魔法少女リリカルなのは L×F=   作:花水姫

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第5話 「少女の夢」

 

 目を覚ますと雪国でした。

――――なんて事は無く、見慣れた自室の天井が見える。その事を自覚すると、今まで眠っていた少女、フェイト・テスタロッサはけだるい体を起こす。

 

――えっと、朝?

 

 寝起きで頭も動いていないのか自分が現在置かれている状況すら理解できず虚空を見つめボーっとするフェイト。

 そんなフェイトが起きる事を感じ取ったのか、もともとその予定だったのかは知らないが、タイミングよく扉が開かれ声が掛けられる。

 

「フェイトー、起きてるー?」

 

 そう言いながら入ってきたのはアリシア・テスタロッサ。双子と見まごうほどに瓜二つのフェイトの姉。

 

「あー、うーん」

 

 まともに動かぬ頭のままなんとか返事をする。そんな朝に弱い妹を見てアリシアはため息を吐くと、無理やりフェイトの手を引っ張り立ち上がらせる。

 

「ほら、もう朝ゴハンできてるんだから、ちゃっちゃか顔洗お!」

「ん~」

 

 アリシアに手を引かれるまま歩きだし、洗面所へ向かうフェイト。

 そのままアリシアに甲斐甲斐しく世話をされ、顔を洗うと、やっと目が覚め意識も戻ってくる。

 

「あ、おはよう。お姉ちゃん」

「おはよ、フェイトっ」

 

 戻った意識ですぐそばにいた姉に挨拶すると、アリシアもフェイトが覚醒したと理解し朗らかに笑う。

 

 

 そのまま二人で洗面所を出てリビングに行く。そこには5人と1匹(・・・・・)分の食事がすでに用意されており、皆が席に揃えばいつでも食事が始められる状態であった。

 

「おはようフェイト、目覚めたかしら?」

「おはようございます。フェイト」

「おはよーフェイトー」

 

 フェイト達がリビングに入るとすでに待っていた3人、いや2人と1匹から声がかかる。

 

「おはよう。母さん、リニス、アルフ」

 

 それぞれに声を返しフェイトは自分の席に付く。

 目の前には食パンにプレーンオムレツとベーコンにサラダにミルク。ごく一般的な朝食と言えよう。

 

 フェイトの目の前の席にアリシアが座り、その隣にプレシア、リニスと座る。

 ペットのアルフはフェイトの右隣の床に置かれた皿の前で行儀よく座っている。

 

 

 

 

 そこでフェイトはふとした違和感に気づく。

 

 

 それは座り順もそうだし、用意されている朝食の量もそうだった。

 

 

 今思えば姉は自分の左隣りだった気がするし、朝食も一人分多い(・・・・・)

 

 

「……ね、ねぇ」

 

 その疑問を周りに訪ねようとした瞬間、それを遮るように玄関から大きな声と扉の閉まる声が聞こえる。

 

「ただいまー!」

 

 誰かの帰宅を告げる声。フェイトの記憶では帰ってくるような人物はいない。しかしその声はどこか聞き覚えがあり、そして何故か懐かしさすら感じた。

 

 一時でも早くその声の主を確認したくてフェイトはリビングの扉を見つめる。

 

 暫くして入ってきた人物は、鮮やかな水色の髪をツインテールにしており、その先端部分は青み掛かった黒色に変色している。

 キリッとした少々鋭利さを感じさせる釣り目がちなワインレッドの瞳は部屋に入ってくるとまっすぐにこちらを、フェイト達を見つめる。

 

 体の大きさから年のころはフェイトとほとんど変わらないと思われるその少女の顔立ちは、どことなく今朝鏡で見た自分に似ている気がした。

 

 フェイトはそれが誰だかわからなかった。いったい誰なのか。そう質問する前に、自分の家族から答えが告げられる。

 

「おかえり! レヴィ」

「お帰りなさい。レヴィ」

「おかえりー」

「お疲れ様です、レヴィ」

 

 

 

 レヴィ、レヴィ、レヴィ

 

 

 

 その名前はフェイトも知っていた。しかし目の前の少女は知らなかった。

 

 フェイトにとってレヴィとは、最も近くに居て、常に自分の側に居て、しかしその姿は見えず。その顔は見えず。常に自分の中から声を掛けてくる。フェイトがフェイトになったその瞬間から、フェイトと共に存在していた。誰よりも近い隣人――の、筈だった。

 

 

「れ、レヴィ……?」

 

 フェイトが困惑している間にこちらに近づき、まるでいつも通りと言わん顔で己の左隣りに座ったレヴィと呼ばれた少女にフェイトは声を掛ける。

 

