ガールズ&パンツァー ~二星は1つに輝く~ 作:Celtmyth
よっといで
じゃんけんぽんよ
あいこでしょ
もういいかい
まあだだよ
もういいかい
まあだだよ
もういいかい
もういいよ
カタカタと高速で響くのはキーを叩く音である。
風間美鴒は自分の主たるシロハとカナエの『お願い』の為、自身の権限が及ぶ行動を進めていた。彼女を頭とするグループを動かし、あらゆる方面で情報を探し、その詳細を調査する。さすがに暗い部分に入り込むには危険すぎるため、趣味人の取材程度の情報しか得られない。しかしそれでも風魔としての洞察眼がその奥を見通す。
『――誰だ 誰だ 誰だ 空のかなたに踊る影 白い翼のガ』
「はい、もしもし」
そんな時に着信。すぐには取れなかったがその後は素早く通話状態まで操作する。
『もしもし、ボクです』
「
『そっちで呼ぶ所を見るに風魔として動いていますね』
「――確かに切り替えが出来なかったのは私の未熟ね。用件はなに、
『お嬢様が予感しましてね。何を調べているんですか姉さん?』
何を調べている、と尋ねられるとなんて答えるべきかと少し考える。しかし自分と同じ血が流れる身内と言う事が頭に浮かぶと素直に教える事にした。
「文部省の学園艦統廃合についてよ。ほぼ決定してる大洗女子学園の廃校を撤回できる情報と協力者を探してるの」
『それは……、もしかして』
「安心しなさい。リスクを避けて私の手勢による聞き込みよ。さすがの私でも越権はしないわ」
『でも姉さん、次期当主……だとしてもシロハ様とカナエ様に責任が及ばないようにしますね』
「当たり前でしょ。貴方とは違うのよ」
『耳が痛いですね』
改めて自分のやり方と、弟のこれまでの行いを比べると真逆であると思う。実際、こうして連絡を入れてる時点でこれから何をしでかすか、耳が痛いと言うが姉としては頭が痛かった。
「何をするにしてもお嬢様方を巻き込まないで頂戴よ」
『心配しないで下さい。お嬢様からの指示は何をしているか確認ですから。それでシロハ様とカナエ様はどうしてますか?』
連絡が来た時点でこの質問は予想していた。だから正直に答える。
「今頃は必修選択で戦車道を再開した所よ」
『―――え?』
それが悠鷹の言うお嬢様――シロハとカナエの妹で彼女たちが大好きで、家族で唯一戦車道をしていることを快く思っていない彼女に伝わる事だとしても。隠しても電話先の場所は戦車道強豪校の1つなのだから必ず知る。遅かれ早かれと考えての返事であった。
「橋場殿、これからよろしくお願いします!」
「ええ、よろしくね秋山さん」
今日から戦車道が開始するシロハとカナエは優花里と再会していた。集合場所のグランドには彼女たち以外の生徒達もおり、彼女たちも戦車道を履修した生徒達だった。その中でシロハとカナエは真っ先に優花里を探した。と言っても1人そわそわとしていたから見付けやすかったのがシロハとカナエの感想だった。
「ところで秋山さんは1人?」
「ええ、はい。お恥ずかしながら趣味の合う方とは巡り会う事がなかったので……」
「戦車を趣味にしている女の子はそれこそ戦車道をしている子だからね」
乙女の嗜みの触れ込みとはどこへやら。
「ねぇ秋山さん。せっかくだし戦車は同じ物に乗らない?」
「えっ、いいんですか!?」
「ええ、是非に。でも2人だけで扱える戦車だったら戦力としては期待できないかな」
「でもフランスのルノーR35やFCM36なら十分だと思いますよ」
「その戦車、確保するにはお金を掛けないとね」
加えて戦力になる戦車は最低3人で動かす物を選ばないと行けないため、内心では他に同乗してくれる人はいないかと考えたが、嬉しそうに興奮する優花里を見てはそこを口にはしなかった。
「戦車道履修生、倉庫の前に集まれ!」
そこに大声が聞こえた。大きな声だったが生声だったので離れていた彼女たちはせいぜい聞こえた程度だ。
「生徒会が来たみたいね。行こうか」
「はい! あと橋場殿」
「カナエでいいよ」
「ではわたくしの事も下の名前でお呼び下さい。敬語も不要です」
「そう? なら話しやすい言葉を使うからよろしくね、優花里さん」
「はいっ、カナエ殿」
もう友達とも呼べる関係を築いた2人は他の戦車道履修者に混ざって倉庫の前、生徒会面々の前に向かう。
どんな戦車で無茶をするのかと、シロハとカナエは生徒会長の手腕を確かめようと考えるのだった。
