太刀風   作:mofu mikuro

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「太刀風」で「2.まだ撤収しない」を選択後、「太刀風 C」の最後で「1.洞窟陣地へ」を選択した場合の続きです。
「太刀風」「太刀風 C」をお読みになっていなくても大歓迎ですが、目次から「太刀風」「太刀風 C」をお読み頂ければ幸いです。


太刀風E

1.【洞窟陣地へ】

 

 

 

いや、洞窟陣地に行こう。あそこなら、ゲリラ戦で敵を翻弄できるかもしれないし、立て篭るにはもってこいだ。

「よし、これから洞窟陣地に向かう。しばらくそこで立て篭るぞ。」

「了解。」

俺達は洞窟陣地目指して歩き始めた。

 

 

きつい登山の末、その日の夕方に洞窟陣地に到着し、適当な洞窟に入って荷物を下ろした。

「皆、ご苦労だった。疲れただろう?ゆっくり休んでくれ。俺はその辺を見てくる。」

響が立ち上がった。

「隊長一人は危ない。私がついて行く。」

負けじと雷も立ち上がる。

「いや、私がついて行くわ!」

二人が互いを睨み、険悪な雰囲気が漂い出す。

「おいおい、止めてくれ。仲間内で争ってる場合じゃないんだ。…よーし、そんなに元気があるなら二人はそれぞれ手分けして使えそうな物を探して来てもらおう。」

二人の表情が凍りついた。

「一人で探し回るのかい?隊長が一緒じゃなくて?」

「私一人で見てくるの?一人で?」

「あーそうだ。」

どんだけ俺と一緒がいいんだお前らは。自立しなさい。

俺は諦めて休んでくれる事を期待したのだが…。

「いいわ!私に任せて!」

「は?」

「うん。探して来るよ。」

「へ?」

何でこうなるかな…。ま、助かるから良いけど。

「では任せたぞ!暁と電は休んでいていいからな。」

「了解なのです。」

「でも、ちょっと申し訳ないわ。」

「お、暁は優しいな。じゃあ参加するか?」

「いやぁ…それは…。」

「だろうな。だから休んでいてくれて構わないって。」

「了解よ。」

「んじゃ、行ってくるぞ。」

雷と響を見送ってから二人を残して洞窟を出た俺は、まず司令部のある洞窟を探した。

途中、強烈な腐臭が漂う洞窟を見つけた。中を覗くと蝿や蛆に集られた負傷兵の遺体が何十と寝かされていた。恐らくは野戦病院だったのだろう。特筆すべきは彼らが皆、見るに耐えないほど身体を損傷していた事、そして手榴弾の安全索がそこら中に落ちていた事だ。やはり負傷兵が自決したという話は本当だったのだ。

吐き気を堪えながら野戦病院を離れ、再び司令部を探す。一つ一つの洞窟を見て回り、殆ど最後になってからようやく司令部を発見した。

手間かけさせやがって、と悪態をつきながら中に入る。辺りを見回すと、ぐしゃぐしゃに丸められた紙が落ちているのを見つけた。

「何だ、これは。」

拾い上げて広げてみると、それは大本営からの電文だった。長々と書かれているが、要約すれば「増援は遅れないから自力で頑張れ」という内容だった。早い話、見捨てられたのだ。

俺は紙を再び丸め、苛立ちに任せて適当に投げ捨てた。

他に何かないかと探してみたが、これといってめぼしいものは無かった。司令部は山の頂上付近に位置しており、そのすぐそばに海式双連機関砲(海軍に言わせてみれば九六式二十五粍連装機銃)が無傷で残存しているのを見つけたが、撃ったところで的になるだけだろう。

 

 

 

