エース・オブ・エース墜落。
そのニュースはミッドチルダ中を騒がせた。
『エース・オブ・エース』高町なのは
管理外世界出身ながら9歳にしてAAAランクの魔力を保有し、管理外世界にて発生したロストロギアによる次元世界を揺るがすほどの大事件を未然に防ぐ大活躍。
そしてそんな彼女は強く、愛らしく、芯の通った少女であり、その容姿はさることながら性格の良さも相まり、ミッドチルダでは人気が急上昇していた。
現在11歳である彼女は短期訓練課程を修了した後、出身世界で学生生活を送りつつも、管理局の一員として任務にあたるという二重生活を送っていた。
公的な身分は嘱託魔導師であるため、長期間の任務などには駆り出されないが、若く可愛らしい将来有望な魔導師であり、大事件を2件も解決した実績をもつ彼女は管理局広報課の目に留まり、華々しく宣伝活動を手伝わされていた。
そのためミッドチルダにおいて高町なのはの名は無名ではなく、それどころか有名人といっても良いほどの知名度を持つ。
そんな高町なのはが墜落。
任務中に正体不明の襲撃を受け重傷。
そのニュースは、ミッドチルダでも話題になり、ミッドチルダを騒がせた。
なのはが入院してから数日後、ミッドチルダではその件について新たなニュースが広がる。
曰く、エース・オブ・エースはもう、空が飛べない──。
そのニュースはなのはのもともとの知名度にあわせ、若干11歳の少女が未来を断たれた衝撃もあり、ミッドチルダ中を駆け巡り話題となった。
「なのは、もう起きてていいの」
「あ、フェイトちゃん」
そんな世間をにぎわせているなのは本人が入院している病院に、フェイトが見舞いに来ていた。
数日前まで意識不明であったなのはは、上体を起こし先ほどまで読んでいた手紙から視線を上げ、入室してきたフェイトへと顔を向ける。
「ごめんね、来るのがこんなにこんなに遅くなっちゃって」
「ううん。大丈夫だよ」
「それにしても良かった、なのはが元気そうで」
「うん。怪我の方はもうだいたい大丈夫みたいなんだ」
笑ってはいるがその表情にいつもの明るさはなく、努めて笑顔を作り出していることをフェイトは感じ取っていた。
フェイトとなのははたった2年ちょっとの付き合いであるが、それでもわかるくらいには、何時もの元気がなかった。
「なにを読んでたの?」
「なんかね、ファンレター? かな」
「ファンレター?」
「うん、最近私って任務の一環で管理局の広報に使われてたでしょ? それで一般の人にもちょっと顔が知られてるみたいでね。撃墜させられて、ちょっと世間を騒がせちゃったみたい。それでこんな励ましの手紙が管理局に送られてるんだって」
見る? と言いながら渡された手紙をフェイトは流し読みする。
そこには書いた人の純粋ななのはを心配する言葉と──、
「……っ」
──なのはがもう飛べないことを残念がる言葉が綴られていた。
「なのは……、えっと」
なんと声をかけて良いかわからなかった。
自分と衝突するほどに魔法にのめり込んでいた目の前の少女が、もう魔法が使えないかもしれない。
空を飛ぶことに拘っていた少女が、もう飛べないのかもしれない。
そんな現実をなのはは手紙を通して知ってしまったのかと思うと、かける言葉がみつからない。
「あはは、笑っちゃうよね。私目が覚めたの数日前なのに、自分の身体のことを知ったのがこんな手紙が始めてなんて。
お医者さんもお医者さんだよ、別に正直に話してくれてもよかったのにさ。管理局の人も管理局の人だよね、こんな時くらい手紙の中身を精査してくれても良いじゃんね」
努めて明るくしようとしているのだろう。口調は明るいが、その顔は喋っているうちに下を向き、声も震える。
「──なのは」
そんななのはを、フェイトは抱きしめる。俯くなのはの顔を、自分の胸へ押し付けるように、自分の心音を聞かせるように。
「なのは、ここには私しかいない。なのはの家族の人も、アリサやすずか、はやても。私しかいないから。だから、我慢しなくていいんだ。なのはの本音を、あの時みたいに私にぶつけて良いから。私はなのはの喧嘩友達で、だからなのはが本音をぶつけられるって、そう思ってるから──」
──だから、良いんだ。
フェイトはそう言ってなのはを強く、優しく抱きしめる。
抱きしめられたなのはは、しばらく黙っていた。
そんな無言の時間を、フェイトはなのはの頭と背中を撫でながら待ち続ける。
言外にいつまでも待つという気持ちを込めて。
そんな気持ちが伝わったのか、喋りたいことの整理ができたのか、なのはは吶々と語り始める。
「私ね、頑張ったんだ。
皆が、悲しまないように、私ができる限りの事はしようって。
