Lostorage restrained WIXOSS【完結】 作:ジマリス
「レイラ!」
すたすたと歩くレイラの後ろ姿に声をかける。
どこに逃げるでも隠れるでもない彼女のおかげで、すぐに追いつくことができた。
病院から少し離れた歩道は、中途半端な時間のためか、いま僕らとまばらに過ぎ去っていく車しかいない。
「あ? ああ、あんたか」
「僕とバトルしろ」
顔だけこっちを向くレイラは、不機嫌な様子はそのままに、舌打ちした。
「あんた、万全じゃないんだろ。ぼろぼろだって聞いたけど」
「それが関係あるか?」
「あるよ。全力の相手じゃないとつまらないしね」
今の僕には興味がないということか。
彼女は『あっちにいけ』もしくは『じゃあな』とばかりに手をひらひらとさせた。
「それじゃ、あたしは別のやつに用があるから」
「強い奴と戦わせてやる」
レイラの動きが止まった。さっきとは打って変わって、身体ごとこっちを向く。
「は?」
「カーニバルってやつと」
「あんた、やつを知ってるのか?」
どうやらレイラも知っているようだ。なら話が早い。
「僕と戦えば、勝ち負けに関わらずカーニバルと戦わせてやる」
「その話をあたしが聞くとでも?」
「聞くさ」
いま止まって僕の話を聞いてるのがなによりの証拠。
バトルを何よりも好む彼女にとって、この申し出は断れないはずだ。
セレクターが減りつつあるなか、バトルのチャンスをみすみす逃すはずがない。
「あいつと戦えるって保証は?」
「カーニバルが狙っている穂村すず子、小湊るう子は僕の仲間で、バトルをさせないようにすることだってできる」
卑怯だけれど、彼女たちが動けば僕が無茶をすると脅せば、うかつに何かすることはないだろう。
その膠着状態は、カーニバルにとって面白くないことのはずだ。
「その状況を打破するには、カーニバルは僕とバトルせざるをえなくなる。僕が君に負けてバトルできなくなったとしても、『レイラと戦わなければすず子とるう子とは戦わせない』という条件を追加すれば同じことだ」
まあ、素直に従ってくれるとは思わないが、一週間か二週間くらいすず子たちを動かさないようにすれば、カーニバルにとって面白くない状況なのには変わりない。
「それにもう一つ」
僕は人差し指を立てる。
「いくら僕が傷ついているからって、同情を誘う気はないし、手を抜く気もない。あのときの再戦の約束もある。全力で戦うにはいいタイミングだと思うけど?」
レイラの目に、ようやく光が灯ってきた。
この前僕とバトルした時と同じ、闘志に燃える激情が見える。
「どうやら本気みたいだねえ。いいよ、その口車に乗ってやる」
両者準備よし。上がってきた熱が冷めないうちに、さっさと始めるとしよう。
勢いよく、僕らはカードを前に掲げる。
「オープン!」
場所がバトルフィールドに移り変わり、いまいちど心を引き締める。
今回のセレクターバトルで戦うのは二度目。だがすでに新しいルールも戦い方も把握している。勝つための材料は揃ってる。
僕の場にはリィン……ではなく、ナナシ。
「あら、私を呼ぶなんて、いいんですの?」
「何が?」
「私のせいで、伊吹さんは傷を負ったはずですのに……まさかこのバトルでその仕返しをしようと?」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」
少々Mっ気があるようだ。だとしたら、ナナシを生み出した御影にも……などというしょうもない考えは振り払う。
「僕が君を選んだのは勝つためだ。勝って、これ以上バトルが続くのを止める。そのためだ。それに、別に君を恨んでなんかないよ。君はカーニバルに使われただけ。どう思っていようと、君に罪はない」
「……お人好しですこと」
「よく言われるよ」
さて、無駄話はこれでおしまい。
僕とナナシは相手を見据える。レイラのガワである人間の身体はとっくに意識を失っており、魂であるルリグはフィールドに顕現している。
たなびく長い金髪と、引き締まった身体。こんな場でなければ、美しいと見とれるほどだろう。
そんなことを想ってしまうくらいに、僕には余裕があった。
「ようやくあんたと全力で戦える! この時を待ってたんだぁ!」
レイラは力を込めて拳を握る。
表情はまさに『生きている』というにふさわしく輝いている。
「さあさあ、楽しませてくれよ?」
「任せろ、全力で倒してやるよ」
