Lostorage restrained WIXOSS【完結】 作:ジマリス
翌々日はすず子からも、御影からも接触はなかった。
彼女たちにとっては、セレクターバトルはとっくに終わったもので、蒸し返すものではない。
正しい選択だ。
水嶋さんからも連絡は来ない。
元ルリグやセレクターでさえ、ほとんど何も知らないのであれば、お手上げに近い。
何か知ってそうなカーニバルも姿を現さないし、手詰まり感が強くなってきた。
このまま何も見つからなければ、水嶋さんは諦めるだろうか。失ったものを手放したままで納得するだろうか。
ポケットの中でスマートフォンが震える。見ると、水嶋さんからメッセージが届いていた。
『今日会える?』
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陽は沈みかけて、すでに外灯は光を放っていた。
スマートフォンと道行く人々を交互に見て、まだかと待つ。
駅前は賑やかで、仕事終わりのサラリーマンや遊びに来ている学生が行き交う。
この中にも、もしかしたら元ルリグがいるのかも。そう思ってみても風景は変わらない。
世界中の何人がバトルの犠牲になったのかは知らないが、確実にそれはいる。すでに、ドーナのように日常に溶け込んでいる者もいるだろう。
僕の知る狭い中でも、ドーナ、グズ子、カーニバル。セレクターバトルのルールを考えれば、勝ち残った人間の二倍か三倍か、とにかく大勢が取って変わられているはずなのだ。
バトルの傷跡は刻まれている。しかも永遠に。
「お待たせ」
陰鬱な気持ちになったところで、ようやく水嶋さんが現れた。
「やあ、水嶋さん。今日はどうしたんだ?」
「前に言った、最初のセレクターバトルを終わらせた人のこと、覚えてる?」
「小湊さん……だったかな」
「その人に会ってきた」
少し遅い時間を指定してきたのはそのせいか。
まあ、一人でも二人でも変わらないだろうから、僕に何も言わずに会いに行ったのはとくに咎めはしなかった。
「どうだった?」
その人、小湊るう子さんがものすごく強いことは聞いている。
なにせ、僕たちの目標とする、『セレクターバトルの終結』を一度達成した人だ。
協力を得ることが出来れば心強いけれど、水嶋さんは首を横に振った。
「彼女も、セレクターバトルに関わるのは嫌みたい」
やっぱりか。
戦いで心に傷を負った人は多い。小湊さんが話に聞くような人なら、なおさらだろう。
「意地でもカーニバルを追うしかないか」
とはいえ、カーニバルの所在を掴むのは不可能に近いだろう。
彼女のセレクターだった里見は、自ら僕に接触してきたが、セレクターでもない今の僕に寄ってくるとは思えない。
ここまで影も形もないとなれば、徹底的に避けられているとしか思えなかった。
いつの間にか陽は沈んで、まだそんな遅い時間じゃないはずなのに辺りはすっかり暗くなっている。
闇が降りればそれだけ危なくなる。水嶋さんを一人でほっつき歩かせるわけにもいかないし、追う僕たちにとってはやりづらい季節になってきた。
相手側は逆だろう。隠れやすく、襲いやすい。
不安が支配する時間が、これから長くなる。
「少し、疑問があるのだけれど」
水嶋さんが少し遠慮がちに言う。
「以前、私があなたの心を見たことは覚えてる?」
僕は頷いた。
以前のセレクターバトルで彼女と戦ったとき、ルリグの能力によって、僕は心を覗かれた。
カードゲームでは、精神の優位性がものを言う場面が多い。一度プレイングミスを犯してしまえば、それ以降にも支障をきたしてしまう。
とくに、あんな不条理に巻き込まれた状態ならなおさらだ。
水嶋さんのルリグの能力『ピーピング』は、そういう意味で強力な武器となっていた。
「そのとき、あなたとすず子が友達だったのを見た。けど、この前の感じだと、初対面みたいな反応だったわよね。すず子はバトルを勝ち抜けしたから、記憶は失ってないはずなのに……」
