真面目に長いので暇があるときにでも読んでください
**2014/2/16 誤字修正
「レヴィ! 反応は!?」
『未だ健在! 近づいてるからこっちの方角で大丈夫なはず!』
普通の人なら寝てしまっている深夜、海鳴温泉の裏山を高速で空を翔るのは、黒いレオタードに白いスカート、その上から黒いマントを羽織り黒い斧槍を片手に持った金髪の少女。
フェイト・テスタロッサの姿があった。
その様子は叫んでいるセリフからも読み取れる通り非常に焦っており、探査魔法を何度も放ちながら高速で空を駆けている。
「(フェイト! こっちはダメっぽい! すぐそっちの方に行くから、待ってて!!)」
そんなフェイトにアルフからの念話が届く。そのアルフの声もどこか焦っているようで切羽詰っていた。
「(わかった! でもこっちもまだ見つかってないから)」
「(了解! ちょっと遠回りになるけど別ルートでそっちに向かうよ!)」
そんな短いやり取りで念話を終了する。いかにマルチタスクで複数の事柄を同時に処理できると言っても、集中を欠いてしまう事には変わりない。
故に今必要な事柄に集中するために、できるだけ無駄は省いておきたかった。だからアルフとの念話も連携に必要な最小限の情報交換に留めすぐさま探索に集中する。
なぜフェイト達がこのように焦っているのか、それは少し前にさかのぼる。
夕飯も終わり、家族皆で、アリシア達三人は二度目、プレシアとリニスは初めての温泉も楽しんだ夜。みんなで寝ていた時の事だった。
突然一週間前のあの時と同じ悪寒がその場にいた全員に走ったのだった。それによりアリシアはまたもや発作を発症、今回は一週間前とは違い、あの嫌な感覚を覚える程の魔力の疼きが一過性では無く、今もまだ続いている。故にアリシアの体調も危うい状態であり、今現在プレシアとリニスが看病を続けている。
そんな状態の為、フェイトとアルフは海鳴温泉近辺にこの件の原因であるジュエルシードがあるのだと辺りをつけ、現在全力で探している最中である。
そうしてフェイトが海鳴温泉を飛び出してから数分してようやくジュエルシードを発見した。
「(アルフ、見つけた)」
「(! 了解。すぐそっち向かうから!)」
短くアルフに要件を伝えるとすぐさま封印の準備に取り掛かる。
『今は発動直前、施されてる封印が解けかかってる状態だから、とりあえず大魔力攻撃で大人しくさせよう!』
「うん!」
レヴィの言葉にうなづくとともに魔法の演唱に入る。母が最も信頼し、得意とした魔法。母がリニスに知識として与え、リニスから教わり、そして母の監修によって完成を迎えた魔法。
〈Grave Form〉
バルディッシュもこちらにあわせ形態を変える。大魔法用のグレイブフォーム。その姿は杖や斧と言うよりは槍に近いのだが、この形態は大魔法用と言う名の通り魔力の利用に優れている。
変形と同時にフェイトの足元に魔法陣が現れる。今から使う魔法は大規模な魔法なため、このような装置が必要になる。足元を固定すると言う効果もある。
「サンダー――」
フェイトが唱えるのは今現在の自身が無演唱で使える最強の魔法。母から娘に伝えられた魔法。自然の力を借り、電気変換資質があるからこそできる魔法。
〈Thunder Rage〉
「――レイジッ!」
サンダーレイジ、その掛け声とともに迸る雷光は漆黒の夜を一時的に晴らし、その轟音は静かな山の夜を引き裂いた。
動くモノが対象ならば奇襲か、拘束でもしなければ当たらないが、しかしその威力は絶大。今回は動かない物が対象なだけあり、楽に当てられる。しかも、魔法とは言えその実体は雷。音の440倍の速度で空気を引き裂き、そのエネルギー量は1GJにも及ぶ。
発動さえしてしまえば超音速で飛来する魔法を避けれる者はいない。それこそ光速で動かない限りは。
故にあの大魔導師が信頼し、多用する魔法。威力、速度、追加効果。全てにおいて上級、発動の手間はデバイスで補い、屋外であれば魔力消費すら抑えられる優れもの。まさに最強。故に最高。
その最高の魔法は寸分たがわず目標を打ち抜いた。
雷が空気を引き裂く独特の轟音と共に直撃を受けたジュエルシードはその機能を停止したのか魔力の放出を止める。
鳴動を止めたジュエルシードにゆっくりと近づきながら、無言でバルディッシュを突き付ける。そばに寄っても動かない事を確認すると、ジュエルシードをバルディッシュで触ると声をかける。
「バルディッシュ」
〈シリアルナンバー18〉
「封印!」
掛け声とともにバルディッシュが自動で封印魔法を発動する。この封印魔法はプレシアが解析して作成したお墨付きの魔法であるため気兼ねなく使える。
〈ジュエルシード、シリアルナンバー18。封印完了を確認〉
バルディッシュが封印が完全に完了した事を教えてくれる。その言葉でようやく安心を得れたフェイトは、詰めていた息を吐き出すとともに胸をなでおろす。
「ナンバー18」
ジュエルシードを拾いながら封印するときに一瞬見えたナンバーを思い出す。ナンバー18、それは少なくとも同じものが後17個はあると言う事が推測される数字。
「この前のは15で、アルフが見つけたのが02だっけ?」
『そうだったと思うよ』
〈そのように記録されています〉
「そっか」
ならば今回の18を合わせ3個を発見封印したことになる。そうなると残り15個、白い魔導師、なのはと言ったか、彼女が何個か回収しているだろうと予測しても未だこのような出来事が起こらないと言う保証にはならない。
そうフェイトは考えているのだが、実際のジュエルシードの数は全部で21個、その全てが海鳴市に落ちている。
そして現在なのはが回収しているジュエルシードは6個、今フェイト達が回収したのを合わせても9個にしかならない。なので発動前に見つける事が出来なければ、これからあと12回はこのような状態になってしまうと言う事である。
しかし、そんなことフェイトにはわからないし、やるべきことを成し遂げ緊張が切れた今のフェイトはアルフが来るまでゆっくりして、それから帰ろう。などと言う風にしか考えてなかった。
だが、その考えは儚くも叶うことは無い。一人の少女とその言葉によって。
「ねえ!」
