Lostorage restrained WIXOSS【完結】   作:ジマリス

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洞察/勝者と敗者

 翌日の昼休み、御影さんと穂村を中庭に集めた僕は、借りていたノートを返した。

 昨日のこと、ブックメーカーのことに関してはすでに追記してある。

 

「里見紅、掴みどころのない男だったよ」

 

 あのあと色々とブックメーカーについて調べてみたけど、そもそもが都市伝説並の存在である彼には様々な噂が飛び交っており、どれが真実が何かわからない。

 幸いなのは、彼がセレクターでないことだ。バトルを調整しても、バトルそのものに干渉する力が彼にはない。

 

「剣呑。会うのは危険だということですか?」

「どうかな。勝ち進んでバトルを抜けるにしても、コインの消滅を防ぐにしても、ブッキング自体は悪くない」

 

 ノートを凝視する御影さんと穂村。そこには、僕の契約書に書かれていたことも追記してある。『里見紅がブッキングしたバトルを断ることができない』という文が気になるものの、『セレクターの要望にできるだけ沿う』ことも明記されているから、上手く扱えれば最悪のことにはならない……はず。

 

「話し合いの場には来てくれるの?」

 

 穂村が不安そうに見てくるが、僕は首を横に振る。

 

「残念だけど、今日はブッキングされてる。バトルが終わったらすぐ行くつもりだけど、危険を感じたらすぐ逃げること」

 

 里見からは、朝にメールが送られてきていた。バトルする場所と時間、そして相手の顔写真が添付されていた。

 放課後すぐに指定されており、場所も里見のいる喫茶店からは少し離れている。

 わざわざ待ってもらうのも悪い。運が良くなければ、僕は残り一枚のコインを失ってしまう。

 口に出さずとも、二人は分かってくれたようで、顔を曇らせながらも了承してくれた。

 昼休みもそろそろ終わりだ。教室に戻ろうと立ち上がった瞬間、小さな力に引き止められた。

 

「あの……」

 

 穂村がぎゅっと、僕の裾を掴んでいる。

 

「今日、待ってるから。今日来れなくても、明日、明日も待ってるから」

 

 次に会うときは、僕の中にいるのは『伊吹肇』ではないのかもしれない。可能性としてはありえない話じゃない。

 だけどそんな可能性なんか認めずに、穂村は僕を、『伊吹肇』を待ってくれる。

 消えるつもりはないけれど、これで余計に負けられなくなったな。

 

 

 居酒屋と何やら色々な業種の事務所が入っているビルの間で、リィンのカードを持って待機する。

 まだ明るい。この居酒屋が開くのは夜からだし、仕事をしている人たちはまだまだビルから出てこないだろう。

 邪魔は入らない。今の時間帯なら、セレクターバトルをするにはうってつけの場所だ。

 

「負けられないわね」

 

 静寂の中でリィンの声が響く。

 デッキは、御影さんからアドバイスをもらって、少しばかり強化している。しかしまだ初心者同然なのだ。勝てる保証も自信もない。

 

「なあ、リィン。もし負けたら、その時は……」

「嫌よ」

 

 彼女は即答する。

 

「負けた後のことまで面倒見きれないわ。あなたが何を言おうが、私がそれに従う気はない」

 

 命令を聞くのは、あくまでバトルの時だけ。話どおりリィンが僕に成り代わったら、周りに対しては伊吹肇として振舞うだろうが、セレクターバトルの後始末はつけてくれないだろう。

 こんな理不尽が始まる前の日常を過ごすだけ。

 

「気がかりややり残したことがあるなら、このバトルに勝って、自分で始末することね」

「お厳しいことで」

 

 ほどなくして現れたのは、ラフな格好をした男。特別個性的なわけでもなく、どこにでもいるような男、というのが第一印象だ。

 持っているスマートフォンと僕の顔を見比べて、彼は口を開いた。

 

「君が里見さんの言ってたセレクター?」

 

 物腰柔らかに、そして気さくに話しかけてくる。大学生くらいだろうか。少なくとも年上だ。

 

「そうです。ええと、墨田(すみだ)さん?」

「うん、よろしくね。ええと……」

「伊吹。伊吹肇です」

「伊吹くん、結構勝ってるのかい?」

「いえ、負け続けでブックメーカーに頼ったくらいですから」

「大変だよね」

 

 御影さんや水嶋さんと違って、殺伐な雰囲気はない。まるでなんの賭けもなくショップでバトルするような、そんな感じ。

 早速、墨田さんはカードを取り出した。僕もそれに倣う。

 

「オープン!」

 

 突然の場面切り替わりも、三度目だと慣れたものである。瞬時にバトルフィールドに移された僕は、まず相手を確認する。

 リィンよりも少し露出度の高い衣装を纏って、こちらを窺うようにびくびくと見てくるルリグ。またしても黒色デッキである。

 宙に浮く時計盤の針が指しているのはやはり黒で、見ただけではどちらが先攻かわからない。

 

「あっちの先攻よ」

 

 リィンが教えてくれる。あちらもそれを認めたようで、手が動き出す。

 

「グロウ。シグニを並べて、ターンエンド」

「リィン、グロウ。シグニ展開。アタック」

 

 レベルの低いうちは各々の武器を扱えないらしく、相手のところまで飛んでいって殴る。

 リィンも例外ではなく、魔法を得意とする彼女ですら拳でダメージを与えた。

 

