Lostorage restrained WIXOSS【完結】 作:ジマリス
今日走ってばっかだ。だからと言って、足を緩めるわけにはいかない。
おそらく、バトルが始まれば、水嶋さんは無抵抗で攻撃を受けることを強いられるだろう。
そうすればピルルクが奪われる……だけでなく、キーカードの使用も求められれば、水嶋さん自体もルリグとなって蒼井の手に落ちる。
最悪まで行けば、水嶋さんが消えることになる。
バトルを引き延ばしてくれとは言ったが、限度がある。
水嶋さんが指定場所に行き、バトルをはじめ、二ターン経過くらいまでに橋本さんを見つけなければならないだろう。
電気の消えた建物の中を回りながら、考える。
誘拐されたことを暴露されれば、蒼井晶のアイドル生命は終わる。
見られない場所に閉じ込めておきたいはずだ。だが扉に鍵がかけられていてはもちろん入れない。人ひとり拐かした状態じゃ、行動範囲は狭い。
事務所やオフィスとして使われているところはある程度スルーして、その近くにある倉庫や掃除用具入れに集中して開けようとする。思った通り二割ほどは鍵がかかっていなかった。
だが、いない。
くそ、もっとだ。もっと探せ。見つかるまでは、絶対に諦めるな。
「ん~~っ」
焦りがじわじわと頭の大半を占めていく中、くぐもった声が聞こえた。
近くから聞こえるぞ。
その声のほうへ向かい、一つの扉の前に着く。
なんの遠慮もなしに施錠されていない扉を開けると、中は真っ暗だが、声はより鮮明になった。
中に入って電気をつけると、電球が小さいためかまだ薄暗いが、全体像が見える。
ビルの中にしては、それなりに広い倉庫だ。いくつもある金属棚には廃材や工具が乱雑に置かれている。
その奥で一人の少女が身をよじっていた。しかし、腕、身体、足を縛られ、まともに動けはしない。口も封じられて、叫びを響かせることもできなかった。
「橋本さん!」
すぐに駆け寄って、縄をほどく。乱暴に締めつけられていたようで、特に腕には痣ができていた。
口を塞いでいたのを外すと、彼女は大きく息を吸った。
とりあえず彼女が無事だったことに喜ぶ。
「伊吹くん、だよね。ありがとう! 清衣は?」
「いまバトルしてる。ここにいて」
恐怖がまだ残っているはずなのに、彼女は大きく首を振った。
「ううん、私も行く!」
△
事前に教えてもらった場所は間違いではなく、(そうでなくても、リィンがいればすぐに近くのセレクターを探し出せたが)僕たちはすぐに水嶋さんと蒼井がバトルしている場所へたどり着くことができた。
橋本さんが捕らえられていた場所と同じような、暗く静かなビルの一室。 そこに二人の少女が立っていた。
水嶋さんに相対するは間違いなく蒼井晶。二人とも生気のない目でだらりと腕を下ろしている。
バトル中……ということは、蒼井はやはりルリグを手に入れていた。タマのように、何者かがルリグ化して彼女のもとに現れたのか。
「清衣、私だよ! もう無事だから、勝って!」
橋本さんがどれだけ叫んでも、バトルしている二人に変化は見られない。
セレクターバトルのことを知らない一般人が近くに寄ってきたり、邪魔したりすればバトルは強制終了するらしいが、橋本さんは経験者だ。一般人の枠には入らないのだろう。
じわりと冷や汗が垂れる。
「伊吹くん、清衣は大丈夫なの?」
「聞こえてるはずだけど、外からはどうなってるかわからないわ」
リィンの声はセレクターではない橋本さんには届いていない。それが頭から抜けている僕は、橋本さんに答えず、リィンを取り出す。
「リィン、バトルフィールドには入れるか?」
「ええ、行くわよ」
一瞬風が吹いたかと思うと、そこはバトルフィールドに変わっていた。
すぐさま水嶋さんに目を向ける。現実世界を同じように力なく立っている。
いま、彼女の心はそこにない。盤面の上で、ピルルクに支えられている傷だらけのルリグが水嶋さんだ。
「水嶋さん!」
「伊吹くん……」
遅かった。すでに何回か攻撃を受けているようで、彼女は息を荒くしてピルルクにもたれかかる。
対して、ピルルクは無傷。敵は執拗に、水嶋さんだけを狙って攻撃したのだ。
僕は相手を睨む。
蒼井晶に、占い師のように薄いローブを纏って水晶を手にしているルリグ。
あれがどういうルリグなのかはわからないが、少なくとも蒼井以上にこの場を楽しんでいることはわかる。
「あぁ? 誰、あんた。お呼びじゃないんですけどー」
「僕も、君には用はないよ」
蒼井の挑発を突き返し、僕は水嶋さんの場を見る。
よかった。まだ始まって間もない。彼女の実力なら、ここから巻き返すことも可能だろう。
「水嶋さん、橋本さんは無事だ。もうそいつの言いなりになる必要はない」
「ええ、外からアミカの声が聞こえていたわ」