「あの
「はい?」
「なんでもないよ」
ボソッと生徒会の悪態を吐いたのはシロハ。優花里に気付かれたがカナエが笑顔で誤魔化す。
2人は戦車を探していた。倉庫にあったのがⅣ号戦車のみという状況で、履修者の数に対して戦車の数がない。そんなときの杏が『じゃあ戦車探そっか』と言う流れとなった。
「それでカナエ殿、どこから探します?」
「戦車が落ちている、と言うより放棄されているなら練習に使う森や更地とかじゃないかな? 回収出来ないとそのまま放置なんてあるからね。あとは使い勝手が悪くて戦車倉庫とは違う場所に保管したままの可能性があると思う」
「なるほどー。詳しいですね」
「放棄は継続高校がそんな戦車を他校から鹵獲しているって聞いたことがあるの。保管は強豪校が修理を後回しにした戦車を邪魔にならない場所に置いてそのままなんて事があるからね」
「ああ、前者は鹵獲ルールって奴ですね!」
「うん、そうよ。でも大抵は受けてくれない所が多いし、やっても因縁を付けられるから親しくなってレンドリースして貰うのが一般的ね」
「なるほどー」
流れでカナエが戦車道をする高校間における親交の一環について語りつつ、優花里は憧れの選手から直々に高校戦車道の話を聞けて興奮していた。そんな感じに歩いているため前方不注意な2人だが、実はシロハが前を意識しているから例え障害物があっても事前に回避できる。客観的にはカナエが優花里と話しながらも時折前に顔を向けていた。
「そう言えば面白いはな、しっ!?」
「わっ!? ど、どうしたんですか!?」
「な、なんでもないよ。(何するの姉さんっ。)
(あっちの駐車場、誰かいるわよ)」
「何かおっしゃいました?」
「本当になんでもないから、ね?」
とても不可思議なタイミングと格好で足を止めたカナエ。止めたのはシロハであった。小声で姉を非難したがその姉は淡々と止めた理由で返事をする。続けて文句を言いたかったがその会話を優花里に聞かれてすぐに誤魔化さなくなった為にそこで文句も出なくなる。
それはともかく、わざわざ止めてまで姉が示した駐車場を見る。そこにあったのは当たり前のように止められた車達と、なにやら探している様子な少女が2人。
「なにをしているんでしょうか、あれ?」
「待って。あの2人、さっき戦車道履修者の中にいたと思う」
「えっ、じゃあここにいるのは」
「戦車を探して駐車場を見に来たと思うよ」
あり得ないことではないと思うがその場合、間違いなく個人所有の戦車だろうと言いたくなるのがシロハの弁。対してさすがに戦車で来る人はいないんじゃないかと言いたくなるのがカナエの弁。戦車はさすがにないだろうとは考えないのが2人の共通。
「……声、掛けてみましょうか」
「えっ?」
「これから一緒に戦車道をする仲間になるし、それにあのままじゃ見当違いの場所を探す事になるからね」
「そ、そうですね」
急に優花里の様子がよそよそしくなり始めた。それを見てどうしたかなと考えると黒森峰時代に似たような反応をした友人の姿と重なった。
「人見知りなら私の後ろに隠れる?」
「えっ、なんでわかったんですか?」
「似たような子を知っているからよ」
「そ、それならお言葉に甘えていいですか?」
「いいよ。じゃあ行きましょうか」
「はい」
カナエが歩き始めると優花里はその後ろに隠れるようについてくる。
「おーい、ちょっといいですかー?」
そしてある程度の近さになって声を出すと駐車場にいた2人がこちらに気付いた。目と目が合い、そのまま2人に近づいていく。
「どちらさまですか?」
「はじめまして。私は橋場カナエ。後ろにいる子は秋山優香里さん。私たちは戦車道履修者だけど、貴女たちもグラウンドにいたから一緒と思って声を掛けたの」
「じゃあこれからの一緒に戦車道するチームメイト?」
「うん。名前を聞いても?」
「私は武部沙織だよ」
「わたくしは五十鈴華と申します」
「は、はじめまして。改めて、わ、私は秋山優香里です」
駐車場で出会った4人はカナエの意見で場所を森へと移していた。
「本当に森の中にあるのかな?」
「戦車道は色んな環境下で試合をするの。森林もその1つだから20年前であっても変わらない筈よ」
「その通り! ナチス軍もアルデンヌの森を抜けて侵攻しましたから!」
「(あれってマジノ線が頭ユルユルで造ったから大事な所がガバガバだったからじゃないの?)
