Lostorage restrained WIXOSS【完結】 作:ジマリス
すず子と小湊さんの両方に電話をかけても、どちらも出ない。
すでに戦っているのだとしたら、どう止めようか。
僕が考えつくのは一つ。水嶋さんと蒼井晶の時のようにバトルフィールドに入り、二人に説明を……いや、それじゃバトルそのものは止められない。
焦る気持ちと痛覚が訴えてくるせいで、頭が回らない。
どうすれば……どうすれば……
「伊吹さん!」
御影の声だ。
声のするほうを向くと、水嶋さん、植村さんも一緒に眼下にいる。
そこでようやく、自分が歩道橋の上にいることがわかった。
焦っていたのと気持ち悪さで、自分の居場所さえ知覚できていなかったのか。すず子と小湊さんとすれ違っても、わかっていなかったかもしれない。
三人はすぐさま僕のもとに駆け寄ってくる。
「伊吹さん、大丈夫ですか? なんだか、顔色が悪いような……」
「生まれつきだよ。それより、二人は?」
全員頭を振る。まあ、いままさに探しているところなのだから当然なのだが。
「二人がバトルするってことはどうやって知ったんだ?」
「……カーニバルです」
全身がこわばる。
まさか、今日のうちにカーニバルがこんなに動いてくるなんて……
知らせてきたのは、水嶋さんたちを絶望に堕とすためか。せっかくの仲間が戦い合うさまを見せつけるためか。
「早く見つけないと」
「だけど場所がわからないと……」
「あ、あそこです!」
植村さんが人差し指を伸ばす。
ここから見える公園。そこへ至る道の途中に、知っている制服を着た少女が立っている。
それだけじゃない。もう一人、植村さんと同じ制服の少女もいる。
すず子と小湊さんだ。
離れている……が、その様子からもうバトルの最中であることは明白だった。
「行こう」
「行ってもどうにもならないわ。見たところバトルはもう始まっているようだし……」
「でもこのままにしておくわけにも……」
もし、あの二人が全力で戦って、コインをすべて失うほどに使ってしまったら……
手すりをぐっと掴む。
しかし僕たちがセレクターである以上、バトルが始まってしまったら止められる術はない。
「私に任せてください」
そんな中、御影がスマホを操作し始めた。
十秒ほどだろうか、素早いフリック操作を眺めるしかなかったが、御影は満足げに顔を上げた。
「安心。これで大丈夫なはずです」
そう言って、彼女は先導を切る。
先ほどよりかはスピードを緩め、しかし走りながら現場に近づくにつれ、なにやら人がまばらに集まってきたように感じる。
「ドラマの撮影をしているという情報を流しました。最近流行りの俳優の名前も一緒に載せて」
なるほど、と僕は頷いた。
これならセレクターバトルを知らない一般人が多く行きかうことになる。そのうちの一人でも、決着がつくよりも先に近づいてくれればいい。
僕には思い浮かぶことのなかった方法。思いついたとしてもこうはならなかっただろう。界隈で有名な御影が呟いたからこそ、この状況が出来上がったのだ。
駆け寄りながら、顔も名前も知らない誰かに念じる。頼む、どうかあの二人を止めてくれ。
その願いが届いたかどうか、すず子と小湊さんはぱっと目を覚まして、あたりをきょろきょろと見回し始めた。
「あれ、え?」
「どうして……」
その様子を見ると、どうやらバトルは中断されたようだ。
彼女らは僕たちの姿を認めて、さらに困惑した顔を深める。
「伊吹くん……あれ、一衣も?」
「清衣ちゃん……はんなちゃん?」
疑問符を浮かべる二人に、僕たちはとりあえず安堵のため息を漏らした。
△
