奇妙な味わいの缶詰め   作:ひらそん

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逆流

駅前のビルの2階の喫茶店から下を眺めると安心できる。

今横断歩道を渡るカップルはいい家庭に生まれ、たまたま人生が上手くいっただけの奴ら。

今タバコの自販機の横で座り込んで大声で電話をしている金髪は義務教育すらまともに受けてこなかったのだろう。今更戻れない道をはなから諦めて暗がりで何もしていないだけ。

今深夜の歩道をとぼとぼ歩いている中年のサラリーマンはどこかで踏み外した負け組。

そうしているうちに世の中はクズで溢れているという事実に気づく。

そうして安心するだけの僕はクズ。

 

これまでの人生を振り返ると僕は今まで眺めてきたどのクズよりもクズかもしれない。

努力もできず中途半端に手堅い人生のレールに拘り、しがみつく。

でも上り勾配は苦しくて登らない、登ろうとしない。

高校もそうだった。それなりの高校に行き留年はしないように眠りながら授業に出席。テストは再試をアテにして乗り切る。

僕の人生はいつまでも平坦。いつか本気を出して道を開く。

でも実はこの道は下り坂になっていて気づかないまま目指すところまで登れないところまで来ている。

平坦な僕に一発逆転を起こす様な切り札はない。

 

特に何かを考えた訳でもないが喫茶店が不快になったから会計を済ませて逃げるように出てきた。

まるで人生の上り坂から目を逸らすかのような逃げ方。

駅前は売れないアーティストの展覧会。

自分の才能を過信しいつか売れると信じ続けて今日も歌い続ける。今日も描き続ける。毎日努力をしている。

荒が目立つギターが今日は一層不快である。

 

田舎に行こう。

その場で思いついた事だがすぐに財布の中から少ない金をすくい取り田舎へ向かう片道切符を購入する。

無論新幹線に乗る金などない。あと2時間後に出る夜行快速。

 

僕は夜行快速の始発駅へと向かうべくホームへの階段を降りようとする。22時過ぎだというのにサラリーマンの波がホームから押し寄せる。立ち向かう僕はとうとう踏み出す勇気を手に入れたのだ。

やっとの思いでホームにたどり着く。

いくら都市部と言えど深夜帯の電車の本数はだいぶ少ない。

次は10分後のようだ。その次は通過と出ている。

夜のホームは帰宅するサラリーマンが降りるタイミング以外はただただ自動放送が鳴り響くばかり。地面はLED照明が無駄に明るく照らしている。

 

少し暗がりになっているホーム端のベンチに座り込む。

よくよく考えるとさっきの僕の逆流した時の自己肯定感は何だったのだろう。社会に順応した人の流れに歯向かい新たな可能性を探すと言えば聞こえはいいが結局のところ僕はまたしてもみんなが登っている階段を登るのを拒んだだけなのではないだろうか。

 

そんな目の前を横切るのは22時過ぎの普通列車。

短い4両編成だったから僕の前に電車の扉は来なかった。


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