Lostorage restrained WIXOSS【完結】 作:ジマリス
「納得。それで急に連絡してきたわけですか。ずっと音沙汰なしだったのに」
余らせた制服の袖を組み、非難するように僕を見るのは、一年下の御影はんな。
ゲームに関する圧倒的な情報と、それを活かすことのできる腕。ウィクロスに関しても例外ではなく、カード雑誌のコラムも書いている有名人だ。
セレクターバトルで疎遠になって以降、彼女とは一言も話していなかった。
「意地悪はやめてくれ」
「意地悪。そう言うなら、伊吹さんのほうが意地悪だったと記憶していますが」
すず子に決別を告げる前、僕は御影に『僕とすず子を近づけないようにしてくれ』と頼み、御影をも遠ざけた。
一方的な約束を、彼女は守ってくれているらしく、すず子が僕に何かを言ってくることはなかった。
「あれが最善だった」
「最善というわりには、私もすず子さんも涙を流しましたが」
「泣いたの?」
顔を赤くして、わざとらしくコホンと咳払いをしてから、御影は僕に向き直った。
「失言。とにかく、本題はセレクターバトルについてでしたね」
「ああ、まだ続いているらしいと、前々回と前回の参加者から聞いた」
「前々回……あの、夢限少女ですか?」
御影は大きく目を見開いた。
詳しく知っている彼女でさえ、あの話はどこか都市伝説的なものであり、眉唾ものだと思っていたのだろう。
しかし僕と同じように、疑うことはなかった。
「その夢限少女。セレクターバトルを終わらせたくて、声をかけてきたらしい。だけど情報はほぼゼロ」
「だから、元ルリグを調べようと」
「ああ、誰か知らない?」
「知らないことはないですが……」
御影は腕を組んで、長考した。やがて、顔を上げるとだぼだぼの袖から手を出し、人差し指を立てる。
「条件。あなたが私たちから離れた理由、すず子さんの記憶を奪った理由を聞かせてください」
僕は彼女に『僕とすず子を近づけさせるな』と伝えただけだった。
でも、すず子から、僕がしたことは聞いていたはずだ。突然絶交の宣言をされ、酷いことを言われ、あげく捨てられた、と。
そんな最低の僕を嫌うなら、別離の理由なんてどうでもいいんじゃないか。
「てっきり、もうわかってるものかと」
「急に疎遠になる理由なんてわかるはずがないじゃないですか。知りたいんです。それが何であろうと納得するつもりはありませんが」
僕は下唇を噛む。僕の自業自得で、なんにしても許されるつもりはないけれど、棘のある言い方はクるものがある。
しかし、すず子本人に話がいかないなら、まだマシか。
いまさらになって言いふらすような人間でもあるまい。
「ことが落ち着いてから、でどうだ」
「妥協。まあいいでしょう。いまいち信用はできませんが」
「ずいぶんな言い方だな」
「そう言われるほどのことをしたんだと、自覚してほしいです」
じろり、と僕を睨む御影の目を直視できず、僕はそっぽを向いた。
▲
土曜日、時間を大幅に使って調査を行おうと提案した水嶋さんに、僕は乗った。
彼女が待ち合わせに指定したのは、意外にも僕の知る公園だった。
前回のバトルの時、すず子が親友である森川千夏に振り払われ、涙し、それでも諦めずに友情を勝ち取った場所。
すべり台の前で、ぼうっとどこかを見ている水嶋さんに近寄る。
水嶋さんは整った顔をしていて、笑えばそこらの男なぞ簡単に魅了できてしまうだろう。
それでも地味な印象を受けるのは、彼女の表情が乏しいのと、おしゃれ感が皆無なところのせいだ。
わざと、というわけではないのはわかっていた。バトルに振り回されたせいで、摩耗してしまった心の余裕のなさのせいだと。
「待たせたね、水嶋さん」
「いえ」
水嶋さんは御影を伴って現れた僕を迎える。彼女のコネと知識が必要になるだろうと、ついてくるように頼んだのだ。
疑問を持つでもなく、水嶋さんは僕の同行者に注視した。
