Lostorage restrained WIXOSS【完結】   作:ジマリス

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果敢/希望と信頼

 俯く植村さんを連れ、紅林さんの案内のもと、僕はとある建物の前まで来ていた。

 周りよりいくらか高いマンションの一室が、小湊さんの住むところらしい。

 

「ねえ、本当にるう子に言わなきゃだめかな」

「だめってことはない。だけど……」

 

 紅林さんは、終始僕を引き留めようとした。

 一番の苦労を味わったらしい小湊さんに、もう二度と同じ苦しみを味わわせたくない。その考えは立派だ。

 しかし……

 

「言わないと、君たちに亀裂が入るかもしれないから」

 

 僕はすでにそれを経験した。

 説明をぜんぶ後回しにして、やるべきことだけをやって、そして……すず子も御影も、僕から離れていった。もともと、最初に離れたのは僕だったけど。 

 何かを察したのか、紅林さんはそれ以上何も言わなかった。賛成だと受け取り、僕は植村さんの手を引っ張る。

 

「一衣……?」

 

 髪の右サイドを結っている可愛らしい少女。

 話しか聞いたことがなかったが、この人が小湊るう子さんだろう。

 百戦錬磨の最強セレクターだと聞かされていたが、一見そんなふうには見えない。

 戸惑うばかりの小湊さんに、植村さんは耐えられなくなって抱き着いた。

 

「るう子……」

 

 今にも泣きだしそうな植村さんを抱き返して、小湊さんは少しの恐怖と怒りが混じった目で僕を見る。

 

「あなたが何かしたんですか?」

 

 植村さんが泣いているのは僕のせいだと思っているのだ。この状況なら仕方ない。

 

「小湊さん。話を聞いてほしい。君にとっては聞きたくないことかもしれないけど」

 

 僕はゆっくりと話しながら、キーカードを小湊さんに見せる。

 

「や、やあるう子……あはは」

「ゆ、遊月!?」

 

 力ない笑顔を浮かべる紅林さん、泣き縋る植村さん、目を丸くする小湊さん。

 三者三様の反応に、僕はどう説明したものかと頭を悩ませた。

 

 

 もっとウィクロス一色のようなのを想像していたが、招かれた小湊さんの部屋は綺麗に整頓された普通の部屋だった。

 伝説のセレクターだからって、偏見を持ちすぎたか。彼女も一人の女の子に過ぎないのだ。

 小湊さんとともに住むタマという少女がホットミルクを淹れてくれている間、僕は今日まであったことを話した。

 

「そんな、セレクターバトルがまだ続いてたなんて……」

 

 信じられないといった顔だが、目の前の紅林さんの状況を見れば信じざるを得ない。

 

「本当は、この二人とも君に言いたくなかったみたいだけど、僕は言うべきだと思った。話を聞く限り、小湊さんはとても友達思いみたいだから、今より酷い状況になって聞かされるよりはマシかなって」

 

 確か、小湊さんは水嶋さんの誘いを断っているはずだ。

 セレクターバトルが続いていようと、自分で掴んだ幸せを手放して、再び苦痛の渦へ飛び込む真似はしたくないはず。 

 だけど、隠し事は散々な結果を招く。僕の人生がその証明だ。

 本来協力すべきなのに、意地になって沼にはまっていくのは、僕だけでいい。

 

「こうなった以上は、僕がなんとかする。だから小湊さんは二人を支えてやってくれ」

 

 同じ苦悩を持てば、誰かがくじけても立ち直らせることは容易だろう。そうなれば、僕は戦うことだけに集中できる。

 だけど、小湊さんは首を横に振った。

 

「遊月と一衣が巻き込まれて傷ついて、るうだけ何もしないのは嫌だよ。放っておいたら、るうの知ってる誰かがもっと苦しめられるかもしれない。それが嫌だから、セレクターバトルを終わらせたの。終わっていないのなら、今度は最後まで終わらせる。遊月も花代さんも、緑子さんもみんなを取り戻して、ちゃんと終わらせる!」

 

 小湊さんが立ち上がると同時、部屋の扉が開いてタマが現れる。

 

「タマも戦う! るうと一緒に!」

 

 彼女はそう言うと、小湊さんの手を握る。小湊さんもまた、それを握り返した。

 

「タマ……うん! 一緒に戦おう!」

 

