白い砂浜に打ち寄せるさざ波。海風が磯の香りを運び、鼻を優しくくすぐる。半年前まで満州で国民党軍を相手に戦い、地平線を眺めていた俺にとってはかなり新鮮な景色であり、未だに飽きない景色だ。そんなため息が出る程に美しい景色を前に、俺は憂鬱な気分を乗せたため息を吐いた。
帝国が連合国に喧嘩を売ってから三年が過ぎた。開戦当初の破竹の勢いはとうの昔に失われ、本気を出した米国の圧倒的な工業力を前に皇軍は敗北を重ね、次々と島嶼を奪回された。聞いた話では周囲の島嶼もその多くが米軍の手に落ちたという。南方諸島の北、本土からそう遠く離れていないこの島も、米軍の手に掛かれば容易く攻略されてしまうだろう。なぜ仕掛けてこないのか、何かあえて生かしておく理由があるのだろうか。奴らの腹の底は窺い知れない。
しかし、黙ってやられるだけの我々では無い。以前より回数、量共にかなり減ってしまったが、少しずつ兵力は増強されており、島の地形を利用した洞窟陣地や特火点の構築が進められている。
俺は砂浜に背を向け、緑の生い茂る道とは言えない道を通って守備隊司令部の置かれている基地へと戻り始めた。
俺の悩みの種は中学生くらいの少女が「特別年少兵」という名目で本土から四人送られるということだ。しかも認識票も一人一人に専用のものが作られるという特別待遇で。なんでも、それぞれの父親が兵隊だったらしく、既に皆戦死してしまった為に他に身寄りの無かった彼女達は家業を継ぐが如く帝国陸軍に志願したと聞いた。学徒出陣でもここまで幼い者は採らないはずだが、何でこんな少女達が兵隊になれるのかと不思議に思って上官の大佐に聞いてみたら「担当官が彼女達の熱意に負けたらしい」と言われた。担当官が「ろりこん」とやらだったのは想像がついた。そして何よりそこまで幼年の者、しかも女子を駆り出さねばならないという絶望的な現実が悲しかった。
まぁそこまでは良かった。「珍しい事もあるもんだ」で済むからだ。問題は俺がその四人の小隊長に任命された事だ。
基地に辿り着き、兵卒達が忙しく動き回る間を通り抜けていく。併設されているすっかり飛行機の少なくなった寂しい飛行場を眺めながら自分の兵舎に入り、椅子に座って両肘を机に突き、頭を抱えて思案に暮れる。
子供は嫌いじゃないが敵の侵攻が始まればいつ死んでもおかしくない場所だけに彼女達を預かることに対してかなりの責任感を感じる。
その時、俺の思考を邪魔するように爆音が近づいてきた。窓を開けて飛行場を見ると、輸送機がちょうど着陸するのが見えた。よくまあ撃墜されずに辿り着けたものだ。そういえば、確か四人が到着する予定なのは今日なはずだ。そしてアレは今日最初で最後の輸送機なはず。つまり…。
ほどなくしてドンドンと兵舎の扉が叩かれ、予想通りに呼び出しがかかった。
「田村中尉、特別年少兵が到着しました。」
「今行く。」
返事をして気合いを入れる。これから俺は隊長だ。幼い彼女達に人殺しの術を教え込み、動じない心に鍛えあげなければならない。両手で頬を強めにパンパンと叩いて立ち上がり、彼女達の待つ飛行場へと向かった。
目の前に整列する四人の少女。俺が到着すると一丁前に立派な敬礼をしてきた。俺は答礼をして名乗った。
「俺が諸君ら、『特別小隊』の隊長を務める田村、階級は中尉だ。以後、宜しく頼む。まずは君達の名前と兵科を教えてくれ。」
まず名乗ってくれたのは一番右端にいた戦闘帽を被った長い黒髪の子。
「はい、私は谷村 暁よ。歩兵の訓練を受けたわ。宜しくね、隊長。」
言葉遣いをどうにかしろと思いつつも宜しく、と返す。
続いて暁の隣のこれまた戦闘帽を被り、眠たげな目をした長い白髪の子。
「山根 響だよ。狙撃と偵察の訓練を受けたよ。宜しく。」
ちょっと気難しそうだ。
次は茶髪っぽい肩ぐらいまでのショートカットに髪留めを付けた子。
「関 雷よ。機関銃の訓練を受けたわ。色んな仕事を任せてよね!」
言葉…もういいや。元気のある子だ。
そして最後に雷と似た茶髪を後ろで束ねた子。
「関 電なのです。衛生兵と機関銃の訓練を受けたのです。宜しくなのです。」
一番優秀かつまともなんじゃないだろうか。…ん?
