旅する銃弾   作:さいとし

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前編

 私はメキシコ、サカテカスの生まれだ。人間が土地に名前を与える遥か以前から、兄弟たちと共に山脈の懐で育まれてきた。

 

 

 長い間、私の故郷は人間たちの注目を集めることはなかった。わずかな土着の人々が暮らしていただけ。彼らは我々を地下深くから掘り出す技術など持っていなかった。私と兄弟たちは、岩盤の隙間で惰眠を貪っていた。

 

 転機が訪れたのは16世紀のことだ。スペインの征服者たちが、サカテカスの山に現れたのだ。

 

 先住民たちは当初、コンキスタドールたちをさほど問題視していなかった。彼らが水を汲むのを許し、いくつかの物々交換を行っただけ。スペイン人の側にしても、とりあえず他の国より先に唾をつけておいた、くらいの認識だったのだろう。しかし、学者がサカテカス周囲の地質調査を行ったことで状況は一変した。私の兄弟の一部が、採取したサンプルから発見されたのだ。

 

 

 スペイン人は文字通り目の色を変えて銃と剣を振り回し、山の周辺を支配しようと躍起になった。さらに、先住民たちを捕らえて鎖につなぎ、奴隷にした。抵抗運動は激しくなり、多くの人々が銃火に倒れた。スペイン人のマスケット銃に詰め込まれる弾丸には、サカテカスの山々から掘り出された鉛が使われた。先住民たちは銃のことを神の怒り、魔術の杖と呼んだが、彼らの体に食い込んだのは、長い間彼らの一族が住んでいた山の一部だった。私は、私の親戚たち、鉛たちを哀れに思う。

 

 やがて抵抗は鎮圧された。征服者たちは、長く私たちの隣人だった人々を契約の鎖に繋ぎ、彼らを酷使して無数の坑道を山脈に穿った。

 

 

 私たち。つまり『銀』を求めて。

 

 

 兄弟たちは次々と掘り出されていった。スペイン人たちの指揮のもと、銀を含む岩石は水車の力で粉砕され、水や塩、それに別の山から連れてこられた水銀と混ぜ合わされた。できあがるのは、鈍く光る泥のようなアマルガム。これを炉で熱し、水銀を蒸留によって取り除き、銀だけを残す。こうした精錬を経て文字通り身を洗われた上で、兄弟たちは貨幣へと鋳造された。先住民たちの過酷な労働を前提としていることに目を瞑れば、よくできた工場だった。

 

 つるはしの音とともに伝わってくる人間たちのかすかな声は、様々なことを教えてくれた。辛い労働の嘆きに混じる、工場の仕組みや銀の流通についての情報を、私は慎重に分類して蓄積した。声は、日々坑道が伸びるごとに近づいてくる。やがて、私は掘り出される日を待ち焦がれるようになった。私は空の青さを知りたかった。故郷を離れ、遠い異国を旅してみたかった。

 

 私の願いはやがて叶った。掘り出された私は、事前に予想していた通りの工程を経て銀貨へと鋳造され、スペイン王の胸像を刻まれた。木箱に収まり、海岸線沿いを南下。巨大なガレオン船に詰め込まれ、アカプルコの港からマニラへ向けて出港するためだ。そこで、私たちは絹や茶と引き換えに、中国の商人たちに引き渡される。地球を半周する旅。そのはずだった。

 

 出港してすぐ、私の乗った船は海賊に襲われた。海賊のガレオン船は巧みな操船で接近し、狙い澄ましたカルバリン砲の斉射で護衛艦を瞬く間に沈黙させた。驚くべきことに、海賊を率いていたのは、女の船長だった。彼女は部下達を完全に統率していて、自信に満ちた足取りで降伏したスペイン船の甲板を踏んだ。

 

「久々の大漁だね」

 

 彼女は公平に報酬を分配し、残りを輸送船の倉に収めた。私は、幸運にも船長の取り分となった銀貨一袋の中にいた。

 

 

