Lostorage restrained WIXOSS【完結】   作:ジマリス

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無事/安心と赦罪

 奏太が母さんに話した内容はこうだ。

 

『倒れていた肇を介抱し、とりあえず家で寝かせた。起き上がったものの、全身が痛んでるように身体の動かし方がぎこちない、傷はないように見えるけど、隠してるのかも』

 

 それを聞いた母さんは、翌日僕を病院に連れて行った。

 外傷はもちろんないが、驚くことに内臓が傷ついているらしい。医者は安静にすることを強く勧め、母さんは入院の準備を進めた。

 とりあえず、三日間の入院を言い渡され、ショックを受ける。問題ないことを見せれば、早めに退院とはいかないだろうか。

 いろいろな検査をして、カウンセラーとも少し話したあと、何をするでもなく病室のベッドに座って呆けていた。

 窓から外の濃い日差しが入ってくる。いつの間にか、時間はすでに放課後を過ぎていた。

 スマホからは、誰の連絡もない。何もなければいいが……

 

「伊吹くんっ」

 

 暇を持て余していると、がらりと病室の扉が飽き、肩を大きく上下させる水嶋さんが現れた。

 

「水嶋さん? そんなに急いでどうかしたのか?」

「どうかした、はこっちの……」

 

 息切れを整えつつ、深い息を吐いて安堵の表情を浮かべる水嶋さん。

 

「すず子から聞いたの。あなたが入院してるって」

「おおげさだよ。入院ってだけで重く受け止めたパターンだな」

「本当に大丈夫?」

「大丈夫だよ。ほら、ぴんぴんしてるだろ」

 

 安静にしてるおかげか、それとも母さんと話し合ったおかげか、精神的にも落ち着いた僕の身体の痛みは引いていた。

 

「よかった。もし何かあったら、あなたがいなくなったらって思うと……」

「戦力が減る?」

「一度、その頭を変形するまで殴った方がいいのかしら」

 

 むっとした表情を向ける水嶋さんに、僕は両手を上げて降参のポーズをとった。

 

「冗談冗談。心配してくれてありがとう」

 

 立ったままの彼女を、ベッドそばの椅子へ座らせる。

 彼女はそれに従うなり、「何があったの?」と訊いてきた。逃げ場はないか、と覚悟しながら、僕は本当のことを話す。

 カーニバルと戦ったときのことをできるだけ淡白に言ったつもりだけれど、進むにつれ水嶋さんは口を尖らせた。

 

「つまり、そんな激痛を抱えたままあの場に来たわけね」

「いやだから、実際に傷を負ってるわけじゃなくて……」

「入院するほどなのに、他を優先したのね」

「それはまあ、みんなが大げさすぎるというか……」

「公園で気絶していたって聞いたけれど」

「……はい、すみません」

 

 完敗である。

 おそらく奏太から当時のことを聞いた御影かすず子が、水嶋さんにまで回したのだろう。

 奏太の家にまで担ぎ込まれたことを知られたのなら、もう弁明はできない。完全降伏である。

 どうにか水嶋さんの怒りを抑えられないかと考えていると、彼女はくすくすと笑いはじめた。

 

「いえ、私のほうこそごめんなさい。しどろもどろになるあなたが新鮮だったからつい」

「新鮮?」

「今日の伊吹くんはいつもより、なんだか、その、柔らかい感じがして……」

「まあここ最近はいろいろあったからね」

 

 本当にいろいろあった。

 前回のセレクターバトルの比じゃないくらい、今回は考えて走り回って話して、人との関係がころころと変わっている。

 そのせいか、今の僕には多少の余裕があった。

 

「訊きたかったことがある。僕がすず子の記憶を奪ったって言った時、君は意地でも僕を離さなかった。なんで?」

 

 そのせっかくの余裕をもって、怖くて訊けなかったことを訊く。

 

「なんでって、あのとき言ったと思うけど」

 

 僕が無事とわかって、いつも通りの平静さを取り戻した水嶋さんが言葉を続ける。

 

「あなたがしたことは確かに許されないことなのかもしれない。けど、それは私が伊吹くんから離れる理由にならないわ」

「それがいまいち、僕にはわからない」

「非道なことをするカーニバルに憤りを感じて、あなたにとって終わったはずのセレクターバトルなのに私に協力してくれて、ピンチの時には私もアミカのことも助けてくれた」

 

 指折り数えながら、彼女は僕がしたことを良いように言った。

 

「あなたがどれだけ自分のことを悪く言おうと、私にとっては私と親友の命の恩人で、仲間なの。そう思わせるだけのことをあなたはしてくれた。私は、その事実を信じる」

 

