Lostorage restrained WIXOSS【完結】   作:ジマリス

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選択/過去と未来

「攻撃、攻撃、攻撃」

「まだまだァ!」

 

 夢限の分身による突進を、レイラは次々と弾き返していく。

 

「はっ、夢限っつっても大したことないね!」

「ならこいつはどうだい!」

 

 腕を組んで様子見していたカーニバルが、偽夢限たちに混じって来る。

 

「『ダイレクト』、『バーニング』!」

「まずいっ、肇!」

「『カウンター・フロストーム』!」

 

 いきなりのご挨拶に、若干焦りながらもカードを出す。

 逆巻く炎の渦を、氷の嵐で相殺した。

 危なかった……すんでのところで躱せたが、少しでも遅れていれば身が焼かれていただろう。

 

「まさか、全員のコイン技を使えるの?」

 

 リィンの額に汗が浮かぶ。

 グズ子の『ダイレクト』に加えて、紅林さんの『バーニング』。他者の技まで使えるというのか。

 それも厄介だが、問題はコインを使った素振りがなかったことだ。

 ルールを無視しているのか、それとも……この空間にあるコインを使っているのか。

 どちらにしても、実質無制限でコイン技を使えることになる。

 

「なら、思ってたよりも状況は最悪だな」

 

 と言いつつも顔は崩れない。こんな状況なのに、いやこんな状況だからこそか、レイラは口角を上げたままだ。

 

「奥の手を使うしかないわね」

「ああ」

「奥の手?」

 

 もったいつけるように、僕はカードを一枚取り出す。鍵穴が描かれたカードを。

 

「キーカードとして場に出たリィンは二つの能力を持っている。一つはルリグに名前と色を与えること。そして……」

 

 もう一枚、コインカードを手にして同時に置く。レイラの横、リィンとは逆隣へ。

 

「アンロック、コインベット」

「さあ、いこうか」

 

 凛とした雰囲気、ぴしっと伸びた背。すず子のルリグであるリルが二人に並んで現れる。

 場に一枚しか存在できないはずのキーカードは、しかし僕の場に二人立っている。

 これがリィンのもう一つの効果。彼女に加えて、もう一枚キーカードを場に出せるのだ。

 

「なんだよ、それじゃあたしの時には手を抜いてたってわけ?」

「いや、あの時は他にグズ子しか持ってなかったからな。『ダイレクト』を使えたところで何も変わらなかった」

 

 おまけに、グズ子はリィンやナナシと同じ黒色のルリグ。コインを使って出すには旨味がない。

 だけど今は違う。使えるかぎりの全ての色が、僕の手にある。

 

「リル、頼むぞ」

「ええ、『落華流粋(レクイエム)』!」

 

 リルから迸る炎の奔流が、夢限に向かって放たれる。

 さっきのお返しだ。

 

「その程度で私たちを止められると思うなよ!」

 

 攻撃が夢限に届く前に、カーニバルがその腕で食い止める。

 普通のルリグなら消し飛ばされてしまいそうな勢いすら、彼女は一人で受けている。だが彼女が妨害してくるだろうということは織り込み済みだ。

 落華流粋に集中していたカーニバルが、突然吹き飛ばされて机に叩きつけられた。

 倒れる彼女へ、さらに追い打ちをかける影がある。

 

「あんたの相手はあたしだ!」

「ちっ、邪魔だ!」

 

 もちろんレイラ。

 逃がさないようにのしかかって手を組み合う。実力はほぼ互角か、カーニバルがほんの少しだけ上か。それでもレイラにとっては理想的な展開だろう。カーニバルと一対一で存分に戦えるのだ。

 

「そのまま止めとけよ、レイラ。続けてアンロック!」

「ようやく私の番ね」

 

 盤面からリルが消え、代わりに出現したのは、満を持しての水嶋さん。

 赤から青への変化に相手が慣れないうちに、すぐさまコインを追加、技を発動させる。

 

「『カタルシス』!」

 

 水嶋さんの腕から噴き出され、舞う水流。

 今度は邪魔されずに夢限へと直撃……と思ったが、彼女の眼前に展開された円状のシールドで防がれる。

 

「追撃だ、リィン。『アサルト・サンダーノイズ』」

 

