Lostorage restrained WIXOSS【完結】   作:ジマリス

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対峙/衝撃と暗闇

 リィンが示した場所は、何の因果かあの公園だった。

 すず子と森川が決別し、仲直りし、その後水嶋さんと僕らが協力することになった始まりの場所。

 すでにそこには、水嶋さんとすず子、御影、小湊さん、植村さんが集合していた。

 

「伊吹くん?」

「バトルフィールドが開いたって聞いて……」

「無理はよしてと言ったばかりなのに……呆れるわね」

「でも、その……」

「わかってる。終わるまでじっとしていられるほど、伊吹くんが聞き分けが良いとは思ってないわ」

 

 くすり、と水嶋さんが微笑んだ。

 

「大丈夫。脅威を取り除いただけだから」

 

 そう言って、彼女は一枚のカードを見せた。

 

「まさかあんたと決着をつける前にやられるとはね」

 

 カードの中にはカーニバル。そうか、勝ったのか。ついにカーニバルを封じ込めることに成功した。

 聞けば、先にすず子がカーニバルに負けたが、デッキ構成や戦い方を見ていた水嶋さんが見事仇をとったらしい。

 これで、厄介なセレクターは二人とも無力化できたことになる。ようやく終わりに近づいた。それもぐんと。

 

「決着ならいつでもつけられただろう。なんで僕と全力で戦わなかったんだ?」

「戦いたかったさ。だけど、キーカードも持ってないあんたに勝っても、勝利したとはいえない。私にだってプライドはあるのさ」

 

 公園で行ったあのバトルには二つの目的があったのか。

 僕を痛めつけて、すず子と小湊さんの戦いを邪魔させないようにすること。そして、僕にキーカードを渡して対等に戦えるようにすること。結局、彼女の思い通りに事は進まなかったけれど。

 

「伊吹肇、これってつまり、奴とバトルするのは叶わないってことか?」

「どうかな。そうとも限らないけど」

 

 話しかけてくるレイラに、灰色の答えを返す僕。

 正直なところ、カーニバルがこんなにも早くやられるとは思ってなかった。状況的には嬉しい誤算。約束的にはまずいほうに予想外。

 

「レイラ……ってことはつまり」

 

 じとり。最近はそうやって見られることが多いな。入院してるところを抜け出してきた僕が悪いんだろうけど。

 

「その、それは後でいくらでも聞くから置いておいて……」

「逃げた」

「逃げましたね」

「ごほん。敵がいなくなったいま、どうするかな……」

 

 カーニバルとレイラという二大脅威は手の内に収まったが、じっとしているわけにもいかないのだ。

 決められた日数を過ぎれば、セレクターは前と同じように失われたコインの分だけ記憶を奪われてしまう。

 負けてルリグを失ってしまった者も、セレクターの資格自体はあるようだからその対象だろう。

 

「決まってるわ。セレクターバトルを終わらせる。そのためにずっと戦ってきたんだもの」

 

 水嶋さんも覚悟を決めているようだ。いや、彼女はずっと終着点を夢見ていた。それがようやく見えてきている。

 

「夢限の目的はなんだ?」

「そんなの私が知りたいさ。夢限は私にも詳細を教えない。鍵と鍵穴を探してって言うだけ」

 

 カーニバルは、つまらないというふうにそっぽを向いた。

 こっちがその顔をしたい。せっかく部屋の主から特別扱いされているカーニバルに大事なところを聞けると思ったのに。

 

「それが欲しいってんなら、もっとはっきり言ってくれたらいいのに」

「鍵穴……」

 

 なにかしらを開けるために、鍵とやらが必要なのか。

 夢限はそれを手に入れるために、セレクターバトルを行っているのか?