「雷と電が同じ名字なのって…」
「私達は双子なのです。雷がお姉ちゃんなのです!」
「なるほどね。了解した。」
双子か。チームワークは抜群といったところだろうか。
「以後、君達のことは名前で呼ばせてもらう。他の部隊に同じ名字の奴がいた場合、混同してしまう恐れがあるからな。」
自己紹介が済んだところで彼女達を兵舎に案内する。前を歩く俺に四人がトコトコと付いてくる光景は、まるで遠足のようだった。―とんだ物騒な遠足だが。
「ここが君達の兵舎だ。今日から君達はここで共に寝起きし、同じ釜の飯を食う。手狭かも知れんが我慢してくれよ。」
「はい、質問!」
「なんだ、暁?」
「隊長も一緒なの?」
「安心しろ、俺は向かいの兵舎に居る。君達も見知らぬオッサンと一緒になんか居たくないだろ。そこは配慮してあるからな。」
三人が「そーなんだ」と言う顔をする中、響ただ一人だけがつまらなそうな顔をした。奴め、俺が寝ている間にでもイタズラを仕掛けようとしていたんだろうか。だが残念。そうは行かんぜ!…おっと、勝ち誇った様な笑みが表に出そうになってしまった。
「では、今日はこれにて解散。君達も長旅で疲れているだろう?ゆっくり休めよ。」
四人が各々返事をして兵舎に入って行く。俺も踵を返して自分の兵舎に入った。だが、響だけがすぐに兵舎に入らずに、俺をジッと見つめている事に俺が気付くことは無かった。
隊長はすぐに兵舎に入ってしまった。もっと長く隊長を見ていたい。もっと隊長の側に一緒に居たい。飛行場で初めて顔を合わせた時からずっと胸の高鳴りが収まらない。俗に言う一目惚れと言うやつなのかな。少し緊張して上手く話せなかった。元から人付き合いは苦手だけど、それ以上に取っ付きにくいと思われなかったかが心配だな。でも、これからはしばらく一緒に居られる。その間に良い所をたくさん見せて、振り向いてもらえるようにしよう。
「響はどこで寝るのですか?」
はっと我に返る。
「どこでもいいよ。余った所で構わないさ。」
「じゃあ私は真ん中ー!」
「あ、暁ずるい!じゃあ私はこっち!」
「お姉ちゃん速いのです!どこにしよう…」
結局、私の寝床は部屋の一番隅になった。…本当は隊長の兵舎がいいけど。
翌日。
俺は四人の兵舎の扉を開けて言った。
「全員、飛行場戦闘指揮所に集合してくれ。」
「何をするのですか?」
「部隊結成記念で写真を撮るそうだ。そうそう無い事だからな。」
飛行場に到着すると、駐機している一式陸攻の前に椅子が五つ並べられていた。左から暁、響、俺、雷、電の順に座る。
「緊張するのです。」
「そう硬い顔するなよ。もっと普通にしてればいい。」
目の前に三脚が立てられ、写真機が載せられる。撮影を担当する新聞社の従軍記者がニコニコしながらこっちを見て言った。
「撮りますよー。はいっ!」
従軍記者の呑気な声と共に写真が撮られた。
「現像したら皆さんにお渡しするので、楽しみにしてて下さいね。」
「早く見たいー!」
雷が待ちきれないといった風にはしゃぎながら言う。
「じゃあ楽しみに待ってますんで。宜しくお願いしますね。」
「出来るだけ早くしますよ。では。」
従軍記者は機材を素早く片付けて輸送機に乗り込み、飛び立って行った。
従軍記者を見送った俺は四人に向き直って言った。
「さて、午後から君達の射撃の腕を確かめさせてもらう。訓練の成果をしっかり見せてくれ。以上、解散。」
「了解。」
四人は返事を返し、兵舎へと戻り始めた。
俺は伸びを一つしてから標的に使う人の形に切られた木板を取りに倉庫に向かった。
倉庫の中で人数分、つまり四枚の木板を引っ張り出し、抱えて持ち上げようとした時、背後から声が掛けられた。
「手伝おうか?」
振り返るとそこには響が立っていた。
「驚いたな…手伝ってくれると助かるけど、割と重いぞ?」
「一枚なら私でも持てるよ。そうすれば隊長が少し楽になる。」
気難しそうな印象を抱いたが、割と優しい子じゃないか。そんな事を思いつつ、俺は響に一枚渡した。
「持てるか?」
「大丈夫。」
彼女は板を持ち上げ、頭の上に載せた。
「どこに運べば良いのかな?」
「ああ、海岸の砂浜に立てるんだ。付いて来てくれ。」
俺も三枚の板を頭の上に載せ、ついでにスコップを持って歩き始めた。
