Lostorage restrained WIXOSS【完結】   作:ジマリス

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決別/嘘と真実

 先攻なのはありがたかった。赤色デッキに対して後手に回るのは不利になる。

 僕はできるだけすず子の目を見ないようにして、盤面に集中する。

 練習の過程で、彼女とは何度も戦った。違いは、それまでのはカードの使い方やコンボを試す場であって、こんな真剣な勝負じゃなかったということだ。

 お互いの手は知り尽くしている。問題は、リルのコイン技だ。振り返ってみれば、僕はコインを賭けた彼女のバトルを見たことがない。戦うこともないだろうからと、彼女のコイン技を気にしたことがなかった。警戒に値するとすれば、第一にそれだろう。

 

「アタック!」

「ガード」

 

 知った攻撃を、知られた手段で躱す。知られた攻撃を、知った手で受け止められる。

 誰もが干渉しえない空間の中で、お互いが知ったお互いをぶつけ合う。

 

「何があったか言って」

 

 僕は黙る。

 

「言ってよ!」

 

 リルの剣先から、一筋の光が迸る。光線と見紛うそれは、純然たる火だった。

 まっすぐ向かってくる火に合わせて、リィンが魔方陣を盾にして弾く。

 

「断る」

 

 リィンが宙に魔方陣を描き、そこから何本もの槍を射出させる。リルが剣を構えるも、防ぎきれずに押し切られる。

 テーブルを転がったリルはぱっと立ち上がり、憎々しげに僕を睨む。

 

「あなたのこと、信じてたのに」

「信じなくていい。スペル『グレイブ・メイカー』、続いて『パープル・ステイン』」

 

 さらなる連撃もリルは一身に受ける。いくつかは弾いたようだが、傷は身体にいくつも刻まれた。

 それを見て、すず子もようやく険しい顔になる。

 

「本気なんだね」

「それがこのセレクターバトルだろうが」

 

 すず子は強い。

 いつもはどこか抜けていて、危なっかしいところがあるが、いざとなった時に折れない心が一番厄介だ。どんな状況でも堕ちることなく踏ん張る姿勢が活路を導きだす。

 今のバトルも必死に勝とうと焦ってはいながら、プレイングミスの無いように冷静に盤面を見据えている。これが普通なら難しい。

 練習と本番はどうしても心の持ちようが違ってくる。いつもなら出来ていたことが急に出来なくなることはそう珍しくはない。

 御影と積んだ時間と経験を反芻して、努めて前を向く。すず子はそれほどまでに成長した。

 

「スペル『相違の総意』!」

 

 リルから放たれた鮮やかな炎が、陰鬱な空間に煌めく。蛇のようにうねるそれはリィンを飲み込んで、嵐のように過ぎ去っていく。

 息を止めていたのか、それとも熱風を吸い込んでしまったのか、盛大に咳き込む僕の分身は、顔を俯かせたまま佇む。

 同じように、決して誰とも目を合わせない僕に、すず子は言葉を投げかける。

 

「肇くんがこのバトルに真剣なのはわかる……けど、どうしてもあなたの言葉が本気のものだと思えないの」

「知った気になるなよ」

「知ってるよ」

 

 すず子は僕をじっと見たまま、視線を外さない。

 

「短い間だけど、一緒にいたから」

 

 僕が出会った中で、穂村すず子という少女は、共にいた時間で言えば下から数えるほうが早いだろう。

 それでも、と。過ごした時間は関係ないと彼女は言う。相手を知るのに必要なのは、時間だけではないと。

 

「君がどう思おうと、本当のことがどうだろうと、僕は君を捨てた。これだけは事実だ」

「肇くんが言ったんだよ。絶交されても、関わってはいけないなんて決まりはない。放っておけないなら、放っておく意味はないって」

 

 僕は顔を逸らした。

 

「すず子、あれしかない」

「うん」

 

 リルに促され、すず子は空に手を伸ばす。その先に現れたのはコインカード。彼女はそれを思いきり掴み、テーブルに叩きつける。

 

「コインベット!」

「『オーネスト』」

 

 きらきらと星屑のような光の粒があたりに降り注ぐ。

 初めて見るリルのコイン技。僕は警戒して、手札を一瞥。防御アーツもある。このターンの攻撃は防げる。

 

「肇くん、あなたはセレクターバトルに勝って、何をするつもりなの?」

「僕は……っ」

 