 それさえあれば、夢限は満足して終わらせてくれるだろうか……

 

 そこで僕は一つ疑問を抱く。

 鍵を探してくれというのはわかる。施錠された扉を開けるのに必須のアイテムだ。

 だが、鍵穴を探せとはどういうことだろうか。

 鍵があってもそれを使う場所が見つからないということだろうか。

 扉や窓ではなく、なぜ鍵穴なんだ? そもそも何の……どこの……

 

「夢限は鍵と鍵穴を求めた。閉じられた窓を開けるための鍵と鍵穴……」

「もしかしてそれって……」

 

 合点がいったような、驚きつつも冷静に何度も頷いているのは小湊さんだ。

 

「何か知ってるのか、小湊さん」

「うん、きっとあそこなら……何かあるはず。繭の部屋になら」

 

 繭。

 最初のセレクターバトルを生み出した元凶。

 あの夢限がいる場所、白窓の部屋の元々の主……であるらしいというのは、御影や小湊さんからすでに聞いていた。

 小湊さん曰く、繭の部屋は現実に存在しているらしい。もっとも、あんな何もない空間ではなく、一つの家の一つの部屋として。

 

「連れて行ってくれ」

「わ、私も行きます。何か手伝えることがあるはずだから……」

 

 これで何もかもが元に戻れるなら……確信めいた顔の小湊さんに、僕と植村さんはついていこうとする。

 

「待ってください」

「御影、これが最後だ。きっと、これでセレクターバトルを終わらせられる。だから……」

「分かってます。いまさら止めようだなんて思いません」

 

 御影が僕の袖を掴んだ。

 

「同行。私も行きます。伊吹さんが無理をしないように見張っておきます。それに、こんな機会はめったにありませんし」

 

 今までのことがあるから、反論のしようがない。僕は頷くしかなかった。 

 

「私は夢限のところへ行くわ。全てを終わらせる。そのために」

 

 そう言って、水嶋さんはいましがた手に入れたカードを睨む。

 

「カーニバル、あなたなら行けるんでしょ? あの部屋へ」

「ま、仕方ないか。いま残ってるセレクターがやられてくれないと、次のバトルが始まらないからね」

「決まりね」

 

 あっという間に決まってしまった。

 水嶋さんは、あの部屋に行って夢限に挑むつもりだ。  

 

「水嶋さん……」

「大丈夫、任せて。きっと終わらせてみせるから」

 

 二人で頷く。

 僕がレイラとバトルして、ここに来た以上、行くなとは言えない。

 僕らはお互いに無茶をしあう。その行動には首をかしげることもあるけれど、この戦いをどうにかしたい気持ちと実力は信じあっているはずだ。

 

「私は……」

 

 僕と水嶋さんを交互に見るすず子。

 目線は行ったり来たりして、悩んでるように見えた。

 この状況で、自分はどうするべきか決めかねているのだ。

 

「君は、森川のことを頼む」

「ちーちゃんの?」

「全部が終わって、もし全部が元通りになるなら、森川の傍には誰かが必要になる。森川が必要とする誰かが」

 

 僕はすず子の肩に手を置いた。

 

「君しかいない」

 

 森川の記憶が戻れば、きっと彼女は取り乱す。

 カーニバルの策略に加担してしまったこと、親友との決別。それまでにしてしまった苦い経験が一度に押し寄せてくることになる。傍に誰かがいなければ、到底耐え切れず、自分を追い込んでしまうだろう。

 塞ぎこんで、立ち直れなくなるかもしれない。

 前を向かせるためには、それを許せる人の一言が必要なのだ。

 そのことは、僕が一番よくわかっている。すず子も。

 

「うん、わかった」

「それじゃ、行こう」

 

 ここにきて、すべてが収束しようとしている。何もかもが終わりに近づいている。

 その先に何が待っているのかは、僕たちの選択次第だ。

 

 

 小さな屋敷とも呼べるだろうか。

 普通なら絶対見つからないような、木々の奥にそれはあった。

 見るからに手入れはされていなく、周りは草が生い茂っている。その家には人の気配がなく、外に置かれた丸テーブルとイスには埃が乗ったままだった。

 小湊さんが先導するのに任せ、僕たちは中へと入る。

 外見よりも、中は小さく見えた。木製の雨戸が閉じられていて、光が遮られているせいか。舞う埃と相まって、やけに息苦しく感じる。

 一階には、ちょこんと置かれた絨毯以外はなにも置かれていなかった。

 その異様な雰囲気を無視して、右手の階段を上がる。その先の真っ暗な廊下を進んで、扉に手をかけた。

 

