魔法少女リリカルなのは L×F=   作:花水姫

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覚醒する。

扉を開ける。


彼女は究極の力へ、神の領域に立つ。



――神速の領域




GOD編第11話 「Sphere of [God speed]」

 

 

 

 戦闘が始まってから、レヴィ達がU-Dを押す形で戦闘は進んでいた。

 

 

 

 

 と、言うよりも――――

 

 

 

 

「と、言うかこれ、我ら不要説が濃厚では?」

 

 

 

 そんな惚けた台詞がディアーチェから放たれるほどに、特定の二人を除いた面子は戦闘に参加していなかった。

 

 

 

 特定の二人、つまるところU-Dとレヴィの二人である。

 

 

 

「ただ黙ってみてるとか夜天の守護騎士の名が泣いちまうぜ」

「仕方なかろう。万全な状態ならともかく、現状の我々ではあの戦闘についていけるとは思えん」

 

 

 悔しがるヴィータと、その隣で腕を組みいぶし銀なオーラを放つザフィーラもまた、そんな悠長な会話ができるほどに、戦線から離脱していた。

 その二人だけではない。それこそレヴィを除いた全員が、レヴィとU-Dの戦闘に巻き込まれないように離れ、遠巻きに眺めていることしかできていなかった。

 

 

「うん。ハッキリいって今あそこに近づくのはレヴィちゃんにとって邪魔、になっちゃうね」

 

 なのはもまた、自分たちの置かれた現状に困り、しかし目の前で繰り広げられる光景を見て、納得するしかできなかった。

 

 

 U-Dとレヴィの戦い。それはまさに次元の違う戦いが行われていた。

 

 

 高速移動、それこそフェイトの速度の数倍の速度で移動しながら、炎を纏った二本の特大剣をまるで小太刀のように振るうレヴィ。

 

 それに対するは、小規模ながらも高圧魔力による破壊力をもったカラミティウォールを乱発し、レヴィの移動に対応するためショートジャンプを繰り返すU-D。

 

 神速の移動と瞬間移動。高速で広範囲を薙ぎ払う炎剣と、空間ごと魔力の奔流に飲み込もうとする災厄の壁が入り乱れる戦場。

 

 そこはまさに、生半なものが近づけば一瞬で塵にされる殺意の嵐となっていた。

 

 

 そんな光景を遠巻きに観察する面々に、明るい声がかけれる。

 

 

「あれれ、皆さんどうしましたか」

 

 ユーとのシャマルによって体力、魔力共にある程度回復させたヴィヴィオが、バリアジャケットはそのままに、6基に減った魄翼を背負いながら、ユーノ達とともにやってきた。

 

 

「う、う~ん」

 

 

 ヴィヴィオに発破切った手前、なんとも顔を合わし辛いなのはが、どう説明したもんかと悩み首をかしげる。

 

「ヴィヴィオさん、アレを見てください」

 

 百聞は一見に如かずということで、アインハルトがヴィヴィオに目の前で繰り広げられる頂上決戦を指さす。

 

「え? うわぁ」

 

 アインハルトが指さした先に広がる光景を見て、ヴィヴィオはたまらず引きつった笑みを浮かべる。

 

「え、()()もしかしてレヴィパパですか?」

 

 その顔のまま周りのメンバーに視線を向けるも、返ってきたのは無言での首肯のみ。

 

 

 その返答と目の前の光景を見て、ヴィヴィオもこの場にいる者の心情を汲み取る。

 

 

「いや~さすがにあれはちょっと……。どうしちゃったんですパパ。なんか急に強くなりすぎでは? 覚醒ですか? 最終上限解放でも実装されました?」

「うぅむ、あながち間違ってはいないな」

「え、どういうことですか王様?」

 

 ヴィヴィオとしてはいつもの軽口のつもりで言った言葉であったが、予想外にディアーチェが肯定してきたため困惑が深まり、より詳細な説明をヴィヴィオは求める。

 それに一つ首肯するとディアーチェは語りだす。

 

「まぁ端的に言うとだ。今のレヴィはシュテルとユニゾンしている状態にある。正確にはユニゾンより融合(フュージョン)といった方が近いがな。今レヴィがまとっている火焔は元来シュテルの変換資質であるのだが、それを融合することでレヴィでも自由に扱えるようになっているというわけだ」

「ほぇ~。なんとそのような隠し玉があったとは。でもそれだけですか? ただのユニゾンであそこまで強くなるとは思いにくいのですが」

「うむ、それはシュテルの活躍によるものであろう。シュテルはレヴィの頭脳となり、フォーミュラを制御するといっていた。それゆえ、レヴィが扱うよりも繊細で緻密な制御。そしてシュテルにフォーミュラを任せることで空いた処理能力を戦闘に使っておるのだろう」

 

 ディアーチェの解説の通り、現在のレヴィはフォーミュラドライブの制御を融合したシュテルに任せており、そのため自身のすべてを目の前の相手(U-D)に注力することができた。それができるがゆえに、レヴィは空いた処理能力を用いて()()の世界でU-Dと対決しているのである。それこそがレヴィが爆発的に強化された所以。たった一人でU-Dと渡り合える理由であった。

 

 

 ******

 

 

 そうしてディアーチェ解説のなか、皆が見守る先でレヴィは徐々にU-Dを追い詰めていっていた。

 

 

『順調です、さすがレヴィ。確実にU-Dを追い詰めています』

「シュテるんこそ流石だよ! バルニフィカスがボクの意志をくみ取るより早く変形する! ボクが攻撃したい場所の防壁が弱まる! 相手の攻撃が分解される! ボクじゃできない、シュテるんが一緒に居てくれるから、ボクはここまで自由に戦える!」

