フェイトが独りになり、それでも強く地面を踏みしめていた頃、フェイトを独りにしてしまったレヴィは暗闇の中をさまよっていた。
いや、漂っていたかもしれない。
いや、留まっていただけかもしれない。
いや、揺蕩っていたのかもしれない。
いや、泳いでいたのかもしれない。
いや、いや、いや――――
レヴィの現状を表す言葉は数多く、しかしそのどれもが正解とは言い難い。
あえて言うなら、レヴィはその暗闇の中に『存在』していた。
「あ゛ーーー」
その本人は暗闇の中で目覚めて自分が置かれた状況の中、濁った声を出している。
声は出せる。
しかし、レヴィは自分の喉が震える感覚を得られなかった。
それは、フェイトの中に居た時と同じ。声は出せども、その声を出す器官は存在しない。
レヴィは今、暗闇の中で『自分が暗闇の中に居る』と言う感覚を持っているだけだった。
フェイトの中に居た時と変わりはない感覚。しかし、見える世界は黒一色。
自分がどこに居るのかもわからない。自分が在ると言う確固たるわかりやすい目安である身体はもとより存在しない。
「あーーーーー」
だからレヴィは自分がここに居るのだと、他でもない自分に伝えるために声を出していた。
声をだす喉が無ければ、音を受け取る耳もない。
それでも、レヴィの発した声は確かにレヴィに伝わっていた。
それは思考した言語では無く、確たる“音”としてレヴィに伝わっていた。
「あーーーーーーーーーーーーー」
そうして声を発しながらレヴィは自分の置かれた状況を考える。
直前の記憶は唐突にフェイトを襲った襲撃者、シグナムと戦い、一矢報いた状況。闇の書に魔力蒐集されながらも、シグナムの付けていた仮面を破壊することができた。その事はきっちりと覚えている。
そしてその時に自分が行った企みが成功していれば、今レヴィが存在している暗闇は、
しかし、それを証明できるものは何もない。もし本当に闇の書の中であれば、それを証明できる存在は居る。その存在をレヴィは1人、もしくは5人知っている。
だから、目覚めて暫くしてからはこの暗闇の中をさまよってみた。体もなく、上下左右も感じられない闇の中を。
しかし、どうしてか移動している感覚はあれど、それが情報としてフィードバックされない状況はレヴィの精神に多大なる悪影響を及ぼそうとしていた。
移動していると言う意識はあれど、動く脚は無く、見えている景色は変わらず、音もしない。そんな状況は自分が本当に動いているのか、いや、自分は本当に存在しているのか。そう言った疑問をレヴィに抱かせた。
「あめんぼ赤いなあいうえお。浮藻に小エビも泳いでる。柿の木栗の木かきくけこ――」
だからレヴィは声を発している。声を発すれば自分が存在しているのだと確信できるから。残念なことに今のレヴィは自分が移動しているのか止まっているのか、それすらも分からない状況であった。しかし、自分が今この暗闇の中に存在している事だけはわかった。
そうしてレヴィが暗闇の中を漂って……、いや、止まって……いや、揺蕩って――――。ともかく、存在していると、どこかからか声が掛けられた。
「君はさっきから何をしているんだい」
その声は綺麗な女性の声であり、声色から落ち着いた女性なのだとうかがえる。
レヴィはそんな声を発した方向へと意識を向ける。
そうすると、今まで暗闇だけだった世界にたった一人だけ、銀色の女性が立っていた。
銀色の長髪で、赤い目をした整った顔立ちの女性。グラマラスなその体系を肌に密着するインナーとも呼べるような衣服で包み込んだ女性は、この暗闇しか無い世界で確固たる“個”を保っていた。
「あぁ、やっと出てきてくれた」
レヴィはその女性を見て嬉しくなった。
自分の思惑が成功していたから。自分を認識できる人間に出会ったから。自分の存在が他者によって証明されたから。
レヴィは、本当の“孤独”に殺される直前に、救いの女神に出会ったのだ。
「君は、私を知っているのか?」
そんなレヴィの言葉に疑問を覚えたのか、女性はレヴィに質問をする。その質問をレヴィは笑顔で、意識だけは笑顔で答えた。
「もちろんさ。ボクは君に合いに来たんだから」
「君は、ここがどこだか知っているのかい」
