Lostorage restrained WIXOSS【完結】 作:ジマリス
セレクターバトルをするにおいて、路地裏は鉄板の場所らしい。道行く人の目には留まらず、誰にも邪魔されない。
今回もその例に漏れず、集合場所に指定されたのは雑居ビルの間だった。
すでに対戦相手は到着していて、じっと佇んでいた。
僕はもう一度、里見から送られてきた画像を見る。確かにこの子だ。
「よろしく。僕は伊吹肇」
三つ編みの、大人しめの少女。歳は僕と同じか少し下くらいか。
できるだけ柔らかい声で話しかけたのが功を奏したようで、彼女の警戒はいくらか解けた。
「私は……」
「あのさ、別に名前とかよくない? アタシはさっさとバトルしたいんだ」
彼女のルリグが割ってはいる。
なかなかに攻撃的な言葉に、挑発的な目。里見のような気味の悪さは感じない。言うとおり、バトルがしたいだけなのだろう。
「私も同感ね。お互いを消しあうのに、名乗る義務も必要もないと思うわ」
リィンも同意する。
「だとさ、かえで」
「じゃ、じゃあ、早速お願いします」
彼女たちの会話に、僕は違和感を覚えた。ルリグのほうが主導権を握っている。
奇妙だ。分身であるなら、その分身を、あるいは本体を下に敷くことは
僕がそう思っているだけか。人間というのは様々な面を持っている。墨田がわかりやすい例だ。
初心者狩りなんてするのは、彼の嫌らしい面も見えるが、同時に自信のなさも垣間見える。グズ子のあの弱弱しい性格が墨田の心の底を投影したものだとすれば、納得できる。
目の前のセレクター、かえでもそうだろう。
強気なあのルリグは彼女の憧れであり、隅にある攻撃的な部分が表面に出たものに違いない。
なんて、適当に分析しつつ、僕はリィンのカードを出した。
「オープン!」
四回目ともなると慣れたもので、灰色の空間に驚きもせずに空を見上げる。
まずはどちらが先か。時計盤の針は、黒を指している。
「僕の先攻か。エナチャージして、リィン、グロウ」
「私のターン。レイラ、グロウ」
かえでと呼ばれた彼女は赤色のデッキ。今まで僕が赤色を相手にしたことは、そう多くない。だけど特色はなんとなくつかめている。
高いステータスと、相手を消し去る効果で優位に立つ戦法を得意としている。
準備に時間が掛かる僕のデッキは、少々相性が悪い。
「レ、レイラ……」
「言ってるだろ、攻めて攻めて攻めまくるのさ」
かえでのルリグ、レイラが答える。かえでは頷いて、場を整えた。
「こ、攻撃します」
一瞬にして、レイラがリィンの眼前にまで迫ってくる。彼女の拳を頬に受けて、リィンが倒れる。
手数が多いわけじゃない。だが速くて強い。
「リィン、攻撃!」
リィンが手を頭上にかざすと、光が煌いた。それは弾丸のように射出され、レイラを叩く。
何発もの光弾に打たれて膝をついても、レイラは倒れることはない。むしろにやりと立ち上がって全身に力をこめた。
「こんなんじゃ足りないよ。まだまだァ! かえで、スペルだ!」
言われたとおり、かえでは手札からスペルカードを発動した。
炎を拳に纏ったレイラは、僕のシグニを蹴散らし、目の前に立つやいなや、回し蹴りを放つ。衝撃に身体を二つに折り、両膝をつくリィン。
レイラからの反撃は、予想以上に重たかった。ガードを利用して凌ごうとしても、防ぎきれない。
赤色の特性を活かした、超攻撃的デッキ。必殺の一撃をピンポイントでガードしないと、即座に押し切られてしまう。
ここぞという時はいつだ。僕は大ダメージを受けるのをなんとか避けて、見極めようとする。
相手の場を確認した。パワーの高いシグニが揃っているが、先ほどの攻撃でエナは枯渇している。
「リィン、グロウ」
レベル3からレベル4になったリィンが、相手のシグニの足元へ魔方陣を作り出す。現れた鎖が、シグニの身体を拘束した。
これで、かえでのシグニは動けない。
壁がいなくなったところへ、リィンが魔方陣から槍を出現させ、放つ。目にも止まらぬそれを、しかしレイラは受け止めた。
リィンはそれを読んでいた。指を鳴らすと槍が爆発する。レイラは吹き飛ばされたが、すぐさま立ち上がる。
「くくくっ、いいねえ。だけどまだまだ!」