 僕は最初、彼女が強い人間だと思った。

 何度もセレクターバトルに巻き込まれ、なおかつ、大切な記憶のために自ら飛び込む。

 だがその裏は、失うことを恐れ、仲間を求める一人の少女だ。

 過酷な経験をして、人を信じることが難しいはずなのに、僕を信じてくれた、

 それがどれだけ光栄なことか、僕はわかっていなかった。

 だから御影も奏太も怒っていたのだ。自分が信じる人間が、ためらいなく自分を棄てる行為が許せなかったから。

 傷つけないために、巻き込まないために遠ざける僕には、たどり着けない答え。

 今なら少しわかる気がする。

 

「忘れないで。私は伊吹くんのこと信じてるし、信じてるのは私だけじゃないわ」

 

 水嶋さんはにこやかに笑った。

 そういえば、彼女のこんな笑顔を見るのは初めてのような気がする。

 ……変わったのは、僕だけじゃないようだ。

 

 

「伊吹くん、いる?」

 

 僕は飛びあがりそうになった。

 またしても一人になった僕のもとへ、決して来ないであろう人物が顔を出したからである。

 すず子が入ってきて、唖然とする僕をよそに近づいてくる。

 

「君が来るなんてね」

 

 ようやく出せた言葉は喉に詰まりそうになっていた。

 

「来ちゃだめだった?」

「だめなんて言ってないよ。ただ、来たくないもんだと思ってた」

 

 僕が彼女のことを避けるように、彼女も僕のことを避けていた。

 こうやって面と向かって話すのは久しぶりに思える。実際はそう経っていないはずなのに。

 先ほどまで水嶋さんが座っていた椅子に、すず子が腰掛ける。

 気まずい空気に沈黙が続いたが、すず子は口を開いた。

 

「ちーちゃんから……あ、えっと、千夏って子から聞いたんだけど……」

「知ってるよ。森川千夏、君の親友だろ」

「あ、うん。伊吹くんに話したことあった?」

「前にね。前の……セレクターバトルのときに。それに直接会った」

「そう……なんだ」

 

 すず子は沈みかけた気持ちをぱっと持ち直した。

 

「ちーちゃんとメルが教えてくれたの。伊吹くんが私たちのためにいろいろしてくれたこと」

「あれは……森川を挑発して、君たちを戦わせただけだ」

 

 話すな、とは確かに言ってなかったが、森川は喋ったらしい。もともと彼女に僕のことを話したのが原因だから、呪うなら自分の口だ。

 

「リルから、伊吹くんが私を支えてくれたことも聞いたよ」

「僕が何をしなくても、君はきっと立ち直ってた。君は強い人だから」

「はんなちゃんと清衣ちゃんとも話をしたんだけど、聞けば聞くほど伊吹くんのことがわからなくなってくるの。人の記憶を奪うほど、酷い人には思えなくて……」

 

 みんなはどうやら、僕のことを認めてくれているらしい。その中にすず子も含まれていることに、僕は驚いた。

 

「頑張ってくれてたのに、私は伊吹くんを避けてた。伊吹くんの友達にも怒られちゃった。相葉くん……だっけ?」

「あいつ……余計なことを」

 

 僕がいれば止められただろうに、奏太はすず子に詰め寄ったみたいだ。

 絶交と言った割には、僕のために怒るなんて。どこまで言ったんだろうか。

 あいつにはそれとなく、すず子が悪くないことを説明しておこう。その機会があれば、だけど。

 

「伊吹くん、私のこと嫌い?」

「そんなことないよ。ないない」

 

 いろいろとやっておきながら、説得力のない言葉だけど、即答した。

 

「だったらなんで……私の記憶をなくしたの?」

 

 どう言おうか、と悩む。前の記憶がない彼女に、どう説明したものか。

 

「先に言っておくけど、ごまかしとか難しい言葉とか……嘘はなしだからね」

「『オーネスト』使えないんだから、嘘かどうかなんてわからないだろ」

「うん、わからないよ。だから、正直に話してほしいの」

 

 ここはバトルフィールドじゃない。現実だ。

 だから、相手の言葉も行動も、本当か嘘か、何を思ってのことかわからない。

 僕たちはずっとそんな世界で生きている。真実と虚構が入り混じる世界で、相手を信じたくて、信じてほしくて、何度裏切られても手を伸ばす。

 僕は、いままで手を掴むこともせず、伸ばすこともしなかった。助けが欲しいくせに、一人で戦った。

 中途半端な心は、結局みんなを傷つけることになった。

 今はようやく、素直になれる気がする……けれど。

 

「ごめん、今は言えない」

「だめ?」

 

 縋るような上目遣いに、心が揺らぐけれど、どうにか自制する。

 

「今の君に言っても、たぶん意味がないんだ。僕と一緒にいてくれた君に言いたい。だから、ごめん」

 

 ここで本当のことを話しても、ただ同情を誘うような真似にしかならない。

 僕がすず子を突き放したその時に感じた、彼女の絶望や怒りも含めて、総合的に判断してほしいんだ。

 

