魔法少女リリカルなのは L×F=   作:花水姫

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第2話 「目覚めない彼女」

 

 「……フェイト……」

 

 最愛の娘の手を握りながらプレシアはその名を呼ぶ。

 

 場所はアースラの医務室。

 

 フェイト達が何者かに襲われたしばらくした後にようやく地球に到着し、気絶していた二人を回収したのだ。

 

 フェイトが寝かされているベッドの隣にはなのはが寝ており、それを囲むように高町家の面々がなのはを心配そうに見つめている。

 

 

「すみません皆さん、遅くなりました」

 

 医務室の扉が開きそう言いながら入ってきたのはアースラの責任者であるリンディ。なのは達の検査やクロノ達の報告などを纏めてから来たらしい。

 

 そんなリンディに気付き桃子が声をかける。

 

「リンディさん」

「遅くなってすみません桃子さん。テスタロッサさんも」

「いえ、それでこの子達はどうなの?」

 

 リンディに声を掛けられプレシアも顔を上げながら言う。その言葉にその場にいた全員が固唾を飲んでリンディを見つめる。

 

「はい。なのはさんにフェイトさん。二人とも命に別状はないでしょう。激しい戦闘があったようですが、二人には高度な治療の痕がありました。それのおかげで後遺症が残る、と言った事もないでしょう」

 

 

 リンディの言った言葉になんとか安心し安堵の息をつく面々。

 

「今目が覚めないのは、戦闘での疲労もありますが何よりもリンカーコアの衰弱が原因であると思えます」

 

 続き放たれた言葉にプレシアはいぶかしげにリンディを見つめるが、高町家は得心がいかず美由紀などは首をかしげている。

 

「リンカーコアの衰弱? 魔力の使い過ぎでは無くて?」

 

 リンディにそう質問するのは自身も大魔導師と呼ばれ、過去ある理由でリンカーコアの研究もしたプレシア。その質問にリンディは頷き答える。

 

「はい。魔力の使い過ぎ、にしては衰弱が激しいです。これは今までの魔導師襲撃事件の共通項なのですが、なのはさんとフェイトさんは魔力を無理やり吸い出されたと予想できます」

「無理やり、ですって!?」

 

 リンディの放った言葉の異常性に気付けるのも、やはりプレシア一人だけ。

 

「はい。その所為でリンカーコアが衰弱し、それによって二人は未だ目覚めていないと思います。医務官の診察によると早ければ明日にでも、遅くても数日中には目を覚ます、と言う事です」

 

 その言葉に高町家の面々は一際安心したように力を抜く。しかしプレシアは険しい表情を止めていなかった。

 

 

――魔力の強制的な吸収。なのはちゃんとフェイトが襲われた……。これは、レヴィの言う闇の書が動き出した、とみて間違いないわね。

 

 

 レヴィから聞いた話、“原作”2つ目の事件。それが闇の書事件。それが始まったと言う事はすでに闇の書の主自体ものっぴきならない所まで来ていると言う事である。

 

 

 そんなプレシアの考えはリンディの声で中断される。

 

「テスタロッサさん? どうしましたか?」

「え? あ、あぁ。ごめんなさい。少し考え事を」

「そうですか。それで、失礼ですがテスタロッサさんの魔力ランクはどのくらいですか?」

「私? 私は、……Sランクよ」

「そうですか、ではアリシアさんは……」

「Fランクよ」

 

 リンディの質問にすぐさま答えるプレシア。その答えを聞きリンディは頷き少し考えた後口を開く。

 

「そうですか、ではやはりテスタロッサさんにはこちらから護衛を付けましょう」

「私が襲撃されるかも、と言う事ね?」

「はい。なのはさん達を襲った犯人が今までの魔導師襲撃事件の犯人だとしますと、その理由は魔力を蒐集する事なのではないかと思われます。共通項としては魔力保有量が多い、大体AAランク以上の魔導師が襲われています。その犯人からしてみれば、魔力ランクオーバーSのテスタロッサさんは十分以上に襲撃の対象になるかと」

「そうは言っても、悪いけど家の子ですら倒された相手よ? そっちにそれ以上の戦力がいて?」

 

 プレシアの言う事は最もであり、フェイトとなのはは魔力ランクAAAの期待の新星である。魔導師としての戦闘力、魔導師ランクは少し落ちるだろうがそれでもAAは硬い。そんななのは達に1体1で勝てるアースラの職員はリンディとクロノを含めても片手で足りる程しかいない。

