Lostorage restrained WIXOSS【完結】   作:ジマリス

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目標/依然と向上

 記憶を取り戻したことによる僕のショックは、穂村と森川の話とそれによる関係断絶によって上書きされた。

 もともと僕のは、一度経験した過去だ。

 どうやって気持ちに整理をつけたのかまでは思い出せないけれど、とにかく自分なりに納得できるような答えを出したのだろう。だから僕は、自分に傷をつけてもなお生きている。

 絆創膏で隠された首の傷は、自分なりのけじめか課した罰だ。

 とはいえ、当時の苦い思いを一気に思い出させられて、その後に出した結論が頭の中に残っていない今は、正直かなり気落ちしている。

 しかし誰かがどれだけ傷ついても、世界はいつも通りに回る。

 いつもと変わらない退屈な授業なんて頭に入ってこないのは、僕も穂村も同じだった。

 顔は上げて黒板を見つめるも、何が書いてあるか理解できなかったし、理解する気もなかった。

 あの公園で話を聞いていただけの僕でさえこれなのだ。当事者である穂村は、想像もつかないほどの底に落とされた気分だろう。

 時間が解決してくれると思って、話しかけることもしなかったが、何日経っても穂村の様子は全く変わらないどころか、さらに沈んでいっているような気がする。

 落ち込んだままの穂村を見ていられなくなり、ついに今日の昼に誘って、いつもどおり中庭へ連れ出す。

 食べている間、彼女はずっと黙っていた。

 励ましたり、慰めたりできればいいんだけど、彼女が負った深い傷を思うと、浮かんだ言葉が全て軽く思えた。

 結局何も言えない僕たちはそのまま昼食を食べ終えた。それから十分ほど経っただろうか、ぽつりと話し始めた。

 

「はんなちゃんともバトルしたんだ」

「ブッキングされたのか?」

 

 御影さんはバトルを申し込んでも、穂村が受けるとは思わない。里見が仕掛けたのだろう。ブックメーカーとの契約には、ブッキングには逆らわないことが明記されていた。

 穂村はこくりと頷いた。

 

「はんなちゃんが希望したらしいの」

「御影さんが?」

 

 なぜ、と僕は思う。

 確かに契約には、ブッキングはセレクターの要望にできるだけ沿うという文もあった。だから御影さんが望んで、里見がバトルを調整したのなら、誰を責めることもできない。

 しかし、穂村が追い詰められていることを知っていて、なぜ御影さんはバトルをしようとしたのか。

 それだけ早くコインを集めたいのだろうか。彼女は、自分の記憶に固執していたようだし。

 

「人に頼ってばっかで、甘えてばっかだったから嫌いになっちゃったのかな」

 

 穂村の肩が震える。

 

「ちーちゃんに捨てられて、はんなちゃんとも話せなくなっちゃって……」

 

 ぽつり、と彼女の膝に涙が落ちた。

 このセレクターバトルで穂村が失ったものは多く、大きい。記憶以上に、人との繋がりが消えていく。消えていくというより、断ち切られていっている。

 森川のことをずっと思い続けてきた穂村にとっては、これ以上ない苦しみだ。

 そして森川もきっと、誰よりも穂村のことを思っていたのだろう。

 穂村を守るために、穂村の憧れであるために、彼女は努力した。たぶん、それは今も一緒のはず。

 セレクターバトルの勝利報酬を使ってまで忘れようとするのは、そうでもしないと忘れられず、振り切れないほどに森川の比重を占めているからだ。

 おそらく、里見に唆されたか何かされて、完全に捨て去るべきだという強迫観念に囚われている。だけどその奥底は、まだ穂村のことを大切に想う気持ちがあるに違いない。

 どれだけ言い繕っても、どれだけ酷いことを言って言われても、どれだけ傷ついても、心が相手を求めてる。

 そんな二人が離れ離れになるなんて、間違ってる。

 

「対等だと思える関係として、もう一回森川と友達になればいい。絶交されたって、また関わりを持ってはいけないなんて決まりはないんだし」

 