誤解も解けて、僕たちは腰を落ち着けるためにファミレスに入った。
ちらりと対面に座るすず子を見ると、彼女はふいと目を逸らした。
先ほどはまったく気づかなかったが、僕の知らないうちに、植村さんと御影が知り合いになっていたようだ。そこから水嶋さんと繋がり……今に至る。
「それで、これで全員かしら」
「僕の知る以上は」
僕に、水嶋さん、すず子、御影、植村さん、小湊さん。さらに机にはリィン、ピルルク、リル、メル、紅林さんが並んでいる。
僕の持つグズ子と水嶋さんのミルルンは話についていけないだろうし、リメンバは場をかき乱しそうなのでしまっている。
そしてもう一人、僕の持つルリグを出した瞬間、御影が目を見開いた。
「ナナシちゃん!?」
「またお会いできるとは思いませんでしたわ、はんな様」
すず子と水嶋さんも息を呑む。
「あなた、カーニバルと戦ったのね」
ここまで見せておいて、隠せはしない。僕は頷いた。
驚きのほうが勝ったようで、みんなは僕を責めようとはしなかった。
「伊吹さんったら、とても勇ましかったんですのよ。まさかあの攻撃を受けて立っていられるなんて……」
「僕は勝った。だけど、カーニバルはまだルリグを持っているし、本人自体もルリグとして戦える。依然として危険は去ってない」
ナナシが余計なことを言う前に遮る。
「やっぱり強いんだね、伊吹さん。レイラにも勝ったし」
「うん、伊吹さんがいれば、心強いよ」
「キーカードも手に入れたし、次にまたかかってきても伊吹さんが相手すれば……」
盛り上がりかけた植村さん、小湊さんの勢いが弱まっていく。
その視線は、机の上で拳を固める水嶋さんに注がれていた。
「清衣ちゃん?」
すず子の言葉で、水嶋さんははっと我に返る。息を吐いて、一度目の前のコーヒーを飲んだ。
「私は反対」
彼女の目はまっすぐ僕を射抜く。
「みんな伊吹くんに頼って、助けられてきた。でも、だからこそこれ以上危険な目には遭ってほしくないの」
「僕は大丈夫」
「今はまだ、ね」
橋本さんのことをまだ引きずっているのか。奏太と同じようなことを言う彼女の目は、奏太と同じくらい真剣だ。
「同意。ここまでセレクターが集まって協力できるのも、伊吹さんの力があってこそです。ここは一度落ち着く時間が必要かと思います」
昨日の橋本さんや水嶋さんの言葉、昼の御影との会話を受けて、僕の心は揺らぎつつある。
確かに、少しだけ一線を退くことをしてもいいのかもしれない。水嶋さんも小湊さんもとても強い。この非情な状況においても任せられるくらいには。
僕はすず子を一瞥した。
「ま、できるだけ善処するよ」
「嫌な言い方ね」
「同感。絶対に無茶しますね」
本当は激痛の中走り回って、今にも倒れそうだということを告げたら烈火のごとく怒りそうだ。
さて、と僕は考える。
これだけセレクターが揃ったんだ。思考材料は多い。
僕がよく知ってるのは記憶を賭けた方のセレクターバトル。それに今回はそれがベースになっている。
それも絡めて考えた方がいいだろう。
御影はんなに、森川千夏。
記憶の操作を望む者はいた。知り合ったセレクターの割合でいっても少なくはない。
セレクターバトルは、理不尽なだけの性悪バトルだと思っていたが、報酬を強く望む者も少なからずいる。
バトルが始まって、勝利の報酬を望みだしたんじゃない。それを望んでいるから、バトルが始まったんだとしたら?
人間の欲望が積もった結果出来上がったのが、セレクターバトルだとしたら?
なら、今回のバトルも誰かが望んだ? 終わらないバトルを続けさせて、誰が最強かを決めさせるようなルールを、誰かが望んだ?
