Lostorage restrained WIXOSS【完結】   作:ジマリス

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親友/溢流と対立

 ピロピロピロ。

 何かが鳴ってる。

 その音が、僕の沈んでいた意識を浮上させた。

 ぱっと起き上がろうとしたが、襲いかかる全身の痛みがそれを妨げる。

 

「いっ……つ……」

 

 痛む身体を押さえつつ、あたりを見回す。 

 屋内だ。どこかの家の誰かの部屋。僕はベッドに寝かされていて、周りには勉強机や椅子、本棚。

 全身が熱を帯びているものの、出血どころか傷もついていないようだ。身体を支えようとする腕や足も動かすたびに激痛が走るのは最悪だが。

 起きた音か声を聞きつけたのか、扉が勢いよく開く。

 

「肇!」

「奏太……ここは?」

 

 青ざめた顔で息の荒い親友へ問う。

 

「俺の部屋だよ。お前道端で倒れてたんだぞ。何してたんだ?」

 

 そうか、と思い出す。何度も訪れたここを、初めてのように感じるなんて、まだ頭が回っていない。

 

「いま何時だ? 僕はどれくらい寝てた?」

 

 質問を質問で返す。しかも相手の質問とは全く関係のないことを訊くのはマナー違反を通り越しているが、僕だって訳がわからなくって、頭がぐちゃぐちゃなのだ。

 ただ一つはっきりしているのは、ここで休んでいる場合じゃないってこと。

 

「ここに運んでから、まだ二時間」

 

 だから制服なのか。

 部屋の壁につけられている時計を見ると、ちょうど放課後の時間を過ぎたところだった。

 午後の教室に僕がいないことを変に思って、授業を抜け出して探してくれたんだろう。

 そして倒れている僕を見つけて、とりあえず運んでくれたということか。

 そこではっと思い出した。

 僕はカーニバルに勝った……けれどルリグの能力で痛手を負わされ、意識を失ったんだ。

 

「行かないと」

「行くってどこに」

 

 鈍い痛みに耐えて立ち上がろうとした僕を、奏太は制しようとする。

 僕はその手を払って、机に置いてあるブレザーを羽織る。この動作でさえ、一仕事だった。

 バトルで受けた痛みは、バトルが終わっても続いている。グズ子はいま僕の元にあるが、カーニバルだってその技を使えるはず。

 すず子、水嶋さん、小湊さん。もし誰かがその攻撃を受ければ……あまつさえ負けるほどのダメージを受けてしまえばどうなるか、考えたくもないが無視できない。

 

「危険な奴がいるんだ。止めないと」

「誰のことを言ってるのか知らんけど、そんなに危ない奴なら警察とかに任せろよ」

「警察じゃどうしようもない。止められるのは僕だけだ」

 

 奏太は、その場を動こうとする僕の前に立って邪魔をする。いらついて彼の身体を押すが、頑なにどこうとはしない。

 

「おい落ち着け。滅茶苦茶なこと言ってるって分かってるか?」

「落ち着いてる。そのうえで言ってるんだ」

「何かしてる場合じゃないだろ」

 

 彼は僕の顔を指差す。

 

「倒れてたんだぞ。何があったのかは知らんけど、気絶するほどのショックを受けたんだろ」

「傷はない」

「そんな顔して、説得力があると思ってんのか? 一線を越えるかもって心配したんだぞ」

「越えてない」

「ああ、まだな。だけどもし越えてしまったら、もう二度と戻ってこれなくなる。一線の意味をわかってるのか?」

 

 大げさだ、とは言えなかった。

 殴られ、鎌を刺された瞬間のことは、まだ鮮明に残り、身体に刻まれている。

 リィンと繋がっていたのは痛覚だけといえども、その痛みは本物だ。

 あの後まだバトルが続いていたら、僕は死んでしまっていたかもしれない。

 そう、死ぬのだ。

 お互いにわかっているが、あまりにも恐ろしくて直接的に言葉に出せない。

 言ってしまえば、本当に現実のものになってしまいそうで。

 

「なぁ肇、何をやってるんだ」

「必要なことをしてる」

「それがどういうふうに聞こえると思う?」

 

 奏太の声に熱がこもり、大きくなっていく。

 

「なんとなくやばいことに巻き込まれて、相手がやばい奴だってのもわかる。それをどうにかするのが大事だってのも。だけどこんなになってるお前が言う『必要なこと』がどんな意味に聞こえると思う?」

「どう聞こえようと、やらなきゃいけないことなんだ」

 

 彼の横を通り過ぎようとしても、やはり邪魔してくる。

 こうしている間にも、カーニバルの策略に嵌っている人がいるかもしれないと思うと、気が気でなかった。

 いらつきをなんとか抑えて、息を整える。奏太も同じようにして僕をなだめようとする。

 

「わかった。なら話さなくていい。手伝えることはやるから、頼むから休んでくれ」

「君には出来ない。出来たとしても、巻き込めない」

 

 つい最近、セレクターでないはずの橋本さんだってひどい目に遭った。もしもあれが奏太だったら、と思うと悪寒が止まらない。

 一歩間違えれば、あそこで倒れていたのは彼かもしれない。

 僕の一番の親友を、こんな戦いに巻き込むわけにはいかないのだ。 

 

「親友だろ? 困ったときくらい頼ってくれよ」

「親友だから頼めないんだ。関わったらどうなるか……」

 