「ん? どうしたんだい? フェイト」

 

 フェイトの声に反応したレヴィと言う名の少女は、まるでいつもフェイトがレヴィに声を掛けた時と全く同じイントネーションで、全く同じ声色で返事をする。

 

「な、なんで」

「なんでって、なのはの家で稽古を付けて貰ってたから……だけど?」

 

 つい出てしまったフェイトの疑問の言葉に応えるレヴィ何某。

 

「まったく、フェイトったらまだ寝ぼけているのかしら? ほら、早く朝ご飯にしましょう。ゆっくりしていたら学校に遅れてしまうわよ」

 

 フェイトとレヴィらしき少女のやり取りに母、プレシアは苦笑しながら朝食を始めるよう促す。

 

 その言葉で周りは各々何食わぬ顔で食べ始める周囲に戸惑いながらも、フェイトも食べ始めた。

 

 

 

 

 

 その後レヴィとアリシア、フェイトの三人は全く同じ制服に身を包み、家を出た。

 道中はレヴィとアリシアが今日行った稽古について他愛もない話しをしており、そのまま学校へ向かうバス乗り場へ行く。

 

 

 バス乗り場には2人、いや3人の親友であるアリサとすずかがすでに待っており、こちらに気付くと手を振りながら声を掛けてくる。

 

 その場でもレヴィは自然に話の輪に入っており、しばらく5人で話していると6人グループの最後の一人であるなのはも息を切らせながらやってきた。

 

 

 

 そのまま一日は進む。

 

 

 

 レヴィは自然とフェイトの生活の一部になっており、まるで一緒に居る事が当たり前ともいう様にフェイトと共に居た。途中フェイトの様子がおかしいとフェイトを心配するそぶりも、まるでそれが当たり前であるかのように、当然であるかのように違和感を感じない。

 

 

 そう、違和感を感じなくなっていた。

 

 楽しかった。休み時間にレヴィと顔を合わせて喋るのも、昼休みに6人グループで和気藹々と昼食をとるのも、放課後にアリサの家に遊びに行きパーティーゲームを騒ぎながら遊ぶのも。

 

 

 全部が全部、フェイトが夢見た光景そのものであり、本当に夢のようだった。

 

 

 フェイトの目の前にいるレヴィは遊ぶときは快活に騒ぎ、勉強の時は真面目に取り組む。時にはお互いわからない箇所を聞きあっては、ゲームで敵対したら本気で戦う。

 

 完璧だった。

 

 まさに夢見た光景そのものだった。

 

 素晴らしかった。

 

 こんな生活を送りたいと願っていた。

 

 それが叶った。叶っていた。

 

 

 

 

 

 あまりにも素敵で、あまりにも完璧な日常はとても自然であり、ふと思えば当然のことのように思えた。

 

 しかし、フェイトは知っている。世界はこんなことばかりじゃないことを。こんなに自分に優しくないことを。

 

 ここの母は最初から優しかった。姉と2年差で自分とレヴィの双子を産んだ母。優しく、頼りになる母。プレシア・テスタロッサ。

 

 しかしフェイトの母は違う。最愛の娘を失った妄執に取りつかれ、自分を造り出した。そうしてこの世に生を受けた自分は、出来損ないだった。

 

 だからこそ母は壊れ、だからこそレヴィは生まれた。

 

 フェイトがアリシアではなく、フェイトであるからこそ、レヴィは存在していたのだから。

 

 そんなプレシアとフェイトの確執をレヴィが乗り越え、二人の溝を埋めることでフェイトはプレシアの娘になれた。プレシアはフェイトの母になってくれた。

 

 そんな母が大好きだった。

 

 

 

 この世界は平和だ。ジュエルシードなどは飛来しておらず、ユーノは喋ることのできるなのはのペット扱いだった。アルフもそうだ。魔法は無く、戦いもない。あるのはスポーツ代わりのなのはの実家の武道位か。だからこそ、自分の相棒も、なのはの相棒も居ない。

 闇を切り裂く雷刃も、少女を導く不屈の心も無い。居ない。

 

 

 平和で、優しく、素晴らしい。まるで夢のような世界。

 

 

 だから、違う。

 

 

 

「レヴィ」

「ん? なんだい?」

「少し、散歩しよう」

「……うん」

 

 

 フェイトはレヴィと夜の散歩に行くと言ってレヴィを連れ出した。レヴィは何も言わず、何も聞かずフェイトの隣を歩いている。今まで通り、フェイトを見守ってくれている。そのことに違和感はない。朝はともかく夕食もすまし太陽も沈んだ今ではレヴィがこうして自分の隣を歩いている事に違和感は感じない。

