辛い真実を乗り越えた少女はまた一歩大人になった。
レヴィがリニスに話した内容は衝撃の一言だった。
言葉にすれば簡単かもしれないけど、それでも私が伝えられるのは『衝撃だった』としか言いようが無い。
――自分の記憶は自分のでは無い、アリシアの物だ。
――自分はアリシアのクローンだ。
――母さんの研究はアリシアを生き返らせることだ。
――母さんはこの先長くは無い。
レヴィの語った全てが私を否定するようで、私の存在をかき消すようで、とても、とても――
――辛かった。
心に穴が開いたようで、足元の地面が崩壊するようで、自分が自分でいられなくなる様で、何も手につかなかったし何もできなかった。
それでも、それでも――
――アルフの声だけは私に響いてた。
アルフの声、心の声が。本心から私を心配する声、感情が伝わってきた。
アルフと私は繋がっている、でもそれは一方的なもので、私の心がアルフに伝わっても、アルフの心が私に伝わるわけでは無い。それでも、アルフの私を心配してくれる
そんなアルフには多分今の私の
――結局それは使い魔だから。
そんな斜に構えたような思いも浮かんでくる。それでも
「わたしも! フェイトとずっといっしょだよ!!」
そんな、たどたどしい言葉は本物だった。
使い魔だからと言う理由もあるかもしれない、契約だからと言う理由もあるかもしれない。それでも――
――それでも、アルフのキモチは本物なんだね……。
そう感じられた、理由は無い。もしかしたら私がそう思いたいだけなのかもしれない。それでも私はそう感じたし、そう思った。だからか、自然とアルフを抱き上げていた。
「……ありがとう。ありがとうアルフ……」
声が震える、多分涙も出ているのだろう。そんな私にアルフは何も言わず抱きしめられている。そんな私を、レヴィは優しく見守っていてくれる。
たとえ母さんと過ごした記憶は私のものでなくても、レヴィと、リニスと、アルフと過ごした記憶は私だけの物だと、自信を持って言える。
だから私は泣いた。記憶の中の優しい母が本当に記憶の中だけだった悲しみに。レヴィも、アルフも共にいてくれる、そんな当たり前の喜びに泣いた。
今だけは神様も許してくれるだろう。私は、優しい母に別れを告げるように、思い出を押し流すように、ただひたすらに泣いた――。
*
目に指す光で目が覚める。気づいたら朝のようで、目が覚めると言う描写をしたように、私はベッドの上で横になっていた。隣にはアルフも居て寝ている。
――寝ちゃってたのか……。
多分、泣き疲れて寝てしまったのだろう。そう考えると少し恥ずかしさもこみ上げてくるが、それでもどこかスッキリとした感覚がある。
やっと自分が自分になれたような、自分で自分を認められたかのような。
まるで――
「――まるで、正月の朝に新品のパンツを穿いた時みたいに清々しい気分だよ!」
『なに言っちゃってんの!? フェイトォ!!』
私が、なにかしらの毒電波を受信したと思ったら、レヴィが大きな声で突っ込んできた。
「おはようレヴィ」
『う、うん。おはよう。フェイト』
どこか、よそよそしい雰囲気をレヴィから感じる。
「レヴィ、大丈夫?」
『フェイトこそ、その……』
なにかを言いよどむレヴィ、それはこちらを心配しているようで、まるでどう言えば良いかわからないようで。
――あぁ。そっか。
そんなレヴィの雰囲気に私は納得した。多分レヴィは昨日の事で私がどう思っているのか不安に思っているのだろう。
いつも何かを考えていないように見せかけて色々考えているレヴィ。
どこかおどけた雰囲気でこちらを和ませてくれるレヴィ。
どれもレヴィではある。とても強い子なのだと思う。でも、本当のレヴィは違う。
普通の人の様に、何時も悩んでいる。何を悩んでいるかはわからないし、教えてくれないけど悩んでいる。いつも不安がっている。
リニスに打ち明けた時も、今も。
そんな、優しくてかっこよくて、少しだけ可愛らしいレヴィを私は微笑ましく思った。
『どうしたの? いきなり笑って』
「ううん。何でもないよ」
考えたことが顔に出たのだろう。ついつい笑ってしまったようだ。
