ついにGOD編最終話にしてこの小説の最終話。
5周年を迎えやっと完結です。
それでは
――お別れの話。
こうして、ボク―レヴィ―史上最大の事件は幕をとじた。
後は語るほどのことは無い。誰もが幸せな未来に向かって歩んでいくだけの話。
それでも、この物語の最後の一幕、幸せな未来の最初の一歩を少しだけ語るとしよう。
「ほんっとうにっ、申し訳ありません!」
大きな声と共に金糸の長髪を振り乱す勢いで頭を下げるのはユーリ・エーベルヴァイン。
システムUーDそのものであり、エグザミアの基幹部である少女は己が繰り広げた惨状の被害者たちに向かって頭を下げていた。
無事―死者が出なかったという点で何事も無く―ディアーチェの制御プログラムにより溢れる力を制御可能となったユーリであるが、UーDに行動を支配されていた中でも己の意識はあり、自分を止めようとする勇者たちを傷つけ続ける光景は心苦しいものであった。
幸運と奇跡が重なりなんとか死者は出なかったものの、アミタは腹部貫通、キリエは右腕破損。シュテルとレヴィは駆体放棄―通常の肉体であれば死亡と同義である―と、
そして死亡してはいないものの、フェイトは全身の筋断裂、血管の損傷による体全体に広がる内出血と簡易的な診断だけでも一命をとりとめただけであり、レヴィ曰わく脳にも多大な損傷が出ててもおかしくないという、一際大きな怪我を負っていた。
そのためフェイトだけは現在アースラ医務室にて医療スタッフ達による集中治療の真っ最中である。
以上にあげた人物が比較的重傷であったというだけであり、それ以外のメンバーも皆傷を受けていないものは居らず、なおかつ生命力という概念的なエネルギーすら奪われている状態のため体力、自然治癒力も衰えているという状態であるためけっして軽傷者とは言い難い。
それら戦闘に参加したフェイト以外のメンバーは、現在後衛に徹したため比較的消耗の少ないユーノとシャマルに、ディアーチェがユーリから受け取った無限の魔力を分け与え続けるという無茶苦茶効率が悪い方法ながら、回復魔法で無理矢理治療している最中であった。
そんな野戦病院もかくやといった様相の食堂―治療室は現在フェイトに付きっきりなため広い場所に集められている―にて、魔力タンクの役目があり、そしてまだ自分で魔力を分け与える、他人へ治療魔法を使うなど繊細な魔力運用に不安のあるユーリは離れることもできず、しかし己で何かをすることもできず、こうして頭を下げることしかできずにいた。
「にゃはは、気にしないでユーリちゃん」
頭を下げるユーリに向かってなのはが言うが、これはもう何度も繰り返された情景であった。
ユーリは律義にもこの場の全員一人一人に頭を下げていた。
そんなユーリをある者は許し、ある者は「しょうがない」と言い、またある者は再戦を約束させ、そしてなのはは「気にするな」と言った。
「許すも何も、私達がしたくてやったことだから。レヴィちゃん達のお願いを聞いて、ユーリちゃんの事情を聞いて。それで助けたくなった。私達が勝手にユーリちゃんを助けたくて助けた。ただそれだけだから」
その言葉を聞き、それでも頭を下げるづけるユーリを見て、なのはは言葉を続ける。
「ユーリちゃんは実は誰かに助けてほしかった」
ちがう? と聞くなのはにユーリは顔を上げながら頭を横に振る。
「違いません。私は、救ってほしかった。望まぬ暴虐を振るう
「うん。だから私達は助けたかった。そしてユーリちゃんは助かった。なら、別の言葉が欲しいな」
自分のエゴを認めるユーリの苦い表情に対し、なのはは優しく、やわらかく笑いながら手を差し出す。
差し出された手となのはの顔を不思議そうに見つめるユーリ。
「別の、言葉……?」
「うん。助けて欲しいときに助けられた、転んだ時に差し出された手を取った。そんな時に、一番最初に言う言葉」
なのはの言葉に、ユーリのハッと思い当たり、なのはの手を強く握る。
「ありがとう、ございます」
「うん」
「ありがとうございます」