砂浜に着くと板を下ろしてスコップで砂を掘り、板を立て、再び砂を使って固定した。響が板を固定するまで支えてくれた為、非常に作業しやすかった。
「これで…よしっと。」
砂浜に四枚の板が立てられた。
「すまないな、響。大変だったろ?」
「これぐらいなら平気だよ。」
俺は顔色一つ変えずに平然と言う響の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「いや、本当にありがとう。助かったよ。」
「役に立てたなら、嬉しいな。」
そう言って彼女は少し俯いた。首を動かして横顔を窺うと、気持ち口角が上がっていた。
午後。
俺は四人を彼女達がそれぞれ本土から持ってきた銃を取りに行かせて、海岸近くに連れて行った。砂浜には午前中に立てた標的があった。
「これより実弾を用いた射撃訓練を始める。まずは暁からだ。」
「分かったわ。」
立ったまま九九式短小銃を構える。
「撃てっ!」
俺の号令で引き金が絞られ、ダンッという射撃音が響く。更に4発撃たせた。的を確認すると、胴体部分に二箇所穴が空いていた。二発命中。もう少し訓練が必要か。
続いて双子。九九式軽機関銃を伏せて構える。
「よーし、撃てっ!」
再び俺の号令で発砲。タタタタタッと銃声がして標的が傾く。確認してみると、二人ともかなりの命中率だった。腕は良さそうだ。
最後に響の番。九九式短狙撃銃を伏せて構え、狙撃眼鏡を覗く。
「撃て!」
俺の号令と共にダンッという銃声がして、標的の頭部が吹き飛んだ。素早く排莢し、もう一発撃った。二発目は標的の心臓部を正確に撃ち抜いていた。
かなりの腕の良さ。特に指導する事も無い。
「いい腕だな。その調子だぞ。」
「ありがとう。」
素っ気なく返されてしまった。やはり少し話しづらい。
「よし、暁以外は解散して兵舎に戻れ。暁はもうちょっと訓練を続けるぞ。」
「え!?何で私だけなのよ!」
「せめて三発は当てられるようにならなきゃまずいぞ?別にやらなくてもいいが、死ぬぞ?」
死ぬ、という言葉が効いたのか、暁は黙ってしまった。
「実戦になれば殺るか、殺られるかだ。ましてや相手は動き回る生身の人間なんだぞ?動かない的を狙って二発しか当てられん奴が動く人間相手に何発当てられる?言わずもがな分かるだろ?」
暁は俯いたまま黙っている。
「分かったか?おい。返事は?」
「…か…よ」
「しっかり返事!」
「分かったわよ!だからそんな子供みたいに扱わないでよ!」
「君が素直に指示に従えば、子供みたいな扱いはしない。さぁ練習だ。」
兵舎に戻る道中、私は跳ね回りたくなるほど嬉しかった。隊長が褒めてくれた。今日は隊長に良い印象を持ってもらえたに違いない。嬉しくてしょうがないのがバレないようにするのに精一杯で一言しか言えなかったのが残念だな。もっと会話が出来たかも知れないのに。しかし、暁が羨ましい。隊長と二人きりで居られるなんて…。私も隊長と二人きりになりたいのに…。
…なんだろう、この気持ちは。暁が羨ましいというより妬ましく思えてきた。そして何よりも、もし隊長が暁に傾いてしまったらと考えると、とてつもない不安を感じるのだ。隊長が私を見てくれない、そんな日々は間違いなく耐えられないだろう。そんな事態を回避するにはどうすれば?…もっと他の人より隊長に接して良い所を見せれば、きっと隊長は私を見てくれる。私だけを見てくれる…。
それから半年の間は訓練漬けの日々を送った。暁はもちろん、皆の腕は上達し、正規兵に勝るとも劣らない技量を身に付けた。この間に俺はある要請を上に行った。捕虜となり、軍事法廷に掛けられて死罪が言い渡された米兵を四人ほど送るように要請したのだ。今まで彼女達は的しか撃っていない。これでは実戦になった時に生身の人間を撃つことを躊躇う可能性が高い。彼女達には辛い思いをさせる事になるが、これも彼女達が生き残るためなのだ。
「特別小隊、銃剣、小銃、拳銃を持って集合っ!」
捕虜が到着するなり四人を招集した。もちろん彼女達には一言もこれからする事を教えていない。
基地裏の広場に立てられた丸太が四本。そこに憲兵が捕虜を一人づつを縛り付ける。