唐突にかけられる声、人も寝静まった深夜、しかも山の中で駆けられた声にフェイトの心臓は跳ね上がり、つい体も跳ね上がりそうになる。
しかしそれは精神力で押さえつけ、声をかけられた方向に振り向く。その先には予想通り、一週間前フェイトが出会い一方的にのしてしまった白い魔導師、高町なのはがいた。
「君は……」
「あなた、この前の……」
お互い声が出ない。フェイトはともかく、なのははなぜフェイトがこの場に居るのかがわからないのだろう。
一週間前に自分に関わるなと言った人物がジュエルシードを持っているのだから。
「あの、その……」
なのはは何を言えば良いのか、何が言いたいのか纏まらずしどろもどろになってしまっている。
フェイトはこれ以上関わる訳にもいかないと、バルディッシュにジュエルシードを収納するとその場を去る為に飛行魔法を発動した。
「待って!!」
その様子で逃げられると悟ったのか、フェイトが飛び上がった瞬間、叫び声を上げるなのは。その言葉、自分が呼び止められたことに驚き、またもや動きを止めてしまうフェイト。先ほどと見つめ合う位置は違うが、先ほどと同じように見つめ合うことになってしまう。
「なにかよう?」
呼び止めたのに何も言わないなのはに耐え切れず、つい自分から話しかけてしまうフェイト。その声は感情を表に出さないようにした所為か、とても冷たく感じてしまう。
「っ……」
その冷たい声に怯んだのか、なのはは息をのむが、それでも覚悟を決め口を開く。
「あなたと、話がしたい、んだ」
覚悟を決め絞り出した一言、――話がしたい。
「私はあなたと話す事なんて無い」
しかし、その勇気振り絞りだした言葉はフェイトの一言によって、無残にも切り捨てられる。
「それでも、私はあなたと話したいの!」
それでもあきらめずに声をかけるなのは。未来で『不屈の魔導師』と呼ばれるその精神は伊達では無い。
「……」
相手が全体に折れないと気づいたのかフェイトは小さくため息をつくと飛行魔法を解除しなのはの前に降り立つ。それを、会話をする事を了承したと受け取ったのかなのはの顔は喜びの表情で輝く。
「それで? なにを聞きたいの?」
極めて簡潔に、努めて冷静に話を促すフェイト。しかしなのはにとっては初めてフェイトから話しかけられてこともあり、満面の笑みを浮かべている。
「あ、あのね。その、なんで魔法が使えるのか? とか色々聞きたいことあるけど、その」
「……」
「あなたの、名前を教えて欲しいな」
「フェイト」
「フェイト、ちゃんって言うんだね」
フェイトの名前を聞きだすことができ、あまりの嬉しさに先ほどよりも輝きを増した笑顔で何度もフェイトの名前を呟いていた。
「次は私」
「え、う、うん! 何でも聞いて! あ、私はなのは、高町なのは! 小学3年生、8歳! 誕生日は……」
「うるさい」
なんでも聞いてと言った側から自分の情報を自ら喋り始めるなのはを、フェイトは少し怒気を込めた声で一刀両断した。
それで、やっと自身が思いのほかテンションが上がってしまっている事を実感したのか、なのははうつむくと小さな声で誤った。
心なしか、そのツインテールも気落ちしているように見えるのは、幻覚かはたまた現実か。
「なぜ、あなたがここに居るの?」
落ち込んでいるなのはを無視し、話を進めるために、聞きたかった事を聞く。実際問題、なのはが温泉宿に宿泊しに来ている事を知っているフェイトにとっては、こんな質問をする意味は無いのだが、しかしこの場でこの質問をした方が不自然でないだろうと、否、しない方が不自然であるだろうと判断したために、なのはに少しでも不審がられないようにするためにしたのである。
「えっと、今日は家族と友達と温泉に泊まりに来てて。それで、寝ようと思ったらジュエルシードの反応がしたから、だから」
「そう」
――知っている。
その情報は全て知っているし、予想がついている。なにせなのはにはそう言うつもりが無くても、浴場で一度会っているのだから。
「ねぇ」
「ふぇ?」
唐突に話を切り出したフェイトに困惑するなのは。しかしそんななのはの事などお構いなしに、フェイトは用件を切り出す。
「もう、この件に、ジュエルシードにはかかわらない方が良い」
「なっ!」
「あなたは結局私より後に来た。それはもし私が封印できていなかったら、あなたはジュエルシードの暴走に間に合っていなかったかもしれない」
「そ、それは……」
「それに、前回の一戦であなたは素人だと言うことも予想はついてる」
「……」
フェイトの余りもの一方的な物言いに、なのはは閉口してしまう。それでもフェイトは関係ないとばかりに自分の言いたい事をまくしたてる。
「あなたでは危険すぎる。なぜジュエルシードを集めているのかは知らないし興味もないけど、それが単なる善意だったらやめた方が良い。あなたでは力不足」
「……そ、そんな……」
「私はこれから管理局が来るまではジュエルシードを探す。もし、探している間にジュエルシードの封印が解けても、私の方が早く現場に向かえるし、言ってしまえば魔法になれているから事態を終息させることもあなたよりうまくできると思ってる。
だからあなたはこの件から手を引いて、普通の生活に戻ると良い」
一方的に言われ、なのははついうつむいてしまう。フェイトに言われたことは全て図星だった。そんなことはわかりきっていた。なのはだって今までジュエルシードを封印してきた。確かに被害もだした。ここ最近の海鳴市での原因不明の怪事件はだいたい暴走したジュエルシードの所為だ。もしこの件に当たっていたのが、自分では無く、ユーノに求められていたのがフェイトであったのなら、もっと上手くどうにかできたのであろうことも予想がつく。
しかしそれでもフェイトの言葉は認められなかった。今まで必死に頑張ったのは自分だ。今までジュエルシードを封印してきたのは自分だ。
たしかに、日中は学校もある。家族に内緒にしているので自由に動くことも、助けを求める事も出来ない。そもそも今まで、魔法が使えるのは自分だけだと思っていた。そう、思い込んでいた。
「だからもう、ヒーローごっこは止めて――」
――ヒーローごっこ。確かにそうかもしれない。フェイトから見たら、自分より経験も実力も勝っているフェイトから見たらそうなのかもしれない。それでも、自分は、なのはは今まで頑張ってきたのだ。