「レヴィ」
『なに?』
「私は、大丈夫だよ」
『……そっか』
「うん」
短いやり取り、何が大丈夫なのかもわからないそんなやり取り。
――でもそれで良い。
レヴィとはアルフ程の明確なつながりは無い。それでも私たちは繋がっている。
アリシアがある意味私のお姉さんならば、レヴィはある意味私なのだ。
もしかしたらもう一人の私なのかもしれない、本当に私の妄想なのかもしれない。それでも今、レヴィはここにいるし、私にとってはそれで良い。双子の姉妹のレヴィで良い。
どちらが上も下もない。対等な兄弟で、友人でもう一人の私。それがレヴィ。
「レヴィは、私と一緒に居てくれるよね」
『もちろん。ずっと一緒だよ』
力強い相槌。
それで良い。それだけで良い。
レヴィが側に居る。アルフが一緒に居る。今はそれだけで良い。
できるなら――
「母さんや、リニス、アリシアも一緒だと、もっと良いよね」
だから――
『そうなる為に、今から行こう。プレシアの所へ』
母さんと決着をつけるんだ。
*
ちょっと変なテンションだったフェイトが落ち着いたので、アルフを起こして部屋を出る。
すると、こちらの部屋を訪ねようとしていたのか、リニスと鉢合った。
「あぁ、フェイト。もう大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。ありがと、リニス」
リニスの問いかけに対し、朗らかに笑い答える。その表情を見て安心したのか、リニスも微笑んだ。
「そうですか。……今日は、どうしますか?」
どうしますか、とはもちろん昨日の事についてなのだろう。ボク自身もうどうにでもなれ、と言う気持ちが強いが、それと同時に何とかなるだろう。と言う気持ちもあるので、今すぐにプレシアの下へ向かっても大丈夫なのだが。
――フェイトは、昨日の今日だしなぁ。
そんな事を考えていると、フェイトが念話をしてきた。
(ねぇ、レヴィ。「どうしますか?」ってやっぱり)
『うん。プレシアの事、だろうね』
(レヴィは大丈夫なの?)
『それはこっちのセリフ。フェイトの方こそ大丈夫? その、昨日の今日だし』
(私は大丈夫だよ。もし、もし母さんが私を認めてくれなくても、レヴィもアルフも居るから)
そんなフェイトの言葉は、とても力強かった。6歳ほどの、自意識が生まれてからは1年たつか経たないかの少女が言うにはあまりに重く、あまりに力強い。
(……レヴィも、いつも一緒。だよね?)
それでも、その後に伝えられた言葉は、不安に駆られ押しつぶされそうな少女の言葉だった。
だからボクは言う。この世界に生まれた瞬間に決めたことを。フェイトを幸せにする。そのためにボクは居る。
『うん。ボクはいつもフェイトと一緒だよ。でも』
でも、ボクとフェイトとアルフだけの生活より、母としてのプレシア、姉としてのアリシア。リニスにアルフ。そんな皆がいる生活の方が。闇の書の中で見せられた夢のような生活がフェイトにとっては幸せだと思うから。
そんなボクの考えを読み取ったかのようにフェイトが続ける。
(わかってる。母さんにアリシア、姉さんにリニス、アルフにレヴィ。みんないれば、もっと幸せ。だよね)
そう言った時のフェイトの顔は、どこか大人びたようで、とてもカッコよかった。
だから、そんなフェイトの負けまいと、ボクも覚悟を決める。ボクよりも直接的に関係のあるフェイトがここまでの覚悟を持っているのだから。
『うん。そうだね』
そんな短い言葉だけど。そんな短い言葉だからこそ伝わる。お互いの覚悟。だから
「リニス」
フェイトがリニスに告げる。リニスは静かに頷いた。こちらが言いたい事も分かっているのだろうし、多分リニスも覚悟してくれてる筈だ。
「行こう。母さんの下へ」
一回り大きくなったように見えるフェイトを先頭に、進む。目指すは時の庭園の玉座の間。アリシアの前で、
そんなわけで次回決戦。
年内に序章、つまりはアリシアの蘇生、プレシアとの和解を終え少しの日常の描写まで終わらせたいので頑張ってます。
新年まであと一月しかありませんがどうかよろしくお願いします。