もちろん、ここまではすべて憶測だ。しかし、これが合っているとしたら……
僕はちらりと水嶋さんとすず子を見る。
すず子は、森川の記憶が無くなったことを悲しんでいた。
それでも納得せざるを得なかったのだ。取り戻す手段がないのだから。前を向いて生きるしかないと心に決めた。
そのはずが、彼女は心の奥底で、願ってしまったのかもしれない。
もう一度セレクターバトルが始まって、それに勝てたら森川の記憶を取り戻せる。そんなルールなら……
水嶋さんはセレクターバトルの真実を求めている。
しかしそれには当然、セレクターバトルが始まらないと意味がない。
セレクターバトルそのものを望む者、カーニバルとレイラ。
記憶を取り戻したいと願う者、すず子と水嶋さん。
バトルを加速させるために、巻き込まれるようにして参加させられた周りの人間。
それと、『鍵穴』とやらを求める夢限。
それらの思いがミックスされてバトルが始まったのなら、このルールも辻褄が合うような気がする。
……悪い妄想だ。
自分で気づいたから、それが正解だと思ってしまっているだけだ。
「伊吹くん?」
「何でもない」
水嶋さんが顔を覗き込んできた。僕は頭を振った。
合っているにせよ違うにせよ、混乱させるようなことを言うわけにはいかない。
△
みんなと別れ、僕は歯を食いしばりながら帰路についていた。
こんなふうに、重い身体を引きずるようにして帰ったことが前にもあったな。
あの時は精神的に参っていたが、今回は身体的に限界を迎えている。
隠し通せたのは奇跡と言ってもいいだろう。テーブルの下であらんかぎりに膝を掴んでいなければ、ばれていたかもしれない。その安心感からか、感覚が鋭く感じられる。
殴り蹴りされたところもだが、刺された部分が一番痛い。特に、背中と左胸がひどく響いてくる。嫌な汗がじっとりと不快な気分を増させた。
一歩一歩が短く、重い。家に戻るころには、すっかり暗くなってしまっていた。
日を越えしまって、すでに家の電気も消えている。母さんはとっくに眠っているはずだ。
音を立てずにキッチンに向かい、棚からコップを取る。
ゼリーとかヨーグルトとか、何か負担の少ない食えそうなものはないかと冷蔵庫を開ける。一人分の食事がラップされていた。腹は減っているが、それを食えるほど食欲はない。
コップに水を入れ、飲み干す。それだけでもしんどかった。
しばらく動けず、小さくうめきながらシンクとにらめっこしていると、急に明るくなった。
反射的に振り向くと、そこにいた母さんと目が合った。
自分の家なのに、不法侵入が見つかったかのようにぞくりと背筋が凍る。
「どこ行ってたの」
ひどく疲れた顔で、しかも目を腫らしている。その姿は歳相応よりもだいぶ老けて見えた。
「連絡を受けてすぐに向かったのに肇がいないって言われて、やっと連絡が来たのが夜遅く。奏太くんも心配してたわ」
どうやら、奏太が母さんにことのいきさつを話したらしい。ウィクロスのことは信じられないだろうから伏せているだろう。
『今日は遅くなる。ご飯はいらない。もしも作ってたら、明日食べる』と連絡していたが、それを送信したのは20時頃。
それまでは何があったかと心配していたのだろう。
「ごめん、なさい」
「謝ってほしいわけじゃないの。何をしてたのか聞きたいだけ」
奇妙なことに、語気は荒いが母さんの顔には怒りが見えなかった。
「自分勝手に生きてきたツケが回ってきただけだよ」
答えにはなっていないけど、逆に明確な返しでもある。僕のことなんか気にすることなんてない。
「あなたが悪かったことなんて、ないでしょ?」
「悪いことだらけだよ。僕のせいで全部、全部が台無しになった」
母さんは目を見開いて言葉を詰まらせた。
驚愕と絶望、罪悪感を行き来している目を見てしまう。
五年ほど前の時と同じ顔。二度とさせたくなかったはずの顔だ。
「もしも離婚のことを言ってるなら、それは……」
「母さんは悪くない」
僕は即答する。
母さんが死ぬほど落ち込んでいた時、あるいは何かの拍子で思い出した時、僕はその言葉を言い続けた。
何度思い返しても、どの角度から見ても、母に原因はない。
「そう、肇はずっとそう言ってくれた。その言葉に、私は甘えてたの。肇はもう気にしてないって」