「あなたは……」
「前回のセレクターバトルの経験者、御影はんな。御影、こっちは水嶋さん」
「納得。あなたがあれだけの実力を持っていたわけがわかりました」
礼をするでも挨拶するでもなく、彼女らはお互いから目を逸らさない。睨んでいるとは違うが、それに近い。
「知り合い?」
「以前バトルをしたことがあります。再戦、望んでいました」
「私はいつでも」
冷たい風が吹いた。一触即発の雰囲気が重くのしかかる。止めようとしたところ、もう一人、こちらへ近づく人影があった。
「水嶋さん、お待たせ。あれ、はんなちゃんも?」
「すず子さん?」
御影が素っ頓狂な声を上げる。僕も思わず喉が詰まってしまった。
穂村すず子がそこにいた。薄いピンクのワンピースを着て、肩掛けのポーチを身に着けている。
「あ、伊吹くんだよね。私、同じクラスの穂村すず子。よろしくね」
にこりと笑って、自己紹介するすず子に面食らって、僕はしばらく動けずにいた。
「水嶋さん」
呼んで、少し離れる。彼女たちに、というよりすず子に聞こえないように声を落とした。
「なんですず子までいるんだ」
「穂村すず子さんも、里見を倒した実力者よ。いい戦力になるかと思って。まずかった?」
僕の非難するような言い方に、水嶋さんは少しだけ不安そうな顔をする。
「いや、言わなかった僕が悪い」
そういえば、里見を倒したことやセレクターバトルについての推察は話したが、僕がすず子に対しての想いやしたことは言っていなかった。
まさか、水嶋さんがすず子にまで声をかけるとは思わなかったのだ。
「あ、あの……」
おろおろするすず子に向き直って、僕はなんでもないように振る舞う。
「伊吹肇。よろしく穂村さん」
「あ、うん。伊吹くんもセレクターだったんだね。全然知らなかったよ」
「ん、えーと、学校にはルリグを持って行ってなかったから、そのせいかも」
慎重に、ぼろが出ないように言葉を選ぶ。
前回のバトルで、いやその前から僕と知り合いだということは、彼女の頭からすっかり抜けているのだ。
下手うって思い出させるわけにはいかない。
水嶋さんだって、何か記憶に引っかかりを感じている。
セレクターバトルのペナルティ、もしくは報酬によって、消えたものは、完璧に消滅したわけじゃない。
そのいやらしさが、余計に黒幕の悪意を感じさせる。
「さて、御影に知り合いがいるようだし、さっそく行きたいんだけど……」
変なことを言わない前に、本題に入ろうとする僕に、すず子は待ったをかけた。
「今回の話を詳しく聞きたいんだけど、お菓子でも食べながらどうかな。作ってきたんだ」
鞄の中から、丁寧にラッピングされた袋を出したすず子。中にはクッキーが入っている。
「伊吹くんの話も聞きたいし、ね?」
これからやることをある程度聞いているはずなのに、クッキーまで作ってくるとは。
しかし、先ほどまでの冷たい雰囲気や困惑した気分は吹き飛んでいった。
差し出された箱から、一枚取って食べる。
相変わらずやたらと美味い。これのせいで、そこらへんのお菓子が食べられなくなったのは痛手かな。
「試食。どうぞ。そのへんのスイーツよりは確かですよ」
御影に促され、水嶋さんもすっと取る。一口頬張ると表情が変わった。
「美味しい」
「ほんと?」
「ええ、言われなかったら、お店のものかと思うわ」
水嶋さんは微笑んで、そう返した。
しかし、褒められたはずのすず子は首を傾げ、はてなを浮かべた顔をする。
「どうしたんですか、すず子さん」
「ううん、さっきの清衣ちゃんの言葉……どこかで聞いたような気がして……」
「とにかく、現状の説明といこうか」
どこだったっけ、と記憶を探ろうとしたすず子を遮るように、僕は話を進める。
さっきの水嶋さんの言葉は、僕が言ったことのあるセリフだ。やはり記憶の残滓がある。
これだから、できるだけ接触しないようにしていたのに……
