Lostorage restrained WIXOSS【完結】   作:ジマリス

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開幕/狂喜と因縁

 次の日は授業を聞くことを二の次にして、ばれないようにすず子を観察した。

 彼女はとくに変わった様子もなく、ちゃんと授業を受けているし、休み時間になれば友達とウィクロスに興じている。

 巻き込まれたのは、僕だけか。

 とにかく、すず子がセレクターになってないようでよかったと胸をなでおろす。

 安堵を感じたのもつかの間、昼休みになって、御影がこちらの教室にやってきた。

 放課後ならともかく、昼にまで二年生の教室に来るのは珍しい。

 嫌な予感を覚えながらじっと見ていると、なにやら二言三言だけすず子と話しただけで教室から出ていった。

 僕は立ち上がって、彼女を追いかける。

 追ってくるのがわかっていたみたいに、御影は廊下に立って壁に背を預けていた。

 

「御影、いまいいか?」

 

 こくり、と頷く。

 

「承諾。私もちょうど伊吹さんと話をしたかったところです」

 

 

 セレクターバトルのことについて、初めてすず子と話したのもここだったな。なんて思いながら、中庭のベンチに座る。

 

「話というのはこれですよね」

「はぁい。お久しぶりですわ。伊吹さん、リィンさん」

 

 予想はしていたから驚きはしなかった。

 御影のもつカードには、僕と同じく動くルリグがいた。

 以前のバトルと同じ姿に言動。そして前回と同じくナナシと名付けられた彼女がこちらに手を振る。

 

「久しぶりね。御影にナナシ」

 

 僕のルリグも見せる。昨晩突如として現れたリィン。彼女もまた、僕の記憶と寸分も違わない姿で現れていた。

 すでに四者とも面識があるため、それぞれの紹介はなし。早速本題に入る。

 

「整理。今回のセレクターバトルについてどこまで知っていますか?」

「全員コイン三枚でスタート。それと『キーカード』っていう新しい要素が加わったことくらいかな。あとは……」

「まだ何かあるみたいだけど、意図的に隠されてるみたい」

 

 僕の言葉を継いで、リィンが言う。

 前回は勝利の条件、特典、負けた場合のペナルティなどはっきりしていた。そのときはルリグが隠していたりしたが、今回は違う。

 ルリグでさえ、ほとんどのことが曖昧らしく、先ほど述べたことがしっていることのすべてらしい。

 

「こちらも同じです。ナナシちゃんの言うことはいまいち信用できませんでしたが、リィンさんの言うことなら大丈夫でしょう」

「あら、はんな様ったら酷い」

 

 ナナシは飄々として掴みどころがないから、話をそのまま受け取りにくいのもわかる。

 しかしリィンだって、前回はペナルティを隠していた。

 結局どこまで信じられるかわからない以上、本当のことを知るには誰かが犠牲にならないといけない。

 あるいは、そうなる前に決着をつけられれば問題はないのだが。

 

「水嶋さんも選ばれているみたいだ」

 

 昨日、セレクターに選ばれてすぐさま連絡を取ろうとした瞬間に、水嶋さんがメッセージを送ってきたのだ。

 橋本さんに異変はないようなのが不幸中の幸いだ。

 

「すず子がセレクターになってないのが幸いだな」

「同意。すず子さんには、もう苦しんでほしくありませんから」

 

 前回のバトルを経て、すず子とその親友である森川は傷ついた。傷つきすぎたのだ。

 再び友達に戻ることができたのだが、しかし代償が大きすぎる。

 記憶のほとんどを失った森川と、その記憶を知っているすず子。両者の間には埋まることのないズレがある。

 セレクターに選ばれていたなら、危険に身を突っ込んででも勝とうとしただろう。水嶋さんの話に乗って、カーニバルを探したときのように、あっさりと手を伸ばそうとする。

 

「不安。ここまでセレクター経験者が揃っているとなると……」

「ああ、カーニバルも例外じゃないだろうな。そろそろ姿を現してくるか、まだ潜んでいるか……」

 

 ルリグは、他のルリグの存在を察知することができる。しかしながらカーニバルはそうじゃなかった。

 使っていた里見とカーニバル本人曰く、特別なのだと御影は聞いた。

 おそらくは、現在セレクターバトルを仕切っている誰かのお気に入りなのだろう。

 きっと今回も参加しているはず。

 ならばもっと本格的にカーニバルを探す必要がある。

 贔屓されている彼女なら、他よりも多くルールを知らされている可能性がある。

 何よりも、これ以上被害者を増やすわけにはいかない。

 実際に悪事を働いていたのは里見だが、それに賛同していたカーニバルが何をやらかすにしても、僕たちにとっていい結果にはならないだろう。

 しかも、どうやら今回はセレクターがランダムに選ばれているわけではない。僕たちのことを知っているカーニバルが情報的にアドバンテージを持っている時点で、嫌な予感がぷんぷんする。

