Lostorage restrained WIXOSS【完結】 作:ジマリス
みんなが消えて、僕はしばらく呆然としていた。
激戦が終わり、心と体が一息つきたがっている。たくさん叫んだせいで喉はカラカラ、勝つために考え過ぎたせいで、頭はガンガンと唸りをあげている。
バトルの終焉を心の底で望んでいたなら、もうちょっと手加減してくれてもよかったのに……なんて、僕が言える資格はないか。
見えるものを見ないふりして、ずっと逃げ続けてきた僕には偉そうなことは言えない。言えないけど……ようやく目を向けるようになった今では手を伸ばせる。
最後には……彼女は納得してくれただろうか。自分自身が本当に望むことを受け入れられただろうか。
足元のコインに躓く。身体はふらつき、尻餅をつく。壁に背を預けると、急激に力が抜けた。
「大丈夫?」
リィンが僕を案じてくる。決着のついたこの場には僕と彼女しかいない。
「大丈夫もなにも絶好調だ。ようやく全部終わったんだからな」
「ええ、全部、全部終わったわね、ようやく」
リィンは両膝をついて、僕と視線を合わせる。
「これで、あなたはこの部屋の主になった。それで、どうする?」
どうする、なんて聞かなくてもわかるだろうに。
前回のときだってそうだ。ともに戦って、成長したからこそ願いがわかる。
しかし、宣言が欲しいというのもわかる。本当に願いが合っているのかどうか確認する必要があるだろうし、それに……
その願いが、願いを言えること自体が成長の証だから。
「失ってしまったものを、すべて元通りに」
願うと、宙に浮かび床に散らばっている無数のコインが消えていく。いや、現実に還元されていっているのだ。
どこまで願い通りになるかはわからない。けど、なるようにしかならない。
僕は全力を尽くした。結果がどうあれ、納得するしかないんだ。
「覚えてる? 最初に会ったのも、この空間」
もちろん鮮明に覚えている。希望のないファンタジーの世界に踏み込んだ、初めてのことだったから。
「あのとき、負けた場合のペナルティを黙ってたのは、あなたにとってはそれが救いだと思っていたからなの」
リィンは目を逸らした。
突然の罪の告白は、もう二度と僕に会わないからか、それとも彼女も成長したからか。
「苦しんで苦しんで生きるより、理不尽に消えてしまうほうがいいんじゃないかってね」
当時の僕は、生きているだけで罪なんだと自分を責めていた。
だけど生きているから、生きてしまっているから、その存在を少しでも誰かの代わりに犠牲として使おうとした。
リィンの言う通り、消えてしまえばどれだけ楽だったかと思ったこともある。
でも結局、僕は誰かに認めてほしかっただけなんだ。
承認欲求と自傷願望。二つの強い欲望が、夢限を生んだ一端にもなっているだろう。
「私たちは同じね。間違えて間違えて、歪な道を歩く愚か者」
「『だった』をつけろよ」
「あら、ずいぶん自信を持つようになったのね」
「お前もだろ」
「ええ、変わったあなたと一緒に、私も強くなった」
リィンは空を見上げた。といってもその目に映るのはどれだけ遠くにあるのかわからない光だけで、思い描くような青い空もないけれど。
「ようやく、まともに前を歩けた気がしたわ」
リィンはにこりと笑った。
「それじゃ……」
「またな、リィン」
別れの言葉を継げようとするリィンを遮って、僕が先に言う。
リィンは少し驚いた顔をして、それからクスリと笑う。
「ええ。また、ね」
一瞬。まばたきをしている間にリィンは僕の前から消え去った。
落ちつこうとしていた身体に力を入れ、立ち上がる。ここで眠ってしまえば、永遠に閉じ込められてしまいそうだ。
水嶋さんも他のみんなも、もうこの空間から消えている。
リルやメルたちはどうなったのだろう。記憶から生まれたルリグたちは、消滅してしまったのだろうか。
確かめる方法はただ一つ。ここから出て、現実に戻ることだけだ。
帰ろうと踵を返すと、一人、あぐらをかいて座り込んでいる人物がいた。
「なんだよ」
ぶすっとした顔を向けるのは、レイラだ。
「なんだ、はこっちのセリフだ。こんなところに居座ってると消えるぞ」
「それでいいのさ。もう終わったんだから」
ふう、と大きいため息をつき、レイラは空を見上げた。
「あんたもよくやったよ。無事じゃ帰れないって可能性もあったのに」
そりゃ、カーニバルと夢限が相手だから、無傷で帰れるとは思ってなかった。
「けど、これしかなかった」
孤独は嫌だと、夢限になんとしても認めさせたかった。そのためには消滅させるのではなく、解放が必要だ。
人の感情や欲望によって生み落とされ、この場所に縛りつけられた彼女が、外の世界を知る必要があった。
水嶋さんじゃ、それはできない。
彼女の願いを聞いて、真相に辿りついて、彼女を許してやれるのは僕だけだから。
「それに、君とカーニバルを戦わせるって約束もあったしね。あいつが敵側についてくれてよかったよ」
「んで、あんたが矢面に立って戦うってか。お人よしにもほどがあるんじゃないか?」
「よく言われるよ。だけど今回に限っては、矢面に立ったのは僕だけじゃない」
みんなが僕に手を伸ばし、僕がみんなの手を取る。勝利はそうやって実現した。
危険だったけど、幸いにも夢限は思ってたよりも人間らしく、僕の思う通りに感情を揺らしてくれた。
「ま、あんたとのバトルは面白かったし、約束も守ってくれた。これでもけっこう感謝してるんだよ?」
レイラがニッと笑う。
