「すみません、数学が得意なんですか?」
定期テストとは何だろうか。これに好印象を抱いている高校生はいるだろうか。いや、いるはずがない。というかいてはならない。成績下位者は言うまでもないが、上位者だって嫌っているはずだ。なぜなら暗記祭りだし楽しくないし。となると、定期テストが好きな人がいるとしたら中位くらいの人になるのか。いや、でも部活が禁止されるし中位者も嫌いか?まぁそこは気にしなくてもいいかな。
「って僕は思うんだがお前はどう?」
「調子に乗るなクソが、主に真ん中らへん。」
「すみません。」
普段より騒がしいHR後の教室で、部活もなく暇を持て余している生徒の一人、名前は中瀬、とそんなことを軽口を交わす。窓から入り込む日差しが心なしか強くなった気がした。すると向こうが、突如目線を上げた。
「それはそれとして、学年も上がったし、もう負けないからな。今からでも勉強しないと手遅れになるぞ。」
「ははっ、数学が致命的なお前が総合得点で俺に勝てる日はやってこないよ。」
「お前だって国語苦手だろうが。今に見ていろ、そんな余裕を出していたら足元をすくわれるぞ、絶対にだ。」
「それでも普通に点は取れるし、それに全部負けフラグにしか聞こえないから今回も大丈夫だな。」
「くっそ、なんも言えねぇ、」
調子に乗って下手くそなペン回しをしながら駄弁る、現実から逃れられるテスト前の至福の時間だ。ここに、さき散々つまらないと思っていた定期テストをすこしでも楽しめるようにする方法がある。それが点数を競うことだ。僕はこいつといつもやっている。テストが一種の遊びと思えるし、なにより勝ったらものすごく嬉しい。ただ負けた時の悔しさもひとしおではあるが、勝負なんてそんなもんである。今はこいつに全戦全勝している。まさに我が世の春っていう感じだ。
こうして二人で勉強時間に充てられるはずの貴重な時間を浪費していた、そのときだった。
「すみません、数学が得意なんですか?」
クラスメイトに話しかけられた。手には配布された問題集を持っている。
「ま、まぁ。」
少し気後れしながら言うと、中瀬が余計なことを口走った。
「そうなんだよ島村、こいつ毎回数学だけは、数学だけは満点近くまで取りやがってさぁ、去年はそのせいで全然勝てなかったんだよ。」
「そ、そうなんだ。すごいねー。」
「おい、数学だけってなんだよ。」
少し、問題集を持つ手がこわばった気がする。それはそれとして、内心はまあどころでは済まない。何せ彼女は、正真正銘のアイドルなのである。事務所に入ったのは最近じゃないと聞いたこともあるし、売り出し中なのだろう。ともかく、それなりに緊張する相手である。だからといって特に何かするわけではないが。
「何問か教えるくらなら別にいいよ、どうせ暇だし。」
「ありがとうございます!」
案の定、試験前恒例のイベントがやってきた。去年もこの時期にはよく質問されたものだ。まだ人間関係が確立し切ってないから、とりあえずできそうな人に頼るのだろうか。出来そうと判定されているのならうれしい限りである。
するとまた、
「そうだぞ島村、こいつの勉強時間なんて奪ってなんぼのもんだ、じゃんじゃん質問してやれ。」
「お前は黙ってろ。」
まるで今までの鬱憤を晴らさんとするかのように攻撃してくるな。いや、当たり前か、まぁいいや。
島村さんは苦笑しながらも、机の上で手に持っていた問題集を開いた。
「あはは、ありがとう。それで、ここなんだけど…
「こんなもんかな。」
一息ついてシャーペンを置き、見上げて時計を確認する。結構詳しく説明していたようで、思ったより時間が経っていた。
「ありがとうございます。えっと、これで全部です。時間かかっちゃしましたね。」
「といっても4,5問だけどね。」
「えへへ。」
目線を逸らしながら、島村さんは笑う。
「別に悪いなんてことはないんだけど。じゃあ自分はこれで。」
「はい、ありがとうございました。本当に助かりました!また機会があればよろしくお願いします!」
「そうだ、どういたしまして。」
お互いに明るい声であいさつして、自分は荷物をカバンにしまい込む。教室の外に出ると、室内では強いと感じた日差しも、なんだかちょうどよく感じた。