 

「違う駅で探してみませんか。新宿に、カードショップでアルバイトをしている知り合いがいるんです」

 

 

 放課後。御影の先導で新宿を歩く。

 連れられたカードショップには、僕たち以外の客はおらず、がらんとしていた。

 

「はんなさん。珍しいね、こっちに来るの」

「紅林さん、お久しぶりです」

 

 入るなり声をかけてきた女性に、御影は返す。

 ショップの名前が入ったエプロンに名札。僕と同い年くらいのその女性は、ここの店員らしい。

 どうやら、言っていた知り合いとやららしいが、それよりも店員の名前に引っ掛かりを感じた。

 紅林……たしか、最初のセレクターバトルの被害者の一人だったはずだ。珍しい苗字ゆえ、同姓の別人ということは考えづらい。

 

「リィン、どうだ?」

「いえ、反応なし。セレクターじゃないわ」

 

 こっそりと確認する。

 水嶋さんという例がある以上、最初のセレクターバトルで選ばれた者も巻き込まれている可能性がある。

 だがしかし、紅林さんはセーフ。

 

「横の人は……はんなさんの彼氏?」

「ひ、否定。ウィクロス仲間です」

 

 ぶんぶん。袖と首を振って訂正する御影。

 それを面白がって、紅林さんはにやにやとした笑いをカウンターの向こうから投げかけてきた。

 

「し、質問。今日は訊きたいことがあって来ました。セレクターバトルを知っていますか?」

 

 こほん、と咳払いをして、御影は本題に入る。

 直球だが、はぐらかして遠回しに告げることもない。

 知らないならどうせわからない話だし、知っているなら値千金。

 

「いや、知らないなぁ。新しいカードゲームかなにか?」

 

 少しの逡巡もなく、即答。ごまかしてはいるが、少しだけ目が泳いでいるのがわかった。

 水嶋さんの話を聞いていたからだろうか、嘘をついているように見える。

 もう少し踏み込んでみることにしよう。

 

「記憶を賭けたウィクロスのバトルっていう都市伝説。負けたらペナルティとして記憶を奪われるっていう話だけど……本当に知らない?」

 

 今度は明らかに目を見開いた。

 

「前はそんなルールじゃなかった……」

「前、とは?」

 

 紅林さんが思わず漏らした言葉を、僕も御影も聞き逃さない。

 やはり、彼女は水嶋さんの言っていた、紅林遊月と同一人物だ。

 

「い、いやあ、噂に聞いてたやつとちょっと違うなあって」

「疑問。さっきは知らないと言っていましたが」

「いま思い出したんだ。どこで聞いたんだっけな。雑誌とかかな?」

 

 あくまで知らないと言い張る気だ。

 彼女も、水嶋さんが勧誘して断られたという小湊さんと同じく、もうセレクターバトルに関わる気はないのだろう。だが、せっかくの情報源をただ手放すのは惜しい。

 僕はカウンターに置いてあるペンとメモ用紙を拝借して、名前と連絡先を書いた。

 

「一応、僕の電話番号を渡しておくよ。何かあったら、知らせてほしい」

「ナンパ?」

「ナンパだったら、君の番号を聞いてる」

「ふーん、ま、何かあったらね」

 

 たぶん連絡することはないけど、と言いながら、ポケットにしまっていた財布を取り出して、札入れにメモを収める。

 これ以上は何も得られないと、僕と御影は店から退散する。

 道路に出るなり、御影は僕を見て頷いた。

 

「確信。彼女は……」

「最初のセレクターバトルの経験者だな」

「肯定。しかし隠していましたね」

「そりゃ、まあ巻き込まれたくないだろうよ。僕だって本当は勘弁してもらいたい」

「電話、かけてくれると思いますか?」

「さあ。だけど嫌な予感は感じてるはずだ」

 

 なぜ? という目を御影は向ける。

 

「番号を書いた紙を、わざわざ財布にしまってた。捨てるつもりなら、僕たちが出ていくまで手で持つか、そこらへんに置くか、適当にポケットにしまうはずだ」

 

 それに比べて紙に対する紅林さんの対応はかなり丁寧だった。

 終わったはずのセレクターバトルがまた始まっていることに、不安を感じているのだ。

 