胸の中に思いが渦巻く、あまりにもその思いが煩雑で、複雑で、膨大で。いつの間にかなのはは自身の手を強く握りしめていた。
その手が震えている事に気が付いたのは、最初からなのはの側にいたフェレット、ユーノだった。
今はフェレットの姿だが、彼は人間である。そしてジュエルシードをある遺跡から発掘したのもユーノだった。彼は魔法の無い世界に、ロストロギアとも呼ばれる危険物を持ち込んでしまった事に強い責任を抱いていた。誰もが彼の、ユーノの所為ではないと口をそろえて言うだろう。しかし人一倍責任感の強い彼は自分を責めずにはいられなかった。
だから一人でやってきたのだ。しかしそれは無茶でもなんでもなく、タダの無謀でしかなく。結局彼はいたいけな少女を、今まで魔法とは無関係だった少女を巻き込んでしまう事になってしまった。
その少女が今責められている。彼女は、なのはは何も悪くない。むしろ今までとても頑張ってきた。それが最高の結果として表れて居なくても、でも最良の結果としては現れている。現にこうしてこの世界が無事なのはなのはのおかげなのだから。
だから――
「あの!」
――好き勝手言うフェイトに、一言言わなければ気が済まなかった。
「使い魔は黙ってて、今はこの子と話をしているの」
そんな決意はフェイトの冷たい一言によって一刀両断されてしまった。
「ですが!」
だけど引くわけにはいかない。今なのはを擁護できるのは自分だけなのだから。
しかし、そんな思いは実を結ぶことは無かった。
唐突にユーノの目線が上昇する。今現在フェレット、つまり小動物になってしまっているユーノの目線はすごく低い。それこそ人間では想像もつかないような、まるで違う世界にすら見える程の。
その目線が上がった。それもなのはの腰程度まで。
なぜなら、ユーノは今何かに持ち上げられていたからである。
「だ、誰ですか! 離してください!」
『悪いけど、そう言うわけにはいかないねぇ。今あたしのご主人様がアンタのご主人様と話してるんだ。横やり入れるんじゃないよ』
必死の懇願に帰ってきたのは、念話だった。しかもその念話はどこか大人の女性の様に聞こえた。恐る恐る、後ろを確認するユーノ。それで見たものは、オレンジ色の狼だった。
「あ、アルフ」
『フェイト、こいつは私が見張っとくから。だから今のうちに話しつけときな。今後の為にも、ね』
「うん。ありがとう」
アルフと呼ばれたオレンジ色の狼に加えられながらユーノはどこかへと連れて行かれてしまう。
「あの、待ってください! ボクは!」
『いいから、今はあの二人だけにしてやっておくれ』
必死の訴えもアルフは聞く耳を持たず、二人から離れて行ってしまう。この時だけは、小動物の身である自分がとても情けなく思うユーノであった。
そんな二匹が離れて行ったのを確認すると、フェイトは話の続きを切り出すことにした。
「だから、もう一度言うけど。この件からは手を引いて。あとは私達に任せて、あなたは全部忘れて“普通の生活”に戻ると良い」
今まで散々きつい言葉を言ってきたフェイトだが、これはフェイトの優しさでもあった。フェイトは“普通の生活”と言うモノに、一種の憧れを抱いていた。親がいて、家族がいて、友人がいて。それらと笑いあえるそんな普通に。
今では確かに“普通”の生活を送れているのかもしれない。母であるプレシアも、フェイトの隠された思いを悟ってか魔法の関係ない世界で、魔法の必要のない世界で暮らす為に尽力してくれた。
それは、悲しくもジュエルシードと言う災害によって叶う事は無かったのだが、しかしそれでもジュエルシードの事件が一段落すれば、願っていた“普通の生活”を送れるかもしれないのだ。
だから、フェイトはなのはが許せなかった。魔法に心惹かれ、その力を振るう場を、事件を求めているようにしか見えなかった。自身の“普通”がどれだけ幸福なのかも知らずに、“非日常”に埋没しようとしていた。フェイトはそれが許せなかった。そんななのはが、そんななのはにしてしまったジュエルシードが許せなかった。
ジュエルシードが無ければ、彼女は“普通”で要られただろう。初対面で一方的に攻撃した自分に対して復讐するどころか、仲良くなろうとすらする優しい子だとフェイトは感じていた。
そんな優しい子が普通に生きて普通に生活し、普通に終わる。そのどれもが羨ましくて、愛おしいとすら感じていた。それは、“普通”では無い自分へのコンプレックスなのかもしれない。自己満足なのかもしれない。しかし、そんな事には気づかず。嫉妬から出る、『なにかむかつく』と言う思いが原動力となって、フェイトはなのはに対して冷たく接してしまっていた。
「…………ょ」
しかし、その思いはなのはにはわからない。フェイト自身ですら自覚していない思いが、なのはに伝わる訳がない。
だから、なのはは――
「そんなの、フェイトちゃんにわかるわけないよ!」
――なのはは爆発してしまった。
今よりさらに幼い頃ですら、自身の感情を押し込めてしまえる強い彼女の心は、仲良くなろうと思っていた少女に冷たくあしらわれ、今までの自分を否定されたことで壊れてしまった。
「フェイトちゃんに何がわかるの! 私だって、なのはだって頑張ってきたもん! なのはは、魔法だって、いっぱいいっぱい頑張ったもん! それが、それがフェイトちゃんにわかる訳ないよ!」
「わからないよ。だけど、あなたがこのままだと危険なのはわかる。あなたの実力じゃ、これからは――」
「そんなの分かんないでしょ!」
「わかる」
「わかんないよ!」
「わかる」
「わかんない!」
堂々巡りの言い争い。ただ相手の言い分を否定するだけの、叫び声を上げるだけの言い争い。この場に大人がいれば止めてくれたのだろう。お互いの言い分を聞き、二人が納得できるように上手く仲裁してくれただろう。
しかし、この場にそう言う大人は居なかった。この場に居るのはなのはとフェイト、遠くで見ているユーノとアルフ。そして、フェイトの中に居るレヴィだけなのだから。
ユーノは小動物となってしまっているが、実年齢はなのはとあまり変わらない。つまり子供だ。
