

「役割分担なのだけれど、ソリュシャンには戦闘回避のための周囲の警戒と索敵、そして知的生物の発見をしてもらうわ。アウラは探索を担当をし、なんらかの事情で戦闘が発生した場合シモベを使って退却の時間をかせぐ、あるいは完全な殲滅が役割。貴方の仕事は知的生物を発見した場合、『出来るだけイリニ様の御心にそえるよう友好的(・・・)にナザリックにとって最上の利益となる交渉(・・)』をすること」

 

 守護者統括としての顔が、違う何かになる。

 

「イリニ様はウルベルト様のご子息であらせられるけど、かの至高のお方とは違い、下等生物にとてもお優しい方。その優しい御心を痛ませるような行動を、他の者たちと違って、貴方は取らないでしょう?」

 

 仮に、それに反する行動をとれば、何をもってしてでもその報いを受けさせるという女の顔を浮かべる。

 パンドラは彼女のその顔に、以前会った時とは全く違う差異を感じ取る。栄誉ある守護者統括という最高の地位についていても、女であること、サキュバスであるということを捨てない放埓な本性を潜ませている彼女だが、その気配が薄い。

 今の彼女は、まるで。

 

「承りました。ウルベルト様のご子息には、モモンガ様より直接託された願いもございます。かの方の御心にそえるようこのパンドラズ・アクター、任務に励みましょう!」

 

◆◆◆◆ 

 

 ある、過去の日の話。

 

 

 

 

 モモンガはその日、ギルド武器を持っていた。

 本来ならばずっと所定の場に飾られていて、本人の気の小ささのせいでおいそれと持ち出したくはないのだが「この子の名前は? どんな子なの?」というミーシャの質問にいつでも答えられるように、マスターソースを閲覧できるギルド武器を持ち歩く癖がついてしまった。

 

 ナザリックに再び顔を出してくれるようになった面々は、それを責めるでもなく、むしろ気にしすぎなモモンガに対してその行動にたいして背を押してくれた。

 彼らの言い分ではギルドマスターなんだからいいだろう、それに似合うし、ということらしい。

 

 しかし、仲間から了承を得られたとはいえ、みんなで作ったみんなのもの。自分の都合で勝手に持ち出していいものではない。そんな罪悪感があったから、玉座の間でアルベドを発見したとき、勝手にワールドアイテムを持ち出したらしいタブラのことを責める権利もないと思った。

 

 アルベドの持つ真なる無に気づいたのは、リーザとミーシャの旗を玉座の間に飾るにあたって、配置の変更を考えるために玉座の間に行った時のことだった。

 

「これは酷い!」

 

 ペロロンチーノは爆笑した。

 

「あんたも人のことは言えないでしょう」

 

 ぶくぶく茶釜はそう言いつつも、呆れているようだ。

 

「いやー、ギャップ萌えのタブラさん、ここに極まれりって感じですね」

 

 でも、いくらなんでもこれは酷い、とモモンガは思った。

 

 設定を見ればワールドアイテムを持たせた理由が分かるかと考え、いそいそとコンソールを叩いて拝見させてもらったわけだが、それを後悔するくらいの長文の羅列が視界に襲いかかってきた。それをなんとか読み終えた後の、とどめが「ちなみにビッチである」の身もふたもない言葉。

 

 設定の隅から隅まで、いかにも悪役ギルドナザリックのNPCらしさ、これぞ最上位NPCだとでも言える設定であると思いきや、最後の最後の一文に全てが持っていかれる。

 たおやかな女性の見た目を裏切る狡猾さ、残忍さ、女性らしい振る舞いをする一方でそれは実は計算されたものであるかもしれないとなかなか深い設定だ。個人の能力、ナザリックに対する忠誠、そして守護者統括である矜持は高く、味方であれば頼もしいだろうが、この女性が意思を持って話すようになったら、非常に恐ろしい女性になることは間違いあるまい。

 

 だが、びっちなのだ。

 

「モモンガさん、タブラさんには悪いけどいっそコレ、変えませんか?」

 

 そう言い出したのはつい先程までタブラさん最高と声高らかに笑っていたペロロンチーノだ。

 

「シャルティアの設定はあれなくせに、弟にしてはいいこと言うわね」

 

