これから、無印編最終話を開始します。
まずは前回の事件の後から
副題は
『覚悟を決めた彼女』
ジュエルシードの封印後、フェイト達はアースラに居た。
武装局員も含め、戦闘に参加した者で負傷者は少なからず出たが死者は出ず、あの規模の暴走体相手だったら十分以上の戦果だと言える。
そしてラストアタックを決めた功労者であるはずのなのはは、今クロノに怒られていた。
「まったく! なんだあの魔法は!!」
「あ、あれは、ディバインバスターのバリエーションで……」
「違う! そんな事を聞いているんじゃないし、そもそもアレは砲撃魔法とは違う種類の魔法だ! 大体なんなんだあの威力は! フェイトが気づいたから良かったものの、下手したら暴走体ごと僕達全員を消し飛ばすところだったんだぞ!!」
「で、でもちゃんと非殺傷設定にはなってたし……」
「あのクラスの集束砲撃に非殺傷なんか関係あるか! 非殺傷でも衝撃や軽い痛みなら感じると知っているだろうし、説明もしただろう! あの威力ならその衝撃や痛みだけでショック死する可能性だってあるんだぞ!」
「で、でも、あの時はアレを使うしか……」
「それにも限度があると言っているんだ! 集束魔法と言うのはため込み、収束した魔力の量が他の魔法より直接影響する魔法なんだ、そんな魔法をあの量の魔力で撃ったら大惨事になるに決まってるだろう!」
「で、でも、私はアレはただの砲撃魔法だと……」
「……そうか、君にはまだ集束魔法の説明をしていなかったな」
しばらく怒鳴って頭が冷えたのか、なのはの言葉に思う事があったのかはわからないが、クロノはその怒りを鎮め、いつも通りの冷静さを取り戻した。
「とにかく、今度僕が集束魔法の訓練に付き合うから、アレを放つ機会は早々無いと思うが、むやみやたらに使う事はしないでくれ」
「……わかりました。その、ごめんなさい」
そう言ってなのはが頭を下げると、その話題はそれで一区切りとなり、空気を読んでなるべく呼吸すら控えていたエイミィやユーノは大きく息を吐き出した。
そうして部屋の空気が変わったのを確認すると、同じ部屋にいたリンディが大きく手を鳴らし、皆の視線を集める。
「皆さん、執務官さんのお説教も終わったみたいなので本題に入ります」
リンディの言った言葉に、クロノは少しバツが悪そうに視線をそらす。
「ジュエルシードの封印、そして暴走体の討伐。お疲れ様でした。特になのはさんとユーノくん、それにフェイトさんとアルフさんは本当にありがとうございました。あなた達が居なければ私たちは非情な判断を下さなくてはならなかったでしょう」
リンディのその言葉になのはが手を上げ質問する。
「あの、非情な判断ってなんですか?」
「……それは、この戦艦『アースラ』に搭載されている主砲で、海鳴市毎暴走体を『消滅』させると言う事です」
「そんな!」
リンディの告げた言葉はなのは達にとってまさに非情な手段だった。いや、非道な手段とも言えるだろう。
魔法文化の無い97管理外世界の一つの国の一区画が消滅するのと、巨大な次元震が発生して周りの世界毎消滅するのでは当然前者の方が被害は少ないし、管理局にとってはそちらの方がまだましである。よって、曲がりなりにも提督の称号を与えられ、一つの戦艦を任せられているリンディは、最終的にその判断を下しただろう。
そこにどのような葛藤や苦しみが有ろうと、世界の守護者とはいえ、時には小を切り捨て大を助けなくてはならない時はあるモノなのだ。
「ですが、それもあなた達の活躍のおかげで選択せずに済みました。ですので重ねてお礼申し上げます。ありがとうございました」
そう言って、リンディは頭をさげる。
「……なのは、僕が出撃前に君に言った事は強がりでもなんでもない。管理局員としての誇りと責務から言った本心だ。だが、君たちのおかげで助かった事には変わりがない。本当に、ありがとう」
そう言ってクロノもリンディに続き頭を下げる。そしてその二人につられるように、周りの乗組員や、武装局員が全員頭を下げた。
『ありがとうございました!』
そう言って頭を下げる局員たちにどう声をかければいいかわからずおろおろするなのは達三人。
そんななのは達を見かねて、リンディが最初に頭を上げ、他の全員の頭を上げさせた。