(聞こえちゃダメだし例えもダメだよ姉さん)」
出会って1時間も経っていないながらも4人はとても仲良くなった。緊張していた優花里もカナエが戦車に詳しいことを代わりに伝えたり、カナエが戦車道での知識を披露してそれに優花里が乗る流れをしている内に饒舌になっていた。最初は引いていた沙織と華だったがカナエが取りなした事で結果的には仲良くなった。
「そうですね。確かに森の匂い以外に鉄と油の匂いがしますから、橋場さんの見立てはあっているかもしれませんよ」
「え、匂いなんてわかるの華?」
「はい。華道を嗜んでいますと一輪一輪の違いがわかるようになりまして」
「戦車、戦車が確かにあるんですね! ちょっと先に見に行ってきまぁす!!」
そう言ってこの歩きにくい山道を軽々と掛けていく。
「あの子ったら……。ごめんなさいね二人とも」
「気にしないよ。それに女の子なら夢中になれる事の1つはあってもいいからね」
「ありがとう武部さん」
「沙織でいいよ。一緒に戦車道をするんだから名前で呼んでカナリン」
「え? カナ……ああ、あだ名ね。面白い呼び方だね。気に入ったよ」
「ホント?」
「正直に言えばそんな風に呼ばれたことがなかったからね」
「へぇ~」
この武部沙織と言う少女はグイグイと来るが不思議と拒絶感はない。どこか安心感があるからだろう。
「……あのう、ところで」
そこに五十鈴華が控えめに声を掛けた。
「どうかした五十鈴さん?」
「橋場さん。貴女とわたくし、どこかでお会いしませんでしたか?」
「え? うーん……」
「あっ、そこまで深い意味はありません。ただ間近で見ていると覚えがあった気がしたので」
「そう? でもちょっと気になったから時間が空いた時は記憶を探ってみるよ」
「そうですか。それと私のことも名前でお呼び下さい」
「ありがと」
黒森峰時代を思うとここまで親しみを込める対応は新鮮だが戸惑うほどではなかった。
「(―――ねぇ私は?)
(姉さん本当に黙って)」
むしろふざけてるシロハの発言が聞こえないか戸惑っていた。
………………………
………………
………
カナエたちはその後、先行した優花里が38(t)戦車を見付けた事で捜索を終えて戻る事にした。そしてしばらく待つと彼女たちが見付けた戦車以外に三両。八九式中戦車、Ⅲ号突撃砲F型、M3中戦車リー。倉庫にあったⅣ号戦車を含めて五両。これで大会参加の参加条件をギリギリクリアした事になった。
そして、滞りなく丸1日が流れ。
「終わったー」
「お疲れ様です」
「お疲れさま。でも優花里さんはまだ元気そうだね」
「はい! 明日から戦車に乗れると思うと興奮が収まりません!!」
「本当に好きなんだねゆかりん」
戦車道二日目である本日は戦車を洗車し、残りのレストアを自動車部に任せる事を聞かされて解散となった。その活動の間で4人はⅣ号戦車の乗員に決まった。彼女たちが見付けた38(t)戦車は人数の都合から生徒会の3人が乗ることになり、そしてカナエたちも4人と言う事からⅣ号戦車になったのだった。
「ところでせっかく一緒の戦車に乗るんだから親睦を深めない?」
「いいですね」
「それでしたら戦車ショップに行きませんか? あそこ一度行ってみたかったんです」
「それはいいね。せっかく戦車道を始めるんだから見ていって損はないよ。あと装填手用にグローブを買うのもいいかもね」
「え? そんなのがあるの?」
「砲弾は重いし速度が求められるからね。逆に素手でやると爪が折れるよ」
「そ、それは必要だね……」
つい怖いこと言われて沙織の顔が若干青くなったが怪我をしては元も子もないためカナエは脅した。と言うより、
「じゃあその戦車ショップに行きましょうか」
「場所なら私が知ってますので案内します。提案した者としては当然の責任です」
「じゃあ――」
「すみません」
盛り上がる会話の中、唐突に5人目の声が響いた。その声に4人がハッと意識を向けるとそこには女性が佇んでいた。制服でも教員のような格好でもない、一般の人だと察したがカナエはそれが誰なのか見てわかった。
「美鴒じゃない」
「はい、ご学友と帰路の途中で申し訳ございません。ですが頼まれていた資料がまとまりましたのですぐにと思いまして」