そこに着剣した小銃を持った四人が到着した。最初は訳が分からないという表情をしていたが、目の前にある物が何に使われるのかを察したのか、皆表情が硬くなった。
「君達は今まで的しか撃っていない。しかし実戦で対峙するのは的ではない。生きた人間だ。」
暁と電が見る見る内に青ざめていく。
「ここに軍事法廷で死罪が決まった捕虜を四人縛り付けてある。……後は分かるな?暁、お前からだ。」
弾かれたように暁の体がビクッと動いた。
「その銃剣でアイツの腹を刺せ。」
「……はい。」
おぼつかない足取りで捕虜の前まで出て行く。小銃を握る手が震え、ビッシリと冷や汗をかいているのがよく見えた。銃先で鈍く光る銃剣をゆっくりと捕虜に向け、小銃を腰だめに構える。銃剣を向けられた捕虜は鬼のような形像で暁を睨みつけている。互いの目線はガッチリぶつかったまま動かない。
「どうした?銃を向けるだけでは敵は死なないぞ?」
「む…無理無理っ!出来ない!」
「仕方ないな。響!暁と睨み合ってる奴を刺せ!」
響は無言で頷くと、捕虜の前まで進み出て小銃を構えた。そして…
「うらぁっ!」
鋭く突き出された銃剣は真っ直ぐに捕虜の腹を捉え、銃剣の血抜き溝から血が溢れ出た。獣の呻くような声が捕虜の口から漏れる。
「良くやった響。お前は優秀だな。さて、暁?やることは分かっただろ?」
暁は俺を一度見て、それから視線を捕虜に戻した。そして少し俯き、二、三度首をゆっくり振り…
「うあああああああっ!!」
狂った様な叫びながら小銃を突き出した。響の銃剣が刺さっているすぐ横に深々と暁の銃剣が突き刺さる。
「よし、引き抜け。」
二人が銃剣をズルリと引き抜く。血がピュッと飛んで暁の顔に少しかかった。だが、暁は血を拭おうとしない。彼女の視線はたった今まで捕虜の腹に埋まっていた鮮血の滴る銃剣に固定されていた。
「よく頑張ったな。下がれ。」
響は何事も無かったかのように平然と下がって、元いた場所に立った。
しかし、暁は動かない。
「暁?聞いているのか?下がってくれ。」
暁はビクッと体を震わせ、そのままの姿勢でじりじりと下がって元いた場所に戻ると、そこで糸の切れた操り人形のようにへたりこんでしまった。
「次は雷と電の番だ。できるな?」
「任せて!」
「えっ?えぇと…」
「大丈夫だ電。姉を手本にして同じようにやればいい。」
「でも…」
衛生兵だからか、人を傷つけるのは抵抗があるのかも知れない。
「いいか?その優しさは味方にだけ見せろ。敵に対しては常に冷酷になるんだ。」
「分かったのです。やって…みるのです。」
雷と電が二人目の捕虜の前に出る。捕虜は自分がどうなるのかを理解したらしく、縄から逃れようと暴れ始めた。だが、全く無駄な足掻きだ。二人は少し間をおいて呼吸を整え、小銃を腰だめに構えた。そして…
「えいっ!」
「はっ!」
二本の銃剣が捕虜の腹に突き立てられた。捕虜は身をよじってのたうち回ったが、傷口を広げるだけの無意味な抵抗だった。
「引き抜け。下がっていいぞ。」
雷と電が銃剣を恐る恐る引き抜き、戻って来る。捕虜の傷口からどっと血が溢れ出すのが見えた。
暁と響が刺した捕虜は既に絶命したらしく、だらりと頭を垂れている。コイツも時間の問題か。
「よし、いいぞ。よく頑張ったな。では次だ。」
俺は残り二人の捕虜の片方を指さして言った。
「ここから小銃でアイツを撃つ。構え!」
指さされた捕虜は大声で何かを喚き散らし始めた。やめろ、とでも言っているのか。
三人が立ったまま小銃を構える。一人、暁だけが座り込んだまま動かない。
「暁、お前は何で兵隊になったんだ?理由は知らんがこっちからすれば使えない兵隊はただのお荷物だ。すぐにここから出て行ってもらうぞ?まぁ子供には酷な仕事だからな。やりたくなければ無理はしなくていいんだぞ?」
暁がゆっくり顔を上げ、こっちを見る。その目には涙が今にも零れそうに溜まっていた。
「…やめて。子供扱いしないでよ…それに、私には他に居場所がないの。だから、捨てないで。」
「ならば立て。銃を手に取り、構え、そして奴を撃て。」
暁は弱々しく頷き、しかし、しっかりと小銃を握って立ち上がった。そして他の三人と同じように構えた。
「よし、よく狙え。撃てっ!」
銃声がすると同時に、撃たれた捕虜がビクンと仰け反り、頭が力なく垂れ下がった。命中の確認は行わない。敵に向けて発砲することが重要なのだ。