大事な話だ、と前置きすると、御影もすず子もこちらに注目する。ひとまずは胸を撫でおろし、僕は続けた。
セレクターバトルは続いているかもしれないことを告げると、全員が良い顔をしない。
僕たちは話を続けながら、カードショップや、里見が拠点として使っていた喫茶店を巡り、その痕跡を探す。
バトルが続いてて、セレクターに選ばれようとするなら、必然動くルリグカードが必要になる。どこかのショップに出入りしているはずだ。
しかし聞き込みをしても、収穫はなし。
そもそもとして、都市伝説であるセレクターの中でも、バトルセッティングをするブックメーカーの存在は謎だったのだ。
普通のカードゲーマーが、僕ら以上に知りえる情報はないとわかっていた。
そういった都市伝説含め、最新のウィクロス事情も知ろうとするだろうとネットカフェもいくつか回って、四店舗目のカードショップが入っているビルの屋上で、一休みすることにした。
「質問。あなたはどうして、そこまでセレクターバトルの謎を探ろうとするんですか」
柵に寄りかかる水嶋さんへ、御影が疑問を投げかける。
僕も柵に手をかけ、そこから外の景色を眺める。いくつものビルに遮られ、何十メートルか先の道を見ることすら困難だ。
カーニバルが新しく拠点にできそうなところなんて、いくらでもある。滲み出る悪意を隠すことすら、この世界では容易だ。
空は晴れているはずなのに、雲がピンポイントで太陽を隠す。
「今の私は、本当の私じゃない」
前回のセレクターバトルで一部の記憶を失ったことを、水嶋さんは話した。
記憶は自分の一部。それを失っている今の自分は、別人とは言えないまでも、本当の水嶋清衣ではない。
すず子には重くのしかかる言葉だろう。
「もう一つの理由は、私にはセレクターバトルを止める責任があるということ」
最初のバトルで、彼女はルリグだった。
勝つことで、あるいは負けることで、多くの少女の願いを踏みにじり、何度も何度も繰り返してはルリグとなる。
弄ばれているだけなのはわかっていた。だけど、彼女にはそうするほかなかったのだ。
「仕方ないよ。そんな酷いバトルに巻き込まれたら、誰だって精いっぱいになると思う。清衣ちゃんは悪くないよ」
少し、沈黙が流れた。的外れなことを言っているとかそういうのではない。
「清衣……ちゃん?」
「わぁっ、ごめんね。つい勢いで。ていうか私のことも、すず子でいいから」
強引に見えるだろうが、これがすず子の距離の縮め方だ。
不快感なく、いつの間にか心に入り込んでくる。
「ありがとう……すず子」
「うん、清衣ちゃん。伊吹くんも、どうかな?」
「断る」
一刀両断で、僕は首を振った。和やかな雰囲気だったのが、一瞬にして気まずい空気になる。
しかしここで受け入れてしまうわけにはいかないのだ。
「ひ、一つ……」
本題に戻すためと、流れをよくするために、御影が恐る恐る指を立てた。
「疑念。元ルリグを追うことに、意味はあるのでしょうか」
ルリグと言えども、今じゃセレクターの身体を貰った人間だ。あとは、それぞれの生活に馴染んでいくだけ。
御影の質問はごもっともなものだが、水嶋さんは即座に反論した。
「以前、バトルをした子がいたの。彼女のコインは残り一枚。適当なところで勝ちを譲るつもりだった」
ただし相手は初心者も初心者、しかも赤色デッキを使うには消極的な性格で、手加減していても水嶋さんが圧倒してしまっていた。
相手のルリグが挑発するように、セレクターに話すと、それまで大人しかったセレクターが突然好戦的になったそうだ。
結局は、その少女は負け、ルリグが身体を乗っ取ってしまった。そして笑みを浮かべて、去っていった。
「感じるの。ルリグがセレクターを操るほどに、力を増していっている」
「懐疑。ルリグがそんなことをする意味は……」
「私は最悪の状況を考えているだけ」
つまり、悪意をもったルリグが次々と数を増やしていったら?