アルフは見た目は確かに大人のように見えるが、それは使い魔の特性で自由に成長を操作できるからであり、時間を凄した年数で言えば、フェイトより少ないうえ、アルフはフェイトの思いが理解できてしまっていた。フェイト本人は『ただ気に食わない』と思っているだけかもしれないが、アルフはフェイトがなのはを羨んで、なのはの日常を壊したくなくて言っているのだと理解してしまっていた。そしてその思いにアルフも共感できていた。
だから止めない。だから止める事が出来ない。
子供は笑って、遊んで、時にはケンカして。そうして大人になって行くのだ。そうやって人付き合いを学ぶのだ。
悪い言い方をしてしまえば、これはいい機会だった。フェイトが感情で動く。家族以外の人付き合いを学ぶ、良い機会であった。
そして最後のレヴィは……。
彼女には止める気すらなかった。ケンカするほど仲がいい、ではないが。お互いの心を打ち明けるには、強引な手段だが、ケンカがちょうどいい。殴り合って認め合えばいい。この二人ならそれができると、そう思っていた。故に止める気が無い。
むしろ、『これも青春だねぇ』などと親父臭いことすら思っていたりする。
だから、今この場に止める者はいない。止められるものは居ない。
故に、二人の口げんかが、実力勝負にまでヒートアップする事を止められる者はいなかった。
「この分からず屋!」
遂に、フェイトが声を荒げて叫ぶ。フェイトにしてみれば珍しいことだった。
いや、初めてかもしれない。フェイトがフェイトとして生まれてから約半年はレヴィとだけ過ごした。リニスも居たが、リニスは教師であり、フェイトと日常を過ごすなどと言う事はほとんどなかった。次の半年はアルフが加わった。しかしその当時のアルフは未だ幼く、フェイトにしてみれば妹ができたような気分だった。
そしてプレシアとの和解、アリシアの目覚め。
プレシアとの和解の時ですら、フェイトは若干6歳という若さ、自我が目覚めてからは1年ほどしかたっていないと言うのに、大人しく、落ち着いてプレシアを許した。
それから約3年。アリシアはフェイトを可愛がり、プレシアはフェイトを溺愛し、そしてフェイトは二人を尊重していた。一歩引いていたと言っても良いかもしれない。そうしてフェイトが生まれてから4年間、フェイトの世界はそれだけで完結していた。
時の庭園と言う隔絶された世界である関係上それは仕方のないことでもあった。故にフェイトが声を荒げるのは、それも憤りから荒げる事は初めてであった。
「分からず屋は、フェイトちゃんの方だよ!」
なのはは先ほどから叫んでいたせいか、少し声が擦れているように聞こえる。それでも叫ばずにはいられなかった。認めるわけにはいかなかった。自分は良い子でならなければならなかった。そんな自分が、“何もしない事”を求められていた自分が、初めて“何かする事”を求められたのだ。だから今の自分がある。今までの自分の頑張りがある。それを否定する事を、認めるわけにはいかなかった。
「この、分からず屋!!」
その叫びはどちらの叫びだっただろうか。それはわからない。フェイトかもしれないし、なのはかもしれない。それとも、両方かもしれない。
しかし、その言葉で状況は動いた。フェイトは飛行魔法を発動し、なのははデバイス、レイジングハートをセットアップ。バリアジャケットを纏い戦闘態勢に。
「だったら、私が弱いか確かめさせてあげる!」
「確かめる必要は無い。あなたは、弱い!」
お互いがお互いの言い分を叫び、唐突に戦闘が始まる。
フェイトのフォトンランサーに対し、なのはは避ける事を選択する。一週間前は避ける事すらままならなかったが、戦う気が十分である今は反応することができた。故に回避が可能であった。
しかし、それは結果として良い手では無かった。フォトンランサーを避けるために、そちらに意識が集中しすぎたせいで、なのははフェイトから一瞬視線をずらしてしてしまった。
そしてフェイトには、その一瞬で十分だった。
〈Scythe slash〉
バルディッシュをサイズフォームに変形させながら、高速で近づいての一閃。並みの魔導師ですら反応が困難なそれを、素人であるなのはが反応できる訳もなく、フェイトは気づいたらなのはの目の前に居て、バルディッシュを振りかぶっていた。
漆黒の鎌の、無慈悲な刃はなのはめがけて振り下ろされる。避けれる道理はない。そして、なのはには反応しきれずフェイトの攻撃が当たる。
〈Protection〉
かと思われた。それは、なのはの相棒、インテリジェントデバイスであるレイジングハートのとっさの判断により防がれる。
一撃を防いだことを好機だと思ったなのははレイジングハートに指示を送る。
「レイジングハート!」
〈Barrier blast〉
レイジングハートのバリアブラストの掛け声と共に、攻撃を防いでいたプロテクションが炸裂する。
「なっ!?」
予想外の衝撃によってなのはとの距離が開いてしまうフェイト。それを見逃さずなのははレイジングハートをカノンモードへと変える。
「これでも! なのはが弱いって言える!?」
どこか悲壮感を含んだ叫び声とともに放たれる砲撃魔法。
〈Divine Buster〉
ディバインバスター。なのはが初めて使った魔法であり、最も信頼する魔法。単純な魔力を相手にぶつけるだけの砲撃魔法だが、それゆえに大量の魔力が必要とされる。なのはの魔導師生命で最も信頼し、最も使用した魔法でもある。
その魔法がフェイトへと迫る。しかし、フェイトは落ち着いて状況を判断していた。
――砲撃魔法。
彼女が最も信頼すると予想される魔法なのだろう。威力、速度共に申し分ない。しかしそれがフェイトに通用するか、と言われたらNOだ。
速度はフェイトにとって避けられないほどのものでは無い。今から回避行動をとっても十分間に合うだろう。
対して威力はどうか。それは十分だと言える。元よりフェイトのバリアジャケットは一般的なバリアジャケットより防御力を低く作っている。故に直撃してしまったらそれなりのダメージが入ってしまう事も予想される。
故にここで選ぶべき最適解は回避。
――でも、それじゃぁだめ。
しかし、フェイトはその選択を今回ばかりは選ばなかった。いや、選びたくなかった。
――自分の土俵では無く、相手の土俵で、相手の全力を上から潰す!