 意思に反して、簡単に口が開いてしまった。そういうことか。

 『正直者(オーネスト)』。その効果は、相手に嘘をつけなくすること。そして、すず子からの問いからは逃げられない。

 どんなカードも関係なく、とっさに閉じた口もついには開いてしまう。

 

「僕はこのバトルを勝ち進んで、君の記憶を改竄する」

 

 言ってしまった。僕の目的がばれてしまった。

 予想外の展開に、折れそうなほど歯噛む。

 本来なら相手の戦術を言わせる技なのだろうが、今回は僕の本心を暴くために使われた。

 

「私の?」

 

 きょとんとするすず子に、僕はまたしても正直に答えてしまう。

 

「君の中から、僕の一切を排除する」

「そんな……そんなことして、何になるの!?」

「僕の存在が君の邪魔になってる。僕の存在が、森川千夏ともう一度友達になるという君の決意を鈍らせることになる。だから君の中にある僕の存在を、完膚なきまでに消し去る」

 

 逃れられないとわかったあとは、自分でも驚くほど冷静だった。冷たく真実を話す。

 すず子はバンとテーブルを叩く。

 

「私はそんなこと望んでないよ!」

「望んでいようがなかろうが関係ない」

「どうしてそこまで私の記憶を……っ」

 

 胸に手を当てて苦しむすず子。

 そんな顔を見たくなかったから、君を遠ざけたのに。なんで、なんで、僕の言葉で君を傷つける様を見なければならないんだ。

 なんで君はそんなにも、僕を捨てられないんだ。

 涙さえ浮かべるすず子は、僕の顔を見て質問する。

 

「私のことが嫌いなの?」

 

 やめろ。その質問はやめろ。

 

「僕は君のことが……」

 

 僕は慌てて口を噤む。

 だけど、まだコイン技の呪縛から逃げられなくて、口を開いてしまう。

 

「君のことが……っ」

 

 だめだだめだ。それだけは言ってはいけない。

 ずっと隠してきた。自分すらも騙してきた。だからここまでバトルを続けてこれたのに。

 言ってしまえば、自覚してしまえば、僕が選択したことが、後悔へと繋がることを認めてしまう。

 盤上をいくら探しても、喉を潰せるようなものはない。あるのはカードだけ。このバトルの勝敗を決めるカードだけ。 

 喉から搾り出された声が、心の叫びが、ついに口から漏れる。

 

「君のことが好きだ……っ。すず子。僕は心から、心の底から……君のことが好きなんだ……っ。だから、君の幸せのために、僕を消す……っ」

 

 力なくテーブルに拳をつく。

 そう、僕はすず子のことが好きになってしまっていた。人を愛する資格のない僕が、人を愛してしまった。

 すず子にはこれ以上、心労をかけるような相手と接して欲しくなかった。少なくとも僕と接点を作ってはいけない。もし少しでも接してしまえば、そのたびに僕はすず子を好きになってしまう。

 僕自身の記憶を消しても、彼女はきっと再び僕と友達になってくれるだろう。

 そんな優しさに、僕はまたきっと恋をしてしまう。そしてそんな彼女を傷つけてしまうだろう。

 僕の気持ちはきっと彼女を破滅させる。それがわかってるから、彼女の記憶を消してしまおうと、そう思っていたのに。

 

「そんなこと知っちゃったら、もう忘れられないよ」

 

 驚いたすず子の顔は困惑していて、寂しそうで……なんだか少し嬉しそうだった。

 それを見た僕は、手にコインカードを持つ。

 

「いいの、肇?」

 

 もし君が友情も、愛想すらなく僕を嫌ってくれたら。もし今の話で僕を気味悪がってくれたなら、それで良かった。それなら脅す必要も、何か条件をつけることもなく、離れることができただろう。 

 だけどそんな表情をされたら僕は……っ。

 がりがりと削るように、首の絆創膏を掻く。痛覚が悲鳴を上げても止めずに、肉を削ぎ落とす勢いで掻き続ける。

 その痛みが、血の感触が、僕を希望から遠ざけてくれる。

 僕は……僕は……コインカードを叩きつけた。

 

「コインベット」

 

 忘れられない。すず子はそう言った。

 いいや、忘れるさ。いま君が知ったこと、僕が言ったこと、君の想いも僕の想いも、全部『なかったこと』になる。

 

