奇妙な味わいの缶詰め   作:ひらそん

1 / 2
エンターキーを押すか押さないかで迷ってる俺の悩みを聞いてくれよ。


ゴーストライター

このエンターキーを押した瞬間に俺はまた金持ちになれると思う。同時に名誉も手に入ると思う。なんでかって言われたら世間にウケる自信があるからさ。

そうすればまた病気になった田舎のおふくろにも親孝行ができる。

きっとおふくろはまた泣いて喜ぶだろう。涙脆い人だからなぁ。

 

なんで早く押さないのかって?

まぁ落ち着けよ、これには深い理由があるんだ。どうせお前に教えた所で何も変わらないし聞きたきゃ話してやるよ。俺も話せば少し気持ちが軽くなるかもしれないしな。

 

俺が最初にエンターキーを押したのは3年前の7月。俺は元々売れない作家でね、3年前に死んだおやじには物書きになると言った瞬間から真っ赤な顔して猛反対されたんだ。

親戚にも嘲笑されて仕方なく一般企業に就職しようと考えた時におふくろだけはこの子は絶対売れるから作家にすると言って聞かなかった。

そして俺はある時には自由奔放に旅をして物書きの材料を集めて、ある時には実家に缶ずめとなり小説を書き上げた。編集長のデスクまで行くと仕方なく面接室に通してくれた。しかしまぁ出版社は血も涙もないね、原稿を流し読みしてすぐに返されたよ。アシスタントがお茶出してる間に返してきてコメントもなし。酷いだろ?

そこからはもうシナリオもレトリックも何もかもに自信がなくなってなぁ。6月の第1週の月曜の夜行で田舎を飛び出しちまった。

そのうちおふくろは病気になっちまった…

連絡が入っても帰れなかった…

 

俺を信じ続けてくれたおふくろを俺は裏切ったんだ。もっと言ってしまえばいくら息子とは言え他人を信じ続けたおふくろに対して俺は自分ですら信じられなかったんだ。

そんな弱い所を晒したのに帰れる訳ないだろ…

 

おっと、エンターキーを押す話だったな。

おふくろの事が重なり更に物書きが出来なくなった俺の所にあいつは現れた。それが7月だ。カフェのテラス席で暑さに耐えながらどうにか頭を捻ろうと悩んでいた所にいきなり現れ俺のパソコンにファイルを送ってきてこう言ったんだ。

「このファイルを出版社に送ったら3万円をあげよう、ついでに君が○○出版社に弾かれた小説ももう一度出版を検討して貰うように話を通してあげよう。」

夢のような話じゃないか、中折帽にサングラスにマスクとかなり胡散臭かったけどそいつの名刺には○○出版社と書かれていた。

試しに出版社に連絡をするとそいつは確かに存在していた。

 

その日の夜にファイルを送信してみた。

恐らくエンターキーを意識して押したのは人生初だったと思う。

15分後に電話が鳴った。

おふくろが倒れた旨の連絡は手紙できたから東京に移り住んでから電話が鳴ったのは初めてだった。相手は○○出版社の奴だった。

今の原稿を是非出版させて欲しいとの電話だった。昼間のあいつがあの弾かれた小説に鶴の一声を足してくれたのだろうか?俺は心底喜んで二つ返事でOKを出した。

ようやくおふくろに合わせる顔ができた。

 

しかし後日出版社で見た自分の小説にとても驚いた。

全く書いた覚えのないストーリー。

しかし相手はひとりでに話を進めて印鑑を迫って来た。俺は驚きながらも印鑑を押した。

よく分かってはいなかったがこれはチャンスだと感じた。ここで自分の名前で小説を出せなければきっとこれから先も無理だ。病気のおふくろはいつ死んでもおかしくない。信じてくれたおふくろに恩返しを、裏切ってしまったおふくろに詫びを。

 

二ヶ月後に俺の小説は世に出た。

そして例の出版社が前面に出して宣伝したお陰か、俺は画面越しで全国のお茶の間にその存在を示す事となった。あの日は忘れもしない、中秋の名月だった。

どこから電話番号を入手したのかは分からないがおふくろから電話がかかってきたのだ。

おふくろは泣いていた。片田舎から東京まで電話を通してだが。

-むしろその方が表情は綺麗に分かった-

こうしてとうとう俺は引き返すことが出来なくなった。あいつからはまた頃合を見計らってやるとだけ手紙がきた。手紙は封筒に入っていて3万円も入っていた。

 

年末、俺はラップトップを立ち上げて遂に送信したファイルの中身を確かめる決心をつけた。

中身はあの小説だった。

あの日俺は自分の才ではないものを着服してしまったんだ。とても後悔してすぐに出版社に連絡を取ろうとしたがいつも邪魔してきた俺の弱さが止めた。俺がここで言ってしまったらおふくろはとても苦しむだろう。病気で弱っているのにこれ以上絶望を与えてしまったらどうなってしまうだろうか。考える事すら恐ろしかった。これ以上裏切りたくない。そうして俺はおふくろに最大の裏切りをしてしまった…

 

年が明けて桜の蕾がどうこう騒がれてきた季節。あいつからファイルが来た。

中身は見ずにエンターキーを押した。二度目の恩返し、そして裏切り。

今度の封筒には3万円だけが入っていた。

 

こんな調子で一年に二回のペースで俺は功罪を同時に手にしてきた。

 

