「89! 90! 91!」
高町家の庭に二人の少女の声が響く。
その声を発しているのは茶髪のツインテールと金髪のツインテールをした若干10歳前後の二人の少女。
高町なのはとフェイト・テスタロッサだ。
二人は道着に身を包み、まだ気温も上がらず寒い朝に、口から白い息を吐き出しながら懸命に木刀を振っている。
「98! 99! 100!」
そうして二人同時に目標である100回目の素振りを終え、木刀を握りしめていた腕を下ろし一息つく。
「よし、二人ともお疲れ。汗を流して来たら次は道場に行って見稽古だ。ちゃんと汗を拭いておくように」
「はい!」
師範役の高町士郎はそう言うと二人に汗を拭きとる用のタオルを渡し、家の中へと入っていく。
その後に続く様に、なのはとフェイトも家の中へ入り、シャワーを浴びる為バスルームへと向かう。
冬だがキチンと体を動かすとそれなりに汗をかく。そして汗をかけば服が張り付き気持ち悪くなるのに季節は関係ない。
なのはとフェイトは一足先に汗を流す為、順番待ちなどせず一緒にバスルームへと入り、ざっとシャワーを浴びる。まだ体が小さく、さらにお互い気が置けない親友であるからこそできる事だった。
「ざっと流したら直ぐ着替えて行こうね」
シャワーで汗を流しながらなのはがフェイトに言う。
「……」
しかし言葉を掛けられたフェイトは昨日の別れ際と同じく、どこか心ここにあらずと言った様子だった。
そんななのはに心配すらさせているフェイトの胸中は今、生まれたころからの二心同体である相棒、レヴィの事でいっぱいだった。
昨日家に帰ってから、母であり天才科学者であるプレシアに相談してみたが、一向に解決しない。
そう、昨日からレヴィの反応が無くなってしまったのだ。
元からレヴィが表に出ない限りレヴィの存在を証明できたのはフェイトだけ。フェイトだけが、レヴィを感知しその存在を確認できたのだ。
しかし、今はそれすらできない。そんなフェイトですらレヴィの存在を感知できない。
フェイトとレヴィの関係を表すとするなら一つの部屋をルームシェアしている状態が似ている。一つの部屋―これはフェイトの部屋なのだが―にレヴィと言う同居人が居るのだ。例え相手が寝ていてもお互いの生活空間はたった一つの部屋、同じ空間なのですこし意識を割けば存在が確認できる。
しかし、今回はその部屋自体にレヴィが居ない。言い表すならそんな状況だった。
今までではありえない状況。例え眠っていても部屋からは出ない、出ることのできないフェイトとレヴィ。しかし、今回の状況はレヴィが部屋の中に存在しない。
そんな状態が外部的な検査などでわかる筈もなく。検査してわかった事は、レヴィが居た状態で正常であったフェイトの体は、レヴィが居なくても同様に正常であると言うことがわかった。ただそれだけだった。
昨日の夜はまだレヴィの目が覚めていないだけ。一晩経てば、と思い寝た。しかし朝起きてもレヴィはフェイトの中に帰ってきていなかった。
自分から士郎に稽古を頼み、週2で稽古をつけて貰いに行くレヴィなのだから、稽古をしていればひょっこり帰ってくる。そう思って家を出た。
しかし、素振り100回が終わっても、フェイトの中に帰ってこない。
そんな事実は、フェイトの心を押しつぶしそうだった。その重圧は現実にまで現れ、ぐしゃぐしゃに潰れて死んでしまうのではないのかと、そんな錯覚すら思わせる程だった。
しかし、今その重圧に負けるわけにはいかない。連続魔導師襲撃事件の犯人と思わしき人物は相当の実力者であり、そして次は自分の敬愛する母が、その身にオーバーSの魔力を宿す大魔導師、プレシア・テスタロッサが襲撃されるかもしれないのだ。そんな時に、レヴィが居ないからといって母を守る事が出来なければ、フェイトは自分で自分が許せない。
レヴィが、相棒が、もう一人の自分が認めてくれたフェイト・テスタロッサは。あの時、なのはとの決着をつけたあの時に認められたフェイトは、そんな弱い少女ではないのだから。
「フェイト、ちゃん」
「なのは……」
なのはには、昨日寝る前に念話を通じてレヴィが居なくなってしまった事を話していた。そうしてそんな自分をとても心配してくれても居た。
しかし――
