Lostorage restrained WIXOSS【完結】   作:ジマリス

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Lostorage restrained WIXOSS
序幕/正常と異端


「あ、あの、伊吹(いぶき)くん。次の授業ってどこでやるの?」

 

 四月になっても朝はまだ少し肌寒く、しかしそれを暖かくなってきたと感じる生徒もいるようだ。男子はブレザーを羽織ったり、あるいは脱いでシャツの袖をまくったり。女子はタイツを履いていたり、あるいは素足を晒していたり、各々過ごしやすい服装で登校していた。

 そんな通学路を気だるく歩いて二十分。ようやく教室につき、特に連絡事項もない朝のホームルームが終わった瞬間、前の席の女子にそう言われた。

 彼女の名前は穂村(ほむら)すず()

 数日前、僕のところのクラス、二年C組にやってきた転校生だ。

 小学校低学年のころにはこっちに住んでいたらしいが、父親の仕事の関係上で北海道へ引越し、そしてまた戻ってきたらしい。

 しかし、二年生といえどもすでにつるむグループは固定されており、穂村はいまいちその輪に入れていないようで、少し心配になったのだ。

 一日目から移動教室というどん底に落とされ、おろおろしていた彼女に声をかけ、連れて行った。それからは、席が前後ということもあり、ほんの少しだけ話すような仲になっている。

 

「ん、ああそうか、今日は一時間目から移動教室か」

 

 朝から眠気を誘ってくる社会は、隣のクラスと合同で授業を行う。それゆえに移動教室となるのだが、この学校、やたらと教室が多く、一年間ここで過ごしている僕でさえその全てを把握していない。

 この授業のやり方にも文句を言ってやりたい。二年次から文系と理系を選択させるくせに、クラスはその二つがごっちゃになっているのだ。おかげで移動教室が多く、このクラスで授業を受けるのは英語と国語くらいのものだった。

 

「渡り廊下の先の……」

 

 どう説明したものかと思案しながら行き方を言うと、穂村はとたんに不安そうな顔になる。

 まあ、一年生でも迷うようなところ、一人だと不安だよな。

 

「えーと、じゃあ一緒に行くか?」

「うんっ」

 

 別々に行く理由もない。どうせ僕だって行くんだ。

 机の中から教科書とノートを取り出して、僕たちは立ち上がった。

 

 

 浮き沈みというものを嫌って、それを避ける人生だった。特別多くもない友人たちと、公園なり家でゲームなりして遊ぶなんていう、特に語ることのない小学校生活を送り、中学校もその延長線上。気まぐれに軟式テニス部に入ったものの、ほとんど球拾いしかさせてもらえない一年生の間に退部。小学校からのと、中学で新しく出来た友達と適当に過ごして、適当に時間を潰していった。

 それが正しかったかと言われると首を傾げるが、しかし間違っていたと言われても否定するだろう。過去を振り返ってみても、友人と喋ったり、ゲームセンターへ行ったり、駄菓子屋でおやつ麺を食べていた時間が無駄だとは思わない。他愛のないことが何気に重要なのだと、そこらのアーティストだって言ってる。

 とにかく、人生に派手な出来事はいらないというのが僕の持論だ。人に話せるような大事件がなくとも、人生は十分に楽しめるようにできている。

 

「おーい、(はじめ)

 

 ああ、もう放課後になったのか。最近はなんだか何もなさすぎて、ぼうっとしてしまうことが多い。

 高校二年生になって、もう一か月ほどが過ぎようとしていた。

 まだ勉強はそれほど難しいものではなく、慌てて問題集を解くなんてことはせずに怠惰な毎日を過ごしていた。この後どこかへ遊びに行こうだとか、部活へ行く者が固まっていたりとかで教室がまだ賑わっている最中、僕を呼ぶ声が聞こえた。

 

「おーい、肇ってば」

 

 隣のクラスの友人だった。彼、相葉奏太(あいばそうた)は、僕の小学校からの腐れ縁だ。

 教室の扉のところから、手を振って存在をアピールする。僕は鞄を手に持って、彼の場所へと向かった。

 

「なにボーっとしてたんだよ。あ、また穂村のこと考えてたな?」

「違うよ」

 

 僕が隣に立つなり、そんなことを言ってくる。奏太はこうやって、僕をからかうのが好きなようだ。小さいころ、チョコアイスが溶けてしまったのが服についてしまい、一ヶ月ほど『茶色のよだれついてるぞ』と言われたのをまだ覚えているし、なんなら今でもごくたまに言ってくる。

 少し相談しただけで、こんなに言われるとは思っていなかった。

 その話題を避けるために、毎日言っている言葉を口に出す。

 

「今日はどっか行く?」

「それがな、これよこれこれ」

 

 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、じゃーん、と大げさにアクションしながら、スマートフォンの画面を見せてくる。

 

「ウィクロス?」

 

