Lostorage restrained WIXOSS【完結】 作:ジマリス
橋本家に着くなり、すぐさま彼女の両親が飛んできた。そういえば、もうすっかり夜も遅い。心配して当然だろう。
適当に事情を話して、救急箱を要求する。必要なものを取り出して、橋本さんの部屋に案内してもらった。
そういえば、女性の部屋に入ったのは初めてかもしれない。
できるだけきょろきょろとしないようにして、橋本さんをベッドに座らせる。
手首足首には強く縛られた痕が残っており、そのほかにも打撲による傷が複数見られた。
痛々しく腫れているものの、幸い、長く残るような傷ではないみたいだ。
僕は氷水と包帯、絆創膏で傷の残らないように治療した。素人のやり方だから、ちゃんと病院に行くことも勧める。
水嶋さんは橋本家の弟くんたちに懐かれているようで、いまはリビングで相手をしている。一方的に引っ張られているだけだけど。
「これでよし」
「ありがとう、助かったよ」
腕に包帯を巻き終わると深々と礼をする橋本さんに、僕は慌てて頭を上げさせた。
「水嶋さんがすぐ連絡してくれてよかったよ」
あのとき、もしも水嶋さんが一人で行っていたら、と思うとぞっとする。
橋本さんのために、自らの命を投げ出すことだっていとわないだろう。
とりあえず、今日は最悪の事態を二度防げた。後手後手に回っているのは癪だが、まあ良しとしよう。
無事だ、と自覚すると疲れが押し寄せてくる。
「水嶋さんを呼んでくる」
立ち上がろうとした僕を、橋本さんは袖を掴んで抑えた。自分の隣をぽんぽんと叩く。
そのとおりに、僕は彼女の隣に座る。
「本当にありがとね」
「いいんだよ。君たちが無事ならそれで」
「すごいなぁ、伊吹くんは。清衣に頼られてるし、私が捕まってるところに来てくれたし」
頼られている……のだろうか。それに、橋本さんを探した方法だって半分以上は当てずっぽうなうえ、しらみつぶしだ。
運がいいとは思うが、自分のことをすごいとは思わない。
「清衣に迷惑をかけたくなくて、力になりたかったはずなのになぁ」
「なれてるよ。お互いがお互いの力になってる」
今日のことを、自分のせいだと思っているのだろうか。もっと力があれば、注意していればなどと考えているのだろうか。
元凶は蒼井晶だ。二人が気に病む必要はない。水嶋さんは即座に助けようとしたし、橋本さんは恐怖を感じながらも駆けつけた。それだけで十分なはずだろう。
ふう、と前を向いて、橋本さんはぽつりと話し出した。
「一番自分を抑えて、叶えたいはずの夢を諦めて、気持ちを黙ってる。清衣はね、ルリグだったときはそんなんだったんだ。バッカみたい! って怒ったんだよ、私」
その時を思い出して、悲しくも柔らかく笑う。
「それまでずっとどこか遠かった清衣が手を取ってくれたときは嬉しかったなぁ」
「いい友達だな」
「うん、最高の友達」
頼って頼られて、信じて信じられて……友達として、お互いがお互いをしっかり想いあっている。
「清衣を助けてくれるのはなんで?」
「君が言ったんじゃないか、水嶋さんの力になってやってくれって」
「それを言わなかったら、助けてなかった? 私のことも放っておいた?」
「わざわざ電話で僕をご指名だったんだ。放っておいたら目覚めが悪くなる」
「真剣に聞いてるんだけど」
可愛らしく頬を膨らまして抗議する橋本さん。仕草はともかくとして、本当のことが知りたいの気持ちに偽りはないだろう。
水嶋さんはまだこっちに来る気配はない。
「……いいや、変わらずに君を助けてた」
僕は白状した。
「最初は、少し話を聞いて終わりにするつもりだった。けど、水嶋さんの話を聞くにつれて、どうしても放っておけなくなった。水嶋さんは傷つきすぎた。それでも何度もセレクターバトルに巻き込まれて身も心も擦り切れてる。そんなのはあまりにも……残酷すぎる。君だってそうだ。僕らの戦いに巻き込まれて、こんな傷を負ってしまって……無関係だなんて言えない」
僕は視線を橋本さんの腕に移した。
彼女のように、普通を求めて普通に暮らそうとしている人には本来つけられるはずのない傷。それが痛々しく、生々しく彼女に刻まれている。
元凶はセレクターバトル。僕らセレクターだけが傷つけ合い、奪い合い、潰し合うはずの戦いだ。
「伊吹くんって、いい人なんだね」
「お節介焼きなだけだよ。勝手に身体が動くんだ。放っておけたらいいのに」
「そのお節介のおかげで助けられた人は、きっと伊吹くんに感謝してるよ。私がそうだもん」
にっこりと笑って、橋本さんは返す。
「伊吹くんが助けに来てくれた時、私すっごい嬉しかったんだ。で、その時分かった。伊吹くんは約束とか協力とか打算とか、そういうのなしでも助けてくれる人だって」
「買いかぶりすぎだ」
「だから困ったときはお互い様。何かあったら私や清衣を頼ってね」
僕の言葉を聞いてるのか無視してるのか。ネガティブな言葉はあえて聞かないようにしているように思える。ならば、と僕はさらに畳みかけようとする。
「他人に迷惑はかけられない」
「清衣と一緒にいたり、こうやって私と喋るの、迷惑に思ってる?」
「そんなはずないに決まってるじゃないか」