母さんは僕の肩に優しく手を置いた。
「けど違ったのよね? 肇は私を責めずに、自分を責めてる」
「少なくとも家族三人のうち二人が、僕が悪いと思ってる」
「あの時言った言葉は血迷って出た間違いだって……」
「そう、だから二人」
「悪いのはあなたじゃないって言ったじゃない」
「わかってる。浮気したのは父さんが悪い。けど原因の一端は僕にもある」
『肇に構うのに疲れた』。父だった男が言った。家族のためだけでなく、自分の時間が欲しいのだと。
そして母さんは僕を殴りつけて、『あんたなんか生まれてこなければよかったのに』と言った。
たとえ言った本人が、間違いだと否定したとしても、僕の耳にはその言葉がこびりついている。
奏太もそのことを聞いたとき、『気にするな』と言った。僕も馬鹿らしいと思えるように努力してきた。だけど無理だ。
僕に対する言葉だから、親の言葉だから、傷ついたから。
それ以上に……
「そうだって、自分で認めてしまったんだ」
今まで何度も考えた。
でも、一度こびりついてしまった思いは消せず、いつまでも底に巣食っている。
僕は罰を受けなければならない。
自分を傷つけて、他人を救おうとすることでなんとか自我を保てていた。
僕にはそうすることしかできないから。
「あなたが平気な顔をして、平気だって言って、平気に見えたから話するのをずっと避けてた。それが間違いだったのね」
「違う。違う違う。なあやめてくれ。母さん。自分を間違いだと責めるのはやめてくれ」
「私が悪くないなら、肇も悪くない。肇が自分のことを悪いと思ってるなら、それは私のせいなの。それが、親として、あなたを愛する親として負うべき責任なの」
「もう他人に責任転嫁する歳じゃないし、どんな歳でも関係でも目を逸らすべきじゃない。そうだろ?」
「他人じゃない」
母さんは僕を思いきり抱き締めた。
「心配くらいさせて」
満たされるような温かさに甘えてしまいそうになる。
だけど……
「その資格は僕にはない」
言い聞かせるように、言葉を出す。心の中で何度も反芻した言葉。
「僕は自分が悪い人間だと証明することをしたんだ。心を蹴飛ばすみたいに酷いことを言って、尊厳を踏みにじるような酷いことをして、あげくには捨てるように関係を断った。一方的にね。まるで父さんと同じようなことをしたんだ。母さんを捨てた父さんと同じことを」
母さんを納得させるための言葉、心に留めておいて受け止めた罪をいざ口に出すと、自分の情けなさに涙が出てくる。
憤慨と後悔とやるせなさが凝縮されたような液体が、つうと頬を伝う。
隠すために立ち上がって背を向けたのに、声は震えていた。
「好きだったのに……っ」
記憶を奪うのは悪いことだ。それをわかってて、してしまった。それが最善だと思っていたから。
悪と善が矛盾しているけど、僕は選んだ。選べてしまえたから。
すず子に避けられることが怖くて、自分から遠ざけた。
結局は自分が傷つきたくないだけ。
少しは強くなれたかとうぬぼれていたけれど 僕はなにも変わってない。
いろいろな感情と感覚がないまぜになって、床にへたりこむ僕を、母さんは抱きとめた。
暖かい温度を感じて、さらに涙が溢れる。
「母さん、いまの聞いただろ。僕は自分がなりたくないはずの人間になってしまったんだ。好きな人を傷つけて、大切な友達にも酷いことを言って……母さんの言葉は間違いじゃなかったよ。僕は……生まれてくるべきじゃなかった」
痛いのなんて知るか。僕は精一杯もがいて、母さんの抱擁から離れようとする。
しかし母さんは腕を離さない。僕が拒絶しようとするほど、強く強く力をこめる。
「僕にはっ、こんなことをされる資格なんて……っ」
「資格なんていらないの」
意地を張って、なおも突き返すような言葉を放つ僕を、母さんはより一層強く暖かく抱きしめた。
逃がさないように、もう二度と離さないように。
「だって私の息子だもの」
その一言が、僕から抵抗の意思を削ぎ取った。
理由が欲しかった。戦いを止めるのに、僕自身を捧げるだけの理由が。
誰もが僕を掴もうとする。僕のことを考えてくれている。
僕はそれを振りほどいて、自分がどれだけ一番に犠牲になるに値する人間かを示そうとした。周りがどう思おうとも、僕自身の命を削って。
こんなに、僕を愛してくれる人がいるのに。