『えぇ。あなたを阻む防壁も、攻撃もすべて私が制御するフォーミュラで分解しましょう。ですからあなたは気にせず、全てを目の前の相手に傾けてください』

 

『神速』の世界の中を縦横無尽に翔け、U-Dを滅多切りにしながらレヴィとシュテルはトリニティドライブによって融合した力を、お互いの苦手な部分を補い2倍にも、3倍にも跳ね上がった戦闘能力に高揚していた。

 魔力保有量、魔力発揮値はけた外れであれど、細かい魔力操作やマルチタスクが苦手なマテリアル―L(レヴィ)

 魔力に関してはマテリアル―Lほどではないが、高速演算や戦術構築、状況分析などが得意なマテリアル―S(シュテル)

 

 二人の相性はまるで鍵と錠。陰陽太極図の陰と陽。

 

 凸凹であるがゆえに、お互いが一つになったときガッチリとハマった力を発揮する。

 

 

『ショートジャンプの予兆です』

「了解! 消える前に、10回は切り刻める!」

 

 

 そういってレヴィはU-Dに突っ込むと日本の特大剣を小枝のように振るう。

 本来一瞬で消え一瞬で現れるはずのショートジャンプであるが、現在の『神速』を発動しているレヴィにとって、亀のような遅さ。

 

「『薙旋』かーらーのー、『花菱』!」

 

 U-Dが消える直前に宣言通り10回U-Dへと剣閃を浴びせる。

 

――圧倒的、これがレヴィの『神速』! これが、レヴィの見ている世界!

 

 神速外から見たらU-Dが消える1秒もない一瞬で、左右合わせて10回の斬撃を放ったレヴィ。それはまさに目にもとまらぬ速さであったが、シュテルはレヴィとの融合を経ることでその感覚を、神速の世界を体感していた。

 

 たんなる合体ではなく、融合し一体となるトリニティドライブだからこその感覚であった。

 シュテルはレヴィの認識の中から、シュテルの意志でレヴィの魔法の制御や、分析を重ねている。シュテルが得られる情報はすべてレヴィが得ている情報であるのがトリニティドライブ。それゆえレヴィの自己強化魔法『神速』により加速した認識を、そのままシュテルも得ることになったのだ。

 

 

――U-Dの動きが手に取るようにわかる。相手が一手動く間にこちらは十手先を予測できる。莫大な魔力消費の変わりに圧倒的な力を得る。これが『神速』。レヴィの到達した『力』の極点。

 

 

 その速度を利用してシュテルはU-Dの動作の兆候を観測、予測しレヴィに伝えることで、レヴィの戦闘を補助していた。

 

 

「―――――――――――――――――――――」

「悪いね! 何も聞こえない、よ!」

 

 

 ショートジャンプ後に咆哮を上げながら放たれるU-Dの攻撃を、レヴィは不適な笑みを浮かべながら逆に後ろへと回り込む。

 

 

『U-Dもだいぶ弱ってきています。ここで、一気にかたをつけましょう』

「了解! この長い戦いもこれでフィナーレだ!」

 

 シュテルの指示をきき、背後からU-Dを拘束する。

 

『ルベライト!』

「雷光輪!」

 

 炎の楔と雷の輪が、U-Dを雁字搦めにしばりつける。

 そしてそして距離を離すと、『神速』を維持したままレヴィは極大魔法を唱える。

 

 

「閃光爆炎!」

 

 

 レヴィによって生成された極大熱量へと変換された魔力は、バルニフィカスの魔力刃へと収束、圧縮を繰り返し、眩い光を放つ。

 それは太陽のように閃光と熱線を放つ極大熱量の剣。

 

 その剣を振りかざすと、レヴィは『神速』で突撃する。

 

 

 

 一瞬、拘束が解けないU-Dとすれ違うその一瞬、レヴィは剣を振る。

 

 

 

 

「爆炎閃熱・太陽剣!!」

 

 

 

 レヴィは剣を振りぬいた姿勢で、U-Dからだいぶ離れた場所で止まると、『神速』を解除。

 

 

「ヒート、エンド!」

 

 

 ポーズをとりながら、スペルワードを叫ぶ。

 

 

 そして感じるのは背中へと注がれる閃光と閃熱。

 

 

 爆炎閃熱剣に込められた熱量がU-Dを切り裂いたことで解放され、放出されたエネルギーが、U-Dを中心に激しい光と熱を周囲へと放射する。

 

 

 夜空を裂く光。

 

 海を照らす輝き。

 

 それはまさに、深夜の海上に唐突に表れた太陽のごとし輝きであった。

 

 

 レヴィはポーズを終えると、遠方にいるディアーチェに向かって大きく手を振りながら念話をする。

 

 

「(王様~。ちゃちゃっとシメちゃってよ~~~)」

 

 決め技を華麗に決めたレヴィは能天気な様子で念話を送る。

 

 

「(たわけ! 相手から目を背けるな!)」

『レヴィ! 後ろです!!』

 

 

 しかしディアーチェから返ってきた念話は怒声交じりの切迫した声。

 そして、それと同時に響くシュテルの叫び声。

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 その忠告によって呼び起こされたレヴィの直感は後ろを振り向くのではなく、横に回避しろと告げた。

 レヴィその直感に逆らわず、横方向へと加速魔法を発動する。

 

 

 しかし遅い。

 

 

 

 もっとレヴィが御神流を、武道を学んでいたら。残心の心得がなんたるかを身に染みていたら、こんな隙はさらさなかった。

 

 

 

 

 鋭い痛みがわき腹に走る。

 

 

 

 焔とは違う赤が視界に入る。

 

 

 スラリとした白魚のような肌の()()()が自分のわき腹から生えている。

 

「ぐっ、がぁ」

 

 叫び声を上げそうになる口を力づくでねじ伏せ、自身の後ろに居る()()()に向かって薙刀状へと変形させたバルニフィカスを突き立てる。

 

 ガキィンと。

 

 鋭く甲高い、金属をひっかく音が響く。

 

 

 

 レヴィの視界には何らかの機械が見え、その隙間からレヴィのわき腹を抉った腕は生えていた。

 

 そしてその隙間からもう一つの腕が表れ、レヴィの右腕をつかみ、そのままレヴィを引き寄せる。

 

 

 

 そして現れたのは、ウェーブのかかった綺麗な長い金髪を暗闇になびかせ、身体中に赤い刺青をした()()()()()

 

 

 

 その女性は、引き寄せたレヴィの右腕を肩にかけるように身体を反転させ、肩に背負うと背負い投げの要領で、一気にレヴィの腕を引き下げる。

 

 

「っ!」

――折られる!!