「皆さん、なのはさん達が困っているから頭を上げましょう。さて、なのはさん、ユーノくん、それにフェイトさん達。私たちはあなた達になにかお礼をしなくてはならないのですが、なにが良いですか?」
「え? い、良いですよ! そんなの、私がやりたくてやった事ですし……」
リンディの切り出した言葉になのはは声を上げ遠慮するが、それはリンディが許さなかった。
「いえ、なのはさん。これは組織として必要な事なのです。信賞必罰、管理局は司法行政立法、全てを司っていますが、特に司法の趣が強いです。そんな私たちが良いことをした人に何もしなかった、では済まされないのです。だから、私たちを助けると思って、何か言ってください。できる限りのことをさせてもらいます」
リンディにそこまで言われては、遠慮するなど言えなくなってしまったなのはは必死に頭をひねらせていた。
一方同じ事を言われているフェイトは、念話でレヴィやアルフと相談していた。
「(どうする?)」
「(あたしは別に何でもいいよ)」
「(レヴィは?)」
『特に何も思いつかないな~』
「(だよね)」
元々アリシアの苦しみを和らげるために戦闘に介入したのであり、その目的を達成している今、特にこれと言った事は思いつかなかった。
「(またプレシアに丸投げしたらいいんじゃないかい?)」
『それもそうだね~。プレシアならボク達に悪いようにはしないだろうし、ぶっちゃけ今日は早く帰りたい』
「(私も、じゃぁそれで良いか)」
「(異議なしだよ)」
『異議な~し』
三人の会議がひとまずの決着をつける頃、なのはの方も何か思いついたのか声を上げた。
「あの!」
「はい? どうしましたか?」
「えっと、まずフェイトちゃんが良いかどうか聞かなきゃダメなんですけど、少し良いですか?」
「……はい? え、えぇ。良いですが」
なのはの言っている意味が良く理解できず、リンディはつい首を傾げてしまうが、そんなリンディは気にせずなのははフェイトへと向き直る。
「フェイトちゃん……」
「なに?」
名前を呼ばれ、返事をしただけなのにフェイトの語気はつい荒くなってしまう。
なのははそれに一瞬、ほんの一瞬だけ怯むが、それでも気を強く持ち、フェイトに言った。
「私と、戦ってください!」
「!!」
なのはから言われた言葉はある意味予想はしていた。しかしそれをこの場で言うとは思わなかったのだ。
「私の我が儘だってわかってる。それでも、もう一度、もう一度だけで良いから、私と戦ってください! 全力で、本気で、私と!」
なのはのその言葉には熱がこもっていた。その熱はフェイトがなのはに会う度に冷たくなるフェイトの心に火をくべる程の熱だった。
フェイトはその熱を無理やりおさえこもうとした。戦う理由が無い。ただその言葉で。
しかし、それを止める声があった。
『フェイト、受けよう』
それは、レヴィの声だった。
今までレヴィは温泉の時以外でフェイトとなのはの関係について口出しすることは無かった。だが、今この時はレヴィの中にも譲れないものがあった。
『多分だけど。なのはに、彼女に全力でぶつかればフェイトのそのもやもやも解けるはずだよ』
レヴィは見抜いていたのだ。フェイトの心の波を。なのはに会う度にかき乱されるフェイトの心を。
(でも、私には彼女と戦う理由は……)
『でも、今逃げればそのもやもやはずっとそのままだよ』
――逃げる? 私が?
レヴィの言葉のたった一言がフェイトの頭の中を支配する。
『今逃げても、彼女とは同じ学校で共通の友達もできてしまった。もし、このままなのはを避ければ自然とアリサやすずかとも疎遠になるよ』
(そ、それは……!)
それは、嫌だった。はじめてお友達。せっかくできた『普通』の友達だった。
学校で話、放課後には共に遊ぶ。ただそれだけの関係。しかし、フェイトが夢見ていた『友達』でもある。
『もし、フェイトがアリサ達と疎遠になったら、きっとアリシアもそうなっちゃうだろうね』
(なんで!? アリシアは、お姉ちゃんは!)
――関係ないはずなのに!
そう思っても、レヴィに伝える事は出来なかった。なぜなら、レヴィが先に言葉を紡いだから。
『関係ないわけ、無いじゃん。アリシアは多分友達よりフェイトの方を優先するよ。フェイトが一人になりそうなら、友達と疎遠になってでもフェイトの側に居ると思うよ』
(なんで?)
――なんでお姉ちゃんはそこまで?
そこまで、自分を愛してくれるのか?