疑問に思うのは当然だろう。
クラスメイトだって、それまで仲の良かった僕たちがいきなり一言も喋らなくなったことを不思議がっていた。
僕はつかの間ためらって、口を開く。
「今は言えない」
記憶を失うことが、自分を失うこととしている彼女にとって、僕の行為はすず子の一部分を殺したと言ってもいいだろう。
僕がどれだけ、何を言おうとも、彼女はこう言うだろう。
『理解できない』
だが今ここでわからずとも、接していくなかで、彼女も気づくだろう。
僕は最低の人間だ。出会わなければよかったとどこかで思わせる。
そうなれば、水嶋さんのもとから去ってもいい。あるいは、セレクターバトルが続いていて、万一にも僕が再び選ばれたときには記憶を消してやる。
彼女と僕の協力関係は、そのどちらかに辿りつくまでの間だけだ。
だがそうなるまでは、僕がしたことはできるだけ伏せたい。
言ってしまえば、彼女の目に、僕が敵として映ってしまう。
そして彼女はまた一人で戦うことを選ぶだろう。
「あなたは……」
『知らない』ではなく『言えない』と言ってしまったのは失敗だったか。
僕が何かをしたと言外に告げてしまったようなものだ。
水嶋さんは僕にかける言葉を探して、しかし口をつぐんだ。
「清衣!」
誰かが水嶋さんの名前を呼ぶ。探すまでもなくすぐに見つかった。
僕らと同じくらいの歳の女の子が、こちらに向かって大きく腕を振る。それにつられるように、サイドテールが軽く揺れた。
水嶋さんと違って快活な印象を受けるその女子に、僕は見覚えがあった。
「ピルルク……?」
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「つまり、橋本さんは最初のセレクターバトルのセレクターってこと?」
「そ、んでそのときのルリグが清衣ってわけ!」
立ち話もなんだから、と連れられたファミレスのテーブル席。僕の正面に座る橋本アミカさんはなにやら黒と緑が混じった色の飲み物をぐいっとあおった。
最初、「セレクターさん?」と言われたときは驚いたが、話を聞いて納得。僕よりも先輩のセレクターだったという。
彼女のおかげでセレクターバトルを抜け出すことが出来たのだと、水嶋さんは紹介した。
僕はゆっくりとコーヒーを飲みながら、橋本さんを観察する。
水嶋さんが使っていたルリグ、ピルルクにそっくりなのだ。いや、ピルルクのほうがそっくりだと言うべきか。
髪色や服装以外のところはそのまま。カードの中からぱっと出てきたみたいだ。
「ピルルクは彼女をもとにしたのか?」
「いいえ、アミカは関係ない……といえば嘘になるけれど」
水嶋さんにしては珍しく歯切れの悪い答えだ。
それ以上話そうとしない彼女に、僕は追求しようとは思わなかった。
あの顔だ。僕らが初めて話したときの、苦しんだ顔。
僕だって過去のことを話したわけじゃない。だが、セレクターバトルを終わらせるのに、わざわざ語る必要もないだろう。
女の子を暗い中放っておくわけにはいかないので、僕は二人を送っていくことにした。
先に、家が近い水嶋さんを送ったあとで、橋本さんと並んで歩く。
橋本さんは、僕が思っているよりも物怖じしない性格で、ほとんど初対面にも関わらず気軽に話をしてくる。
このずいずいっとくる感じに、水嶋さんは引っ張られているんだろうな。
彼女のアパート前に着いたところで、それじゃ、と別れを告げる。
「伊吹くん」
別れの挨拶の代わりに、橋本さんは僕を呼んだ。うってかわって真剣な目つきで。
「清衣はさ、危なっかしい子なんだよね。全部自分で抱えようとして、自分で解決しようとするんだ。私を心配してくれるのは嬉しいけど……」
ずっと前からそうなんだ、と橋本さんは言う。
その顔は、これまでで見せることのなかった翳りが支配している。
最初のセレクターバトルは、話を聞くだけでも壮絶だ。そこで全てが終わっていたら、彼女たちにとっては幸せのままだっただろう。