「大丈夫だよ。なのは」
――しかし、高町なのはが求めたフェイト・テスタロッサは、高町なのはに打ち勝ったフェイト・テスタロッサはそこで挫ける程の弱い少女では無い。
「レヴィが居なくても、ううん。レヴィが居ないからこそ、私はもっと強くならなくちゃいけないんだ。レヴィが帰ってきた時に、自慢できるように」
――だから今は強くなろう。無心に、強さを求めよう。
あの、桃色の髪をした黒に身を包んだ剣士に負けないほどに、強くなろう。
「だから、一緒に強くなろう、なのは」
「うん!」
一晩かかって自分の中で折り合いをつけたのか、バスルームから出る時は、昨日とは打って変わり清々しい顔をしているフェイトをみて、なのはもまた明るく頷いた。
*
*
そうして、二人は強さを求めた。ただ貪欲に、ただひたすらに。
士郎からは、バルディッシュやレイジングハートと同じ長さの棒を拵えて貰い、それを用いた棒術を磨いた。
恭也からは、本当に死ぬかもしれないと言う錯覚を起こすほどの殺気を受ける訓練をして貰った。
リニスやプレシアからは、アースラが抽出した映像から実際の戦闘を視野に入れた魔法戦技の訓練をして貰った。
アリサやすずか、アリシアは自分たちが居る時だけは訓練や、魔法の事を忘れられるようにと、色んな事をして遊んだ。
そうして周りの人たちに助けてもらいながら、鍛えて貰いながらなのはとフェイトの二人は日々を過ごしていき、そして、アースラからレイジングハートとバルディッシュの修繕が終わったと連絡が入った。
そうしてやってきたアースラの整備室。二人の目の前には綺麗に修復された愛機の姿があった。
「二人とも完全に修繕は完了。それどころか二人の要望で改造もしてあるけど、改造された部分についてはマニュアルを用意してあるから、後で読んで実際に試してみて」
「はい、ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
マリーからレイジングハートとバルディッシュを受け取り、二人そろって同時にお辞儀をする。
そうして帰ってきた愛機を眺めると、二人はある違和感に気付く。
「レイジングハート、どこか変わってる。改造の影響?」
〈はい。さらに可憐になったと自負しています〉
「うん! すっごく可愛いよ!」
レイジングハートのお茶目な冗談に気づかず、素直に受け取り喜ぶなのは。
「バルディッシュも、かっこよくなってる」
〈ありがとうございます〉
それを見て、フェイトもバルディッシュを褒めるが、バルディッシュは一言お礼を言うだけであった。
「それじゃ、レイジングハート改め、レイジングハート・エクセリオン。バルディッシュ改め、バルディッシュ・アサルト確かに受け渡ししました。二人のマニュアルはこれね」
そう言ってマリーは二人にそこそこの厚さの冊子を手渡す。
「訓練室は取ってあるから、早速手慣らししてきていいよ」
「はい!」
「マリーさん、ありがとうございます!」
大きな声でお礼を言うなり駆け出し整備室を出る二人を見送るマリー。
「あはは、若いって、良いわぁ」
修繕に加え、本来ならば許されない無茶な改造を、安全に使用できる程度まで落し込み実現したマリーは、当然その作業も突貫も突貫、ここ数日まともに寝ていないと言うレベルで仕事に取り組んでいた。
そんなマリーは、16才でありながらまるで中年のような事を呟きながらその身を椅子に預け、力尽きた。
*
そんな、さりげない所で管理局の闇が見えた整備室を後にした二人は今、マリーが取っておいてくれた訓練室でデバイスをセットアップしていた。
「これが、新しい、レイジングハート」
「バルディッシュも結構変わってるね」
二人ともマニュアルを見つつ、自身のデバイスにどこがどう変わったのか説明してもらう。
〈私もバルディッシュも大きく変わった点はカートリッジシステムの導入です〉
〈マニュアルのp58を開いてください〉
無機質な教師二人に言われ、マニュアルを開くなのはとフェイト。
カートリッジシステム。それは古代ベルカの時代に開発されたシステムであり。あらかじめ圧縮しておいた魔力をカートリッジと言う形で保管し、戦闘時にそれをデバイスが解放することによって本来以上の魔力を得る事ができるシステムである。