 WIXOSS(ウィクロス)というカードゲームのホームページだ。

 何年か前から流行しているもので、女子中高生の間でも人気が高いらしい。雑誌で見るようなモデルもやっているとか聞いたことがある。

 実際うちの高校でも、昼休みや放課後にウィクロスに興じている女子を見かけることは少なくない。最近では男子も人口も加速度的に多くなっているようだ。

 それを見て、僕は納得した。つまり、これをやりたいということだ。

 

「これで女子のハート鷲掴み!」

「そう上手くいくわけないじゃん……」

 

 奏太はいつもこうだ。彼女を作りたいといつもうるさく、行動力はあるものの、そのための皮算用が過ぎるのだ。そしていつも僕を巻き込むのもいつものこと。

 話すきっかけにはなるだろうが、果たして飽きっぽい彼が女の子を手に入れるまでこの娯楽にハマるとは到底思わない。しかしそこは行動力と皮算用の化身。やるといったらやるのがこの男なのだ。

 僕は仕方なく、カードショップに行く彼の後ろを追った。

 

 

 カードショップに対する僕の印象は、とにかくやたらと賑やかな男たちが、備え付けられたテーブルについてカードゲームをしているというものだった。

 これは五年ほど前、ウィクロスとは違うカードゲームをしていたころの僕の思い出による、偏見に近いものだと思い知らされた。

 とにかく女子が多い。店員と親しげに話すのも、テーブルに座っているのも、半分以上が女子だった。最新カードの販売日などが書いてあるカレンダーを見ると、どうやら女子限定の大会などもあるみたいだ。

 記憶と現実のギャップに多少驚きつつも、奏太が店員にウィクロスのことを訊くと、買えばすぐ遊べる構築済みデッキ、いわゆるスターターデッキと呼ばれるものを薦められた。

 確かに一から集めるぶんには、敷居も値段もそう高いものではなく、これからルールを知っていくにはこれがいいだろうと思い、ショーケースの中に鎮座しているデッキの入った箱を見る。

 店員から貰った簡易的なルールブックとデッキをしばらく眺めて悩む。ウィクロスには赤や白など、色で特徴がわかれているようで、その色ごとに異なる長所や短所を理解する必要があるようだ。

 考えてもわからないので、お試しのレンタルデッキなるものを借りて、何度か奏太とバトルしてみる。各色の動きがなんとなくわかったところで、初心者なら、と薦められるままに赤色デッキを買った奏太とは違って、僕は黒色を選んだ。多少なりともカードゲームの知識があるのだから、テクニカルなものでもいけるのではないかと考えての選択だ。

 

「これで女の子ゲッツできるのも時間の問題だな」

 

 そんな奏太の馬鹿な考えに肯定はせず、僕はデッキの入った袋を目の位置に掲げたあと、鞄に仕舞った。

 

「あー寒い」

 

 カードショップから出ると、外はもう暗くなっていた。少し寒さを感じる風が頬を撫でる。

 

「んで、進展はどうよ」

「進展?」

 

 奏太が鞄で僕を叩いた。

 

「いい加減、ちょっとは進展しろよな~。見ててもやもやする俺ら男子陣の気持ちにもなってくれよ」

「いやいやほんと、僕のことより自分の心配をしてください。それに、そういうのじゃないって何度言ったらわかるんだ」

 

 穂村すず子のことだ。

 授業のための教室移動などで、僕とはちょこちょこと話すようにはなったが、その程度じゃまだ距離を感じる。

 彼女のことをある程度知って、女友達にでも紹介しようとでも思い、まずは距離の詰め方についてを奏太に相談したのが間違いだった。

 なぜか、彼はこの話を恋愛のものと勘違いし、僕の本来の目的とはずれたアドバイスをしてくる。最近では、わかってるのにからかってる節もある。

 僕から恋愛の匂いがすると、奏太は自分のことのように必死になる。親友だから、というわけじゃない。

 奏太と別れを告げ、僕はさっさと帰路につく。

 そこから家まではたいした距離でもなく、徒歩で十五分ほど。下からマンションの五階の窓を見上げると、電気がついていた。もう誰かが帰ってきているのだろう。

 エレベーターで階を上がり、目的の扉を開ける。やはり鍵は掛かってなく、奥から「おかえり」という声が聞こえた。

 

「ただいま」

 

 靴を脱いですぐリビングへ向かう。キッチンでは母親が料理をしていた。

 

「おかえり。あと三十分くらいで出来るから」

「ん」

 

 返事もそこそこに、僕は自室へ向かった。鞄を学習机の上に置き、手早く着替えを済ませた。

 いつもなら特に何をするでもなく、晩御飯までごろごろと布団に転がるか、漫画を読むかしているけど、今日は違う。

 鞄の中から、購入したウィクロスデッキを取り出す。こういうのは、熱が覚めないうちに限るのだ。

 箱を開け、中からカードの束を取り出す。同梱されている小さなルールブックとカードを凝視しながら、細かくカードの持つ効果を確認する。

 

「えーと、アーツとルリグと……」

 