「ここが繭の部屋?」

 

 開けて、そんな単純なことしか言えなかった。

 天蓋つきの豪華なベッド、ベッド脇の小机、その上に花を模した夜間用の照明、小さなタンス。

 個人の部屋と呼ぶには物が少なすぎる。監禁部屋と言われても納得できただろう。

 

「外との繋がりを求めて、セレクターバトルを生んだ少女の部屋……か」

「感動。噂には聞いていましたが、実際に訪れるのは初めてです」

 

 御影は半ばわくわくといった感じだが、僕には少しだけ焦りが出てきた。

 ここに来るだけで少しは何かあるかと思っていた。リィンたちがこの空間に異様さを感じるとか、夢限から声をかけてくるとか。

 だが埃っぽいだけで、別に変わったところはない。僕が持つルリグたちも一様に首を横に振った。

 

「いまさら、自信がなくなったなんて言っちゃ駄目だよな」

「本当にいまさらだよ……」

「ありえないことが起こりまくってるせいで、脳がおかしくなったんじゃないかと思えてきた」

 

 せわしなく視線を動かす御影とは違って、小湊さんは天窓を見ていた。閉じられた透明な窓から見える空。

 一度白窓の部屋は閉じた。なのにまた始まってしまったことを、彼女はどう思っているのだろうか。

 いいや、それは僕が訊くことじゃなく、彼女の中で消化してもらうしかない。

 始まってしまったのなら終わらせるだけ。それが僕のやるべきことだ。

 

「鍵と鍵穴……ねえ。ここにあるんだろうか」

「白窓の部屋に一番関係してるのはここです。だから、きっとここに答えがあるはず」

 

 植村さんも、この場所に並々ならぬ何かを感じているのか。見回しては、これじゃないと首を振る。

 

「伊吹くん、あれ」

 

 小湊さんはある一点を指さした。物の少ないこの部屋の中で、ひっそりと佇むそれに目が行くのは当然ともいえる。

 古ぼけたイーゼルに乗せられたキャンバス。白い紙に負の感情をぶつけたように、ぐちゃぐちゃと黒く塗りつぶされている。

 その端っこが少しめくれているのを、小湊さんは見逃さなかった。

 

「あ、これ……」

 

 そう言いながら、小湊さんは手を伸ばす。絵の端を掴んで、ゆっくりと引っ張っていく。

 その裏には、さらに違う絵があった。

 クレヨンで描かれたそれは、子どもが作ったように拙い絵だが、美しくもあり、寂しくも見えた。

 宇宙のように綺麗な青い空間。そこに煌めく星たち。そして外の光を照らすいくつもの窓。

 なによりも大きく描かれているのは、笑顔で手を繋ぐ三人の少女たち。

 黒く描き殴られたのとは打って変わってカラフルに描かれているこの絵が何を示しているのか、僕にもわかった。

 繭が憧れた世界。繭が夢見た世界だ。

 友達と一緒にいて、笑いあえる。外ではありふれているそんな世界を、繭は想像で思うことしかできなかった。

 だからこの絵には扉がないんだ。

 扉というものの存在を知らず、ここに閉じ込められたままだったから。

 誰かが一緒にいれば、伝えることができただろうか。一歩踏み出した先に、外の世界があることを。

 今からでも間に合うだろうか。

 

「開いた」

 

 リィンとタマが同時に声を上げる。

 それの意味するところは、みんなわかっていた。

 

「まさか……これだけでいいの?」

「これが必要だったんだ」

 

 閉じられた窓。それは決して、内側から開けることのできない窓。

 鍵穴が壊れているというのはこういうことだったのか。

 あの部屋に囚われている夢限が開けられないから、僕たちに託したんだ。

 鍵は……つまり僕たちのことだったのか。

 彼女はただ開けてほしかったんだ、外へ出る扉を。彼女は求めたんだ、外に出ることを。

 誰にも気づかれることのない、この窓の中で。

 そのために僕を呼んだ。水嶋さんをバトルに参加させた。小湊さんの周りを巻き込んだ。真実に一番近い者たちを辿り着かせるために。

 そうして僕たちはようやく、ここへ来ることができた。夢限の思い通り。あとは彼女の手を引っ張るだけ。

 消すのではなく、ここへ、外へ連れ出してくるだけだ。

 