「電話がないほうがいいのでしょうか」

「何もないってことだからね。あの紙が使われなくて、破り捨てられてたら一番だ」

 

 知らない番号からかかってきても、出るようにしなきゃな。

 もちろん、先に言ったようにかかってこないのが一番だけど。

 

「とにかく、水嶋さんに話してみよう。今後どうするかじっくり話し合わないと……」

 

 突然、ぞくりと総毛が立った。

 視界に入ってきたものが信じられなかったからだ。

 いやに整えられたスーツに、いやらしいにやけ顔。

 

「カーニバル……っ!」

 

 さんざん探した敵は、なんの前触れもなくいきなり現れた。

 僕は歯ぎしりする。

 里見紅の身体に、そのルリグであったカーニバルが乗り移っている。

 話を聞いただけだが、今の彼……彼女だろうか、とにかくその様子を見れば納得ができる。

 人間を見下すだけ見下していた里見とは違う。自分を強者だと信じつつ、隙のない余裕。幾人もの犠牲者を出した、その陰。

 掴みかかろうかと近づくと、ゆっくりと建物の陰へ消えていく。

 

「待てっ」

 

 見失わないように、急いで追いかける。

 走っているようには見えないのに、どうしても追いつけない。

 カーニバルがビルの中に入ったのを、さらに追走する。

 雑居ビルだ。

 奴の姿を探していると、何かが光っているのに気が付いた。

 エレベータの一階、二階を示すランプが点灯は消えていく。次は三階、四階。

 上へ向かっているんだ。そうなら、逃げ場はなくなる。

 階を上がるごとにエレベータの動きを確認しながら、階段を一段飛ばしで駆け上がる。

 四階に上がるころには、心臓はばくばくと音を立て、息も上がってきたが、堪えて身体を動かす。

 五階の上への階段の先には扉があった。屋上だと気づいて、勢いよく開ける。

 夕方特有の濃く色づく陽ざしに目を細めながら見回す。

 柵もなく、踏み外せば一巻の終わり。予想通りそう広くない屋上だったが、カーニバルはどこにもいなかった。

 いや、あそこだ。となりのビルの屋上。

 ギリギリで飛び移れそうな距離だったが、そこで僕の身体はすくんでしまった。

 感情のボルテージはマックスだが、命知らずの行動に出るほど冷静じゃないわけじゃない。

 

「カーニバルっ! 僕とバトルしろ!」

 

 声を張り上げて睨みつける。

 

「したいのはやまやまだけど、まだその時じゃない」

 

 意味が分からないことを言って、カーニバルは顎である場所を示す。

 別のビルの屋上に、二人の少女が立っていた。

 

「水嶋さん?」

 

 なぜ、いま、そこにいるんだ。

 しかも相手のことも見たことがある。モデルの蒼井晶だ。だがその表情は、テレビや雑誌で見るような可愛らしいものじゃない。憎悪と愉悦が混ぜられている。

 まずいことに、二人ともがすでにカードを構えているということだ。つまりこれは……

 ここからじゃ止められない。カーニバルはそれを見越して、姿を現したのだ。

 今から始まるバトルを邪魔されないように。

 

「オープン!」

 

 二人が叫ぶバトルの合図。

 一瞬にして、僕たちは渦中へと引きずり込まれてしまった。

 

 

 気が付いた時には、すでに全ては始まっていた。。

 見渡す限りが灰色の異様な空間。遠くに見えるのは捨てられた建物。近くに佇むのは巨大な数字のない時計盤。

 いくつか浮かぶ青色のブロックの一つに水嶋さんが、そこから十、十五メートルほど離れて蒼井昌が向かい合っている。僕は離れた灰のブロックに立たされ、近くの別ブロックにはカーニバルもいる。

 急激に力が抜けて膝をつく。バトルが始まってしまえば止めることはできない。少なくとも、セレクターである僕には。

 

「これがお前の狙いか、カーニバル」

 

 バトルはすでに始まっていた。だが無力な僕にはどうすることもできない。うなだれたまま、敵を睨む。

 

「いいや、あれは俺の思惑の外。といっても想定内だが」

 

 こいつはいったい、何を考えているんだ。何を思ってこのセレクターバトルをかき乱そうとする。

 里見紅の思惑は何度も話しているうちにわかった。その底も。

 だが彼女は、カーニバルは違う。里見よりも深い闇を持ち、さらに深いところまで策略をめぐらし、実行する。

 より洗練された黒だ。

 

「見ろよ、伊吹肇。お前はここをカオスが渦巻く場所だと思っている。けどここは世界で一番純粋な場所だ」

 