 

 

 肘に変な圧力がかかるのを感じた瞬間、レヴィは自分から投げられるように女性の前方へ加速し、女性の肩を支点に回転し右腕を庇う。

 

 それを見た女性も素早く動き、回転の勢いで、足元へと回るレヴィの身体を、腕と同じく長い脚で挟むように固定し押さえつけると―――――

 

 

 

 

ゴギャッ

 

 

 

 

 ―――鈍く、汚らしい音がレヴィの身体から響く。

 

 

 

 一瞬遅れて脳みそに届く信号。

 

「ぐ」

 

 

 

 それは痛み。

 

 

 

「がぁぁぁあああぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 右肩から先が変な方向に捩じられ、肩と手首を破壊された激痛に、レヴィは絶叫する。

 

 しかしそれでもU-Dは止まらない。

 己を破壊しうる()の存在をU-Dは許さない。

 

 レヴィの利き腕を、バルニフィカスを持つ右腕を()()

 そうまでしないと、この姿に(大きく)なった意味が無いから。

 

 表現しようのない不快な音が、なんらかの繊維を引きちぎるような音がレヴィの体から、右腕から直接脳髄に響く。

 

「ぐ、がぁっ。こ、のぉ!」

 

 苦し紛れに電刃衝を放つが、先ほどバルニフィカスの魔力刃を防いだ機械が滑り込み行く手を阻む。

 

 それはレヴィの電刃衝だけでなく、周囲からの射砲撃魔法をも完璧に防ぐ絶対の壁となって周りの皆とレヴィたちの間に佇む。

 

 その機械はまるでヴィヴィオの魄翼・聖天式の色違いであり、瓜二つの造形であった。

 

 正確には、ヴィヴィオの魄翼がソレに瓜二つなのであるのだが。

 

 

 U-Dが先ほど浴びせられたレヴィの避けようもない攻撃。それは高い火力と『神速』による加速連撃によって、U-Dですら危険と判断するほどのDPSを叩き出した。

 

 

 それに対抗するためにU-Dはまず魄翼を捨てた。

 

 

 正確には純粋なエネルギーの塊である魄翼の特性である変幻自在な変形を捨てた。

 

 より堅く、より硬度を上げ、ただ防御力のみを目的とした変化。

 変形機能を捨て、どんな攻撃でも防ぎきる、どんな邪魔すら阻害する強固な壁となるように魄翼を変化させた。

 

 

 そうして産み出したのは12枚からなる金属の翼。

 己を守る絶対の壁。

 

 

 そうして手に入れた防御力で閃熱をふせぎながら、U-Dは2つ目の対策を講じた。

 

 魄翼の自由度が失われたことによって下がった攻撃能力、クロスレンジでの射程。

 それを補う方法は、すでに知っていた。

 

 オリヴィエ(ヴィヴィオ)の強化魔法。

 変身魔法と組み合わせることによって、成長した自分を先取りし身体能力、特に徒手空拳での射程を上昇させる強化魔法であり、低年齢の格闘選手にとってはメジャーな魔法であった。

 

 U-Dはそれを模倣した。

 

 そうして(ユーリ)の成長した姿、長身の女性へと変化させたことで射程と攻撃力の減少を少しだけ打ち消した。

 

 

 そうして変化を終えた後の奇襲は、レヴィの油断もあり綺麗に決まった。

 邪魔の入らない空間で、レヴィを上回るために成長し、レヴィを壊すために変化させた身体をもって、マテリアル―L(レヴィ・ザ・スラッシャー)()()する。

 

 

 まずは右腕から。

 

 

 そう判断したU-Dがレヴィの右腕へと力を込め直した瞬間、その力はするりと抜けた。

 

 重いと予想した荷物が大変軽かった時のように、予想外の勢いでU-Dが掴んでいたレヴィの右腕が浮き上がる。

 

 それに驚いている隙にもU-Dの脚に衝撃がはしり、そのせいで拘束してたレヴィの身体を離してしまう。

 

 

 そうしてU-Dが足元へ視線を向けると、そこには右二の腕が半ばから()()()()()()()()()レヴィが墜落していく姿だった。

 

 

 

 U-Dに右腕を破壊された後、それだけでは飽き足らず、U-Dはレヴィの右腕を完全に捥ごうと力を込めていた。

 

 

 優秀な回復魔法の使い手が居るのと、レヴィの使用する身体操作魔法を警戒しての事であった。

 

 

 ゆえにレヴィは力の入らなくなった右手から零れ落ちたバルニフィカスを左手でつかむと同時に、バルニフィカスに短剣状の魔力刃を生成し、それで自分の腕毎、U-Dの両足へと斬撃を加えた。

 

 

 まさかの自分から右腕を切り捨てる行為と、腐ってもフォーミュラブレイドであるバルニフィカスの刃により、運よくU-Dの拘束は緩み、脱出することはできた。

 

 

 

 できたが、ただそれだけだった。

 

 

『レヴィ! 気を確かに!』

 

 

 融合しているシュテルが内側から声をかけてくれるお陰で意識を失わずに済んでいるものの、ただそれだけでレヴィは痛みに混乱する思考を制御できずにいた。

 

 

――痛い。痛い。痛い。痛い。

        ――右腕なくなっちゃった。

   ――こんなに痛いとかマジ?