相手がその分野に自信を持っていれば居る程、精神的な衝撃を与えられる方法だとフェイトは理解していた。
そして、今回なのはにジュエルシードから手を引かせるためには、心を折る必要があった。自分は、全てにおいてなのはを上回る事を示す必要があった。
故にフェイトがとった選択は――
「バルディッシュ」
〈Thunder Smasher〉
――同じ砲撃魔法での勝負。
なのはのピンク色の砲撃とフェイトの金色の砲撃がぶつかり合う。
「レイジングハート! お願い!!」
すかさず放たれたなのはのその言葉で、ディバインバスターの出力が上がる。言葉から察するに、なのは自身は未だ魔力の制御が上手くできないのでデバイスに出力を上げさせたのだろう。
「!?」
ディバインバスターの出力が上がったせいか、それとも元々の威力の違いか。フェイトのサンダースマッシャーはなのはのディバインバスターに押され始めた。
さすがのフェイトも本職の砲撃魔導師に、使える程度の砲撃魔法で勝てるとは思っていない。しかし、素人のなのはに負けるとは思っても居なかった。
――腐っても、AAAランクッ!
自身と同程度の魔力、つまりそれは、天才の領域であるAAAランクである事を示している。その潤沢な魔力から放たれる純粋な魔力砲。技能など要らない力任せな、魔力任せの一撃。ならば、より適性が高い方が勝る。当然の道理だった。
――このままじゃぁ、勝てない……。
認めよう。彼女は、高町なのはは砲撃魔法だけで言えば自分以上なのだと。しかし、ここで負けるわけにはいかなかった。
彼女には思い知らさなければならない。彼女は弱いのだと。彼女の実力ではジュエルシードに関わるのは危険なのだと。
故にフェイトはズルをする。
「(……レヴィ、50%。お願い)」
自身の中に居る、自身以上の才覚を持った隣人に助力を請う。
『良いの?』
「(今は、プライドより結果が大事だから)」
自身のプライドも、勝負のフェアも何よりも結果。『なのはが弱い』と言う結果を示すことが大事だった。
『……わかったよ』
レヴィの同意の言葉と同時に、フェイトの右目が青く染まる。そして、魔力が爆発的に上昇した。
『雷光波!』
フェイトにしか聞こえないレヴィの掛け声とともに、フェイトからもう一本“青色の砲撃魔法”が迸る。それは、フェイトのサンダースマッシャーと交わり、ディバインバスターの勢いを削いだ。
拮抗する両者の砲撃魔法。それは二人の間でぶつかり合い、逃げ場を失った魔力はその場で停滞。臨界点を超え大爆発を起こした。
「きゃぁっ!」
その衝撃で思わず体制を崩すなのは。その胸中には悲しみと共に小さい絶望すら浮かんでいた。
――競り、負けたっ!
自信のあった砲撃魔法。はじめての魔法。最初から今までずっと共にしてきた、信頼の魔法。
それがフェイトには通用しなかった。
最初は自分が勝っていた。しかしそれは勝っていただけであって押し勝てる程では無かったが、フェイトにも勝るモノがあるのだと心底嬉しかった。
それが油断に繋がってしまったのかもしれない。途端にフェイトから感じる圧力が増したと思うと、フェイトの砲撃魔法に“青い砲撃魔法”が重なり、一気に拮抗状態まで持ち込まれてしまった。
――砲撃魔法でも、ダメなの!?
ユーノから褒めて貰った砲撃魔法。ユーノに才能があると、砲撃に関しては誰にも負けない砲撃魔導師としての才能が有ると言われた、その砲撃魔法ですらフェイトには勝てなかった。
――それでも!
それでも負けるわけにはいかない。彼女に、フェイトに認めさせなければならない。自分は弱くないのだと。そうしなければ
――私の、やっと見つけた居場所!
『何もしない事』を要求されてきた自分が、初めて見つけた、『なにかする』事で褒められる場所。それが奪われてしまう。魔法が、奪われてしまう。
――そんなの、嫌だ!!