「『リターン』」

 

 それがこのセレクターバトルなんだから。

 

 

 決着はついた。

 『オーネスト』を使わせる前に、防御をかなぐり捨てて攻撃することで勝利を掴むことができた。

 

「約束どおり、これで終わりだ。僕に近づくな」

 

 地面にへたり込むすず子。そうさせてしまったのは、目の前の僕。

 『リターン』の影響を受けたすず子は、僕の気持ちを知ることなく、負けてしまった。

 後に残ったのは、バトル前に再度決別を告げ、容赦なく攻撃をしかけ、さらにすず子を捨てた僕だけだ。

 でもそれでいい。

 友達だと言ってくれた彼女を、僕は突っぱねた。関わるなという約束もある。

 もう伊吹肇と穂村すず子は、なんでもない関係へと戻ったのだ。

 首が熱をもち、血が流れる。目頭が熱くなり、涙が溢れる。

 痛んで痛んでしかたがない。だけど、僕はそれを感じなければいけない。すべて自分でつけた傷なのだから。

 

 

 ソファにもたれかかり、特に何も考えずに天井を見上げる。

 店内の雰囲気を作るにも一役買っている、抑えられた光でさえも、今の僕には眩しく感じた。

 家に辿りつく直前に、すず子とバトルしてしまったせいで、気分の悪さが増していた。

 顔が青く、首の傷も開いているこんな状態で帰ってしまえば、母が大ごとにしてしまうだろう。

 どこかで、腰を落ち着けようと思った僕が選んだのは、例の喫茶店だった。

 

「俺のこと、恨んでる?」

 

 悪びれもせずにそう言ってくる里見。大きな声でもないのに、やけに響いたような気がした。

 相変わらず、ここは人が少ない。それどころか僕たちしかいないんじゃないだろうか。いや、もう一人いた。

 森川が、明後日の方向を見ながら、離れて座っている。

 

「恨んでない……って言ったら嘘になるだろうね」

 

 遅かれ早かれ、すず子と決別することにはなっていただろう。

 それほどまでに彼女は他人を気にかけ、他人と関係が切れるのを恐れている。

 森川を守ると宣言したとき、そして御影をあんなにも心配する様子を見て、僕はそう確信していた。わかっていながらも、決着を遠ざけたのは……

 僕は目を閉じる。

 今はそんなことはどうでもいい。すでに終わったことだ。御影は記憶を取り戻しながらも立ち直り、僕の関係はほぼ清算された。

 だけど、まだ半分だ。まだしんどいことは残ってる。あと残っているのは……

 飲み込んで、カウンター席で一人紅茶を飲む森川へ近づく。僕は座ることなく、傍らに佇む。

 

「まだ五枚集めていないみたいだね」

 

 前の印象が相当悪かったらしい。森川はこっちを見もせずに、眉を顰めるだけだ。

 里見からの話によると、僕が発破をかけた直後、彼女はすず子にバトルをしかけたが、途中で邪魔が入ってしまったらしい。 

 

「捨ててしまうのが怖い?」

 

 ついに耐え切れなくなって、森川が挑むように僕を見る。

 前と同じだ。怒りと動揺。

 

「あんたに何がわかるの!」

「わかるよ。僕はすず子を捨てたから」

 

 森川に衝撃を与えるように、力強く言った。

 

「君は逃げて、遠ざけて、それで十分だと思ってる。僕はすず子と直接戦って決着もつけた。君は?」

 

 森川を指さして、首を横に振る。

 

「君は、自分を大切に思ってくれているすず子を無下にできない」

 

 挑発のために、わざと決めつけた言い方をする。

 がたり、と音を立てて森川が立ち上がった。キッと僕を睨んで、口を開く。

 

「私は……」

 

 森川は息を吸って、一度口を噤んで、唾を飲み込んだ。

 

「やるわ」

 

 言い捨てると、勢いよく扉を開けて出ていく。

 僕はそれを見送りながら、森川の様子を思い返した。

 決心したように言い放ったつもりだろうが、彼女はそれを言うのに、彼女が思っている以上のためらいを見せた。

 決心を僕に宣言するためではなく、自分の逃げ場を潰すように、言葉にした。

 もし、僕が思っている結果になれば……いや、なってもらわなければ困る。

 森川には、すず子と戦ってもらわなければいけないのだ。

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