               ――シュテるんの声がすごい聞こえる。

           ――つらたん

 ――てかこれ墜ちてるよね。やばたにえん

 

 

 制御を失ったマルチタスクが暴走し、レヴィは飛行魔法すら発動できずに、海へ向かって落ちていく。

 

『っ、せめて飛行魔法だけでも……』

 

 シュテルがそう独り言ち、魔法を発動しようとした瞬間、レヴィの身体は落下をやめ横方向へと高速で移動を始める。

 

 

 

「レヴィ! レヴィ! しっかりして!!」

 

 

 その声は魄翼の壁から抜け落ちたレヴィを見た瞬間にソニックムーブを発動したフェイトであった。

 

 

――フェイト

――フェイト

 

――フェイト

 

 

――フェイト

 

 

 

 

 

「――フェイト……」

 

 フェイトの声を聴き、姿を目にしたことでレヴィの思考がまとまり、現状を正しく認識する。

 

『助かりました、フェイト・テスタロッサ』

 

 レヴィを救出したことにはシュテルも素直にフェイトに対してお礼を言う。

 

「よかった、今は少し離れよう。ここにレヴィを残したら危険だから」

 

 レヴィの声とシュテルのお礼を聞いたフェイトは泣きそうな顔でレヴィに笑いかけると速度を上げU-Dから離れるように戦線から離脱した。

 

 

 ***

 

 

 そうしてフェイトがレヴィを連れ去り去っていくのをU-Dは感慨もなく見つめていた。

 

 (レヴィ)を完全に破壊はできなかったものの、当初の目的である腕の切りはなしは達成したためである。

 

 

 であればあそこまで弱ったマテリアル―Lは恐るるに足らず。

 残ったマテリアル―DがトリニティドライブによってLとSの力を受け継ぐだろうが、マテリアル―Lを倒すために変化した己にとって、マテリアル―Dがいくら強化されたところで敵ではない。

 

 

 

――だから

 

 

 だからあとは、周りの小虫を散らすだけ。

 

 

 そう判断し、U-Dは腕を振りかざした――。

 

 

 ***

 

 

 ***

 

 

 フェイトがレヴィを救出したその瞬間から、残りのメンバーはU-Dを包囲していた。

 

 

 U-Dがいつ動き出してもいいように、せめてレヴィの応急手当が安全に実施できるようにと。

 

 

 しかし現状U-Dが堅牢な魄翼の壁で覆われている限り、手出しは魔力の無駄使いであることも、レヴィが捕らえられた先ほどの一幕で思い知らされていた。

 

「おいはやてのパチモン」

 

 そんな緊張感の中、ヴィータがディアーチェへと声をかける。

 

「……なんだ、鉄槌の騎士よ」

「正直に言え。お前今の()()をどうにかできんのか?」

 

 ヴィータのその言葉に、ディアーチェは顔をしかめる。

 

 そしてヴィータの声が聞こえた全員が、ディアーチェの返答を言葉はなく待っており――

 

 

「正直、厳しい、と言わざるを得ないな」

 

 

 ――帰って来た答えが予想を外れるものではなかったことに、若干の落胆を隠せずにいた。

 

 

「と、とにかく! なんとか――っ!?」

 

 暗くなりかける雰囲気をなんとか明るくしようと声を上げたヴィヴィオだったが、その言葉が最後まで発されなかった。

 なぜなら、U-Dが魔力弾を放つとともにヴィヴィオに向かって白兵戦を仕掛けてきたからであった。

 

「ヴィヴィオ! っ、このっ」

「これはっ、先ほどとは別の意味で近づけんな」

 

 なのは達もヴィヴィオを援護しようとするが、U-Dは機械的に変化した魄翼から砲撃や魔力弾を放ちつづけ、ヴィヴィオ以外のメンバーを牽制する。

 まるで、ヴィヴィオとの間に邪魔が入ることを拒むかのように。

 

 

 そうしてヴィヴィオがUーDに釘付けにされると戦場は徐々に地獄へと変わっていく。

 

『ぐ、ガアアアァアァアアアッッ!!!』

 

 誰が上げたのかわからないが、戦場に断末魔が響き渡る。少なくともそれを上げたのはヴィヴィオではない。

 フォーミュラドライブを発動しているヴィヴィオは苦痛の叫び声をあげる理由が無い。

 

 ならばそれ以外の者が、フォーミュラに()()()()()()()者が上げたのだと。

 

「な!?」

 

 驚愕の声を出すのはアミタとキリエ、そしてトーマ。

 

 フォーミュラに守られておらず、けれども『それ』の影響を受けない彼らの視界には、結晶樹に包まれる仲間たちの姿。

 

『なんで!? フォーミュラは!?』

 

 トーマの中から悲嘆の声をあげるリリィの疑問も最もである。なぜならこの場にはまだフォーミュラドライブを発動しているヴィヴィオがいるのだから。

 

 

「迂闊でした」

 

 まわりの状況からヴィヴィオの様子を読み取ったアミタは悔しそうに顔をゆがめる。

 

「どういうことですか、アミタさん」

「ヴィヴィオさんは、ヴィヴィオさんとその相棒のセイクリッドハートはもう限界という事です」

 

 アミタの言う通りに、ヴィヴィオはもう限界であった。

 

 それは自分以外をフォーミュラで守れないほどに、守るための演算を行う余裕が無いほどにヴィヴィオは疲弊していた。

 