すっかり日が暮れて星空が広がる頃に元の洞窟に帰り着いた。既に暁と電は眠りについており、雷と響も収穫を得て戻っていた。…俺だけ無駄足だったのか。

二人が集めた物を見てみると、どこに残っていたのか、わずかながらの糧食や医薬品を始め、手榴弾や破甲爆雷に各種弾薬もあったが、その中に一際目を引くものがあった。

「おい、これは誰が持ってきたんだ?」

指さしたのは長大な銃、「九七式自動砲」だ。

元気よく雷が手を挙げた。

「はーいっ!凄いでしょ!?」

「お、おう…。」

俺が驚いたのは雷の腕力である。九七式自動砲は五十キロもの重量があるのだ。それを運んでくるとは…。

「そんな物を持ってきても使えるのかい?」

響がまた喧嘩に繋がりそうな発言をした。

「おい、やめろ。また喧嘩をするつもりか?」

「何だい?私は率直な感想を言っただけだよ。」

そう言いながら雷を睨む響。雷のことが余程嫌いなのだろうか。

「で、響は何を持ってきたんだ?」

途端に響が目を輝かせながら成果を披露し始めた。

「そこの糧食、弾薬、それから医薬品だよ。これだけあれば少しの間は大丈夫だ。」

ニヤリとしながら俺を見る。その顔には「褒めて」と書かれていた。

「確かに有用な物資だな。良くやったな。」

…ん?ということは、雷が持ってきたのは…。

「雷は他に何か見つけてきたのか?」

「無いわよ!」

誇らしげに胸を張る雷。全然誇らしくないんだが…。

「あー…、その、何か凄そうな物を持ってきたら、褒めてもらえるかなーって思って…。」

俺の微妙な表情に気付いた雷が慌てて弁明を始めた。だが、弁明したところで何かが増える訳では無い。

「努力は認めよう。…もう少し考えような。」

シュンとして肩を落とす雷に響が近付いて囁いた。

「決着、ついたね。」

雷が拳を握るのが見えた。

「え?勝負してたのか?」

「そうだよ。どっちが隊長に相応しいか、ね。より多く褒めてもらえた方の勝ちなんだ。」

「相応しいって…。」

俺は驚かされた。まさかそんな勝負をしていたとは。

「ふふっ。驚いた?でも、もうこんな事はしないよ。だって決着がついたから。…私の勝利。」

響が勝ち誇ったように宣言した瞬間、雷は洞窟の出口に向かって駆け出した。

「おいっ!何処に行くんだ!」

慌てて追いかけようとした俺は響に腕を掴まれた。

「放せ!早く連れ戻さないと!」

「放っておけばいいじゃないか。そんなにあの負け犬が大事なのかい?」

「うるさいっ!部下である以上は俺が責任を負うんだ!アイツの身に何かあったら…!」

「雷は脱走、以降行方不明。それだけのことだよ。…それとも今から追いかけて見つけるかい?」

ニヤリと口元を歪ませる響。殴り倒したくなる衝動をどうにか抑え、深呼吸をして冷静になる。確かに今から追いかけても見つけるのは難しいだろう。彼女の事だ。しばらくすればきっとまた戻って来るだろう。俺はその一点に希望を託した。

 

 

それからは穏やかな日々が続いた。喧嘩をするでもなく、戦う事もなく。ただ、姉の脱走を知った電が塞ぎ込みがちになったのが気がかりだった。

 

 

 

雷がいなくなってから二週間が経とうとした頃、遂に米軍の手が洞窟陣地にまで及んだ。

見張りについていた響が戦車を含む米兵の一団が接近して来るのを発見。武器を持って二つの特火点に俺と響、暁と電で分かれて入って迎撃したのだが…。

「隊長、もう無理だ!撤退しよう!」小銃を撃ちながら響が叫んだ。

多勢に無勢。戦車を擁する敵に押し込まれ、洞窟陣地を捨てる他なくなっていた。

「よし、撤退だ!響、向こうに合図を送れ!」

「了解!」

機銃弾が雨のように叩きつけられる中、響が手を振って暁達に合図を送る。向こうも手を振るのが見えたその瞬間、プロペラが奏でる爆音が近付いて来た。

「爆撃だっ!伏せろ!!」

言い終わらない内に向こうの特火点が轟音と共に吹き飛んだ。

「暁っ!電っ!」

叫んで呼びかけるも、もうもうと立ち上る爆煙からは誰も出てこない。

「畜生っ!!クソ野郎!!」

「隊長、あれじゃ助からない!行こう!」

響が俺を引っ張る。俺は込み上げる涙と怒りを止める事はできなかった。

「お前だけ行け!あのアメ公に一矢報いてやる!!」

「やめて!落ち着いて!」

響に胸倉を掴まれ、彼女の顔の近くまで引っ張られた。彼女の瞳は真っ直ぐに俺の目を捉えて放さなかった。

「隊長は前に『生きようともがけ』『死んだ兵隊はただの肉の塊』って言ったよね?なら、向こうは諦めて!私達は、まだ生きてる!」

戦車砲が撃ち込まれ、壁に穴が空けられた。コンクリートの破片を浴びながら響は続けた。

「だから自殺行為はやめて!最期まで生きようともがいて!!」

その瞬間、俺は自分の中で煮えたぎる怒りが冷やされ、鎮められていくのを感じた。冷静な思考が復活し、働き始める。

「…そうだったな。すまない。」

「謝るのは後で!早く逃げないと!」

俺は完全に現実に戻った。見れば既に特火点の壁は破壊され、いつ米兵が突入して来てもおかしくなかった。

「よし、行こう。北に向かうぞ!」

二人で特火点の出口から出てジャングルの道無き道に飛び込み、駆け出した。

 