お父さんに剣術も教えて貰って、残念ながらあんまり才能は無いらしいけど、それでもお兄ちゃんと、お姉ちゃんと、同じ事ができて、同じ事をさせてもらえて貰えて嬉しかった。
任務もね、別に辛くないんだよ。お父さんもリンディさんもクロノくんも、ハードワークにならないようにって調節してくれてるし、それでも私にやって欲しいって、私が必要だっていう任務ばっかりだし、それで誰かが救えるんだって、悲しむ人が少なくなるんだって。
広報もそれはそれで楽しいんだ。年下の子で『私みたいになりたい』って言ってくれた子もいた。私に助けられたって人とも話ができた。
ホントに私、楽しかったし、もっとみんなの役に立てるようにって、皆が望んだ『なのは』になれるようにって、頑張ったんだよ」
「うん。なのはが頑張ってるのは知ってる。なのはと出会ってから、なのはと友達になってから、なのはがずっと頑張ってきたのを見てきたから」
途切れ途切れに言葉を選びながら喋るなのは。
そんななのはの言葉に、フェイトはただただ頷く。
「目が覚めて次の日にね、家族のみんなが来てくれたの。皆悲しそうな顔をしてた。お父さんの事を思い出したのかなって思って、『大丈夫だよ。すぐ元気になれる』って言ったら、みんな泣きそうな顔をしてね。お姉ちゃんは泣き出すし、お父さんは『少しの休憩だと思って、今は休みなさい』って、頭を撫でてくれた。
その次の日くらいにね、はやてちゃんとアリサちゃんにすすかちゃんが来てくれたの」
「そっか、ごめんね。直ぐに来れなくて」
「ううん、フェイトちゃんがちょうど忙しかったのも知ってるから、いいの」
自分以外の知人がすぐさま見舞いに来ていたと知ったフェイトは、再度その事を謝るが、なのははフェイトの胸の中でゆっくりと首を降り、気にするな、と言う。
そうして、少々無言の時が流れると、なのはが再度語り出す。
「それでね、はやてちゃんとすずかちゃんは結構お話ししてくれたんだけど、アリサちゃんはずっと黙ってたの。だから『すぐ元気になるから大丈夫だよ』って言ったら、『ごめん』って謝られて、そのまま帰っちゃって、すずかちゃんも悲しそうな顔をしてアリサちゃんの後を追って、はやてちゃんも2人を送るからって、一緒に帰っちゃったの……。
みんな、みんなねなのはに会ったら悲しそうな顔をするの。心配かけちゃったなって、思ってたんだけど、そうじゃなかったんだね。なのはがもう、歩けないかもって……。みんな、なのはが知らないのに……、みんなは知ってて…………」
なのはの言葉が段々と小さくなる。
段々と弱々しくなる。
「──ざけるな」
「ふざけるな!!」
「なのはを勝手に決めるな! 私を勝手に判断するな!! なのははまだ飛べる! 私は諦めてない! なのに、他人が勝手に私を、なのはの未来を決め付けるな!!」
「私は良い子じゃないし、優しくもない、奇跡も起こせない。その時にできる、最善を、皆が求める
なのはがみんなの求める
悲痛な叫びが、フェイトの胸へと響く。
心を突き刺す。
「なのはが諦めてないのに、皆が諦めてる! 勝手になのはの
11歳の少女の慟哭が響く。
その言葉を聞いたから、彼女の事を思うから、フェイトは優しく、厳しい言葉を投げかける。
「悔しい?」
「悔しいよ! みんなの中ではなのはは弱いままで、弱いからもう飛べないって決めつけられる!」
「悲しい?」
「悲しいよ! みんな、みんな『もう頑張らなくて良い』って思ってる! なのはを
「もう一度、頑張りたい?」
「やってやる──」
「もう一度、空を飛びたい?」
「飛んでやる──」
「諦めない、諦めてやらない! 血反吐を吐いても、泥に塗れても、もう一度! もう一度──」
「空を、飛ぼう。もう一度一緒に。それで一緒に空を飛んで、また一緒に喧嘩しよう。
それができたら、私は嬉しいから。それが叶うなら私もなんだってやる。なのはと一緒に血反吐を吐いても良い、泥に塗れても良い。
だから、もう一度飛べるように、一緒に頑張ろう。なのは」
「う、うあぁぁああああああああああぁぁぁああぁっ」
なのはの泣き声が病室に響き渡る。
皆のために頑張った。
必要とされたいから頑張った。
必要とされたこと、やれること、やりたいこと。
その全部が詰まった、込められたのが魔法だった。なのはの力だった。
それが他人に奪われた。
他人に、諦められた。
たった一度死にかけたくらいで、たった一度撃墜されたくらいで、諦められた、
それは、他人が心の底から
だから、フェイトは逆に求めた。なのはを求めた。なのはの魔法を求めた。
諦められないから、楽しそうに魔法を使うなのはを。
