旅する銃弾   作:さいとし

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後編です。


後編

 伝説の終わりの始まりは、有名なリンカーン郡戦争だ。

 

地元を牛耳る二大勢力の全面抗争は、ビリーにとってすら一筋縄ではいかない鉄火場だった。銀細工師をビリーに紹介してくれた、敏腕実業家のダンストールは頭を撃ち抜かれて死んだ。ダンストール以外の多くの商人たちも殺され、さらに多くのならずものたちが死んだ。敵も味方も。

 

 戦場にあっても、ビリーは優雅に振る舞った。敵はビリーの射線上に自ら身を投げ出し、弾丸はことごとくビリーを避けて飛んだ。ビリーが笑顔を絶やすことはなかった。どんな緊迫した場面でも、彼の本心は謎めいた笑みの向こうから顔を出すことはなかった。ある男は、あの笑顔は生来の歯の並びによるもので、本人としては笑っているつもりはないのだと語った。私としては賛成できない意見だが、それが事実だったにせよ、ビリーを知る者たちが受ける印象は同じだった。

 

 

 敵対者たちは彼を恐れた。抗争がなし崩しの終わりを迎え、ビリーが所属していた「レギュレイターズ」が散り散りになってからも。私が幾多の戦場で見てきたのと同じ光景が繰り返されようとしていた。英雄の誕生を望むのと同じ回数、人々は英雄の死を望む。

 

 

 ビリーにとっての死神として選ばれたのは、パット・ギャレットという男だった。

 

 

 私以上にビリーを理解している唯一の存在。それがパット・ギャレットだった。何をビリーが愛し、何が嫌いで何を楽しむか。何を考えたがっているのか。太陽が東から西へ渡ることと同じように、ビリーの心はギャレットにとって自明のものだった。その逆も然り。ビリーとギャレットは、そんな関係だったのだ。

 

 ビリーは背が低く、ギャレットはのっぽ。派手好きのビリーに、玄武岩のように寡黙なギャレット。右利きのギャレットと左利きのビリー。二人は互いの鏡写しで、笑ってしまうくらいな凸凹コンビで、悲しいほどにそっくりだった。レディ・サリー・チザムは二人のことをこんな風に話した。

 

 

「ビリー。あんたは悪の中に善を持ってる。パットは善の中に悪を持ってる。あんたたち、どっちもいい男だよ」

 

 

 ただ一つ、ビリーとギャレットに違いがあったとすれば、ギャレットにはかつて妻がいたということだろう。フォートサムナーに現れる少し前、ギャレットは彼女を肺結核で失っていた。ビリーの知らない経験、生涯得ることのなかった秘跡。その存在を、ギャレットは最大限に利用した。ビリーは「妻のいる自分」のことなど、想像もできなかったのだ。

 ビリーを狩りたてることを決めた日、ギャレットは心の奥底に丁重に埋葬されていた妻の思い出を掘り出し、服を着せ、化粧を施して自分の寝台に招き入れた。それは、彼女を失った時に確かに死んだ彼自身の一部を、もう一度丁寧に殺し直すような行為だった。想像を絶する苦痛。だが、その苦痛のおかげで、ギャレットの心の動きはビリーに予想できないものになった。

 

 

 そうして、ギャレットはビリーを殺したのだ。

 

 

 その晩は暑かった。ビリーは上半身裸で酒を飲んでいた。場所は、馴染みのフォートサムナー。ビリーはしばらく前に保安隊に逮捕され、そして劇的な脱獄を果たしていた。フロンティアの人々は、法を破った彼をむしろ褒めそやし、彼が縛られた両腕で馬にまたがるのを助けたくらいだった。

 

 ビリーは様々な逸話を増やしながら逃亡を続けていた。誰もが、彼はまっすぐメキシコに向かうものと思っていた。ビリーはメキシコの人々が、酒が、音楽が大好きだったし、司法の手から逃れるには国境を越える他に方法はないはずだったからだ。実際には、ビリーは南に向かわず、縄張りをめぐる野良猫のようにフラフラと西部をさまよい、かつての友人たちの元を訪れていた。長い長い、会いたい人間のリストが尽きるころ、ビリーは最も危険なはずのサムナー砦に戻ってきた。

 

 彼との旅を続けていた私にも、その意図は読めなかった。あるいは、無法者の時代の終わりを鋭敏に感じ取っていたビリーは、自分自身の幸運を重荷に感じ始めていたのかもしれない。それでも幸運は彼に味方し続けていた。追跡者たちはメキシコ方面への街道に無益な網を張り続け、懐に潜り込んだビリーに気づかなかった。

 

 たった一人、ギャレットを除いて。彼はビリーの行動を完全に読んでいた。彼は、逸る同僚たちを尻目に、フォートサムナーの夜を蛇のように這い回っていた。ビリーが戻ってくることを確信して。

 

 

 友人宅での食事を終え、一人になりたくなったビリーはボトル一本を持って部屋に引き上げていた。雲が多い夜。高い空を走る雲がなんども月明かりを遮った。ビリーは私をつまみ上げ、明滅する月明かりに晒した。私の表面には、月とビリーの瞳が交互に映った。どちらも、凍った鳥の目にそっくりだった。別の部屋からはチザム夫妻と友人たちが食後の雑談を楽しんでいたが、それはまるで38万キロ向こうの出来事のようだった。