「いいぞ。最後に拳銃で残りの一人を撃て。」
最後の捕虜は泣き始めた。だが、全く意に介さずに四人が腰から南部十四年式拳銃を抜いて構える。
「よーし、撃て!」
最早誰も躊躇しなかった。タンッタンッと乾いた銃声が響き、最後の捕虜が頭を垂れた。
「良くやった。さて、響にはもうひと働きしてもらう。」
俺は九九式短狙撃銃を響に手渡した。
「四人の頭を狙撃してみせろ。」
「了解した。外さないよ。」
弾薬を装填し、伏せて構える。狙撃眼鏡を覗くその横顔は一人前の狙撃兵。
ダンッと銃声が響き、捕虜の頭が柘榴のように飛び散る。更に残りの三人にも一発で頭部に着弾させた。
「よろしい。素晴らしい腕前だな。実戦になったらその腕を遺憾無く発揮してくれよ。期待してるからな。」
「認めてもらえて嬉しいよ。これくらいならなんてこと無いさ。」
響は少し頬を紅く染めて嬉しそうに言った。その様子からはとても彼女が一撃で敵を確実に死に至らしめる狙撃兵には見えなかった。
「諸君、実によくやってくれた。これで実戦でも活躍出来る事だろう。後の処理は憲兵隊に頼んであるから、君達は兵舎に戻っていいぞ。」
「了解なのです。」
敬礼を交わして四人は広場を後にした。
その日の夜。
俺は響と雷を兵舎に呼んだ。不思議で仕方が無いことがあったからだ。
「お邪魔しまーす!」
「隊長の兵舎に入るのは初めてだね。それで、なんだい?」
「銃剣刺突の時や狙撃の時は相手の顔がハッキリ見えるだろう?なのに、どうして全く躊躇しなかったんだ?普通、最初は暁や電みたいに躊躇うはずだ。」
どうしてもこの一点が気になった。二人とも人命を奪う事に慣れているかのようだったからだ。
先に口を開いたのは雷だった。
「私は隊長に命じられた事をやっただけよ。任された仕事はキッチリこなすわ!」
そう言って雷ははにかんだ。その様子から見るに、きっと彼女は人から必要とされる事に飢えている。背負っているであろう暗い過去を垣間見た気がした。
「響は?」
「私は……」
響は少し考える素振りを見せ、再び口を開いた。
「私は、隊長の為なら何でも出来る。今日の事はその証明だよ。だから安心して。いつでも隊長は私が必ず守るからね。」
そう言い放ってから、響は微笑みを浮かべた。だが、無邪気に笑う雷とは違い、その瞳には光が宿っていなかった。
そう。私は隊長のためなら何だって出来る。隊長に振り向いてもらう為にも何だって出来る。敵を殺す事くらい容易い事だ。今日も隊長に褒めてもらえて嬉しかった。でも、そんな隊長の優しさに付け入ろうとする泥棒猫がいるかも知れないんだよ。…でも大丈夫。隊長は私が守るから。
「隊長?」
「響、どうした?」
「今日は…ここで寝ても良いかな?」
「あっ、私も―」
「却下。ダメ、ゼッタイ。早く自分の兵舎に帰りなさい。」
雷と共に自分達の兵舎に戻ると、暁と電が遅めの夕食を摂っており、机の上には私と雷の分も用意されていた。しかしその様子は通常の食事の様子とはかけ離れたものだった。電はどこか遠くを見ながら少しづつ、淡々と御飯を口に運んでは咀嚼して飲み込むという動作を機械的に繰り返し、一方の暁は箸も持たずに椅子に座ったまま俯いている。彼女の視線は今日初めて人の命を奪ったその手に注がれていた。
「…あ、お帰りなのです。」
機械的に手を動かしていた電が手を止め、こちらを向いてボソリと言った。
「ただいま。」
私は形ばかりの応えを返すと椅子に座って箸を持ち、いつも通りの食事を始めた。
雷は暁の隣に行くと、俯いている暁の顔をしゃがんで窺った。しげしげと観察し、それから立ち上がって彼女に言った。
「元気ないわね…そんなんじゃダメよ!」
しかし暁は俯いたまま動かない。それを見かねた雷はさらに続けた。
「どーしたのよ?何か考え事?」
ゆっくり暁が顔を上げた。虚ろに開かれた瞳からは生気が感じられなかった。そして彼女は微かな声を漏らした。
「…どうして?…どうして雷と響は平然としていられるの?」
名前を出された私は箸を止め、雷は首を傾げた。
「何の事?」
「あなたは今日、自分が何をしたか分かっているの!?人殺しよ!ひ・と・ご・ろ・し!!」
突如として半狂乱になった暁の叫びが兵舎に響いた。