 それに、と僕は付け足す。

 

「放っておけないなら、放っておく意味はないだろう」

 

 その言葉を聞いて、穂村はようやく顔を上げてくれた。

 

 

 御影さんに話を聞きたかったし、今の穂村を一人にさせるのも避けたかった。だけど、僕が決めた放課後の行動は、里見のもとへ向かうことだった。

 連絡はしなかったから、いるかどうかはわからなかったけれど、まるで当たり前かのようにいつもの席に座っていた。ブラックのコーヒーを、ストローでぐるぐると掻き混ぜている。

 

「やあ伊吹くん。そっち座って」

 

 彼は僕を認めるなり、爽やかな青年のような笑顔で対面を促す。

 僕もアイスコーヒーを注文して、座る。すぐに運ばれてきたコーヒーに砂糖とミルクを入れる。里見のとは違って白色に染まったそれを一口飲んでから、僕は話を始めた。

 

「里見さんはどこまで知ってるんですか」

「知るべきことと知りたいことなら」

 

 答えをはぐらかされて、僕は顔をしかめた。負ければルリグに取って代わられることは、彼にとってどちらなのだろうか。

 

「そんな嫌そうな顔しないでよ。楽しんでるのは確かだけどさ、でも俺はセレクターの望んだとおりにブッキングしてるだけだよ。今回はんなちゃんにしたブッキングも、彼女の希望どおりだしさ」

 

 確かにそうだ。里見を責めることはできない。だが、結局はこの男が楽しみたいから快く応じたのだ。

 言いようのない不快感を握りつぶすように、僕は拳を固める。

 

「まあまあ落ち着いてよ。それよりも俺、伊吹くんのことも気になってるんだよね。実は、墨田さんと君のバトルのことなんだけど、本当は墨田さんが勝つと思ってたんだよね。伊吹くんは初心者だし、墨田さんはやる気満々だったし。コインも使わなかったんでしょ? ねえ、どうやって勝ったの?」

 

 身を乗り出すほどの勢いで訊いてくる里見の顔は、単純な好奇心だけだった。

 

「僕を舐めすぎてただけですよ。墨田はコインが三枚で余裕をもちすぎてた」

 

 僕はコイン技のことは隠して、それっぽい理由を口にする。実際、この言葉は的外れじゃない。森川とのバトルを見る限り、どうあっても自分が上だと過信する男のようだったし、いずれ負けて落ちるのは目に見えていた。

 頼んだコーヒーを少しずつ飲みながら、里見の質問に返していく。学校には他にセレクターはいないのかとか、僕のデッキの特徴とか、特に心の内を探りにくるような質問はなかった。

 世間話をするかのような軽い口調に警戒しつつ、適当に受け流していると、すっと横から誰かが現れた。

 森川だ。僕は一瞬どきっとして、身構える。

 

「契約、取ってきたわ」

「おお、いつもどおり手際がいいね、千夏ちゃん。それじゃ、これいつもの」

 

 森川が二枚の紙を里見に渡すと、お返しに彼は封筒を渡した。厚さからいって、小物などではなさそうだ。となれば、僕には金しか思い浮かばない。

 契約、と彼女は言った。ブックメーカーの契約は本人によるスカウトだけじゃないのだ。確かに、誰が対象者かわかるセレクターのほうが向いている。

 森川は封筒を受け取ると、僕のことなんてまったく気にせずにさっさと去っていった。

 何か言ってやりたい気持ちにもなったが、穂村を捨てたときの彼女の目を思い出して気が引けた。

 そこには僕の想像を超える深い絶望と安堵と怒りが渦巻いていた。

 怒り。それは自分を縛る穂村に対してか、それとも……

 

「森川を使いっぱしりにしてるのか?」

「自分の足で契約を取るのも楽じゃなくてね。こうやって頼んでるんだ。お金だったり、情報を渡したりしてね」

 