「伊吹さん、変なことはやめてくださいね」

「変なことってなんだよ」

「不安。あなたがそういう顔をしているときは、大抵よくないことを考えているときです」

 

 御影は流石に鋭い。

 ならわかってるはずだ。そうなったときの僕は頑固だって。

 

「行くよ、夢限のところへ」

 

 御影は目を細めた。

 

「的中。やっぱりろくでもないことでしたね」

「なら、僕が次に言う言葉も予想はついてるだろ」

「ええ、ですが私は行かせたくありません」

「止めないんじゃなかったのか」

「それ……は、まさかそんなことを言い出すとは思わなかったからです。夢限のところへは、水嶋さんが行っています。あなたが行く必要は……」

「あるんだ。僕にはその理由がある」

「理由?」

「夢限を救う。あいつはずっと独りだった。そう思わされた。そうじゃないと伝えられるのは僕しかいない」

 

 御影は目を見開いて、非難するような困惑したような顔を見せる。

 

「私たちを苦しめた相手なのに、どうしてそこまで……」

 

 ここで僕が考えていたことを長々と話している暇はない。水嶋さんと夢限、どちらが勝っても僕が思い描く未来にはならないのだ。

 そこで僕は、一番の理由であり、彼女を納得させられる答えを出す。

 

「御影、これが僕だ」 

 

 御影は大きくため息をついて、うなだれる。

 今まで運よく無事で、ギリギリのところで助かっている。今度はどうなるかわからない。それでもまた僕は危険に向かおうとしている。呆れるのも当然。

 

「そういう人ですもんね」

 

 御影はぽつりと呟くと小指を差し出してきた。

 

「約束。必ず戻ってきてください」

 

 僕はためらいなく、小指を絡ませた。

 

「絶対に戻ってくる」

 

 

 小指に感じていた御影の感触が消える。それだけでなく、埃っぽさや、注いでいた光も。

 いつの間にか、白窓の部屋に来ていた。

 閉じられた窓が並ぶ、どこまでも続いていきそうな空間。

 今までここに来た時、まったく余裕がなかったけれど、今は違う。

 後ろを振り向くと、この場に似合わない木製の扉が立っていた。現実とこの空間を繋ぐ扉だ。

 退路は完璧。

 落ち着きを乱さないように、焦らずにゆっくり進んでいくと、先のほうに光が見えた。

 壁の一部が開いているのだ。

 間違いない。その先に水嶋さんと夢限がいる。

 ごくりと喉が鳴った。

 ここからは引き返せない。ゲームのようにセーブポイントもない。どうなってしまうか、運も多分に影響してくる。

 

「だいじょうぶ!」

 

 震えていた手を握られる。僕より小さく暖かい手に。

 見ずとも、その舌っ足らずな口調でわかった。

 

「タマ、君が来ることもなかったのに」

「るうが、助けになってあげてって」

 

 本来ならルリグはバトルの勝敗でその持ち主が変わるはず。

 扉が開いたことで、ルールに亀裂が生じたか。どちらにせよ心強い。

 

「準備はいいか?」

「うん!」

 

 一度深呼吸。そして、前に踏み出す。

 

 

 一瞬、その光景に見とれていた。

 円柱型にくりぬかれたような空間。壁は際限なく空へ伸び、見えない天井から地上まで無数のコインが宙を舞っている。

 あたりは自然に任せたように草が伸び、細く水が流れている。

 中心で、三人の少女が対面していた。

 そのうちの一人はピルルク、一人は水嶋さん。だけどその姿はキーカードとして場に現れた時の水嶋さんだった。

 

「水嶋さん!」

「い、伊吹くん、なんでここに?」

「あいつと決着をつけにきた」

 

 僕は水嶋さんのそばに駆け寄り、目線の先の夢限を指さす。

 