 先ほどのUーDとのタイマンによって消耗した体力、精神力。疑似無限機関は失われバリアジャケットを通常状態にする必要があるほど魔力も消耗してしまっている。

 

 それらが重なり大きく落ちた防御力の現状で、さらに近接戦闘能力を増したUーDに一方的に狙われている。

 

 こんな状況で、下手すれば死んでしまう状況で他人にリソースを回せるほどヴィヴィオから余裕は無くなっていた。

 

 

「それなら、早く援護にいかないと!」

 

 アミタの説明を聞き叫ぶトーマの声を残ったアミタもキリエも否定しない。

 

「はい。せめてヴィヴィオさんが皆さんを結晶樹から解放できる隙くらいは稼ぐ必要があります。いきますよ、トーマさん、キリエ!」

「はい!」

「わかってる!」

 

 アミタの号令により目的を統一した三人はヴィヴィオとUーDの間へと入り込む。

 

「っぅ! 成長してだいぶ重くなったみたいね!」

「疲弊しているとはいえ、私たちの出力を上回りますか!」

 

 UーDの振るう拳をキリエとアミタの二人でやっと受け止め、拘束する。

 

「うぉおおぉっ!『ゼロ・イクリプス』!!!!!」

 

 そこへトーマが渾身の一撃を放つ。

 

 白銀の極光に飲まれるUーDこら視線を外さぬまま、アミタはヴィヴィオへと声をかける。

 

「ヴィヴィオさん! 私たちが足止めをしているうちに皆さんを助けてあげてください!」

「! はい! ありがとうございます!!」

 

 アミタへと礼をしながらヴィヴィオは移動を始めようとするが--

 

 

「うわぁぁあああぁぁっ」

 

 トーマの叫び声と

 

「お姉ちゃん!!」

 

 

 キリエの声に中断させられる。

 

 

 振り向いたヴィヴィオの目の前には、極光を弾き返したまま、アミタの腹を貫くUーDの腕が見える。

 

 

 ECウィルスはその性質としてフォーミュラと近い作用を働かせることが可能である。

 

 そのため、ECホルダーのトーマは結晶樹の影響を受けないのだが、敵は進化する怪物。

 

 

 自身の障害となる謎の力(フォーミュラ)()()を同時に扱うヴィヴィオとレヴィに勝つために進化を繰り返した化け物。

 

 

 その化け物に、フォーミュラと同等のECの力だけで戦うトーマの一撃など恐れるに足らず、ゼロ・イクリプスを弾き返すと、そのままヴィヴィオへと突進し、それを阻む(アミタ)を破壊した。

 

 ただ、それだけだった。

 

「こんのお!」

 

 姉を貫いた化け物(UーD)へと大剣を振りかざすキリエ。

 

 しかしUーDはキリエを一瞥すらせず、避けることも防ぐこともせずにそのまま受け止める。

 

「な!」

 

 自身の攻撃意にも止めないUーDき驚き声をあげるキリエだが、その声はすぐさま悲鳴へと変わる。

 

 人間がコバエに突進されて痛くなくとも、目障りだという理由で殺すように、UーDもまた目障りだという理由でキリエの腕をつかみ、そのまま握りつぶした。

 

「ああぁっあぁっ!」

 

 絶叫するキリエを振り回し、そのまま右腕に絡みついていたアミタへとぶつけ二人まとめて海へと叩きつける。

 

 

 一瞬だった。

 

 

 一瞬でヴィヴィオの目の前から仲間が3人減った。

 

 

 ほんの数十秒で戦場に残るのはヴィヴィオだけとなった。

 

 

 周りには結晶樹に包まれた仲間と、撃墜された仲間のみ。

 

 

 

 

 ヴィヴィオの目の前に、明確な死が迫っていた。

 

 

 

 ****

 

 

 一方、戦線からだいぶ離れた箇所に、フェイトとレヴィの姿があった。

 

「レヴィ! レヴィ!」

 

 右腕を―文字通り―切り離してU-Dの拘束から逃れたレヴィは、墜落の最中フェイトに救出されたが、そのまま気を失ってしまっていた。

 

 レヴィを抱えたフェイトは気を失ったレヴィを連れて、流れ弾があたらないよう戦線から距離をとり絶えずレヴィへ声をかけ続けていた。

 

『レヴィ! 目を覚ましてください! レヴィ!』

 

 それは現在レヴィとユニゾンしているシュテルも同様であり、フェイトとシュテルによって外と内の双方からレヴィに呼びかけていた。

 

 

 

「……っぅ」

 

 その甲斐あってかレヴィがうめき声を上げ、うっすらとまぶたを開く。

 

「レヴィ! 気がついた!?」

「……フェ、ト」

 

 レヴィの放つか細い声を聞き、涙を貯めていたフェイトの瞳は決壊し、涙がとどめなくあふれ出る。

 

「レヴィ、よかったぁ」

『えぇ、意識を取り戻してひとまず安心しました』

 

 内側から聞こえるシュテルの声も合わさり、レヴィの意識は徐々に覚醒する。

 

「ぁ、そうか、ボクは……」

『はい。あの後姿形を変化させたU-Dの奇襲に対応できず……』

 

 シュテルの説明を聞くうちにレヴィの頭もはっきりし、自分の失態と現在の状況を認識し始める。

 

「っぐぅ」

 

 右腕の部分から走る激痛に口からうめき声が漏れる。その痛みを意識的に遮断しながらレヴィはフェイトの腕の中から出ようともがきだす。

 

「ちょ、ちょっとレヴィ! ダメだよ!」

 

 自分の腕から逃れるような動作に気づき、フェイト驚きながらも逃すまいと腕の力を強めレヴィを押さえつける。

 