 ブックメーカーという存在は、まだ都市伝説の域を出ていない。実際に目の当たりにしても、バトルを調整するという提案に怪しむ者も多い。

 しかし森川は要領よくこなしているらしく、この仕事を斡旋したところ、早速何人ものセレクターに新規契約を結ばせたそうだ。

 

「ところで、そんなことを言いたくて来たわけじゃないでしょ?」

 

 もちろん、ただ世間話をするためにこんな気持ちの悪い男と一緒にいるわけではない。という本音を隠して、僕は頷いた。

 

「少しだけ猶予が欲しいんです」

「猶予?」

「コインが自然消滅する前には対戦を組んで欲しいんですが、ギリギリまで待ってもらいたい」

「いいよ」

 

 理由も聞かずに、里見はあっさり承諾した。

 僕が目を丸くしていると、里見はテーブルナプキンを折り始めた。

 

「契約者の要望にはできるだけ応えるってのも契約のうちだからね。君からの連絡が来て、その日か次の日くらいにはバトルできるように調整するよ」

「けっこう贔屓してくれるんですね」

「言ったじゃん、君のことが気になるって。他のセレクターより面白そうな雰囲気してるんだよね、君。自分自身じゃ気づいていないだろうけど」

「こんな平凡な男子高校生つかまえて何を……」

「平凡……だったらどれだけよかったんだろうね」

 

 意味深な発言をして、折鶴を僕の前に差し出してきた。

 折り始めの時点でコーヒーがかかっていたのか、その首部分から黒色が広がっていく。じわりじわりと、ゆっくり綺麗な白が、茶色がかった黒に侵食されていった。

 

 

 兎にも角にも、強くならなきゃいけない。ウィクロスの戦術や特徴を書いた本は読み漁ったがそれだけで十分とは思えなかった。

 ブッキングを待ってもらったのは、それが理由だった。

 僕がまず向かったのは、御影さんのところだった。呼び出した迷惑料としてジュースを買ってやり、渡す。

 昼休みに僕が指定したのは、やはり中庭。ベンチに座る御影さんと対面するために、僕は正面に立つ。

 

「やっぱり、ただ契約どおりバトルするだけじゃ済まないってことだな」

「合点。ブックメーカーのことですね」

 

 僕は頷いた。

 

「バトルの敗北とそれに伴う人格の消滅、穂村と森川の再会、そしてその両方を僕たちに見せつけた。全部、最悪なタイミングで」

 

 セレクターでなく、バトルには干渉できないからと高をくくっていた。契約者の実力や精神状態を理解していれば、バトルの前後には十分手を加えられる。

 里見と契約したセレクターの行方は、彼が握っているといっても過言ではない。

 

「ところで、穂村とバトルしたって聞いたけど」

「そちらが本当に聞きたいことですか」

「まあ、そうだね。君がブッキングを望んだって聞いて、気になったから」

 

 僕が渡した缶を開け、一口飲んでから御影さんは話を続けた。

 

「確証。負けた場合の罰は、確かにこの目で見ました。ですが、勝った場合の報酬について信憑性が高まったと考えていいでしょう」

 

 失くした記憶を取り戻す。記憶を都合の良いように作り変える。あるいは、森川のように記憶を一部消す。

 その権利は、欲しい者からすれば垂涎ものなのだろう。御影さんも森川も、それに囚われた一人なのだ。だから、すぐに戦える穂村を対戦相手に選んだ。

 

「私は勝たなければいけないんです」

 

 譲れないものがある。僕にも御影さんにも、どうしても退くことができない一線がある。

 『勝ちたい』と『負けたくない』。一見似ているようでまったく違う願いを、僕たちは賭けて心を削っている。

 里見はそこを利用してくる。だけど、たとえ里見の手の平の上だとしても、僕は……僕たちは負けるわけにはいかない。

 僕たちは強くならなきゃいけない。

 

「僕も負けられない」

 

 僕は頭を下げた。

 

「御影さん、勝ち方を教えて欲しい」

 

 生きるためなら、僕の安いプライドは捨てよう。負けてしまえば、そんなちっぽけなものすら残らなくなるのだから。

 