故にレイジングハートを握りしめ目を凝らす。爆発で生じた煙のどこからでもフェイトが仕掛けて来ても良いように、相手を見逃さないようにと。
しかしその行動は遅かった。戦闘経験の、対人戦闘の経験の差。判断力の差。その全てでなのははフェイトに劣っていた。故に
「チェック、メイト」
なのはが気づいた時にはフェイトはすでに行動を起こしており、サイズフォームとなり魔力刃を展開したバルディッシュはなのはの首筋に突き付けられていた。
「……っ、あ」
負けた。
負けた。
負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた――――――
――負けた……。
バルディッシュの刃を視認したなのはの胸中はその言葉で埋め尽くされていた。
フェイトがその気だったのならば、気づいた時には落とされていたのだろう。首元に突き付けられたこの刃を引けばそれだけでなのはは気絶し、誰から見ても分かる圧倒的な敗北を刻まれただろう。
「う、ぁあ。うっ」
胸の底から悲しみがこみ上げてくる。それと同時に腹の底から叫び声が聞こえる。目の奥から熱さを感じる。そんななのはを、フェイトの“赤と青の双眸”がじっと見つめていた。その視線ですら、その赤と青という真逆の色を携える瞳にすら自分を責めるような何かを感じる。
〈Put out〉
唐突にレイジングハートはジュエルシードを一つ吐きだし、フェイトの目の前へ差し出した。
「レイジング、ハー、ト?」
〈フェイトさん。どうかこれで、この場を収めてはくれないでしょうか〉
ジュエルシードを差し出したレイジングハートがフェイトへ懇願する。
「私は別に、こんなのは」
〈お願いします〉
レイジングハートの力の籠った一言に何かを感じたのか、フェイトはふと一度目を閉じると、バルディッシュを引いた。
「バルディッシュ」
そしてもう一度目を見開いた時、フェイトの瞳は綺麗な赤色の双眸へと戻っていた。
〈イェッサー〉
フェイトの指示に従いバルディッシュがレイジングハートより吐き出されたジュエルシードを受け取る。
それを確認すると、フェイトは何も言わずなのはに背を向け、どこかへと歩き去る。
「うぅ、あぁっ。あ、あぁっぁあああぁぁああああぁぁぁあああああっっっっうぅっ」
フェイトが夜の闇に姿を消して暫くしてからやっと、なのはは大声を上げて泣いた。
泣いた。全てを押し流すように。全てを忘れ去るかのように、泣いた。鳴いて、泣いて、哭いた。
それは魂の叫びだった。自分の魂の慟哭だった。悲鳴だった。
「……なのは」
オレンジ色の狼にやっと解放されたのかユーノが近づきなのはを心配そうに見つめる。
今は何も言ってほしくなかった。一人にしてほしかった。そして、ユーノは何も言えなかった。
それでも、言葉を発する者がいた。いや、“物”がいた。
〈泣いて、なにになると言うのです〉
レイジングハート、なのはの相棒。はじめての魔法から今まで、なのはを支え、共に成長してきた愛機。彼女は、無機質なはずの機械音声に、厳しさと、優しさを込めて言った。
〈今回は負けました。確かに彼女の言う通りマスターは弱い。でもそれは“今”です。彼女がマスターが弱いから手を引けと言うのなら、彼女より強くなってしまいましょう。彼女に勝って、こちらが言い返してやるのです『この件から手を引け』と〉
「で、でも……。わた、わたしじゃぁ」
珍しく饒舌な彼女の言葉が胸に刺さる。その言葉でも涙があふれる。
〈なにを泣いているのです。泣いている暇があるなら考えなさい。心に刻むのです。彼女の動き、彼女の魔法。その全てを記憶し、理解し、取り入れるべき場所は取り入れればいいのです。
良い所は吸収し、劣っている部分は研鑽し、彼女を研究し、そうして強くなり、認めてもらいましょう。マスターは弱くないのだと。マスターは戦えるのだと。あなたの魔法にかける思いは、今ここで、一度彼女に負けた程度で諦められる程の物だったのですか?
それならば、その程度の思いならば捨ててしまいなさい。そんな程度だったら彼女の言う通り諦めたほうが良いでしょう。その程度の強さしかない、“弱い”マスターであったのなら、そちらの方が幸せでしょう〉
「そん、な。そんな、こと!」
――そんな事、無い!!
自分に自信を持てなった。昔から、自分に何ができるのかわからなかった。でも、やっとわかった。ユーノくんが教えてくれ、レイジングハートが導いてくれた。
――魔法。
それは、それだけは私が持てる、他人に自慢できることだった。
確かに、ヒーローごっこだったのだろう。他の誰にもできない事が出来るだけの小娘が、調子に乗っていただけなのだろう。
しかし、それでも自分が誇れることは魔法なのだ。
それしかないと、思い込んでいた。それだけなのだと思っていた。しかし、彼女が、フェイトが言う通り今ここで魔法を忘れ“普通”の生活に戻ったならば、それはそれで何かを見つけ、普通に幸せな生活を送るのだろう。
しかし自分は出会ってしまったのだ。見つけてしまったのだ。それに、決めたのだ。ユーノを助け、ジュエルシードを全部集めようと。
――一度決めた事は、最後までやり通す……。
それを捻じ曲げてしまったら、私は、なのはは幼いあの日以上に、何もできなかったあの日々以上に弱くなってしまう。レイジングハートの言う通り“弱いなのは”になってしまう。
「そんなの、嫌だよっ!」
その叫びは意図したものでは無かった。それは自然と口を突いて出てきた叫びだった。
涙を生んだ悲しみ以上に、なのはの魂が主張した叫び声だった。
〈ならば、強くなりましょう。彼女の言う強さを手に入れましょう。大丈夫です。できます。あなたなら、本当に“強い”マスターならばできます。私もそれを補佐します〉
――あぁ、自分は本当に……。
本当に、良い相棒を持った。
「ありがとう。レイジングハート」