「え、でも。本人の了承もなしに、それは悪いでしょう」

 

 モモンガはその提案にためらった。

 

「んー、俺、『ナザリックは転移する』っていう話に合わせて、シャルティアの設定を少し変えるつもりなんですよ」

 

「え、初耳なんですけど、ちなみにどんな風に?」

 

「こればっかりはモモンガさんでも内緒です」

 

 へへ、といたずらっぽくわらう。

 

「今までのアルベドはユグドラシルだからこそ、この『ビッチ』ていう設定でいられたけれど、違う場所に行くにあたってはそんな暇ないってことで。こう、場所が変わるんだっていう設定に説得力が増すし、心機一転してもいいんじゃないかって思って。そのほうが、未来を託すっていう感じにピッタリじゃないですか? これがイリニ率いる新生ナザリックの守護者統括だ! 的な感じになる一文に変えちゃいましょうよ」

 

「うーん。いいわね。私も後でアウラとマーレの設定いじろうかしら。いいと思うんですけど、モモンガさん」

 

 ぶくぶく茶釜までそんなことを言うのだ。

 

「ギルドマスターとして仲間の間違いは正してやるべきですよ!」

 

「せっかくだから、ギルマス特権を使ってしまいましょうよ。モモンガさんのことだから、使ったことないでしょ? ゲームが終わる前に、わがままのひとつくらい許されれるよ、モモンガお兄ちゃん」

 

「そ、その声はやめてくれ姉貴ー!」

 

 説得に次ぐ説得に、最終的にはモモンガが折れた。

 消すのは最後の一文だけ。設定に使える限界文字数ピッタリ使い切るまで書かれたそこに入れられる文字はたったの11文字。

 その日は作業しながらそこに当てはめる文章について三人で考えたが、結局決まらなかった。

 

 二人のログアウトを見送った後、一人きりになったモモンガはウルベルトとの会話をふと思い出した。

 ウルベルトと二人きりでナザリック維持をしていたとき、彼が言ったこと。

 

 

 

 子供の頃に両親が帰ってきてくれなかった悲しさとか、孤独感を今でも覚えているんです。

 小さい時の自分と似たイリニが、帰ってこない俺や明美さんを待っているのかと思うと、なんていうか、自分と重ねてしまって、ですね。会いに行かないと、って思っちゃうんです。ほんと、NPC相手に馬鹿馬鹿しいとは理解しているんですけど。データなんだから、悲しいとか寂しいとか会いたいとか、そう感じるわけないのはわかっているんですけど。

 この子が俺と会うことで慰められているなら、自分も慰められている気がするっていうか。あの時誰にも救われなかった自分を助けてるっていうか……自己愛みたいなもので、気持ち悪いって自覚はあるんですが。

 寂しいな、って思います。平気だって、ずっと思ってましたけど一人は、寂しい。だから、俺は、イリニを自分の部屋じゃなくて七階層に居てもらってるんです。あそこならきっと賑やかで……とかそういうバカな妄想してます。

 ほんと、おかしいでしょ? モモンガさん。これがいい年した男の考えていることですよ。ありえねーってなりますよね。

 

 

 

 ゲーム終了に伴い、もう、父親であるウルベルトは彼に会いに行けなくなる。

 彼らの新しき旅路の後、イリニの父親代わりは、きっとデミウルゴスになるのだろうな。そんな空想を浮かべる。

 では、母親は? ユリだろうかと考えたが、たしかやまいこがイリニの設定にユリを姉のように慕っていると書いていたから、母親とは少し違うのだろうか。

 

「母親にしては、ちょっとどころかかなり怖すぎるかもしれないけど……うん、悪役ギルドナザリックの幼い主人を支えなきゃいけないんだもんな。怖すぎるほうがかえっていいだろう」

 

 モモンガはアルベドの設定を書き換える文章を決めた。

 ギルド長権限を行使し、最後の文を変更する。

 

(俺が、ウルベルトさんの存在に助けてもらっていたように、この子が助けてもらえるといいな。あの人は一人は寂しいって言ってたけど、俺の存在が少しでもその寂しさを癒せてたのかな……イリニだけじゃなくて、俺もあの人を助けてやることはできていたんだろうか……はは、俺も大概気持ち悪いな。