 ピロピロピロ。

 またしても何か音が鳴った。着信音だ。ブレザーのポケットが震えている。そこからスマートフォンを取り出すと、画面には『水嶋さん』と書かれている。奏太の許可もとらずに、僕は電話に出た。

 

「もしもし」

《伊吹くん、何度も電話したんだけど》

 

 少し息せき切っている水嶋さんの声だ。後ろでは、御影ともう一人誰かの声も聞こえる。

 僕は彼女に合わせて、なんでもないふうを装った。

 

「ごめん。ちょっとばたばたしてて。それでどうした?」

 

 何度も、ということは緊急の案件だろう。

 僕は自分が傷ついて倒れたことを伏せて、先を促した。

 

《すず子が小湊さんとバトルしてしまうかもしれないの。探すのを協力して》

「わかった」

 

 早速だ。

 僕が倒れたのを好機とみて、カーニバルが仕掛けてきたか。それとも、元々これ狙いで僕と戦ったか。

 なんにでよあの二人が潰しあうのは望ましくない。

 どういった経緯で戦うことになったのかはひとまず横に置いて、止める必要がある。

 二人に面識のある水嶋さんか僕、あるいは紅林さんを知る御影が話せば、なんとかなるだろう。

 

「まだ話は終わってない」

 

 急がなきゃいけないのに、奏太はまだ立ちふさがる。こうなった奏太は頑固だ。納得するまで通してはくれないだろう。

 僕はため息をついて、数舜考えた。

 

「ウィクロスだ」

「ウィクロス?」

 

 突然何を言い出すんだ、という顔をして、奏太が眉をひそめる。

 

「都市伝説を聞いたことがあるだろう」

「願いを賭けたバトルのことか? それが?」

「それに巻き込まれてる」

「つまりお前は、ファンタジーみたいなお話を信じろって言うんだな」

「そうだ」

 

 端的に言ったが、それが真実だ。

 たとえそれがどれだけ信じがたいことでも、 僕にとっては現実。

 奏太は十秒ほど唸って、口を開けた。

 

「急に、穂村と喋らなくなったのも、それが原因?」

「ああ」

 

 妙に納得したような落ち着きを見せて、奏太はため息をつく。

 

「信じるのか?」

「ウィクロスを始めてからやめるまで、お前はずっとおかしかった。辻褄は合う……のかもな」

 

 前のセレクターバトル期間、僕はずっと苦悩と苦痛の中にいた。

 ずっと付き合いのある奏太は、すでにそのとき異変に気付いていた。

 おかしいことが起きていることは、なんとなく察知していたのだ。だから、この話もすんなり受け入れたのかもしれない。

 

「それに、お前は嘘をつく奴じゃない」

 

 彼は苦々しく、小さい声でそう呟く。

 

「他のセレクターに任せちゃいけないのか」

「その、他のセレクターが危険な目に遭ってるんだ。どこでバトルが行われているか、探すためにも人手がいる。手遅れになったらすず子が……」

「穂村か?」

 

 奏太の苦い表情が、顔全体にいきわたる。

 

「仲違いかなんかした女のために、お前が傷つきにいくってのか? 正直、俺は穂村のことはほとんど知らない。お前と穂村の間に何があったのかもな。だけど俺にとって重要なのは、親友であるお前だけだ」

「そんな単純じゃないんだ」

「じゃあ簡単にしてやるよ。俺を友達だと思ってくれてるなら行くな。心配してるのわかってるだろ。お前が行きたいって言うなら、今ここで絶交してやる」

 

 突きつけられた選択に、僕は詰まってしまう。

 彼が絶交したいわけではないことくらいは、もちろんわかっている。僕を止めるための脅しだ。

 

「僕は……君のことを、一番の親友だと思ってる」

 

 苦し紛れに、答えにならない答えしか出せなかった。

 

「けど、行かないといけないんだ」

 

 すず子は……僕を嫌ってる。僕が一方的に悪いんだから、それは仕方がない。

 けどもそれは、彼女を放っておく理由にはならない。

 それだけ言っても、彼は僕の腕を掴んで通そうとはしない。

 

「お前はいつもいつもそうだ。他人の犠牲になることは簡単にするくせに、他人に助けを求めなくていつも一人でやる。俺だってお前に助けられたことは何度もある。だからお前の助けになりたいのに……っ」

 

 奏太の声に嗚咽が混じる。震えて、熱がこもっている。

 

「いい加減無理なことは無理って言えよ。一人じゃできないって言ってくれよ。一人で何もかも背負うのはやめにして、頼ってくれよ……頼むから……っ」

 

 奏太は膝から崩れ落ちた。涙すら流して、僕に訴える。

 こんな彼の姿を見たのは初めてだ。

 いつも飄々としているからこそ、こんな時にどれだけ本気かがわかる。

 だけど僕は……

 

「やめる気はない」

 

 もう誰かが何かを失う瞬間を見るのはたくさんだ。それを避けられるなら、代わりに僕が失う。

 今までもそれを繰り返してきて、上手くいったはずだ。だから今回も同じ方法でいく。それだけのことだ。

 僕が何を失っても、それ以上に救われる人がいるなら、それでいい。それでいい……はずなんだ。

 奏太には、もう邪魔をする気力はないように見えた。彼の横をすり抜けて、僕は扉をくぐる。

 一つ、また大切なものを自分から手放した。

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