涙で腫れた目を擦り、涙を拭きとりながら言う。
――ありがとう。
こんな自分を支えてくれて、折れかけたを、立ち止まりかけた己を叱咤してくれて。
――ありがとう。
こんな素敵な相棒とめぐり合わせてくれて。
「ありがとう。ユーノくん」
――ありがとう。
弱かった自分を、幼い優越感に浸っていた愚かな自分に気づかせてくれてありがとう。
レイジングハートに、ユーノに――
――ありがとう。
そしてフェイトに――
――ありがとう。
自分を生んでくれた母に、見守ってくれる父に、心配してくれる兄に、優しい姉に――
――感謝を。
自分の日常の象徴たる友人たちに――
――ありがとう。
全てのモノに、空も海も大地も草木も……、森羅万象に感謝を。
なのはは今、生まれ変わった気分だった。今までの自分は先ほどの涙と共に死んだ。流れて消えた。
いまのなのはは相棒の言葉で、フェイトの厳しさで、ユーノの優しさで生まれ変わったのだ。
今ならわかる、幼いころの家族の大変さを。その家族を幼心に恨んでしまっていた自分の幼稚さを。
帰ったたまず謝ろう。兄と、姉と、母に。三人とも不思議な顔をするだろう。それでも、自分が何かを得られたのだと気づき、褒めてくれるのだろう。
そして次に感謝を伝えよう。父に、生きていてくれてありがとう、と。
そして最後に友人に、謝罪と、感謝の気持ちを伝えよう。今の自分の素直な気持ちを伝えよう。
やりたい事を見つけたこと。それで、付き合いが悪くなってしまった事。他人に話しづらく、それで心配をかけていたこと。全てに謝り、そしてすべてに感謝しよう。自分の日常を守ってくれていたことを。
〈マスター。今のあなたは、とても眩しく、輝かしい顔をしています〉
「そうかな」
そうなのだろう。レイジングハートが言うのだ、間違いないだろう。
晴れ晴れとした気分だった。
生まれ変わると言うのは、こういうことを言うのだろう。
「――ありがとう」
自分を気づかせてくれて。その刃で、弱かった自分を晒してくれて。その雷光で、自分を生まれ変わらせてくれて、ありがとう。
「レイジングハート、帰ったら特訓。頑張ろう。もっともっと」
〈はい。容赦はしません〉
「望むところ」
そして、次にあったらまずこの気持ちを伝えよう。感謝の気持ちを。そして、彼女に認めてもらおう。自分の力を。高町なのはは弱くないと言う事を。
そうして、彼女と対等になって、同じ目線になって。それで
――友達に、なって貰おう。
対等でなければ友人でないならば、対等になってしまえばいいのだ。
彼女には今まで2回負けている。それならばあと2回負かしてしまえばいい。それでフェア。平等。対等だ。
そうした思いを、決意を胸に秘め、立ち上がる。
とりあえず今は、この泥にまみれた顔を何とかしなくてはならない。
そうしてなのはは清々しい思いで旅館へと足を向けた。
*
「大丈夫かい? フェイト」
なのはに背を向け一足先に旅館に帰ったフェイトはプレシアや元気になったアリシアに迎えられた。
しかし、その歓迎に応えることは無く、消沈したままフェイトは布団にもぐりこんだ。
そんなフェイトを心配してアルフが布団脇から声をかけているのだが、フェイトは布団を頭までかぶり無視を決め込んでいた。
『ごめん、アルフ。今フェイト落ち込んでるみたいでさ、ちょっと一人にしてやってくれないかな?』
「そうかい、わかった。レヴィ、フェイトお願いね」
『りょーかい』
レヴィの言葉に渋々納得し、アルフはフェイトから離れる。その様子を見守っていた他三人も、今は静かにしておこうと言う結論に達したのか、フェイトを刺激しないように、眠りについた。
『ねぇ、フェイト』
「(……なに?)」
レヴィの言葉には応えるフェイト。意識を完全に落してしまえば、レヴィでも早々たやすくフェイトには干渉できない。それでも、全てを知っているレヴィだけは、許せた。
完全に他人の干渉を切るのではなく、どこか話を聞いて貰いたかったのかもしれない。
『どうして、落ち込んでるの?』
「(……)」
レヴィのその質問にすぐさま答える事は出来なかった。それでも、レヴィは待ってくれている。自分の答えを、自分の言葉を待ってくれていた。
「(また、やっちゃった)」
また、それは先ほどのなのはとの戦闘だった。言葉では無く実力で、一度ならず二度までも。先ほどはなのはの方が発端だったとはいえ、それでもレヴィの力を借りてでも叩きのめしたことは事実であった。
「(彼女の気持ちも考えず、否定して、勝手にむかついて。めんどくさくなって実力行使で)」
自己嫌悪だった。そんな事しかできない自分が嫌になってしまった。もっと話したらよかったのかもしれない。彼女の話をもっと聞いてあげれば良かったのかもしれない。
その全てが後の祭りで、どうしようもなくて。結局冷静で無かったのは自分もそうなのだ。
歩み寄ろうとしていた彼女を否定したのは自分なのだ。
『きっとフェイトはなのはの事が心配だったんだよ』
「(そんなことない)」
そんなはずがある訳がない。そうであったのなら、あんな暴力で叩きのめすようなことするはずがない。
『多分そうだよ。考えてみて、フェイトは何でなのはにジュエルシードから手を引いて貰いたかったの?』
「(……それは)」
それは、彼女が危なっかしくて。
『なんで、危なっかしいと思ったの?』
彼女が弱いから、彼女の実力だと危険だと思ったから。
『なんで、彼女が弱いとフェイトが心配するの?』
それは、危険な物だって言ってるのに、弱いまま首を突っ込んで、それで
「(それで、怪我しちゃうから……あ)」
『そうだね、弱いまま危険なことをしたら、怪我しちゃう。それが嫌だから、なのはにそんなことになって貰いたくないから、フェイトはなのはに魔法に関わって貰いたくなかったんでしょ?』
「(そんなこと、ないよ)」