「あうっ」

 

 軽く悲鳴を上げながら倒れる相手のルリグ。まだ大したダメージではないのに、よろよろと立ち上がる。

 墨田さんはまだ余裕のようで、手札を見て次の戦略を考えている。

 次は墨田さんのターンだ。

 

「グロウ。シグニを並べてアタック」

「ごめんなさいっ」

 

 言いながら殴りつけてくる。

 リィンはよろめいたものの、その場から一歩引いただけだ。凛とした雰囲気は崩さず、なんでもないふうに姿勢を正す。

 

「リィン」

「大したことないわ。続けて」

 

 次の僕のターン、そして墨田さんのターンも、特筆すべきことは起きなかった。

 黒デッキを使う割には、どちらも単純な攻撃だけで、変わった能力を使うこともない。

 さて、と僕は考える。

 次の墨田さんのターンから劇的に状況は変わるだろう。ルリグがレベル4になれば、強力な効果を使うことができる。

 おそらくはそこで一気に削ってくるはず。

 防御を固めて備えるか、手札を温存して反撃に出るか。

 

「シグニを展開。ターンエンド」

 

 僕は前者を選択した。すると、くくっ、と押し殺した笑いを漏らした墨田さん。やがてそれは抑えきれるものではなくなったようで、腹を抱えだした。

 

「ははっ、初心者丸出しの動きだな。こりゃもらったぜ。グズ子、グロウ!」

 

 ようやくルリグの名前を出した。

 グズ子、なんてどれだけ贔屓目に見ても愛をもってつけた名前じゃない。

 繕った爽やかさは僕を油断させるための罠。バトル前に僕のことを聞いてきたのも、コインの数と合わせて、実力を確かめるためだ。

 このブッキングは、里見が調整したもの。そして僕は、墨田の出す条件に合ったセレクターなのだ。

 つまり、墨田は初心者狩り。バトル慣れしていない相手を騙し、すかし、脅し、それで勝利をもぎ取ってきた輩なのだ。

 

「コインベット!」

 

 レベル4となって、グズ子が得た鎌が光る。

 

「『ダイレクト』」

 

 コイン技を発動するなり、グズ子が向かってくる。

 

「ごめんなさぁい!」

 

 こちらとあちらのフィールドは離れているが、猛スピードの一撃を受け止めることができなかった。

 リィンの脇腹に、刃が深々と刺さった。同時に、僕にも痛みが走った。

 

「ぐっ」

 

 あまりの激痛に、その場に座り込んでしまうところ、テーブルに腕を押さえつけて身体を支える。

 服をめくって確認してみるも、血は出ていないし傷もない。だが痛みだけは本物だ。

 ルリグの受けた痛みを、セレクターにも与えるコイン技か。初心者なら、いやそうでなくても心身ともにショックを受けて普段の力を出せなくなる。

 

「ははっ、雑魚が俺に勝てるなんて思ったわけ? とんだカモだな。里見さんに感謝しねーと」

「あの、まだ勝敗は決まっていませんし、油断は禁物だと思います……」

「はあ? だからお前はグズ子なんだっつーの。あいつが前のターンで攻撃をしなかったから、俺のライフクロスはまだ余裕がある。けどあいつはあと一発食らったら終わりなんだから、俺のターンが回ってきたら決着がつくんだよ」

 

 しかし、初心者狩りをする男に僕を当てるとは……まあ相手の希望もあるのだろう。対戦相手の条件を出さなかった僕が里見を非難することはできない。

 僕は足に力を入れて、姿勢を正す。

 

「リィン、大丈夫か?」

「ええ、平気」

 

 リィンは僕のように怪我した場所を抑えてはいない。だけども膝をついた体勢を戻さないところと、黒いドレスが血で濡れていることから、いかにルリグといえども、相当のダメージを負っていることはわかった。

 

「おいおいまだやる気かよ。無駄だっつーの」

「いや、お前の考えはわかった。お前のすることも、やり方もな」

「はあ? お前、今の状況分かってるわけ? もう一度でも攻撃食らったら終わりなんだぜ?」

「分かってるよ。分かってるうえで言ってるんだ」

 

 正直コイン技は意外だったが、それ以外は想定内だ。

 僕のことを聞いてくるわりには、自分のことは何も言わない。グズ子が攻撃を受けても心配する素振りなんてなかった。

 嫌な性格持ちだということは、すぐにわかっていた。

 僕が目の前に手を掲げると、一枚のカードがどこからともなく現れる。中心に金色のコインが描かれた、濃紫色のそれを掴む。

 

「悪いけど、この後約束してるからね。どうしても負けるわけにはいかないんだ」

 

 相手もこの理不尽なバトルに巻き込まれた被害者だということはわかっている。

 だけど僕もそうで、しかもコインが一枚。そして対戦相手だけでなく、ルリグすら雑に扱う墨田には同情の余地はない。

 

「コインベット」

「『リターン』」

 

 リィンが前に腕をかざすと、僕と墨田の間に緑色の丸い魔方陣が現れる。それはゆっくりと左回りに回り始め、だんだんと輝きを増す光を放つ。光は僕のことも、相手すらも巻き込んだ。全てが見えなくなった白の中、鐘が鳴る音だけが響いた。

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