効いているのは確かだけど、勢いがまったく衰えていない。今ので少しは慎重になるかと思ったのに。
だけど、それはあくまでレイラの話だ。かえではこの局面の意味、つまり不利な状況を理解して、手札と場に、視線を行ったり来たりさせていた。
レイラがかえでを睨んだ。かえではびくり、と怯んだあと、手にコインカードを出現させ、場に叩きつける。
「コ、コインベット!」
「『ドーピング』!」
レイラの全身から、どろりとした血のような、赤黒いオーラが噴出する。
「っ! ガードだ!」
嫌な予感がして、防御の体勢を整える。
それにも構わず、レイラは突進してきた。勢いのついた一撃は、しかしリィンには届かない。透明なバリアがリィンを囲って、敵の攻撃を防ぐ。
「あっはっはっは!」
関係なく、何度も何度も叩きつけてくる。本来なら完全に守りきれるはずだが、こうも鋭く攻められては防御の数が足りない。
びきびきと嫌な音を立てて、バリアにヒビが入る。
パリン。
ついに結界が破れ、レイラがリィンを捕らえる。頭を掴んで、思い切り地面に叩きつけた。それだけでは飽きたらず、容赦なく殴る蹴るの繰り返し。
ぽたり、と水滴が落ちる。レイラの拳から流れる血が、リィンの肌に落ちた。結界を破るために、レイラは自分が傷つくのも構わずに殴り続けたからだ。
肉を切らせて骨を断つなんて生易しいものじゃない。自分と相手、どちらも殺すほどの、圧倒的な凶心。纏うオーラは全身を蝕み、相手を焼き尽くす炎のように激しく揺らめく。
両者ともお互いの血に塗れ、肩で息をしながら膝をつく。
「はっ、こんなもんかい?」
自分の場に戻ったレイラは、傷だらけにも関わらず余裕の笑みを浮かべる。
そこに善はありもしなかったが、悪を感じることもできなかった。ただ純粋にバトルを楽しんでいる。
「リィン!」
「だ、大丈夫。あなたは自分のすべきことをして」
そうは言っても、全然大丈夫には見えない。
満身創痍のリィンは、いまだ立ち上がることができないまま、へたりこんでいる。血を流し、痛みに喘ぐその姿は、今にも消えてしまいそうなほどに儚い。
コイン技の威力を見誤った。もっと防御を厚くすれば、リィンがこんなに傷つくこともなかった。
だけどそれも、全部なかったことになる。
僕は頭上に手を掲げ、現れたコインカードを握り締める。
「コインベット!」
宣言に呼応して、リィンが手を正面にかざす。
「『リターン』」
どこからともなく鐘が鳴り、宙に浮かぶ時計の針がゆっくりと回りだした。
鐘が鳴る。針が回る。鐘が鳴る。針が回る。鐘が……
▲
「リィン、グロウ」
「僕のターンは終了」
手札とエナを温存して、僕は番を渡した。
僕が何もしてこなかったのを不思議に思っているのだろう。かえでは不安そうに首を傾げ、手札と場に、視線を行ったり来たりさせていた。
「コ、コインベット」
「『ドーピング』!」
向かってくるレイラに気圧されそうになるも、僕は冷静に対処する。
「ガード!」
レイラの拳が寸前で止められる。リィンを囲うバリアが、間一髪のところで敵の攻撃を止めていた。
「まだまだァ!」
構わず、レイラの拳が叩きつけられる。鈍い音が鳴り響き、そのたびにレイラが傷つき、バリアに割れ目が走る。
もちろん防ぎきれないことはわかっていた。僕は貯めていたエナを放出して、さらに守りを固めた。
「アーツ『ダウト・クリューソス』!」
レイラの拳の先に、突如黒色の魔方陣が現れる。それに触れたところ、手の先、腕、肩、ついには身体全身が消える。いや、飲み込まれたのだ。
魔方陣は彼女の身体を飲み込んだかと思うと、勢いよく吐き出した。吹き飛ばされた彼女はかえでのフィールドに返され、叩きつけられる。
「チィッ!」
わかりやすく舌打ちしてくれる。とっておきの一撃をかわされて、さぞ悔しいだろう。
『リターン』。リィンのコイン技であるそれは、全ての状況を一ターン前に戻す能力だ。
相手がどんな能力を持っていて、どういう動きで来るのか分かっていれば、対処のしようがある。そして、巻き戻された事実を知るのは、僕とリィンだけ。
唯一変化していること=僕のコインが減っていることに気づかないと、相手は『リターン』を発動したことも知らない。