 海賊たちの冒険は、まさしく人知を超えるものだった。荒れ狂う海を突っ切り、敵艦を蹴散らし、時には人ならざる存在との出会いすらあった。私は、船長室の金庫という特等席に居座り、彼らの旅を間近で知った。彼らはヨーロッパへ向かわず、大陸沿岸を北進したのち、太平洋横断に着手した。島々を巡り、東洋の国へ。私は予定と少々違う形だが、中国の商人たちに出会うことができたのだった。

 

 さらに1年を経て、海賊船は母港プリマスへと帰還した。船団は失われ、旗艦のみでの凱旋だったが、それでも持ち帰った財宝は莫大だった。女船長は叙勲を受け、名実ともに世界一の船乗りとなった。謁見の日、私は高価な象牙の細工箱と共に、船長から女王へと献上された。スペインに一杯食わせ、富を手に入れた証拠として。彼女の元を離れるのは残念だった。なにしろ、彼女はエル・ドラゴ。のちに太陽すら落としてみせる英雄だったのだから。

 

 

 世界一の海軍力のもと、女王の版図は広がった。栄えある大英帝国。それでも、国にとって財政難は逃れられない宿命であるらしい。私はある時、王室の宝物庫から持ち出された。栄光の印であるスペイン銀貨は、植民地をめぐるオランダとの戦争の足しにされた。私にとっては好都合だった。王室での日々には飽き飽きしていたのだ。私はどこにでも行ける。

 

 

 

 以後の200年ほどを、私はヨーロッパ中を旅してまわった。

 

 

 フランスで一つの国が革命の熱狂に呑まれた時、私はとある外交官の懐にいた。

 

 

 イタリアでは、ローマのとある泉の底で数年を過ごした。

 

 

 とある伝説的な芝居の報酬として下賜されたこともあった。

 

 

 天才が一代で帝国を築いた時は、戦費の一部として戦場をめぐり、その帝国がサテンのように引き裂かれるのに加担した。

 

 

 幾多の英雄が生まれ、死にゆく時代。私は英雄を生む武器を買うのに使われ、その10数年後に英雄を殺すための武器を買うのに使われた。

 

 

 取引には、必ず願いが宿る。良きにしろ悪しきにしろ。私の200年は、願いの媒介としての200年だった。

 

 

 

 

 アメリカ大陸に舞い戻ったのは、19世紀に入ってからだった。

 

 

 そこで、久しぶりに私は姿を変えた。私を手に入れたのは、ニューヨークの銀細工師。浅黒い肌を持つ、先住民族の職人だった。彼は私を槌で叩いて延ばし、民族の伝統に基づくシンプルだが奥深い文様を刻んだ首飾りに仕立てた。埋め込まれたターコイスは軽やかさに欠け、正直邪魔だったが、アクセサリへ変身するのは悪くなかった。英国が金本位制を導入し、ヨーロッパでの銀通貨の地位は盤石ではなくなっていたからだ。私は死蔵されるのはごめんだった。未だ知らぬ北米の大地を、戦士の胸飾りとして旅するのもいいだろう。

 

 

 友誼の証、あるいは取引の材料として、私の旅は続いた。私を加工した職人は有名人だったらしく、私は価値ある品物として丁重に扱われた。それでも、人の手を渡り歩くうち、微妙に文様を書き換えられたり、ターコイスを偽物にすり替えられたりもした。ものの価値を知らない人間はいつの時代もいるものだ。

 

 気がつけば合衆国を半ば横断し、私はリンカーン州にたどり着いた。そこで私の持ち主となったのは、盗賊へと身を堕としたインディアンだった。その男は、伝統に背を向けて賭博と酒にうつつを抜かし、同じ先住民族でありながら、私に刻まれた模様の意味も理解できていなかった。無論、彼は正当な取引ではなく、銃弾のやりとりで私を入手したのだった。時には、木にくわない人間の持ち物になることだってある。

 

 

 そして、私にとって最も重要な出会いが1877年にやってきた。持ち主のインディアンが牛泥棒を企てた夜のこと。男は私を首にかけたまま、仲間二人を引き連れて牧場の柵を破った。しかし、彼が牛を追い立てるより先に、一人の青年が現れた。いちおう背後を奪ったにもかかわらず、青年はわざわざ泥棒たちに声をかけた。声は若く、柔らかく優しげだった。