「もちろんさ。なんせボクはシグナムに、烈火の将にここに連れてこられたんだから」
レヴィがそう言うと目の前に居る女性は少し悲しそうな表情をして顔を俯かせる。
「そうか、君は蒐集の被害者なんだね」
「うん。だけど、自分の意志でここまできたんだ。ボク自身の魔力を全部吸わせることで、ね」
レヴィの言った言葉に女性は驚く。
「随分な無茶する。そんな事をすれば死んでしまっていた……、いや、意識がここにあると言う事は、君はもう死んでしまっている」
そしてすぐに居た堪れない顔をする。
「そんな顔しないでよ。ボクの意識がここにある、と言う事はボクはまだ死んで無いよ」
「しかし、君の身体はもう手遅れだろう。良くて意識不明。永遠に目覚めない植物状態になってしまっているはずだ」
「それも心配いらない。ボクにはもともと身体は無いからね」
そう言ってレヴィは自分の事を説明する。
自意識が目覚めてからずっと、ある少女の身体を間借りしていた事。なぜか魔力がある事。そして、蒐集の件で判明した、リンカーコアだけは存在していたこと。
そこから、フェイトの事、自分の事。自分がしてきた事。色々な事を一方的にだが話した。
しかし、一方的でも、女性は嫌な顔せず、真面目に話を聞いてくれた。
「君は、随分と面白い経験をしてきたのだね」
そう言って、女性はすこしだけ微笑んだ。
「うん。それにしても、ボクが一方的に喋っちゃってごめんね」
「いや、良い。こんな所に居ると誰かと話す経験なんてほとんどないからね。それに、私も目覚めたばかりで外の状況を知らない。そうか、今将たちは、そのような事になっているのだな」
「うん。あ、でも今回の彼女たちの事は気にしなくていいよ。自分達で考えて、蒐集しているみたいだから」
「君は、なんでも知っているのだな」
「なんでもは知らないさ。知っている事だけ。ボクはキメ顔でそう言った」
「……すまない。君のキメ顔と言うのが、私には想像できない」
「あ、いや。……気にしないで、ゴメン」
レヴィのネタは当然女性には伝わらず、真面目に捉えられてしまって変な空気が流れる。
「……ふ、ふふっ」
そうして二人とも何も言えなくなったが、唐突に女性が笑いだした。
「いや、すまない。このような会話はとても久しぶりで楽しくてね」
「……そっか。でも、この事件が終われば、いっぱいできるようになるさ」
「そう、だと良いのだがな」
レヴィの言葉が慰めの言葉に聞こえたのか、女性は今までの楽しそうな顔から一変して、とても悲しそうな表情を見せる。
「あ、えっと……」
「……すまない、お礼と言ってはなんだが、今の外の様子でも見ようか」
「あ、うん」
レヴィの生返事を聞いた女性が手を振りかざすと、そこに大きな画面が映し出される。
そこに映しだされたのは、守護騎士たちが管理局員と戦っている場面だった。
「……プレシア……」
その奥で、管理局員たちに守られるようにして立っている人を見つけ、レヴィが呟く。
「先程話してくれた、フェイトちゃんのお母さん、だね」
「うん」
「この状況、もしや彼女が……」
「うん。プレシアは大魔導師って呼ばれる位、魔力も実力もあるから」
「そうか、それは……」
謝るべきかそうでないのか、レヴィになって声を掛けていいのかわからず口ごもる女性に、レヴィは明るく言う。
「気にしないで。この事はプレシアも想定済みだから」
「……そうか」
「守護騎士達も殺したいわけじゃないし、プレシアもちゃんと魔力が蒐集されても良いように、対抗策を練ってるはずだから、大丈夫だよ」
「魔力が蒐集される事自体には文句を言わないのだな」
「必要な事、だからね」
「君は、やはり不思議な子だ」
二人で画面に映る映像を見ながら喋っていると、画面に新しい人影が見えた。
その人影はプレシアに襲い掛かったシグナムの前に踊りでると、持っていた杖でシグナムの剣を受け止めた。
「彼女が」
「うん。フェイト、だよ」
「そうか、彼女が」
少しだけ言葉を交わし、映像を見つめる二人。
画面の中ではフェイトとシグナム、ヴィータとなのはの激しい戦闘が行われていた。
――あぁ、フェイトはちゃんと強くなってる。
レヴィが居ない事を念頭に、キチンと冷静にシグナムを見て、対処をしている。自分ができる事を確実にこなしている。
