何時から俺はこうなった?
闇を悪しき者と決めつけて、本当に良かったのだろうか。
あの願いを抱いた俺は何処へ行った?
俺はヒーローになりたかった。
嗚呼、思いつかない。俺はどうしたかったんだっけ。
なんだっけ、確か、あの子が俺の代わりに…。
ああ、そうか。救おうとしたんだ。駆けずり回って、這い回って、彼女を救おうとして。
過去から目を逸らして。彼女の過去を見ないふりして、彼女は既に死んでいるようなものなのに、再度蘇らせようとして。
できなくて。
思いつかなくて。
どうしようもなくて。
「だから俺は、俺は…」
彼女の笑顔、彼女の願い、彼女の力、彼女の躰、彼女の魂。
「彼女は、マトイは、俺の願いは…」
通りすがりに、闇を斬る。ブンブンと煩い羽虫は、潰れて落ちるのが道理だろう。
覚悟を決める。
愛しい人を切り捨てる心積もりを。
「…どうしてこんなに、胸が痛む」
死にたい気分、ダ――。
「何を期待していたんだろう」
死にたい気分、だ。
「闇を、闇を、悪を、俺は、俺は、俺…」
殺すために、死ぬのか。
「ヒーローになりたくて、金は要らない、名誉もいらない、ただ俺は」
違う、こんなつもりじゃあ、
「世界が、宇宙が善くなるようにって」
こんなつもりじゃなかったんだ。殺すために英雄に成りたいわけじゃない。
どうしてこんなにつらいんだ?闇を切り裂く剣は我が手に、闇を穿つ銃と弾丸、弓と矢、闇を払う魔法の杖、全てこの手に。じゃあ殺せばいいのに。どうして俺は殺せない?殺す理由が見つからないからか?殺す理由がそもそも必要なのか?
一人の為に世界を滅ぼすのか、世界の為に一人を殺すのか。
「俺にできる事は何だ、俺が英雄たるにはどうすればいい?」
■
・世界の終焉を見過ごす訳にはいかない
・彼女の為に、世界を――
■
「彼女の為に、俺は…」
後者を選ぼうとして、しかし失うものを考えるとどうしても決断できずに。
彼女の笑顔、彼女の体、彼女の温もり、彼女の過去、彼女の魂。
「…世界を闇に沈める訳にはいかない」
俺は英雄に成るんだ。
喜んで屍の山を築こう。世界の為に。善の為に。全の為に。人の為に。
マトイの為に。
良きものだ。悪しき願いだとは言わせない。
だって。なぜなら。それは。
「だって俺は、ヒーローになるって決めたんだ」
あの願いは、あの願いだけは誰にも穢させない。
今は亡き友の為に、今は無き両親の為に、何より、愛しき彼女の為に。
彼女に語った夢、彼女が笑って応援してくれたその願いだけは、あの笑顔だけは。
「本物だったんだ」
★
一匹の例外も許さない。
あらゆる闇を消し去るのみ。
未来を消し潰す闇を許容できない。
俺はそう決めた、俺はそう在ると決めた。
だから、だから君は、…。
剣を突き付ける。
ダーカーの一匹に、剣を突き付け。
「闇に堕ちた同一存在を許容する事は出来ない。世界を滅ぼすであろう闇もまた、この世界は許容しない。…死ね、マトイ」
肉の感触。剣が心臓へと突き立てられる。
そうだ、俺が突き立てた。
俺が殺した。
ありもしない心臓の拍動、流れるはずのない鮮血の温もり。
それこそ、愛の証左。
「世界の為に、死んでくれ」
不思議と、涙は出なかった。
二年後の事である。
アークス総司令となったウルクは或る異常を察知した。
記録の合わないアークス。存在していても、まるで何処からか湧いた幽霊のようなアークス。
情報部に問い合わせても、何かを隠すように取り合わない。
「…出来ればこのまま、静かに放って置いておきたかったんだけどなぁ」
苦渋の決断の末、ウルクは或る男を呼び寄せた。
「初めまして。本日より貴方専属のオペレーターとなります、シエラです。早速ですが、ウルク総司令からのメッセージは読まれましたか?概略を…」
「いや、結構。対象とコンタクトを取り、洗いざらい吐かせればいいんだろう?」
「…あの、できればもう少し穏便に」
「穏便、か。その手の解決手段を求めているのなら、ウルクは俺を呼ばなかっただろう」
ケラケラと笑い、男は艦橋を出ていこうとする
「場所はナベリウス壊世区域。かつて程の浸食は見受けられませんが、いまだダーカーは多く予断を許しません。本日、容疑者…言い方は悪いですが…貴方は容疑者と共に、壊世区域の調査という名目で、監視をお願いします」
「監視だけでいいのか」