 

 

「響から合図っ…敵機なのです!」

思えば、手を振りかけた電のその一言が全てを分けたのかもしれない。迫る飛行機の爆音。私は咄嗟にその場に伏せ、目を閉じた。直後、轟音が耳朶を叩き、強烈な爆風を浴びた。同時に耳がプツンと音をたてて聞こえなくなった。コンクリート片と思しき固い破片が体に当たる中、恐る恐る目を開けた。赤黒い鼻血を流す電の顔がすぐ目の前にあった。そこから視線を動かして、違和感を覚えた。電の体が無かった。

「嘘…。」

そう呟いた。呟いたつもりだ。自分の声すら聴こえない。

何と皮肉な話なことか。私は彼女のお陰で助かったのに、危険を知らせた張本人は助からなかったのだ。

…どれくらい経っただろうか。十分、二十分、あるいは一時間かもしれない。突然電の頭が誰かに持ち上げられて視界から消えた。首だけ動かして上を見ると、敵が目の前にいた。米兵はしげしげと電の頭を観察し、私に視線を投げた。

「殺せば?」

そう発言する時と同じように声帯を震わせた。戦陣訓曰く、生きて虜囚の辱めを受けず。戦死するなら大歓迎だ。

しかし目の前の米兵は小銃を背負い、電の頭を置くと、手を差し伸べてきた。一瞬の躊躇い。心の中で生存本能と軍の教えがせめぎ合い、そして生存本能が勝った。

私は手を伸ばして米兵の手をとった。彼の手は日本人より幾分大きかったが、日本人と変わらない優しさを感じた。心がスッと軽くなり、私は立ち上がった。

手を引かれながら特火点の外に出ると米兵の集団がいた。写真機を持った一人が近付いて来て写真を撮ったが、気にしなかった。

――助かった。

その一言が私の心に広がった。

 

 

 

俺は響を連れてひたすら北に進み、遂に北岸に達した。雨風の凌げる岩穴を見つけ、そこを二人の家とした。最早逃げる場所も無い。ここが自分の墓になるのだ。

「隊長、魚が釣れたよ。今晩は安泰だね。」

響が小銃を利用した釣竿を肩にかけながら片手に釣果を手にして言った。

洞窟陣地に物資を置いたまま来てしまった為、食料や弾薬が完全に欠乏していた。食料は魚を釣ればどうにかなりそうだが弾薬はどうしようもなく、戦うとなれば軍刀と銃剣だけしか無い状態だ。

「なあ、響?」

「なんだい?」

「ここでいつまで生きていられると思う?」

ここに着いてから何度となく繰り返した質問だった。

「分からない。でも隊長が死んだらすぐに後を追うからね。絶対一人にはしないよ。」

この答えも質問の数だけ繰り返された答えだった。

「生きろって言ったろ?」

「隊長がいなければ生きている意味も無い。」

相変わらず響の意見は変わらなかった。ここで以前ならよくよく言い聞かせてやるところだが、最近は俺も考えが変わった。彼女がそんなにまで想ってくれているなら、それでいいんじゃないか。そんな考えをするようになった。

毎日が穏やかに過ぎていく。いつまでもこうしていたい。俺は心から、そう願った。

 

 

 

海が見えた。

隊長の元を離れてからどれくらい経っただろうか。米兵を見かけては逃げる事を繰り返し、私は島の北岸に辿り着いた。隊長のいない日々はとても心細く、離れてみて、隊長が私にとって絶対に必要だとよく分かった。今はどこにいるだろう?でも、生きていれば必ず北岸に追い詰められているはずだ。また一緒になれたら、もう二度と離れない。離さない。

気がかりなのは響の存在だ。まだ隊長の傍にいるのならば、今度は実力行使で消す。他は…追い払うだけにしてあげよう。もし噛み付くようなら消すけどね。

 

 

 

夜。

俺は物音で目を覚ました。体を起こすと小銃釣竿を持った響が見えた。

「釣りに行くのか?」

「あ、起こしてしまったね。すまない。今日は昼間にあまり釣れなかったからね。」

こうして響が夜釣りに出るのも度々あることだった。明け方に帰って来て、朝食に新鮮な魚に舌づつみを打つのだ。

「すまないのは俺の方さ。いつも悪いな。」

「気にしないで。隊長がいてくれる事が私の幸せ。全て私がやるから、隊長はそこにいてくれればいいんだ。」

「…そうか。お前が良ければ良いんだ。気を付けて。」

「うん。行ってくるよ。」

岩穴を後にする響。彼女を見送った俺はもう一眠りする事にして、目を閉じた。

 