 突然、タマの身体が光りだし、その姿が変わっていく。

 小さくなっていき、平べったくなったかと思うと、小湊さんの手に収まった。

 光が収まると同時に、僕は思った。一枚のカードだ、と。

 そこには、髪が白くなり、衣装も白で統一されたタマが描かれている……だけでなく、動いていた。

 ルリグだ。タマがルリグになったんだ。

 小湊さんとタマが、友人を救うために、避けていたセレクターバトルに身を投じる。

 素晴らしい光景ではある……が、僕はあまりの急展開に呆然とするほかなかった。

 

「どうしたの、伊吹さん」

「いや、ここまで僕の理解が及ばないことが起こるとは……」

 

 阿呆のような顔をして固まる僕を、紅林さんが不思議そうな目で見る。

 

「人が……こうやってルリグになるのは初めて見た。噂には聞いてたけど、実際に目の当たりにすると、こう、なんていうか……」

「私だってこうやってルリグになってるじゃん」

「いや、ルリグになる過程は見てなかったから。それにしても人間がルリグに……」

「そういえば言ってなかったね。タマはもともとルリグだったんだ」

 

 僕はまたしても絶句した。

 タマがカードになってもみんなが驚かなかったのは、そういうことか。

 

「つ、つまり、ルリグだったのが、人間になって、またルリグになった……ってこと?」

 

 話に聞いてたより、現実はもっとぶっ飛んでる。

 まず人間がルリグに、という段階でもう頭がいっぱいいっぱいだったのを、花代さんや紅林さんにゆっくり説明されてようやくかみ砕けたのだ。

 それが、ルリグが人間に、というのまでこられちゃ頭が爆発してしまう。

 僕が目にしてきたのは、あくまでルリグによる人格の乗っ取りだ。心は取られても、身体はもともとのセレクターの姿。

 だがタマは違う。この世に新しい肉体をもって顕現したのだ。

 それは小湊さんが叶えた願い。『現実の常識を越えない範疇で願いが叶えられる』という最初のセレクターバトルの隠しルールさえ飛び越えた奇跡。

 もしかしてこの二人は、僕が思っているのよりとんでもない人たちなんじゃ……

 そう考えれば、小湊さんたちがこれだけ心配しあうのもわかる。

 僕には決して見えない積み重ねと絆が、彼女たちの中にはしっかりあるのだ。

 

「紅林さんのカードは、小湊さんが持っていたほうがいいと思う。君たちは友人どうしだし、小湊さんの近くにいたほうが、紅林さんも安心できるでしょ」

 

 落ち着いた僕はそう提案した。が、意外にもその場の全員がきょとんとした顔を浮かべた。

 

「私は伊吹さんのことも友達だと思ってるけど」

「わ、私もです」

 

 急な言葉に、僕は詰まった。

 

「あのね、会ってそんなに経ってない男を信用するつもり?」

「うん」

「はい」

 

 にこやかに笑う紅林さんと植村さん。

 彼女たちは過酷なセレクターバトルを勝ち抜き、あるいは負けて悲痛な思いをしたはずだ。そこには残虐な行為をする者もいただろうし、異様な思想を持った者もいたはず。

 カーニバルやレイラのような危険な存在がいたはずなのに、どうしてこうも僕を信用できるのか。

 

「小湊さんもなんか言ってやって」

「でも、自分が負けるかもしれないのに、遊月を取り戻してくれたんだよね?」

「しかも全力で走ってきてね」

 

 にやっと笑いながら、紅林さんが補足する。

 小湊さんは頷いて、敵意のない目で僕を見た。

 

「それだけで、信じるには足りるってるうは思うかな」

 

 その言葉は嬉しい。だが、この状況においては、何も考えずに受け取ってくれた方がありがたいのだ。

 

「なら、肇の代わりに私が説明してあげましょう」

 

 リィンが口をはさんだ。

 

「おいリィン」

「大丈夫大丈夫。任せて」

 

 ぱちっとウインクする。

 彼女は僕の分身ゆえ、考えていることがわかる。その通りに動いてくれるかどうかは別だが。

 どちらにせよ、僕じゃ三人を納得させられる言葉は浮かばない。仕方なく、リィンにバトンを渡すことにした。

 

「じゃ、お許しが出たから話しましょうか」

 

 カードの中で、リィンが人差し指を立てる。

 

「今回のセレクターバトル。キーカードという新要素があるのだけど、それとは別にコインカードっていうものも前回から追加されてるの。で、その二つのルールを小湊さんは知らないだろうから、不利になるだろうってことで、実戦でのレクチャーついでに紅林さんを渡そうってわけ」