 

「やあ、いい晩だね」

 

 牛泥棒たちは固まった。なんの気配も感じ取っていなかったのだ。

 

 青年は泥棒たちの手がそろそろと腰の銃に伸びるのを見て、ジンラミーに誘うような調子で続けた。

 

「勝負するかい?僕の方が早いけどね」

 

 宣言通り、彼は抜き打ちの三連射で泥棒たちの手から得物を弾き飛ばし、慌てふためいて逃げようとした私の持ち主は、柵に私を引っ掛けて危うく首を吊りそうになった。青年のコルトから放たれた4発目の弾丸が革紐を断ち切り、絞首刑を免れた粗忽者は、わめきながら一目散に走り去った。彼に二度と会うことはなかったが、噂では別の牧場を襲おうとして処刑されたらしい。

 

 牧草の上に落ちた私を、青年は少女のように白く小さな手で拾い上げた。月明かりが私に反射し、彼のふわふわした金髪と青い瞳、洋服箱から出てきたばかりのように整った身なりを順繰りに指し示した。上着の襟元には、花が一輪差してある。フロンティアのならず者が、花を愛でるなんて。

 

 青年は私の皮ひもを指にひっかけ、くるくると回しながら鼻歌まじりに牧場を横切り、一帶でも特に大きな屋敷へ帰還すると、暖炉前でテキーラのグラスを舐めていた雇い主に声をかけた。

 

「ダンストールさん! いい細工師を知らないかな?」

 

 翌日、細工師は私を鋳型で溶かして成形し、青年が自ら私の表面に十字架を刻んだ。

 

 そうして、私は「ビリー・ザ・キッド」の銃弾となった。

 

 

 

 それからというもの、ビリーはいつでも私をポケットに入れていた。最後に必要な幸運のひとかけら、と称して。鉛より比重の軽い私が実戦で活躍することは、もちろん彼も期待していなかっただろう。ビリーは一八歳の頃から神に祈るのをやめていた。神に散々祈ったのに、馬を賭けた射撃勝負に負けた時から。そんな彼が私をポケットに収めてくれていたことが、私は嬉しかった。

 

 

 彼がくぐり抜けてきた冒険の数々。ビリー・ザ・キッド全仕事。山脈のように連なった尾ひれ背びれを纏った「左利きの拳銃」の伝説について、私は誰よりも雄弁に語ることができる。薄暗い酒場で、いかにビリーが紳士として振る舞ったかについて。彼が挑んだ一世一代のロデオについて。彼が酒を酌み交わした、傷の数だけ悪名を積み上げてきたカウボーイたちの、愉快で刹那的な生き様について。

 

 ビリーが巧みな話術で刺客の拳銃から弾丸を抜きとり、反撃の三連射で額を撃ち抜いたエピソードは有名だろう。ビリーは、懐中時計を確認するようなさりげない一動作で銃を抜き、酒場の入り口からカウンターの向こうの酒瓶に弾を命中させることができた。それも、ほとんど同時に別々の三箇所へ。愛用の「サンダラー」は彼の手の中で、飼いならされた猫のようだった。すなわち、気高く愛らしくしなやかで、主人以外には気まぐれに鋭い爪を振るう猛獣。

 

 もっと神秘的な挿話が聞きたいならば、こんなのはどうだろうか。ある日の夕方、ビリーは友人の家に招待された。家の夫人は困っていた。蛇に噛まれて瀕死になった猫が床下に潜りこんでしまい、苦しみながら這いずり回っていたのだ。

 

 ビリーは友人たちをベランダで待たせ、自分は裸足になってゆっくりと家中を歩き回った。三十分間歩いたのち、彼は居間の一点にたどり着いた。ひざまずいて彼にしか嗅ぎ取れない匂いをそっと嗅ぎ、床下に向けて引き金を二回絞った。そして言った。

 

「奴は死んだよ、サリー。心配ないよ」

 

 もちろん、誰も床板を剥がす必要を感じなかった。慈悲深い殺し屋は、その晩カードで誰よりも勝った。

 




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