「怖くないの!?私は怖くて怖くて仕方が無いのよ!!…それなのに、二人とも、そんなに平然と…。」
暁の声は次第に勢いを失い、最後には泣き出した。
私は椅子から立ち上がり、暁の隣へと近付いた。雷が一歩後ろに下がって場所を譲った。暁の隣に立つと、私は口を開いた。
「隊長の言ったことが理解できないの?」
「…隊長の言ったこと?」
「そう。隊長の言ったこと。使えない兵隊はただのお荷物。…分かるよね?」
「…それは分かるわ。」
「隊長は命令を出し、私達は従う。それが軍隊。だから私は従ったまで。別に人殺しを怖い事とは思わない。」
隣に並んだ雷が大きく頷く。
「私もそう思うわ。」
私は続けた。
「だから、これからは怖いと思っては駄目。実戦になれば相手は私達を殺しに来る。ならば、殺される前に殺すまで。…死にたいなら話は別だけど。」
「そんな、死にたいなんてとんでもないわ!」
「でしょ?だから私は平然としている。…分かった?」
「…うん。」
泣き腫らした目をこちらに向けながら、暁は頷いた。その顔には彼女なりの覚悟が感じられた。
「とりあえず御飯を食べよう。私もお腹が減ってるんだ。」
私は暁から離れ、自分の席に座って再び箸を持った。ふと電を見ると、彼女もさっきの話を聞いて覚悟を決めたのか、いつも通りの食事に戻っていた。
正直、平然としている理由を教えてやりたくなかった。なぜなら、暁や電がしっかりしてしまうと隊長がそっちに目移りするかも知れないと考えたからだ。しかし放置すれば実戦で役に立たない上に、隊長を危険に晒すことになる可能性がある。後の憂いの芽は摘み取っておかねばならない。私が危険な目に遭うだけなら構わないが、隊長となれば話は別だ。
…全ては、隊長の為に。
翌朝。
いつものように招集をかけて訓練を始めようとした時、俺を呼ぶ聞き覚えのある声が聞こえた。
「田村中尉、田村中尉は居られますかー!」
「はーい、こっちですよ!」
姿を現したのは写真を撮ってくれた従軍記者だった。
「お久しぶりです。今朝の輸送機で来たんですよ。現像できたので、お渡しに参りました。はい、これ。」
「ああ、ありがとうございます。どれどれ…。」
渡された写真を見てみると、俺以外の四人は硬い表情で写っていた。変に緊張した面持ちが少し面白い。
「いや、よく写っていますね。五枚、確かに受け取りました。おい、皆の分だぞ。」
「ちょっと変な顔になったわね…。」
「これは、流石に恥ずかしいな。」
「私は面白くていいと思うなー。」
「お姉ちゃんは感覚がオカシイのです。」
口々に感想を言いつつ、丁寧に折って軍隊手帳に挟み込む。俺も軍隊手帳に挟み込んだ。
従軍記者にもう一度礼を言って別れようとしたその時、けたたましくサイレン―空襲警報が鳴り響いた。
その場にいた全員がパッと空を見上げたが、まだ敵機の姿は見えない。
「遂に始まったか…。皆、防空壕に入れ!急ぐんだ!記者さんも早く!」
「いえ、私は勇敢に戦われる皆さんの姿を銃後の国民に伝えなくてはなりません。」
「…そうですか。では、お気を付けて。皆、行くぞ!」
従軍記者と別れ、四人を連れて防空壕に急ぐ。その脇を高射砲や機関砲、海軍戦闘機の人員が俺達とは逆方向に駆け抜けて行く。
俺達が防空壕に避難して間もなく、ドスン、ドスンと気味の悪い炸裂音が聞こえ、地震のような揺れを感じ、壕の天井から土がパラパラ落ちた。
「怖い怖い怖い怖い怖い…」
うわ言のように呟き続ける暁。その体は俺にピッタリと押し付けられ、彼女が震えているのがよく分かる。
考えてみれば、これが彼女達の初めての実戦だ。敵から命を狙われる感覚というのは当然ながら恐ろしいもので、俺も初めての実戦では塹壕に隠れたまま、じっと支那兵の攻撃が止むのを待ち続けた覚えがある。暁が震えるのも無理な話ではない。
俺は困惑しつつも安心させようと取り敢えず頭を撫で続けてやった。
他の三人は割と冷静にじっとしているが、何故かこっちを見てくる響の視線が少し痛かった。
「空襲警報解除、解除!」
そっと壕から頭を出すと、なかなかに酷い有様が目に飛び込んで来た。飛行場が攻撃目標だったのか、滑走路は穴だらけにされていた。それだけではなく、俺や四人のは無事だったが、兵舎も何棟か吹き飛ばされていた。