そこにいたのは従者の美鴒であった。そんな彼女は素早く用件を伝えるとその資料らしきUSBメモリを差し出した。それを受け取ると
「ごめんみんな。今から生徒会に用事が出来たから先に行ってて?」
「え? 別にいいけど……。と言うかその人は?」
「この人は風間美鴒。お手伝いさん、みたいな人」
「はじめまして、風間美鴒です。改めて皆様に水を差す真似をして申し訳ございません」
「ああ、いえ」
「丁寧な方ですね」
「そうね。それじゃあ私は行くけど、出来る限りは戻るから」
「わかりました。お気を付けて」
「うん」
美鴒の登場で沙織と優花里が呆ける中で華は堂々としていた。肝の据わり方が違う評価と共に戦車道には向いている資質と感心する。
しかしそれは後日。手に握る資料を持って生徒会室へ足を運んだ。
「―――はい。それでは明日よろしくお願いします」
生徒会に置かれた電話の受話器を置き、杏は軽くため息。
「自衛隊からの教導依頼は大丈夫そうだよ」
「これでスタートですね。あとは私たちを含め、どれだけ実力を伸ばせるかですね」
「そこまで重く考えなくていいよ。やれることをやるだけやる、それだけだよ。だから落ち着けかーしま」
「でもかいちょ~」
杏の近くに佇んでいた柚子に対し、桃は生徒会室をウロウロと歩き回っていた。見てわかるほど落ち着きがなく、杏に声を掛けられてはそこに加えて不安そうな声を上げる。
「とりあえず戦車はあったんだから大会には出場できる。あとは勝つために練習と知恵だよ」
「でもでも~」
「本当に落ち着いて桃ちゃん」
全く落ち着かない様子に笑みが引きつってしまうが彼女の性格からすればまだ大人しい方だ。本当に追い込まれたならまだ騒いでいるからだ。しかしその不安は理解できるし、杏も胸の内ではこの不安を表に出せればどれだけ楽だろうかと考える。でもそれは出来ない。何も知らない生徒たちを巻き込んでしまったのだ。そんな自分が弱気ではあってはならない。
ただ思うとすれば勧誘した橋場カナエ。この学園に転校してきた黒森峰の戦車道経験者。突如として消えたとして高校スポーツでは騒がせた彼女がまさかここにいたのは幸運だった。ただしその反面、こちらを見透かしている不気味さはある。
と、考えたのはいけなかったのか。唐突に扉からノックが部屋に響いた。
「橋場カナエです。生徒会の皆さんはいますか?」
「っ!?―――何の用だ橋場」
「もちろんご用がありまして。入ってよろしいですか?」
「うん、入ってー」
カナエの来訪に流石の桃も平常(※表面上)を取り戻す。そして杏が許可を出すと扉の向こうから橋場カナエが現れた。
「やぁ橋場ちゃん。どうしたんだい?」
「会長に見てもらいたいものがあったので来ました。もっとも良いものではありませんが」
お互いに笑顔の2人。しかしカナエは『良いものではない』と発言をしながら真っ直ぐに進み、誰が見ても失礼と言わんばかりに杏の前に1枚の書類を掲げた。杏はその書類に軽く目を通し、その書類が何かに気付いた途端にひったくった。
「会長っ!?」
突然の行動に柚子は思わず声を上げるがその意図を聞くよりも杏がカナエに返す。
「これは、本物?」
「はい。加えて言うなら今年度、4月に更新がされている情報です。つまり、これが大人のやり方と言う事です」
「……あー、もう。折れそうになるなぁ」
「なら折れずにいて下さい。始めた貴女は誰よりも目を背けてはいけませんから」
「そだねぇ……」
弱々しく、しかし返事をする杏。カナエから奪った書類は強く握った為に皺が出来ていたが丁寧に置く。
「……『統廃合対象学園艦一覧』?」
その書類をふと柚子は覗き、桃の彼女のあとにその書類を見下ろす。多くの学園艦の名前が並び、その末尾には『除外』『保留』『統合』『廃艦』の区別がある。
そしてそこには『大洗女子学園』と、『廃艦』の文字があった。
「え?」
「はぁあああああっ!?」
まさかの単語に2人、特に桃の驚愕は大きかった。しかし
「勝ち続ければ変更、と言う期待はしない方が良いですよ。本来、歴史があっても実績も人脈もない女学生が役所の決定を変えることはほぼ無理な話です」