「でもわざわざバトルをしなくても、普通に教えてくれれば……」

「紅林さんの効果は、私と噛み合ってるとは言えないの。あなたたちなら白と赤でそう相性も悪くないみたいだし、勝算も上がるわ」

 

 すらすらと言っているが、いま頭の中で組み立てながら喋っていることに、僕は気づいた。

 気づいた、というより分かっていた。それっぽい理由をつけて相手を納得させようとするのは、僕が過去に何回もやってきたことだからだ。

 

「話を聞く限りだと、小湊さんは相当強いみたいだし、コインもカードもあなたに渡したほうが、このセレクターバトルの終幕に近づけるかも」

「でも、いまるうが負けたら、伊吹くんがコイン五枚になって、バトルを抜けられるんじゃ……」

「そうとは限らない」

 

 ようやく、僕が口を開く。

 

「僕の予想が正しければ、たぶん、おそらくだけど、勝ち抜けにコインの枚数は関係ない。今回勝ち抜ける条件は他にある」

 

 誰が一番強いか決めるためのバトルなら、コインを五枚集めたところで逃がしてはくれない。

 コインはあくまでセレクターにバトルをさせるための口実。

 

「だから、もしみんな無事で終わりたいなら、このバトルを受けてくれ」

 

 そう簡単に答えは出せないかと思った。覚悟を決めることと、実際に戦うことには雲泥の差がある。

 だが、小湊さんは躊躇いのない顔でこくりと頷いた。

 

「わかったよ」

「ありがとう、小湊さん」

「るう子でいいよ」

 

 ズキリ、と胸が痛んだ気がした。

 母音が一緒で、最後が『子』という共通点もあってか、不意に思い出す。最初にすず子と名前で呼び合った日を。

 あれからみんなが傷つくことになった。

 小湊さんたちとは違う結果を迎えるかもしれない。けれど、僕は決して自分を信じていなかった。

 

「……小湊さん、カードを出して」

「うん」

 

 少ししゅんとした顔を向けられながらも、見ないふりをしてカードを掲げる。

 

「オープン!」

 

 ぱっと舞台が変わる。

 

「これが今回のフィールドなんだ……」

 

 きょろきょろとあたりを見る小湊さん。聞けば、今回のと最初のじゃ、まるっきりバトルの場が違うらしい。

 僕の場には紅林さん。小湊さんの場にはタマ。空中の時計盤が指したのは白。小湊さんが先攻だ。

 

「さて、早速やるか。基本的なルールはそのままだから、しばらくはそのままでいいだろう」

 

 お互いにコインを必要以上に減らさないために、キーカードは使わず、僕はコイン技も使わない。

 

「わかった。タマ、グロウ」

「久々のバトル! 全力でいくよ、遊月!」

「かかってきたまえ」

 

 ぐっと構えるタマに、ふふんと仁王立ちで待ち構える紅林さん。その間には、暗いセレクターバトルの雰囲気なんて微塵もない。

 

「どうしたの?」

「いや、こんなに毒気の抜けるバトルは久しぶりだなって」

 

 思わず笑みがこぼれる。気を張っていた僕が馬鹿みたいじゃないか。

 

「でもこれが、本来のウィクロスなんだよな」

 

 ショップでウィクロスを楽しんだことはある。もう遠い記憶のように思えるけど、まだ半年近くしか経っていない。

 あのときは、未知のものに興奮して、わいわいできて楽しかった。

 ウィクロスは、本当はそんなものなんだ。

 

 

 バトルは、もちろん小湊さんの勝利で幕を閉じた。

 八百長試合だったけど、何のペナルティもなかったことに胸をなでおろす。

 これで僕のコインは三枚。小湊さんがレイラをやっつけたのと同じようなもんだ。

 それにしても、小湊さんの実力は凄まじかった。新要素もあるのに、それをいとも簡単に使いこなし、攻防一体の完璧な戦術。

 たとえ敵同士で全力で戦ったとしても、僕が勝てるかどうか。

 それほどの強い仲間があの二人の近くにいてよかった。

 

「助かったよ、リィン。おかげで紅林さんを渡せた」

「もっともらしかったでしょ?」

「実にそれっぽい理由だったよ」

 

 ふふ、とリィンは微笑む。

 彼女の説得はなかなかの説得力があった。その場でのアドリブにしては、出来すぎなほどに。

 