なのはと一緒に空を飛んでいた、あの楽しさを諦められないから。
フェイトの胸の中へと納まる、こんなに弱った少女に、死ぬかもしれない目にあった少女に、もう一度頑張れと。また、死ぬかもしれない世界に戻れと、そういうのは酷であろう。
でも、なのはが求めているのは、慰めの言葉ではない。
なのはを必要とする言葉。
誰かのためにしか頑張れない少女は、
「もう一度飛びたい!」
「うん、飛ぼう」
「まだフェイトちゃんに勝ち越してない!」
「うん、また戦おう」
「まだ、諦めきれないよ!」
「諦めなくていいよ。私はどんななのはでも良い。だけど、一緒に飛べるなのはが、一番いい」
「だって──」
「だって──」
「なのはは空を飛んでる時が、一番楽しかったんだから!!」
「なのはは空を飛んでる時が、一番楽しそうだったから──」
その二つが合わさった時が、高町なのはが最も
*
***
******
「ごめんね、フェイトちゃん」
フェイトの胸の中で叫んで落ち着いたのか、なのはそう言いながら、顔を上げる。
目は涙で腫れ、赤くなっているが、その顔はフェイトが入室した時と比べ、だいぶスッキリしているようだった。
「なのは、大丈夫?」
フェイトはそう聞く。大丈夫か、と。まだ我慢はしていないかと。
「大丈夫、私を求めてくれるなら、フェイトちゃんが私を求めてくれるから。私は、頑張れるよ」
「うん、そっか。じゃぁ、
「うん。
そういって、なのはは笑った。
その笑顔は、無理して作った笑顔ではなく、心の底から湧き出た笑顔だった。
どれくらいなのはが泣いていたのかはわからないが、気づけば病室から見える外は日が落ち暗くなっている。
それは、病院の面会時間の終了が迫っているということであった。
「それじゃぁ、私そろそろ行くね」
そう言って立ち上がろったフェイトの袖を、なのはが掴む。
「なのは?」
「……フェイトちゃん。今日だけ、今日だけでいいの。明日からは頑張るから。だから、今日だけ私の、なのはの我儘を聞いて欲しい、な……」
か細い声で、なのはが言う。
「うん。わかった、何でも言って。なのはのためなら、なんだってするから」
フェイトはなのはへと向き直り、なのはの我儘を聞く体制へと変える。
「今日は、なのはと一緒に居て。なのはと一緒に寝て欲しいの」
小さな声でそう呟いたなのはの言葉に、フェイトはしばらく考えると
「わかった。私に任せて、なのは」
そう言って力強くうなづいた。
***
******
その後、消灯時間も過ぎ、カーテンが開いている病室には月の光だけが差し込んでいる時間。
なのはは一人でベッドの上で横になっていた。
そんな時、なのはの病室の窓が叩かれる。
「なーのーはっ」
その声と共に、
「フェイトちゃん」
「遅くなってごめんね。母さんたちにも手伝ってもらったから、病院の方は大丈夫だと思う。誰かが病室に来なければ、バレないと思うよ」
そう言いながらフェイトはなのはのベッドへと入り込む。
「えへへ。ありがとう、フェイトちゃん」
「どういたしまして。でも、母さんたちが何とかしてくれてても、無断は無断だから、明日の早朝には帰るからね?」
「うん、それでもいいの。今日は、一人は嫌だったから」
そういうなのはを、フェイトはたまらず抱きしめる。面会時と同じように、なのはの頭を胸の中に抱きかかえる。
「ふぇ、フェイトちゃん?」
「どう? なのは。落ち着く?」
少々慌てるなのはに、フェイトは優しく声をかける。
その声を聴いて、なのはは身体から力を抜き、目を閉じる。
「うん。フェイトちゃんの心臓の音が聞こえる」
トクントクンと、定期的なリズムで聞こえる鼓動は、なのはの心に懐かしさと、温かさを呼び起こさせる。
「私の鼓動に耳を澄ませて」
「うん。落ち着くよ。ありがとう、フェイトちゃ──」
言い切る前に、なのはの意識は落ち、夢の中へと旅立つ。
「私には、甘えて良いんだよ──」
そう呟いたフェイトの言葉は、月と星の輝く夜の空へと消えていった──。
後の世にて発刊された、『徹底解剖!エース・オブ・エースに迫る』と題されたインタビュー記事にてエース・オブ・エース墜落事件について、高町なのは自身が語っている。
以下はその記事の抜粋である。
─それでは最後に、お話しづらい事をお聞きしますがよろしいでしょうか。
高町さん「大丈夫ですよ? 元々そういう趣旨ですしね」
─高町さんは昔、撃墜され『エース・オブ・エース墜落事件』として世間を騒がせ、一時は飛べなくなるかもと言われながらも、奇跡的な回復をみせました。
高町さん「あー、その話ですか」
─やはり、語りにくいでしょうか?