次の日、テスト前日。授業を自習時間に充てる先生も多く、みんな必死で机に向かっている。それ以外に変わった点はなく、いつものように掃除、HRと終わっていく。HRが終わると張りつめていた空気も弛緩し、みな思い思いの行動をとる。例えば中瀬は直前の追い込みをしていたり、ほかにも自主練をしたりしようとする猛者もいる。強いなぁ。
自分は、どうしようか。教室で寝てから塾に行くのもいいし、本屋に寄って行くのもいい。さっきまであれほど考えていたテストのことなどすっかり忘れ、のんきに窓の外を眺めていた。早々と帰宅する生徒の頭上で、木の葉が心地よく揺れている。ほのかに空が暗くなってきたように見える。風も吹いていたし、雨でも降るのだろうか。あいにく今日は天気予報を見ていない、まあ、常に折り畳み傘を携帯しているので見ていてもいなくてもあまり関係ないのである。そんな、どうでもいいことを考えていたときであった。ふと自分が呼ばれた気がして、声の方向に振り向くと、そこには昨日と同じように問題集を手に持った島村さんがいた。
「えっと、今日は塾があるから、ちょっと無理かなぁ。」
正確には授業が始まるまで一時間半くらい余裕はあるのだが、少し面倒だと思った僕はそう答えた。すると、
「そ、そうですか。」
島村さんはすこしうつむいてそう返してきた。さすがに僕も罪悪感があり、
「あ、少しだったら大丈夫だよ、そんなにすぐ始まるわけでもないし。」
すこし慌ててこう言うと、島村さんはすっかり元に戻ったように、
「いえ、そこまでしてもらうようなことではないと思うので、すみません。ありがとうございました。」
と言って、そのまま自分の席に戻っていった。
せっかく頼ってもらったんだから、きちんと応えてあげるべきだったなぁと、僕は心にとげが刺さったような気分になった。
やはり、その日の塾の授業にはいつもほど集中できなかった。
やってきたテスト一日目。昨日と打ってかわって雲一つなく晴れ渡った穏やかな天気とは裏腹に、試験直前の休み時間の教室はあわただしい。見なれた光景ではあるが、やはりみんなが慌てていると、こうなぜかかえって落ち着けるのである。なんかゲスい。
教科書も見らずにただ席に座っていると、あいつが近づいてきて、いつものように挑発するかのようにいろいろ言ってきた。本人はいたって真面目にこちらを心配していろ可能性もなくはないが、でもたぶんそんなことはないだろう。始まりのチャイムが鳴り響いた。
二教科終わった後、チャイムは鳴る。泣いても笑っても、今日はこれで終わり。HRも省略され、そのまま放課だ。
「出来はどうだ?」
中瀬が上ずった声で聞いてきた。表情もいつもより明るい。
「普通かな。」
特に突っかかっところもなかったのでそう答えると、中瀬はいやそうな感じで、
「お前の普通は普通じゃないから信用できないんだ、たまにはできなかったとか言って俺を安心させろよ。」
と言った。
「お前に負けるとか天地がひっくり返ってもあり得ないから。」
「調子に乗りおって。」
最初のテンションから察するに、今日は上手くいったのだろう。一通りもはや恒例と化したやり取りを済ませた僕らは、さっきまでとは打ってかわって普段と同じように話し始めた。
「それで、この後どうする?俺は帰るけど。」
「昼飯も持ってきたし、今日はこのままぎりぎりまで残って勉強するかな。明日の教科はやばいし、教材持って帰りたくないし。」
家に教材を持って帰ると、当たり前だが持ってこなければならない。重たいしめんどくさい。
「あぁ、そっか、持ち帰らないといけないのか、じゃあ俺も残ろうかな。それじゃ昼飯買ってくるから、またあとで。」
「はーい。」
それぞれのやるべきことに取り組み始めた。せっかくだし、昼は持ってきているがあいつを待つのもいいかもしれない。そう思った僕は、おもむろに教科書とノートをカバンから取り出した。
昼食をとり終わった僕らは、それぞれもくもくと課題に取り組む。周りにいる残っている生徒は、僕らと島村さん、あと名前は憶えていないが女子が一人。早く提出分は終わらせて、あとは自分のしたいことをする時間にあてたい。机の端に消しカスの山ができ始めていたその突起、また自分が呼ばれた気がした。やはり、
「すみません、教えてほしいところがあるんですが…」