「夢限、窓は開いた。あとは君がここから出るだけだ」

 

 それだけで全てが終わる。しかし夢限は頭を振った。

 

「私はここから出ない」

「いいや、君はここから出たいはずだ」

「そんなこと、あなたにはわからない」

「わかるさ。今の僕には」

 

 どれだけ言っても、光の灯っていない目が変わることはない。

 それどころか、彼女が腕を動かすと、黒く染まった夢限の分身がいくつも現れ、向かってくる。

 

「危ない!」

 

 ピルルクが一体を殴りぬくと、敵は煙のように消え去った。しかし、夢限はまだまだ絶えず分身を召喚してくる。

 二人の青ルリグは僕を挟んで周りを迎撃する。

 

「最悪ね。まさかこんな手で来るなんて……」

 

 いつの間にか、カードから具現化したリィンが僕に並んでいた。初めて会った時と同じ、普通の人間サイズだ。

 次々と攻撃を仕掛けてくるのをガードして、隙を見つけては反撃していく。

 

「これでどうにかなるの?」

「やるしかないよ!」

 

 リルとメルも参戦。他にもドーナ、ミルルン、ナナシまで僕を囲んで夢限を防いでくれていた。

 敵の分身はお世辞にも強いとは言えない。それぞれが一撃で倒されていく。

 しかし、数が多すぎる。無限に現れるのなら、この戦いに終わりはない。永遠に続くだけだ。

 

「伊吹くん、これじゃらちが明かない」

「ああ、わかってる。話し合いで決着がつくとは思ってなかったよ」

 

 僕は真っすぐ夢限のほうを見た。

 

「バトルをしよう、夢限。こんな小競り合いは意味がない。それは君もわかってるだろう」

 

 これに反応して、夢限の分身が次々と動きを止めたかと思うと、砂のようにさらさらと空気に溶け出し、消滅する。

 残ったのは、本体ただ一人だけ。

 

「いいわ」

 

 僕と夢限の間に、どこからともなく古ぼけた机が現れる。何の装飾もないその上、夢限の目の前にカードの束が置かれる。準備完了のようだ。

 僕は振り返る。

 

「みんなはここから出てくれ。向こうに現実と繋がってる扉がある」

「伊吹くんは?」

 

 一歩踏み込んできたのは、水嶋さんだ。

 

「僕はここで決着をつける」

「だめ。だめよ。相手は誰よりも強くて、凶悪な、このセレクターバトルの元凶なのよ」

「僕がやらなかったら、君がやってただろう。僕か君か、そこになんの違いもない」

「じゃあ私も一緒に戦うわ。みんなも一緒に」

「全員がいても、バトルで使えるのは限られてる。ただでさえ少ない戦力をいたずらに減らすわけにはいかないんだ。もし、僕がやられたら、この戦いを止められるのは君か小湊さんだけになる」

「やられたら……って」

 

 負け、不覚、黒星、失敗、つまり……消える。

 蒼井昌のように、身体を残すこともなく消えてしまう。

 いや、夢限が相手であるぶん、もっと悪い結果になってしまうかもしれない。

 

「そうならないように努めるけど、保険をかけておくに越したことはない」

「戻ってくるのよね」

 

 僕はそれには答えずに、口を開いた。

 

「水嶋さん。もしも……」

 

 もしも僕が負けたら、という言葉を飲み込む。待つ水嶋さんを、相棒のほうへ押した。

 

「ピルルク、水嶋さんを頼む」

「うん。行こう清衣」

 

 ピルルクは水嶋さんを引っ張る。しかし……

 

「行って、ピルルク。私は残る」

 

 水嶋さんはがんとして僕から離れない。

 引かれる腕に力を込めて抵抗する彼女の目には、これまで以上にはっきりと強い意志が宿っている。

 いやしかし、それだけでどうにかなるほどの相手じゃない。

 水嶋さんを押し出そうとした僕の手を、誰かが掴んで制す。

 

「私もいる」

 

 残っていたのは、水嶋さんだけじゃない。リルも僕の隣に立って、ふっと微笑む。

 