「……御影、で構いません。伊吹さんのほうが歳上なんですから」

 

 断られるかと思ったけれど、彼女はこくりと頷いた。

 

「承諾。すず子さんにも同じことを言われました。彼女と一緒なら構いません」

 

 そう言って、御影さんは一つ条件を出してきた。

 

 

「そういうことで、赤のデッキだからといって、必ずしも全て赤で固める必要はありません。他色でもシナジーがあるカードはありますし、意外性をつけることもできます」

 

 御影によるウィクロス講座の教室は、学校近くの公園に決まった。

 狭くもなく、遊具もないわけではないが、ここには人があまり来ないらしい。邪魔が入らず、目線を気にすることもないここは絶好の場所だ。

 僕はすでに今日分は教えてもらって、いまは穂村の番。黒色デッキと赤色デッキじゃ、やはり運用に大きな違いがあるので、交代制で教えてもらっていた。

 

「よかったよ。穂村が塞ぎこむようなことにならなくて」

 

 僕は手持ちのルリグ三体に話しかける。万が一、何かが間違ってバトルしてしまわないように預かっているのだ。

 

「あなたのおかげよ」

 

 答えたのはリルだ。

 

「僕?」

「すず子はちーちゃんに遠ざけられて、本当に落ち込んでたの」

 

 涙を流した穂村を思い出した。ずっと残っていた友情を断絶させられた苦しみは、僕の想像を絶する。

 

「あなたの言葉で、前に進むことを決めたのよ」

「なら、少しは役に立ったかな」

「ええ、ありがとう」

 

 森川は異常な状況に巻き込まれ、さらには里見の言葉に惑わされているだけだろう。

 御影は過去の記憶を取り戻すのに精一杯なだけ。本気で穂村を見捨てようとしている人間はいない。

 悪いことが重なりすぎて、処理しきれなかっただけだ。絡まった糸を解せる手伝いができたのなら、僕としては光栄だ。

 真剣な目つきで教えを聞く穂村を見る。それだけなら、ウィクロスに興じる女子二人と男子一人。

 セレクターバトルに巻き込まれなければ、理不尽な状況に悩むこともなかった。けれど、それがなければ、こうやって彼女たちと一緒にいられることもなかったのだろう。

 そう考えると、少し複雑な気持ちになる。

 

「それで聞きたいのですが、伊吹さんのお気に入りははんな様? すず子さん?」

 

 今度はいたずらっぽい笑みを浮かべるナナシが口を開けた。

 

「お気に入り?」

「どちらが気になるかという話ですわ」

 

 僕はため息をついた。男女揃えば即恋愛沙汰に発展するわけでもあるまい。

 確かにこんな異常な状況の中だ。つり橋効果云々が発揮されないとも言い切れないが、そんな心の余裕は僕にはなかった。

 

「女性って、そういう話が好きだよな」

「質問に答えてないわよ」

 

 リィンも追撃してくる。リルもクールながら含んだ笑みで続きを待っていた。

 ルリグですらこういう話を振って楽しんでいる。それだけ、今この瞬間が平和だとも言える。

 

「僕と穂村と御影はそういう関係じゃないし、そういう関係にもならない」

「言い切れるの?」

「いま言い切った」

 

 僕はともかくとして、彼女たちが僕に好意を持つなんてありえないだろう。

 浮気して暴力を振るった父と同じ道を行かないように避けているが、それでも僕は父の息子なのだ。どこかでその最低な性格が滲み出ているに違いない。

 僕と彼女たちは、あくまでこのセレクターバトルを抜け出すための協力関係だ。終わってしまえば、お互いそれぞれの生活に戻る。

 

「では、今日はここまでにしましょう」

 

 そう言って、御影はベンチに広げられたカードを片した。長く時間を割いてくれた彼女に、僕と穂村は跪いた。

 

「師匠、レッスン料です」

「僕からは後星の緑茶を」

 

 授業料である。

 穂村は御影に、甘味を提供することを条件にウィクロスを教えてもらうことにしたらしい。その甘味とやらが、かなり有名なところのもので、何時間も並ばないと変えないような品だ。