声の主は島村さんだった。少し縮こまっている感じがあり、昨日のことのせいだろうと改めて反省した。昨日の償いをせんといわんばかりに、、僕は彼女の頼みを快諾した。
「全然かまわないよ、どのあたり?」
「は、はい、えっとですね…」
張り切りすぎて少し引かれた気がするが気のせいだと思うことにした。
…そう、で、こうすると答えがでる。」
「わぁ、すごいです!ありがとうございます!」
今日の問題は一昨日よりも難問であった、彼女も成長しているんだな。こんな何様だよと思われるようなことを考えていたとき、ふいに島村さんが感心したようにつぶやいた。
「すごいなぁ。」
「なにが?」
僕が聞き返すと、彼女は独り言のつもりだったのだろうか、慌ててこういった。
「えっとですね、あの、こんなに問題が解けるなんてすごいなって。」
そういうことか。
「ある程度はね。もっと化け物がいっぱいいるし。」
「それでも羨ましいです。私はどの教科も平均くらいしか取れなくて。」
平均ばかり取れるのもそれはそれである種の才能な気もするが、そこに触れる必要はないだろう。
「ありがとう。」
「ふぇ?何でですか?」
僕がお礼を言うと驚いたようで、島村さんは間の抜けた感じで聞いてきた。
「いや、ほめてくれたのかと思って、お礼を。」
「そうですか。どういたしまして…でいいんですかね?」
「全然いいと思う。それはともかく、そろそろ席にもどろうか。」
時計を見つつ、僕はそう言う。
「そうですね。今日はありがとうございました。」
島村さんはぺこりとお辞儀して、自分の席に戻っていった。
そのあとは特に何もなく、中瀬はいつの間にかいなくなっていたので、僕はある程度で切り上げて家に帰った。帰り道、さわやかに吹きつけてくる風がなんだかこそばゆいような気がした。
テスト三日目。土日を挟んで四日行われるテストも、後半に突入した。休日もくもくと対策に取り組んだ人、前半の結果から何も学ばずに遊び惚けた人、両者の明暗がはっきりと分かれる日である。僕は、どちらかというと後者かな。
終わった、いろんな意味で、主に国語。授業中に言ってたことと全然違うことが出た。ふざけんな。こうなると周りのすべてが敵のように感じる。大げさだ。まぁいいか、切り替えて大人しく明日提出の課題を終わらせよう。そう意気込んで取り掛かろうとしたとき、奴がやってきた。
「さぁ、どうだった?今日はお前の得意な国語だったもんなぁ、さぞかしできただろう。」
たぶんポーカーフェイスのつもりなんだろうが、笑みが隠せてない。
「うるさい。」
「おっ、そうかぁ、失敗したか。いやー、これで今回は分からんな。もう数学は全部終わったし、挽回は厳しいぞ。」
ものすごい勢いで煽ってくる。いや、普段のこいつの気持ちが少しだけわかった。反省して、今度からは緩めてあげよう。それはどうでもいいんだが、ともかく明日が思いがけない正念場になってしまった。しかも英語かよ。
「もうすぐ下校時刻です。生徒の皆さんは帰宅の準備をしましょう。」
下校時刻のお知らせの放送が入った。僕は家に帰る支度をし始める。集中していて気づかなかったが、テストが終わったころには高く昇っていた日も、19時を回ろうとしている今にはもうすっかり暮れてしまっていた。今日も放課後残っていた中瀬も、さすがに最後まで残るつもりはなかったらしく結局教材を持ち帰って家で勉強するらしくもう帰ってしまっている。昨日もそうだったのだろうか。普通家に帰ったら勉強する気なんて起きないよなぁ。それを乗り越えられるということは、あいつはやはり努力家なのだろう。負けないけど。負けないけど。そのために今日はこの前よりも長く居残って詰め込んでるし。なんとしても連勝記録は途絶えさせない。そんなとき、後ろから思いがけず声をかけられた。
「あのー、よかったら一緒に帰りませんか?」
「いいけど…?え?」
なにかとおもえば島村さんに一緒に帰らないかと誘われた。といっても駅までだけど。驚いたが、よく考えるとこんな遅くまで残っているのは僕と彼女くらいで、安全的な意味で誘われるのは普通なことに思えた。
下校時刻にうるさい教師に急がされて校門を出た後、歩道を二人並んで歩く。道路を走る車の音だけがはっきり聞こえている。するとそんな沈黙を嫌ったのか、島村さんが話しかけてくれた。