ナナシが飛び、しなやかな肢体をもってレイラを叩く。
だがその直線的な動きは、いかにも『剛』である敵に防がれている。勢いをつけた見事な回し蹴りも、レイラの腕に遮られてしまった。
彼女は衝撃を殺すために後ろに下がる……なんてことはせずにその場から一歩も動かずに耐えきった。
「はっ、そんなんじゃまだまだ足りないよ!」
だろうな。
レベルの低い状態では、レイラにとってじゃれついているに等しい。
彼女が求めているのは、もっとひりついた、やるかやられるかのギリギリの勝負だ。
お返しとばかりに、レイラが突っ込んでくる。
相手は爆発的な破壊力を持つ赤色のルリグ。序盤で削られてしまうのは避けたい。
「ガードだ」
攻撃を受け流すことで、なんとかダメージを抑える。しかしこれができるのも今の内。
こっちとあっちでは地力が違い過ぎる。
だがしかし……
「まだまだ足りないのはこっちも同じ」
ちゃんと次の手は考えてある。
「コインベット!」
「『ブラインド』」
僕のフィールドが黒い煙に包まれる。
こちらの動きは見せず、相手の攻撃をかわせる攻防一体のコイン技。
レイラのデッキにとって、これほど相性の悪い相手はいないだろう。
彼女に真正面からぶつかって勝てるのは、小湊さんとタマのコンビくらいだ。
「アタックだ!」
「なっ……」
ナナシの手から放たれたビームが、敵へと真っすぐ向かう。
もちろんレイラはガードしているようだが、闇に紛れて近づくもう一本には気づかなかった。
突如として現れた第二の攻撃をかわす余裕もなく、光線が叩きつけられる。
レイラが倒れ、フィールドを滑る。ダウン一回、先制は貰った。
「なかなかやるじゃないか」
立ち上がりながら、にやりと笑う。
まだまだこれから。余裕と気迫が一切衰えていない。
それもそのはず。まだコイン技もキーカードも使ってきていないのだ。
「あたしのターン! ……と意気込みたいところだけど、むやみに攻撃するほど馬鹿じゃないんでね。ターン終了」
下手な動きはせずに番を終了するレイラ。
どうやら思っていたよりも慎重なようだ。『ブラインド』の効果は相手のターンが終わるまで。彼女が闇雲に攻撃したところで、罠にかかるのがオチ。下手に攻撃が当たって、マナを増やさせてしまうのも面白くない。
それならば、次のターンに備えて力を蓄えるのが正解。
全力で戦う。その一点において、レイラは誰よりもまっすぐで、真剣だ。
ならば、と僕は思う。
彼女の全力には、僕の全力でもって応えよう。
「アンロック、コインベット!」
僕としては初のキーカード使用。出すのはもちろん、僕の分身ことリィン。
「あら、リィンさん」
「本当ならあなたを痛めつけたいところだけど、今回は我慢してあげる。はい、握手」
「いたたたた、痛いですわ!」
「あら、ごめんなさい」
「本当はかなり根に持ってるみたいですわね……」
僕はため息をついた。
ピリピリとしたレイラと僕の応酬とは温度差がありまくりのやりとり。
そういうのは他のところでやってほしいものだ。
「コントやってる場合じゃないぞ。ターン終了」
「キーカードを出しておいて、何もしないのかい?」
「これでいいんだ」
さて、どこまで上手くいくか……
「そっちが来ないなら、こっちから行くだけだ! アンロック、コインベット!」
レイラが自分のサポートに一体を呼び出す。
「う……またバトルだなんて……」
現れたのは、伏し目がちに俯く緑色のルリグ。
おそらく彼女が緑子だろう。レイラに奪われた、植村さんのルリグ。
「さらにコインベット!」
「ご、ごめん。『テンタクル』!」
その名の通り、幾本もの茨が触手となって襲い掛かり、ナナシとリィンの動きを封じる。
次の攻撃を確実に当てるための布石だ。
「あらぁ、このまま嬲られるのかしら」
「言ってる場合じゃないわよ。くっ、ほどけないっ」
「まだまだァ。嬲るだけで済ますかよ。『千差爆別』! さらにコインベット、『ドーピング』!」
黒く、彼女の闘志をそのまま映し出したような波打つようなオーラの二刀、そして彼女自身から迸る狂気が重なる。
今まで戦ったときよりも明らかに違う、全力全開、本気モード。一撃で相手を葬り去ろうとする絶対の意思と力。
「ははっ、これがたまんないんだよ。戦いを求めるこの身体で、心ゆくまで相手をぶちのめすこの瞬間が!」
燃え盛る炎に身を焦がし、今にも灰になりそうながらも放たれる圧倒的な存在感。