『フェイトの、お姉ちゃんだからだよ。フェイト、もう逃げるのはやめよう。なのはとぶつかり合って、もやもやも、ごちゃごちゃな頭の中も全部吐き出そう。なのはにぶつけよう?』
レヴィの言葉がフェイトのぐちゃぐちゃになりかける頭の中に入ってくる。
姉の為、姉を一人にしない為。
レヴィの為、レヴィがそうしろと言うから。
彼女の為、彼女がそうしたいと言うから。
あらゆる言葉が、あらゆる言い訳がフェイトの中でめまぐるしく現れては消えていく。
『甘えるなよ! フェイト・テスタロッサ!!』
そんなフェイトを感じ取ったのか、レヴィが大声を上げる。
幸い、今の状況ではその声は自分以外には聞こえていないが、それでもその声に驚き、肩が飛び上がったフェイトを、目の前のなのはは心配そうに見つめる。
「フェイト、ちゃん?」
「ご、ごめん、もう少しだけ、まって、考え、させて」
「う、うん。良いけど……」
なのはに震える言葉で伝え、もう少しだけの猶予をもらう。
――なんで? なんでレヴィは怒るの? なんで? なんで……。
なにもわからなかった、前後不覚に陥ったように、まるで唐突に視力がなくなったかのように目の前が真っ暗になる。
生まれたころから一緒に居て、支え続けてくれたレヴィからの叱責は、それほどフェイトに衝撃を与えていた。
このまま意識を失ってしまいそうな程のめまいの中で、それでもレヴィの声だけは澄んだ空気に響くように良く聞こえる。
『もう、全部他人に任せるのはやめよう? 自分が動く理由を、アリシアに、プレシアに、ボクに。誰かに委ねるのはやめようよフェイト。そうしないと、本当にフェイトは『お人形』になっちゃうよ?』
人形、『お人形』。どこかで聴いた事のある響きだった。
――あれは、確か、そう……。
レヴィと出会ってから、フェイトになってから1年がたった頃、プレシアとぶつかり合った時、プレシアが言った言葉だった。
――お人形を娘だと思えですって!?――
そう、確か最初、フェイトはプレシアにとっては『お人形』だった。
――でもそれは、あの時終わったはず……。
そう、あの時レヴィのおかげでフェイトは『お人形』ではなく『娘』になれた。なれた、筈だった。
――でも、私は、ずっとお人形だったの?
自分の行動を他人に委ねるな。そう、レヴィは言った。
確かに、今までのフェイト自身を振り返ればフェイトはいつも受動的だった。
“フェイト”になる前、まだ“アリシア”だった頃は、母から言われた勉強だけを淡々とこなしていた。それしか知らなかったし、それだけやれば母が喜んでくれたから。
“フェイト”として生まれたころからレヴィに何をしたらいいか聞いていた。アルフと出会った時も、レヴィに背中を押されなかったら結局森の奥には行かなかったかもしれない。
アリシアが元気になってからは、何時もアリシアに手を引かれていた。常に、アリシアはフェイトの隣か前に居た。
そうしてついさっきも、自分が何をすればいいのか、何をしたいのかわからなくなったフェイトにアリシアは理由をくれた。
アリシアが言わなければ、結局フェイトは今も側でアリシアの手を握っていただけだったかもしれない。
フェイトは、やっと気づいた。今まで自分がどれだけ周りに依存していたのか。どれだけ主体性が無かったのか。
環境が悪い、自立させるよう躾けなかった家族の責任。そう言ってしまえばそうなのだろう。
だが、レヴィはそれを終わりにしようと言うのだ。
『フェイトが、唯一誰からも言われないで、感情的になるのが、なのはとの事だけだったんだよ』
――そう、だったかもしれない。
別に誰にも、彼女に対し苛立ちを覚えろとは言われていない。誰も、彼女を叩きのめせとは言っていない。
それでも、フェイトはなのはに苛立ちを覚え、なのはを叩きのめした。
『フェイトがなんでなのはが気になるのか、なのはに苛立つのか、ボクにはわからない。だけど、もう一度ぶつかれば、きっとわかるから』
なぜなのか、それは自分でもわからない。だけど、レヴィはわかると言う。
「わかった」
その言葉は自然と口からこぼれていた。レヴィに言うでもなく、なのはに向かって言っていた。
「戦おう」
視界を取り戻した瞳でなのはを見つめ、床を踏みしめた足でしっかりと立ち、宣言した。
「もう一度、全力で」
「……うん!」
力強いフェイトの言葉に触発されたのか、なのはは満面の笑みを浮かべて答えた。
「リンディさん、お願いします。私とフェイトちゃんが全力で戦える場所をください。誰にも迷惑を掛けずに、私たちの全力を出せる場所をください!」
なのははリンディに振り向き、お礼の内容を言った。
「……わかりました。ですが、時間を貰いますよ?」
「はい!」
「大丈夫です」
「それでは、そうですね1週間。1週間後の昼、海鳴臨海公園で待ち合わせましょう。それで良いですね?」
「はい! ありがとうございます!」
「よろしく、お願いします」
リンディは快く引き受けてくれたことに二人はお礼を言った。
「はい。それじゃぁフェイトさんは、何かありますか?」
「……少し、母と相談させてください」
「そうですね、わかりました。できるだけ早く決めて連絡してください」
「はい」
「それじゃぁ、今日は遅くなったので解散しましょう。なのはさんも、お家に送りますよ」
フェイトの要求もあっさりと通り、この場はそうして解散となる。
「フェイトちゃん」
別れ際、なのはが声をかけてきた。
「私、負けないから」
「……私も、負けるつもりはない」
お互いがお互いに発破をかけ合い、その場はそのままもう何も言わず帰路についた。
と、言うわけで、まずは事件の後始末でした。
レヴィのフェイトへの発破。
これを持って無印編の章題である、『幸せになる為の戦い』のレヴィの求めていた戦いが始まります。
次回は明日の0:00となります。