Lostorage restrained WIXOSS【完結】 作:ジマリス
水嶋さんVS蒼井昌のバトルの翌日からさらに一日置いて、まだ不安が心を支配する昼。御影に呼び出された僕は、いつもの通り中庭に来た。
先に待っていた御影は弁当を食べるよりも早く、座りもせずに口を開いた。
「報告。カーニバルに負けてしまいました」
悔し気に告げる御影に、僕は絶句した。
バトルは避けようと言ったのに、それをあっさり破ってみせるなんて……
「何かあったら知らせるって……」
「急だったんです。それに、すず子さんをカーニバルに会わせるわけにはいきませんし。あそこでカーニバルの思惑を潰せるなら、それに越したことはないと思いました」
「それでも……」
「伊吹さんだって、前回は私やすず子さんに何も言わず、一人で戦っていたじゃないですか。他人がするのは認めないというのは、勝手がすぎると思いますが」
唐突に前の話を持ち出されたことに驚いたが、つとめて冷静に返す。
「知ったふうなことを言わないでくれ」
「愚問。知るわけないじゃないですか。伊吹さんが勝手に私たちを遠ざけたんですから」
御影の語気が強くなる。
「受け入れたはずだろ」
「否定。理解も納得もしていません。すず子さんの記憶を奪った理由も、あなたが離れていった理由も、私たちは何一つ聞かされていないんですから!」
僕のしたことに納得してもらうのはすでに諦めていた。御影が僕のことを最底辺の人間だとわかってもらえれば、それでいい。
それを理解してもらえれば、友人であるすず子が僕のことを忘れているのは好都合のはずなのだ。
彼女たちを遠ざければ、そして彼女たちが近づいてこなければなんの問答をする必要はないと思っていた。
実際、この数か月はそれで上手くいっていた。前回のセレクターバトルで積み上げられた関係は無に帰り、僕とすず子は一切の会話をしなくなり、御影はそれに言及することはなかった。
『僕とすず子を近づけさせるな』
御影に送った手紙の意味を、ちゃんと理解してくれたのだろうと思って、僕は以前の生活に戻った。
だけど再びセレクターバトルが始まって、御影とはまた協力せざるを得なくなってしまった。
その間に溜まっていたフラストレーションが爆発したのだ。御影がこんなに声を荒げるのは珍しい。
「本当なの……?」
僕のでも御影のでもない声が後ろから聞こえた。
ばっと振り返ると、すず子がそこにいた。
顔から血の気が引いていくのがわかる。今の話を聞かれるには最悪のタイミングだ。
「なんで……どうして……」
「すず子、僕は……」
何か言い訳を考えようと脳をフル回転させたが、呆気に取られて真っ白になった頭では何も浮かばない。
「いやっ、聞きたくない!」
言い訳をする暇もなかった。それどころか、『聞きたくない』ときたもんだ。すず子は耳をふさいで、目をぎゅっと閉じる。
そうだ。僕はそう言われるほどのことをした。
だから、すず子が涙を流しながら去っていくのを、黙って見送ることしかできなかった。
記憶を奪ったことを知られた。理由を言う前に逃げられた。
「これで十分か?」
御影にそう言い捨てて、僕もその場を去った。
△
ある意味では、理想の形だったのかもしれない。
すず子の周りにいる女子たちは、僕とすず子が一時期仲良くしていたこと、二人ともウィクロスをしていたことを知っている。
今は空気を察して話題を避けているようだが、いつポロっとその話が出てもおかしくない。
そうなれば、すず子は僕に話しかけてきたかも。そのとき僕は冷たくあしらうことができただろうか。
そのことを考えれば、今日のことは……まあ悪いことじゃない。
自分に言い聞かせて、とある店の扉を開く。
「伊吹さん、こっちこっち!」
集合場所のファミレスに入った僕を見るなり、僕を呼び出した張本人である紅林さんは手を振って招いた。
「紅林さん。電話くれて嬉しいけど、問題が発生したってことでいいかな」
「うん。とりあえず座って」
紅林さんの対面に座る。彼女の隣に座っているもう一人の少女は、紅林さんとは違ってかなり大人しめな印象だ。
視線を若干下に逸らしながら、ちらちらとこちらを見る。
眼鏡と三つ編みのせいだろうか……僕の偏見だけども、かなり賢いように見える。
「あたしの友達の一衣」
「う、植村一衣です」
植村さんはおどおどとしながらぺこりと頭を下げた。
「伊吹肇。よろしく、植村さん」
できるだけ柔らかい顔を作って挨拶する。植村さんも笑顔で返してくれた。紅林さんからの紹介とあって、警戒は解けたようだ。
「それで、話って?」
「実は、その、あたしたち本当はセレクターだったんだ」
いきなり本題に入った僕もそうだけど、紅林さんも単刀直入。
予想していたから驚きはしなかった。
「最初の、三回負けたら願いが逆転してしまうバトルのこと?」
「そう、それで……」