「もう、ボクが居なくても。平気だね、フェイト」
これでレヴィの誰にも言っていない計画に対する懸念事項が一つ解決した。
そうして、晴れやかな気分で映像を見ていると、また戦況に変化が起きる。
「あれは……誰だ?」
映像の中のプレシアの胸から、
シグナムのでも、ヴィータのでも。ましてやそれが可能な能力を持った闇の書を抱えているシャマルのでも無ければ、そのシャマルを護衛しているザフィーラのものでもない。
今まで戦場にいなかった、何者かの腕が、プレシアの胸から生えていた。
そうして、映像の中のシャマルはプレシアの胸を貫き、リンカーコアを露出させている、仮面を付けた男の言葉で、蒐集を開始。ザフィーラやシグナム達の働きもあって、それなりに魔力は蒐集できたのか、閃光魔法を放つと撤退していった。
「そっか。居るんだ、あの人たち」
その映像を見ていたレヴィは得心がいったかのように仮面の男を注視していた。
「彼が何者か、知っているのかい?」
「うん。知ってるけど、知りたい?」
「……いや、知る必要は無いな」
「そっか」
そうして、映像は守護騎士たちがどこかの家に帰宅するところへと変わる。
そのまま静かに画面を見つめ続ける二人。
画面の中は暗い部屋で思いつめたように話し合う守護騎士達が移されている。
「騎士たちは、随分と思い詰めて居るな」
「今回の主が良い子だからね」
「そうか、また、私の所為で彼女たちに辛い思いをさせてしまうのだな」
そうして、レヴィと女性は、ずっと映像を見ながら、時折会話をする。
「これが、今代の主か」
「うん。可愛い子でしょ」
「あぁ。この年で夜天の書に選ばれるとは、随分と優れた魔力を持っているのだな」
「うん。それに、優しい娘、でしょ」
「あぁ。騎士達がここまで優しく、楽しそうな表情をしているのは何時振りだろうか。……すぐさま思い出せるほど、最近では無いのは確かだな」
ある時は初めて今代の闇の書の主、八神はやてを見て。
「そうか、私の所為で、主は死にかけているのか」
「はやては、蒐集をするなって守護騎士たちに言ったんだ。だけど、彼女たちは」
「私が目覚めれば、主の許可なしでも私が起動できる600頁以上だけ集めてさえしてしまえばどうにかなる。そう思ったのだな」
「うん」
「……」
ある時は、はやてが救急車で運ばれる場面を見て。
「……鉄槌の騎士よ」
「ヴィータは、はやてが大好きになっちゃったんだ」
「……あぁ」
「だから、自分がこれほど傷ついても、頑張るんだよ」
「…………あぁ」
ある時は、蒐集活動を続ける騎士達を見て。
「主は、良い友人に恵まれた」
「それに、良い家族にも。だね」
「家族、か」
「君も、家族の一員だって。はやてならそう言うと思うよ」
ある時は、はやてを見舞いにくるすずかを見て。
そうして、時間は過ぎてゆく。とてもゆっくりと、しかしとても速く進んだ時間は、運命の時を迎える。
「そろそろ、蒐集が終わる。闇の書のページが、埋まる」
「うん」
「そして、今日は12月24日」
「うん」
「君の言う事が本当なら、今日。私は……いや、ナハトヴァールは目覚めるのだな」
「うん」
「全てを、破壊するために」
「……守護騎士を闇の書に蒐集させて、闇の書を復活させたい人たちにとっては、はやてごと君たちを封印するために、だけどね」
「どちらも変わらないさ。封印が成功しようが、封印できるまで私は破壊を続ける。そして、封印できなければ、それこそ魔力が尽きるまで破壊活動を行うだけだよ」
二人の目の前の画面には、楽しそうに5人の少女と話しているはやての姿が映し出されている。
「大丈夫。彼女たちが、なのはとフェイトが、そんなことさせないから」
「……そうであれば良いのだが、な」
そして、なのはとフェイトはシグナム達に連れられ病院の屋上へと昇る。
始まる戦闘。しかし、直ぐに仮面の男たちの介入によって、その戦闘は終わり。男たちの手によって守護騎士たちは捉えられ、はやてはなす術もなく守護騎士たちが闇の書に蒐集される場面を見せつけられた。
「絶望が、始まる」
レヴィの隣で言った女性の言葉は、画面の中に現れた闇の書の管制人格と全く同じ事を喋った。
「さて、ここからの私はマルチタスクの一部だ」