 リィンは水嶋さんに手を重ね、頷く。

 すでに夢限の目前まで迫っている滝に閃く稲妻が導かれ、混じる。

 雷の力も加わって、攻撃力は倍以上。合わせ技は夢限の防御をかいくぐり、到達する。

 生き物のようにうねる二層の流れはバリアをすり抜けて、相手を押し出して、感電させた。

 これだけじゃまだ致命的とは言えないけど、ダメージはダメージ。先手は先手。

 

「だけど、これであなたのコインは全てなくなった。私の攻撃を防ぐ手段はない」

 

 空気がぴりつく。

 夢限が怒りを感じていることは一目でわかる。彼女からにじみ出て足に溜まる闇のオーラが、テーブルから溢れるほどに場を支配していたからだ。

 

「コインベット、『ダイレクト』! 再び食らいなさい、立てなくなるほどの痛みを!」

 

 夢限の周りの闇がいくつもの槍となって具現化する。

 こんなのバトルじゃない。

 そう思わせるほどの、圧倒的な質と量がいまにも襲い掛からんと刃先をぎらつかせる。

 

「攻撃!」

「夢限!」

 

 レイラと組み合っているカーニバルは夢限に向かって叫んだ。

 あまりにも単調すぎる攻撃に抗議したかったのだろう。だがその怒りは届かない。

 すでに宣言された攻撃は、僕たちを消し去ろうと襲い掛かってくる。

 夢限のあまりにも短絡的な行動に、カーニバルは訝しみ、そして気づいた。

 

「まさか、いつの間に……」

 

 カーニバルが驚愕に目を見開くのを見て、僕は思わずほくそ笑む。

 そう、すでに場は変わっている。

 水嶋さんは僕の場から去り、そこには別のルリグが立っていた。

 

「メル、『愛別離苦(エンド・オブ・ハート)』!」

「任せて!」

 

 メルが手を上に掲げると、ドーム状のバリアがルリグたちを覆い、強力な攻撃の一切を跳ね返す。

 相手に攻撃を強制させる『ベルセルク』と、攻撃を跳ね返して自分は回復する『愛別離苦』のコンボ。

 夢限の攻撃は、彼女が選んだ行動じゃない。僕がそうさせたのだ。

 

「感情を揺らされてコイン技を使われたことに気づかない。里見と同じだな、夢限」

 

 致命的なダメージを与えようとした全力が、夢限に返って追い詰める。

 さすがの夢限といえども、これには耐えきれずに盤上を転がる。

 空気が揺れるほど、レイラと拳を交わし合いながら、カーニバルは困惑した。

 

「お前のコインはもうないはずじゃ……」

「ないさ、僕のコインはな」

 

 リィン、リル、水嶋さんのアンロック。そして『落華流粋(レクイエム)』と『カタルシス』。これで五枚のコインは使い切ったはずだった。

 実際、僕のコインはすべてなくなっている。そう、僕のは。

 

「お前……っ」

「やっと気づいたみたいだな。そう、僕が使ってるのは水嶋さんのコインだ。ずるいなんて言うなよ。際限なくコイン技使ってるそっちのほうがよっぽどなんだから。それにしても、他人のコインを使うってのはすず子が先にやってみせたことだが、カーニバル。同じ手を食らうのは悪党として三流だな」

 

 押しつ押されつだったバランスが一気に傾いた。

 ライフクロスだけでなく精神的にも僕たちが優位に立っている。

 正直に言って、ここまで上手くいくとは思っていなかった。これも夢限とカーニバルが、僕が思っていたよりも人間らしかったのが要因だ。

 カーニバルの額に青筋が立てられる。夢限の眉にも力が入り、嫌悪感を隠さずに睨んでくる。

 

「なら、どうあがいても越えられない力を見せてあげる!」

 

 夢限が空へ伸ばした手の先から、眩い光が広がる。それは僕らまで届くほどに、いやこの空間を包み込むほどの強烈で……冷たい。

 ぞくり、と悪寒が走った。地面も空気も震えている。 

 何が起ころうとしているのか。何にしても、それは僕にとってよくないことだということは確かだ。

 光は夢限の周りへ収束していき、幼虫が蝶へ羽化するための蛹のような、光の球体が形成される。

 

「グロウ!」

 

 球体は、金属が極高温に晒されたようにどろどろと解けていく。

 内から現れた夢限の姿が変わっていた。

 レベルアップしたのとは全く別の、そう、成長とでも言うべきか。

 すらりとした肢体に、憂いげな大人の顔つき、ウェーブする白い髪。

 美しく、まるで絵のようなその姿は、ある種神々しくさえあった。

 

「レベル5……?」

 