「まだ恩返しもしてないしね」

「わかってるのか。ここで負けたら……」

「わかってる。だからあなたを放っておけないの」

 

 水嶋さんとリルが僕の手を痛いほど、振りほどかれないように握る。

 

「すずに約束したんでしょ。全部が終わったら、全部話してくれるって。それを、すずは待ってる。あなたが無事に戻ってくることを」

 

 すず子はリルにそう言ったのだろうか。

 いや、たとえ思ってるだけにしても、その心の中から生まれたリルの言うことなら、信じるに値する。

 

「ちーちゃんも待ってるよ。記憶が戻ったら、もう一度あなたにお礼を言いたいって」

 

 もう一人、メルの手も重なった。

 ぎゅっと掴まれた僕の手は白くなって、痛みを増す。

 それが、今は心地よかった。一人じゃないという気がする。力が湧いてくる。

 

「一緒に!」

 

 タマも手を置く。

 あまり知らないはずの僕のために戦ってくれようとしている。

 

「ここであなたの手を離したりなんかしない」

 

 ついこの間もこうやって、一人で戦うことを引き留められたことがある。カーニバルと戦って、病院に運び込まれて、奏太と言い合いになった時だ。

 いや、それ以前から僕はいろんな人から手を伸ばされ続けてきた。拒否した後は、みんなを傷つけ、問題が解決したふうに思って独りになる。

 そんな結果はもう見たくない。だから僕はここに来たんだ。だから、この手は……離すのではなく、頼りにすべき手なんだ。

 

「なら、みんなで帰ろう。一人も欠けずに」

 

 僕がそう言って、みんなが頷くと、四人ともが光に包まれる。

 以前見たように、水嶋さん、リル、メル、タマがカードとなって僕の手に収まる。

 

「ここは始まりの場所。終わらせなんてしない」

「そうだ。ここは始まりの場所。だからここで終わる」

 

 デッキを机の上に置いて、準備は万端。

 もうここからは引き返せない。引き返す気もない。負ける気も、傷つく気も、傷つけられる気もない。

 勝って、みんなで戻る。ただそれだけのために戦う。

 

「絶望が重なって君が生まれて、バトルが始まったのなら、求めた僕らのせいだ」

 

 僕たちはみんな被害者で、みんなが加害者だ。

 放っておいたら、傷ついて傷つけられる輪はどんどん大きくなっていく。

 もうたくさんだ。本心に気付かずに、奇跡に頼って、始まりと終わりを求め続けるのは。

 

「これで最後だ。始めた君と、始まらせた僕たちで終わらせよう」

 

 今一度深呼吸。ここで負けてしまえばすべてがパァだ。

 だが勝てば、この理不尽なバトルも終わる。

 

「オープン!」

 

 同時に叫ぶ。

 ルリグカードを場に叩きつけ、勝負開始。

 

「へえ、こんな大事な場面であたしを選ぶなんてね」

 

 僕が場に出したルリグはレイラだ。対して夢限は、夢限自身をルリグにしている。

 様々なルリグと出会った中で、彼女だけはどんな能力を持っているかわからない。果たして、どれほどの相手か……

 

「アンロック、コインベット」

 

 僕は自分のターンに移るなり、早速リィンを呼び出す。出し惜しみは無しだ。

 

「夢限は恐ろしい相手。各々が全力で向かわないと勝てないわ。それに……」

 

 リィンは敵陣営を睨む。相手もキーカードを出してくるところだった。

 

「アンロック、コインベット」

「くっくっく、こんなところで終わらせはしないよ。伊吹肇ェ!」

 

 並び立つはカーニバル。

 彼女は水嶋さんのものになったはず。それも関係なく、つきたい陣営につけるということなのだろうか、あるいは夢限が特別だからか。

 しかしこれは僕にとっては好都合。

 レイラをカーニバルと戦わせるという約束を果たせることになる。それに、僕としても一度カーニバルをぎゃふんと言わせなければ気が済まない。

 

「肇」

 

 リィンとレイラがこちらを向く。

 セレクターバトルそのものの行く末を決める最後のバトル。その火蓋が切って落とされた。

 

「ああ、勝つぞ」

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