そういって女性は、闇の書の管制人格はレヴィに向き直って言った。
「ナハトヴァールを抑える私、彼女たちと戦う私、主に夢を見させる私。そして、君と話す私。自分で言っておきながらなんだが、私もやることが多い」
そう言って女性は笑う。
「ありがとう、レヴィ。君のおかげでここ数日の私は、今までにないほど楽しかったよ」
「うん。こっちこそ。蒐集されてからこの時まで、暇せずに済んだし楽しかったよ」
「あぁ。だが、これで終わりだ。私は目覚め、主は眠りについた。君にも、良い夢を見させてあげようか?」
「要らない。必要ない」
「……そうか?」
「その変わりと言っては何だけど、この映像、君が居なくなってもこのままにしておけないかな」
「それくらいならば、良いだろう」
「ありがとう」
「それでは、私もナハトヴァールを抑える手伝いをしようと思う」
「うん。バイバイ」
「あぁ、さようなら。レヴィ」
そう言って、女性は優しい笑顔を浮かべて消える。
レヴィは一人になった。
目の前の映像を見続けながら。
***
レヴィが見ている映像は、佳境に入ったと言える。闇の書の意志は、蒐集した魔法の中で最も威力のある魔法、スターライトブレイカーの詠唱に入り、その危険性を知っているフェイトが、なのはを連れて勢いよく離れる。
その映像を見ながら、レヴィは自分では無い誰かの声を聞いた。
『おぉーーーーーっ! すごいっ』
その声はどこか聞き覚えのある声だった。
「やっぱり居たんだね」
『あ、やばっ! 声出しちゃった!』
「気にしないから出ておいでよ。この映像が見れる程構築が進んでるって事は、この中なら姿も表せるんじゃないの?」
『う~ん、王様に怒られそうだけど…………ま、いいか!』
そんな気楽な声を上げるとレヴィの隣に光が集まり人型を取る。
爽やかな水色のその光はどんどん集まり、朧気だった人型はそのディティールを増していく。すらりとした腕に脚、目鼻立ちのくっきりとした顔、頭部からは水色の長い髪が生え、その先端は青みが買った黒。その髪をツインテールに結ぶ。完全に人の形になったそれは目を開くとそこから覗くのはワインレッドの瞳。
そんなフェイトに良く似た顔立ちをし、しかし全く違う雰囲気を纏った少女は少々釣り目がちな目でレヴィを見つめると口を開く。
『はじめまして、
その言葉にレヴィも返す。
「はじめまして。
異口同音で放たれたその言葉は、声質も響きも、イントネーションも何もかもが同じであり、別々の口から出たとは思えない程。
「その姿はどうしたんだい?」
レヴィの質問にマテリアル―Lは答える。
『君の記憶から拝借したよ。君がボクになってくれたから、ボクを再現するために強く思い描いてくれたから、ボクはこうしてDやSよりも早く躯体構築が終わったんだ。ま、王様はボクが単純だからだーって言ってたけどさ』
「そっか。それで、他の
『もう稼働自体はしてるよ。君の記憶を元に躯体構築してるから、暫くすれば起動するんじゃないかな』
そうしてレヴィとLが話していると、画面が強く光り輝く。
『すごい魔法。クロハネが滅びの光って言うのも頷ける』
「作った本人は全然そんなつもりはなかったみたいだけどね」
映像自体は闇の書の見ている映像が映し出されている為、なのはやフェイトがどうなったかは二人にはわからない。しかし直前にフェイトが全速力で距離を取っていたし闇の書の意志には集束魔法適性が無いため、広域攻撃魔法へとアレンジされている。集束された魔力量も莫大な量では無かったため、威力自体はなのはの放つスターライトブレイカーより低いだろう。
そしてなにより、原作で二人はアクシデントがあったもののこの攻撃を乗り切っている。だからレヴィはなんの心配もしていなかった。
「さて、いいタイミングで出て来てくれたところだし、君に、マテリアル―Lに頼みがあるんだ」
『なんだい?』
映像の中では、ソニックフォームとなったフェイトが闇の書に突撃し、闇の書に吸収されなのはと闇の書の意志の1体1となっていた。
その状況を見つめ、レヴィは頼みごとを口にする。
『良いよ。ボクは、そのために君の前に出てきたからね』
頼みごとを聞いたマテリアル―Lは朗らかな笑顔を浮かべると快く了承した。