Lostorage restrained WIXOSS【完結】 作:ジマリス
朝、学校に着くなり、僕は椅子に座って呆けた。参った気分は昨日からずっとだ。
森川もすず子もセレクターになっていて、紅林さんがルリグになり、小湊さんとタマもバトルに参加、橋本さんが誘拐されたのを助け、蒼井晶は消滅。水嶋さんには、僕がやったことを知られた。
昨日で状況は二転三転、それを整理するのには時間が足りない。
心身の疲れだってまだとれていない。今日はさぼってしまおうかと何度も考えた。
唯一の救いは、水嶋さんの協力をまだ得られるということだ。
昨日、水嶋さんに懇願されて、事の行く末をすべて話した。彼女は何も否定せずに聞いてくれて、さらに別れたあとも電話でこれからのことを話し続けた。
彼女は僕の話を理解して、情報を流しつつ、できるだけ僕とすず子との接触を避けさせるように配慮してくれるそうだ。
とりあえず、今のところは、だけど。最終的には話し合いをするように釘を刺されて、会話は終わった。
幾分か心は楽になったが、状況は厳しいままだ。カーニバルとレイラという、厄介な二人が残ったまま。
昼になっても食事は喉を通らず、考えがぐるぐると回る。
「協議。少しいいですか、伊吹さん」
声がしてはっとする。
いつの間にか、御影が僕の目の前にまで来ていた。
何か事が進んだのか、真剣な顔の御影。
僕の内心は穏やかじゃなかった。
ここ数日の変化は、めまぐるしく、そして危うい。
昨日の夜から今日の午前の間に何かが起きていても不思議じゃない。
場所を変え、いつもの中庭のベンチに座る。
「セレクターバトルを終わらせた小湊るう子の協力を得られたらしいですね。どうやって?」
悪い知らせでもなんでもなくて、ただの質問。彼女の口調もいつも通りのものだった。
僕は拍子抜けして、昨日のことを思い出す。
「小湊さんは紅林さんの友達で……どこから説明したもんかな」
一度頭の中でしてから、順序立てて説明をしていく。
一から十まで、彼女の質問とは関係ないところまで話していると、彼女の顔はころころと変わっていく。
ようやく話し終えるころには、考え込むように顎に手を当てた。
僕と同じく、頭がこんがらがっているのだろう。
「理解。昨日は盛りだくさんだったようですね」
やっとそう言ったのは、遅い箸使いながらも僕が弁当を食べ終わったときだった。
「そうですか。紅林さんもセレクター……それどころかルリグに……それに、レイラという少女、危険ですね」
「勝ちはしたけど、次はどうかな。相当な実力を持っているようだし」
「……私たちはともかく、清衣さんにも連絡はせずにバトルしたみたいですね。
ジト目で見てくる。
「質問。私がカーニバルと戦った理由が分かりましたか?」
何が言いたいのかはわかる。
バトルをしなければならないタイミングと状況がある。誰かに知らせるよりも前に、敵を逃がさないように。
それなのに、自分のことは棚に上げて、僕は彼女を責めた。
カーニバルを放っておけないのは、痛いくらいわかっているのに。
「ああ、すまなかった。僕の考えが足りなかったよ」
「謝罪。私の方こそ、あのときは感情に任せて、酷いことを言ってしまい、申し訳ありません。すず子さんにも秘密がばれてしまいましたし……」
お互いに頭を下げる光景は、なかなかシュールだ。
とりあえずどちらが悪いかというのは置いておいて、僕は御影が謝ったことに驚いた。
「納得はしてなかったんじゃなかったっけ?」
「勿論。納得はしてませんが、それでも、伊吹さんの頼みを蔑ろにしてしまったことには変わりありません」
「気にしなくていい。君は事実を言っただけだから」
自嘲気味に笑って立ち上がろうとする僕を、御影は制した。
「誤解。私が怒っているのは、あなたがすず子さんの記憶を奪ったからというのもありますが、一番ではありません。あなたが私たちを頼らずに、一人で戦おうとしたからです」
そう言って、御影はくしゃくしゃの封筒を渡してきた。
中身は見なくてもわかる。以前、僕が御影に渡したものだ。
「私もすず子さんも、清衣さんもあなたに助けられて感謝しています。だから、あなたに傷ついてほしくなくて、あなたの助けになりたいんです。それをどうか、理解してください」
わかった……とは言えなかった。
最近、僕の存在を認めてくれる人がいてくれることに気づいてとても嬉しく思う。が、それはそれとして、僕自身が僕を認められないのだ。