 

 

穏やかな波の打ち寄せる岩場。薄雲のかかった半月の弱い明かりを頼りに、足を滑らせないように進む。そして岩場の突端に腰を下ろして釣り糸を垂らそうとした時だった。

「見つけた。」

背後から声が掛かった。小銃を手放し、振り返りながら腰に提げた銃剣を抜いて構えた。

「隊長はどこ?」

生意気にも隊長の居場所を訊いてきたのは、すっかり記憶から消し去っていた行方不明者だった。

「雷…!」

口にするにも禍々しい名前。その名を持つ女が目の前に立っていた。

「あれから電と暁はどうしたの?」

「…電と暁は死んだよ。君こそ生きていたとはね。」

妹の死を悲しむ素振りも見せずに雷は笑みを浮かべた。

「私は隊長と一緒じゃなきゃ絶対死ぬのは嫌よ。で、隊長は?」

「生きてるよ。言えるのはそれだけ。」

「…手荒な真似はしたくないのよ?素直に喋って欲しいのよね。」

二歩近付いて、雷は付け足した。

「ほら、早く。」

苛立たしげに急かしてくる。当然教えるやる訳がない。代わりに猶予をくれてやった。

「…行方不明者は姿を見せるべきではない。いなくなるなら今の内だよ?」

雷は溜息をついて、言った。

「埒が明かないわね…。こうなったら実力行使ね。」

腰から銃剣を抜き、身構える雷。

一瞬の静寂。次の瞬間、雷は岩場を蹴って駆け出した。あっという間に距離を詰め、真っ直ぐ私に斬りかかった。私は咄嗟に銃剣でこの初太刀を受け止めると、力の限り雷を押し返して突きを繰り出した。雷は身を翻して突きを躱すと、その勢いを利用して首の高さで銃剣を横に薙いだ。私は最小限の動きでそれを躱すとすかさず雷の頭を狙って素早く蹴りあげた。狙いは僅かに逸れ、肩に爪先が食い込む。もんどり打って倒れ込んだ雷に飛び掛り、首を狙って銃剣を振り下ろす。が、体を捻って躱され、銃剣が岩を打ち、火花が散った。銃剣を伝ってきた衝撃に手が痺れた一瞬に腹に蹴りをかまされ、岩場を転がる激痛に息が詰まる。直後、視界の端にキラリと光る物を認め、横に転がって避けた。一瞬前まで自分のいた場所を雷と彼女の銃剣が突き抜け、石と金属のぶつかる甲高い音を奏でた。

私は次の攻撃に備えてすぐさま立ち上がって身構えたが、どういう訳か雷はうずくまってその場から動かない。よく見れば銃剣が岩と岩の間に刺さって抜けないようだ。またとない好機。私は銃剣を構え、うずくまる雷に突進し、脇腹に銃剣を突き立てた。

「ああぁぁぁぁぁぁあっ!!」

ドスッという確かな手応えと共に、雷の悲鳴が響き渡った。ズルリと銃剣を引き抜いてから雷の髪を掴んで仰向けに引き倒し、馬乗りになった。

「今更出てきた負け犬さん、いや、行方不明者かな?大丈夫。屠殺したら、そこら辺に埋めて二度と発見されないようにするから。」

私は勝利を確信して銃剣を振り上げた。この瞬間、私は完全に油断していた。

「さよなら。」

銃剣を振り下ろそうとしたまさにその時、足にチクリと痛みが走った。見れば小さな串のような物で刺されていた。死に損ないのささやかな抵抗。そう甘く見た私が馬鹿だった。最初に来たのは違和感だった。そしてみるみるうちに全身が痺れ、雷の上にヘたり込んでしまった。

「こへは、ないを…!?」

舌が回らない。動こうにも力が入らない。

雷が私を乱暴にどかして起き上がり、仰向けの私の上に馬乗りになった。完全な形勢逆転。彼女の狂気に満ちた目が真っ直ぐ私に向けられていた。

「蛙の毒よ。ここまで効くとは思ってなかったけど…まぁいいわ。」

そう言うと彼女は私の手から銃剣を抜き取りにかかった。銃剣は私の意思に反して簡単に私の手から抜けた。

「最後にはきっと勝つって信じてたの。これからずーっと隊長の傍に居るのは私よ!」

天を仰いで狂ったように、いや、狂いながら笑う雷。彼女は気が済むまで笑い続け、私に目線を戻した。

「私は貴女が憎いの。私から隊長を奪って行った貴女が。…でも、もういいわ。」

彼女はゆっくりと手にした銃剣を振り上げ、そしていつか私が言った言葉を口にした。

「決着、ついたね。…私の勝利。」

銃剣が振り下ろされ、私の胸に深々と突き立てられた。刃は正確に心臓を貫き、大量の血液を流失させた。

「――――――っ!!」

悲鳴をあげることさえ叶わなかった私が意識の薄れ行く中で最期に見たのは、薄雲のかかった半月を背に狂気に満ちた目を光らせ、満面の笑みを浮かべる雷の姿だった。

 