「離して、フェイト……。はやく、はやく行かなきゃ皆が……」

「そんな体じゃ無理だよ!」

『そうです! 今無理をしてあなたを失えばそれこそユーリを救うことはできないのですよ!?」

 

 右腕を失ってもまだ戦線へ戻ろうとするレヴィをフェイトとシュテルが諌めるも、レヴィの視線は遠い戦場に注がれており、その瞳からは戦意が失われていない。

 

「それでも、ボクが行かなきゃ。戦えなくても、フォーミュラでみんなを、ヴィヴィオをサポートしなくちゃ。ヴィヴィオだけじゃ、フォーミュラを使えるのが一人だけじゃ結局ユーリは止められない」

『それでも、今のあなたが参加したらユーリ、U-Dは再度あなたを狙うでしょう。それでしたら今すぐ駆体を放棄してディアーチェに託した方がマシなはずです!』

「それじゃぁ、何も変わらない! ディアーチェの駆体ではフォーミュラは使えないんだよ!? 結局ヴィヴィオひとりにフォーミュラを頼ってる

 現状(いま)のままだ!」

 

 白熱するレヴィとシュテルの言い合い。二人の言い分はお互いが納得できるものではあったがお互いが受け入れ難いものでもあった。

 

 フォーミュラ使いがもう一人居なければ現状が改善しないというレヴィの言い分。

 そもそもレヴィを失ってはU-Dを制御することはできないため、本末転倒であるというシュテルの言い分。

 

 どちらも正しく間違ってはいない。意見が交わらないのは、ひとえにお互いが優先するものが違うため。

 

 レヴィは自分の油断によって、戦闘可能なフォーミュラ使いを減らしてしまったという悔悟と責任感から。

 

 シュテルはレヴィを失いたくないという恐怖と失った際のリスクの大きさから。

 

 どちらの意見も、根元には自分の感情があるために譲れないものへとなり果てていた。

 

 

「二人とも落ち着いて!」

 

 その終わらぬ口論をその場にいた第三者がせき止める。

 

 

「私に、良い考えがあるよ――」

 

 

 

 ****

 

 

 

 望まぬ形で再度U-Dとの一騎打ちをヴィヴィオは苦心していた。

 

 先程とは打って変わりU-Dの戦闘方法は変身系強化魔法によって強化された身体能力による徒手格闘へと変わっていた。

 

 流派はなく、技術もない。ただの身体能力にあぐらをかいた喧嘩殺法。

 

 しかし現状のヴィヴィオにとってはそれでも十二分に驚異となっていた。

 

――神経を研ぎ澄ませ集中しろ!

 

 今のヴィヴィオは残存魔力の影響でバリアジャケットはいつも通りの形態。お世辞にも防御力が高いとは言えない代物である。

 それはU-Dの拳が直撃すれば最後、ヴィヴィオの身体は無事では済まされないであろう頼りないもの。

 

 ヴィヴィオの拳はコールブランドTYPEⅠによって保護されているが、それは攻撃力を増すためというよりも、埒外な身体硬度を誇るU-Dから自分の拳を保護する意味合いの方が強かった。

 

 それほどまでにその魔力のほぼ全てを身体強化に注ぎ込んだU-Dの身体性能は桁外れであり、アスリートとしては身体能力に恵まれなかったヴィヴィオとは比べるべくもない隔絶したものであった。

 

 そんなU-Dであるが、技術というものは無く、格闘技のかの字も見られないその攻撃を避ける事はヴィヴィオにとっては容易い事であった。

 

 しかし振り抜かれるU-Dの拳がヴィヴィオの恐怖を呼び起こす。

 直撃すなわち死。攻撃がかすってもそれだけで五体不十分になることは容易に想像されるその威力は、生命の危機という根源的な恐怖をヴィヴィオに齎す。

 

 恐怖は身を強ばらせる。

 恐怖は思考を奪う。

 

 怪物の前で恐怖に支配されたものは、喰われるのが自然の定め。

 

 そのため今のヴィヴィオは、己の恐怖と戦っていると言っても過言ではなかった。

 

――腰を据えろ! 腰が引けたら死ぬぞ!

 

――避けるときは下がるな! 前に出ろ!

 

――まばたきをするな、顔を上げろ!

 

――恐怖を、心を支配しろ高町ヴィヴィオ!

 

 

 心の中で自分を叱咤しながらU-Dの拳を避けカウンターを入れる。

 

 

――いつもと同じ。よく視て、避ける! 確実にこなせ!

 

 

 生命の危機が、余裕のない極限の瀬戸際がヴィヴィオに過去最高の集中力を与える。

 

 今のヴィヴィオには結晶樹に沈んだ仲間を助けようという思考はない。他者のことを考えている余裕がない。

 己と敵。ヴィヴィオにはそれだけしか視えていない。

 

 

 そして、人知を超えた極限の集中は、ヴィヴィオの前にそびえ立つ扉を解放する。

 

 武術の達人は極限の集中を迎えると体感時間が何倍にも引き延ばされる経験をするという。

 

 その領域への扉を意図して開けることこそ、ヴィヴィオが父から学ぶ流派の極地。

 

 

 ――御神流 奥義之歩法 神速――

 

 

 ヴィヴィオの視覚から色が消える。

 

 ヴィヴィオの聴覚から音が消える。

 

 目の前の敵の動きが緩慢になる。

 

 

 己の身体が重くなる。

 

 

 ヴィヴィオは集中力によって、ついにその扉を完全に開け、その先の領域へと踏み込んだ。

 

 

――これは、今までも何度か感じたあの感覚。

 

 

 すべての時間が遅くなったように感じる感覚。

 

 何度か起きた事のある感覚。

 

 それは()曰わく神速と呼ばれるものである、と。

 

 今までは意識の加速だけであった。

 

 

 しかしヴィヴィオは今までとは違う手応えを感じていた。

 

 

――今なら、今の私なら()()()

 

 

 確固たる確信。

 

 

 今までのヴィヴィオは神速への扉を少しだけ開き、その隙間から神速の領域を覗くだけだった。

 

 故に意識の加速だけ起こった。

 

 しかし今は違う。

 

 神速への扉は完全に開かれ、神速の領域はすぐ目の前にあった。

 あとは一歩を踏み出すだけ。

 

 

 U-Dの拳が振るわれる。

 

 ゆっくりと、緩慢にヴィヴィオに死神の鎌が差し迫る。

 

 

――恐れるな! 高町ヴィヴィオ!!