「約束するよ。全部終わって、全部無事に済んだら、全部言う」

「じゃあ、早く終わらせないとだね」

 

 文句を言ってもいいのに、すず子は綺麗な顔で笑った。

 

 

 翌朝はすっきりした気分で起きることができた。

 大きなつっかかりが取れて、自分でも驚くくらいぐっすりだった。ただ、寝すぎたということはなく、いつも通り登校時刻の一時間前。

 ベッドから身体を起こし、窓の外を眺めながら大きく伸びをする。

 そこで、急に視界に飛び込んできたものに驚いた。

 レイラだ。

 ふてくされた表情のまま、彼女は歩いていた。あの方角は……駅方面か。

 誰かが彼女と戦っていないかと、気を揉んでいたところだ。こんなチャンスはめったにない。

 レイラを倒せば、彼女はキーカードとなって強制的にバトルから降ろされる。

 ここで止められれば、これ以上の被害を食い止めることができる。

 みんなが僕を心配しているところ悪いが、ここだけは譲れない。

 ベッドから身体を動かし、スリッパを履く。まだ多少痛みがあるが、動けないほどではない。

 病室を抜け出そうと扉に手をかけた瞬間、開ける前にそれが開いた。

 

「肇……」

 

 お互いに驚いていた。

 制定鞄を二つ持っている奏太がそこにいた。

 数秒唖然としたが、何が目的にしろ来てくれたことが嬉しかった。

 

「お見舞いに来てくれたのか? 絶交したはずじゃなかったっけ」

「『行かないといけない』とは言ったけど、『行きたい』とは言わなかっただろ。だから無効」

 

 いつものようなやりとりで返してくれる。その表情には、前に見せたような怒りはなかった。

 

「学校は?」

「お前が心配な状態で行ってもしょうがねえだろうよ。昨日だって何も頭に入ってこなかった。それより、お前安静にしろって言われてるんじゃないのか?」

 

 秘密の会話だとわからせるために、僕はわざとらしく声を落とす。

 

「セレクターがいた」

 

 冗談を払いのけて僕は告げる。その瞬間、奏太の顔がみるみる険しくなっていった。

 

「この前言ってた……」

「ああ」

「敵か?」

「ああ」

「嫌なタイミングで……」

 

 彼は盛大にため息をついて、壁に手をついた。

 

「お前とお前のお母さんが腹を割って話し合ったのは聞いた。だから考えたり、落ち着いたりする時間が必要だろ? 入院してるのは丁度いいと思ったのに……何もかも元通りになるってときに、何でこうも上手くいかないんだよ」

「僕が……」

「『僕がいかないと』だろ。いつもそうだ」

 

 奏太は僕を遮って、顔を指差してくる。

 

「お前がいなくなったら、俺やお前のお母さんの失うものが大きすぎる」

「その話をしてる場合じゃない。いまここにはセレクターは僕しかいなくて、あいつを逃せば被害が増える」

「話してる場合なんだよ。お前が思ってる以上に、肇を大事にしてる人間はいるんだ。お前の命はお前だけのもんじゃない」

 

 理解しているか? と言いたげに、奏太は眉を上げた。

 

「わかってる」

「もう一つ。お前が、お前だけが行かなきゃならない時なんて、そうそうない。誰かを頼って代わりに行かせればいいし、時には見て見ぬふりだってすればいい」

「理解はしてる」

「それでも行くんだな」

 

 僕は頷いた。

 

「奏太。僕は……」

 

 彼は手のひらを前に向けて、僕の言葉を遮った。

 

「お前と言い争うつもりはないし、もう止められるとも思ってねえよ。だから、さっさと終わらせてこい」

 

 そう言うと、彼は手に持っていた鞄を差し出してきた。

 

「来る前に、適当に着替え持ってきた。その恰好のままじゃ目立つだろ?」

 

 僕は頷いて、それを受け取った。

 

「ありがとう」

「いいさ。ただし、絶対に無事に戻ってこいよ」

 

 肩をぱんぱんと叩いて、奏太が去っていく。

 僕は急いで鞄を開ける。ジーンズに黒のTシャツ。いかにも、どこにでもいる男子の格好だ。靴まで入ってる。

 服を取り出すと、鞄の底に何か固いものがあるのに気付いた。

 プラスチックのケースだ。僕のデッキを入れたカードケース。

 入院した日に持っていたものは、スマホ以外は家に置かれているはずなのに……

 僕と母さんが話をしたのを、彼は知っていた。母さんから聞いたのだろう。たぶん、家で。

 その時に、僕に渡すためか没収するためか、カードを持ち出してきたに違いない。

 それをわざわざ持ってきて返してくれたということは、僕の話と……僕がすることを本当に信じてくれたということだ。

 こみ上げるものを抑え、僕はケースをポケットに仕舞った。

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