「……この前の社会や口約束って言葉。つまり廃校を撤回は口約束だから正式ややり取りじゃない。それがこの書類って訳だね」
「理解が早くて助かります。
なら、何をするのかもわかってるでしょうね?」
ふと、カナエ代わってシロハが再び問うた。1度目はともかく、2度目となれば違和感を与えかねなかったが杏はまずシロハの質問に答える。
「歴史があっても実績も人脈もない。だからこれから少しでも手に入れる、そういう事かい?」
「……そこまで察しがいいとある人の笑顔が頭に浮かびますけど、今は関係ないですね。その通りです」
再びカナエが出てくると美鴒から受け取ったUSBメモリを取り出し、しかしそれを手の平に置いて差し出すだけだった。
「ここにはこの大洗のOBでこの件に意見できる人物とその繋ぎが出来る人物、加えて学園艦解体に関わる民間企業のリストがあります。もちろん味方になってくれるかわ会長の交渉手腕に掛かってます」
「カナエちゃんは手伝ってくれないの?」
「戦車道の方をいくばかりか割いてもいいならしますが、優勝の道のりは厳しいですよ」
「それもそうだねぇ。だから分担して学園を守ろうって事か」
「ただし苦労の大部分は会長に回ります。その代わり疲労のケアと戦車道の訓練メニューはこちらで用意しておきます」
「至れり尽くせり、って言うべきなのかなここは?」
どんどん話が進んでいく為に柚子も桃は全く割り込む事は出来なかった。特に桃は行き場のない感情を抱えてウロウロと動き回り始めている。
「橋場ちゃん。―――キミは本当に何者なんだい?」
ふと、杏がそんな事を言ったことで誰もが沈黙した。その言葉を向けられたカナエも、様子を伺っていた柚子も、ウロウロしていた桃も。
「……私は秘密が多い方でね。黒森峰の『陽炎』であり、学生ながらこうして情報を集めてられる力もあるけどそれはまだ一面。でも私の全てを言うには私の秘密は安くないわ。それこそ初対面で脅しを交渉に使った相手には」
「信頼されてないんだね」
「ただし信用はしているわ。窮地にあって行動に移したのは長として必要な要素だから。ま、その使い方を間違えたから有事に際しては信用できる相手だけど自分の負担を預けられる信頼できる人物ではない。角谷会長、貴女に対する評価よ」
「まぁ恨まれてもしょうがないだったから後悔はしないよ」
またシロハが出てきて、これで3度目。杏もこの違和感は嫌でも気付いたがその彼女が行った秘密の一端と判断して流れるように会話を続けた。同時に信頼がないからこそこうして資料を渡されていると言う事に。
「でも信頼しようとしてここに来たわけだ」
「まだ一度だけですし、ここで距離をとり続けるのは大人げないですから」
「? ……ああ、そうだったね。ならむしろこっちから頼ってもいいかな?」
「残念ですが立場上は貴女が上です」
「それもそうか。じゃあ会長として、始めた責務の為に行動しようか」
ここで杏は
「ところで橋場ちゃん、唯一の経験者だから戦車道の隊長をやってくれない?」
「いいですよ。ですので生徒会長もがんばって下さい」
「りょーかい」
「では失礼します」
言葉と一緒に頭を下げ、そして退出していく姿は最初の日と同じだった。ただ違うのは見送った杏が力尽きたように頭を机に落っことした。
「「会長っ!?」」
「あーだいじょーぶ。ちょーっと気が抜けただけだからー」
と、言っているが見る限りでは大丈夫そうではなかった。でもそれは一時。すぐに顔をあげるとノートパソコンを引っ張り出し、受け取ったUSBメモリのデータを素早く開く。軽く見るとファイル数は少なめだがデータのサイズから情報は多いと察すると同時に、
「橋場ちゃんって本当に何者なんだろうねー」
しかしそんな彼女を頼り任せられる立場。ならばと最大の結果を目指して行動しよう。
杏は改めてこの苦難に立ち向かう覚悟を決めた。
次回予告
「この借りは必ず返す」
「私が皆さんの特別講師として派遣されてきました蝶野亜美一尉です」
「この空気を感じると戻ってきたって思えるの」
「この学園に会いたい人がいるんです。ドイツから遠く想う、愛しい人が」