 

 

響の目から光が失われた。念のため、刺さっている銃剣をグリグリと動かしてみる。奴の目は動かなかった。

「やった…!」

私はこの上ない達成感に包まれた。遂にあの憎いゴミクズの息の根を止められたのだ。しかし、心の中で燃え盛る憎しみの炎は消えなかった。刺された脇腹がいやに痛む。この分はきっちり返さなくては。

辺りを見回して大きめの石を拾い、思いきり響の顔に叩き落とした。振り上げてもう一度、さらにもう一度と繰り返すこと数十回。歯を折り、鼻を折り、皮膚を破り、眼球を叩き潰し、顎や頭骨を砕く。やがて月明かりを浴びてヌルリと輝く脳が露出した。ここからアイツの発言のひとつひとつが、行動のひとつひとつが発せられたと思うと、憎しみの炎は更に燃え上がった。

「…絶対に許さない。」

そう呟いて石を振り上げ、叩き落とした。これまた繰り返すこと数十回。既に原型を留めていない頭部に執拗に石を押し付けて肉片を擂り潰していく。

あらかた潰しきったところで、自分が乗っている胴体に目が移った。

「これも、潰さなきゃ。」

胸に刺さっている銃剣を引き抜いてから立ち上がり、胴体の横に座った。そして響の服を切り裂いて肌を出し、鳩尾に銃剣を突き刺した。そのまま股に向かって銃剣を動かして腹を切り裂いた。パックリと裂かれた腹から内臓が覗いている。そこに適当に手を突っ込み、内臓を掴んだ。ヌメヌメした感触と生温かさが手を包む。引っ張るとでろりと内臓が引き摺り出された。何の臓器か分からないが、とりあえず端から石で潰していく。何度か繰り返すうちに長い管のような臓器を引き出した。これなら私でも分かる。腸だ。学校の試験で良い点数が取れたときのような嬉しさを感じながら銃剣でブツ切りにして、石で潰す。

しばらく引き摺り出してから切っては潰すという作業を続け、胴体の中は空洞と化した。

「ふぅ…。意外と大変ね。後は…。」

胴体から伸びる四肢がとても邪魔に見えた。

「目障りね。切除切除っと。」

肩に銃剣を突き刺してグリグリ動かし、腕を切断しにかかる。銃剣が何か硬い物に当たった。骨だ。

「もう、邪魔くさいわねー…。砕けば外れるかしら?」

再び石を掴み、叩きつけた。更に三回程叩きつけてから銃剣で抉る事で腕の切断を成し得た。同じようにしてもう片腕も切り落とした。続いて股関節の辺りに銃剣を突き立て、グリグリと抉りながら足を切り離した。持ち上げると、赤い血と黄色い脂肪が滴った。更にもう片足も切り離す。

「はぁっ…腕が痛いわね。さて、切ったはいいけど置いておくのも邪魔ね…。」

どこかに仕舞えないかと思考を巡らせる。良い考えが閃いた。

「あ、完全には入らないけど胴体に突っ込んでおけばいいわ!」

すぐさま実行に移す。脇腹の痛みを堪えつつ意外と重い足を持ち上げ、袋のような胴体に突っ込む。もう片足も同様に放り込んでから二本の腕を掴み、僅かな隙間に乱雑に捩じ込む。長さ的な問題で当然はみ出てしまっているが、とりあえず収まった。

「うんうん、上手く入ったわ!これでスッキリしたわね!」

ようやく憎しみの炎を消火することができた。改めて見てみると、なんと無様な姿なことか。これでコイツはもう二度と私の前に現れる事も無ければ、隊長に擦り寄っていく事も無い。遂に私は隊長を手に入れたのだ。そして誰にも邪魔される事も無く、ずっと傍にいる事が出来るようになったのだ。満足した私は立ち上がり、隊長を探しに歩き始めた。

 

 

 