表面上で順調に進んでた俺の小説家人生をこうやって考え直してるのは去年おふくろのお見舞いに行ったのが原因なんだ。

 

金を持て余してた俺は開業したての新幹線で実家まで行った。「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」とは上手い言い回しだと思った。

産まれてから故郷の雪国でしか生活せず上京した時は逆方面だったからいきなり雪が出てくるという現象に出くわしたのは初めてだった。

こんな不正に塗れた俺の中にも本物の小説家を志す心は残っていたようで俺のコートの胸ポケットには手帳が入っていた。

すかさず文字を書くとこれが面白いようにスラスラ書けた。あんな誰が書いたか分からない器用な小説よりずっと胸を張れるモノを書けた。

 

やがて新幹線は周りに白銀のカーペットしか敷かれていない駅に着いた。

私はいかにも高そうなキャリーバッグの柄を持ち閑散としたホームに降り立つ。

背後のドアは空気の抜ける音を出して閉まると重そうな鋼鉄車体にしては軽々しい音で滑って行きやがてホームから去った。

まるで後ろにスキーヤーがいたかのように…

 

駅前のロータリーでタクシーを拾いおふくろの入院している病院へと向かわせる。

タクシーを転がす運転手はニコニコしている田舎らしいおじぃちゃん。

俺は夢中でさっきから書いている小説の続きを書いた。

おじちゃんは「あんたどっかで見た顔だねぇ」と言ったきり何も言わなかった。

 

小説が書けるほど優しい運転をしてくれたおじぃちゃんは俺のキャリーバッグをトランクから出す時に一冊の本を持ってきた。

俺の名前が書かれた小説。

サインをしろということらしい。

特に悪い気はしなかった。なんの感情もなく書き終えるとつくり笑顔で「次回作にご期待ください、次回は一番の傑作にする予定ですよ」と冗談半分に言った。

おじぃちゃんは馬鹿笑いしてタクシーに乗り込み去ってしまった。

その直後さっきの発言にはっとした。

冗談混じりであったが確かに俺は傑作にすると言った。

持っている手帳に目を落とす。なんだかよく分からないがやる気が出てきた。

 

病院の受付に行くと名前を書かされ「403号室です」とだけ無愛想に言われた。

内装もところどころペンキが剥げており、おふくろをこんなクソ病院じゃなく都内の病院に入院させてやろうと思った。

 

エレベーターが無かったので仕方なく階段で4階に行く。あの時息が切れていたのは運動不足だけが原因ではないと思うが運動しないとなぁ。

 

403号室の窓際のベッドにおふくろは居た。

かなり痩せ細って顔色が悪いけどあの人は確かにおふくろだった。俺はおふくろの前で泣くことは無かったのだが今回ばかりはおふくろの涙にもらい泣き。成人してから結構経つのに情けなかったよ。

でも本当に情けなかったのは自分の才ではないこと。

俺は嘘で塗り固めた生活をおふくろに話しておふくろに都内の病院に転院しないか訊いてみた。

そしたらおふくろは俺に引っ越すように言ったんだ。

充分売れたんだからもうこっちでゆっくり書けと言ったんだ。

さっき医者からこっそりお母様は先が長くないと言われたが首を縦には振れなかった。

俺にはおふくろの願いを断ってもしないといけないことがあるんだ。埋め合わせ。

 

一泊した後におふくろに別れの挨拶をして新幹線で東京へ戻った。

帰るといつものファイルが送られてきていたが予定の日には提出しなかった。

慌ててあいつは俺の家に訪ねてきた。

俺はもう送られたファイルを出すつもりはないという事と自分の書いた小説を出させてくれないかと頼んだ。

するとあいつは全てを話すと言ってサングラスとマスクをとった。

あいつの正体は面接室でお茶出しをしたあのアシスタントだった。

あいつは俺の小説をあの場で見ていたようで俺に才能を感じたらしい。

いつか俺に本当の小説を出して欲しくてこんな事をしたらしい。

最後にあいつはこう言った。

「次に出す小説は貴方の書いたもので構いません。」

「表現技法などが今までと違うと読者は別人が書いたと感づく可能性があるのでそこはよく考えてからご提出ください。」

 

そうして約半年が経った。

読者は段々と私がスランプに陥ったと思い始めているようだった。

私は今とあるラップトップの前にいる。

目の前にはファイルの送信画面。

エンターキーを押せばこのファイルは出版社に送られる。

中身は自分しか知らないもの。

これを押せばきっとみんなが驚くような完成度の小説が世に放たれる。

誰もが才能を感じるだろう、自信があるんだ。

しかし今まで積み上げてきたものが崩れるかもしれない。

さぁ、君ならどうする。

 




初のオリジナル投稿ということで結構悩みました。
幸い僕は出版社に持っていくほどガチで小説を書いている訳ではないのでここまで思い詰めてはいませんが正直に申し上げますとこの様な経験は何度かております。

しかし意外と0から創るのは楽しいですね、既存の世界観に囚われることがないので設定の確認に時間をとることなくサクサク書けます。
実はここ数週間小説が投稿できなかったのはいいレトリックが思いつかなったからなんですよ(苦笑)
シナリオは自信があるのに表現ができない、結構悩みました。
しかし創作仲間の人がいいスパイスとなりました、二次創作が狭苦しく感じるならオリジナルを書けばいいじゃないかと気づいたのです。
スパイス君にはこの場で感謝を述べたいと思います。

ありがとう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。