 違和感を覚えたのは、プレイヤーの分身ともいえる『ルリグカード』を手に取った瞬間だった。

 カードショップで、レンタルのデッキを使ったから、入っているカードの絵柄は大体覚えている。しかも、ルリグカードは必ず盤面に出すため、一番記憶に残っているカードだ。

 しかし描かれているイラストは、まったく見覚えのないカードだった。

 白い服に髪、肌も透き通るように綺麗で……

 

「っ!?」

 

 息を呑んだ。

 眠っているように閉じていた少女の目が開いたのだ。その目が、じっとこちらを見る。

 あまりの衝撃に絶句する。

 見る角度によって絵柄が変わるカードは他のゲームで見たことがある。しかし、このカードはまっすぐ見ても、まるで生きているかのように見える。

 何も反応できない僕よりも先に、彼女が口を開いた。

 

「私は『始まりのルリグ』」

「始まり……?」

 

 カードが喋ってることに驚いて、僕は彼女の言葉を繰り返すしかできなかった。 

 始まりのルリグとやらは目を見開いた。

 

「あなたの記憶を登録します」

 

 突然、視界が暗闇に覆われる。それと同時、何かが頭の中から抜け落ちていく感覚に襲われた。それが何か、具体的にはわからないけれど、手放してはいけない。それはわかっているのに、頭を抱えても変わらない。ひたすらに、大事なものが、そぎ落とされて……

 はっと目が覚める。先ほどとはうってかわって、白が視界に広がっていた。

 ここは白く長い廊下のようだ。しかし、奥も天井も見えないほど遠い。どこまでも続く床とそりたつ壁、いくつかある様々な大きさの窓にも景色は映らず、向こうはさらに白が続いているだけ。それらが僕に伝える冷たさが全てだった。

 いや、もう一つある。いる。倒れこんでいる僕の目の前に、先ほどの少女が立っていた。カードではなく、生身の姿で立つ彼女は、状況を飲み込めないままの僕にこう言った。

 

「私はルリグ。名前をつけて」

「なあ、僕は……」

「名前をつけて」

 

 要求してくるわりには、僕の話を聞いてくれない。

 諦めて従う。しかしいきなり言われても、この異常な状況のせいで頭が回らない。

 

「リィン」

 

 口から出るままに任せた。その瞬間、ルリグが光に包まれて姿を変える。

 代わりに現れたのは、すっとした黒のセミロングに、紫のメッシュ。艶やかな宝石に装飾された黒のドレスは、彼女の鋭い目つきと合わせて近寄りがたい雰囲気を作っていた。

 

「私はあなたの分身」

「分身……?」

 

 何もわからない僕を放って彼女が手をかざすと、彼女の後ろに五枚の金貨が浮かんだ。

 

「これはあなたの記憶。このコインには、あなたの記憶が詰まってる」

 

 言うや否や、彼女の前に四枚のカードが現れた。タロットカードのように縦に長いそれが彼女の前に浮いて並べられる。

 

「選んで」

 

 有無を言わさない言い方である。しかし、すっかり混乱した僕はよろよろと立ち上がりながらも、頭の整理をする。

 カードを買ったら、そのカードが動いて、喋って、そしてこの謎の空間に放り込まれた。だめだ。まったく分からない。脳が正常に働いていて、冷静に考えたとしても答えは出ないだろう。こんなことは、僕の経験や想像の範囲外のことだ。

 

「ちょっと待ってくれ。何が、どうなって……」

「選んで」

 

 説明を求めることすら、押しのけられた。

 何を聞いてもこれなのだろう。そう考えると、いくらか頭がスッキリした。答えが出ず、その答えも与えられないなら、考えるだけ無駄だ。ここは従うしかない。

 浮いているカードはどれも同じ柄で、差はない。ここでも考えるのは無駄とし、直感で右から二番目のカードを指差した。

 カードが裏返る。そこには『3』と書かれているだけだった。

 

「これで、あなたはセレクターバトルに参加することになった」

 

 彼女の背後にあるコインが黒くくすんでいき、ついに金のまま残ったのは三枚だけとなった。

 

 

 部屋だ。僕の部屋。

 先ほどのは……夢? いつの間にか寝てて、いつの間にか起きたのか。

 そう思ったけれど、手に取ったままのルリグカードを見て、びくり、と思わず背筋を伸ばす。

 そこに描かれている腰に手を当てた少女が、黒いセミロングを揺らした。()()()()

 一度目をそらしてから見ても同じ。それどころかため息をついて、やれやれと首を横に振ってもみせる。

 あの白い空間で出会い、僕が名前をつけた『リィン』がそこにいた。

 

「ッ!?」

 

 そのカードを机に放り投げ、遠ざかる。 

 

「あ、ちょっとなにするのよ」

 

 ごくりとつばを飲み込んで、ゆっくり近づく。

 リィンはやはり動いており、非難するように僕を指差す。

 

「あなたね、カードにしても女の子にしても、大事に扱わなきゃいけないのよ?」

 

 生きてきて十六年。カードに怒られるなんて、夢にも思わなかった。

 

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