目が覚めると朝になっていた。起き上がって響を探す。が、見当たらない。

「おーい、どこいった?」

夜釣りに出て行ったのは見たから、いるとすればいつもの岩場か。釣れなくて意気地になっているのかもしれない。迎えに行くか。

しかし、岩穴を出て岩場に着いた俺が見たのは文字通りグチャグチャにされ、腹から足や腕が突き出ている人体だった。

「うっ…、何だこれは…!?」

恐る恐る近寄って観察する。頭部は完全に破壊され、裂かれた腹に切断された足と腕が差し込まれていた。本来中にあるはずの内臓は見当たらない。もしかしたら辺りに散乱しているグズグズの肉片がそれかもしれなかった。すぐ側には血と肉片がこびり付いた銃剣も落ちていた。

そこまで確認したところで込み上げる吐き気に耐えられなくなり、その場に嘔吐した。

「うぇっ…誰だ、これ…?」

破壊された頭部を今一度観察し、そこに血に濡れていない頭髪を見つけた。その頭髪の色は、綺麗な白だった。

「…違う。嘘だ。」

頭に浮かんだ可能性をすぐさま否定した。絶対に響な訳がない。きっと響でない。響ではない誰かであって欲しい。考える程に現実が頭に流れ込み、否定した可能性が再浮上する。確信はやがて願いに変わり、願いは絶望に変わった。俺は気付いてしまった。自分の足元に、自分の物でない認識票が落ちている事に。震える手でその小さな金属を拾い、そこに刻まれた文字を読んだ。

〖帝国陸軍 特小 一等兵 山根響〗

「帝国陸軍」は言わずもがな大日本帝国陸軍を、「特小」は特別小隊を、「一等兵」はそのまま階級を意味していた。そして最後に刻まれていた「山根響」は、この認識票の所有者の氏名であった。最早疑いの余地は無かった。この惨殺体は響なのだ。

「嘘だっ…!誰が、こんな事を!」

俺の中で復讐の炎が燃え上がった。犯人を必ず、殺す。だが、誰が犯人なのか?可能性としては米兵が考えられた。仲間が殺られた腹いせに見つけた日本兵を切り刻んだと考えれば合点がいく。だが、本当にそうだろうか?

ふと顔を上げた時、少し離れた場所に、岩と岩の間に銃剣が刺さっているのを見つけた。近付いて確認してみると響の側に落ちていた銃剣と同じ「三十年式銃剣」だった。

…おかしい。響は一本しか銃剣を持っていなかった筈だ。仮に米兵の仕業とするなら、わざわざ鹵獲した銃剣を使うだろうか?銃や砲ならともかく、銃剣を使うとは考えにくい。だとするならば、あとは三十年式銃剣を持っているのは味方だけになる。しかし、味方は総攻撃で全滅した筈。仮に敗残兵がいたとしても、こんな凶行に及ぶ理由が無い。

「…誰だ?…誰なんだ!?」

その時、目まぐるしく働く俺の脳裏に一人の少女が浮かんだ。それはもうしばらく姿を見ていない行方不明者であり、響と事あるごとに衝突した少女。

「…雷、なのか?」

確かに彼女なら可能性がある。小隊を離れたのも響との勝負に負けたからだった。もし雷がその事を根に持っていたとすれば、充分に動機になり得る。そうであって欲しくないが…。

俺は立ち上がり、他に何か落ちていないか探し回った。昼飯も食わずに日が暮れるまで探し続けたが、見つけたのは響が持って行った小銃釣竿だけだった。仕方なく捜索を諦め、まずは響の亡骸を埋葬する事にした。確か岩穴に手製のスコップがあった筈だ。

 

「隊長ぉーーーっ!」

「ぬおっ!」

岩穴に入ろうとした俺は中から突然飛び出てきた何者かに抱きつかれた。同時に背中にチクリと痛みが走る。

「このっ!放せ、誰だっ!」

思い切り暴れると、抱きついていた人が振り放されて落ち、転んだ。

「痛!もー何するのよ!」

見ればそれは雷だった。きっと帰ってくると思っていた。どういう訳か彼女の軍服はあちこちが赤黒く染められていた。

まずは事情聴取をと思ったその時、手足が痺れ始めた。次第に力が入らなくなり、その場に崩れ落ちる。

「何だ、これ…!?」

立ち上がった雷が満足げな笑みを浮かべて言った。

「安心して、隊長。ただの麻痺毒よ。」

「どうして俺に?」

「えへへ…私ね、分かったの。私には隊長が必要なの。居てくれないと苦しくて苦しくて辛いの。だから私は考えたのよ。どうしたら隊長と一緒にいられるかなーってね。」

「それがこれか?」

「ごめんなさい。でも、大丈夫!これで死んだりはしないわ!ちゃんと響で試したから!」

響。彼女の口からその言葉が出た瞬間、俺は凍りついた。しかも試したと言った。やはり、雷が犯人か。

「響に何をした!?」

「んー、隊長の居場所を聞き出そうとしたのよ。でも、喋らないから実力行使したの。結局最後まで喋らなかったけどね。あ、麻痺毒も使ったわ!アイツには喋れなくなる程効いたのよ?隊長は喋れるから…やっぱり大人の人には量が少ないみたいねー。」

