かえみと短編集 作:kemt
美兎ちゃんの声を聞いていると、安心できる。配信時とは違い、落ち着きのある澄んだ声質。敬語とタメ語が入り交じる少し砕けた喋り方は、私に気を許してくれているんだなと優越感のようなものがあった。
「楓ちゃん?」
物耽っていて、相槌の遅れてしまった。ここ最近は通話をする機会が全然ない。一緒に配信することも出来ていなかったので、美兎ちゃんと会話をしたのがずっと昔のことのように思える。私達がこの仕事を始めた頃はお互いにわからないことばかりで、あーでもないこーでもないと解決策が見つかるわけでもないのに頻繁に通話を重ねていた。そんなダメダメの状態から何ヶ月か経つと、こんな私でもスムーズに配信できるようになっていた。
「ごめんごめん。ちゃんと聞いてるよ。前から憧れだったっていうVR世界に行けてよかったなあ」
美兎ちゃんはすごい人だ。私なんかと違い行動力があって、一人でどんどん先へ進んでいってしまう。そんな姿に淡い憧れ、籠の中の鳥が空に恋するような感情を抱いていた。美兎ちゃんと仲良くなりはじめた頃に夢を語ってくれたことがあった。その一つを美兎ちゃんは自力で叶えてしまったのだ。
見たことない程、楽しそうに喋る美兎ちゃんの声にうんうんと相槌する。どれだけ素晴らしくて楽しかったのかがその声色だけでわかってしまう。それなのに細かく一個一個説明しようとしてくれている美兎ちゃんが可愛くてたまらない。
「私の拙い語彙力で伝わっているか怪しいけど、時間も忘れちゃうくらいの良いところなんです」
胸の奥が小さくきしむような音がした。そうだよね。自分がテレビに放映されることすら忘れちゃうくらいだったんでしょ。つまらないはずがない。私は美兎ちゃんがテレビに映るって聞いて、遠足前日の小学生のような気持ちでテレビ前を陣取っていた。一緒に通話しようかなとか、見終わったら感想言いたいなとか色々頭に思い描いていたのに。美兎ちゃんのツイッターを見てちょっとショックだった。きっと美兎ちゃんのことだから時間を間違えて覚えてたりしたのかもしれない。そう思い込みたいけどできない。ちょっとしたショックのはずが実は結構キていたらしい。
美兎ちゃんと言葉を重ねる度に、もやもやは色濃くなる。こんな気分になるなんて一ヶ月前の私は想像もしていなかっただろう。ふとしたことで、美兎ちゃんへ文句が思い浮かんでしまい申し訳ない気持ちになる。私が文句なんて言ったら美兎ちゃんだって気分を害してしまうに違いない。というかそんなことを考えてしまう時点で会話する資格なんてないのかもしれない。
自己嫌悪のループに陥りそうになるのを避けるため、ちらりと時計に目をやる。長針はまだ一周の半分くらいにいる。これほど時の流れはゆっくりしていただろうか。体感では一時間以上、いやもっと経っていると思ったのに実際はその三十分程度。私はいつの間にか美兎ちゃんとの通話をこんなにも苦しいものにしてしまっていたなんて。
「楓ちゃんもどう? 一緒にやってみませんか? きっと好きになるよ」
「あー、どうなんだろ。私のパソコンじゃスペック的にきついんじゃないかなぁ」
実は美兎ちゃんが始めたと聞いて軽く調べていた。だから私のパソコンが対応しているかも既に把握済みだ。けれど、できるからやるかというと話は別になる。少なくとも今の私は美兎ちゃんみたいに意欲的ではない。
「でもさ、美兎ちゃんが楽しそうでよかったよ。私もなんか嬉しい」
「なんですかそれ。私の幸せ願ってくれてるみたいな言い方して」
照れ笑いが混じり気味の声に安心感を覚える。幸せを願うって言い方は大げさすぎるような気がして顔に熱を持つのがわかった。きっと対面してたらからかいの種になっている。その一方で美兎ちゃんの言葉を肯定している私がいる。幸せを願うって言い方はちょっと嫌だ、適切じゃない。これはそう、もっと汚くてどろどろした物が詰まっている。言葉にするならエゴだ。私が勝手に押し付けて満足しているだけの迷惑極まりない感情。でも、バラバラだったピースが次々とハマるようにすーっと頭の中のもやもやが晴れていく。
私が美兎ちゃんへ持つべき感情は、門出を祝うような気持ちのはずだ。私は今まで通りの配信スタイルを続けて、美兎ちゃんはどんどん新たなものへ挑戦していく。片方が良くて片方が悪いということではないと思う。
美兎ちゃんとはこれからどんどん疎遠になってしまうだろう。それは確信じみていた。美兎ちゃんと通話しているというのに、耐え難いほどの孤独感が襲う。身体の奥深くにぽっかりと空白が出来てしまったような空虚感。不快でたまらないそれらをぐっと飲み込んだ。
「もうそろそろ日付変わっちゃうし、私そろそろ寝よかな」
「え~。早くないですか」
不満そうな声にちくりと胸が痛む。執拗に通話を続けたがる美兎ちゃんに考えがぐらっと揺らいだ。
「えっと、じゃあもう少し――」
スカイプの着信音が遠くから聞こえる。
「すみません。ちょうど音が重なって聞き取れませんでした」
「誰からだったん? 私はいいから確認してみたら?」
「VRC関係でした。それでさっきはなんて言いかけたの?」
「……今日はもう限界だから寝るよって」
心臓がどくんどくんと持久走した後みたいになっている。よくわからない感情が嵐のように押し寄せてくる。
美兎ちゃんが一言二言告げているのに無意識で言葉を返し、気づけば通話終了の画面が表示されている。画面に反射している顔は無様な物で言葉にもしたくない。ただ、これで終わってしまったんだという真っ暗な感情だけが心のほとんどを占めていた。