 

 ヴィヴィオの身体がゆっくりと捩れる。

 死神の鎌を避けるために。

 

 

――踏み出せ! 『永全不動八門一派御神亜流 総合魔法戦闘術』正当後継者 高町ヴィヴィオ!

 

 ヴィヴィオの足が一歩を踏み出す。

 目の前の敵を倒すために。

 

 

――極限を超えろ! 『聖王』ヴィヴィオ=オリヴィエ・テスタロッサ・高町・ゼーゲブレヒト!

 

 ヴィヴィオの拳に魔力が宿る。

 全てを打ち抜く光が宿る。

 

 

 

――――――(アクセルスマッシュ)っ!」

 

 

 ヴィヴィオの口が言葉を紡ぐ。

 ヴィヴィオには届かぬ『()()』の意志を相手に伝えるために。

 

「――神速(インフィニティ)!!!!」

 

 

 ヴィヴィオの必殺が高速で――否、()()で放たれる!

 

 右の拳がU-Dのこめかみへと突き刺さる。

 ――まだU-Dは拳を振りかざしている。

 

 左の拳がU-Dの顔面へと突き刺さる。

 ――U-Dの拳が放たれる。

 

 右の拳が放たれ左の拳が突き刺さる。

 ――U-Dの肘か延びてゆき、拳が突き出される。

 

 そこにはもうヴィヴィオの身体は無く、U-Dの拳は空へと虚しく消える。

 

 

 右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左

 

 

 U-Dの拳が一度放たれる間にヴィヴィオは数え切れないほどの連打をU-Dへと振るう。

 

 

 流れるような体裁きによって絶え間なく振るわれる拳は∞を描き、とめどなく注がれる。

 

 

 U-Dがその拳を捕らえようと手を伸ばしてもそこには既にヴィヴィオの拳は無く、U-Dが衝撃に身を捩る前兆すらヴィヴィオは見逃さない。

 

 的確に、確実に人体の弱点に向かって拳が放たれる。

 

 

 加速した体感時間によって非の打ち所のない『徹』を実現した打撃を防ぐ術は無く。

 

 加速した身体による高速の拳は『貫』でなくとも避けることも受け止めることも叶わない。

 

 

 神速の連撃。

 

 

 相手が膝をつく緩慢な動作すら許さない。

 

 死ぬまで一方的に殴り続ける必殺の体現。

 

――これで倒しきる!

 

 必殺の意志を乗せ。

 

 

――これで終わらせる!

 

 

 拳を振るう。

 

 

――これで!

 

 鮮血がゆっくりと空をまう。

 

 

 U-Dのではない、()()()()()()()流れ出た血が飛び散る。

 

 

 初めての神速の領域。

 

 

 身体の限界を、リミッターを外すことで実現する神速の高速移動を続けていたヴィヴィオ。怪物(U-D)が倒れかけるまで続けられたそれによって、ヴィヴィオの身体は既に限界を迎えていた。

 

 いや、限界を()()()いた。

 

 身体の崩壊など、外から肉体を動かす術を持つヴィヴィオにとって動作を阻害する理由にはならない。

 

 身体も魔力も総てが尽きるまでヴィヴィオは止まらない。聖王は止められない。

 

 

 

 しかし、そのはずの拳が止まる。

 

 

――っ!?

 

 振るった拳が、掴まれている。

 

 

 相手はU-D。無限の魔力による埒外の身体強化による防御力。

 それを越えても、無効化しても無限の回復による耐久性はまさに怪物に相応しい。

 

 

 そしてもっとも恐ろしいのは、U-Dがシステムであり、()()であるということ。

 

 元はユーリ・エーベルヴァインという少女(ヒト)である。

 

 

 ヒトは、考える葦である。

 

 ヒトが動物と違うのは考える、対策をとることである。

 

 それは地球において、文明の発展という()()を瞬きするほどの速さで及ぼす。

 

 

 ヒトは考え、対策をたて、高速で進化する生物である。

 

 

 ならば、元がヒトであるU-Dもまた、進化するのは何ら不思議ではない。

 

 自身の不利をシステマチックな思考が受け入れ、対策を考え、進化する。

 

 その進化を考慮できなかったからこそ、レヴィは足を掬われ、右腕を失った。

 

 

 U-Dに時間を与えてはならない。

 

 

 

 物語の主人公が戦いの中で進化するように、彼女(U-D)という怪物もまた、進化する。

 

 U-Dに時間を与えてはならない。

 

 しかしU-Dに時間を与えず倒しきれるものなど、果たしてこの世に存在するのであろうか。

 

 無限の魔力によってもたらされる防御力と回復力は、まさに時間を稼ぐのにふさわしい性能ではないか。

 

 

 

 故に無限の絶望。

 

 

 故に砕けえぬ闇。

 

 

 故にそれは星を滅ぼし、世界と引き替えに封じられたモノ。

 

 

 ヴィヴィオは――いや、厳密に言えば()()()は、U-Dに時間を与えすぎた。

 

 

 