語られた真実。予想していたとはいえ、俺は驚きを隠せなかった。

「雷…お前、自分のしたことが分かっているのか!?」

雷は平然と答えた。

「分かっているわ。欲しいものを手に入れる為に障害を実力行使で排除しただけよ。今は国ぐるみでやってることじゃない。」

俺は言葉を失った。帝国が真珠湾に打撃を与えると同時に南方に進撃した理由。それは資源の確保だった。そして現地の英蘭軍は徹底的に駆逐された。俺が直面している事態はまさにこの縮図だった。

「だからと言って味方を殺すなんて!」

「そんなに響が大事だったの?ああ、可哀想な隊長…。すっかりアイツに毒されてるわね。」

そう言いながら雷は岩穴に入って行き、軍刀を手に戻って来た。

「おいっ、何をするつもりだ!?」

「大丈夫よ隊長。もうあんな奴の事は忘れて。私がいるじゃない。」

濁った目をした彼女に俺の問は届いていないようだった。そして彼女は軍刀を抜いた。

「ちょっと痛いかもしれないけど我慢してね。」

肩に軍刀を当てられた。

「やめろっ!何すんだよ!!」

「もう二度と離れない、離さないわ。ずーっと一緒よ。手足がなくても大丈夫。ぜーんぶ私がやってあげるわ。アイツの事なんかすぐに忘れさせてあげる。…だから、ちょっと我慢してね。」

軍刀に力が込められて俺の肩に食い込み、形容し難い激痛を伴う切断作業が始まった。しかし時間はあまりかからなかった。明らかに手際がいい。響を解体しただけの事はある、という事か。そこまで考えたところで、耐え難い激痛により俺の思考は途切れた。

 

激痛で目を覚ました。見れば両腕が切り離されていた。

今度は足に軍刀を突き立てようとしている雷を至近距離で見て、彼女が脇腹に傷を負っている事に気付いた。響の必死の抵抗によるものなのか…。

その時、不意にそっぽを向いて雷の動きが止まった。

「こんな時に邪魔が入るなんて…。待ってて、すぐに片付けて来るから!」

彼女は軍刀を持って駆け出して行った。どうにか動くようになった首を動かしてそっちを見てみると、割と近くに米兵の五人分隊がいるのが見えた。

―助かった!

希望の光が差し込み、普段は恐ろしい敵である米兵がとても頼もしく見えた。が、向こうから投げられた黒い何かが目の前に落ちてきた瞬間、一転して絶望した。それは手榴弾だった。

「ツイてないなぁ…。」

そう呟くと同時に俺の肉体と意識は吹き飛んだ。

 

 

私の背後、隊長のいた辺りで爆発が起きた。すぐさま身を翻して隊長の元に戻った。

隊長はいた。グチャグチャの肉塊となってそこに転がっていた。

私の中で何かが弾けた。怒りなんかよりも、もっと強く、激しい何かが。

「あんたら全員、殺す!!」

そう叫んで米兵に向かって突撃した。敵の小銃から放たれた弾丸が、青白い尾を引いて飛んで来るのが見え、それらを右に左に機敏に避けながらぐんぐん距離を詰めていく。あっという間に先頭の一人が目前に迫り、その顔に焦りと恐怖の表情が浮かぶのが見えた。そのやや下、首を斬りつける。間髪入れずにその後ろで並んで棒立ちになっている二人の間に滑り込み、ひと薙ぎで二人の腹を引き裂いた。残りの二人が背を向けて逃げ始めた。

「逃がさない!」

全力で追いすがり、距離の近い方の米兵に真後ろから飛びつき、左手でそいつの顎を持ち上げ、喉仏を思い切り切り裂いた。霧のような血を噴く米兵を投げ捨て、最後の一人を追いかける。距離をどんどん詰めていき、いざ斬りかかろうとした時、米兵は観念したように両手を挙げて立ち止まった。私は軍刀を突きつけながら正面に回り、言い放った。