「信頼を得る事が出来れば、さりげなく探りを入れてくれれば…」
ほう、と男は納得したように頷き、踵を返しシエラの元へと歩み寄る。
そして男はしゃがみ込みシエラに目線を合わせると、頭を撫でた。
「これからよろしく頼む。…そして、俺の様にならないでくれ」
「あの、それはどういう…?」
シエラは頭上に疑問符を浮かべるも、男は黙って、撫で回す手を止めない。
しばらく撫で回し続け、唐突に男は立ち上がり「では」と艦橋から出て行った。
疑問符が浮かびっぱなしのシエラは小首をかしげ、考えても仕方が無いと自らの作業に戻った。
「あんな事をする人が、マトイさんを殺すなんて…」
疑問符はさらに増える。自分がシャオと同程度の演算精度を誇るからと言って、理解できない事が無い訳ではない。…もっと凶暴な、狂ったような人を予想していたのですが。
そう思いながら、シエラはキーボードをカタカタとやる。あっちを見たかと思えばもう一つウィンドウを呼び出し、両方を見やりながら更にキーボードを打鍵する。あっちでカタカタこっちでカタカタと落ち着かない。
「参照、アクセス、出撃記録、A.P.239/3/24、…と、27。…あれ、閲覧制限?もうほとんどの情報を開示してる状態で、どうしてこの二日だけの出撃記録だけが…セキュリティクリアランス要求…レベル5!?六芒均衡しか見れないじゃないですか…!……ふっふーん、なんちゃって。こんな門前払い、管理者権限という万能手形で…」
自らの疑問を解消すべく、シエラはあの男が関わったと思しき【深遠なる闇】消滅の日の記録を漁る。厳重な閲覧制限とパスワードをものともせず、そのままカタカタと情報の深部へと進んでいく。
「あんな人が、マトイさんを殺すはずが…」
ガチャ、と。
シエラの後頭部に銃口が突き付けられた。
手を止める。そして、ゆっくりと後ろへ振り向く。
「言っておくが、閲覧制限もパスワード入力画面もクリアランス提示画面も全てダミーだ。試しに空白の状態でenterを押すと良い。…まぁ、お前の返答次第では試す事すら出来なくなるのだが」
そこには、或る男がマシンガン片手に佇んでいた。表情は酷く冷たく、感情と呼ばれるものが存在しない。シエラは想像通りの展開とはいえひどく驚く。情報抹消の為であれば、基本的に焦ったような余裕のない表情を浮かべるものであるが、この男にはそういったものが一切感じられないのである。
義務的ともとれるような、無感情。マシンガンの引き金には既に指が掛かっており、男の気分次第でいつでも発砲できるようになっている。…が。
「…アークスシップでは武器の使用が出来ないって、知ってますよね?」
「ああ、知っている。…が、俺の銃は非正規品でな。残念だがフォトン励起云々の御託は通じない。……アンタには知ってほしくなかったんだが」
シエラは男の目を見つめる。銃口を眉間に突き付けられていても、物怖じせず。
眼球が収まっているはずなのに、男の眼窩は伽藍洞であるようにしか思えない。視覚情報と精神的な認知バイアスの差異に気分が悪くなるのを感じる。が、何を言うでもなくシエラは男を見つめ続ける。
世界を救った筈の英雄が、このようにヒビ割れだらけであっていいはずが…。
「…メディカルチェックは受けていますか」
「いいや」
「月一の定期健診は義務となっているはずですが」
「忘れたよ」
「最後に一つだけ」
「残念だが最後の問いかけは聞かないようにしているんだ。…全て俺の過去だ、俺の罪だ、で、だからどうしたんだ?俺はただ、災厄を潰しただけだ。後の悲劇となる可能性を未然に踏みにじっただけだ。その行為の何が悪だというんだ?…改めて、容疑者の尋問に行ってくるよ」
それだけ言うと、男はマシンガンを仕舞い今度こそ艦橋から出ていく。
迷いの無い足取りで、ふらふらと歩く。
目指すは再度、あの忌むべき再誕の地へ。
★
「あの、ところで。いつの間にHuからGuになったんですか?」
「俺のクラスはどのクラスにも該当しない。今のところタクト以外の武器全て使える。ついでに選択的だが各クラスのクラススキルも使える」
「……申告は」
「してないな。する必要もない。…第一、世界を救ったんだ。このくらいのハンデがあっても良いだろう」
「そんなぁ」
この作品の主人公のモデルは、まぁわかる人にはわかってしまうでしょう。
ガチャから同類が三人とも出てくるのが悪い