「うん」
「私を助けてくれて、ありがとう、ございます!」
「うん!」
ディアーチェに制御プログラムを打ち込まれ、朦朧とする意識の中でも言った言葉。
それでも今度はしっかりとした意識で、自分の意志で言葉にする。
感謝の気持ちを謝罪の言葉ではなく、直接感謝の言葉に乗せて。
そうしていてもたってもいられなくなったのか、ユーリは立ち上がると再度一人一人の手をとり感謝の言葉を述べる。
「ありがとうございます!」
「気にするな、というとなのはと同じか。あぁ、感謝の言葉、素直に受け取っておくよ」
アースラの執務官に。
「ありがとうございます!」
「はい! どういたしまして、です!」
未来の聖王に。
「ありがとうございます!」
「はい。謝礼は再戦でいいですよ」
覇王の末裔に。
「ありがとうございます!」
「おおきにな。ほんに助かって良かったわ」
「あぁ、ほんとに、よかった」
夜天の主とその融合騎に。
「ありがとうございます!」
「あぁ」
「お、おう」
「はい!」
「……む」
夜天の守護騎士達に。
「ありがとうございます!」
「えっと、うん。よかった」
『ほんとにね、助けてあげられて私もうれしいよ!』
ECドライバーとリアクターの二人に。
「ありがとうございます!」
「うん。無事に助けられてよかった」
考古学者兼、未来の司書長に。
「ありがとうございます!」
「はい!
「うーん、まぁ何とか死者も居ないし? 万事解決ってことでいいんじゃない?」
未来のアンドロイドの姉妹に。
「ありがとうございます!」
「うむ。レヴィとシュテルの躯体が完了したら、また言ってやるとよい」
家族に。
みんなに、ありがとうと言える喜びを伝えよう。
「はい! それと、マテリアル―L、レヴィに似た……」
「フェイトちゃんにも、目が覚めたら、伝えよう。ね?」
「はい」
戦場に立った中で唯一、この場に居ない雷鳴の少女にも――。
*****
*****
そうした一幕が野戦病院とかした食堂であってから、数時間後、火をまたぎ朝陽が昇ろうとした時間に、フェイトの緊急治療は終了。
目を覚ましたのはその次の日の朝、戦闘終了から時間にして32時間後、日付にして2日後の事であった。
各々自室、自宅で休息にあてている最中、フェイトの目が覚めたことが伝えられ、時間にして10時。フェイトが目を覚ましてから4時間後に全員が、フェイトのいる救護室に集まっていた。
そこには戦闘に参加したメンバーに加え、看病のため前日から付きっ切りだったテスタロッサ家もおり、かなりの人口密集度をたたき出していた。
「フェイト、さん」
そうしてフェイトに言葉を伝えるため、フェイトの前に進み出るユーリ。
しかし、その前を遮る人影。
「母さん」
フェイトの言葉が示す通り、その人物はプレシア・テスタロッサ。
フェイトの母親である。
「あ、えっと」
元から目筋が鋭いプレシアが身長差のあるユーリを見下ろす光景は、見下ろされる側にかなりの威圧感を与える。
その威圧感にユーリが怯む中、プレシアは言葉を紡ぐ。
「フェイトから、レヴィからも、事情は聞いているわ。根本的にあなたのせいでは無いということも、怪我の原因は無茶な強化魔法を使った反動で、ほとんど自業自得のようなものであることも」
そこまで言って、プレシアは息を整えるために何度か呼吸を繰り返すと、再度口をひらく。
「それでも私は、怪我をした娘の、死ぬかもしれなかった娘の母親として、あなたを殴る権利があると思っているわ」
「……はい。その、通りです」
プレシアの言葉を聞いて、覚悟を決めるように、しっかりとその言葉を肯定したユーリを見て、プレシアは手を振りかぶる。
スパァン!と大きな破裂音が救護室に響き渡る。
「っ」
ユーリはその衝撃と、そして胸に響く
「痛いわ」
そしてプレシアもユーリの頬を打った右手を左手でさする。
「人を、生身でぶったのは久々よ。こんなにも、痛かったのね」