里見が墨田から聞いたであろうこと、『伊吹肇はコイン技を使わずに勝った』というのは間違いだ。実際は、彼の戦法を知った僕が『リターン』を使って勝っただけのこと。
「僕のターン」
『ドーピング』は自身をも傷つける諸刃の技。その証拠に、レイラは攻撃したぶん、身体が傷ついている。
攻撃を守りきって、余裕のある今なら倒せる。
「攻撃だ」
僕を追い詰めるための攻撃を放った彼女に、もう防ぐ手段はない。
決着がついて、がらがらと崩れ落ちていく彼女の足場を、僕はただ見守った。
▲
変だと感じたのは、勝利してすぐだ。
バトルフィールドは崩れたはずなのに、僕の目の前には闇しか広がっていない。
ここはどこだろう。真っ暗な空間に、僕は一人で立っていた。身動きがとれず、前を向くことしかできない。
何も見えないかと思ったら、突然、視界いっぱいに映像が流れ始めた。僕の記憶だ。コインを手に入れたことで、取り戻された記憶が再生されたのだ。いつの頃のものだろう。
あれは……あれは……
あれは、父と母が離婚して間もないころ。
母の実家にお世話になることになった僕たちだけど、母さんはすっかり抜け殻となってしまっていた。
僕は母が元気になってくれることを祈って、少しでも元父親のことを忘れられるように、学校でこんなことがあったんだと他愛のない話題を振った。
その瞬間、母さんは突然僕に手を上げた。
予想もしていなかった展開に脳が揺れ、抵抗もなく床に倒れる。
頬がじんじんと熱い。はたかれたと気づいたときには、母さんは僕に馬乗りになっていた。
何度も何度も叩かれて、頭を床に打ち付けられた。拳さえ叩きつけられた気がする。
『あんたなんかっ』
こういうとき、漫画だと意識が薄れていくものだけど、むしろ痛みはひどく鮮明で、母さんの言葉もやけに頭に響いた。
『あんたなんか生まれてこなければよかったのに!』
直後祖母と祖父に押さえつけられ、僕は打撲傷程度で済んだ。
あとで祖母が聞かせてくれたところによると、父は僕の世話をして休みがとれなくなったのが、浮気した原因の一つだと言ったらしい。
仕事で疲れているとき、休日に心身を休めたいときに甘えられるのが苦痛だと、そう言ったらしい。
それを聞いて、僕の中の何かが崩れた。
あの家庭を壊したのは僕だ。幸せを願いつつも、その幸せに甘えてしまった僕が原因だ。
それが分かった瞬間、息が苦しくなって、動悸が止まらなくなって、涙がぼろぼろと流れた。
僕はいてはいけない人間なんだ。
生きているだけで人の関係を壊して、あまつさえ苦しめてしまう人間なんだ。
恋愛うんぬんどころか、生きてはいけない人間なんだ。
じゃあ、僕はなんでここにいるんだ?
望まれないまま生まれて、望まれないままに生を享受し、望まれないまま存在するだけ。
きっとそこに意味なんてないんだ。
僕がいる意味なんてないんだ。
だったら、だったら僕は……
だから僕は自分の首にナイフを突き立てた。
次に目を覚ましたとき、僕は病院のベッドの上にいて、泣きじゃくる母に抱きしめられていた。
あの言葉は間違いだったと、本当はそんなこと思っていないと言ってくれた。
追い詰められた母の世迷言だと、本人も祖母も言ってくれた。
けれど僕はその世迷言を否定できなかった。母も父も傷つけて離れ離れにしてしまい、そのあとでさらに母を苦しめ続けているのは僕だ。
祖父の迅速な処置のせいで結局死ぬことは叶わなかったけど。
自分の存在という罪を抱えながら生きていくしかないと言われたような気がした。それが罪に対する罰だと思った。
怪我が治って、喋ることに支障が出なくなったときから、カウンセリングを受けることになった。
多感な時期の少年の心に棘を立てないよう、カウンセラーは、丁寧にゆっくりとでいいから不安や不満を吐き出してごらんと言った。
いいや、不安なんてありませんよ。ちょっとごたごたがあって、おかしくなったんだ。自殺なんてどうかしてたと言って、正常な振りをした。
カウンセラーはこの言葉に満足したみたいで、それほど回数もかからずに僕は退院できた。
自分自身の存在自体という罪を胸に抱えたまま。