「私だってそうだよ。伊吹くんと一緒にいると退屈しないし、喋ってると楽しい。清衣だって同じこと思ってる。伊吹くんが無事でいてくれるだけで嬉しいし、そのためならなんだってできる人もきっといるよ。少なくとも、ここに二人」
うぐ、と詰まった。見事なカウンターである。真っすぐな言葉に、心が揺らぎそうだった。
彼女の言うように、少しは認められるに値することができたんじゃないか……
『あんたなんて、生まなければよかった!』
『いやっ、聞きたくない!』
高揚しかけた心は、頭に響く声で再び沈んでいく。
「僕は……そんないい人間じゃない」
「そんなことないよ」
橋本さんは即答して、僕の肩に手を置いた。
「放っておけたらいいのに、なんて言っても誰かを助けずにはいられないくらい、いい人だもん」
また浮きかけた心を抑えるために、自分に言い聞かせた。
僕には、許されない重い罪がある。僕は最低の人間だ。
誘拐事件時にはすでに暗くなっていたが、今日の寒さを自覚したのは今が初めてだ。
女子はほんと、この寒さの中でスカート履けるよな。おしゃれは我慢というが、僕にはたどり着けない領域だ。
この時期は、まだ人によって寒いか暑いか微妙だから、水嶋さんの半袖も……まあ理解できなくはないが。
水嶋さんの家の前まで着くと、彼女は礼を言いつつ僕を呼び止めた。
僕と水嶋さんの中には、重い空気が漂っていた。というか、主に水嶋さんの周りに。
「まさか、アミカが被害に合うとは思わなかった」
今日のことのせいだ。せっかく橋本さんをバトルから遠ざけるために頑張っていたのに、結局巻き込んでしまったことを悔いている。
「蒼井は消えたから当面の心配はなくなったけどね」
そう、文字通り蒼井晶は『消えた』。
僕たちはコインを失った者の末路をこの目で見届けた。植村さんや紅林さん、御影も一歩間違えればそうなっていたのか。
「けど、他のセレクターが何をしてくるか……」
「カーニバルは、たぶん大丈夫だ。里見のときもそうだったけど、あくまでセレクター同士でのいざこざを楽しんでるみたいだから」
「だけど、絶対に安全とは言い切れないでしょ?」
「だから早めにこのバトルを終わらせよう。明日、小湊さんたちと会う約束を取りつけた。多く揃えば、それだけ解決の糸口が増える」
弱気になっている水嶋さんに、僕は朗報を伝える。
小湊さんがセレクターになったこと、そして仲間になってくれたこと。
いくらか前向きになれたのか、水嶋さんの顔が和らいだ。
あまり動かないからわかりづらいけど、この短い間で彼女の表情は意外と豊かだとわかった。
「そういえば、聞きたいことがあったんだ。すず子のことなんだけど……」
「彼女、セレクターになったわ」
すぐに答える水嶋さんに、僕は落胆した。
やはりか。嫌な予感だけはよく当たる。
これで、すず子は戦う手段を手に入れてしまった。森川の記憶を取り戻すために、バトルを仕掛けていくだろう。
「ところで、話し合いに来てくれなかったのは何故? すず子たちも、あなたを呼ぼうとはしなかったし」
「紅林さんに呼び出されたからだよ。それに小湊さんとも……」
「あなたがすず子の記憶を奪ったから?」
急に飛び込んできた言葉に、僕は息を呑んだ。
とぼけることも、逸らすこともできずに沈黙してしまったことが、なによりの答え。
「御影さんから聞いたの。あなたがすず子の記憶を奪ってから、二人を遠ざけたこと」
ごくり、と喉が鳴る。
このセレクターバトルが終わるまでは、協力関係でいられるように黙っていたが、ついにばれてしまった。
「どうしてそんなことをしたの?」
水嶋さんはまっすぐ僕を見る。
非難するような目はしていないが、いつそれが悲しみや怒りに染まるかわからない。
吹く風は寒いのに、じっとりと汗をかく。
「それが必要だったから……必要だと思ってたから」
僕がすず子の記憶を消したことがばれるまで。それが自分に課した、水嶋さんとの協力期間だ。
知られてしまえば、水嶋さんは僕を味方だとは思ってくれないだろう。
ここまでだ。
僕は後ずさって離れようとする。一歩、また一歩、彼女の手が届かない距離へ。
「待って!」
がしりと、水嶋さんが僕の袖を掴む。
「どうしても、あなたがそんなことをするとは思えない」
離していた距離は詰められ、彼女の偽りのない表情が見えてしまう。
みんなどうして、そんなに僕を買いかぶるんだ。
いろんなものから逃げる僕を、どうして知ろうとするんだ。
心も身体もこんなに汚れているのに、どうして手を掴もうとしてくるんだ。
「現実を見ろよ。僕はそうしたんだ。すず子の記憶を奪った」
「どうして? 何か事情があるのよね?」
問答無用で突き放されるかと思った。しかし彼女はさらにぎゅっと力を込める。
「事情があれば、許されるのか?」
それは、僕がずっと自分に問いかけてきたことでもある。何かに責任を投げてしまいたいとき、思い出す言葉。
誰かと一緒にいると、僕は罪を犯す。だから一人で戦って、罰を受けなければいけない。
それが、予定していたよりもいくらか早まっただけだ。
手を振り払って、冷たく突き放して、その場を去ろうとする。それでも、水嶋さんはまた掴む。
「あなたがしたことは許されないことなのかもしれない。けど、それは私が伊吹くんを助けない理由にはならないわ」
彼女は、決して手を緩めなかった。