見えない糸は何色ですか?
私は普通ですか?それとも普通じゃないですか?
少年「A」の独白が始まる。
神よ。
おお、神よ。
どうか俺を赦してください。
俺は人を殺めました。
この手で殺めた訳ではありません。けれど、確かに俺は人を殺めました。
俺には親友がいました。
背が高く、少し寂しげに笑う奴でした。口数は多くなかったけれど、誰よりも人のことをよく見ていて、人のことを思いやることが出来る、俺の自慢の親友でした。俺なんかよりも神を愛し、俺なんかよりも神に愛されていたと思います。
二人でよく街のはずれの川辺で語り合いました。いつか大人になったら、俺は騎士になるんだ。僕は司書になりたいんだ。花屋の娘、めちゃくちゃ可愛いよな。へえ、君はそんな子が好みなんだね。俺達、ずっと親友だよな。……ああ。勿論さ。
俺達はずっと親友として、死ぬまで助け合うものだと思っていました。こんなにも他人と仲良くなることなんか、今迄無かったのだから。だから、きっとこれは何か見えない糸で繋がっているんだ。俺はそう信じていました。あいつも、きっとそう思っている。俺はそう信じていました。
だけど、俺とアイツは「違った」んです。
人と人が違う、なんて当たり前の事だと笑うでしょうか?今なら俺も笑えそうだ。
俺はおしゃべりだけどアイツは無口だった。俺は騎士になりたかったけどアイツは司書になりたかった。それだって違いです。「違った」なんて、当たり前なのです。
それでも、俺はその「違い」に耐えられなかった。
俺は見えない糸でアイツと繋がってると思っていました。
アイツは……俺と「運命の赤い糸」で繋がっていると思っていたんです。
二人きりで川辺で話している時、突然に訪れました。
━━ねぇ、花屋の娘にフラれたんだって?
うるせえな、ほっとけよ。向こうに先にお相手がいらっしゃったのさ。それもうんと男前ときたもんだ。勝ち目が無いね、諦めたよ。
━━僕は?
え?
━━僕に今。彼女はいないよ。
急になんだよ?
━━ねえ、「A」。
おい、やめろよ。
一体何をやめてほしかったのか、解りませんでした。ただ、これ以上アイツに喋らせると、取り返しのつかないことが起きる気がしていました。
━━ねぇ、「A」。聴いてほしいんだ
やめろって。今日はそういう気分じゃ━━
━━好きだよ、「A」。親友として好きだ。でもそれ以上に……「愛してる」。愛してるよ。
俺の親友は、俺の大好きだったアイツは、同性愛者だったんです。その時の俺の驚きを、おお神よ、どう説明すればいいのでしょうか?天地がひっくり返る?違う。尻から歯が生える?違う。真夜中にニワトリが鳴く?違う。
その時の俺の驚きはそんなものじゃあ無かったんです。驚きよりも大きな感情。「拒絶」と、「恐怖」でした。
急に、親友であった時にはあったはずの、鋼鉄の鎖よりも堅牢な絆が砕けた気がしました。二人で語らう時も、アイツが俺を見ていた目はどんな瞳だっただろうか?
二人で半裸で川を泳いでいた時、何を見ていたのだろうか?何を感じていたのだろうか?
家では何を想像していた?俺の何かを想像して、アイツが何かで何かをしごく。それがたまらなく気持ち悪く感じられ、「拒絶」してしまいそうになったのです。
俺はアイツの親友でした。
アイツの両親に匹敵するほど、アイツの顔を真剣に見れば何を考えているのか解ります。
俺に告白してきた時のアイツの顔は真剣そのものでした。茶化しや誤魔化しの一切無い、曇りなき純粋な「恋愛感情」を俺に抱いていたのです。
アイツの顔を真剣に見れば、アイツが何を考えているのか解るはずなのに。その恋心になぜ気付けなかったのか。俺は「恐怖」を感じました。
しばし、静寂が空気を包みました。変わらない川の流れる音。変わらない風景。そこにいる二人。変わってしまったのは、二人の心の距離だけでした。
近付こうとする者と、離れようとする者。「理解されたい、愛されたい」者と、「拒絶しかできない、解らない」者。逃げ出したくなりました。いや、心は既にどこか遠くへ逃げていました。
━━答えを、聴かせてほしいな。
寂しげに笑うその表情が、余りにも似合っていました。まるで今までどうしてこの気持ちに気付いてくれなかったんだい?寂しかったんだよ?と暗に俺を責めるように、寂しげに笑っていました。
どう言えばいいのか解りませんでした。俺はアイツのことは確かに大好きでした。しかし、「愛していなかった」のです。俺はアイツをそういった目で、男性をそういった目で見た事はありませんでした。気持ち悪い、とさえ感じました。しかし、大好きなアイツに、「気持ち悪い」と言い切ってしまうことも憚られました。
なんと言ったかは覚えていません。ただ、アイツが瞳に涙を浮かべながら「ごめんなさい」と呟いていたことだけは覚えています。
神よ。
おお神よ。
俺を赦してください。
俺の親友は、この教会の屋根から飛び降りて死にました。書き置きが残されていたんです。「受け入れられなかった」と一言だけ残していたんです。
俺はアイツを受け入れるべきだったんでしょうか?俺は同性に愛情を、恋愛感情を持ったことがありません。それが普通なのでしょう?
アイツは普通じゃなかった。普通じゃなかったから受け入れられなかった。俺とアイツは「違った」んです。だから死んでしまった。
神よ。「普通」とはなんでしょうか。
それは貴方が創り出した「摂理」でしょうか?それともそれは俺達のような人間が創り出した「潤滑油」でしょうか?
アンタの作ったルールにそぐわなかったから死んだのですか?人間が必死に回している世界の歯車に引っ掛かったから死んだのですか?
俺は一体何をもって「普通」と呼ばれてる?
人は皆何処か「違う」。俺は騎士になりたかった。アイツは司書になりたかった。花屋の娘は本当はパン屋になりたいらしい。前知り合ったガキはいつか貴族になるのが夢なんだとか。
皆違うなら「普通」というものは何処にあるのでしょうか?貴方が創り出した物なら教えてください。
何故「普通じゃなかった」だけで彼は死ななくてはいけなかったのか?
何故俺はアイツの「普通じゃなかった」を受け入れられなかったのか?
簡単だ。俺はアイツと、男と、付き合うなんて、愛し合うなんて、セックスするなんて、「有り得ない」と思っていたんだから。赤い糸で結ばれていることが、「気持ち悪い」と思ってしまったんだから。
それでも神よ。
俺を赦してください。
アイツは本当にいい奴だったんだ。きっと、いや絶対に天国で豊かに暮らせるでしょう。
俺はアイツの「普通じゃなかった」面を目の当たりにして、それを拒絶して、そしてアイツを殺した。その咎を背負いながら一生を遂げなくてはならない。
そんなの不公平だ。
アイツの方がおかしかったんだから。アイツの方が「普通じゃなかった」んだから。俺は悪くないだろう?だって、俺が「普通」なんだろう?花屋の娘は本当に可愛い。アイツは花屋の娘より、俺に欲情してたんだ。信じられるか?信じられない。
神よ。
お前が。お前が「普通」を定義したんだろう?そうなんだろう!?
俺は普通だよ。そう言ってくれ。俺を赦してくれ。
弱いんだ、人は。普通じゃなかったものを受け入れられなかっただけなんだ。
背中にアイツがいる気がするんだ。答えをくれよ、愛してるよ、大丈夫かい?キスをしよう……
神よ。
おお神よ。
俺は普通です。普通なんです。
だから俺を赦してくれ。赦してください。