なのはが出撃しようとしているその頃。
聖祥の通学路で息を荒げて道路に蹲っている少女と、その少女を心配している良く似た少女、二人が居た。
「……っ! ぁあっ!」
「アリシア! しっかり! しっかりして!」
苦しんでいる少女、アリシアは額から脂汗を大量に流し胸を押さえて呼吸すらままならない様子で蹲り、もう一人の少女、フェイトはそんなアリシアに対してどうすれば良いのかわからず、狼狽え声をかける事しかできなかった。
「フェイト! アリシア!」
そうしていると、少し遠くから走ってくるのは一人の女性。
オレンジ色の髪をして露出の激しい服を着ている、フェイトの使い魔、アルフが駆けてきた。
「アルフ! アリシアが! お姉ちゃんがっ!!」
「わかった。わかったから直ぐアリシアを連れて家に帰ろう」
戸惑いのあまりアリシアへの呼び方すら定まらなフェイトをなだめ、アリシアを背負うアルフ。
「とりあえず人目のつかないところに行こう、そうしたら転移で直ぐ帰れる」
「……う、うん」
アルフの言葉に頷き、歩き出す二人。
アリシア達がこうなってしまったのにはわけがある。
それは当然のことながら、今現在なのはが戦っているジュエルシードの暴走体が原因なのだが、何時もであったらここまでひどくは無かった。
それもそのはず、今まではジュエルシードが起動しかける余波だけで体調が悪くなっていたのだが、今回は完全な起動、それも6個同時にその全てが一体の暴走体に吸収されると言う最悪の状態になってしまっている。
その余波は想像以上であり、一瞬海が荒れたかと思えばアリシアはなんとか意識を保っているものの倒れ、ストレスにより呼吸困難になってしまったほど。
そして結界が張られた今ですら、暴走体が放つ魔力の波動は結界を揺るがし、結界から漏れ、その漏れた魔力が今でもアリシアを苦しめている。
「アリシア!」
転移で家に帰るとプレシアが慌ててアリシアに駆け寄る。
リニスはエコモードを解除し、アルフと共に強力な結界を家に張る。
それでもフェイトを襲う悪寒は、心臓を振るわせるざわめきは収まらなかった。それはつまり、アリシアへの負担も無くなっていないと言う事だ。
「っ! 結界を張ってもダメみたいね。リニス、転移でアリシアをあっちに送れる?」
「それが……」
プレシアの質問に顔を曇らせるリニス。
「それが、この魔力波の影響なのか、転移が安定しないんだ。この町の中程度の短距離ならともかく、時の庭園までの長距離転移となると……」
「下手すれば次元の狭間……、と言うわけね。わかったわ」
アルフの言葉を聞き、転移が不可能とわかったプレシアはすぐさまデバイスをセットアップし、自身も結界を張り始めた。
その光景を見てフェイトは拳を強く握りしめ、唇を噛むほどの怒りに震えていた。
――管理局はっ、あの子は何をっ!
それはこの事件を未だ解決できていない管理局への、そして、高町なのはへの怒りだった。
魔法に関わると決めたのならば、もっとしっかり働いてほしい。ロストロギアの管理を謳うのならば、もっとキチンと管理して欲しい。
色んな不満が、言葉にならず頭の中を飛び回る。
――私、なら……。私とレヴィだったらっ!