 昨日授業が終わってから飛ぶように教室から出て行ったのは、これが原因か。

 ならばと僕が差し出すことに決めたのは、それに合う飲み物だ。多少値は張ったが、こちらも有名店の茶葉を使用した緑茶。朝のうちに淹れておき、保温水筒に入れておいたのだ。

 御影は目を輝かせてそれらを受け取る。

 普段は冷静に状況を判断して、百戦錬磨の実力も持っているが、こういうところは普通の女の子だな。

 

「はい、伊吹くんも」

 

 穂村が、袋から大福を渡してきた。もんじ屋という店の代表であるその和菓子のことは、僕も知っている。

 土日であろうが平日であろうが関係なく、売り切れるのも早い。夕方ごろに行っても、販売終了なんてざらにある。

 

「僕に?」

「うん、一人三つまでだったから買っちゃった」

「ありがとう。それじゃ僕からも」

 

 もう一つ水筒を取り出して、用意していた紙コップに注いで渡す。これも御影に渡したのと同じお茶だ。

 本来は講座の対価。しかし御影に渡しておいて、穂村は放置というのも後味が悪いと思って買っておいたのが正解だった。

 

「い、いいのかな。高いんでしょ、これ?」

「いいのいいの。むしろ返されたほうが困る」

「えへへ、ありがとう」

 

 三人で大福を頬張る。小さいが、行列が出来るのも納得の味だ。僕は並ぶのは嫌いだから、こういう機会でもないと一生食べなかっただろう。

 見立てどおり、それがかなり甘かったから、上品な苦味が少し感じられる緑茶はよく合った。

 飲み食いしながら、僕はほっとする。

 あれだけ涙を流して塞ぎこんでいた穂村が、今ではすっかり気丈に振舞っている。

 

「疑問。一つお伺いしたいのですが、今までバトルに積極的でなかったあなたが強くなろうとしたのは、千夏さんに関係があるのですか?」

 

 御影は饅頭を満足げに頬張ったあと、お茶をすする。

 穂村にとっては一番デリケートな質問だが、表情を崩すことなく、確固たる決意を秘めた目で返す。

 

「もう一度、ちーちゃんと友達になりたいから」

「疑問。あなたが強くなっても、千夏さんが勝ち抜けてしまえば、記憶を捨ててしまうと思いますが」

「だから私は強くなりたいの。二人の思い出を守るために」

 

 こんな戦いに巻き込まれてなお、穂村は笑う。強くなって、森川千夏を守る……か。

 森川が穂村のことを忘れてしまえば、もう一度最初から関係をやり直す。忘れなくとも、振り払われる手を繋ごうとする。

 絆が断ち切られようとも、何度でも希望を諦めない姿勢は、僕には眩しすぎる。

 

「伊吹さんは?」

「消えたくないだけだよ」

 

 単純な理由である。そもそもこのセレクターバトル自体が理不尽なのだ。巻き込まれた僕にとって複雑な理由はいらず、ただペナルティを回避したいというのはしっかりした答えだろう。

 それ自体に偽りはない。だけど、半分だ。もう半分、戦う理由がある。

 勝利して二枚目のコインを得たとき、僕は父に関すること、僕自身も父の息子として母を傷つけているのだと思い出した。

 だけどその後が思い出せない。僕は何を経験して、何を思って普通に暮らそうとしているのか。つまり、あれだけ自分の存在を嫌悪しておきながら、立ち直った経過が不明なのだ。

 失われたのは何か、大事な記憶だったと思う。消してはいけないはずの大切な記憶。そしてそれを怖くも感じる。

 記憶の残滓を見せつけられれば、それが気になるのが人間だと御影は言った。あのときは意にも介さなかったが、実際に体感するとその通りだ。

 頭の隅に残っている記憶の切れ端だけじゃ満足できない。

 知りたいという気持ちもある。それ以上に知らなければならない焦りが、僕を動かしていた。

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