「本当は、彼女たち三人を一緒にいさせたいから……でしょ?」

「隠し事はできないな」

「私はあなただもの。いつまでも自分に嘘をつくのは無理よ」

 

 リィンはわざとらしくため息をつき、見せつけるようにやれやれと首を振った。

 

「いつまでもすず子を遠く離せると思ってるの?」

「できるさ。げんに、今こうやって……」

 

 そこで、はっと気づく。

 

「そうだ、すず子だ!」

 

 森川や紅林さんがセレクターになったように、日に日にその数は増していっている。

 だとしたら、すず子だって例外ではないはずだ。

 スマホを取り出して……そこで止まってしまう。

 本人に直接はハードルが高い。彼女も御影も、もう僕とは協力したいとは思わないだろう。

 連絡しても、無視される可能性が高い。それになにより、僕には電話をする勇気がない。

 電話帳を開いて、穂村すず子、御影はんなの名前を通り越して、水嶋清衣のところで手を止める。

 中心人物の彼女なら、すず子のことを知っているに違いない。今日は三人で話し合いしていたらしいし。

 コールすると、水嶋さんはすぐに出た。

 

《い、伊吹くん……?》

 

 違和感があった。

 普段の落ち着いた様子からは想像ができないほど、水嶋さんの声は震えていた。息遣いは浅く荒い。

 

「水嶋さん?」

《私……どうしたら……アミカ……アミカが……》

「落ち着いて、水嶋さん。橋本さんがどうかしたのか?」

《アミカが誘拐された……》

「誘拐!?」

《あ、蒼井昌に、『解放してほしければ一人で来い』って……わ、私どうしたら……》

「水嶋さん、とにかく深呼吸」

 

 どうしていいのかわからずにおろおろとしていたのだろうけど、それは賢明だ。

 誘拐犯の言う通り、一人で行くのは危険すぎる。

 二度、深い息をさせる。少しは落ち着いたようで、早口ながらも状況を話してみせた。

 今日は二人で駅前ショッピングをしていたそうだ。

 暗くなる前、橋本さんと別れてすぐに、彼女の電話から着信が来た。だが聞こえてきた声はアイドル蒼井昌のものだった。

 彼女が言ったのは、先ほど水嶋さんが言ったこと。

 橋本さんを誘拐した。指定する場所に一人で来い。の二点。

 僕は水嶋さんを宥めながら、駅周りの道や建物を頭で思い描く。

 人通りの多いところで攫うなんてのはできないし、するはずもない。しかし、駅前近くでやってのけたのなら、場所は絞られてくる。

 人ひとりを拘束して、どこかに放置するだけでも相当な労力のはずなのに、すぐ電話をかけてきたということは、総合して考えると、蒼井晶がいるのは二人が別れた場所からほとんど離れていないことになる。

 あと気にかかるのは、蒼井昌の目的だ。 

 水嶋さんはバトルなら普通に受けて立つだろうから、バトルそのものが目的じゃない。

 蒼井が前に見たときのような感情そのままなら、水嶋さんへの復讐がメインだ。

 そして、僕の考えが正しければ、直接的に傷つけてきたりはしないだろう。橋本さんを誘拐するなんて遠回しなことはせずに通り魔的に襲えばいい。

 蒼井は最初のセレクターバトルで負け、ペナルティを負った。同じ目に遭わせるつもりだ。友人を盾に、水嶋さんを負かすつもりだ。

 ということは、新しくルリグを手に入れたのか。

 どうやって? ……はまず置いておいて、今は橋本さんの安否確認が先だ。

 

「恐らく、蒼井はバトルをしかけてくる。できるだけ引き延ばしてくれ。橋本さんは僕に任せて」

《アミカが私のせいで……》

「水嶋さん!」

 

 びくりと反応したのが、電話越しでもわかった。

 不安になるのはわかるけれど、いつまでもびくついているわけにはいかない。

 

「橋本さんは必ず僕が助ける。だから、君は君のできることをやってくれ」

《アミカを……助けられるの?》

 

 先ほどよりかは冷静さを取り戻しているが、まだ不安げだ。

 僕は橋本さんに、水嶋さんを頼まれた。そして、水嶋さんは橋本さんのためなら何でもするだろう。

 だから彼女との約束を守るためには、二人とも助けなければいけない。

 僕がどうにかしないといけない。そのためには、水嶋さんに負けてもらっては困る。

 『絶対』なんて、本当は言いたくないけれど……

 

「絶対に助ける」

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