どれだけ償って洗い流そうとも、落ちない罪がある。一度こびりついたそれは、御影や水嶋さん、橋本さんにどう言われようとも消えることはない。
もうすぐ昼休みが終わる。
教室へと戻る途中で携帯電話が鳴った。
画面を見てみると、非通知からの電話。
普段なら出ずにスルーしてしまうところだが、嫌な予感を覚えた僕は通話ボタンを押して、耳に当てる。
《やあ、伊吹肇》
一瞬で総毛だった。僕がずっと追い続けてきた人物の声が聞こえたからだ。
「カーニバル……っ」
《電話越しでもいい声だ。紅に気に入られて、紅に勝っただけはある》
「なんで僕の番号を……」
《そんなことはどうでもいいだろう? 重要なのは、なぜ俺がお前に電話をかけたのか、だ》
僕は沸騰しかけた頭をどうにか落ち着かせる。カーニバルを相手に冷静さを失うのは危険すぎる。
だが彼女が次に発した言葉は、僕の身体を再び熱くさせた。
《俺とバトルしろ、伊吹肇》
前は僕とのバトルを避けたくせに、今度はバトルしろ、ときた。
彼女の言う『準備』ができたのだろうか。
《残ったセレクターは少ない。そろそろここらでとっておいた楽しみを味わおうかと思ってね。水嶋清衣、穂村すず子、小湊るう子。思った通り、美味しそうなのがたくさんいるじゃないか。もちろんお前もな、伊吹肇》
「お前……っ」
それが『準備』だったっていうのか? 強いセレクターがキーカードを集め、より強くなったこの時を待っていたと?
だがあいにく、僕はキーカードを持っていない。それを知ってしまえば、カーニバルは再び行方をくらます。
僕は歯を食いしばりながらも、彼女が言う時間と場所を聞くだけに留めた。
時間は今すぐ。場所はすず子と森川が戦った因縁の場所。
《待ってるよ》
僕はすぐさま行動に移った。このあとの授業なんてどうでもいい。
急いで駆け出し、校門を抜ける。ここからあの公園までは、そう遠くはない。
たどり着くと、遊具よりすぐに目につくものがあった。
ここでは場違いな高級そうなスーツ。余裕ぶった面。知り合いの中では面を合わせたことは少ないのに、やたらと印象に残っている。
カーニバルは、言った通りにそこにいた。
「追ってくると思ったよ。お前の性格なら、俺を放っておけるはずがないからな」
罠だなんてことは僕が一番わかっている。
だがこれは逆にチャンスでもある。長らく行方をくらませ、探しても探せなかったやつと対峙できる瞬間は滅多にない。
「さあどうする? どうすべきかは、もう決まってるだろ?」
「ここで終わらせてやる」
「そう、お前はそう言うしかないんだ。ここで俺を逃がせば、さらに被害は拡大するんだからな。だが、俺を止められるほどの実力が、いまのお前にあるかな」
奴の言う通り、僕は完全に不利だ。
前回を通して、リィンのコイン技はあっちもわかってる。その性質上、コイン技は役に立たないと考えていいだろう。それに加えてキーカードもない。
だけどカーニバルを逃せば、残っている誰かが消滅してしまう危機に陥るかもしれない。
負ける可能性が高くとも、ここで退くことはできない。
僕はカードを掲げることで答える。カーニバルもまた、無言でカードを前に出した。
「オープン!」
戦いの場へと移った僕らは相手を睨み合う。
カーニバルは強い。あの御影をも倒した相手だ。一切の油断が許されない。
まずは現状を確認。やつのコインは四枚。
今回のセレクターバトルは、全員がコイン三枚の状態からスタートしているから、御影に勝ってプラス一枚。もちろん、その他の増減がないことが前提だが。
「俺の先攻。グズ子をグロウ。ターンエンド」
レイラと同じく、自分自身が矢面に立って戦うのかと思ったが……
しかも、グズ子をルリグに? せっかくコイン技で僕よりも優位に立てるこの状況で、盤面に影響しない技を持つグズ子を選ぶなんて、何かがおかしい。
様子見? いや、それならカーニバルのほうが、余計に適任だろう。
ターンを進めるにつれて、違和感は強くなっていく。
つかみどころのない表情は里見のころから変わらないが、彼とは違って熱を感じない。
まるで、このバトルの勝敗なんてどうでもいいように……
嫌なものを感じながらも、僕は手を緩めない。こいつが何を考えているかわからないなんて、いまに始まったことじゃない。
すると、カーニバルはにやりと笑って、キーカードを手にした。
「アンロック、コインベット」
さて、何が来る?