 うん、アルベドには新天地ではアルベドにはイリニを傷つける奴がいたらばっさばっさ薙ぎ払ってもらって拷問でもなんでもしてもらおう。それで表側では本当にやさしいお母さんみたいな顔してるんだ、主婦業は得意って書いてあったしな。その裏でイリニのために謀略とか拷問とかしてるんだろうな、きっと)

 

 俺が、あの人を助けてやれる特別な存在になりたかったから、代わりとなる子供に助けてやってほしいという願いを託す、代替行為だ。ああ、本当に俺は頭がおかしい。

 

 

”イリニの母代りである。”

 

◆◆◆◆ 

 

『創造されし者よ、そう在れ』

 

 至高の方によって決められた形がある。自分たちに決められた役割。

 アルベドはその形すべてに誇りを持っている。かつて、創造主が定めていた己のあるべき姿すら、アルベドは愛していた。いかな地位についていようと、自分の本性まで捨てることはない。そんなタブラ・スマラグティナのアルベドへの愛情を感じ取ることができた。

 そして、モモンガによって与えられた役割も。たとえ、それがモモンガの自分勝手な欲求から端を発するものであっても、シモベであるアルベドにとってはこの上ない喜悦であった。彼女の全ては彼ら至高のために存在しているのだから。それが彼の沈んだ心の慰めとなるのであれば、いかなるものでも受け止めよう。

 

 口頭での命令と違い、己の形を定められる特別な命令というのはそれ以外の『何か』まで受け取る。最初に形を決められたときはあるべき形とともに流れこみ濁流を受け取るようではっきりとした判別はつけがたいのだが、二度目のそれを、アルベドははっきりと知覚することができた。

 同じようにペロロンチーノによって新たなる形を与えられたシャルティアも、それを取りこぼすことなく受け止めたようだ。

 

「ペロロンチーノ様がお隠れになってしまったあと、ペロロンチーノ様が私と『結婚できなかったことをとても悔しがるくらいによい男性を見つけて、幸せになれ』と……そう決められたの。私が、私が本当に結ばれたいのは、あの御方なのに! プロポーズもしてくださったのに! どうして! 断るつもりなんてなかったのよ、天にも上る気持ちで、なにも言えなくて……ペロロンチーノ様に誤解を与えたままこのまま会えなくなるなんて、思ってなかった! あんなに、あんなに私を大事に思っていてくださったのに!」

 

 悲鳴だった。忸怩たる悔恨を叫んでいた。

 

「会いに来てくださらなくなって、私のことをいらなくなってしまったのだと不敬にも疑ってしまったの。でも、そうじゃなかったのよ! 私のことを本当に愛してくださっていた! 会えなくなることを悲しんでおられたのに! どうして、どうして……」

 

 三階層でシャルティアからの報告を聞きにいった時、激情をぶつけられた。

 廓言葉も忘れ、ただの少女のように。

 

 それを宥めすかして、守護者としての責任を自覚させ立ち直らせるのは流石に骨だった。

 最後には守護者として相応しいあるべき姿、をとっていたが完全に立ち直るのは難しいだろう。自らの創造主と二度と会えないという事実は、自分たちシモベにとって絶望でしかないのだから。

 

 アルベドがこうも冷静でいられるのは、彼女が受け取ったものはシャルティアとは全く性質がことなるものだからだ。

 シャルティアが取り乱すのは、形とともに注がれたのはなんら対価をもとめていない、返しようがない深い愛であったため。受け取ることしかできない、それによって主を慰めることもできなければ、何かをして差し上げることもできない、ある意味とても残酷なもの。

 

 アルベドが受け取ったものは……強い、執着。それはアルベドに対してのものではなく、吐き出すことのできないウルベルトへの想いを八つ当たりのようにぶつけられた。

 

(強い、とても根深い、モモンガ様の我儘。これに応え、最良の結果を出すことこそ、シモベとしての幸せ)

 

 アルベドはうっとりと微笑む。

 至高の方という存在は全てが尊く大事なのだが、形、というものを定めてくださった方にはどうしても特別になってしまう。創造主たるタブラ、そしてアルベドに新たな形をもとめたモモンガに対して、どうしても贔屓した感情が湧いてしまう。タブラの不在になんとか平静を保っていられるのも、それが理由かもしれない。自分を決めてくださった方が、いるのだ。そのお心に添えるよう、シモベとして返していける方がいるのだ。これを喜びと言わずして何を喜びというのか。