 U-Dを圧倒する速さを実現する()()をU-Dに幾度と無く見せ、それでいて全ての局面にて倒しきれなかった。

 

 それゆえ、U-Dは到達した。

 

 至ってしまった。

 

 

『神速』の魔法に。

 

 

 

 極限身体強化魔法『神速』。

 

 それは単純な身体強化、反応速度強化、思考速度強化を莫大な魔力で発動するだけの魔法。

 

 

 

 莫大な魔力――U-Dの魔力は無限である。

 

 

 身体強化――ヴィヴィオを一撃で致死に追いやり、ヴィヴィオが集中をしなければ避けきれない攻撃を、技術も無しに放てるほどの速さをもたらす身体強化は既に発動している。

 

 

 ならばあとは、反応速度と思考速度を強化するのみ。

 

 

 

 レヴィが神速のかわりに生み出した『神速』。それゆえに『神速』さえ発動できてしまえば、ヴィヴィオの神速に追いつける。

 

 

 だから、ヴィヴィオの拳を受け止められた(ヴィヴィオの拳は受け止められた)

 

 

 

 加速しているはずのヴィヴィオの認識においてすら高速でU-Dの拳が迸る。

 

 

 とっさに捕まれていない腕で防ぐが、U-Dの拳と衝突したコールブランドは甲高い音を立て破壊され、抑えきれなかった衝撃が腕をひしゃげ、弾く。

 

 

 そして、そのまま終わらせぬと言わんばかりに、U-Dは握っているヴィヴィオの腕を引く。

 

 

 引かれた勢いのまま上体を、顔面を差し出すヴィヴィオは、眼前に見える死神の鎌(U-Dの拳)を見て、反射的に目をつぶる。

 

 

――ママ!

 

 

 祈るように頭の中に言葉が響く。誰でもなく、ただ母を求めた。

 

 

 目を閉じているのに死が自分に迫るのがわかる。

 

 

 気配だけで、自分は死ぬのだと確信する。

 

 

 

 

――――パパ――。

 

 

 

 祈るように頭の中に言葉が浮かぶ。

 

 

 誰でもなく、ただ一人を求めた。

 

 

 

 

 

 ヴィヴィオの目の前が白に染まる。

 

 

 

 

 目を閉じているのに、外は夜なのに、白に染まる。

 

 

 

――あぁ、今度こそ、死んじゃいましたかね。

 

 

 あまりにも綺麗に頭が吹っ飛んだのであろうか、痛みはなく、ヴィヴィオは目の前の白を死後の世界の色だと直感した。

 

 

――ヴィヴィオ―。

 

 (フェイト)の声が聞こえる。

 

 

――ヴィヴィオ―。

 

 (レヴィ)の声が聞こえる。

 

 

――ヴィヴィオ!

 

 (シュテル)の声が聞こえる。

 

 あぁやはり自分は死んだのだと、ヴィヴィオは確信した。

 

 

 フェイトもレヴィもシュテルも自分のそばに居ないはずであるのだから。

 

 シュテルは自分の不注意のせいで戦線を離脱し、レヴィも深手を負いフェイトに連れられ戦線から離れていた。

 

 そんな親の声が聞こえてくるのだ。死んだ自分の幻想だと思ってもしょうがないであろう。

 

 

『目を開けなさい! ヴィヴィオ!』

 

 しかしその幻想は頭に響くシュテルの怒声によりかき消される。

 

「は、はい!?」

 

 頭に直接響いた怒声に従い()()()()()ヴィヴィオ。

 

 

「――あれ」

 

 

 その視界に入ってきたのは鮮やかな金糸に、紅と蒼の宝石。

 

 

『おはよう。ヴィヴィオ』

 

 

 目の前に居たのは自分も見たことのない少女の姿。

 

 

 髪は鮮やかな金色の中に、何房か爽やかな水色のメッシュが入っている。そんな不思議な、しかし綺麗な髪は結ばれておらず、その長髪は海風に揺れて広がっている。

 

 瞳はこれまた鮮やかな(くれない)色の左目とうっすらと光を放つ蒼色の右目の虹彩異色。

 

 魔力が制御できていないのか、蒼金の稲妻と緋色の火焔が身体のいたるところから外に向けて迸り、髪の毛や身体中は見覚えのある光にうっすらと包まれている。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■―――――――――――!!!!!!」

 

 

 そんな『フェイト』に見とれていると、先ほどまで音が消えていた聴覚に咆哮が響く。

 その咆哮を上げた存在を見ると、そこには鮮血に染まった左腕を抑え吠えるU-Dの姿があった。

 

 

「え……?」

 

 あまりにも唐突な光景にヴィヴィオは呆然とする。

 

『さぁヴィヴィオ、すこし離れて。長くは持たないから、すぐに決着をつけたいんだ』

 

 ヴィヴィオの知らぬ『フェイト』に促され、ヴィヴィオは己に残ったなけなしの魔力で飛行魔法を発動し『フェイト』離れる。

 

 

「えっと、フェイト、ママ?」

 

 ヴィヴィオの『フェイト』への問いかけと――

 

 

■■■■■―■(マテリアル―L)!!」

 

 U-Dの『レヴィ』への咆哮が重なる。

 

 

『フェイト』は紅蓮の炎剣と蒼金の雷刃、二本の大剣を展開しU-Dへと向き直る。

 

(ボク)は、「フェイト」でも「レヴィ」でもない』

 

 

 そしてヴィヴィオとU-D、二人の言葉に答えるように、U-Dを見つめながら静かに言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

ユーリ()を、救う者だ』

 

 

 

 

 

 






ヴィヴィオの目の前に現れた人物。


フェイトでも、レヴィでもない――――。


――それは、少女を救う者。



次回「魔法少女リリカルなのはL×F= 『Flash of [Thunder god]』


閃光、煌めく。

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