何から話したらいいかな、と唸る紅林さんを見つつ、植村さんにも注意を向ける。
小湊るう子の友達。彼女の名前も水嶋さんから聞いた。
なるほど、嫌な予感はドンピシャで当たったようだ。
「彼女、セレクターになってる」
胸ポケットから、声がした。僕のルリグであるリィンからだ。
「え……」
きょとんとした顔の二人に、僕はカードを取り出して机に置く。
二人ともカードに、いや動くリィンに釘付けになった。
それが見えているということは、つまり、リィンの言った通りセレクターなのだ。
「伊吹さんもセレクターだったんだ」
「てっきり、女の子だけだと……」
「前回のバトルじゃ、男もいた。君たちのとは違う、記憶を賭けたバトルだ」
「せっかくるう子が終わらせたのに、ずっと続いてたなんて……」
紅林さんも、自分のルリグを出した。
『花代』という赤色のルリグ。見た目的には、そう歳は変わらないはずなのに、なんだか大人っぽさを感じる。
紅林さんがこれを手に入れたのは昨日。突然現れたらしい。
経緯に関しては僕と一緒。カードを買ったりして手に入れた前回と違って、手元に来て無理やりバトルに巻き込まれている。
しかも、しかもだ。話に聞く限りなら、花代だって人間のはずなのだ。
最初のバトルに参加したセレクターがまた選ばれた場合、人間二人が強制的に参加させられるわけか。
ともあれ、これでお互いがセレクターだとわかった。面倒くさい説明は一切しなくて済む。
「それで、ここからが本題なんだけど」
と前置きして、紅林さんは植村さんを見た。
目を伏せていた彼女は、ゆっくりと口を開く。
「私もセレクターになったんですけど……負けてしまいました」
植村さんもカードを出した。背景が緑色だが、イラスト部分には何も描かれていない。
負けた者がどうなるかは、すでに見た。彼女も同じく、ルリグを奪われてしまったのだ。
コインは残っているものの、ルリグの譲渡ができない以上、そのままであればリベンジも果たせない。
どうしようかと悩んでいるところに、僕のことを思い出したわけか。
「相手がどんなセレクターだったか覚えてる?」
「女の子で、すごく好戦的で……その子、バトルが始まると同時にルリグになったんです。レイラって名前の」
「レイラ?」
最初はカーニバルかと勘繰ったが、予想外の名前に眉を上げた。
「知ってるの?」
「前にバトルしたことがある。そうか、彼女も……」
かえでというセレクターのルリグだった戦闘狂。
今はどうなってるかと考えた時もあったが、そうか、負けて入れ替わったのか。
「最初のセレクターバトルを終わらせた……その小湊るう子さんには話した?」
「言えないよ。あんだけ辛い思いしたんだ。あの子まで巻き込みたくない」
あれだけ、というのがどれほどのものかはわからないが、水嶋さんの話からも相当のものだったことは想像できる。
現在セレクターでない小湊さんに相談して巻き込むことは、どうしても避けたいのだろう。
気持ちはわかる。僕と御影だって、すず子に言ってない。
「わかった。とりあえず、お互いの知っていることを話し合おう」
それからお互いの知らない情報を伝え合った。
都市伝説として語られている最初のセレクターバトルの話が、ほとんどその通りだったことに嫌気がさす。同時に、当時中学生だったのにそれを終わらせることのできた小湊さんに興味が湧いた。
僕が経験したほうは、あまり知られていないみたいで、二人は逐一驚きながら聞いている。
もちろん、僕がすず子の記憶を奪ったことは伏せた。
「今のところ、厄介なのはレイラとカーニバルか」
『厄介』の意味がそれぞれで違うのがさらに厄介だ。
カーニバルは裏で謀略を巡らしている。対してレイラは積極的にバトルを申し込んでは相手のルリグを奪っていく。
巧みにこちらを操ってくる者に、こちらの計画を潰してくる者。
もし組んでいたら、そうとうまずいことになる。
すず子と御影、水嶋さんも呼ぶべきだ。そう思ったが、どうしても手が動かない。
すず子は僕と話したいとは思わないだろう。御影にも顔を合わせづらい。こんなときにそんなことは言ってられないのはわかっているが、勇気が出なかった。
僕は首を横に振った。
今はすず子のことは放っておこう。それよりも紅林さんと植村さんだ。
「敵はかなり強力みたいだし、見かけてもバトルをするってことは避けたほうがいいかもね」
「でも緑子が……」
植村さんのルリグ、『緑子』はレイラに奪われた。
彼女にとっては居ても立っても居られない状況だろう。ともに戦い抜いた仲間で友達、それが知らない人間の手にあるのは耐え難い苦痛だ。
「何もしないってわけじゃない。対策を練って、万全の態勢で迎えうつんだ。無策に飛び込んでルリグを失ったら困る」
こくり、と二人は頷いてくれた。
御影と植村さん、それに蒼井晶。すでに三人のセレクターが負けている。
戦いはさらに激しさを増して、僕たちを傷つけようとしていた。