「電は負傷者の救護に回れ!残りは俺と一緒に片付けに行くぞ!」
指示を出すと電は素早く駆け出して行った。俺達は建物の残骸の取り壊し、負傷者の搬送、そして戦死者の埋葬を手伝った。特に埋葬は見るに耐えないもので、爆撃を受けたせいでバラバラになったのか五体満足な遺体が少なく、誰のものか分からない手足は一つの大きな穴に放り込んだ。途中、あの従軍記者が無残な姿になっているのを見た。避難していれば助かったものを…。
焦げ臭さと肉の焼けるような臭いが充満する中、半べそをかいている暁と対照的に響と雷は淡々と仕事をこなしていった。
一段落ついた頃には既に日は西に傾き、空を赤く染めていた。俺は四人を集めて言った。
「ご苦労だった。今日は見るに耐えない光景を多く見ただろう。しかしながら敵が上陸すれば、戦死者や負傷者の回収は困難になる。助かる者も助からず、屍は酷暑の中で腐り、腐臭を辺りに漂わせる。今回は生きて凌げたが、いつ死ぬか分からん。常に緊張感を持ち、慎重に行動しろ。取り乱すなどもっての外だ。そして例え死に直面したとしてもなお生きようともがけ。自決は禁止だ。死んだ兵隊はただの肉の塊だからな。…忘れるなよ。」
四人が頷き、俺も頷き返す。
「あー、それから電。今日はお前が一番頑張ってたな。お疲れ様。」
突然言われた電は頬を紅潮させて否定した。
「そっそんなことないのです!」
「いや、負傷者の手当を頑張っただろう?君の働きで何人もの命が救われたんだ。仕事とはいえ、もっと誇っていいことだぞ。」
「そうですか…?えへへ、ありがとうなのです。」
そう言って電ははにかんだ。今日初めてみる彼女の笑顔だった。
「よし、いいだろう。皆、兵舎に帰って体を休めてくれ。本当にご苦労だった。」
四人が兵舎に向かい歩いていく。その後ろ姿は子供だが、最初の頃に比べれば大分大人びて見えた。
彼女達の後ろ姿を眺めていると、大佐が通りかかった。
「おお、田村!無事だったか。」
「大佐殿!ご覧のように、しっかり足はあります!大佐殿こそご無事で!」
「うむ。君の小隊は?」
「はっ、無事であります。負傷者も居りません。」
「そうか、無事で何より。何でも優秀なのがいるらしいからな。損失は痛手だ。」
「大佐殿、お言葉ですが『優秀なのがいるらしい』ではなく『全員優秀』であります。」
「そうかそうか!何しろ、君が手塩にかけて育てた自慢の部下だからな。…だが、あまり大事にし過ぎるのも良くないぞ。」
そう言って大佐はまた歩き出した。俺は大佐の最後の言葉の意味が分からなかった。気がつけば西日はその姿を完全に水平線の下に隠し、空には星が瞬き始めていた。
「帰るか。」
誰にでもなく呟き、俺は兵舎へと向かった。
空襲の中、私は落ち着いていた。ここに爆弾が落ちれば皆一緒に死ぬ。隊長と一緒に死ねるなら、それも悪くないなと思った。それよりも暁が気になった。隊長にピッタリと体を寄せ、震えているアイツは、怯えている振りをして隊長に優しくしてもらおうと思っていたに違いない。なにしろ、昨日あれだけ言って分からせたのだから。許せない。隊長も困り顔だった。本当ならその場で絞め殺してやりたいところだったけど、我慢して代わりに睨みつけてやった。隊長にはあの女の臭いが付いたままだ。すぐにでも消さなくては。それに、電を褒めたのも気になる。私から目を逸らしたら許さない。
コンコンと兵舎の扉が叩かれた。
「入っていいぞ。」
扉を開けて入って来たのは響だった。
「夜中にすまないね。」
「お、どうした…うおっ!」
急に強く抱きついてきて、ピッタリと体を押し付けてくる。まるで昼間の暁だ。そして混乱の極致に放り出される俺。
「ななな何だ、何かあったのか?」
響は上目遣いにこっちを見て言った。
「少し寂しくなってね。…もう少し、こうしてても良いかな?それとも私じゃ嫌、かな?」
「嫌なんて言わないさ。俺で気が紛れるなら構わないが…。その、いつもの調子と違う気がしてな。少し驚いただけだ。」
と言うか誰でもあんな事言われたら嫌なんて言えないだろ、と密かに思う。
「そう。…ありがとう。」
響はまた顔を俺に埋めた。
それから五分くらい、響は離れなかった。
私は隊長の兵舎の扉を叩いた。