高町さん「いえ、そんな事無いですよ。あれがきっかけで私は教導官を目指したので、ある意味今の私を作る一因ですから。じゃんじゃん聞いてください」
─それではお言葉に甘えまして、あの事件で一時期は空を二度と飛べないと危ぶまれた高町さんですが、その時の心情をお聞きしても?
高町さん「そうですね……、『悔しい』でしょうか」
─それはやはり、飛べなくなるという事にでしょうか。それとも、撃墜されたこと自体に?
高町さん「飛べなくなる事に対してはちょっとはありますが、撃墜された事に関しては特にそういう思いはないですね」
─と、言いますと?
高町さん「撃墜されたのは、有り体に言ってしまえば私の実力不足、経験不足でしたから。墜とされたこと自体に対しては悔しいとかはあまり思いませんでしたね。まぁ
─高町さんにそう思われていたら、夜も眠れませんね……。
高町さん「にゃはは。まぁそんな訳で撃墜されたことは元より、飛べなくなるかもという事実自体もそこまで悔しいとは思っていなかったですね」
─それでも、『悔しい』と表すということは、他に何か悔しいことが?
高町さん「はい。実は当時局に届いたファンレターを読みましてね、そこには私の無事を祈る言葉と、
─それが、『悔しい』と高町さんは思われたので?
高町さん「はい。その手紙や私をお見舞いに来てくれた家族、友人も。みんな、私が
─えっと……、それは当然かと思いますが……。
高町さん「そうですね。でも、当時の私にとってはそうじゃなかった。だって飛べなくなる
─な、なるほど。しかし、それは実際当然の反応かと思いますが……。
高町さん「あの時より大人になった今なら、そう思います。それでも、私は今同じ状況になっても『悔しい』と思うでしょうね」
─それは、なぜか聞いても?
高町さん「だってそれって、私じゃない
─普通の人は、そこまで自分を信じれないと、少なくとも私は自分のことをそこまで信じれないかと思います。
高町さん「あはは。その事は、教導官という職に着いてからイヤと言うほど思い知りました。先輩にも言われたんです『おまえ以外の人間は、お前ほど自分を信じれないし、自分に厳しくなれないんだ』って。それをわかってるから、今では当時ほどの激情は抱かないかと思います」
─なるほど、そんな激情が原動力となり、奇跡的な回復を実現できたと。
高町さん「私はあんまり奇跡って言葉、好きじゃないんですよね。昔から『奇跡の魔導師』とか恥ずかしい異名で呼ばれてましたけど、私は奇跡なんて一つも起こした事はないです。その場にいた皆ができることを、できる限り頑張ってそうして掴んだ
─正直、人間としての強さの違い、みたいなものを感じてしまいます。
高町さん「にゃはは。先輩にも言われました。『お前は強すぎるから指導員には向かない』って」
─それでは、そこまで頑張れる秘訣などは、なにかありますか?
高町さん「そうですね。私が頑張る理由は色々ありますけど、当時の話に限って言えば、ある言葉でしょうか」
─先ほどの座右の銘ですか?
高町さん「いえ。ただ『私のことが好きだ』って言ってくれた人がいたんです。『空を楽しそうに飛んでる私が一番好きだ』って。だから、私を好きでいてくれるこの人のために頑張ろう。そう思ったんです」
─それほ、家族の方やご友人以外で、という事ですか?
高町さん「もちろん、家族も友人も、私のことが好きだったと、好きだと信じてます。それでも、その人はそう言って発破をかけてくれたんです」
─差し支えなければ、その人の事を伺ってもよろしいでしょうか。
高町さん「うーん、そうですね──
──ですかね」
後にそのインタビューをした記者はこう語る。
──その時の高町さんの顔は、美の女神も見惚れる程、明るく、美しく、魅力的な笑顔であった──と。