 彼女の足元にある『夢限』のカードにはそう記されていた。常識と限界を超えた存在であると。

 待て、待ってくれ。いくらなんでもそれはないだろう。

 かなり前に都市伝説で聞いたことはあるが、レベル5だなんて想定外だ。

 僕が慄いている間に、周りに浮かぶコインが次々と黒く染まり、地面に落ちていく。

 

「『ブラインド』、『テンタクル』、『ダイレクト』、『ドーピング』、『バーニング』、『ジョーカー』」

 

 夢限が技の名前を羅列する。容赦なく、連続で繰り出される能力が発現されていく。

 視界は闇に覆われ、四肢は縛られ、ルリグでなく僕も身動きができなくなってしまった。

 カードを場に出すことはおろか、盤面に触れるすらできない。防御をさせなくして、全力の直撃をぶつけてくるつもりか。

 

「沈んで!」

 

 制限された視界の中から現れた黒い炎が荒れ狂い、リィンたちを飲み込む。

 『愛別離苦』のおかげで増えたライフクロスは、次々と削られていき、光を失っていく。

 それだけならまだしも、痛覚を繋げられた僕に激痛が走る。ハンマーで何度も殴られるような衝撃、焼かれるような熱さと痛み。茨に裂かれ、闇に身体を締め付けられる。

 どこが痛いとかじゃない。全身の細胞ひとつひとつが泣き叫び、頭のてっぺんから足の先まで危険信号を発している。

 以前カーニバルにされたのより、何倍も何十倍も襲ってくる苦痛。身体が悲鳴を上げて膝もついてしまう。

 足元から消えてしまいそうな錯覚と、命の炎が弱まっていくこの感覚。

 死へ近づいていく終わりの感覚。

 それでも……

 

「なんで……」

 

 それでも僕は立つ。見えない向こうへ、視線を向ける。

 

「なんで、どうして……どうしてまだ戦おうとするの!? こんな絶望的な状況で、どうしてまだあなたはそんな目をしているの!?」

「これを、僕が選んだからだ」

 

 勝ち、救い、帰る。

 僕が望んだ道の先に立つために、僕はここでみんなと戦うことを選んだ。みんなで、だ。

 だから諦めるわけにはいかない。諦めたくない。

 僕には奇跡は起こせない。ルリグをレベル5にさせられるような強さはない。

 ルールの中で、その隙を突くような小賢しい戦法でしか戦えない。誰かの力を借りることでしか戦えない。

 だがそれでいい。

 レベル5なんて使えなくても、みんながいれば関係ないってことを証明する。

 カーニバルに、夢限に、僕自身に!

 

 腕に力をこめ、無理やり動かそうとする。

 たとえ身体が千切れようとも、このバトルだけは諦めるわけにはいかない。

 

「アンロック、コインベット! メルを後退させ、出すのはこのカード!」

 

 僕が出す最後のキーカード。僕とは真逆の色をもつ、希望と逆転の一手。

 

「タマ!」

 

 僕に呼び出されたタマは、気合を入れる子どものように両手をぐっと固める。

 夢限とは違って幼く見える……が、見た目で判断すると痛い目を見るのはこれまでで体験済み。

 なにせ彼女は伝説のセレクターの最強のルリグ。

 終わらせるために、コインを叩きつける。

 

「これで最後だ!」

「『イノセンス』!」

 

 ふわり、タマを包む優しい光が広がっていく。

 暗闇は晴れ、夢限が纏う憎悪の炎が消し飛ばされ、リィンたちを縛っていた茨が融けていく。

 タマの前ではコイン技は意味をなさなくなる。

 夢限は、他人の姿やコイン技ではなく、自分自身の力で戦うしかなくなる。

 そしてそうなってしまえば、このバトルの行方は見えている。

 

「もう君にもわかっているはずだ。この勝負、決着はついた」

 

 前のターンで僕にトドメを刺せなかった時点で、どれだけ痛めつけられようと諦めない僕の意志を削り切れなかった時点で、勝敗は決まっていた。

 縛ろうが燃やそうがレベル5になろうが関係ない。そんなことは、いまの僕には関係ないんだ。

 

「私の……負け……?」

 

 夢限は震えていた。

 

「いいえ、認められない。セレクターバトルはずっと、永遠に続いていくもののはず……」

「ならなんで僕を呼んだんだ」

 

 押せば倒れそうなほど弱っている夢限に、僕は問うた。

 