ああ、なんだ。いい笑顔じゃないか。何もかもを振り切ったすっきりとした笑みに、僕も口元が緩む。
「なに、その手」
僕が伸ばした手を、彼女は不思議そうに見つめる。
「僕に貸しを感じてるなら、君も一緒に来てくれよ」
「はあ? もうバトルがないなら、あたしがいる意味なんてないよ」
レイラはため息をついた。そんなことくらい、わかってんだろ? と言いたげな目をしている。
ああ、わかってる。レイラはずっと強いセレクターとルリグとのバトルを求めていた。
バトルをするために生まれたのだから、バトルをしなければ意味がない。彼女自身も戦いを楽しんで、バトルすることだけを選び続けた。
それで終わりなんて、あまりにも寂しすぎる。
「生きる意味なんてのは、僕たち人間だってわからないさ。それでも、何かと理由をつけて生きようとする」
学校や仕事があるから。
発売予定の本やゲーム、映画が楽しみだから。
死ぬのが怖いから。
誰かが好きだから。
明日、また誰かに会いたいから。
どんな理由だっていい。僕らはこの世界に希望を感じて生きている。
どれだけ小さくとも、どれだけ儚くとも、生きる理由になるのなら、生かす理由になるのなら、それでいい。
「君はバトルしか知らないから、バトル以外に価値を見出せないんだ。世界を広げれば、きっと何か見つかる。こんな小さなカードの中じゃなくてね」
「あたしはルリグだ。人の欲望から生まれた存在で、人間じゃない。ここを通ったところで、人間になれるかどうかなんて……」
「なら通ってもいいだろ?」
本当にどうしてもと言うなら、僕だけ帰るのも仕方がない。だけどこの空間が滅びるその瞬間まで諦める気はなかった。
「あんた、どうしてそこまで……」
「元々はカーニバルも夢限も全員助けるつもりだったんだ。君だけ放っておくのは、寝覚めが悪くなる」
「はっ、なんだよそれ」
レイラはけらけらと笑った。
バトルしているときとはまた違う、生き生きとした表情だ。
「あんた、相当欲深いね」
「そうだよ。抑圧してたぶん、今は誰よりも欲しがりだと自負してる。手の届くものは全部救いたいんだ」
僕は手を彼女の目の前にまでもっていく。
「だから、僕は君を諦めない」
レイラはじっと僕の手を見る。自分へと差し出された、救いの手を。自分に素直になる最後のチャンスを。
「生きる理由か……見つかるといいな」
「見つかる。僕も手伝うからさ」
彼女は勢いよく僕の手を掴む。ぐいっと引っ張られて、再び立ち上がった。
「約束は破らないんだよな?」
「君が一番よくわかってるだろ」
違いない、と彼女はまた笑った。
△
はっと目覚めたのは、白窓の部屋へ行く直前と変わらず、繭の部屋だった。
キャンバスの絵に、天窓からの光が降り注いでいる。
元通りになれと願った。実際にはどうなっているかわからない。
それでもセレクターバトルは終わった。全てが終わり、変わってしまったものや失われたものは、元に戻ったはずだ。
それだけでもよくやっただろ?
自問自答する。そうだと自分に言い聞かせる。
「伊吹くん」
僕を呼ぶ声に振り向けば、そこにはみんながいた。
ここに一緒に来た御影や小湊さん、植村さんだけじゃない。水嶋さんやすず子に森川も。
紅林さんもタマもいる。カードの中じゃなくて、人間の姿で、そこにいる。
「伊吹くん……どうなったの?」
水嶋さんがおそるおそる聞いてくる。
この中では夢限とのバトルを見届けた一人ではあるが、その先のことは僕しか知らない。
水嶋さんは僕が何を言うかを固唾をのんで待った。
「終わったよ」
言うべきことはたくさんあった。言いたいことも山ほど。戦い続けた彼女たちにこれ以上ないほどの安心を与えたかった。
だけど一言、だから一言、必要な言葉だけを投げた。
水嶋さんが望み続けた、たった一言。
「全部終わった」
長い間、沈黙が続いた。
僕の言葉をゆっくり咀嚼して、そしてみんなの顔に徐々に光が灯っていく。
「やったぁ!」
一番に声を上げたのは紅林さん。それに続いて、みんなも次々と歓喜の声を発する。
僕もようやく実感が湧いてきた。セレクターバトルが終わったことは、頭では理解していたけれど、まだどこか気持ちが落ち着いていなかった。
けどこうやってみんなの笑顔を見てると、心が晴れていく。
「それにしても、すず子も森川もここに揃うなんて……」
「全てが終わった時、ちーちゃんの傍に誰かが必要になる……って言ったでしょ?」
すず子が僕の手を取る。
「でもそれは、みんなも同じだと思ったから」
みんなが喜び、笑いあう。少し前までずっと静寂が続いていたこの場所で。
たしかに、セレクターバトルが終わったことをばらばらに知って、個々で歓喜するよりこっちのほうがいい。
すり減った心を癒し合うには、同じく傷ついた者がいればいい。
「肇くん」
沸き立つみんなの中で、彼女は優しく僕の名前を呼ぶ。
ほのかに身体が温かくなるのを感じる。彼女から名前で呼ばれたのは久しぶりだ。
「おかえり」
全部が元に戻っているなら、当然すず子だって記憶が戻っているはずだ。
当然、僕から受けた酷い言葉だって思い出している。なのに彼女は微笑んでくれている。
だから、とりあえず今は謝罪とか感謝とかは置いておいて、もっと言うべき言葉がある。
「ただいま」
なにもかもが望むとおりになったわけじゃない。
失われたままのものはあるし、記憶を取り戻したことで悩み続けてしまう者もいるだろう。
だけど、できることはやった。
これが最善だと信じて、やれることを全力でやった。
全てがあるべきところにおさまったのだ。