誰に言うでもなく、ただ自分に語りかけるようにプレシアは独り言ち、今度はユーリを見下ろすのではなく、目線を合わせるように屈みユーリと目線を合わせる。
「ごめんなさいね、もちろん無茶をした娘二人は先ほどこれでもかって程に叱ったわ。それでも、親として母としての感情をあなたにぶつけてしまった。やるせのない感情をぶつけるしかなかったの。ごめんなさい、痛かったでしょう」
先ほどとは打って変わり優しい表情でユーリの頬をさするプレシア。
「……はい、胸が、痛い、です」
その手が、先ほど自分の頬を打った手と同じだと、こんな優しい手にあんな苛烈なことをさせてしまったのだと。
それほどの事を自分はしてきたのだと、改めて実感させられたユーリは、気づいたら涙が止まらなくなっていた。
「あなたにそれほどの思いを、怒りを、憎しみを持たせて。こんなに優しく頬を、撫でられる人に、そんな思いをさせてしまった程、私は罪深いのだと。
これまでもそう、ずっと昔私が
私は今更になって、あなたに頬を打たれて、今やっと、実感したんです。知ったんです。だから、胸が痛い。です」
泣きながら独白するユーリの頬を、プレシアは優しく撫でる。
「そう、それが分かっているなら、何も言うことは無いわ。私の分はさっきの平手で相殺。それ以外は、あなたが折り合いをつけていくのよ」
「はいっ。ありがとう、ござい、ます!」
プレシアの激励に感謝の言葉を言い、ユーリは目元を強く拭う。
そして、本日の本題の少女へと相対する。
その少女は自分の母の行動に慌てていた。身体中を包帯やガーゼで覆い、端から見るに痛々しい少女は、その綺麗な金髪は魔法の後遺症か、何房か色が抜け落ち銀に近いメッシュが入ったようになってしまっている。
そんな少女の前に、ユーリは立つ。
「フェイト・テストタロッサさん」
「うん。ユーリ、だよね。なにかな」
フェイトはまだ身体を起こすのも辛いだろうに、それでも上半身を起こして、ユーリの目を真っ直ぐに見つめ返してくる。
そんなフェイトの手を、ユーリはなるべく優しく、力を入れずに握る。もはや握るというより両手で包む、といった方が的確かもしれない。そんな力でフェイトと手を重ねる。
「ありがとう、ございました!」
そして、しっかりと感謝の言葉を述べ、頭を下げる。
「レヴィを、私の家族でもある大切な人を助けてくれて。
レヴィの思いを優先してくれて。
レヴィと一緒に私を止めてくれて。
私を、助けてくれて――」
万感の思いを込めた感謝の言葉を受け取ったフェイトはゆっくりと、空いた手を自分の手を握るユーリの手に重ねる。
「どういたしまして。私も、ユーリが助けられて、嬉しい」
そういって、朗らかに笑った。
これが、この事件にかかわる人へのユーリの後始末。
これからも、ユーリは今まで奪った命への贖罪を続ける。
でもそれは、決して後ろ向きではなく、自分たちを救ってくれた人への感謝を胸に、前向きに向き合っていく。
そう決めることができたというだけの、話。
後始末で顛末だけど、これがユーリの、ユーリ・エーベルヴァインの、始まりの一歩。
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始まりがあれば終わりがあるように、出会いがあれば別れがある。
だから、別れを始めよう。
そうして、数日を用いて各々が体調をある程度整えた時、ついにその時は来る。
「さみしく、なっちゃうね」
そういって笑うなのはの表情は、少し寂しそうで、切なさを感じるもので。
「そうですね、だけど大丈夫です! 絶対、会えますから!」
対するヴィヴィオは、いつも通りに――いつも以上に元気溌剌な様相で。
――――別れの時が来た。
ただそれだけの話。
ヴィヴィオ、アインハルト、トーマとリリィの4人は、キリエとアミタの時空移動に巻き込まれた被害者であり、現代からみて未来の人物である。
その人物との出会いや、伝えられた情報はこの世界から全て抹消しなくてはならない。
それはつまり、今のなのはにとってヴィヴィオとの別れは、『娘』を忘れることと同意義であった。