 自分とレヴィが双子の姉妹であることも、魔法が無く平和な日常を、『普通』を謳歌していれば良いことも。なにもかも、この世界のなにもかもに違和感を感じなくなっていた。

 

 

 だからこそ、だからこそフェイトは決めた。

 

 

 気づくと海鳴臨海公園に来ていた。無意識だったが、やはりこの場所はフェイトにとってもそれなりに思い入れのある場所であるということらしい。

 

 ジュエルシードを巡り―正確にはお互いの主義主張を譲らなかっただけだが―対立したなのはとフェイト。そんななのはは魔法を関わることを決め、自分は関わらないことを決めた。そうして別れた場所。

 

 臨海公園の名の通り海を臨める展望台に辿り着けば、自分となのはが全てを出し切って決着をつけた海が見える。

 

 

 

 手すりに手を置き、ひやりとする海風を受けながらフェイトは口を開く。

 

 

「レヴィは、レヴィなんだよね」

 

 他の人が聞いていたら何を言っているのかさっぱり理解できない言葉。そんな言葉でもレヴィには通じていた。ずっと共にいたレヴィだから。24時間365日片時も離れず約3年の月日を過ごしたレヴィだからこそ、込められた意味が分かった。

 

「そうだよ」

「私と初めて会った場所は?」

「当然、プレシアの、母さんのお腹の中……と言う事になってる」

「だけど違う」

「ボク達は冷たい手術台の上で、出会った。時の庭園の一室で」

「母さんは、私のことをなんて言っていた?」

「最愛の娘だと、今なら言う。だけどあの時、プレシアはフェイトの事を『お人形』と言った」

「アリシアは、私のなに?」

「2歳上の姉。実際は遺伝子がほとんど同じ、フェイトのオリジナル」

 

 不思議な問答は続く。フェイトはずっと海を眺め、レヴィはそんなフェイトの背中を見つめたまま。

 

「私となのはが、初めて会った場所は?」

「こっちに引っ越してきてすぐ、側にある美味しいと噂のケーキ屋さんで、お店の手伝いをしていたなのはと出会った……と言う事になってる」

「うん。だけど実際はジュエルシードの暴走体が現れたすずかの家の庭で、お互い正体不明の敵として出会った」

「アレは、フェイトが結構一方的に攻撃してたし」

「だって怪しいもん。ここ魔法文化ないのにインテリジェントデバイスだって持ってたし」

「後から聞いたらユーノの発掘品だってね。なかなか優秀だ、あのフェレットは」

「ふふっ。そうだね」

 

 

 

 

「――クロノは?」

「知り合いのお兄さん。母親同士が親友で、その付き合い」

「最年少執務官もここではただの中学生、か」

「エイミィは同じ学校の中の良いガールフレンドらしいし、案外こっちの方がクロノにとっても幸せかもね」

「リニスは――」

「家の家政婦。本名はリニス・ランスター。プレシアの使い魔なんて事もなく、山猫のリニスは別にちゃんと居る」

「二世って聞いた時は何の事かわからなかったよ」

「アリシアが拾ったリニスは数年前に死んじゃったからね」

 

 

 

 

 

「レヴィは、この世界のことどう思う?」

「良い世界だと思うよ。魔法は無いけど、だからこそ、フェイトが戦う理由もない」

「うん。だけど、だからこそ、私は戻らなきゃダメなんだ」

 

 そう言いながらフェイトは振り返り、レヴィを見つめる。レヴィはとても真剣な顔でフェイトを見つめていた。

 

「どうして? 現実は辛いよ。フェイトは戦わなくちゃいけない。外では闇の書の意志が破壊をばら撒いている」

「だからだよ。だから、私が、私たちが止めなくちゃいけない」

「なのはは魔法バカで、なにかと模擬戦を挑んでくるよ」

「この世界じゃなのはは武道バカで機械バカで数学バカ。向うの方が3倍はマシかも」

 

 フェイトのなのはへの辛辣な言葉に苦笑を浮かべるレヴィ。それにつられ、ついフェイトも笑ってしまう。

 

 

「現実は辛いよ。戦いで傷つくこともあるだろうし、ひどく悲しい経験もするかもしれない」

「それでも帰るよ。向うには、現実にはなのはが、大切な友達が待ってるから」

「この世界にいれば、優しく緩やかな日常が送れるよ」

「それでも帰るよ。向うは厳しいかもしれないけど、それでも優しさはちゃんとあるから」

「向うには――」

 

 問答を続けていたレヴィが一瞬どもる。言いたくないかのように、聞いてしまいたくないかのように。

 