「入っていいぞ。」
心地よい隊長の声が聞こえた。私は扉を開けて中に入る。
「夜中にすまないね。」
なんとか声を出したものの、もう我慢出来なかった。
「お、どうした…うおっ!」
私は隊長に抱きつき、体を押し付けた。密着し、人肌の温もりと隊長の匂いを存分に堪能する。しかし、やはりあの女の臭いが微かに感じられた。
「ななな何だ、何かあったのか?」
私は隊長を見上げる。焦っている顔がちょっと可愛い。
「少し寂しくなってね。…もう少し、こうしてても良いかな?それとも私じゃ嫌、かな?」
嫌われてないかな?と不安になった。
「嫌なんて言わないさ。俺で気が紛れるなら構わないが…。その、いつもの調子と違う気がしてな。少し驚いただけだ。」
その言葉で安心した。それに、私はいつもと調子が変な訳じゃない。隊長に付いたあの女の臭いを消しに来ただけだから。
「そう。…ありがとう。」
そう言って私はまた隊長に顔を埋めた。まだあの女の臭いがするが、すぐに私の匂いに消されるだろう。
私は五分ほどじっくり時間をかけてあの女の臭いを消し、隊長の温もりと匂いを満喫した。
「ありがとう、隊長。お陰でだいぶ落ち着けたよ。」
「そりゃ良かった。もう大丈夫か?」
「うん。それじゃ、戻るね。」
「ん。何かあったら相談に乗るからな。いつでも来いよ。」
「ありがとう。」
響は向かいの兵舎に戻って行った。
それから一週間もの間、連日熾烈な空襲が行われた。その度に俺達は防空壕に釘付けになり、幾度も片付けをした。しかし頻度を増す空襲についには片付けが追い付かなくなり、飛行場は瓦礫の山のまま放置された。対空火器もその殆どが破壊され、最早有効な迎撃が行えないと判断した守備隊司令部は来るべき敵の上陸に備え、僅かに残っている兵器を地下壕に移した。
そして運命の朝。
「敵上陸船団が南海岸に接近!水平線いっぱいに押し寄せて来てますっ!」
遂に敵の大艦隊がやって来た。海軍は何をやってるんだか。
空襲よりも更に熾烈な艦砲射撃が雨のように降り注ぎ、南海岸近くの密林は特に徹底的に焼き払われた。また、食料庫も直撃を受けて破壊され、長期戦が不可能となったのも痛手であった。
一時的に艦砲射撃の止んだ隙に俺達を含む守備隊は大急ぎで各陣地に向かう。特別小隊は南海岸を一望できる高台にある、巧妙に擬装された陣地に配置された。
「いいか、訓練と同じように落ち着いて狙うんだ。可能な限り無駄弾を撃つなよ。」
「了解。」
全員が銃を構えて海岸線を睨む。既に味方の砲撃が始まっているが、押し寄せて来る敵にいくら撃ち込んだところで焼け石に水といった感じだった。
敵上陸用舟艇が海岸に到達、中から大量の歩兵が吐き出された。敵の注意は海岸正面の陣地に向いている。
「撃ち方始め!存分に痛めつけろ!」
俺の号令で一斉に射撃が開始される。俺と暁は小銃、雷と電は軽機関銃、響は狙撃銃だ。電は一度弾倉が空になるまで撃つと軽機関銃を脇に立てかけ、雷の軽機関銃の装填をするようになった。
突然、轟音が響いて海上に火柱が立ち上った。目を凝らすと駆逐艦と思しき敵艦が艦尾から沈んでいくのが見えた。海岸砲が直撃弾を与えたのだ。
「凄い!」
「一撃なのです!」
歓声が上がり、士気が高まる。
「重砲に負けてられないぞ!歩兵をできる限り潰すんだ!」
「了解!」
俺達の攻撃がどれ程有効だったか分からないが、持ち込んだ弾薬を全て消費する勢いでしばらくそこから撃ちまくった。こちらの位置がバレたらしく何発か近くに砲弾が撃ち込まれたが、こちらは全くの無傷だった。海岸正面の陣地は壊滅したらしく、敵の動きが滑らかになり、後から後から増援が吐き出されていく。
このままここにいれば更に敵に損害を与えられるが、砲撃の的になる可能性が高くなる。撤収すべきだろうか?
1.撤収する(「太刀風 A」へ)
2.まだ撤収しない(「太刀風 C」へ)
最後までお読みいただきありがとうございます。
キャラとして第六駆逐隊の面々を用いただけと言っても過言ではないものですが、お楽しみ頂けたでしょうか…?
最後にルート分岐を設けました。どちらかお選びいただき、今後投稿する「太刀風A」もしくは「太刀風C」に進んでいただければ幸いです。
ご意見ご感想、お待ちしております。