そうなれば、どんどん手を付けられない状況になってしまう。
悪意は伝播していく。誰かに感染し、拡散していく。最後にはこの世界は飲み込まれてしまうかもしれない。
▲
結局、カーニバルの情報はまったく得られなかった。
それはむしろいいことなのかもしれない。
少なくとも、僕らの知りうる範囲では、カーニバルは悪事を働いていない。
午後を回ったところで、当初の目的どおり、僕たちは御影の知る元ルリグがいる場所に来ていた。
とあるサッカーコート。その中で器用にボールを蹴る姿は、誰もが普通の人間らしく見え、違和感はない。
御影が指差したのは、素人目に見ても上手いとわかるボール捌きを見せる爽やかな男子だ。
「そっか。白井さん……ドーナさんがいたんだ」
「幸運。連絡先を聞いておいてよかったです」
僕は御影にこそりと耳打ちする。
「いつの間に知り合ったんだ?」
「あなたが私たちを置いて、すぐです。千夏さんの、中学時代の知り合いだとか」
「森川千夏か」
すず子の親友であり、前回のセレクターでもあった少女。
すず子の思う、優等生の森川千夏を保っていなければいけないという強迫観念によって、自身が縛られていると感じた彼女は、バトルを勝ち抜けして自らの中からすず子に関する記憶を消そうとした。
結局、その考えは間違いだとすず子に気づかされて、彼女たちは仲直りした。
ただし、彼女はその後誰ともバトルすることはなく、残された日数を終わらせた。
「いまだ大半の記憶を失ったままだそうです」
森川は大切な親友の記憶さえ覚えていない。
すず子がこの話に乗ってきた理由がわかった。親友である森川千夏のためだ。
彼女の記憶を取り戻せるなら。そんな期待を持って、水嶋さんの手伝いをしようと思ったのだろう。
「他のルリグのことはわかんないな。正直、自分がルリグだってことも忘れそうになる」
休憩がてら話に応じてくれた白井くんがこちら側の問いにそう答えた。
コートの端にあるベンチに腰掛け、タオルで汗を拭う。
実際には、彼は白井翔平という少年ではない。かつて彼のルリグだったドーナが彼として振舞っているのだ、御影が教えてくれた。
「俺の中には白井翔平の記憶がそのまま残ってる。周りも俺をそう扱うし、この身体でずっと生きてきたと錯覚するっていうか……」
ルリグは自分の分身。セレクターの記憶も持っている。心と体が一緒になってしまえば、その境界はどんどん曖昧になっていく。
「ただ、時々無性にバトルがしたくなる」
白井くんは拳を握りしめた。
そのほとんどがバトルに対して積極的だった。
自分が生まれたのはバトルするためであり、本能にもそう刻み込まれているのだろう。
「大体は、普通の人間ってことなんだな」
「うん、君たちの知りたいことを、俺は知らない。このまま里見が大人しくしてるとも思えないけど」
それに関しては同意見だった。
今の里見の中身はカーニバルだが、それが余計に気味が悪い。
僕の見立てでは、里見よりカーニバルのほうが抱えている闇が深く、何枚も上手だ。
「あのさ、あの子、森川千夏は翔ちゃんのこと覚えてる?」
白井くんは隣に座るすず子へ訊いたが、彼女は首を横に振った。
「そっか、そうだよな」
むしろ覚えていることのほうが少ない。
予想はしていたのだろうが、がっくりと肩を落とした。
「もう関わらないでくれるか、セレクターバトルに」
彼は真っすぐにすず子を見ると、きっぱりと言い放った。
「翔ちゃんが命がけで守ったんだ、あの子のことを。森川千夏もあんたも、自分から闇に近づくようなことをしないでくれよ!」
▲
一日を費やしたわりに得られたのは、例えようのない後味だけだ。
セレクターバトルで失ったものを、まざまざと見せつけられたような気がする。
目を逸らしていたものを、思い出してしまった。
「ごめんなさい。私やっぱり手伝えない」
最初の公園に戻るなり、すず子はがばっと頭を下げた。
「ちーちゃんと新しい道を歩いていくって決めたから」
白井翔平……いやドーナが言ったことは正しい。
苦しい思いをして、ようやくたどり着いたのが今だ。
わざわざ危険に突っ込んで、これ以上何かを失うのは馬鹿げている。
「わかった」
水嶋さんはあっさりと受け入れ、すっとその場を去っていく。
その姿が見えなくなると、急に胸がざわついた。居心地の悪さを感じて、すず子たちに別れを告げる。
急いで追いかけると、すぐに水嶋さんを見つけられた。
「水嶋さん」
声をかけると、彼女はびっくりしたように目を開けて立ち止まる。
「私から話を振っておいてなんだけど、すず子の言うことも一理ある。あなたがセレクターバトルの結果に満足しているなら、あるいはもう巻き込まれたくないなら、退くほうが賢明よ」
「でも君は続けるつもりなんだろ」
「私には、そうする義務がある」
言い淀まない。
水嶋さんは、繰り返し続いていく闇の中へ、身を放り投げる覚悟はできている。
それでも仲間を集めようとしたのは、一人でいることに限界を感じているんじゃないのか。戦力的にも、そしてたぶん精神的にも。
表情に見えないだけで、ギリギリのところでずっと耐えているのかもしれない。
「手伝うよ。ここまで来て止めるほうが気持ち悪い」