「宮原くんは何か部活に入ってるんですか?」
「三つくらい入ってるかな。」
活動内容を聞かれても説明できるようなまじめなことをしていないので、適当にぼかして答える。
「三つもですか!?すごいですね!」
島村さんは目を丸くしているが、実際そうでもないのでなんか申し訳ない。
「まあ平部員だし、全部毎日活動してるわけでもないから結構楽。ただ、文化祭のときとかはけっこうきついかな。島村さんは…アイドルやってたね。」
部活何か入ってるの?と続けようとしたのだが、そういえばアイドルだったなと思いだし言葉を変えた。すると島村さんは花が咲いたような笑顔で、突然いろいろ語りだした。
「そうですね、すっごく楽しいんです!」
正直勢いに圧倒されて話の内容がところどころ入ってこないっが、つまりすごく楽しいらしい。よほど熱中しているのか、手を動かしながらいろいろと表現している様子が面白くて、つい笑ってっしまった。
「あははっ。」
「む、なんで笑うんですか!」
「いや、あまりにもハイテンションだったからつい。」
笑ったせいで少しむくれていた表情も、いざ自分がハイテンションだったと言われると恥ずかしくなってしまったのだろう、赤くなってしまった。
「わ、私ったらつい夢中になっちゃって、ごめんなさい。」
「アイドルも同じようなもんなんだな。」
「どうしたんですか?」
独り言のつもりだったのだが、ばっちり聞こえていたようで、ちょうど前と真逆な感じになった。
「いいや、ほら、アイドルってさ。テレビとかでかわいく歌ったり踊ったり、CD出したりライブしたりっていう感じでなんか自分とは違う、手の届かない存在だなって思ってたんだけど。実際はこうやってテストに苦しんだり、ちょっと調子に乗っちゃたりする、普通の子なんだってね。」
同じ人間だから当たり前なんだろうけど、実例がないとやっぱりわからないものである。
「っ、そうですか。そう思ってもらえるとなんというか、ありがたいですね。」
こう言ってくれたが、最初詰まっていたのが気になって、フォローを入れておくことにした。
「そうなの?まぁふと思ったことってだけだからあんまり気にしないでほしい。」
「分かりました。そうしておきますね。」
これで大丈夫だろう。
話していると時間はあっという間に過ぎていき、気が付けばもう駅についていた。改札の上の掲示板を見ると、もうすぐ電車が来るようだ。
「ごめん、もう電車が来るから。」
そう告げると、
「ってことは私とは違う路線ですね。」
彼女は急ぐほどすぐには来ない路線だったらしい。
「それじゃあ、また明日。」
名残惜しくもありつつ別れを告げると、彼女は花が咲いたような笑顔で、
「はい!また明日!」
と言ってくれた。あまり見ることはできなかったけれど、その笑顔はとても華やかだった。そしてなぜか、少しほんのりと赤っぽかった。
テスト最終日。もう何も言うことはない。万全の状態である。
最後のチャイムが鳴り響く。何度も聞いているはずなのに、このときだけは違ってきこえる。最後だからだろうか、よくわかんないけど。たぶん解放感だろう。いつもならここで中瀬の奴が話しかけてくるのだが、今日は違うようだ。英語でやらかしでもしたんだろう。ご愁傷様である。
「あの、ありがとうございました。これ、お礼です。」
僕が中瀬を勝手に自滅させていると、島村さんがお礼を持ってきてくれた。メッセージが添えてあるあたり、彼女のやさしさがうかがえる。そんなにたいそうなことはしてないつもりだが、ありがたく受け取っておこう。
「ありがとう。あんまりきに気にしなくていいよ、そんなに大したことじゃないし。」
すると島村さんは食い気味に返してきた。
「いえいえ、そんなことないですよ、とても助かりました!」
本当に感謝しているのだろう動きが大きい。
「うん、助けになれてよかったよ。」
自分もこう思っている。やはり、決め台詞?を言うときには満開の笑顔が咲くようで、昨日と同じ、いや、それ以上に輝く笑顔で、島村さんはこう言った。
「でこれからもよろしくお願いします!」
僕はなんだか気恥ずかしくなりながらも、返事をした。
「暇があればね。」