 そんな戦力だが相手にしなくてはならないのは、なのはとフェイトに勝る魔導師。しかも複数いると予想されるのだ。

 

「それを言われると辛いのですが……。クロノ執務官を護衛に付ける、と言うのもこちらの事情的にキツイ物がありまして……」

「それだったらないよりマシ、と言うしかないわね。もし襲撃されたら、私が魔法を発動する時間を稼ぐ盾くらいにしかならないかもしれないわよ?」

「はい。極論となりますが、主力が到着するまでの時間稼ぎにはなるでしょう」

 

 プレシアの言葉を引き継いだ、リンディの冷たい言葉を受け止め、プレシアは諦めたかのようにため息を吐く。

 

「わかったわ。こっちも使い魔のリミッターを外しておくようにする。護衛の人選は任せたわよ」

「はい。お任せください」

 

 そう言ってリンディとプレシアの話し合いが終わると、リンディは高町家の面々に顔を向ける。

 

「それで、高町さん達はどうしましょう? なのはさん達が起きたら検査をして、それで問題が無ければそちらにお返しする、と言う風にしますが……」

 

 リンディのその言葉で悩む高町家。全員が全員ここに残りたいと言う思いがある。しかし、恭也と美由紀は今は学生であり、学校がある。桃子と士郎は翠屋があると休もうにも休めない事情があった。

 

「とりあえず俺が残ろう」

 

 そう言ったのは高町家の大黒柱である士郎だった。

 

「桃子が居ないなら翠屋は意味がないし、俺はコーヒーと軽食だけだから、お客さんには悪いがお出しできないと言ってくれ。恭也と美由紀は学校もある事だし行けるならちゃんと行きなさい」

 

 士郎の一応は理屈の通った言葉に渋々と言った形で従う恭也と美由紀。

 一応話がついたと言う事で士郎はリンディに世話になる事を告げ頭を下げる。

 

「わかりました。それでテスタロッサさんは」

「こっちはアルフを残らせて私は帰る事にするわ」

「そうですか。わかりました」

 

 そう言ってプレシアは立ち上がり、フェイトの頭を少しだけ撫でると医務室から出ようとする。

 

「あぁ、それとこれ、家の住所よ。護衛なら必要でしょ」

「ありがとうございます」

 

 プレシアが去り際にリンディに紙を手渡し、医務室から去って行った。

 

「それでは高町さん達も、今日は遅いですしお送りします」

 

 

 リンディのその言葉で高町家は腰を上げ、後ろ髪を引かれる思いでなのはに各々別れを告げるとリンディに連れられ帰って行った。

 

 

 

 

 

 なのは達が襲撃された2日後、なのはとフェイトは目を覚ました。その日は詳しい検査などで一日を費やした。

 

「二人とももう大丈夫みたいですね、リンカーコアも異常なし、どころか容量が大きく成長した位です。若さっていいですね~」

 

 検査着を着たままの二人に向かって言うのは、アースラに搭乗している技術官のマリエル・アテンザ、愛称はマリー。

 そんなマリーは本人も16歳と若いはずなのだが、なにやら言い始めた婆臭いことになのはとフェイトはどう反応してよいのかわからず、苦笑いを浮かべる。

 

 

「あの、それでレイジングハート達は……」

 

 話題を変える為なのはが切り出す。それは、先の戦いで破壊されてしまった自分たちのデバイスについての事だった。

 

「あぁそれならちょっとこっちに来て様子を見てみます?」

「はい」

「お願いします」

 

 マリーに連れられデバイスメンテナンス室へと移動するなのはとフェイト。

 

 

「ここです」

 

 そう言われ通された先には、なにやらポットの中に浮かぶひびの入ったレイジングハートとバルディッシュだった。

 

「レイジングハート……」

「バルディッシュ……」

 

 二人は悲しげな顔でそれを見つめる。自身の力が至らなかったばっかりに、相棒をこんな姿にさせてしまった。そんな不甲斐無さに、悔しさに顔をゆがませる。

 

 

「こう見えて、コアの重要な部分は無事なので、今はフルリカバリーモードで修復中です。必ず綺麗になって二人も元に帰ってくるから、ね」

 

 そんな二人の悲しげな雰囲気を感じ取ったのマリーは、何も心配はいらない事を二人に告げる。

 