 爆発音がする。

 蒼井昌のルリグが、ピルルクに攻撃を加えているのだ。

 相性が悪い。

 心を読む水嶋さんのピルルクに対し、蒼井昌の『ミルルン』のコイン技は、誰にも何が起きるかわからない『ハプニング』。

 そのうえ、蒼井はなぜか水嶋さんの手の内を知っているかのような動き方をしている。

 

「純粋?」

「そう。悩みがあろうが、ここはそのすべてを発散できる場所だ。感情を解き放ち、戦いだけに没頭できる場所だ。ここでは人もルリグもしがらみから逃れ、自分という本質を曝け出せる。現実で追い詰められようとも、負ければ取り返しのつかないことになるとわかっても、現実で腐りながら生きるよりマシなのさ」

 

 カーニバルは大仰に腕を広げて、それから僕を指差す。

 

「お前もそうだろう。現実は苦しい。本当はここに帰ってきたかったんじゃないのか」

 

 

 勝負は、水嶋さんの勝利で終わった。

 いつの間にか元の場所に意識を返された僕はあたりを見渡したが、すでにカーニバルはいなくなっていた。

 水嶋さんは敗走した蒼井晶を目で追いかけたあと、ようやく僕に気づいた。

 そのあと、後を追いかけてきた御影と、バトルを終えた水嶋さんを連れて、歩道橋の上で話し合うことにした。

 再び始まったバトルを目の当たりにしたことで、腰を落ち着けてゆっくりとなんて気分じゃない。

 

「無茶したな」

「無茶?」

 

 水嶋さんが首をかしげる。

 

「詳細なルールがわからないとはいえ、負けたらピルルクが奪われてた。君が負けたら……」

 

 いつの間にか手すりに追い詰めるような形になっているのに気が付いて、息を吸う。

 ルリグは他のルリグを探知する。

 水嶋さんのピルルクが、蒼井晶のミルルンの存在を感じ、そしてあのバトルが始まった。

 蒼井は敗走して、どこにいったかわからない。もし水嶋さんが負けたら、どうなっていたことだろうか。

 橋本さんが悲しむのだけは確かだ。

 

「とにかく、何かあったらお互いに知らせるようにしよう。ルリグを奪い合うこのルールだと、複数で固まっていたほうが安全だ」

「わかったわ」

 

 こくり、と二人とも頷く。

 幸い、今回のルールが明らかになってきた。

 まず、キーカードの存在。

 バトルで初めから出すルリグとはもう一人、追加でルリグを出せる。これにはコイン技を使うのと同じく、コインをベットする必要があるが、それだけの威力があるのは見て分かった通りだ。

 体感した水嶋さんの話によると、一度ルリグになったことのあるプレイヤー自身もキーカードとして場に出ることが可能になるようだ。

 もう一つわかったこと。勝敗が決したあとのことだ。

 勝った側はコインを一枚ゲット。負けた側はコインを一枚と、ベットした分を失う。これは前回のと同じ。

 決定的に違うのは、 持っているルリグが勝った側のものになるということ。げんに、いま水嶋さんの手元にはミルルンのカードがある。

 つまり勝利すればするほどルリグを獲得でき、後のバトルに有利になっていくということだ。

 問題は負けた場合。ルリグを失ったセレクターはいったいどうなるのかという点だ。

 コインは持っている、なら退場と捉えるには早計だろう。だが戦う手段がない以上は取り戻せもしない。

 ミルルンのカードに触れようとしたとき、静電気のようなものが走って手が跳ねのけられたから、譲渡も無理なようだ。

 さらに僕が懸念しているのは、セレクターがキーカードとなって場に出て、負けた場合のこと。

 セレクターもキーカードとして奪われるのだろうか。

 

「協議。それで、これからはどうしますか」

 

 ぐるぐると回る思考に気持ち悪くなってきたとき、御影が声を上げた。

 そう、起きてしまったことはとにかく置いておいて、手に入れた情報をもとにどう動くかが大事だ。

 

「蒼井晶は前回のセレクターじゃないんだよな?」

「少なくとも、私の知る限りは」

 

 水嶋さんは頷く。

 今までに行われたセレクターバトルの経験者が選ばれているなら、その実力や数は未知数。

 

「今は、他のセレクターを探して協力しつつ、バトルを避けるしかない」

 

 日和った提案しかできなかったが、それが最善だ。

 御影も水嶋さんも納得してくれて頷いた。

 だがしかし、すぐさまそれが破られることになるとは、この時の僕は思ってもなかった。

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