「みんなの妹、あーやだよ! って何回こいつのサポートすりゃいいんだよ!」
現れたのは、なんとも可愛らしい外見の魔法使いの幼女。
「ホログラフ!」
あーやがステッキを振り回すと、グズ子の周りで小さく煙が弾け、そこから手品のようにグズ子そっくりの何者かが現れた。しかも合計で五人。
『ホログラフ』。つまり、偽のルリグを生み出す能力か。
初見の力に、僕は面食らってしまう。対策を練る暇も与えてもらえず、全員がロケットのように飛び交い、向かってくる。
縦横無尽に飛び回るグズ子たちのうち、本物はたった一体。
どれだ。どれが本体だ?
「リィン、後ろだ!」
不意をつくようにこそこそと背後を取ったのが本物に違いない。
リィンは振り向きざまに掌に魔法陣を展開させ、防御の姿勢をとる。
「残念、はずれ」
本体はそれではなかった。
ざくり。
横から現れた本物のグズ子の鎌先がリィンに突き刺さる。
僕がカーニバルの意図に気づいたのは、その瞬間だった。
激痛が走る。吐き気がこみ上げ、血の気が引いた。
「ぐっ……う……」
その場で膝をついてしまう。
盤上では、リィンが同じ姿勢をとりつつも、こちらを見て驚愕していた。
彼女が脇腹を抑えるのを見て、僕も完全に理解する。
『ダイレクト』だ。
ルリグのダメージをセレクターにも与える、グズ子のコイン技。
以前にも食らったことがある。その時はこんな深い攻撃ではなかった。
「おっと、ルリグは傷ついても死なないとはいえ、人間にこれはきつかったかな」
「カー……ニバルっ」
脂汗が浮いてくるのがわかる。
これはフィクションじゃない。僕は映画に出てくるようなマッチョみたいに鍛えてもない。
深々と刃物を突き刺されれば、こうやって痛みに耐えながら歯を食いしばることしかできない。
「いいねえ、その顔! 紅とのバトルでは見せなかった顔じゃないか! 混乱と苦痛、絶望。これこそが俺が求めていたものだ!」
「肇!」
リィンはすでに立って、見つめてくる。
この痛みは実際に受けたわけじゃない。そう考えるといくらか楽になった気がする。
腹を圧迫しながら、テーブルを支えに立ち上がる。
僕のターンが回ってくるとすぐ、コインカードを叩きつけた。
「コインベット!」
「『リターン』」
ぐらり、と空間が歪む。
時計盤の針が逆回転し、手札も場も巻き戻される。受けた傷さえ何事もなかったかのように痛みがなくなる。実際、何事もなくなったのだ。
リィンの『リターン』は、すべてを一ターン前の状態に戻すコイン技。僕はこれによって、相手の先を読むことができる。
問題は……
「へえ、コイン技を使ったか。なら、俺が何をしようとしてるのかわかってるってわけだ」
カーニバルにこれは通用しないということ。
彼女のセレクターであった里見も見抜いてみせていた。
『リターン』を使った影響で、唯一変わったこと――コインが減ったことをめざとく注意していたからだ。
「どうする?」
「守りに重点をおいて、ここは凌ぐ」
カーニバルが『ダイレクト』で僕を傷つけるのが狙いなら、そこを防げばいい。
守るタイミングさえ合えば、先ほどの連携攻撃もなんとかなるだろう。
だがその考えはカーニバル相手には甘すぎたということを思い知らされることになる。
「アンロック」
カーニバルがキーカードを出す。
よし、ここで『ホログラフ』がきても、ガードをしっかりすれば……
「あら、伊吹さん、数日ぶりですわね」
「な……」
カーニバルが出したのはナナシだ。
御影がカーニバルに負けたから、ナナシが奪われていたのは知っていた。知っていたはずだが、あーやの存在や『ダイレクト』の印象が強くて薄れていた。
敵は自分自身というものをよくわかっていた。『リターン』する前に、自分が何のキーカードを出したのか推測して、違うのを出してきたのだ。
読んでいたつもりが、それすらも読まれていた。
僕が混乱しているなか、ぼふんという音がして視界が狭まる。
ナナシの『ブラインド』だ。黒い煙によって相手の姿が紛れ、何をしているかを隠す。