 

 自身がウルベルトを守りたいと願っているから、代わりの存在であるイリニを守らせる。

 自身がウルベルトを助けたいと願っているから、代わりの存在であるイリニを守らせる。

 自身がウルベルトの特別な存在になりたいと願っているから、代わりにアルベドに特別な役割を与える。

 自身がウルベルトの敵を甚振りたいから、代わりにアルベドにその役割を与える。

 自身がウルベルトの理想にそう姿を見せていたいから、代わりの存在であるイリニに対して優しい姿をするよう願う。

 自身がウルベルトの敵を排除したいから、代わりの存在であるイリニの敵を徹底的に排除するよう願う。

 

 代替行為だとモモンガは自嘲していた。だが、それで彼の人の心が救われるのであれば、アルベドは全力でその思いに応えよう。

 

 アルベドは悲鳴を愉悦と感じる残忍な本性を垣間見せる笑みを唇に刻む。

 ナザリックの主人は、外に対して慈悲を与えるよう命じたが、その実はどうだろう。

 表向き残虐な行為を禁止していながら、イリニが厭う行為であろうと、彼が進むべき道に邪魔であればひっそりと排除せよ。モモンガはそうアルベドに命令しているわけだ。

 やはりモモンガ様はモモンガ様だ、とアルベドは思った。

 

(ふふ、私とモモンガ様はまるで共犯者のようね。いえ、そう感じてしまうのはあまりにも不敬だわ。気持ちを改めなくては)

 

 ぎゅっと己の体を抱きしめる。

 モモンガのウルベルトへの執着を思い返すほど、胸が逸る。

 

 ナザリックはモモンガにとって宝だった。全てだった。他の何物にも代えられないというその愛もまたアルベドに届き、その想いのたけ全ての結晶であるナザリックをモモンガにとって『ウルベルトの代わりである』イリニに譲り渡すという決断は、一種の。

 

(モモンガ様のウルベルト様への愛の告白なのだわ)

 

 他人の情事を垣間見てしまったかのような感覚だった。他人の情事を見たところで気恥ずかしくなるような初心さなどサキュバスでもあるアルベドにはないが、それが至高の方のものともなれば話は別だ。名状しがたい気恥ずかしさと罪悪感と、そして道ならぬ思いに対して、何かときめきのようなものを抱いてしまう。

 

 そこに恋愛感情がないことに、ちぐはぐさを覚えるがモモンガがアンデットであることも起因しているのだろうと明瞭な思考で推察した。アルベドが感じたのはとてつもなく澄んでいる大量の水の鎖が、ウルベルトを絡め取りたくて仕方がないという欲求のイメージ。肉欲はなく、ただ共にありたい、特別でいたいという幼い子供のような切望。

 

 ウルベルトがいないと気づいたときの狼狽を見た。

 喪失を嘆く噛み殺した悲鳴を聞いた。

 なんであろうと自分から彼を奪う者は許さないという怒りを見た。

 己の”モノ”であるウルベルトを必ず取り返す、という強い覚悟を見た。

 

 もはやアルベドにとって、疑いようのない確信になった。

 

(なんて、辛い、一途な片思いをされているのでしょう) 

 

 ほう、というため息をついた。

 体がやけに熱い。

 あまりにも強い想いにこちらが焼き尽くされそうだ。

 

 ナザリックの主人のために、一刻も早くウルベルトを探し出さなくては、とアルベドは誓う。

 

(今は、ウルベルト様はおられないけれど、その間の無聊を御慰めしなくては……それは、私だけにしかできないこと)

 

 アルベドは七階層にいる。守護者統括としての仕事もあるが、彼女の愛しい子に会うためだ。

 灼熱神殿の中に隠されている、ナザリックの至宝を探す。

 

 イリニに優しい母の顔をちゃんと見せなければ。

 それが彼の望むことなのだから。

 

 とても、とても愛しくて仕方のないという態度を見せよう。

 とても、とても大事でしまい込んで外に出さず自分の側でずっと守りたいくらい大切なのだと伝えよう。

 

 

 モモンガがウルベルトに伝えられない代わりに。

 

 

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