「あなたには投降する権利も無いわ。座りなさい。」

言葉が通じていないらしく、米兵はすすり泣くばかりで動かない。

「座れって言ってんのよ!」

米兵を掴んで無理やり座らせ、前傾姿勢にさせた。私はその横に立ち、軍刀を振り上げた。

「死ね!」

振り下ろし、首を一刀両断した。鮮血が噴き出し、撒き散らされ、砂に吸われていった。

奴の血が流れきらない内に私は踵を返して歩き始め、隊長の亡骸の元へと戻った。

愛おしい、けれども無惨な姿になってしまった隊長の側に座り、詫びた。

「ごめんね隊長。ずっと一緒って言ったけど、少し一人にさせちゃったわね。仇をとってきたの。皆殺しにしてやったわ!」

そして自らの首に軍刀を当てた。

「大丈夫。今すぐ私も逝くわ。一人になんかさせない。…ずーっと一緒よ。」

軍刀を滑らせ、首を切った。血の雨を隊長に振り掛けながら、意識が途切れるまで囁き続けた。

「ずっと、ずーっと、一緒…。」

 

 

 

 

 

 

「終戦70周年」という言葉がテレビの画面に映し出された。もうそんなに経ったのかと思いながらテレビを消し、買い物袋を片手に玄関へ向かう。

あの時の爆撃で私は聴力を完全に失った。捕虜にされてからしばらくは収容所で暮らし、終戦から三ヶ月で日本に帰った。しかし私の故郷の街は焼け野原と化していた。そこに小さな家を建て、一生ここに住まう事を誓った。次第に街は復興し、年を追うごとに生活は豊かさを増し、この国が再び栄えていくのがひしひしと感じられた。

また、私は誰とも結婚しなかった。働きに働き、少しでもこの国の発展に寄与できればと思っている内に適齢期は過ぎてしまった。後悔はしていない。私は自分でこの道を選んだのだ。むしろ誇らしいくらいだ。

自宅を出て通りを歩き、最近オープンしたショッピングモールを訪れた。様々な店が集まっているお陰で歳のいった私にとってはありがたい限りだ。

料理本を見ていこうと思い、本屋に立ち寄った。本屋の一角に「終戦特集」と掲げられたコーナーができていた。何気なく近寄って陳列されている本を眺める。一冊の本が目に留まった。「南方戦線写真集」と題されたその本は表紙にラバウルの零戦を掲載していた。だが、私の目に留まったのは表紙の隅に書かれた一文だった。

〔実在した少女兵〕

そう書かれていた。本を手に取って目次を見てページをめくり、その記事を開いた。そこには一枚の写真が掲載されていた。米兵に手を引かれながら歩く、長い髪の少女。紛れもなくあの日あの時の自分だった。途端にあの頃の思い出が次々に蘇った。そういえば、あの時以来隊長と響を見ていない。雷も行方不明になったままだ。皆、どうしているのだろうか?どこかで生きているのか、あるいは…。そこで私は考えることをやめた。人間である以上、いつかは死ぬのだ。その時にでもまた会えるだろう。

再び本に目を落として食い入るように記事を読み、衝撃を受けた。「記録になく、その存在がまことしやかに噂されていた少女兵部隊が実在していたことが明らかになった。写真は場所不明ながらも米軍に投降した日本陸軍の少女兵を撮影したもの。」と書かれていたのだ。

元より記録に載せられなかったのか、戦後の混乱期に資料が散逸してしまったのか。いずれにせよ、私達の存在は長く忘れ去られていたのだ。あの大戦の記憶が風化していく。それはあってはならない事だった。

自分の体験を、必ず後世に伝えなくてはならない。私は、そう決意した。

足早に本屋を後にして文具屋に駆け込み、原稿用紙を購入した。そのままショッピングモールを出て自宅に戻り、すぐさま机に原稿用紙を広げ、鉛筆を手に取った。しかし、いざ書こうとすると文章が思い浮かばなかった。

一度鉛筆を置き、窓際の写真立てを手に取った。そこには一式陸攻の前に並んで座っている、あの時の自分達の姿が写っていた。

写真立てを置き、再び鉛筆を手に取って悩みに悩んだ末に、ゆっくりと、最初の一行を書き始めた。

「この体験記を帝国陸軍特別小隊の指揮官及び、隊員達に捧げる。」

 

― CEルート・完 ―




最後までお読みいただきありがとうございます。
暁生還ルートとなりました。実は暁にはあまり興味が無く、酷い目に遭わせまくっていたのでせめてもの救いのつもりです(何様だ)
宜しければ他のルートもお楽しみ頂けると幸いです。ご意見ご感想、お待ちしております。
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