 それでも、やらなければならない。それを望んだのはレヴィであり、フェイトに必要な儀式なのだから。

 

 フェイトに近づくレヴィ。その距離はほとんど0になり、フェイトの手を強く握る。

 

「――向こうには、ボクが居ないかもしれないよ。でもこの世界にはボクが居る。こうして、フェイトの目の前に居る。こうしてフェイトの手を握れる。こうして、フェイトの吐息を感じられる」

 

 鼻と鼻が触れ合ってしまうのではないかと言う位に顔を近づけるレヴィ。そんなレヴィのワインレッドの瞳を見つめ、フェイトは応える。

 

「それでも、それでも帰るよ。レヴィと約束したから。私は強くなるんだって。私は誰に言われるでもない、私の意志で帰るよ。誰かのお人形じゃなく、フェイト・テスタロッサとして」

「――――そっか」

 

 フェイトの力強い言葉を聞いてレヴィは笑う。朗らかに、しかしどこか寂しそうに。

 

「じゃぁ、これが必要だよね」

 

 レヴィがそう言うとレヴィに握られていた手の中に硬質の感触が生まれる。レヴィが手を離し、握らされたそれを見つめる。

 

「バルディッシュ」

 

 フェイトの相棒は、声もなく、ただ点滅するだけだった。

 

「行くよ」

 

 フェイトがそう言うとバリアジャケットが展開される。バルディッシュ・アサルトになって変わったバリアジャケットはさらに変化しており、裏地が赤く、表が白いマントへとかわったそれは、まるで勇者の装備の様にフェイトの背ではためいていた。

 

「カッコいいよ、フェイト」

 

 その姿を見てレヴィは涙声で言う。

 

 その言葉に声を返さず、フェイトは大剣―ザンバーフォーム―へと変形したバルディッシュを頭上へと掲げる。

 魔力で形成された半実体の魔力刃は大きく、大きく、まさに天を貫くほど大きくなる。

 

「最後に、これだけ手伝わせて」

 

 電気変換資質の影響で辺りに電撃が飛び散る中、レヴィはフェイトの背中から手を伸ばし、フェイトと共にバルディッシュを強く握る。

 

「うん。私、行くよ」

「それでこそ、フェイト・テスタロッサだ」

 

 最後に一言声を掛け、二人はバルディッシュを見つめる。

 

「疾風」

 

 フェイトが言い

 

「迅雷」

 

 レヴィが続く。

 

 

 

〈Sprite Zamber〉

 

 

 

 バルディッシュの宣言と共に、二人はその腕を。全てを切り裂く雷刃を、振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界が割れる。

 

 偽りの世界が。夢のような世界が。夢の世界が。

 

 

 雷刃は物体も現象も結界も幻も、全てを切り裂いて世界を壊す。

 

 辺りに雷をまき散らし、世界を崩す。

 

 

 

 世界が黄色と青色に染まる。その中に、一粒の水滴が飛び散ったように見えた。

 

 

 

 しかし、すでに優しい世界は無い。フェイトは前だけを見ていた。辛い現実と戦うために。寂しい世界を切り開くために。

 

 

「雷光、一閃」

 

 

 この刃で、闇を照らす為に。

 

 

 

「フェイトちゃん!!」

 

 

 チェーンバインドではりつけにされ、大きな岩に押しつぶされそうになっていたなのはを、岩を両断することで助ける。

 

 

「遅れてゴメン、なのは」

 

 はためく白いマントはフェイトの覚悟を顕わし、裏地の赤はフェイトの秘めたる激情の証。

 

 

「最後に、一緒に戦おう」

 

 小さく呟きながらギュッと胸の前で手を握ると、フェイトは託された物を解放する。

 

 

 蒼雷。

 

 

 鮮やかな蒼に包まれた黄金の雷が辺りを支配する。

 

 バルディッシュが形成する魔力刃も中央が黄色で外側は蒼色で構成されていた。

 

 

 それはフェイトが託された刃。

 

 それは最愛の隣人の置き土産。

 

 それは、フェイトとレヴィの別れの証。

 

 

「さぁ、泣き虫の駄々っ子に、教えてあげよう。この世界はそんなに悪い事ばかりじゃないんだよ。って」

「うん!」

 

 

 わずか9歳の二人の魔導師が揃う。

 

 相対するのは幾度も世界を危機に追いやり、数多くの世界を滅ぼした第一級ロストロギア、闇の書。

 

 

 今、世界の命運を分けるこの地に災厄の暴風が吹き荒れる。

 

 







(´・ω・)<災厄の暴風をふき荒らすのは9歳の少女2人の方です

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