『確かに、やった事は乱暴だったかもしれない。それはなのはを心配してたからで。やり方は間違っちゃったかもしれないけど、でもその思いは間違ってないと思うよ』
「(そう、なのかな)」
『そうだよ。それになのはは“強い”子だから』
「(強い?)」
『そう、“強い”。だからフェイトのキモチもきっとわかってくれるよ』
「(……そうかな)」
『うん、今はわからなくても良いけど、きっとフェイトは彼女の強さに気付くときがあると思う。今は気に食わない子でも、なんで気に食わなかったのかその理由がわかる時が来ると思う』
「(……)」
『だから、その時はちゃんとなのはの事を見てあげて、そうすればフェイトの事も、なのはの事も、全部わかると思うから』
「(そんなの)わかんないよ」
最後の言葉は自然と口に出ていた。予想以上に疲れていたのか、もうフェイトの意識はまどろみの中で、念話すらできない状態で、そうしてゆっくりと沼に沈むように意識を落していった。
『理屈じゃなくて、心でわかるとおもうよ。その時になれば、ね』
そんな、レヴィの声が、聞こえたような気がした。
*
ある時、ある場所に次元空間を飛ぶ船がある。
次元航行艦『アースラ』
それは、管理局が保有する次元移動技術の粋をこらした、戦艦の名前であった。
それは今、多数ある次元世界のパトロールと言う任務を帯びて、次元間を飛んでいた。
その中の一室。所謂艦長室と呼ばれる部屋がある。そこには、30代の翠髪の女性と、10歳程度に見える黒髪の少年がいた。
「第97管理外世界 惑星『地球』、ですか。なんでこんなところにこんな物が」
手に持った指令書を見ながら黒髪の少年。クロノ・ハラオウンは言った。それは独り言のようにも、愚痴の様にも聞こえた。
「仕方ないじゃない。匿名とは言えロストロギアの発見報告。それの危険性を書き連ねられた資料と一緒に通報があれば、ね」
クロノの言葉に反応するのは翠髪の女性、リンディ・ハラオウン。この戦艦の艦長であり、クロノの母親でもあった。
「しかし、偶然管理外世界に旅行していた魔導師が発見、対処していると言う状況がもう怪しいです」
「確かに怪しいけど、ロストロギアの情報がある以上行かないわけにはいかないでしょう? 私たちは管理局員なのだから。
それに、送られた資料によると発見されたロストロギア、ジュエルシードは一月前に管理局に輸送依頼が届けられているわ。残念ながらそれは断られているようだけど」
「……その所為で管理外世界にジュエルシードがばら撒かれてしまった、と?」
「数週間前の通報ではそうなってるみたいね。資料上は」
「それで、なぜ僕らに命令が飛んでくるんです。そんな通報が来ているのだったらもっと事前に専用のチームを組んで対処するべきでしょう!」
「それを私に言われても困るわ~。私が受けた依頼は、『哨戒任務を一時中断、97管理外世界に向かい、その世界に飛来したと思われるロストロギアを回収してこい』ってだけですもの」
「だから、それを哨戒任務をしていた我々に来るのがおかしいんですって。この船の戦力はそこまで多くないんですよ?」
「そりゃぁねぇ、哨戒任務ですもの。武装局員が約20名。それにAAA+ランクの最年少執務官様が一人。私も戦力に数えるならまぁそれなりの戦力とは言えるのでしょうけど……」
「艦長は艦の指揮が仕事です。それを放り出して戦闘をするだなんて……」
「わかってるわよ」
「なら良いんです。しかし、そんな戦力の艦にロストロギアの収集だなんて、無謀も良い所じゃないですか」
「そうねぇ。でもそういう命令だしねぇ」
「だいたい、なぜロストロギアの輸送任務を断ったんですか! そんなことしなければこんなことにはなっていなかったと言うのに!」
「一応、資料では『管理局が護衛するほどの危険性をロストロギア、移動経路の環境共に認められなかった』ってなっているけれど」
「そんなもので断るのがどうかしているんです! その処理をした管理局員の給料は下げるべきだと!」
「まぁそんな権限クロノどころか私にも無いのだけれどね、部署違いですし」
「他には、なぜロストロギアの通報があったにもかかわらず、一回目を無視したのかってのが問題だ! 2回も通報が無ければ動かないだなんて、管理局は怠惰な組織だと思われるだけじゃないか!」
「大きくなりすぎるのも、問題って言えば問題よねぇ」
「まったく! この案件を処理していた部隊はいったいどこなんだ! 今度帰ったら文句を言いに行ってやる!!」
「あまり怒りすぎるのもどうかと思うわよ?」
「母さんが能天気すぎるだけだ!」
「あら、今は勤務中なので『艦長』なのでは無くて?」
「ぐ、か、艦長ももっとこの件について、深刻に考えるべきだと僕は思うのですが」
「あらあら、怒りんぼさんねぇ。お茶でも飲んで一息ついたら?」
「結構です! そんな砂糖の塊飲んだらますます血圧上がりますよ!」
「あら、失礼ね。糖分は脳のエネルギーだからいいのよ。それに砂糖の塊だなんて失礼しちゃう」
「とにかく、すでに手遅れかもしれないとはいえ、ロストロギア事件の解決は管理局の責務。早く向かいましょう」
「えぇ。それに、激しい戦闘になるかもしれないわ。気を付けてね、クロノ執務官」
「わかっています。今から調整しておきますよ。それでは」
「えぇ。それでは」
と言うわけでようやく無印編2話を終わります。長かった。合計で約29000文字。どうしてこうなったんだ……。
話しは変わりますが、2/15 午前3:00現在、この小説が日間ランキング31位にランクインしてました。マジびっくりしました。
これも、応援してくださる、見てくださっているみなさんのおかげです。どうかこれからもよろしくお願いします。
それと、次回もまた1月半くらい時間をいただきます。このぐらいの分量だとしたら、ですが。短ければそれ相応の期間になると思います。