無意識に魔力波の中心を感じ取りそこを睨むフェイト。
しかし、その思いは的外れであるとも感じていた。
彼女が魔法に関わると決めたのと同じように、フェイトは魔法に関わらないことを決めたのだ。
ならば、ある意味逃げ出した自分が今更出て行って何をすると言うのだ。なんと言うのだ。
厚かましく彼女を、高町なのはを罵れとでも言うのか。そんな厚顔無恥な行為はフェイトにはできなかった。
――私は、どうすればっ
最初感じていたはずの怒りは、結局苦しむ姉に対して何もすることのできない自身へのいら立ちへと変わっていった。
そうして自身を責めているフェイトの首元から声が聞こえた。
〈行きましょう〉
その言葉は口数が少なく、機械音声ではあるが確かな“熱”をフェイトに感じさせる声だった。
「バル、ディッシュ……」
〈行きましょう、サー〉
ただそれだけ、無口なデバイスであるバルディッシュの口数はやはり少なかった。しかし、その少ない言葉に乗せられた“熱”は、苛立ちによって燻っていたフェイトの心に火をくべた。
「でも、私は……」
――私は、もう選択してしまったから……。
魔法から背をそむけることを。ジュエルシードから目を背ける事を選択してしまったから。だからその選択は、その思いは許されない。行ってはいけない行為だ。
そんな事をしてしまったら、あの時の自分だけでは無い、彼女の選択すら踏みにじる事になってしまうから。
「……ィト」
「え?」
そう、思い悩んでいたフェイトに微かな声が聞こえた。
「フェ、イト」
それは、ベッドの上に寝かせられたアリシアの物だった。
「アリシア!? どうしたの?」
すぐさま駆け寄って声をかけるフェイト。
「フェイト」
そのフェイトに気付いたのかアリシアは苦しそうな顔に笑みを浮かべながらフェイトを見る。
「フェイト。気にしないで、良いん、だよ」
か細い声。だがフェイトは極力顔を寄せ、一言も漏らさぬように耳を澄ませる。
「もっと、我がま、まになって、良い、んだよ」
「アリシア?」
アリシアが何を言っているのか、フェイトには理解できなかった。何が良いのか。何をどう我が儘になれと言うのか。
だが、その疑問はアリシアでは無く、隣に立っていたプレシアから教えられた。
「そうよ、フェイト。なにも気にしなくていいわ。あなたは、あなたのやりたい事をすればいいの」
「母さん……、でも……」
「もしそれが悪いことならば叱ってでも止めるわ。だけど今は違うのではいかしら? あなたは、あなたのやりたい事は、アリシアを助ける事でしょう?」
「……そう、なのかな」
――そうなのかも、しれない。
プレシアに言われ、アリシアに許されようやく気づけた。自分はアリシアを救いたかったのだと。
しかし、過去の自分は『魔法に関わらない』と言う選択をした。故に、アリシアを救うために過去の選択を覆すと言う我が儘を、フェイトは許せなかった。誰でもない、自分が我が儘を言う事を許せなかったのだ。
「フェ、イトお願い。おね、ちゃんを、たすけ、て?」
か細い声、青い顔。誰が見ても体調が良いとは言えないアリシアだが、フェイトに心配を駆けまいとその顔には笑みを浮かべ、そして今、免罪符すらフェイトに差し出してくれた。
フェイトの我が儘では無く、姉のお願いだからと。フェイトの心に、逃げ道を作ってくれた。
「……う、ん。うん。うん!」
フェイトは自然と泣いていた。自分はこのほとんど年の変わらぬ姉に、どれだけ心配をかけていたと言うのか。
「フェイト。もっと自分に正直になりなさい。もっと我が儘を言っても良いの」
うつむき、涙を流すフェイトをプレシアは優しく抱きしめてそう言ってくれた。
『フェイト』
そうして、家族の愛に涙するフェイトに聞こえる声。念話では無く、フェイトの頭に直接響く、フェイトにしか聞こえぬ声。
『行こう』
その声はまるで自分の本心の代弁者の如く。たった一言だけでフェイトを促した。
「うん!」
その声に、姉の思いに、母の願いに強く頷き、涙をぬぐう。
「行くよ。アルフ、バルディッシュ」
〈Yes,sir〉
「あぁ! いっちょ派手に暴れてやろうよ!」
自身の使い魔と愛機に声をかけ、バリアジャケットを纏う。アルフも私服からバリアジャケットへと変え、フェイトの側に立つ。
「フェイト」
「アリシア、大丈夫。私が、お姉ちゃんを必ず助けるから」
そんなフェイトを見つめる姉の視線を受けながら、フェイトは強く宣言する。
誰でもない、自分に言い聞かせるために。
「がん、ばって、ね」
アリシアのその言葉を聞きながら、フェイト達は転移した。
目指すは、発動して暴走している、ジュエルシード。