見えるがゆえに翻弄される『ホログラフ』とはある意味対極的な能力。
相手が相手だ。この状況は非常にまずい。
その闇に隠れていたグズ子が、いつの間にか目の前まで迫ってきていた。
「ごめんなさーい!」
「しまっ……」
背中が大きく抉られ、さらに心臓の位置を突き刺される。
それだけでは終わらず、顔を思いきりぶん殴られた。もちろんダメージが僕の方にも響き、よろめく。
グズ子は足を払い、倒れたリィンへ三回鎌を薙ぎ払った。
喉が締まり悲鳴が止められ、身が裂ける苦痛を味わいながら僕も倒れる。
「はじ、め……」
リィンが僕と同じようにうずくまりながら、安否を確認してくる。
共有しているのは痛みだけ。傷はない。それなのに、内臓が裂かれ、血が体内に溜まっていく感じがする。斬られた箇所は熱く、しかし身体全体は冷たくなっていくような気がする。
馬鹿野郎。ただの錯覚だ。実際にはなんの損害もない。
自分に言い聞かせても、痛覚は悲鳴を上げて身体が動くのを拒む。
昼に食ったものがこみあげてくるのを抑え、額に浮かんだ脂汗を拭う。深い呼吸と浅いのを繰り返して、正常を保とうとする。
「やりすぎたか。面白すぎると加減が効かなくなっちまう」
カーニバルを睨んでやろうと思ったが、焦点が合わない。近くのリィンでさえ、ぼやけて見える。
自分で首を刺したときもこんな感じだった。
急速に熱が奪われ、足元から溶けていってしまいそうに動かず、感覚がなくなっていく。痛みだけが生きている証拠になる。
「立って、肇。お願いだから、立って。立ってよ……」
「あれえ? まさかのKO負けかい?」
「肇……」
僕はこんなところで倒れるのか。その程度だったのか。
いや、倒れてもいい。その程度でもいい。
だけどカーニバルを逃がすことだけは絶対にダメだ。
あいつはコインを使いまくった。ナナシを出すのに一枚、コイン技で二枚。
さっきはなぜ気づかなかったんだろう。
カーニバルは僕をこんなにするために、わざわざ手を浪費した。盤面や手札、エナのうえで有利なのは僕のほうだ。
これは勝てる勝負。そして勝てばカーニバルのコインは残り一枚。
奴にどんな計画があろうと、ここで追い詰められているのは奴だ。
だから立て。立ってくれ。動けよ、僕の身体。
そう念じると、勢いよくとはいかないが、机にもたれかかりつつもようやく膝を立てるまでになった。
「僕の、ターン」
場を一瞥して、やはりと思った。
カーニバルは僕の攻撃に対抗できる手札もエナもない。
僕は次のターンを考えずに防御を捨て、その分を攻撃に回す。
「これで終わりだ」
リィンが手から炎を放つ。
これが通ればカーニバルの負け。だというのに、にやりと笑った顔のままを崩さない。
結局、炎はグズ子をあっさりと包み込み、トドメのダメージを食らわせた。
負けて足場が崩れたのはカーニバルのはずなのに、現実に戻れば膝をついているのは僕の方だった。
与えられた痛みが、バトルが終わっても続いている。
今回のバトルの特徴か、カーニバルが特別だからか、それとも僕が痛みを強く知覚してしまったからか。
「おおっと、負けちゃった」
余裕の笑みを浮かべて、カーニバルは僕を見下ろす。
「けど、そんな身体じゃ、立てもしないか」
無理やり立とうとして、逆に地面に伏してしまう。
悔しいけど、カーニバルの言う通りだ。響いてくる痛みに耐えることができず、噛み殺した悲鳴が喉の奥から漏れる。
「く……そっ。もう一度バトルしろっ」
「お前が立てばな」
踵を返し去っていくカーニバル。
僕はただそれを、倒れたまま見ているだけしかできなかった。
ずりずりと身体をよじり、追いかけようとするも、当然追いつけはしない。
まんまと罠にかかってしまった自分を憎む。
僕が動けなければ、また誰かが犠牲になってしまう。それだけは嫌だ。絶対に避けなければいけない。
激痛に構わず腕を伸ばす。待て、カーニバルと誰にも聞こえない声を叫ぶ。
僕の意識はそこで途絶えた。