ピルルクに支えられながら、水嶋さんは二つの足でしっかりと立つ。
「ちょうど今から反撃するところよ」
「おい、無視してんなよ!」
おいてけぼりなのが癪に障ったのか、蒼井はこちらに向かって怒号を飛ばしてきた。
「本当なら、僕が相手してボコボコにしてやりたいところだよ」
「へえ、じゃあこの後たっぷり相手してやるよ。こいつをルリグにして、お前のルリグに殴られてやる」
「まあ素敵。その時は私を清衣ちゃんの隣に立たせてくださいねえ。傷つく清衣ちゃんを近くで見られるなんて、考えただけでも……」
恍惚的に、挑発的にセレクターとルリグが笑う。
「残念だけど、僕も含めてその願いは叶わない。ここで勝つのは水嶋さんだ」
それからの水嶋さんの勢いといったら、思わず僕が震えあがるようなものだった。鬱憤を晴らすように怒涛の連撃をしかけ、相手の攻撃は凍結させる。
蒼井はもう少しのところで攻撃が届かないことにいらいらしているようで、水嶋さんはそれを楽しんでいるようだ。
時折聞こえる「キシシ」というのは……あれは、水嶋さんの笑い声だろうか。だとしたら、かなり特異だ。
水嶋さんが窮地から脱することができて一安心といきたいところだが、そうもいかない。
問題は蒼井晶のほう。
前に、彼女はコイン技を使っておきながら水嶋さんに負けた。そこからの変動はなく、つまり現在のコインは残り一枚。負けてコインを失えばどうなるか、彼女が初の被害者となる。
前回と同じくルリグに身体を乗っ取られるか、それとも……
本来であればこうなる前に対策を練って止めたいところだけど、今回はもうバトルが始まってしまっている。
しかも、この状況を作り出してしまったのは蒼井晶本人だ。
ピルルクの最後の攻撃が、リメンバへと集約され、弾けた。
ついにライフクロスをすべて失い、直接ダメージを受けた彼女はばたりと倒れる。
「くそ……なんだよこれ……」
蒼井の身体が透けていっている。その意味を理解して、顔が絶望に歪む。
「なんであたしだけがこんな目に……なあ、あんた助けてくれよ……助けて!」
先ほどとは打って変わって、弱弱しい目を向けてくる。悲痛と絶望に染まった顔から、思わず目を逸らした。
僕には無理だ。僕には……
それから絶叫。耳をつんざく悲鳴が、蒼井の喉から迸った。
△
いつの間にか視界は白く染まり、周りを静寂だけが支配していた。
バトルフィールドとも現実世界とも違う場所に立たされていると気づいたのはすぐ。
「ここ……は……」
どこまでもそびえ立つ壁。そしてどこまでも続いていくような道。ところどころが剥げ、朽ち、ひび割れて居るその空間には二度だけ来たことがある。
初めてセレクターバトルに強制参加させられた時と、バトルから抜け出した時。この空間へ、僕は飛ばされていた。
首を回してあたりを見る。
壁には大小いくつもの窓があり、全て閉じられている。あの時と変わらない。
いまさら、なぜこの空間に僕はいるのか。
問いを発しようとしたその瞬間……
「鍵穴を探して」
僕は跳びあがりそうになった。いや、実際跳びあがった。
突如後ろすぐから聞こえてきた声に驚いて、ぱっと距離を取りつつ振り向く。
一見幼く、無害のように思える無表情の少女がじっと見つめてきていた。
「始まりのルリグ、だったな」
「むげん」
ぼそりと呟くように少女が言う。
「むげん?」
「そう、夢限」
自己紹介だと数秒してから気づいた。名前があったんだな。
それが何の意味があるのか。名前があり、自我があり、彼女がただのルリグの素体ではないという意味であれば……
「セレクターバトルを仕組んでるのは君か」
夢限は首を縦にも横にも振らなかった。僕はそれを肯定と受け取り、問いを続けた。
「セレクターバトルの目的はなんだ。なぜ僕らを苦しめるんだ」
「鍵穴が壊れてる。探して」
僕の言葉を無視して、夢限は言葉を紡ぐ。
鍵穴? それはいったいなんの比喩なんだ。それを持ってくれば、バトルは終わるのか。
言いたいことはたくさんあった。
△
かつん、という音で目が覚めた。
眩しいほどの白から、真っ暗な闇に覆われている。
かすかな光のおかげで、ここは現実で、今は水嶋さんのバトルが終わったすぐであることを思い出す。
さっきのは何だったんだ。夢限は僕に何を伝えたかったんだ。
暗い空間には、先ほどまでの激しい戦いも、叫び声も轟いていない。
床には、蒼井が脅しに使っていたであろうカッターナイフだけが落ちていた。その持ち主はどこにもいない。
僕はそれを拾いつつ、確信を持った。
消滅。
コインをすべて失った者は、この世から消えてしまうのだ。
水嶋さんの無事を涙ながらに嬉しがる橋本さん。その橋本さんを宥める水嶋さん。
その二人を見守る僕の心には、じわじわと恐怖と混乱がこみ上げてきていた。