「はい。ありがとうございます」

「ありがとう、ございます」

 

 そんな優しさを見せるマリーに一言礼を言って、二人は整備室から退室し、医務室へと帰る。

 

 

 帰りの廊下で一言も会話を交わさず重たい空気が流れているなのはとフェイトだったが、しばらく歩いた所でなのはが口を開く。

 

 

「……もっと、強くならなきゃね」

「……うん」

 

 覚悟を決めた顔をするなのは。次は、もう二度と負けない。そんな決心と『強さ』への強い渇望がその瞳からは見える。

 

「強くなろう、二人で」

 

 そんななのはの強さを羨みながらも、フェイトはなのはへと笑いかける。

 

「二人じゃない、三人。ううん、五人で、だよ」

 

 フェイトの言葉を否定して言ったなのはの言葉の意味が少しわからなかったフェイトだが、少し考える事で思い当たる。

 

「うん! 私と、なのはと」

「レヴィちゃんと、レイジングハート、バルディッシュ」

『五人で、強くなろう!』

 

 最後の言葉は二人で手を握りながら一緒に言う。やはり、フェイトにとってなのはは最高の親友であるのだ。

 

 ジュエルシード事件が終わった後、高町家にはレヴィの存在を打ち明けている。さすがに困惑を感じていたが、その中でもなのはと士郎だけはすぐさまレヴィの事を認めてくれていた。

 

 なのははレヴィと面識がある上に、持ち前の朗らかさから。士郎は、親であるという事に加え、人生経験の豊富さから。そうして、レヴィは高町家とテスタロッサ家だけが居る場所では気構えなく、表に出られるようになったのだった。

 それはレヴィも当然嬉しく、高町家で稽古をつけてほしい等、無茶を言う事もあったが、それも大人たちは子供の我が儘として受け止めていた。

 

「(次は、もっと強くなろう! あの人に、負けないように!)」

 

 自身の中に居るもう一人の自分と言っても遜色ない程、密接な関係にある相棒に念話で伝えるフェイト。

 

 この廊下には周りを見てもなのはしかおらず、本来はそんな事をする必要が無いはずなのだが、この半年でできた習慣は早々に変えられるものではない。

 

 

 そんな少しだけフェイトがドジをした。ただそれだけの話だった。

 

 

 すぐさま、頭の中にレヴィが念話で『別に念話じゃなくていいんだよ。フェイト』などと少し苦笑いしながら喋りかけてくるはずだった。

 

 

 

 

 本来ならば。

 

 

 

 

「あれ?」

 

 予想した返答が帰ってこず疑問の声を上げるフェイト。唐突に変な声を上げると同時に歩みを止めたフェイトをなのはも訝しむ。

 

 

「どうしたの? フェイトちゃん」

「……うそ……そんな」

 

 しかし聞かれた本人のフェイトは、なのはの言葉が耳に入ってないのかぼそぼそと独り言を呟く。

 

「フェイトちゃん?」

「え!? あ、うん。えっと、ごめんどうしたの? なのは」

 

 再度呼びかけられた声にやっと気づいたのか驚きながら謝るフェイト。そんなフェイトをなのはは心配そうな顔をしながらフェイトの顔を見つめる。

 

「大丈夫? ボーっとしてたけど、まだどこか調子悪かったり……」

「ううん! 大丈夫! 大丈夫だよ」

「そう?」

「うん。とりあえず、母さん達を待たせちゃ悪いし、早く帰ろ」

「……うん」

 

 心配するなのはに対して、明らかに空元気を見せるフェイト。なのははその空元気の理由は思いつかなかったが、しかし、フェイトがなにか無理をしようとしている事はわかった。

 

 

「フェイトちゃん、何かあったら相談してね」

「うん、ありがとう。なのは」

 

 

 あぁ、なんと美しい友情か。しかし、そんななのはの友愛も、今のフェイトには完全には届かなかった。今のフェイトの心を占めているのは、どことなく漠然とした、しかし強烈な不安と、ぽっかりと穴が空いたかのような虚無感だけだった。

 

 

 

 

 

 どことなく落ち込んだ様子のフェイトを心配したなのはは、フェイトの手を握りながら一応医務室まで帰ってきた。

 

 医務室のドアが開くとそこには、士郎と美由紀、そしてプレシアとアルフにリンディが待っていた。

 