しかし、そのことはすでに承知の上で、そうしなければいけない理由も説明され、納得した。それでも寂しいものは、寂しいのだ。
「絶対、また会いますから、なのはママにとっては10年後かもしれないし、13年後かもしれないけど、それでも絶対私と会えます」
「うん。わかってる。だから、『またね』ヴィヴィオ」
ヴィヴィオの言葉を信じた。だからこその『またね』。また会うとそう決めたなのはの言葉に、ヴィヴィオが心の底から嬉しそうな、朗らかな笑顔を浮かべる。
「うん! 『またね』! なのはママ!!」
******
「高町なのは」
ヴィヴィオとの別れを済ませたなのはにシュテルが声をかける。
「シュテルちゃん」
「あなたとは、結局手合わせできず仕舞いでしたね」
「うん、そうだね」
表情のあまり変わらないシュテルと、よく変わるなのは。対照的だが、それでも似ている二人は、しばし無言で見つめあう。
「それでは、『また』」
「うん。『またね』」
それだけで今は良い。
あまり関わりあいの無い二人だったが、その関わりが永久に途絶えるわけでは無いのだから。
だから、今はこれで良いのだ。
******
いろんな場所で別れがあるように、ここにもまた、別れがある。
「ほんとに、行っちゃうんだね」
そういうのは輝く金色の長髪に、銀に近い白髪がメッシュのように何房か混じる少女。
その少女の言葉を受けて、バツが悪そうに、後味が悪そうにするのは鮮やかな水色の長髪に、先端が蒼色へと変わるグラデーションの少女。
そう、これはレヴィとフェイトの別れの話。
「あー、うん。やっぱり行かなくちゃいけないから」
ユーリの力の制御の練習と、ディアーチェ達に協力したキリエへの報酬として、ディアーチェ達はアミタとキリエの故郷、エルトリアへと同行し、キリエがこの時代のこの世界にやってきた問題に対処するということを決めた。
厳密には、元から決めていた。
寂しくなるから、悲しくなるからできれば知らせずに終わりたかった。伝えずに出ていきたかった。
フェイトではなく、レヴィが寂しくなるから。
それがレヴィがフェイトに伝えず置手紙だけを残して家出した理由である。
「でも、帰ってくるんだよね」
「うん」
それでも、
ヴィヴィオがいるから。ヴィヴィオが、フェイトのことを母と、レヴィのことを父と呼び慕うからこそ、踏ん切りがついた。
「絶対返ってくる。何年たっても、何百年たっても。絶対にキミの、フェイトの居るところに帰ってくる」
断言した。
強い意志で。確固たる意志で断念した。
どのようになっても、どんな理由があろうとも、レヴィの存在意義はフェイトであり、レヴィの存在理由はフェイトなのだから。
「うん。だから、ちょっとだけお別れ。大丈夫。あの時も言ったけど、私は大丈夫。今度は帰ってきてくれるって、また会えるって保証があるから。だから絶対、大丈夫だよ」
それが分かっているからフェイトには寂しさは少ない。
無いわけではない。レヴィが家出をしたときは狂乱するほどに、フェイトにとってもレヴィは大事で、大事で、仕方がないのだから。
それでも、自分のわがままで大勢の人に迷惑をかけるわけにもいかないし、なにより――――
「帰ってきたら、立派な『人間』になってるから。もうお人形な私じゃない。もう守られる私じゃない。レヴィの隣に居られる、私になってるから」
夢ができた。
未来予想図が生まれた。
そのために、一時離れる必要があると、そう思ったから。
「だから、『またね』レヴィ」
その言葉を聞いて、レヴィはフェイトの意志を感じ、涙を流す。
「うん」
いつだって、別れるときに先に涙を流すのはレヴィの方だった。
「『またね』。フェイト」
フェイトとレヴィの別れの言葉が終わり、一行はアミタとキリエに引きつられ光の柱の中へ姿を消す。
そう、これは二人の少女の別れの物語――――。
――――――魔法少女リリカルなのは L×F=
――――Fin.
―――――もうちょっとだけ、