だが、続いてしまったことで、水嶋さんはその渦に巻き込まれた。
一人で戦うのは限界だったが、親友である橋本さんに助けを求めるわけにはいかない。
醜い戦いの中へ、どうしても橋本さんだけは連れて行けなかった。
僕たちに協力を持ちかけてきたのは、橋本さんを守るためでもあるのだ。
「いまセレクターを探し回ってるのも、私を巻き込まずに全部解決するためなの。何度も危ないって注意しても、清衣は無視して戦うだけ」
橋本さんは思いっきり頭を下げた。
「たぶん、いま力になれるのは伊吹くんだけ……だから、お願いします! 清衣の助けになってあげて」
水嶋さんには、橋本さんがいる。これだけ心配しあう親友が。
僕にも親友はいる。決してこの戦いには巻き込みたくない、無二の親友。
だから水嶋さんと橋本さんの気持ちはわかる。
そういうつもりで言っているのではないだろうが、この事態を解決する誰かが必要なのだ。
水嶋さんは、橋本さんを失いたくない。だから一人で戦う。
けど、水嶋さんがいなくなってしまえば、橋本さんが一人になってしまう。
この先の闇に踏み込んでしまったら、そうなる可能性は大いにある。
どちらかが消え、どちらかが取り残される。たった一人で。
「なるべく頑張るよ」
逃げ道のある言い方だけど、僕はそう言うしかなかった。
絶対にどうにかするなんて口が裂けても言えないし、僕がどこまでできるかなんて、自分でもわからない。
でも、できる限りはやる。僕はそう心に決めた。
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勉強が捗らない。ペンは何も書かず、宙を舞う。
最初のセレクターバトルで、水嶋さんは未来を掴んだ。しかし、次で過去を失った。
なんとも酷い話だ。
彼女は前進と後退と停滞を繰り返している。人生を弄ばれ、その小さな身体では耐えられないほどの傷と責任を負っている。
張り詰めた糸が切れてしまったとき、今度こそ立ち上がることはできないのではないか。そう思うほどに、壮絶な過去と今は彼女を追い詰める。
僕は力になれるだろうか。
御影が記憶を取り戻した時、僕はバトルをしていた。すず子が森川とのことで悩んでいるとき、決意を固めた時、僕はそばにいなかった。
彼女たちの大事な場面、彼女たちに支えが必要な場面に、僕はいなかった。
知ったふうに、こう思っていたのだろうと推測しているだけだ。
必要な時、必要な場所にいることができず、いることを避けている僕は、水嶋さんの力になれるか?
それすら傲慢なのかも。僕が何をしていなくとも、すず子も御影も今みたいに普通に過ごしていたんじゃないか。
ため息をついて、背もたれに身体を預ける。
今日はもうだめだ。ペンを机に放り投げて、天井を眺める。陰鬱な気分の時は何をしてもロクな結果にならない。
どうやら、セレクターバトルを引きずっているのは僕も同じようだ。
心の曇り模様とは逆に、なんだか部屋の明かりが強くなった気がする。
おかしいな。机上のライトが勝手に点くわけないし……
視線を元に戻すと、奇妙なことに机の上の一部分が光っていた。手の平に満たないほどの、長方形の大きさに。
このサイズはよく知っている。ウィクロスのカードとまったく同じ大きさだ。
その光へ手を伸ばす。手に取れる。薄いカード状のそれは、僕が持つと光を抑えはじめる。
ゆっくりと、そこに描かれているものが見えてくる。
「あなたは選ばれた」
カードから声が聞こえた。
纏う黒いドレスも、紫のメッシュが混じった黒髪も、その声も、全部覚えている。
共に戦った僕の分身。その名前は……
「リィン?」
セレクターバトルは続いていると、水嶋さんは言った。
僕は心のどこかで、その言葉を信じ切れなかったのかもしれない。全てが、既に終わったことなのだと思い込んでいたのかもしれない。
本当の悪夢はこれからだ。