 

 やがて、ビリーは中身を半分ほど飲み干したボトルをサイドテーブルに置いた。何かつまむものを取りに行こうとしたのだろう。そして、枕がわりにしていた革ジャケットのポケットに私を押し込んで立ち上がった。 

 

 ビリーの銃は、ベッドの端でとぐろを巻いているガンベルトの中に収まったままだった。ビリーはややふらつきながら、半裸のまま部屋を出て行った。

 

 彼が、私と銃の両方を同時に手元から離したのは初めてだった。監獄に放り込まれ、縄に繋がれて州の裁判所に引きずられていくときでさえ、ビリーは私を隠し持っていたし、目ざとい保安官助手に私を没収された時も、脱出の前にわざわざ銃片手に保管室に立ち寄ってくれたのだ。

 

 私にもしも声帯があったなら、ビリーを呼び止めようと力の限り叫んだだろう。私は無力だった。いや、私自身に何らかの力があったことなど、これまで一度としてなかったのだ。

 

 

 世にも恐ろしい1分間ののち、廊下に銃声が響きわたった。のちの保安官たちの話では、ビリーの最後の言葉は「誰だ?」だったそうだ。のっぽで寡黙なパット・ギャレットは問いかけに答えず、ただ引鉄を引いた。正義の中に悪を持つ男。

 

 

 やがてギャレットが部屋に入ってきて、私の入ったジャケットを取り上げると、廊下に転がるビリーの死体にそっと被せた。保安官仲間の一人が、証拠としてビリーの指をナイフで切り取ろうとした。ギャレットは硬いブーツのつま先で保安官の顔面を蹴り飛ばした。私とビリーはそのまま詰所に運ばれ、確認といくつかの手続きののち、棺に納められてフォートサムナーの一角に埋められた。ビリーの友人たちは、誰も埋葬に立ち会えなかった。ライフルを持ったギャレットが、死神のように黙りこくったまま近くの木に寄りかかっていたから。

 

 

 

 土の下は久しぶりだった。自分を包む牛革のジャケットがゆっくりと朽ちていく中、私は今までの思い出を反芻した。過去の記憶を現在の知識で補完し、時系列を明確にして並べ直した。孤独な老人が、夜毎に書棚やスクラップの整理をするようなものだ。作業はやがて終わり、一連なりの物語が残った。メキシコの山から始まり、ニューメキシコの荒野で終わる物語。私は掘り出されることなど望んでいなかった。ビリーの冒険と同じように、私の物語もここで終わる。

 

 ビリーと過ごした日々は五年以下。私が人界を旅した期間の中では、ほんのわずかだ。長いフルコースの最後に添えられた紅茶。最後の和音。ラストの一ページ。けれど、その日々は私にとって他の何十万日よりも価値があった。あの、女海賊との旅と比べてすら。元貨幣が価値をどうこう言うのも妙な話だが。

 

 

 おやすみ、ビリー。私のガンマン。私の銃。私の月。私はやがて、考えるのをやめた。

 

 

 いつから私はそこにいたのか。前後の記憶は全くない。記憶力には自信があるのに。まるで人間が夢から醒めるときのように、私は意識を取り戻した。

 

 私は、またポケットの中にいた。よく手入れのされた、しなやかな牛革のジャケット。ここが土の中でないことは確かだ。私は掘り出され、誰かの手にわたったのだろうか。墓荒らしの手に渡るくらいなら、ぺちゃんこの記念コインになった方がマシだ。

 

「ちょっと待ってね、確かこのポケットに……。んーと。あった!」

 

 だが、私を探り当てたのは、私がよく知る指だった。白く小さな、少女のような指。ピアノの鍵盤を器用に叩き、ブーツの紐を素早く結び、無慈悲にサンダラーの引鉄を引く指。

 

 懐かしい、ビリーの瞳が私を見つめていた。好奇心と生きる歓びにきらめく、彼が一番生き生きとしていた時代の瞳だ。ふわふわとした金髪。洒脱な服装。そして、本心を隠す謎めいた笑み。

 

 ビリーの目の前には、東洋人の少女がいた。ちょっと珍しいくらいの赤毛に、山吹色の瞳。右手の甲には真紅のタトゥー。ずいぶんと変わった仕立ての白い服を着ている。彼女は開けっぴろげな笑顔で、ビリーの顔を覗きこんでいた。

 

 

 直感というものは、動物にのみ備わっているものだと考えていた。けれど今、私は生み出されて初めて理屈と推理をすっ飛ばして結論にたどり着いた。ビリーと私は、彼女に呼ばれたのだ。銅貨のようにありふれた人間でありながら、どんな金貨よりも尊い魂を持つ、この少女に。

 

 

 ビリーが、私を親指で弾いた。少女の手のひらに向けて。私は放物線を描いて飛んでいく。

 

 

 これまでありがとう、ビリー。私のガンマン。私の銃。私の月。

 

 かつて私は銀貨として、願いの媒体として200年を過ごした。今、再び私は願いを運ぶ。ビリーから少女へと。ビリーが彼女に分け与えることを望む、ありったけの幸運と共に。

 




 「おれは世界が絶えるまで、世界とともにある」


 ~『ザ・キッド、すべてを語る』 テキサス・スター 一八八一年三月号〜
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