「セレクターバトルを終わらせようとする僕を、僕たちを選んだ君は、本当は待っていたんだろう。僕たちがここに来てくれることを」

 

 夢限が黙る。ならばと僕は話し続ける。

 

「僕がいる。否定はしない。馬鹿にもしない。だから、だから君を、君のすべてを曝け出してくれ」

 

 『オーネスト』も『ピーピング』も使わない。

 彼女のことを偽りなく知ってしまえば、フェアじゃなくなる。彼女の心を知って利用したと思われても仕方がなくなってしまう。

 僕はそれだけはしなかった。

 

 『オーネスト』も『ピーピング』も使ってこなかった。

 怖かったのだ。僕の心を知ってしまうのが。人間の負の感情をよく知ってるからこそ、最後の希望に裏切られるかもしれないとためらった。

 彼女はそれだけはしなかった。

 

 言葉を交わす。今はそれだけしか信じてもらう術はない。

 精いっぱい、精いっぱい、熱く燃える心の内を脚色なしで放つ。

 

「僕が受け止めるから、全部、全部。僕が全部終わらせて、始めてみせるから。だから……」

 

 選択してくれと僕は願った。何をどうしてくれとは言わなかった。

 このバトルをどう終わらせるかは、彼女次第。何を望んで、何を選ぶかは夢限が考えて行動しなければいけないのだ。

 

「私は……」

 

 夢限は……

 

「私は……」

 

 夢限は手を伸ばして……

 

「私は……」

 

 夢限は唇を震わせながら手を伸ばした。懇願するように、祈るように、遠くの星を掴むように。

 窓ガラスが割れるような音がして、夢限のカードが弾けた。

 するとレベル5になったときと同じように光に包まれて、彼女は大きくなった。大きく、というのは正しくはないのだろう。これが等身大の夢限なのだ。

 その瞬間、僕と夢限の間にあった唯一の壁であるテーブルが崩れ落ちる。

 夢限は救いが欲しかったことを認めた。この閉じた世界からの解放を願った。

 そして、敗北することを選んだ。僕を信じて、自分に素直になった。

 僕は彼女を長いこと待たせすぎた。もうこれ以上は待たせられない。

 すぐさま彼女のもとへ歩み、目の前まで進む。そして、必死に伸ばしてくる手をそっと優しく、包み込むように握った。

 夢限の顔がぱっと輝いた。

 すっと流れる涙に煌めくコインの光が反射して、彼女の目に光が宿ったように見える。

 

「私は……」

 

 長いこと躊躇って、夢限は心情を吐露する。

 

「ずっと待ってた。私を連れ出してくれる誰かを。私のことを理解してくれる人を」

 

 始まりのルリグという役割を与えられ、セレクターバトルによって人を絶望に堕とそうとした。

 だけど、誰よりも絶望に堕ちていたのは彼女だ。

 人の感情によって生まれ、この白窓の部屋に閉じ込められた夢限は、ずっと独りで待ち続けていたんだ。この理不尽を終わらせてくれる誰かを。

 

「待たせてごめん」

 

 子どもにするように、夢限の頭を撫でる。

 

「これからは僕がいるから」

 

 僕がそう言うと、夢限は僕の腕の中で淡く輝く。

 ゆっくりと透けていく身体は死んでいくようにも見え……ここから解放されていくように見えた。

 やがて彼女の身体が消え去り、感触が失われる。

 

「伊吹くん」

 

 静まり返った中で、水嶋さんが声をかける。バトルが終わったからか、夢限と同じように人間サイズで。

 

「ごめん、勝手なことした」

「憎くはないの?」

「恨んでないって言ったら嘘になる。でも、いまはこれでいいって思う」

 

 水嶋さんは頷くでも頭を振るでもなく、ただ僕の言葉を受け止めた。

 夢限に対して、彼女も思うところがあるのだろう。消化しきれない思いがたくさんあるはずだ。

 無理やり納得する必要はない。許せないなら許せないで、妥協と折り合いを、長い時間をかけて見つけるしかない。幸い時間はたっぷりある。

 

「先に帰るわ。また後で」

「ああ、また後で」

 

 去っていく水嶋さんにあわせて、リルもメルもタマも、みんなが消えていく。

 言葉はない。これはお別れではないとみんなが信じているから。

 気づけば、カーニバルもいなくなっていた。どこにいったのやら……まあそれも『また後で』だ。

 

 とにかく、これだけははっきりと言える。

 セレクターバトルはようやく終わったのだ。

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