それは赤色の中に黒く漂う悪魔のように見えた。
「受けてみろ、伊吹肇!」
冗談じゃない。
あんなのを食らったら、それでバトルが終わってしまう。まだ終わりは認められない。
「アーツ『カウンター・フロストーム』」
剣先がナナシを貫くかと思われたその瞬間、レイラの動きが止まった。
その手と足に、どこからともなく現れた氷の柱が伸びて張り付いている。
続いて、ナナシと剣の間に三つの魔法陣が出現する。
レイラがはっとしたが遅い。そこから巻き起こった旋風は彼女の身体を削りながら押し返していった。
吹き飛んだ彼女は盤面に叩きつけられ、背中からもろに衝撃を受ける。
「前にも似たようなの食らったことがあるでしょう。同じような手が通じるとは思わなかったけど」
『テンタクル』の効果が解け、自由の身になったリィンが服を払う。
ナナシは、いま起こったことが何かわからず混乱した顔を見せた。
「これって……今の、どういうことですか? このアーツはリィンさんにしか使えないはず」
そう。『カウンター・フロストーム』はリィンがルリグとして場にいるときにしか発動できない『リィン限定』のアーツ。
キーカードとして出ている場合には使えないはずだ……が、
「リィンがキーカードとして場に出ているときに発動する能力は二つ」
僕は人差し指を立てた。
「一つ、自分のルリグにキーカードの色と名前を与える」
「色と……名前?」
「そのおかげで、ナナシにも『リィン限定』のアーツが使えたのさ」
いま、ナナシはリィンでもあり、このデッキ自体にも二人ぶんの力が備わっている。
相手もキーカードを出してきたところで、敵うはずがない。
「く、くく、あははははは!」
カウンターは見事に決まった。
氷と風で炎は消し飛ばされ、自らの能力と反撃で身体は傷だらけ。それでもなお、彼女は笑ってよろよろと立ち上がる。
「最っ高だよ、あんた。もっと、もっともっとだ。あたしにもっと戦いの実感をくれよ!」
レイラはまだ諦めようとはしない。
それどころかますます笑みを広げ、この先の展開を待っている。この先の戦い、僕の攻撃を。
「まだ倒れないなんて、しつこいわね」
「いい加減終わらせよう。あっちはもう限界だろう」
もっと、とレイラは望んでいるが、残念ながらこれが最後。
「仕留めるぞ」
「ええ」
「わかりましたわ」
ナナシとリィンが、協力して一つの絵を描くように、宙へ指を動かす。
それは交わらず、ぶつからず、指だけが華麗に踊っているようだ。
「これで決着よ、レイラ」
最後に円を描くように、ぐるりと指を舞わせたあと、リィンはそう言った。
「なにを……」
そこでレイラははっと上を見た。円で囲まれた幾何学模様が頭上に浮かんでいる。
彼女を倒すための魔法陣はすでに完成していたのだ。
「アーツ『アサルト・サンダーノイズ』」
魔法陣が輝き、バリバリと音を立てる。直後、滝のようにとめどなく流れる電撃の雨がレイラへまっすぐ落ちていく。
「こい!」
レイラは最後の抵抗とばかりに雷へ拳を突き出す。空気を震えさせるほどの正拳。
だがそれは……
「は、はは……足りなかったか……」
雷が届く寸前、レイラはそう呟いてにやりと笑った。
現実のレイラの身体は消えていた。
セレクターである彼女がルリグとして負けたため、コインの数に関係なく勝者のものになったのだ。
その証拠に、いくつかのルリグカードが僕の手元に残っている。
緑子と、紅林さんのルリグである花代、そしてもちろんレイラも。
「やっぱ最高だったよ。あんたと戦えてよかった」
これは褒められてるのだろうか。まあ、彼女からしたら最上の褒め言葉なんだろうけど、平穏を望む僕にとっては嬉しくない。
認められるのは、少し自信になるけど。
「それで、これでカーニバルのやつと戦わせてくれるんだよな?」
「ああ、そのつもり……」
「肇」
リィンが遮る。
「どうした?」
「バトルフィールドが開いてる。ここからそんなに遠くないところで」
一難去ってまた一難か。
残っているセレクターはすず子、水嶋さん、カーニバル。どの組合せだったとしても放っておけるわけがない。
仲間を信じて協力するとは言ったが、それは全部任せるって意味じゃない。押し付けるという意味でもない。
協力だ。みんなで一緒に立ち向かって、この理不尽な相手とルールを攻略する。
「肇、行く気?」
「もちろん」