「なのは! もう大丈夫なんだよね?」

 

 入ってきたなのはに飛びつかん勢いで立ち上がり無事を確認する美由紀。そんな美由紀に苦笑いを浮かべながらなのはは自身の無事を告げる。

 

「検査でも異常は発見されていません。二人とも健康体ですよ。リンカーコアの方も異常はありませんが、大事を取って今日明日は、魔法を使わないでくださいね」

 

 そんな少々過保護な姉を見て、リンディは少し微笑みながら注意事項を言う。

 

「はい。わかりました」

 

 リンディの忠告に素直に頷くのはなのは。しかし、その隣のフェイトは、顔を俯かせたまま黙っている。

 

「どうしたの、フェイト? もしかして、なにか違和感を感じてたりする?」

 

 そんなフェイトが心配になったのか、プレシアは近づき跪くとフェイトと目線を合わせ言う。

 

「……リンディ、さん」

 

 フェイトが、重く口を開く。その次に続く言葉を聞きとる為か、医務室の中がシンッと静まる。

 

 

「私、本当に異常、なかったですか?」

 

 その声は、その言葉は、まるで自分に異常が合って欲しいかのような言い方であり、それはリンディを困らせた。

 

「え、えぇ。あなた達が運び込まれた時と、目覚めてからの精密検査の結果を見ても、どこも異常は見当たらないと私含め医療技師は判断しましたが……」

「……そうですか」

 

 

 リンディの言葉を聞いたフェイトの返事は、まるでどこか落胆したかのような、求めている言葉が返ってこなかったかのような、そんな印象を与えた。

 

「もしかして、なにか違和感を感じていたりしますか?」

 

 プレシアと同じ質問になってしまうが、もし検査でわからなかった異常がフェイトに有るのならば、アースラでは無くミッドチルダの総合病院でさらなる精密検査をして貰わなければならない。

 

「いえ、大丈夫です。一応念押しに確認したかっただけですから」

 

 そんな確認も込めての質問だったのだが、フェイトの返答は至極あっさりとしたものだった。

 

「そう、ですか。今日は二人とも家に帰って貰って構いませんが、もし何か違和感や不調を感じたら、すぐさま連絡してくださいね」

「はい」

「わかりました」

 

 リンディの言葉に今度はフェイトも素直に頷く。

 

 

 そうして、一抹の不安をリンディとなのはに残したモノの、このままアースラで厄介になる訳にはいかないので、二人は家族と共に帰る事になった。

 

 

「フェイトちゃん、えっと」

 

 

 去り際に、なのはがフェイトに声をかける。声を掛けた理由はこれからどうするのか、やホントに何も不調は無いのか、といった事を聞きたかったのだが、なにから聞けばいいのか纏まらず、言葉が詰まってしまった。

 そんななのはの様子を察したのか、フェイトが話し始める。

 

「なのは、明日の朝から道場にお邪魔しても、良いかな」

「えっと、私は、良いけれど……」

 

 それは、二人の訓練に関しての事だった。レヴィが高町家に認められてから稽古と称してたまに高町家の道場に行く事のあるフェイトだったが、それはもっぱらレヴィのための特訓だった。フェイトは今更地球の武道を学んでまで強くなる意味が見いだせなかったのだ。

 

 しかし、今回の事件で出会った相手はまさに武人。その剣の冴えも、抑え込まれていたが、しかし漏れ出ていた殺気も、本気になった士郎や恭也と遜色ないほどであった。

 

 だから、たとえレヴィが居なくても、レヴィが目覚めて居なくても。そんな相手との稽古は自分の為になる。そう判断しての提案だった。

 

 

「良いでしょうか? 士郎さん」

「……そうだね。レヴィちゃんにも言ったけど、技を教える事は出来ない。ただ打ち込みや組手の相手ならば、遠慮なく言ってくれ」

「ありがとうございます」

 

 士郎にも確認を取り、許されたので明日の朝から高町家へと行く事になるフェイト。

 

「なのは、明日からよろしくね」

「う、うん。よろしく、フェイトちゃん」

 

 どこか無理をした雰囲気で喋るフェイトと、そんなフェイトを心配そうな顔で見つめるなのは。

 

 しかし、今日は日も落ち遅くなってしまっていると言う事で、挨拶も程々にお互いの家へ帰る事となった。

 

 


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