古代ベルカ式アームドデバイスに搭載されていたシステムであり、術者、デバイス共に少なくない反動があり、古代ベルカでもカートリッジシステムを使いこなせる者は少なかったと言われている。
ミッドチルダ式のデバイスは、デバイス本体の強度をアームドデバイス程重要視していない為、その反動を受けきれず無理に使おうとするとデバイスが自壊、制御しきれなくなった圧縮魔力が使用者自身を傷つけるとされ、研究はされていたが安全に使用できるほどでは無かった。さらに研究の優先度も低く、研究に予算が多く割かれていなかったのも、カートリッジシステムが未だ実戦レベルまで至っていない理由であった。
今回は、デバイス二人の我が儘によりマリーがそれを取り寄せ、なおかつカートリッジシステムに耐えられる程の耐久性。つまり、武器として使っても良いほどの頑丈さと、使用者への魔力のフィードバックによる被害を抑える為の魔力制御能力の上昇。それらをたった一週間足らずで成し遂げた。
マリーの涙ぐましい努力によって完成したレイジングハート・エクセリオンとバルディッシュ・アサルトは、共にカタログスペック上は耐久性が約42%程上昇し、CPU性能が26%、メモリ数が約1.5倍。さらにカートリッジの予備を保持するために、収納空間も拡張され。それだけでは無く、魔力制御のより効率化、高速化を図る為ソフト面でも改良が行われ、加えて新たな変形機構すら実装していると言う。まさに魔改造と言うのがふさわしい改造を受けていた。
そんなことをマニュアルの文面と、愛機の説明から理解した二人は頬を引きつらせる。
「あ、あはは。凄いねレイジングハートは。私、レイジングハートを上手く使いこなせるかな」
なのはは、大幅に強化されたレイジングハートが自分の手を離れて行ってしまうのではないかと言う錯覚を覚え、弱音を吐いてしまう。
〈マスター。私は、先の戦いで自身を不甲斐無く感じました〉
弱音を吐くなのはを慰めるように、独白を始めるレイジングハート。
〈マスターは強い。誰よりも才能にあふれ、誰よりも強さを求め、そして誰よりも、自分に厳しい。そんなマスターがなすすべもなく負けたのは、私の所為であると。私はそう感じました〉
そうじゃない、そんなことはない。なのははレイジングハートにそう叫びたかった。しかし、レイジングハートの独白は続き、なのはが口を挟むことを許さない。
〈私がマスターの魔力をもっと上手く使えて居れば。私に敵のデバイスによる攻撃を受け止めきれるほどの耐久性があれば、そうすれば、私のマスターがあんな程度の小娘に負けるはずがありません〉
合成音声のその言葉は、無機質なはずの言葉は、しかし聞いている者にレイジングハートの悔しさを、熱を伝えるに十分すぎるモノだった。
〈ですから、私は元に戻るだけでは不満だったのです。デバイスの差さえなければマスターは負けない。その事を証明するために、私はアテンザ技師に無茶を承知で頼んだのです〉
「レイジングハート……」
〈この気持ちは、そこの無口な彼も同じです。私達のマスターは強い。誰よりも、前回後れを取ったのは私たちの所為なのです。ですから、次は負けません〉
そう言うとレイジングハートは黙る。言いたい事は全て言ったと言う風に。
「レイジングハート、ありがとう。もっと一緒に強くなろう。ずっと一緒に戦おう」
〈Yes, My master〉
そう言ってなのははレイジングハートを胸に抱きしめる。
「バルディッシュ」
フェイトも愛機の名前を呼ぶ。無口で寡黙な彼もまた、先の敗北を悔しがっているのだと知って。
「もっと強くなろう」
そう言ってフェイトはバルディッシュを握りしめる。バルディッシュはただ、静かに、コアを点滅させるだけだった。
*
*
なのは達がそうして新しくなったデバイスの使い方を学んでいると、けたたましくアラームが鳴り響いた。
なのはにとっては聞きなれたその音を聞いて、何かが起きたのだと判断し訓練所を飛び出す二人。そしてその勢いのままアースラのブリッジへとたどり着く。
「すみません、いったい何があったんですか!?」
ブリッジに入ると同時に謝りつつ側に居るリンディに質問するなのは。
「なのはさん、フェイトさん。実は……」
リンディが振り向き説明しようとするが、それより先にフェイトが叫ぶ。
「母さん!?」
そう叫んだフェイトの視線はブリッジに映し出された映像であり、そこには襲われているプレシア達の姿が映し出されていた。
そこにはアルフとリニス、それにプレシアを護衛していた武装局員数名が前に立ち、先日の襲撃犯と対峙しているところだった。
先日の襲撃犯もピンク髪の女性と赤髪の少女に加え、銀髪の男性と金髪の女性が新たに増え戦力を増している。人数だけではこちらの方が多いが、武装局員は誰もが襲撃犯と一対一で戦える実力は無いらしく弾除け程度にしかなっていない。今こうして映像を見ていても一人、また一人と戦闘不能にさせられている。
「助けに、行かなくちゃ!」
そう言って駆け出そうとするフェイトをなのはが止める。
「なのは! どうして!」
「落ち着いてフェイトちゃん。リンディさん、クロノくんたちはどうしてるんです?」
焦るフェイトに対しなのはは冷静に状況を知る為にリンディに尋ねる。
「クロノ達は先ほどからパトロールをしていて少々離れた場所に居ます。今、現場に急行しています」
リンディがそう言うと、間髪入れずにアースラにクロノから通信が入る。
『こちらクロノ! 結界に到達しましたが思ったより強固なのと、見知らぬ術式の所為で時間がかかっています』
クロノの報告を聞き、リンディはなのはとフェイトに向き直る。
「なのはさん、フェイトさん。今からあなた達を結界上空に転移させます。一部でも良いので結界を破壊してそこから侵入してください。おねがい、できますね」
『はい!』
リンディの頼みに力強く頷くなのはとフェイト。リンディはそれを確認するとエイミィとクロノに指示を出す。
「エイミィ、それにクロノ執務官も。今の話、聞いていましたね」
「もちろんです!」
『了解しました。なのは達が結界を破壊し次第、僕達も突入します』
クロノたちの答えを聞きつつなのはとフェイトは転送装置に入る。
「エイミィさん!」
「おねがいします!」
「了解! なのはちゃん、フェイトちゃん! いくよ!」
エイミィは二人の声を聞き、すぐさま転送を開始する。
まばゆい光が二人を包み、気が付くと強い風が体を打ち付け、眼下には海鳴市が見える。
「レイジングハート・エクセリオン!」
「バルディッシュ・アサルト!」
『セーット、アーーーップ!!』
二人同時にデバイスをセットアップしバリアジャケットを纏う。
「なのは」
「うん! フェイトちゃん! 行くよ!」
セットアップして直ぐに二人はデバイスを構え、眼下の結界に向かって突きだす。
「ディバイィイイィィイイン――」
「プラズマァアアァァアァッ――」
〈Divine Buster〉
〈Plasma Smasher〉
レイジングハートとバルディッシュが魔法宣言と同時にカートリッジをリロードする。
「バスッタァアァッァアアアアァァッ!!!!」
「スマッシャァアアァァァアァァァッ!!!!」
そうして二人の砲撃魔法が同時に放たれる。それは以前よりさらに強化され、なおかつ魔力効率もわずかだが向上していた。
そんな二つの砲撃魔法が結界に当たり、そして力技で撃ち貫く。そうしてできた穴へとなのはとフェイトはすぐさま乗り込み、遅れてクロノ達パトロールに出ていた武装局員も結界へと乗り込んだ。
その勢いのまま高速で飛ぶフェイトの目に入ったのは、今にもシグナムに斬られそうになっている母、プレシアの姿だった。
それを見たフェイトはさらに速度を上げ、そのままシグナムとプレシアの間に割り込み、シグナムが振るう剣を受け止めるようにバルディッシュを突きだす。
「なにっ」
甲高い金属同士がぶつかり合う音を響かせながら、シグナムが振るう剣はその勢いを殺される。
レヴァンティンを受け止められたシグナムは突然の乱入者に驚きつつも、相手を観察するため剣を引き後退する。
「助けに来たよ。母さん」
後ろを向かず、相対する相手を警戒したまま言うフェイト。その背中はとても大きく、纏う雰囲気は力強さに満ち溢れていた。
「えぇ、待っていたわ。フェイト」
そんなフェイトにかけられるプレシアの言葉は、どこか安心したような優しい声色だった。